無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■旧メイヘム領
かつてメイヘムという国が存在した。
今は亡き、小さな国である。
アルター王国、レジェンダリア、カルディナの三国に接する緩衝地帯として慎ましくも繁栄を遂げたメイヘムは、牧歌的な雰囲気の農業国だった。
七大国家と異なりセーブポイントが存在しないため、ホームタウンに定める<マスター>は少なく、いわゆるゲーム背景の賑やかし・数ある小国のひとつとして近隣の遊戯派から認知されていた。
二〇四五年二月。
一夜にしてメイヘムは滅びた。
原因は致死性の感染症。
あるいは細菌散布による大量虐殺。
たった一人の<超級>、【疫病王】キャンディ・カーネイジによる凶行だった。
悪辣なる【疫病王】は【勇者】を殺害し、カルディナの【砲神】やレジェンダリアの【超力士】を退けて、最終的に<超級>ならざる殺し屋――<超級殺し>の手で殺害、敗北して“監獄”に送られた。
今に至るまで【疫病王】は刑期が明けることなく、“監獄”の指名手配犯専用マップに服役している。
既に細菌は死滅しているはずだが、いまだに人は寄り付かず、メイヘム復興の目処は立っていない。
王族含めて一族郎党皆殺しの上、運営サイドが特に手を加えることもない。滅びの朝、そのまま時間が止まってしまったかのようだった。
あなたは打ち捨てられた廃墟を見て回る。
特段これといった感情は抱いていない。見ず知らずの死者に、必要以上の感情移入ができるほど、あなたは繊細な感性を持ち合わせてはいなかった。
単純に『ここでティアンが死んだのかな』とか、『何かレアアイテムとかクエストフラグが落ちてないかな』と、廃屋を物色する程度である。
その手の死体漁りはとうの昔に先人がいたようで、ろくな遺物が残されていなかった。怖いもの知らずにもほどがある。これだから<マスター>という人種は。
首都を一巡して物色を済ませたあなたは、墓地に献花を供えて教会を後にする。
さて、ここであなたは背後に意識を向けた。
物陰に潜む小さな気配が二人分。
どうも尾行のつもりらしい。街中ならいざ知らず、野外のフィールドでは非常によく目立つ。
なにせ旧メイヘム領は人気がない。
生きとし生けるものは死滅した。まともな神経ならば、病を恐れてこの土地に寄りつこうとはしない。
ティアン・モンスターがいない=クエストや経験値稼ぎができない、セーブポイントもない、そんな寂れた土地に目を向ける<マスター>なぞ暇人の類いだ。
昨今は些か例外のようだったが……。
ともあれ、あなたは無職である。
人気のない場所で婦女子を見かけたら声をかけるのが良識的な常識人の振る舞いといえよう。
あなたは《
突然あなたを見失い、慌てて右往左往する二人の少女に対して、気配遮断を全開に声をかける。
もし、いけないお嬢さん達。
家出なら晩御飯までに帰りなさい。
「のじゃ!?」
「ひっ」
腰を抜かした小悪魔レディ。
一人はアルター王国第二王女、エリザベート・S・アルターで。随行者は王国近衛騎士団副団長の妹、ミリアーヌ・グランドリアだった。
「むう、むしょくのひと。いつからきづいておったのじゃ?」
いつからと問われたら最初から。
ふくれ面のおてんばプリンセスが、妹君と共に、ギデオンの街を出る地点であなたは尾行を察していた。
……ミリアーヌは王都からギデオンまで一人でやってきたのだろうか? 恐らく商人の馬車に忍び込んだのだと思われるが、なかなか危ない橋を渡っている。
リリアーナは何をしているのだろう。
王族の護衛、並びに家庭内の教育はあなたのお仕事ではないため口は挟まないが。
あなたは人のお仕事を尊重できる<マスター>だ。
「むしょくのひと、たのみがある」
それはつまりお仕事ということだろうか。
あなたはウキウキで頷いた。
王族からのクエストとか滅多にないぜ。
ついにあなたは王家御用達の看板を掲げるだけの実績を得た。やったねダーリン。明日はホームランよ。
マーベラス、実にマーベラスだ。これで依頼頻度は五割り増し。クエスト報酬も五割り増し。あなたにはホワイトホール、明るいデンドロお仕事生活が待っている。
【クエスト【護衛―― エリザベート・S・アルター 難易度:一】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
難易度一、イージーなお仕事だ。当然ながら手抜きするつもりが毛頭ないあなたは、クエスト画面をチラ見しつつ、エリザベートの話に耳を傾ける。
「それでたのみたいことなのじゃがな……わらわとミリアを<UBM>にあわせてほしいのじゃ」
あなたは渋い顔で仕事内容を検討する。
薄々予想していた依頼ではある。なので現地に到着したタイミングで彼女に声をかけたのだが、実のところ正解の対応が分からず、あなたは判断を決めかねていた。
旧メイヘム領に現れた噂の<UBM>は、あなたがこの地を訪れた目的のひとつだった。
墓参りは単にお供えをするだけでは足りない。墓地の周囲をお掃除するのも作法である。
スレッドと掲示板で情報を集め、恐らくアンデッド系と目星をつけたあなたは高い勝算を有していた。
しかしティアン、一人は王族を連れてとなると話は些か変わってくる。
「きけんはない……ときいておる。その<UBM>はひとをおそわず、ただ、ししゃともういちどはなすきかいをくれる、と……」
「おねがい!
第一次騎鋼戦争で二人の父親は命を落とした。
片やアルター王国の先代国王。
片や王国最強の近衞騎士団長。
どちらも皇国の<超級>に殺害されている。ちょっと男子ー、人の心とかないんですか。
あなたは悲劇より喜劇派なんですけど。
彼女達はまだ十もいかない年齢だ。死んだ親に会いたいと考えるのは自然な
ここで懇願を切って捨てた場合、二人だけで<UBM>に突撃する未来が見える見える。
そうしたらリリアーナの好感度が下がる下がる、いやでも下がる、もっと下がる。
ま、いっか。多分何とかなるだろう。
駄目だったらその時はその時である。
あなたは考える事をやめた。
「そうか、うけてくれるか!」
「ありがとう! えっと、へんなひと!」
誠に遺憾である。あなたは常識人だというのに。
帰った暁にはリリアーナと教育、特に礼儀作法について議論を交わす必要がありそうだった。
ともあれ。<UBM>に会うとなると調査が必要だが、死者と対話するだけなら簡単だ。
あなたは首都の広場を指差した。
人気のない旧メイヘムに集う、人種性別年齢その他てんでばらばらの人影。
ある者は座り込み、またある者は涙を流して、思い思いに対話を続けている。共通点は……全員が満ち足りた表情を浮かべている点だろうか。
「あれは……?」
彼らは死者と対話する人々だ。
ティアンに<マスター>も混ざっている。
実際にあなたも死んだティアンと会話できたので、少なくとも噂の一部は真実なのだろう。
「では、やはりきけんはないのじゃな」
「いこ! エリちゃん!」
懸念が取り除かれて安堵したエリザベートを、辛抱の限界に達したミリアーヌが引っ張った。
広場に足を踏み入れて暫く、幼女二人の前にそれぞれ人影が形作られる。
「おとうさんっ!」
「…………」
躊躇わずに駆け寄るミリアーヌ。受け止めた騎士は鎧姿ではなく、家庭を思わせる平服だ。
対照的にエリザベートはどうしたらいいか分からないといった様子だ。生前はあまり両親に甘える機会がなかったのか。あなたは髭おじの方向に軽く背中を押した。
「……ちちうえ!」
涙を浮かべて、しかし楽しげな二人。
幼女の笑顔は最高でござるな。あなたのフレンドなら、そうしみじみと呟くに違いない。
あなたは少し離れた地点で腰を下ろす。
この現象が<UBM>の能力であることはもはや疑う必要がないだろう。実際に死人と会話できる以上、そういうスキルだという前提で行動しなくてはならない。
問題点は二つ。
スキルの代償、そして<UBM>の目的だ。
ひとつめの内容は不明。
現状、あなた含む面々に不調は見られず、ステータスの変動、状態異常は発生していない。
そして《危機察知》を含むスキルは反応なし。この広場に敵性モンスターは一体も存在しない。
単に、本当に、死者を呼び出すだけのスキルで。コストは<UBM>が支払っているならよいのだが。
その場合、ふたつめが気がかりだ。
何のために<UBM>は活動している?
集まったティアンを捕食するでもなく、ただ慈善事業として、霊界通信を開催しているのか。
現象として発生した<UBM>に多々あるが、善悪関係なしの法則で動くタイプだと対応が難しい。
加えて、<UBM>本体の姿が見つからない。
ほんの僅かな焦りがあなたの胸に生まれる。
このままでは、討伐前にエリザベートとミリアーヌの帰路を護衛する羽目になるぞ。
『別にいいじゃないか。なあ?』
『殿下と団長の娘が一緒になぁ……』
『おいおい、俺にも付き合えよ』
周囲の人影があなたに話しかけてきた。
いつの間にか、これまであなたが出会った、そして既に亡くなったティアンが数名出現している。
先程と面子が異なるのは、あなたが各地で様々な出会いと別れを経験してきたためだろうか。
あなたは不思議と心安らいだ。
とりあえず酒盛りすっか。カルディナの五十年もの(ジュース)を開けるタイミングだろう。
◇◆
これまでの冒険を肴に一杯引っ掛けていると、なにやら広場の外縁部で騒ぎが起きたようだった。
「<UBM>倒さないなら、そこどきなよ」
「やめてくれ、頼む。コレは危険じゃない。……なあいいだろ? 俺達は、ただ、友人と話したいんだ」
どうやら<マスター>同士の揉め事だ。
新しく訪れたパーティが、元々滞在していたパーティに対してケンカを売っている。
彼らはアンデッド対策の装備と、聖属性・光属性・火属性に長けたジョブで身を固めていた。あなたと同じように<UBM>討伐を目的とする一団だろう。
穏やかに会話を楽しんでいた者は批難の目を向け、特にティアンは悲痛な面持ちを浮かべる。
「んー、まとめて燃やすか。このレイスを倒して少しでも情報を集めたい」
「ここまで探索してノーヒントだものね」
「ティアンいるよ?」
「面倒な……各自、個別にレイスを撃破。範囲技と誤殺は気をつけろよ。邪魔なやつはPKしてよし」
「うーい」
新しいパーティは魔法の詠唱を始めた。
「な、待て! やめろ!」
それを阻止すべく数人が戦闘準備に入る。
あなたもその内の一人だ。
死者に攻撃、たしかに悪くない提案だ。
しかしドンパチを始めて、エリザベートとミリアーヌに流れ弾が飛ぶリスクを考慮すると論外である。
護衛クエストの最中に護衛対象を殺すな、狙うな、戦闘を仕掛けるな。あなたは殺意を漲らせた。
だが、
「どけ、邪魔だ」
襤褸を纏った枯れ木のような男が、ふらりと火球の前に進み出た。
「……《オーヴァー・エッジ》」
展延した光の刃が一閃、新規の血気盛んな遊戯派パーティを撫で斬りにした。
男の見事な剣の冴えにあなたは感心した。
きょうび天地でもそうお目にかかれない剣気の持ち主である。さぞや名うての使い手だろう。
男は虚無の瞳でデスペナルティのエフェクト六人分を見届けると、死者の女性の前に座り込んだ。
他の者も、今し方の乱入者殺戮ショーを忘れ、再び幸せな歓談の時間に耽溺する。
あなたは天地を思わせるフェザー級ハイスピードな命のやり取りに心が熱くなった。
『おうい。俺にも一杯くれ』
近衞騎士のグラスにボトルの中身を注ぎ、あなたは幼女様とおパパ上の暖かな会話に耳を傾ける。
「それでの、マリーがわらわをだいて、ビューンとジャンプしたのじゃ!」
『…………』
おパパ上は寡黙であらせられたのかな?
黙ってエリザベートの話に頷いている。
ミリアーヌはというと、
「わーい! おとうさんすごーい!」
ラングレイお父さんに抱えられていた。
たかいたかいで飛竜ごっことは、デンドロ世界の育児は腰に響きそうで大変であるな。
『ミリアちゃん、よかったなあ。あんな風に楽しそうに笑って。本当によかったなぁ……』
近衞騎士は杯を呷り、鼻をすすった。
『俺も息子に会いたいなぁ』
あなたは杯を飲み干して応じた。
ご子息はギデオンで立派な騎士を目指している。何の心配もいらないので安らかに眠ってくれと。
『……そうか。なら、あいつが騎士になったら祝ってやらないと。剣をな、用意したんだ。それにあいつと同い年のワインも。成人したら二人で飲むのが夢なんだよ』
残念ながら彼の願いは叶わない。
近衞騎士は既に死んでいる。
このデンドロにおいて、蘇生可能時間が経過したティアンは二度と蘇らない。
『……
絶対に。
『お前に頼みがあるんだが。……妻と息子をここに連れてきちゃくれないか?
例外は、ない。
『……どうした。相変わらず物騒だな、<マスター>ってやつは。お前が特別なのか?』
あなたは愛刀を振り抜いた。
近衞騎士の首を過たず横薙ぎにして。
死者は静かに、霧のように溶けて消える。
手応えはない。経験値もない。しけである。
見知った顔を斬る。で、だから?
この程度、天地では日常茶飯事だ。
昨日の味方が今日の敵。昨日の敵は今日も敵。
でもドロップアイテムくらい落としてもいいんじゃないですか。フランクリンを見習え。
あなたは鼻歌交じりに手近な対象を首チョンパ。あわてんぼうの死者をあの世に送り返す。
お盆にはまだ早い。ハロウィンはもっと先だ。次からは時期を見極めてカボチャの精霊馬に乗るがいい。なんか色々と混ざってるな。
ヒャッハー! お帰りはあちらでぇす!
半実体の
死者は変わらず、生者に語りかけて、あり得ない奇跡の一時を謳歌している。
あなたは予想が外れた事に落胆した。誰だ倒したらヒントとか言った間抜けは。
ゴーストバスターあなたは空いている手に掃除機を装備して、目障りなちりゴミを一掃する。
『――で? 私を殺すの?』
目の前に黒髪の少女が立っていた。
天地風の着物を纏い、無防備を晒す女。
――――――――。
あなたの脳に空白が生じる。
手にした愛刀は切れ味を失い、叫び、狂い、彼女の元に向かおうと激しく暴れ出す。
普段なら妖刀の勝手を諌める場面で、あなたは、ただ、木偶の坊のように……芯の抜けた人形のように、自失して膝をついた。
『できないよね。変なことを言ってごめんね』
少女が困り顔で笑う。
『気にしないで。私は――』
あなたは拳を突き出した。
白銀の一撃が少女の似姿を揺らす。
ふう、さてと。
あなたは残心して肩をすくめる。
今ので打ち止めだと大変助かるのだが。
どうやら愛刀は暫く役に立ちそうにない。
これだから毛フェチは。いつまでも初恋を拗らせてどうするというのだろうか。
とめどない死者の出現。天地の野盗・PK・武芸者を想起させられたあなたは心底嫌気が差した。
殺しても殺しても飽き足らないドMめ。
そんなに死合がしたければ地獄に行け。呪湧きませり、呪湧きませり。あなたは念仏を唱える。
アルコール(気分)に当てられたのか、あなたは足元がおぼつかず、後ろに倒れた。
「大丈夫ですか!?」
倒れたはずがリリアーナに支えられていた。
なんだ夢か。じゃあ問題ないな。ヨシ!
「……とにかくここから離れましょう。歩けますか? 無理ですね、失礼」
あらやだ奥様、お姫様抱っこですわよ。しかも相手は白銀の騎士様ですって!
きゃー! なんて甘酸っぱいのかしら!
アオハルよアオハル! ところで、少女漫画の世界線と間違えてないですか?
あ、向こうにエリザベートとミリアーヌがいるので回収よろしくお願いします。
「承知しています。あなたは少し休んでください。ご自分がどんな顔をしているか理解してます?」
はてさて。ステータスは異常ないが?
ただしリリアーナの胸部装甲が当たっているので、その問題は早急な解決が望まれる。
「鎧の! 鎧のでしょう!? あなたのそういう言葉足らずなところ本当によくないと思いますよ!」
怒られた。誠に遺憾である。
あなたはコミュ力の化身だというのに。
◇◆◇
リリアーナに片手で引きずられるあなたのことを、襤褸の男が、静かに見つめていた。