無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■首都メイヘム跡地
なぜリリアーナがいるのだろう。
安全地帯に引きずられて、現在の状況が夢でないことに気づいたあなたが、真っ先に浮かべた疑問である。
しかし、それはたちまち氷解する。
同じく避難したエリザベートとミリアーヌ、二人を気にかけるリリアーナの姿を見れば、彼女が己の職務と心情に従って行動したと考えるのは容易い。
流石はアルター王国近衛騎士団副団長。
リリアーナの真摯な勤務態度に、あなたは畏敬の念を抱いた。忠義に厚い女騎士とか最高かよ。
「……それはどうも」
リリアーナは複雑な顔で賞賛を受け入れた。手放しで喜べない事情があるのだろうか?
あなたに心当たりは皆無だ。
ギデオンを発つ際、あなたを第二王女誘拐犯と早とちりした一部エリファン、ならびにミリアーヌ誘拐犯と冤罪をふっかけた愚かなリリファンを返り討ちにした程度。
彼女達があなたを尾行したのであって、あなたは何も悪いことをしていない。指名手配は勘弁な。
他に考えられる事情は、王国領を越えて王族がお忍びピクニックしている点だろうか。
旧メイヘム領はレジェンダリア、カルディナの国境に面した地域だ。前者は友好国としても、後者は潜在的な仮想敵国のため、火種になる可能性は高い。
けれども、あなたは政治が分からぬ。
あなたは一介の無職である。
そういうのは王や官僚、政治家の領分だ。一度でいいから邪智暴虐な国家運営をしてみたいと、あなたは密かに思いを募らせているのだが。
「理解されているじゃないですか!? そうです、大規模な近衞騎士団の動員は隣国を刺激して、余計な介入を招きます! だからアルティミア殿下は私一人を派遣するしかなかったわけで……いえ、それはともかく」
リリアーナは第二王女、妹、あなたの順に様子を伺い、大事ないと判断してため息を漏らした。
「ひとまず我々はギデオンに帰りましょう。広場の異変は気がかりですが、<UBM>の正体が不明な以上、殿下とミリアを危険に晒すわけにはいきません」
「そう、じゃな。ミリアーヌ」
「……やだ」
ミリアーヌは俯いた。
姉の追求から逃れるように、あなたの足にしがみついて離れない。
「わたし、おとうさんといたい」
「ミリアお願い。いい子だから、お姉ちゃんと一緒に帰りましょう?」
「なんで! どうしてダメなの!? おとうさんといっしょにいるのはいけないことなの!?」
「きもちはいたいほどわかる。じゃが、これはありえないことなのじゃ」
「っ、エリちゃんだって! ほんとうはのこりたいでしょ!?」
「ちちうえともういちど、そうねがうきもちはわらわとてひていせぬ。それでも、ししゃをおもうことはあっても、ししゃにとらわれることは……あってはならぬ」
あなたは無言で会話を聞いていた。
今日のお仕事は二人の護衛であり、進退を決めるのは彼女達自身だ。口を挟む余地はない。
しかし眉間の皺が積み重なる事態は避けられず、コントロールを離れたあなたの感情は、ある種の威圧感として雰囲気に現れてしまったようである。
気付けば、女性陣三人は口を閉ざし、黙りこくるあなたの顔色を窺っていた。
失敬。お手洗いを我慢していたもので。
あなたは空気を読まず冗談を言い放った。
反応ゼロ。おかしい、あなたのウェットに富んだジョークは、天地の修羅をも笑わせるというのに。
鼻で笑われるの間違いかもしれない。
ウィットの間違いでもあるかもしれない。
「なにか、あったのですか?」
挙句リリアーナに気を遣わせる始末。
これはいけない。あなたほどコミュニケーション能力に長けたムードメイカーが、よもや場の雰囲気を逆空気清浄機してしまうとは。
察して構ってちゃんは嫌われる。これはあなたの独断と偏見に基づく見解だ。
お仕事は人と人の関係の中で生まれる。
対話を怠ってはお仕事が回らない。
故に、あなたは常日頃からパーフェクトコミュニケーションを有言実行している。
愉快な光景ではない、と。
あなたは個人的な意見を述べた。
必要以上の長居は避けるべきだとも。
「……理由は話してくれないんですね」
リリアーナの追求は無意味である。
こういう日はお仕事をするに限るのだ。
な、愛刀。お前もそう言って……おや?
あなたは腰に手をやった。
慣れた重さが失われている。愛刀どこいった?
忘れものを回収すべく、あなたは踵を返す。
護衛に分身を残すが、なに、周囲のモンスターは副団長殿の敵ではなかろう。
なお欠勤控除でクエスト報酬は五割減。
嗚呼、なんということでしょう。
勝手に手元を離れた毛フェチは許しておけぬ。
あなたは無理やり殺意を奮い立たせた。
「待ってください」
あなたは簀巻きにされた。
リリアーナの見事な手際である。
「何度も見ていたら覚えました」
さよか。
「別に話したくないのなら構いません。あなたにとって、私の立ち位置はそう……表面上は友人と言いつつ、肝心な時は頼らない、心配すら受け付けない、割り切った関係をお望みということなんでしょう? ええきっとそうですとも。私の知ったことじゃありませんけどね!」
リリアーナの剣幕にあなたは気圧される。
これっぽっちも悪事は働いていないが、あなたはなぜか自分に非があるような錯覚に襲われた。
非常によろしくない展開だ。
あなたの好感度調整は完璧だったはず。
しかし彼女のパラメータは激おこぷんぷん丸カムチャッカファイアーボムと。おっかしいなあ?
内心の疑問をおくびにも出さず、あなたは落ち着いて話すようリリアーナを諭した。ステイクールだぜ。
「真面目に聞きなさい」
絶対零度の声音であなたは震え上がった。
これふざけてる場合じゃねえ。
「はあ……おどける元気があるのならいいです。ですが、一言だけ。後悔しないでくださいね」
それは友人関係をこれきりにすると?
あなたの瞳からハイライトが消えた。
やばいよあんちゃん、就職条件どころか友達一人いなくなっちゃった。まぢむり。自害すりゅ。
冗談はさておき、追い打ちを受けたあなたのメンタルはわりと決壊寸前だ。地味に泣きそう。
「違いますって。あなた、過去に受けた仕事で後悔してますよね?」
――……なぜ、それを。
「いやそんなに驚かれても。あなたが本気になるのって、仕事くらいじゃないですか」
短い時間でも見てれば分かりますよ。
平然と宣うリリアーナに、あなたはただ絶句して、池の鯉の如く息継ぎするほかない。
だが、しかし。
後悔するな? 土台無理な話である。
あなたは覚えている。決して忘れない。
嵐に身を投じた少女の最期を。
過去を幾度繰り返したとして。
99.9%あなたが取る行動は変わらない。
けれど……小数点の彼方の可能性で、あなたが信条と、彼女の決意に背いていたら。
何かは変わっていたのだろうか。
「あなたが抱える後悔を私は知りません。でも苦しむ友人の姿を見るのは辛いです。だから後悔しないでください。無理なら、あまり後悔しないようにしてください」
リリアーナの手が頬を撫でる。
流した涙を拭うように。
「きっと自分の仕事に向き合ったから、今も向き合い続けているから、そうやって悩んでいるんでしょうけど。変なところで真面目ですよね」
柔らかな抱擁と、温かな言葉に包まれる。
「よくがんばりました。あなたを含めた世界中の誰もが、あなたを責めるとしても。友人の私くらいは励ましてあげます。それくらい許されるはずです」
あなたは首を横に振る。
励ますとか責めるとか、そういう問題ではない。
「しつこ……いえ、強情ですね」
お仕事とは尊い人類の営みだ。
その自負を抱いて臨まねば。
何者でもないあなたの、唯一無二の可能性は、お仕事の中で生まれるはずなのだから。
「はあ……?
…………。
「あの、もしもし? 何で急に黙るんですか」
…………。
「もしかして気に障りましたか? それとも、さらに落ち込んで……? げ、元気を出してください!」
…………。
「……えっと、その。お詫びというわけでは……ないですが……私にできることなら、なんでも……い、今だけ! 特別に! です……よ……?」
メニュー画面から顔を上げたあなたは、顔を真っ赤にして、湯気をくゆらせるリリアーナと間近で見つめ合った。ふーむ、ガチ恋距離というやつですな。
もしやまた風邪を引いているのだろうか。リリアーナは体調管理に気を使うべきだと思われる。
ところで今なんでもするって言ったよね?
あなたのテンションは爆上がりした。
先程の不調が嘘のように気分は快晴である。
ヤッフー! 何してもらおうかなあ!
「……なんでもありませんッ!!」
あなたは張り倒された。解せぬ。
ちゃんと話は聞いていたというのに。
◇◆
これより!!
<UBM>ぶっ殺し大作戦を開始する!!!
「いきなり立ち上がって何を?」
所信表明って大事だよねということだ。
エリザベートとミリアーヌ、その他アザーズには悪いがこれはあなたの中で決定事項である。
あなたは先の一件を<UBM>の攻撃、明確な敵対行動と受け取った。売られたケンカは熨斗をつけて買い占めるのが天地流だ。実に野蛮で下卑た礼儀作法だが、今日のあなたは精神汚染で仕上がった修羅である。
もともと墓参りついでにお掃除するつもりだったので予定調和といえるな。
ぐるぐる肩を回してスクワット。
嗚呼、あなたの体調は絶好調。
脳内ではロッキーなBGMが再生される。
待ち遠しいぜ! <UBM>の命乞いがよぉ!
とはいえ根回しは必要だ。
まずエリザベートとミリアーヌに謝罪する。
これより一時護衛の仕事から外れること。
代わりに式神を残すが、手抜かりと判断されても致し方ない。クエスト報酬は五割減。悲しみ。
そして許せ。もう二度と父親とは話せない。
理由は簡単。あなたがこの<UBM>を叩いて縛ってぶちのめすと決めたから。
心中お察しするが、これはお仕事ではない。プライベートあなたは自重の二文字を辞書から破り捨てる。
「よいのじゃ、むしょくのひと。むしろ、れいをいわねばならぬ。ありがとうなのじゃ。わらわに、ちちうえとはなすチャンスをくれて。そして……にどとこのようなことがおきぬよう、<UBM>をたおしてほしいのじゃ」
あなたは深々とお辞儀した。
「……もう、おとうさんとあえないの?」
然り。しかし嘆く必要はない。
歪んだ奇跡があるべき形に戻るだけだ。
ミリアーヌはあなたを恨む権利がある。
見方を変えると、あなたは父親を二度殺す。
今は理解されずとも、いつの日か、彼女が今日を受け入れてくれることをあなたは願った。
「ううん……いやだけど、がまんする。おとうさんがみてたら、ほめてくれるかな」
「……ええ。きっと喜ぶと思うわ」
マーベラス、実にマーベラスだ。
あなたは少女の成長に感動した。
これは盛大な祝砲を打ち上げねばなるまい。
もちろん弾はてめえだ<UBM>。
ところで、なぜリリアーナは戦闘準備を?
「私も少しだけ腹が立っているので。便乗させてもらおうかな、と」
リリアーナに天地の適性が芽生えるとは。
普段なら勘弁願いたいところだが、今日のあなたは万能感に包まれているため、口笛を吹いて歓迎した。
修羅の精神汚染は未だあなたを蝕んでいる。
さて、いきなり本丸に殴り込むというのも乙なものであるが。あなたは過信で命を落とした修羅をそれはそれは大勢知っているので、入念な準備と対策を怠らない。
具体的には
昔の女に寝返った、妖刀毛フェチを調伏する前哨戦をこなさなくてはならない。
「妖刀って、勝手に持ち主の手を離れることがあるんですか? あまり聞いたことがないですけど」
リリアーナは安心するといい。
愛刀のような例は、あなたも天地時代において二、三本しか目にした経験がない。
大抵は持ち主の元を離れるのではなく、持ち主を呪い殺して鞍替えするか、死合の果てに所有権が移り変わるのが基本である。
「知りたくなかったですね、妖刀事情……」
さて、無駄口はほどほどに。
あなたはグリゴリで【失業王】にジョブチェンジして、眼前の敵を見やる。
首都の広場、外縁部に佇む黒髪の少女。
その手にはゴロゴロと猫のように喉を鳴らす愚かな妖刀【分御髪】が握られている。
信じられるか? あれが四十二染の一振りだってよ……妖刀の恥晒しめが。
『こんにちは。嫌な空模様ね。見て、今にも一雨来そうじゃない?』
ハロー。その毛フェチが原因だと思います。
あなたは平然と挨拶を返した。
『悍ましい蛟……本当に嫌になるわ』
もはや躊躇う理由はない。
彼女とて、既に死した亡者なのだ。
冥府から這い出てきたのなら、あなたは慈悲を以って、墓石を脳天に叩きつけるまで。
「……ッ!!!(黒髪ロングさいこー!)」
それはそれとして、愛刀。
おめーいい加減にしろよ?