無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

31 / 102
原作改変入ります(念の為)


“神”殺し ⑥

 ■二〇四五年三月中旬

 

 亡国メイヘムの地を訪れる一団がいた。

 六人の野良パーティと、一人の護衛対象。

 彼らはどこにでもいる<マスター>だった。

 

 護衛の依頼を受けた王国所属の面々。

 地面に這いつくばる依頼主の奇行に、彼らはひそひそと陰口を叩いていた。

 幽鬼然とした依頼主はどこ吹く風。歯の隙間から不快な呼気を漏らし、にたついた。

 

「こいつぁ骨折り損でやがりますね」

 

 依頼主の男は鍛治師だった。

 元は天地で活動していたが、方針の相違で仕えていた御家を出奔。今は大陸に流れ着いた身の上である。

 

 せっかく西方を訪れたならば、と。

 男は【疫病王】事件の現場に足を運んだ。

 冒険者ギルドで適当な護衛を募って。

 有効活用できる素材が転がっていれば御の字、いやさ、“怨の字”であると考えた。

 

 結果は空振りであったが。

 

「コッコッコッ。いやはや残念至極。あっしは拝んで見たかったんですが。【勇者】の骸ってのを」

 

 音に聞こえた“鵺”の遺体。

 もし手付かずなら、その時は己が貰い受けても構わないだろう。せせこましい皮算用を働いた。

 

「嗚呼、畜生! どこのどちらさんですかね? 勿体ねえことしなすったのは」

 

 【勇者】の遺体は残っていない。

 彼の友、一頭の雷竜が葬送したからだ。

 当時【疫病王】に報復せんとした竜は、しかし手傷を負わせることができなかった。

 雷光の息吹は斃れた【勇者】の遺体を焼いて、亡者として蘇らないよう灰と塵に還すに留まった。

 

 そんなことはつゆ知らず、死体を探す男。

 野良パーティのまとめ役は、疑問を覚えた仲間達に小突かれて、やむなく依頼主に問いかける。

 

「ええと、もったいないって?」

 

「超級職の骸なんざ滅多にお目にかかれない。でもここは最低二人、おっ死んだはずなんですよ」

 

 依頼主は二本の指を伸ばす。

 他人に説明する気は毛頭ない。思考と直結した口で、訥々と、自分の言葉を吐き出していた。

 

「【勇者】とこの国の筆頭騎士【盾王】。ですがご両名、影も形もありやしない」

 

 言葉と裏腹に、依頼主はさほど落胆していない。

 もとより希望的観測だったからだ。

 内部時間で三ヶ月。それだけの時間、遺体が放置されているとは考えにくい。

 腐って土に還る。アンデッド化。第三者が回収。

 いずれもあり得る話だったし、仮に二番目だとしたら、今頃になって化けて出るのは些か遅い。とうの昔に遭遇した誰かの手で討伐済みだろうと。

 

「ですがね、それよりもだ」

 

 事実、遺体の顛末は重要ではない。

 この場にない。それだけ理解したら十分。

 これ以上は蛇足となる。

 

 依頼主が気に留めたのは、別の事柄だ。

 

(怨念が妙な溜まり方してやがりますや)

 

 <エンブリオ>の特性で他人より死霊や怨念といったものに敏感な依頼主は、メイヘムで渦巻いている怨念に違和感を覚えた。

 滅亡した国の首都だ。量は納得できる。汲めど尽きず、利用できれば作業がさぞ捗るだろうが。

 

(いやにおとなしい。これだけの怨念、普通そこかしこで恨み辛みが聞こえるもんだが……まるで誰かに話を聞いてもらってるようじゃないですかい。こいつじゃ、ろくな鈍も打てやしねえ)

 

 依頼主はメイヘムの地に見切りをつけた。

 

「予定がつかえてますんで帰りましょう。……それと、あんまり余計なとこに触れなさんな。間違っても建物を壊したりするのはおよしなさい」

 

 依頼主の言葉に護衛は頷いた。

 一刻も早く、この不気味な雇い主の仕事を片付けてしまいたい。一行の共通認識だった。

 彼らは出立の支度を整えて、

 

「あ」

 

「「「…………」」」

 

 体重を預けた壁から背を離す少年。

 いきなり崩れ落ちる家屋。

 明らかに曰く付きな雰囲気のソレを壊した少年に、残る全員の視線が集中する。

 

「お前さん。その祠、壊したんですかい?」

 

「し、知らない知らない! 勝手に壊れただけだって! 俺は悪くないよねぇ!? てか祠じゃないし!」

 

「コッコッコッ。もう駄目です。助かりませんよ。お前さん終わりです。骨になります。Death、死ですね」

 

「え゛ぇ゛ッ!?」

 

「「そんな……バベちん……!」」

 

 少年は道中媚びてばかり。依頼内容についても不機嫌を隠しもしていなかった。

 パーティメンバーに連れてこられた様子のため、依頼主は帰りたければ帰れと考えていたが。

 

 ほんの少しばかりの意趣返しができたことで、依頼主は図らずも良い機嫌で帰還した。

 

 自分達が何をしたのか理解せず。

 

 

 ◆

 

 

 壊れた家屋は地下に繋がっていた。

 万が一の際に住民が避難する壕。

 

 モンスターの襲撃にも耐える硬度と深さの地下室は……カルディナを震源地とする()()()()()()によって、地盤が崩れ、地表近くまで浮上していた。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 地下の空洞から音が響く。

 夥しい怨念がソレに呼応する。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■首都メイヘム跡地・広場中央

 

 突如として湧いて出た【騎死廻聖 ブロークンシルド】は<UBM>らしからぬ清冽な雰囲気を纏う。

 ティアンや<マスター>に危害を加えることなく、それどころか微動だにせず、銅像のように立ち尽くすばかり。

 

「どうしてかしら。なんだか安心するような」

 

 広場に入った瞬間、リリアーナの全身は弛緩していた。自分の意思とは無関係に、穏やかで、心安らぐ感覚に包まれる。緊張が解けて戦意すら喪失する。

 

 このまま、ずっとこうしていたい。

 特に理由はないがここを離れたくない。

 少しだけ腰を下ろして休もう……。

 

 ――モンスターの前で?

 

「っ」

 

 痛覚で意識が覚醒する。

 口内に広がる鉄の味。リリアーナは舌を噛んで正気を取り戻すと、すぐさま後退して距離を取った。

 

「精神操作……! ここにいる人は、既に影響下にあるとみて間違いないわね」

 

 そうと知っていたら抗える。だが、それでも絶え間ない誘惑がリリアーナの肉体から力を奪う。

 

 手持ちの【快癒万能霊薬】を服用、念を入れて【健常のカメオ】を装備した。

 弛緩は改善しなかった。【カメオ】が破損しないということは、状態異常に罹患していない。

 

 それもそのはず。

 リリアーナが受けているスキルは状態異常やデバフをもたらす類の攻撃ではない。むしろその逆。

 休息・精神安定。生物の脳と神経系に働きかけて、肉体をリラックスさせる言わば強化(バフ)

 直接精神を操るのではなく、肉体を経由する方式なので<マスター>の精神保護も機能しない。

 緊張をほぐして、高揚を冷ます。リリアーナが戦意を保つには相応の精神力を要した。

 

「……これだけの人を惑わして」

 

 周囲の人々はリリアーナを意識しない。

 そんなことよりも、眼前のありうべからざる奇跡に浸っている。

 

 もしかしたら。このまま膝をついたら。

 リリアーナも、死者と再会できるのだろうか。

 父ともう一度話すことができるとしたら。

 

 ……否。

 

「心の弱さにつけ込んで、殿下とミリアを……大切な人を喪ったあの子達の気持ちを踏み躙って」

 

 あり得ない夢だ。許されぬ願いだ。

 

 本来、生者と死者は交わらない。

 <Infinite Dendrogram>において、蘇生可能時間が経過したティアンは蘇らない。

 その不文律を犯して、彼女の平穏を脅かすなら。

 

 忠誠を捧げた貴き御方のかんばせを涙で汚して。

 血を分けた最愛の妹に叶わぬ幻想を突きつけて。

 やがて<UBM>が魔の手を伸ばし、アルター王国に悲劇と絶望を齎すというのだとしたら。

 

 近衞騎士団副団長。王国の剣にして盾。

 

 そして。

 

 

 

「あの人を悲しませるなら」

 

 『あなた』の友人として。

 

「――私は絶対に許さない」

 

 ――リリアーナ・グランドリアは剣を執る。

 

 

 

 先に仕掛けたのはリリアーナ。

 迷わず初手で【聖騎士】の奥義《グランドクロス》を使用する。大地から迸る光の奔流が甲冑を焼き、

 

『――《Invincible Shutter》』

 

 光の障壁に防がれる。

 

「あれは……レイさんの《カウンター・アブソープション》のようなスキル……?」

 

 この場にいない一人の<マスター>を想起させる防御障壁はリリアーナの最大火力を受けて無傷だ。

 それもそのはず。無職の超級職奥義に匹敵する魔法も、【ブロークンシルド】は同じく受け止めている。

 

 類似のスキルは【盾巨人】の《サウザンドシャッター》だろう。1000以上のダメージを与える攻撃以外は全て遮断する防御結界、その派生系にして強化版。

 

 光の壁の耐久値はおよそ一〇〇万。

 一撃で七桁に届くダメージを与えない限り、【ブロークンシルド】の盾は破れない。

 

(アンデッドなら《聖別の銀光》が通じる。でも)

 

 アンデッドに対する与ダメージ十倍の補正がついても、十万ダメージを出す攻撃が必要になる。

 リリアーナ単独の《グランドクロス》は相性差を加味しても一、二万……数人の“累ね”で威力を引き上げたらようやく届くかという位階の話だ。

 

(正攻法での突破は難しい。隙を作り、攻撃を当てる)

 

 兜の隙間で霊魂が揺らめき、焦点を結ぶ。

 甲冑の騎士はリリアーナを敵対者と認識した。

 背負った葉形盾を前面に出し、半身に構える。

 その足取りは亡者の如く。しかし守りは堅牢。

 

「ハァッ!」

 

 リリアーナは正面きって刃を振り下ろす。

 MP温存のため牽制で《銀光》は使わない。相手が体勢を崩した瞬間に、致命の一撃を叩き込む心算だ。

 盾で守られたなら、勢いのまま手首を翻し、細身の両手剣を切り返す。ガラ空きの胴体に吸い込まれる銀閃。

 

 鈍い金属音と、骨を伝う衝撃。

 防御を抜いたかに思われた一刀は甲冑の騎士まで届いておらず、やはり盾に止められている。

 

 無職の支援魔法でリリアーナのステータスは通常時の倍まで上昇しているが。

 剣筋を【ブロークンシルド】に見切られ、フェイントは見てから対応される。

 身体能力・技量いずれも格上。リリアーナは盾に描かれた紋章の向こう側を窺い知ることを許されない。

 

(巧い。なんて堅い守り。この技量なら他にスキルは隠し持っていないと考えていい? 死者蘇生、光の障壁、精神操作……いえ、油断は禁物)

 

 相手が守備一辺倒だからこそリリアーナは対峙できるのであって。

 攻めに長じた彼女の剣技が完封される現状、見かけ以上にリリアーナは余裕を欠いていた。

 

 その均衡を甲冑の騎士が崩す。

 攻守交代だ、と。

 

『《Variable Guard》』

 

 実体化する光の盾が二枚。浮遊し、独立した、【ブロークンシルド】に付き従う第二、第三の護り。

 自在に飛び交う小型の障壁は攻撃に転じた。

 

「くっ、あぁ!」

 

 横合いから突撃を食らってリリアーナは宙を舞う。

 

 追撃は止まない。

 

『《Variable Guard》、《Strong hold Pressure》』

 

 光の盾は防御力を攻撃力に転じている。

 倒れたリリアーナを虫のように押し潰そうと、次々に振り下ろされる盾の暴虐。

 本体は中央に陣取ったまま動かず。地面を転がるリリアーナを光の盾のみで追い詰める。

 

「息を吐く暇も、ないっ」

 

 走って、転がり、剣を支えに立ち上がる。

 回避に専念するリリアーナだったが、不覚にも瓦礫に足を取られ、無防備に転倒してしまう。

 

「しまっ」

 

 次の瞬間、迫り来る盾が、

 

「……こない? どうして」

 

 唐突に追撃が止んだ。待てども再開しない殺戮にリリアーナは疑問を覚え、周囲を見回した。

 

 浮遊する二枚の盾。不動の甲冑。

 膝をついた己と、背後に座り込む男。

 虚空を見つめて涙を流す老齢のティアンがいた。

 

「彼を巻き込まないように攻撃を控えた……?」

 

 気付きを通して改めて観察するとリリアーナは新しい情報を読み取る事ができる。

 広場に刻まれた惨劇の跡。【ブロークンシルド】の攻撃は余波を含めて、点在する人々と、広場中央は一切傷つけていないのだ。

 

(私は標的で、彼らは違う。剣を向けたから当然ね。でも敵味方の区別をつけて()()()()()()()()?)

 

 <UBM>である己自身?

 広場で飼い殺しにした人々?

 間違っていない、しかし正解からは遠い。

 リリアーナは思考を巡らせる。

 

(今も敵対心は感じる。あの技量なら、私だけ狙うことも不可能ではない。光の盾は軌道が直線的だった。操作が難しい? なら本体が攻撃すればいいのに、それをしない。動かない……いえ、()()()()のだとしたら)

 

 推測は仮説に。

 

(広場中央に何かある。そう考えると初手の《グランドクロス》を障壁で防いだ理由も納得できる。私の攻撃を簡単に防げる相手が明らかに強力な防御スキルを使った。自分ではなく足元にある何かを守った)

 

 仮説は確信に。

 

(最初に広場を訪れた時、<UBM>の気配はどこにもなかった。あれは前触れもなく現れた。何もない場所から姿を見せる、転移は流石に突拍子もないとして、考えられるのは……コア。本体の核を中心に、広場一帯があれの射程範囲になっている!)

 

 リリアーナは確信を得た。

 後は行動で己の正しさを証明するだけだ。

 

(心配は死者蘇生のスキル。殿下のお話では会話もできるようだけど……()()()()()()()()

 

 無職の前に現れた黒髪の少女然り。

 先王や己の父然り。

 リリアーナは、彼らの語る死者を知覚できない。

 だから人々は虚空に向かって話しているようにしか見えないし、死者の声とやらも聞こえないのだ。

 

(それこそ集まった人々を生かしておくことに関係が? メリットであり、代償……?)

 

 条件があるのか、前提が間違っているのか。

 少なくとも【ブロークンシルド】がリリアーナをスキルの対象から外しているようには思えない。

 先程も精神操作をされかけたのだから。

 

「いざという時は【ブローチ】で。これが割れたら、一度引いて体勢を立て直すしかないかしら」

 

 思考をまとめて彼女は駆け出した。

 

 光の盾は再び追い縋るが、

 

「やっぱり手を出せないみたいね」

 

 リリアーナは人の側から人の側へ、彼らの付近から離れないようなルートで甲冑の騎士を目指す。

 無防備な背中が押し潰されることはない。

 

 待ち受ける甲冑を前にリリアーナは足を緩めず、

 

「《グランドクロス》!」

 

『《Invincible Shutter》』

 

 初手の焼き直し。

 聖属性の奥義は光の障壁に防がれた。

 何度繰り返しても変わらず、リリアーナに【ブロークンシルド】の護りを突発することはできない。

 

「……まだ! 《グランドクロス》!」

 

 三度目になる光の十字。

 まるで無意味。甲冑の騎士は葉形盾で、足を止めた女騎士を仕留めに掛かった。

 

『《Strong hold ……』

 

 けれど、光の先に標的の姿はなく。

 

「股抜けって意外とできるものね」

 

 奥義を目眩しに、自分も光熱に身を焼かれながら、リリアーナは【ブロークンシルド】の背後に立つ。

 広場の中央に建てられた、ちっぽけで、取るに足らない石碑……とある筆頭騎士の記念碑の側で。

 

 銀色に輝いた刃を振りかぶって。

 

『………………ッ!』

 

 明確な【ブロークンシルド】の反応。

 リリアーナは賭けに勝利した。

 

「遅い」

 

 記念碑は壊れ、

 

『――《Strong hold Pressure》!!』

 

「っ!?」

 

 光の盾は砕けない。

 

 リリアーナに殺到する盾は三枚。

 光の盾と合わせて、枷が外れた甲冑の騎士が自ら盾を振るい、彼女に暴虐の限りを尽くす。

 近衞騎士の鎧は歪み、内側の骨は折れて無惨な方向に捻じ曲がる。押し付けた盾と地面の隙間から漏れ出る鮮血。陥没した地面に埋まるリリアーナは重傷で……かろうじて命を繋いでいた。

 

 壊れた【ブローチ】が胸元から落ちる。

 身動きの取れない状態で、甲冑の騎士にリリアーナは見下ろされている。

 

「つ……ぅ……」

 

 己の選択は誤りだったのか。

 彼女は朦朧とする意識で内省する。

 

 結論を述べると、リリアーナの選択は正解だ。

 正しく【ブロークンシルド】の泣きどころを彼女は見定めて破壊してのけた。

 だが、それだけだ。広場の記念碑は重要なファクターだったが……【ブロークンシルド】の本体でも、コアでも何でもないのだから。

 

 最優先の守護対象を失った甲冑の騎士は広場中央に陣取る理由をも喪失した。

 故に。甲冑は不動から解き放たれる。

 

「…………」

 

 死に体の敵を葬らんと迫る盾。

 影が落ちる。

 

『《Variable Guard》――』

 

「ま……だ……!」

 

 咆えるリリアーナの懐から、影が飛び出した。

 

『……?』

 

 小柄で非力な鳥の式神だ。

 高速で飛び回る鳥は甲冑の騎士の意識を逸らして、瀕死のリリアーナの胸元に戻る。

 

 式神《虎鶫(ヒョウ)》の中から現れるのは一枚の【符】。

 貼り付けた対象を回復する治癒の札だ。

 術師の生命力・魔力・魂力を根こそぎ吸い上げ力づくで流し込む欠陥品の術ではあるが。

 

 消えかけた生命の火を灯すのに、これほど最適な術式もない。

 

「っ――ああ、ぁ」

 

 傷ついた体は回復した。

 ならば剣を持て。立ち上がれ。

 

 リリアーナ・グランドリアの心は、まだ、死んでいないのだから。

 

「……ハアアアアアアッ!」

 

 裂帛の気合いと共に一閃。

 飛び掛かり、彼女は騎士の首を断つ。

 支えを失った兜が転がり落ちる。

 

 その中身はがらんどうで。

 

 肉も骨も血も、肉体すらとうに失った【ブロークンシルド】は頸部欠損の状態異常など気に留めない。

 霊体で甲冑と握りしめた盾を動かし、

 

「《グランドッ、クロス》ッ!!」

 

 甲冑の隙間から突き立てられた剣。

 聖なる十字の光と悪しきを祓う銀光が己を構成する核に直撃し、【ブロークンシルド】は苦悶に叫ぶ。

 

『gu、arrr……《Invincible Shutter》……』

 

 だが、天秤は未だ【ブロークンシルド】に。

 不意を突かれただけで問題はない。

 リリアーナが一〇〇万のダメージを叩き出すことは不可能だ。絶対無敵の防御で耐え、盾で殴り殺せばいい。

 見ろ、まるで自分ごと焼き尽くす勢いだ。

 どう足掻いても先にリリアーナが先に死ぬ。

 

 だというのに。

 

「レイス、それともリビングアーマーだったのかしら? どちらでもいいけれど……」

 

 リリアーナは甲冑を足蹴にして。

 焼け焦げた傷口と流れる血、体力。

 奥義の対価に支払い枯渇する魔力。

 全て、【符】から供給されるソレで賄って。

 

「その(スキル)――いつまで保つの?」

 

 ――根比べといきましょうか、と。

 不敵に、獰猛な笑みを浮かべた。

 

『arrrrrrr……《Strong hold Pressure》aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?!!』

 

 甲冑の騎士は狂乱に陥る。

 この騎士は危険だ。排除しなくては。

 三枚の盾で叩き、殴り、潰し……。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■【騎死廻聖 ブロークンシルド】について

 

 メイヘムの盾という自負があった。

 

 だが守れなかった。

 誰も救えなかった。

 

 理解不能な自称“神”は、全てを奪った。

 

 絶対無敵の盾があれば。

 国を守れる力。

 斃れても立ち上がる力があれば。

 

 後悔は止まらず。恨みは尽きず。

 

 ……ある時、声が聞こえた。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 貴方の望みを叶えましょう。

 貴方に機会を与えましょう。

 そうあれかしと願うのならば。

 

 ええ、ええ。よいでしょう。

 国のため。民のため。

 再び、立ち上がるとよいでしょう。

 

 彼らも、それを望んでいます。

 平穏な日常を。幸福な日々を。

 もう一度。いつまでもと。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 こつこつ、かりかり。

 

 彷徨うばかりの意識に焦点が合った。

 

 ならば次は守ろう。今度こそ護ろう。

 我はメイヘムの盾。不朽にして不壊の盾。

 

 同じ過ちを繰り返してはならない。

 必ず守り通さねばなるまい。

 

 要石は砕かれ、《帰死廻生(リインカーネーション)》は能わず。

 

 ならば殺せ。死んでも守るのだ。

 

 ……ああ、しかし。

 これは、本当に正しい行いなのだろうか……?

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■首都メイヘム跡地・広場中央

 

 激闘の果て。一人の騎士が斃れる。

 がらんどうの騎士。朽ちた盾。

 魔力は枯渇し、魂は霧散し、意志は挫けた。

 

 故に勝敗は定まった。

 

 甲冑の騎士は最期の力を振り絞って、己を下した勇壮な騎士に遺言を残す。

 

 言葉未満の原始的な意思疎通方法。

 持ち上げた手甲は一点を指差して。

 

「……王城? あそこに何か?」

 

 リリアーナの問いかけに応えることはなく。

 

 騎士は光の塵になり、故国の空に溶け去った。

 

【<UBM>【騎死廻聖 ブロークンシルド】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【リリアーナ・グランドリア】がMVPに選出されました】

【【リリアーナ・グランドリア】にMVP特典【聖鎧布 ブロークンシルド】を贈与します】

 

「お、終わった……?」

 

 アナウンスを確認して、リリアーナはようやく一息吐けると安堵した。

 

「流石に体が言うことを聞かないわ……というかこの【符】! 然るべきところに出したら大問題になりそうな予感が……あの人は何を考えて……いえ、結局助けられましたけど!」

 

 体力は回復したが指一本動かせない。

 倒れた上体を起こす気力もない。

 精神的に、今はゆっくり休みたい気分だった。

 

「ああ……なんだか心地いい気分……」

 

 微睡み瞼を閉じるリリアーナは気付かない。

 

 自分の眠気が誘発されたものだと。

 死闘の疲労、緊張から解放された、それは原因のひとつだが。彼女は鎮静化で無防備な姿を晒した。

 

 死者が見えないリリアーナは気付かない。

 

 広場の死者は<UBM>【ブロークンシルド】を討伐しても消滅していないことに。

 彼女の側で……若武者が刀を手にしていることに。

 

『…………』

 

 若武者は無造作に。

 

『《我流魔剣――大蛇(オロチ)》』

 

 ――神速の抜刀で、女騎士の首を刎ねる。




【騎死廻聖 ブロークンシルド】
種族:アンデッド
主な能力:絶対防御・障壁操作・■■
最終到達レベル:21
討伐MVP:【聖騎士】リリアーナ・グランドリア
発生:認定型
備考:逸話級<UBM>。故【盾王】とメイヘム国民の怨念を核に誕生した霊体。身につけた鎧と盾はメイヘム軍(?)の官給品。倉庫に放置されていた物を回収・自分で手入れした。
首都メイヘムの広場に訪れた人々を密かに見守り続けていた。普段は本体と装備を■■■■に変換して気配を悟らせなかったが【失業王】に危機感を覚えて実体化、魔法攻撃を対処する。その後は先行したリリアーナと戦って敗れた。
本来の仕様では■■■■するクソボス。絶対防御を破った場合の切り札も隠していたが、リリアーナの火力が不足していたので本邦未公開。

・《精心共命呪》
状態異常魔法。某運命の魔力供給。
東方呪術の一つであり、生命の根源を術者と共有する呪い。片方のHP・MP・SPが尽きるまで、もう片方に流し込むというもの。
どっかの馬鹿が『龍』の生命力を再現するために編み出した外法を、これまた馬鹿な無職がカツアゲして使っている。
本来は送り手がミイラになろうと、受け手が生命力で破裂しようと止まらない。主人公は反動を許容して無理やりパスを解除する方法を考案した。

後日、「リリアーナが激しくするからめちゃくちゃ搾り取られた(意訳)」とポロっとこぼして大騒ぎになる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。