無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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騎士団付き剣術指南役

 □■決闘都市ギデオン

 

 あなたは定職に就かない<マスター>だ。

 お仕事は一期一会と見つけたり。

 何人もあなたの探究心を妨げることはできない。

 襲い来る改造モンスターを愛刀の錆にした後、しけたドロップにため息を吐いた。今回はハズレか。

 

 心なしか愛刀も不満気だ。

 キューティクルを寄越せと唸っている。

 どこまでいっても毛フェチである。

 

 ひとまずバーベナの前髪を喰ませてお茶を濁す。

 鮮度が劣るのはどうしようもない。

 先日、あなたは彼を鍛冶屋に放り込んだ。

 レベルが上がるまで、バーベナは煤まみれで上腕二頭筋を虐げる予定になっている。

 

 さて突然だが、あなたはギデオンの街並みに似つかわしくない不審者を目撃した。

 挙動不審に周囲を見回す一人の女性だ。

 貴公子風の装束。顔の上半分を覆い隠す仮面。

 腰に佩いた、悍ましい雰囲気の蒼い剣。

 手入れが行き届いた艶やかな藍色の長髪。

 

 一目で愛刀のテンションが爆上がりした。

 呪詛を撒き散らして女性の髪を斬ろうとする度し難い毛フェチを、あなたは力尽くで鞘に納める。

 どうどう。ステイ、ステイ。スタンバーイ。

 

 あなたと愛刀のじゃれ合いが目を引いたのか、不審者の女性は奇行を中断した。

 

「ごめんなさい、そこのアナタ。人を探しているのだけど少し話を聞かせてもらえるかしら」

 

 女性はあなたに話しかけているようだ。

 周囲を見回すと、他の通行人は不審者と関わり合いになることを恐れて一様に視線を逸らした。

 今ちょっと手が離せないのだが……あなたは強引に愛刀を調伏した。時間は作るものである。

 

 分かる範囲でよければ、とあなたは頷いた。

 世の中、特にデンドロはどんなイベントから新しいお仕事に繋がるか分からない。

 困っている人がいるところにお仕事あり。

 見た目が不審者でも、彼女は未来の潜在顧客。というか明らかに只者ではない気配と上流階級の匂いがする。コネクションを作るのは悪くない選択肢だ。

 

 女性は曖昧に微笑んだ。

 ファーストコミュは大成功だ。

 彼女は決して、暴れる愛刀を地面に叩きつけたあなたの行動に困惑しているわけではない。

 

「その剣は……別に気にするな? そう……えっと、探している人の特徴よね。有名な<マスター>だからアナタも話を聞いたことがあると思うわ」

 

 女性はいくつかの特徴を挙げた。

 

 フランクリンのテロで活躍した立役者。

 【聖騎士】のジョブに就いている。

 特徴的な服装をしている。

 リリアーナの知り合い。

 小柄な女性を連れていることがある。

 

 ここまで聞けばギデオンの住人はピンと来る。

 探し人はレイ・スターリングに違いない。

 彼は闘技場で<超級>と模擬戦中だ。

 やはり彼は頭がおかしいのではなかろうか。

 

「いえ、その人ではないわね。いきなり服を脱いだりしないでしょう?」

 

 ほなレイ・スターリングと違うな。

 あなたと女性は揃って首を傾げた。

 特徴に当てはまる人物が他にいただろうか。

 

「多くの<マスター>から頭のおかしいなんとか、という通り名で呼ばれているそうよ」

 

 実はレイ・スターリングでは?

 

「改造モンスターを殲滅したと聞いたわ」

 

 ほなレイ・スターリングと違うか。

 

 となるとシュウ・スターリングでは。

 クマの着ぐるみから上裸になっていただろう。

 かの【破壊王】の戦艦による砲撃は記憶に新しい。

 流れ弾に巻き込まれて、あなたの防具はいくつか破損している。裁判を起こしたら勝てるはずだ。

 

「でも【聖騎士】ではないでしょう?」

 

 ほなシュウ・スターリングと違うか。

 

 何人か心当たりを挙げるがいずれも不該当。

 残念ながら、あなたは力になれそうにない。

 

「ありがとう。時間を取らせてしまったわね。他の手掛かりを当たってみるわ。品性の欠片もない下卑た女の敵なんて、簡単に見つかると思ったのだけどね」

 

 辛辣な評価にあなたは同情の念を覚える。

 仮にあなたが同じことを言われた場合、相手次第ではなます切りにするレベルだ。

 

 ともあれ。

 あなたも決して暇人ではない。

 今日はこれからお仕事に向かうところだ。

 不審な女性との会話は程々に、別れを告げたあなたは騎士団の詰所を目指す。

 

「…………」

 

 なぜか不審者がついてくる。

 

「……もしかして目的地は同じかしら」

 

 そのようである。

 あなたの冴えた頭脳は限られた情報で正解を導いた。

 

「ご一緒しても?」

 

 問題ない、とあなたは首肯した。

 ときに仮面の剣士殿。貴女のことはなんとお呼びすればよろしいでしょうか。

 

「私はアズ……いえ。好きに呼んでちょうだい」

 

 やんごとない事情を抱えているらしい。

 ならば深く追求しないのがマナーだろう。

 

 仮面の人物とヒーローは、自ら正体を明かすか、仮面が破損するまで正体不明のキャラクターだ。

 たとえ顔の半分を隠しただけであっても!

 正体を隠すつもりないだろという変装でも!

 古来より続くお約束は守らねばなるまい。

 

 あなたは謎の剣聖Aと呼ぶことにした。

 

「な、なぞのけんせいえー?」

 

 読み方はエーでもアルファでも構わない。

 彼女の好きな方でいいだろう。

 

 

 ◇◆

 

 

 本日のお仕事は騎士団の合同稽古だ。

 参加者はギデオン伯爵麾下の騎士団と、第二王女の護衛でギデオンに滞在中の近衛騎士団である。

 

 このゲームでは特定の動作を継続すると新しいジョブスキルが解放されることがある。

 たとえば《剣強化》、《乗馬》、《盾技能》など。

 いわゆる熟練度稼ぎに近い。

 

 該当のスキルを覚えない、あるいはスキルレベル上限に達している状態でも、いずれスキルを解放できる段階になった時、スムーズにスキルを習得できる。

 マーベラス。実にマーベラスなシステムだ。

 やはり積み重ねた経験は無駄にならない。

 

 また、ティアンは戦闘技能が死に直結する。

 鍛錬を積んだティアンは上級<マスター>に匹敵するとまことしやかに囁かれているとか。

 王国の剣であり盾として、国防戦力たる騎士団は真剣に日々の稽古を重ねている。

 

 あなたは彼らに野次を飛ばした。

 

 腰で踏み込め腰でー。

 腕下がってるよー。

 

 利き手に剣、反対の手に盾を持つ騎士達が型をなぞり、一斉に剣を振る。

 なお、あなたは分身で参加している。

 騎士の剣を体で覚えたいという理由がひとつ。

 もうひとつは他にやることがあるからだ。

 

「ハァ!」

 

「ゼァッ!」

 

 左右から迫る剣を足捌きで回避する。

 片や荒々しい連続攻撃を放つ両手剣。

 片や堅実に攻める実直な片手剣。

 

 リリアーナとリンドス卿、近衛騎士団のツートップをあなたは相手にしていた。

 実戦形式の模擬戦は二人の希望である。

 結界がないので致命打は寸止め、《グランドクロス》などのスキル禁止というルールを決めている。

 

 分身のステータスは彼らよりやや上。

 ハンデとしてあなたの得物は木剣だ。

 

 意外に思われるかもしれないが、あなたは比較的シンプルな戦い方を取る<マスター>だ。

 全身炎のエレメンタルになったりしないし、バイクを強化スーツに変形させたりもしない。

 手札は武器と魔法とジョブスキルだけだ。

 なのでティアンの目標としてはこれ以上ないほど優秀な訓練相手なのである。

 

「指に木剣を挟むのは普通ではないと思います」

 

「集中を欠くなグランドリア卿。気を緩めれば一瞬で首が落ちるぞ……!」

 

 左右に三本ずつ木剣を挟んでパーリーナイ。

 少しふざけすぎたので五本の木剣を投擲。

 あなた本来の一刀流スタイルに切り替える。

 

 一口に剣といっても流派は様々である。

 騎士団の剣は盾持ちで防御主体の剣。

 多くの騎士とリンドス卿はこのスタイルだ。

 

 リリアーナの剣筋は我流とみた。

 相手を切り伏せることに特化した攻撃主体の剣。

 その剣技は練り上げられており隙がない。

 

「私の剣は父に、習った、ものです、からっ」

 

 先代【天騎士】ラングレイ・グランドリア。

 リリアーナの父で、近衛騎士団の長だった男。

 あなたは彼の人となりを存じ上げないが。

 少なくとも、よい剣の師ではあったのだろう。

 

 でも脇が甘いからくすぐるね。えい。

 

「ひゃん!?」

 

 首筋、脇と続けてなぞる。

 リリアーナが脱力した瞬間に木剣で両手剣を巻き込み、絡め取って弾き上げた。

 はい女騎士の武装解除いっちょ上がり。

 

 放物線を描いた両手剣はリンドス卿へ。

 彼は盾を掲げるが、別方向から木剣が迫る。

 あなたは最後の得物を投擲していた。

 剣と盾でそれぞれを受け止めたリンドス卿を、あなたはバックドロップで沈める。

 ゴングが鳴ったら試合終了である。

 

 あいむうぃなー。あなたは勝ち誇った。

 総評として、二人が本領を発揮していたら、今よりもっといい勝負ができるだろう。

 しかし、それも致し方ないこと。

 

「…………」

 

 壁際で稽古を見学する謎の剣聖A。

 なぜか騎士達は彼女に萎縮している。

 

 私の事は気にしないで、と宣った彼女だが。

 明らかにお偉いさんの空気を纏っている。

 現場の人間は殿上人のお忍びに気もそぞろだ。

 

「あの、殿下?」

 

「私は謎の剣聖Aよ」

 

「……リンドス卿」

 

「こちらに振るな」

 

 リリアーナとリンリンが困っている。

 どうしたものかとあなたは思案した。

 二人が耳を疑った表情を浮かべるなか、あなたはおもむろに口を開いた。まだ何も言っていないぞ。

 

 謎の剣聖Aについてリンリンに尋ねた。

 

「……確認だが、私に聞いているのか?」

 

 あなたの目の前に、他に誰がいる。

 かわいいじゃんリンリン。だめ? さよか。

 では引き続きリンドス卿と。

 ええ、この響きは実に貴殿らしい。

 

「あのお方はさる身分をお持ちだ。私からはそれ以上口にするのが憚られる」

 

 続けてリリアーナに尋ねた。

 

「私も同じ返答になりますね。あの剣をお待ちの時点で正体を隠せていないのですが」

 

 視線は蒼い剣に向いている。

 あなたは剣に《鑑定眼》を使用……する直前で思い止まった。知らぬが仏と人は言う。

 あなたは見て見ぬふりを決め込んだ。

 

 閑話休題。

 

 先程から心ここに在らずのリリアーナを稽古に集中させたいあなたは一計を案じる。

 彼女の頬に手を添えて顔を固定。物理的にもうあなたしか見えない状態にした。

 

「え」

 

 よしよし。いい具合にこちらを向いたな。

 無言で見つめ合うこと十数秒。

 ぐるぐると彼女の目線が右往左往する。

 パクパク口を開くが声は出ない。

 

 周囲の騎士がごくりと息を呑む。

 君達は型の稽古をしなさいって。

 

 改めて至近距離で眺めると、リリアーナの容姿は非常に整っていると理解させられる。

 

「あ、の」

 

 色褪せない輝きの瞳、雪のような白い肌。

 まつ毛の一本に至るまで計算された造形美だ。

 キャラデザの担当者には金一封を差し上げたい。

 女騎士は金髪美人に限る。そういうこったぁ!

 これには【守護天使】も納得である。

 

 そして内面も品行方正、清廉潔白ときた。

 もう最強よ、最強。文句のつけようがない。

 さながら鍛え上げられた一振りの名刀だ。

 ……この例えはよろしくない。修羅じゃあるまいし。

 あなたは脳内から汚染された思考を追い出した。

 

 ところで。

 リリアーナの髪に芋けんぴがついている。

 

「っ…………はい?」

 

 あなたが誤って投擲したお菓子だ。

 女人の髪にベタベタを飛ばすとは絶許、と。

 今にも主人殺しをせんと一人でに鞘から抜けた愛刀を抑えながら、あなたはリリアーナに微笑む。

 この芋けんぴはあなたが責任を持って完食しよう。

 

 直後、殺気を感じてあなたは飛び退いた。

 

 羞恥を力に変えたリリアーナの一刀。

 そして殺意マシマシな蒼の剣閃。

 

「アナタだったのね……」

 

 謎の剣聖Aがリリアーナと同じ構えを取る。

 彼女の師も【天騎士】ラングレイのようだ。

 躊躇なく頸椎を断つ一撃、まさに修羅の域。

 こやつ……さてはできる……!

 

「最近リリアーナにちょっかいを出している、頭のおかしい無職。まさかこんな見た目をしているとは思わなかったけれど……今日こそ年賀の納めどきよ。二度とふざけて彼女を弄ぶことができない体にしてあげるわ」

 

 意味が分からない。妄言は大概にしろ。

 そも、あなたの容姿は後天的なものである。

 ゲームのアバターという意味でなく。

 ゲーム開始時、あなたは現実の容姿でアバターを作成してしまったので、身バレを防ぐため普段からスキルや【ミスティコ】で別の姿に変身している。

 いつもは普段使いの外見で通しているが、時折り気分で見た目を変更する。

 あなたはネットリテラシーの高い<マスター>だ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 それより聞き捨てならない言葉があった。

 あなたがいつ、リリアーナを弄んだというのか。

 

「出会ってすぐに告白したと聞いたわ」

 

 何を言い出すかと思えば。

 あなたは『恋人にするなら断然リリアーナだ』としか口にしていない。

 

「彼女の自宅に半裸で押しかけたそうね?」

 

 否定はしない。

 だが訂正が一点。あなたは水着を着用していた。

 ちゃんとコンプライアンスには配慮している。

 公共の電波に乗せてもなんら問題がない。

 あまり水着を舐めてもらっては困るな。

 あなたは拳を強く握って力説した。

 

「非常識という点では同じよ」

 

 誠に遺憾である。あなたは常識人だというのに。

 

「それに……彼女を安宿に連れ込んで……婚前の身で、その、い、いかがわしい行為をしたとか」

 

「殿下ぁ!? お待ちください殿下! なぜそれを、というか他の者もいるのですが!?」

 

「貴卿の浮いた噂だが、既に王都では公然の秘密となっている。……気を強く持て」

 

「リンドス卿? 口止めをお願いしたはずでは?」

 

「宿の出入りを見られていたのだろう。この件に関して、誓って私は口外していない」

 

「リンドス卿ー!?」

 

 そろそろ稽古を再開したいのだが。

 あなたは騎士団の“累ね”を習得したいと考えている。

 似た技術はあれど、ティアンの騎士と合わせる難しさはまた別物だろう。

 

「他人事みたいな態度ですけど、これ全部あなたのせいですからね!? どうしてくれるんですか!」

 

 事実無根の噂だ。気に病むことはない。

 それでもリリアーナが問題にするというなら。

 あなたには諸々の責任を取る準備がある。

 

「せ、せきにん」

 

 然り。あなたとて風評被害でリリアーナが苦しむことをよしとするわけではない。

 女性のあれこれはデリケートであるからして。

 心配はいらない。あなたも大人だ。

 責任の取り方はしかと心得ている。

 

「それは、そのつまり。そういうこと……ですか?」

 

 そういうことだ、とあなたは断言した。

 

 騎士団の面々が一斉に拍手を鳴らした。

 口笛を吹くお調子者もいる。

 待て待て。よさないか。まだ気が早い。

 

 謎の剣聖Aは呆気に取られている。

 信じられないものを見たという顔だ。

 

「……ごめんなさい。誤解だったわ。アナタはアナタで、リリアーナのことを真剣に考えていたのね」

 

 分かればよろしい。

 

 早速、謝罪会見の準備に取り掛からねば。

 

「なんですって」

 

 あなたはリリアーナの汚名を払拭する用意がある。

 具体的には、流布された噂を大衆の前で否定し、毅然とした態度で事実関係を発表する。

 

 加えて彼女の婚姻に関するアフターケア。

 各地で培った人脈を駆使して、リリアーナの好みと一致するお見合い相手を探すことができる。

 揺り籠から墓場までを謳うあなたのサポートは万全の体制だ。必ずや順風満帆な結婚生活を約束しよう。

 

 女性一人を笑顔にできずして何が<マスター>か。

 あなたは胸を張って宣言する。

 

 リリアーナはあなたが幸せにする、と。

 

「殿下……私はどうすればよかったのでしょう」

 

「少なくともこの人だけはやめておきなさい」

 

 でもこの人、命の恩人なんです。こんなのでも。

 休暇を出すわ。少し家で休むのはどうかしら。

 などと言いつつ、二人はあなたに切り掛かる。

 

 今日の死合をあなたは生涯忘れないだろう。

 リリアーナはいずれ【天騎士】になれる。

 そう確信を得るレベルの剣気であった。




・謎の剣聖A
ギデオンに現れた仮面の剣士。
彼女の正体は謎に包まれている。
「アズライトを名乗ったら騎士団に気付かれてしまうじゃない……」
<マスター>への偏見が強まった。
近い未来で遭遇するレイに原作比三割増しでキツめの態度を取る。

・主人公
後日、会見を開いて誤解を解いた。
リリファンは返り討ちにした。
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