無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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“髪”殺し ③

 ■Past

 

 雨の日に、彼女と出会った。

 

 天地北部。漆原家の領地にて。

 四大大名の一角、北玄院家。その傍流も傍流に当たる漆原家は、戦国時代の諏訪家……武田家に支配されていた時分の関係に近いと<マスター>は表現する。

 

 実際はそれより慎ましいものだった。

 権力を失った当主、切り取られる領地。

 まがりなりにも大名の面目を保てているのは、ひとえに肥沃な土地を有するがため。

 農作物は租税と称して献上するばかりだったが、それでも領民が生きていけるだけの恵みがあった。

 

『漆原には水神がいるの』

 

 黒髪の少女は呟いた。

 

『まつろわぬ蛟。宝物獣(<UBM>)ではないけれど、あれは嵐を呼び招く。雨と雷の恩恵。豊かな土地は水神のおかげ。お父様は夜ごとに話してくれたわ』

 

 漆原家当主の一人娘。

 足首まで伸びた艶やかな黒髪を持つ少女は、“射干玉”の濡羽姫と呼ばれ、その美貌を讃えられていた。

 

『……笑ってしまうでしょ?』

 

 だが、彼女を褒めそやす領民はもういない。

 玉の輿を狙い一族の復興を目論む父も。

 いまや泥をこするばかりの黒髪を抱えて運び、丹念に櫛でとかしていた女房も、既にどこぞへ消えた。

 

 城下町は土砂に埋まって廃墟と化し。

 彼女の眼前には、静寂が広がっている。

 

『みんな、信じた神に殺された』

 

 彼女は背後の気配に語りかけた。

 

『で? 私を殺すの?』

 

 異邦の来訪者、旅人は否定する。

 旅人は異変の調査に訪れた<マスター>だ。

 北玄院家からの依頼で真っ先に駆けつけた旅人は、生存者に事情の聞き取りをしなくてはならない。

 

 たとえ高貴な身分でレアドロップが期待できても、お仕事がある以上、旅人に彼女を害する意思はない。

 

『できないよね。変なことを言ってごめんね』

 

 少女が困り顔で笑う。

 

『気にしないで。私は用事があるの。もう行くわ』

 

 旅人は濡羽姫を引き留めた。

 何か知っていることはないか、と。

 

『……大したことは教えてあげられないよ? 私は水神にみそめられた。そして、お父様がそれを跳ね除けた。結果はご覧の通りね』

 

 彼女は水神が引き起こした災禍を見やる。

 麗しき花嫁を差し出せ。さもなくば、姫を残して領地の一切を洪水で押し流す。

 水神は告げた。権能で以って言の葉を実行した。

 神が娶るのだから親類縁者は無用だろうと。

 

 旅人はしばし沈黙して、再度口を開いた。

 何か困っていることはないか。

 お仕事の依頼があれば受け付けよう。

 

 旅人は依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。

 

 亡国の姫というフラグを前に、お仕事の気配を敏感に嗅ぎ取って、旅人は胸を張る。

 

『<マスター>……そう。ならお願いしようかな』

 

 少女は旅人の手を取った。

 夜空の瞳に復讐の炎を燃やしながら。

 

『私を、水神のところに連れてって?』

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■首都メイヘム跡地

 

 かつてのように雨が降る。

 

 妖刀に封じられた権能の一、降雨。

 呪詛を撒き散らす毛フェチに加減はない。

 次第に勢いを増す豪雨、それ自体は単なる雨粒に過ぎず、されど決して無視できない脅威だ。

 

 黒髪の少女が妖刀を投げ捨て、後退する。

 一秒と触れていたくないというように。

 妖刀は名残惜しさと悲しみに哭いて、単独で宙に浮かび、二と三の権能を解き放った。

 

 権能の二、招雷。

 権能の三、雷雨を用いた魔法(呪詛の追加効果付)。

 

 水と雷、おまけに天候操作の延長で風の三属性。

 これらの広域殲滅魔法に怨念のエッセンスを加えて操る能力こそ、妖刀四十二染【分御髪】の真髄だ。

 

「これでは近づく事すら……」

 

 あなたはリリアーナを下がらせる。

 お手製の雨合羽と傘を装備すれば、毛フェチの魔法にある程度は耐えるだろう。

 魔法耐性と属性耐性をもりもりに重ねた自慢の一品だ。その代わり装備の耐久値は控えめなので、乱暴に扱うのはよしてもらいたい。一組しかない高級品なので。

 

 じゃあ、あなたはどうするんですか。

 そんなリリアーナの視線に行動で答える。

 

 あなたは水着姿になった。

 

「なにしてるんですか!?」

 

 大丈夫だ。問題ない。

 あなたはコンプライアンスに配慮している。

 

 土砂降りの雨で周囲は水浸しだ。

 水辺で着用するのが水着である。

 ほら、なーんにもおかしくない。

 

 流石に裸一貫はアウトであるからして。

 週刊少年◯ジャンプに掲載できなくなる。

 あなたは集◯社でコミカライズを希望する、どこにでもいる一般通過天才常識人<マスター>だ。

 

 この水着はふんどし代わり。

 あなたは四股を踏み、塵手水をする。

 ひが〜しぃ〜、あなた〜や〜ま〜。

 

 毛フェチ、相撲しようぜ。

 

 あなたは《清め塩》の領域を展開。

 習得条件に【角力士】ほか複数系統を要求するこのスキルは、呪いのデバフ成功率を下げ、アンデッドの弱体化・死霊避けとしての効果を発揮する。

 これで直径五メートル範囲内に黒髪の少女は入れない。相撲は女人禁制なのでな。

 また余計な死者の乱入対策としても有効のはず。

 

「……!」

 

 妖刀は自らあなたに斬り掛かる。

 刃に雷を纏わせ、並行で魔法攻撃。迫る水流の槍が回避スペースを先んじて潰す。

 随分と器用なものだ。あなたの愛刀として振られていた時はやらなかったというのに。

 

 対するあなたは徒手空拳で迎え撃つ。

 拳士系統、力士系統を含む、素手ビルドで活用可能なジョブスキルを並列起動した。

 HP効率の面で【苦行僧】の《ペネンスドライブ》はオミット。代わりのステータス強化として用いるのは、天地固有の種族変更型ジョブだ。

 

 あなたの肌は緑色になった。

 頭にお皿、背中に甲羅。手に水かき。

 つまりはカッパである。

 カーッパッパッ! あーまーぞーん!

 

 河童系統上級職【大河童(グレイト・カッパ)】。

 種族が妖怪に変わる特徴的なジョブで、強みは拳士・力士系統のシナジーと、水場における強化バフ。

 雨に打たれたカッパあなたは全ステータスが向上する。おまけに水属性攻撃で体力が回復します。

 暑さと乾燥に弱いのが玉に瑕だが……愛刀を相手取る今回はデメリットを無視できる。

 

 突っ張りで妖刀を受け止める。

 あなたの掌は【硬拳士】の《我が拳、巌となりて》でENDの三倍、十万を超える防御力と攻撃力が加算されている。天地の名刀とて傷はつけられない。

 

 あなたは渾身の力で妖刀を投げ飛ばした。

 決まり手は竜巻ハリケーン。場外さよならホームランだぜ。やったねダーリン!

 

『あはっ! すごいわね?』

 

 邪魔者は消えた。あなたの変態(HENTAIではない)を目の当たりにした黒髪の少女が成仏することで、妖刀は目を覚まし、あなたの元に降るだろう。

 

『でも残念』

 

 少女の標的はあなたではなかった。

 雷雨に紛れてリリアーナに接近した黒髪の少女は、無防備な首筋に手を伸ばす。

 リリアーナは己の窮地に気づいていない。

 

『だーれだ?』

 

 あなたは咄嗟に声を上げた。同時にリリアーナもまた、あなたに警告を飛ばす。

 

「上です!」

 

 空中から飛来する妖刀。

 自由飛行から戻ってきた毛フェチは、一直線にあなたの右足を突き刺して地面に縫い止める。

 そして頭上で帯電する黒雲。コンマ一秒後、落雷の槍が避雷針(妖刀)ごとあなたを貫いた。

 

「そんなっ、《フォースヒール》!」

 

『ふふ、おバカさん。無力な私を警戒するあなたも。敵の前でぼうっとしている彼女も。……ああ。それと意味のない回復魔法を唱える、も追加しようかしら?』

 

 雷の着弾地点に水泡のドームが鎮座する。

 ドーム内であなたはかぶりを振った。

 HPは満タンでも、リリアーナの回復魔法はいずれ万病に効く。今は足の傷を治すばかりであるが。

 

 素手から魔法に使用スキルを切り替えたあなたは、流れる雨を純水の揺り籠に置換した。

 ご存知のように、不純物が混ざった水は電気を通すが、混じりけのないH2Oは絶縁体だ。本来なら効果抜群ではなく、効果がないようだ……となる。

 デンドロは地球の物理法則が有効だったりする。なお、あなたは理科の成績で秀を取ったことがない。

 

 嗚呼すばらしきは先人の教え。愛と勇気と粉塵爆発は少年漫画が教えてくれた。

 

「『何を言っているのか分からない(です)』」

 

 二人は声を揃えて蔑んだ。

 誠に遺憾である。男子の嗜みじゃんね?

 

 ともあれ一度仕切り直しだ。

 あなたは水着こと【クラーゲン】のスキルを発動。触手でリリアーナをアブダクションする。

 水たまり発、水たまり着。具体的には、リリアーナの足元に溜まった雨水を転移ゲートにして、あなたの足元にある水たまりと接続した。

 

「きゃあああ!?」

 

 はしゃいで太ももに絡みつくベイビー。

 悲鳴をあげた女騎士をずるずる水たまりに引き摺り込む光景はパニックホラーだが、必要な犠牲である。

 あなたはリリアーナを召喚した。極悪卑劣な人質狙いの下衆戦法を許さぬために。出口の水たまりは光る魔法陣でちょっと豪華な彩りを。

 

「バカですか! バカなんですね!?」

 

 はしゃぐリリアーナを抱きかかえ、同時に妖刀を足蹴ストンプで地中に埋め込む。

 地属性魔法でコンクリートのように地面を固めて、あら不思議。勇者だけが引き抜ける伝説の剣が爆誕する。所詮毛フェチなので銘ほど大層な代物ではない。

 

「これで終わり、ですか?」

 

『そうね。刀を失った私に戦う術はないわね。だからおしまい。その刀はちゃんと管理して。もう振り回されるのはうんざりだもの』

 

 もはや、否、もとより黒髪の少女に敵意はない。

 しかしあなたは油断しない。

 己の周囲に聖職者系ジョブの対死霊結界を再展開して、隙だらけの少女に、アンデッド特攻の攻撃スキルを天地式殺意高めverで連打する。

 

 《破邪顕正》、《雷精招来》、《破魔》、《グランドクロス》、《聖別の銀光》、《ターンアンデッド》。

 

 それらは全て、

 

「…………!」

 

 荒れ狂う嵐の壁に遮られた。

 それは黒髪の少女を守る盾であり。

 彼女をあなたに近づけさせない……触れたアンデッドは例外なく消し炭な結界から遠ざける【分御髪】最後の抵抗であり、ささやかな愛の発露。

 

「…………!!」

 

 酌めども尽きず、とめどなく湧き上がる怨念。

 只人の目に可視化されるほど膨れ上がった濃密な呪は、魔と魂に転じ、捩れ、仮初の器を象る。

 本来は事前に蓄積したMPをあなたが供給してようやく実現可能な、まつろわぬ神の残滓。

 

「…………ッ!!!」

 

 妖刀は自らの意思で咆哮し。

 

 かつて漆原家を滅ぼした厄災が。

 

 ――白き水竜が顕現する。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■???

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 貴方の声を聞きましょう。

 貴方の想いを紡ぎましょう。

 

 大切な人にまた会いたい。

 幸せな過去をもう一度。

 ええ、ええ。そうでしょう、そうでしょう。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 世界に悲劇は溢れている。

 力ない者はなす術なく。

 ただ、ただ。倒れて、地に伏せる。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 死にたくないと、(だれか)が言った。

 終わりたくないと、(だれか)が叫んだ。

 嘆きながら、老人(だれか)は問うた。

 苦しみながら、子供(だれか)は泣いた。

 なぜ、なぜ? 俺たちは、私たちは。

 

 我々は――()()()()()()()()()()()()()()

 

 死で償わねばならぬ罪を犯したわけではない。

 天に定められた寿命を全うしたわけでもない。

 

 慎ましやかに生きていた。

 昨日と同じく何気ない今日を過ごし。

 今日と変わらぬ明日が来ると信じて疑わず。

 

 そんなどこにでも見られる日常は。

 ある日、あっさりと終わりを告げたのだ。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 理解できない。なぜ我々は死んだのか?

 

 納得できない。なぜ誰も助けてくれなかった/助けられなかったのか?

 

 認められない。なぜ、ここで終わらねばならないのか?

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 ええ、ええ。よいでしょう。よいでしょう。

 貴方の望みを叶えましょう。

 貴方に幸福を与えましょう。

 そうあれかしと祈るのならば。

 

 ワタシは貴方達の願いから生まれたモノ。

 名もなき貴方の代弁者。

 貴方を救う『神』にして<UBM(ゆにいく・ぼす・もんすたあ)>。

 

 ――【■■■■ ■■■■■■】なのですから。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり……。

 


 

【大河童】

河童系統上級職。二次オリジョブ。

種族が『人間』から『妖怪』に変更される。

ジョブクリスタルの関係で天地固有のジョブ。

特徴はすいすい+かんそうはだ。

火属性が弱点になるが、特定環境下で他の追随を許さない性能を発揮できるため、就職する<マスター>はそれなりにいる。超級職は在位……かもしれない(決めてない)。

たぶん尻子玉は食べない。

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