無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■決闘都市ギデオン
職人あなたの朝は早い。
改造モンスターとリリファンを返り討ちにして、バーベナを簀巻きにするところから一日が始まる。
もはや日課と称して差し支えないルーティンだ。
争いを厭い、修羅の国から逃げ出したあなたに降りかかる災難は途絶えるところを知らない。
Q. どうしてニンゲンは争うのかしら?
A. 体が闘争を求めているからよ。
平和主義を標榜する人畜無害な労働者として、あなたは人類が生まれ持った獣性に忸怩たる思いを抱いた。
しかし特典武具ひとつで調子に乗るとは。
バーベナはまだまだケツが青いな。
あなたに喧嘩を売るなど百年早い。
閑話休題。
あなたはリリアーナに頼み事をした。
騎士団の訓練場を貸してもらえないかと。
少し人目を憚る行為をするもので。
「はい……はい?」
コンプライアンスは配慮せねばならない。
アライアンスのコンセンサスも重要だ。
あなたは両手でろくろを回した。
同意が取れたと判断して訓練場に。
あなたは手荷物を広げて支度を整える。
水着、かつら、マットレス、埴輪。
そして簀巻きのバーベナ(気絶中)。
水着に着替えてかつらを装着。無抵抗のバーベナをマットレスに寝かせる。あなたはその前で正座した。
回復ポーションの服用を忘れてはいけない。
これがあるとないとで持続力が段違いとなる。
「何してるんですか! いえナニするんです!?」
素人は黙っとれ――。
あなたはバーベナを捧げた。
埴輪は生贄に呼応して経典を垂れ流す。
一緒に口から泥を吐き出して。
あなたはすかさず泥を掬い取り水分を調整。
できた粘土を一心不乱にこねた。
耳たぶの固さになったら棒状に伸ばす。
そのままトグロを巻いた蛇のように、高さのある円筒を作製。表面をなめらかに整形する。
あとは乾燥、焼き入れをして完成だ。
あなたは埴輪を吟味して、叩き割った。
こんなものはワシの作品ではないッ。
言語化するとそんな感じである。
あなたはかつらをかきむしる。
金髪縦ロールが千切れて、埴輪は粘土に逆戻り。
「……は?」
リリアーナが驚くのも無理はない。
あなたは【埴輪】の生産など手慣れたもの。
だが、それは天地に滞在していた経歴ゆえだ。
王国で生まれた彼女は馴染みがないだろう。
「百歩譲ってアイテムを製作したのは分かります。理解しましょう、ええ。でもそれ必要ですか?」
彼女の視線が次々と移ろう。
水着についてはもういいわ、この人だし。いや本当にいいのか? 思考が毒されていないか?
リリアーナは感覚の慣れに恐れ慄いた様子だが、ひとつに時間をかけてはいられないと放置を決め込んだ。
あなたの不断の布教が実を結んだ瞬間である。
ちなみに、水着を装備した理由は泥汚れが衣服に飛ばないようにするためだ。
水洗い不可の装備は洗浄が面倒だ。あなたはこまめに洗濯物を片付けるタイプだったりする。
その点、水着は素晴らしい。最初から水に濡れることを想定した造り。着たまま風呂にも入れる優れものだ。
人類はみな水着を愛せよ。あなたは信条を確かにした。口に出すとなぜか奇人変人扱いを受けるので、説得の必要が薄い今回は自重するのもやぶさかではない。あなたはTPOを弁えた常識人なのだ。
「出てます全部。口から」
あなたの水着愛は留まるところを知らない。
水着の説明が済むとリリアーナの興味関心は次なる問題点に向かう。つまり埴輪であるな。
マットレスの上のバーベナを前に、説法と泥を吐き出す自律稼働式埴輪の正体をリリアーナ以下騎士団は薄々察しているようだ。《鑑定眼》を使えば一目瞭然。
もはや説明は不要だろう。とかく蛇足は嫌われる傾向にある。あなたは一文字に口を結ぶ。
「……」
リリアーナは諦観と苛立ちであなたを急かす。
いいからさっさと説明しろと。
あなたの気遣いを喜ぶ者はこの場にいない。類稀なるコミュニケーション能力の無駄遣いだった。
とはいえ語る内容はわずかにして単純だ。
喋る埴輪はあなたの特典武具。
逸話級武具【土蔵魔偶 ドグラ・マグウ】。
ついでに金髪縦ロールのかつらも同じく。
伝説級武具【
以上である。
「補足がほしいですけど。それぞれ能力は……泥の生成と、巻き戻しでしょうか」
分かりやすい見たままの能力となる。
リリアーナが才色兼備の近衞騎士という点を差し引いても推測は容易だろう。あなたポイント10点を進呈。
あなたの持つ特典武具の例に漏れず、二つとも非常に有用なアジャストを遂げている。
たとえばドグラ・マグウの《
コストに生贄……改宗希望者のMPを吸う点、経典を読み上げるので周囲の迷惑になる点は面倒だが。
よい埴輪は、よい粘土から。
よい粘土は良質な泥から生まれる。
埴輪師系統のジョブスキルとあわせて、【埴輪】作りにかかせない要素だった。
そしてロールバックは生産職の希望……。
あなたは薬瓶を呷った。
あなたは美少女あなたに変身する。
かつらを風になびかせて、あなたは高笑い。
羽扇子とドレスを纏うことも忘れない。
ゲームなら専用BGMを挿入する場面である。
嗚呼、なぜあなたには脳内再生した音楽を周囲に垂れ流す機能が搭載されていないのだろうか。
隠せないエレガントでゴージャスな雰囲気に騎士団メンバーは驚愕し、リリアーナは天を仰いだ。
あなたは社交界に咲く上流階級の流儀に則って大見得を切る。さながら婚約破棄される悪役令嬢が如し。
おーほっほっほ! ロールバックの能力は『やり直し』ですわ〜!
あらかじめ、かつらの縦ロール一つをコストにあなたは埴輪の【レシピ】実行前の状態をセーブ。
追加で縦ロールを消費することで、あなたはセーブ時点の状態をロードした。つまり生産で失敗した場合、それをなかったことにして素材が返ってくる。
セーブ&ロードで戻るのは自分のスキルや生産素材など。肉体ダメージや無関係の他者は巻き戻せない。生前の<UBM>から明確にグレードダウンしている。
《
それでも進むのが令嬢の矜持ですわ!
使い過ぎると禿げる。
「事情は理解しました。街中でやられるよりマシですねきっと。でも一言あっていいと思いませんか? 私の胃を労わってもらえると大変ありがたいのですが!?」
微笑みを崩さず、遺憾の意を表明するリリアーナの声は怒気に満ち溢れていた。
ドキドキしてしまうな。土器だけに。
あなたは彼女の背中に般若を幻視した。
リリアーナの可憐な容貌に怒りジワが刻まれてしまうのを憂いたあなたは早々にパニエを脱いだ。真昼間からドレスは遊興が過ぎた。フランス王朝もびっくりだ。やはりここはTPOを弁えて水着に戻るしかない。
あなたは淑女を尊重する紳士だ。
ギデオン伯爵愛用の胃薬、暖かい毛布をリリアーナに手渡して体調には気をつけるよう声がけする。
「だれの……だれのせいだと……」
悪いのはだいたい<超級>だ。
こうして【埴輪】の生産を急ピッチで進めているのも、元を辿れば<超級>が原因なのだから。
ギデオンを襲うフランクリンのモンスターに対抗するため、あなたは愛刀の本気を解放した。その際に支払ったコストがわりと真面目に尋常でない出費だった。
MPに換算しておよそ数百万。等身大あなた(埴輪)三十体分換算の大盤振る舞いだ。無論なんら後悔はしていないが、早急にストックの補充が必要だ。
生贄はもう十分なので気絶中のバーベナを訓練場の外に蹴り転がし、あなたは作業を再開する。
「なんだか楽しそうですね?」
埴輪の自動生産を続けるあなたの隣でしゃがみ、じっと横顔を見つめるリリアーナ。
普段と変わった……常に変わった行動ばかりだがベクトルの異なる……雰囲気に何かを感じ取ったらしい。
あなたは静かに首肯した。
近々、墓参りをする予定なのだと。
◇◆◇
□■皇都ヴァンデルヘイム郊外
<叡智の三角>の本拠地にはパンデモニウム……フランクリンの<超級エンブリオ>が鎮座している。メンバーや皇都のティアンにとって見慣れた光景はしかし、ひとつの異物に侵略されていた。
――埴輪。
ところ狭しと乱立する埴輪である。
手のひらに乗る大きさから【マーシャルⅡ】と同等の五メートルサイズの埴輪まで、様々な形状のものが。
特にパンデモニウムは念入りに飾られており、周囲に大量の破片が散らばっている。
「なんすかコレ」
「あー、黒三鬼は丁度ログアウトしてたのか」
「欲しい人は貰っていいみたいよ」
「いや何があったマジで」
黒三鬼の疑問に答えたのは、彼と同じくテストパイロットを務める<マスター>だった。
「つい先日、無職が出てな」
「無職が……出た?」
害虫のような言い回しに黒三鬼は首を傾げる。
「知ってるだろ。王国の無職だよ。メンバー募集の張り紙を見て来たらしい。各部門を見学してたところに、たまたまオーナーと鉢合わせて小競り合いだ」
容姿を丸ごと変えていたので面接は素通りだった。【高位詐欺師】の面目躍如である。
「敵国の、最近戦ったばかりのクランに応募するか普通。頭おかしいだろ。……もしかして敵情視察とか武力偵察だったり」
「いや。創作部門と意気投合してたよ」
無職は<魔神機甲グランマーシャル>関連グッズを買い占め、漫画雑誌に寄稿した。
登場キャラクターと【マーシャルⅡ】の埴輪まで残すあたり、相当テンションが上がっていた。【埴輪】ならざる精緻な出来栄えにプレミアがついたとか。
「テストパイロットやりたがるから試しに乗せてみたらやべーの。これ機体ぶっ壊した時の映像」
「乗せたのかよ。しかも壊したのかよ。まあ試作機はだいたい壊れるけど……錐揉みしてるぅ……」
「改善案出す時もイキイキしてたからな。ありゃ絶対
映像の中で、ここぞとばかりに機械系ジョブスキルを披露する無職は大層ご満悦の様子だった。
なんなら壊した試作機を自分で組み立ている。補助ありとはいえ【マーシャルⅡ】を、素人の、部外者が。
複数の操縦士系統のスキルと超級職並みのMPを駆使したテストは非常に有意義なものとなり。実験データは今後の機体開発に有効活用されることだろう。
それって利敵行為だね。いいのか王国の。黒三鬼は考える事をやめた。
「オーナーと揉めてなきゃ勧誘するのに」
「アルバイトなら上から許可出たってさ。ジョブクエスト形式で指名依頼する感じで」
「やめとけって絶対ろくでもないだろ。え、というか許可出たの? この
黒三鬼は追加の映像を眺めて呟いた。
彼らの言う小競り合い……フランクリンと無職の戦闘風景は火の海と表現するのが相応しい。
改造モンスターを熱線で薙ぎ払う巨大な埴輪兵士。アイテムの【埴輪】とは別の、ゴーレムに近い存在だろうと黒三鬼は当たりをつける。
兵力の数と質はフランクリンが優っているが、インパクトは無職に一日の長があった。
地面の泥から次々と生まれる埴輪兵士といい、その生産をサポートする触手といい、見ているだけで正気がゴリゴリ削られていく。敵陣にワープして自爆する埴輪の群れとかどうしろと。
フィールドを区切る高い土壁を覗き込む巨大埴輪の威圧感。その日、人類は思い出した。黒三鬼は『進◯の巨人じゃねーか』と内心でツッコミを入れた。
隊列を組んで底の穴からビームを照射する埴輪兵士。ご丁寧に準備、発射、冷却の交代制を取っている。指揮を取る無職は歴史上の偉人を模した姿になる。『ノ◯ナガじゃねーか』と黒三鬼は少しだけ胸が躍った。
「仕事と契約で縛る方が悪さしないんだと。攻略wikiにも載ってた」
「あのクソ重ページに個人のまとめあるの?」
「オーナーも書き込んでたよ」
「なにしてんですかオーナーぁ!?」
詳細な戦闘データと弱点、習得済みと見られるジョブスキルの一覧が有志の手で日々更新されている。
たまに本人も閲覧していたりする。どのスキルを未修得か確認するのに便利だと喜んで。
黒三鬼は天を仰いだ。
そんな彼の肩が優しく叩かれる。
背後の気配と、青ざめた顔で震える仲間達の様子に疑問符を浮かべた黒三鬼は後方を振り返り。
「私が何だって?」
「……お、オーナー」
光を反射するメガネを直し、白衣の裾を翻した【大教授】の迫力たるや。試作機で百回爆発に巻き込まれる方が余程マシなレベルの恐ろしさに《危機察知》が遅れて警鐘を鳴らすも、ボス戦からは逃げられない。
「随分と楽しそうじゃないか。そんなに面白い話をしていたのかい? ぜひ私も混ぜてほしいものだねぇ」
「や、その、大した話は……あ、あー! ゼルパールさんに呼ばれてたの忘れてた! すみません急ぐのでお話はまた次の機会にっ」
「あ、俺は在庫の確認を」
「わたしも会議がー」
蜘蛛の巣を散らすように逃げ出すクランメンバーを見送り、フランクリンは彼らの落とし物を拾い上げた。先日の出来事を撮影した記録アイテムだ。
「……ふむ」
決着はつかなかったが、作業の大幅な遅れが生じたという点で少なくない被害を受けた。
相手を仕留められず、作り直せるとはいえ手駒を消費させられた。心情的に勝ちとは言い難い。
とはいえ得るものもあった。
無為ではない。故に
「手札は把握するに越したことはない。特典武具ひとつ、スキルひとつ取ってもねぇ。あの妙な挙動をモンスターに取り入れるのは難しいだろうけど……能力は別だ。有用なジョブスキル同士の組み合わせ、そのモデルケースを実際に確認できる」
通常<マスター>は使い慣れたビルドの組み替えに多少なりとも抵抗を抱く。レベル上げの手間、ジョブ同士・<エンブリオ>とのシナジーの有無、最低限の性能保証を捨てて未知を取り入れるリスク。
あの無職はその問題を一笑に付す。
ジョブリセットで試行錯誤を繰り返す、それを気軽に行える特異性があの<エンブリオ>の強み。
予想外な噛み合わせの良さがポンと見つかるのがデンドロというゲーム……この箱庭の常であれば。
「可能性の原石というやつだねぇ。使える小技があったら参考にさせてもらうとしようか」
今更そう簡単に見つかるとは思わないけど。
才媛は期待せず、データを分析する。
「あの複合スキルとか悪い挙動してるよねぇ。上級職含む複数のジョブスキル重ねがけ、真似できる人間なんて存在しない……いや、
フランクリンはひとりごちる。
正しく『いる』ではなく『いた』。
たった一人だけ、数多のジョブスキルを駆使することを世界に認められたティアンが。
「【
先代【勇者】は天地の生まれだった。
どこかで縁を結んでいても不思議ではない。
修羅の国なら闘争は日常茶飯事だろうから。
「まあ、私には関係のない話だけどねぇ」
フランクリンは無駄な思考を放棄する。
なにせ皆が知っている。かの悪名高い【疫病王】が為した国絶やし、その結末を。
英雄も、魔王も、王も、奴隷も、善人も、悪人も、分け隔てなく理解している。
<Infinite Dendrogram>で
――勇者はもう、死んでいる。
・主人公
……………………。
・リリアーナ
黙って私の埴輪作るのやめてください。
・攻略wiki
最近、備考に『造形センス◎』と追記された。
・複合スキル
主人公が使うのはジェネリック版。