無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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<UBM>ハンター 上

 □■<ヴァレイラ大砂漠>

 

 砂漠に点在する岩場のひとつ。

 陽を遮る影に拠点を設置したあなたは、ログインボーナスを回収して額の汗を拭う。

 

 大型仮設テント&寝台のセーブポイント。

 耐久性の問題で使い捨てだが持ち運び可能な、あなたのオリジナル生産アイテムである。

 

 レアドロップを大量に使い、かつセーブポイント機能はランダム付与なので量産の目処は立っていない。

 放置するとモンスターに破壊されることもあり、まだまだ改良の余地が残されている。

 攻性バリアとトラップをつけてもいいな。

 

 寝台に触れてセーブポイントを更新。

 その後、あなたは来客を出迎えた。

 

 砂漠をえっちらおっちら進む荷車、サイズ感は控えめなそれを引くのは二足歩行の小さな犬人だ。

 

『ワヲン』

 

 うむ、ご苦労。

 あなたは犬人に敬礼した。

 

 荷車の大樽が物音を立てて揺れた。

 断続的に聞こえるくぐもったうめき声。あなたは樽の側面を指で叩き、慎重に積荷を検分する。

 

 中身は簀巻きのバーベナだった。

 荷物のお届け先は間違いありません。

 

「ンンーー! ンー!?」

 

 彼はあなたを見るなり激しく暴れ出すが、簀巻きから抜け出すにはSTRが不足している。

 無駄なのだ。筋肉を鍛えて出直すのだ。

 自然界のどんな動物より博愛精神に溢れるあなたはバーベナの拘束を解いた。

 

「ぷはっ! なんなのさ一体!」

 

 元気が有り余っているようで何よりだ。

 バーベナのコンディションは絶好調。

 レベルも《看破》した限り順調に上がっている。

 そろそろ次の段階に進むタイミングだろう。

 

 今からバーベナに殺し合いをしてもらう。

 

「死ねってか。あんたに勝てるわけないだろ、俺は帰らせてもらうからな」

 

 犬人の攻撃。バーベナは逃げられない!

 

『ワヲン』

 

「なにこの犬コロぉ!?」

 

 犬人の名前は【HDP(ハンティング・ドッグ・ポーター)】。

 あなたの忠実なテイムモンスターだ。

 おやはMr.フランクリン。

 

 先日あなたは<叡智の三角>に単身で乗り込んだ。

 連続ログインボーナスが途切れたことに遺憾の意を表明するためである。

 いくら<超級>でも手抜きのお仕事は許されない。

 緊急メンテナンスが丸三日続いた時は寛大な心で運営を応援する、心優しいあなたが相手だとしても。

 

 詳細は割愛するが、すったもんだの末、あなたは勝利を勝ち取った。ログインボーナスの再開に加え、見事お詫び代わりの戦利品をせしめたのだ。

 

 なかでも(ちょうどバーベナにマウントを取っている)【HDP】は長距離運搬に長けたモンスターだ。あなたが拉致して寝かせておいたバーベナを、こんな砂漠の只中に連れてこれるだけの実力を有している。

 

 フランクリンの生産品は唯一無二。

 端的に言ってあなたも大満足のクオリティだ。

 やはり<超級>は頭がおかしい(褒め言葉)。

 

 閑話休題。

 

 バーベナを呼び出したのは他でもない。

 今回のお仕事は<UBM>狩り。

 凶悪な獣と命の奪い合いをしてもらう。

 

「倒したら特典武具もらえるやつ! なんだぁ、結構優しいところあるじゃーん? バベちんのこと手伝ってくれるとかぁー、あんた俺のこと好きすぎなーい?」

 

 手伝わんが?

 

「え」

 

 戦うのは一人。お前だよ。

 

 ジョブビルドは形になったはず。バーベナが経験を積むいい機会であった。

 死線を越えることで人は強くなれる。天地の修羅に揉まれたあなたが断言するのだから間違いない。

 代償は命。<マスター>だから安い安い。

 

「ムリムリ死ぬ! それ死んじゃうやつじゃん!?」

 

 だから殺し合いと言っている。

 奪っていいのは奪われる覚悟があるやつだけ。

 当然だが敗者に人権は存在しない。

 

 負けたらドロップアイテムを奪われて二度と返ってこないことがザラにある業界だ。

 モンスター相手の場合は死体漁りが発生しないのでまだ有情か。セーブポイントから死亡地点まで戻ったら、根こそぎアイテムが消えていた経験はMMORPGプレイヤーなら一度は見聞きしたのではなかろうか。

 

 あなたは貴重なレアドロップを野盗に奪われたことを思い出して静かに涙した。

 バーベナも遠からず同じ思いを味わえ。

 

 今回の目標【埋没竜砂 クイックサンド】は指名手配された賞金首モンスターだ。

 他の<マスター>も血眼で目標を探している。

 同じ獲物を狙う競争相手が小競り合いを始めることは想像に固くない。一番怖いのは人間なんだな。

 

 骨は拾ってやる、たぶん。

 あなたはうわべだけのエールを送った。

 

「ひっでぇ」

 

 判明している<UBM>の情報と周辺のマップ、その他データと見つめ合うバーベナ。

 珍しく真剣な表情を浮かべている。

 尿意を催した【HDP】にマーキングされているのに気づかないレベルで。

 

 すぐに彼は顔を上げた。

 

「リタイアってあり?」

 

 ありかなしで言えばなしだ。

 諦める場合はあなたが獲物を横取りする。

 バーベナをしっかりデスペナにした後で。

 

「ですよねぇ……って、うわ何これ!? おしっこ濡れてるんですけどもぉ!」

 

 やーいお漏らしー。

 

「はっ倒すぞ!?!!」

 

 

 ◇◆◇

 

 

「あっつ!」

 

 バーベナは無職に拠点から追い出された。

 一人あてもなく砂原を彷徨う。

 灼熱の環境下では歩くだけで体力を消耗する。準備をしていない彼になす術はない。

 

『ワヲン』

 

「なんだお前ついてきたの? ……チベットスナギツネみたいな顔してるなぁ」

 

『ワヲン?』

 

「わをんしか喋れないのかよ」

 

 犬人は背嚢からアイテムを取り出した。

 日除け・砂除けの外套と冷蔵飲料。バーベナにとって喉から手が出るほど欲しい一品である。

 

「お、気がきくじゃーん」

 

『ワヲン』

 

 ひょいと、【HDP】が体をずらした。

 アイテムに伸ばした手は空を切る。

 

「やだなぁ。それじゃ渡したことにならないぞぅ」

 

 気のせいと判断したバーベナは再度手を伸ばす。

 アイテムが遠ざかる。

 手を伸ばす。遠ざかる。手を伸ばす。遠ざかる。

 

 彼を見下ろす犬人の目が告げていた。

 これが欲しかったら這いつくばれ。

 三べん回ってワヲンと鳴くのだ、と。

 

「こ……この畜生……!?」

 

 プレイの快適性を取るか、それとも人間様のプライドを取るか。逡巡したバーベナがしぶしぶ跪いた時。

 

 突如として一隻の砂上船が現れる。

 あたかも透明なヴェールを剥いだように、眼前に姿を見せた小型帆船。

 甲板に四人の男が立っている。各々が武装した<マスター>のパーティ、ならば、砂漠を進む小型帆船は<エンブリオ>と考えるのが自然だ。

 

 しかしバーベナは微塵もそのような事は考えず、パーティ全員の顔と表情に意識を注いだ。

 

(こっちを見てる。俺に気づいて止まった感じ? 興味と下心あり……とりあえず愛想よくしとこ)

 

 慣れた笑顔を張り付けて、軽く手を振る。

 一動作で男達のわずかな警戒は霧消する。

 小型帆船がバーベナの手前で停泊すると、四人の<マスター>は次々地面に降り立った。

 

 一党内で牽制の視線が交差し、リーダーらしい剣士が緊張気味に声をかける。

 

「ね、ねえ君。ソロだよね? この辺の狩場は一人じゃ危ないよ、パーティ推奨エリアだから」

 

「そうなんですかぁ? 知りませんでしたー。おにーさん物知りですねぇ」

 

「ま、まあね。これでもデンドロ歴長いからさ。俺達みんな合計レベル300は超えてるんだぜ。カルディナだと結構有名なパーティなんだけど聞いた事ない?」

 

「え〜すごーい(知らねーけど)」

 

 ノリを合わせて、煽てて、褒めちぎる。

 バーベナは手練手管で彼らを懐柔すると、どちらが言い出すでもなくパーティに同行する流れまで持ち込み、とんとん拍子で砂上船に搭乗した。

 

(よっしゃ足ゲット。タダ乗りさいこー)

 

 か弱い少女を演じたバーベナは蝶よ花よの最高待遇で迎え入れられた。パーティの姫扱いである。

 従魔扱いの【HDP】も一緒にくつろいでいる。

 

「えっと、バーベナさんは」

 

「さん付け禁止っ。バベちんって呼んで?」

 

「ば、ばば……バベちんは、どうしてここに」

 

「実は<UBM>を見てみたくってぇ。でもぜんぜん会えないから困ってたんですよぅ」

 

「ああ、【クイックサンド】の事か。俺達も探してる途中だよ。……も、もしよければ一緒に、どう?」

 

 男にはバーベナが釣り上げた鯛に見えているのだろう。実際は真逆なのだが、彼らは知る由もない。

 知らない方が幸せな事は世界に溢れている。

 想定通りに男達を転がすバーベナだったが、共闘の提案には目を伏せ、あえて戸惑いを露わにする。

 

「でもバーベナ迷惑をかけちゃうかも」

 

「いいって! 俺達は楽しく遊ぶがモットーだからさ! もちろん<UBM>は本気で倒しに行くけどね」

 

「本当? それじゃあよろしくぅ」

 

 バーベナは下心満載の握手に応じ――

 

『GIOOOO』

 

 ――男は砂に呑まれた。

 

 砂上船に落ちる巨大な魚影。

 ()()()()の下半身を甲板に残して、ソレは現れた時と同様に、砂の下に潜航する。

 

 勢いよく撒き上がる砂の津波。

 バーベナは、男達は、たしかに目にした。

 魔蟲の触覚を生やした山椒魚のようなモンスター。

 ソレが冠する銘は【埋没竜砂 クイックサンド】。

 指名手配された伝説級<UBM>である。

 

「嘘だろ、索敵に反応なかったぞ!?」

 

「この船だって偽装してるんだ。相手が同じようなスキル持っててもおかしくはないわなあ」

 

「くそ潜られた……! 逃げろ! 次が来る!」

 

 船底から足元に伝わる振動で、パーティの一人は【クイックサンド】の行動を察した。

 急上昇して船上の獲物を捕食する気だと。

 砂上船を操る<マスター>は急加速で敵の出現予測地点から離脱を試みるが……。

 

「駄目だわ。引き摺り込まれて進めない」

 

 既に、巨大な流砂に囚われていた。

 砂上船は流れに負けて吸い寄せられる。

 何もしなければ船は大破して沈没するだろう。

 

クイックサンド(流砂)ってそのまんまかよ!?」

 

「なら出てきた瞬間に返り討ちだッ」

 

 パーティの一人はカウンター狙いで槍を構える。

 砂に潜った敵はどこから飛び出すか分からない。

 揺れる足場で、慎重に、男は周囲を警戒して。

 

『GIOOGOOO』

 

 接近に気づく事すらできず、左半身を捕食された。

 

「ぐ、クソッ……死なば、諸共ぉ!」

 

 デスペナルティ直前に槍使いは上級職の奥義を発動。

 必殺スキルで攻撃力を増した一撃は、空中の【クイックサンド】に過たず命中して、あっさり弾かれる。

 穂先が突き立った箇所は傷一つなく、そのまま槍使いは光の塵となり消え去った。

 

(かたっ!? ガチガチじゃん、それにでかすぎ。こんなのモンスターだよ。……モンスターだったわ)

 

 残ったのは三人。うち一人は砂上船を操縦中で手が離せないので実質戦力外だ。

 あとは最後の一人とバーベナ、どちらが先に食われて死ぬかというだけの話。

 

 諦めモードのバーベナはなんとかして男達にターゲットをなすりつける策を思案する。

 デスペナルティは二十四時間のログイン制限と所持品のランダムドロップ。加えて<エンブリオ>の進化が遅れるという噂もある。好きで死ぬプレイヤーはいない。

 

 しかし、その考えは無駄に終わる。

 残ったパーティの一人がメニュー画面を操作して、ログアウト処理を実行していたからだ。

 

「ちょっと! あんた何してんのさ!?」

 

「いいだろ別に! 防具を新調したばっかりなんだよ! 食われたらロスト確実だ!」

 

 それを見咎めてバーベナが声を荒げると、斥候役の<マスター>も怒鳴り返す。

 ログアウト処理が完了するまでの三十秒間、斥候役はメニューをひたすら連打していた。

 

「あ、」

 

 残り一秒。

 飛び出した影に男は呑まれた。

 

 残るはバーベナと操船役だけとなった。

 

「うちのがすまんね。悪いやつじゃないんだ」

 

「……俺は最悪の気分ですけどぉ」

 

「ハハッ、違いない。お詫びと言ったらなんだが、君も逃げていいよ。この船もう少し保つから」

 

「あんたはどうするのさ?」

 

「デスペナは確実だよな。まあ、船と運命を共にするのってちょっち格好よコペ」

 

 格好つける暇すらなく男は食われた。

 

 同時に、砂上船が光の塵と化す。

 <マスター>と<エンブリオ>は一心同体。デスペナルティになった彼の所有物は消滅するのが道理だ。

 

 バーベナは流砂に投げ出された。

 詰みだった。負けが確定している勝負で踏ん張る気力は湧いてこなかった。

 

(これで二度目か。あーあ……結局、あの無職は何がしたかったんだよ。俺をデスペナしたいだけだったらぶん殴るぞマジでさあ……超あり得るじゃん……)

 

『…………』

 

(何なのあいつ? 暴力で言う事聞かせようとするし、意味不明なジョブを取れとか言うし? やっぱり頭おかしいんだよ。ぜーんぜん強くなれてないし。これなら【守護天使】を選んだ方がよっぽど)

 

『…………ン』

 

(あれ、なんか前と違う。余韻長くない? やだよぅー。死ぬならスパッと、太く短くで……)

 

「え? 生きてるなんで?」

 

 バーベナは起き上がって周囲を見回す。

 場所は砂漠のど真ん中。

 前方に渦巻く流砂も変わらず。

 

『ワヲン』

 

「犬コロお前……」

 

 違いは怪我をした【HDP】。

 砂上船が消滅する直前、バーベナを放り投げて、流砂から逃がしたのだと気づくのは簡単だった。

 

 瀕死の犬人は背嚢を丸ごと差し出す。

 中身は砂漠の環境適応セット一式。

 そして一枚のメモ。達筆な字で一言『やればできる』と記された紙切れが入っていた。

 

「…………」

 

 メモを丁寧に畳んで仕舞う。

 ステータスと装備を確認する。

 最後に、力いっぱい頬を叩いた。

 

「乗せられてやるよ今回は」

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