無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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“神”殺し ⑦

 ■Past

 

 雨の日に、彼らは出会った。

 

 天地北部。漆原家の領地にて……否、もはやそのような大名家は存在しない。

 一族郎党皆殺しの末に御家断絶。

 荒御魂は余さず飲み込んだ。蛮神に慈悲はなく、救いの方舟など現れず。契約の虹は青空にかからない。

 

 かつて天守閣があった場所で、一人の旅人が廃墟の前に座り込んでいた。

 傘も差さずぼんやりと雨に打たれている。

 歯が欠けた玉櫛を手遊びに弄んで。

 供えた盃には波紋が広がり、清らかな酒が濁る。

 

『失礼。君は先行した<マスター>ですか?』

 

 二十歳にも満たない青年が、刀に手をかけたまま、旅人の背後で声をかけた。

 天地行脚の途中、漆原家の異変を耳にして駆けつけた一人の武芸者は不審な人影を警戒する。

 

 無理もない。旅人は死に体だった。

 頭のてっぺんから足の先まで血塗れだ。

 当然ながら全て旅人の血だ。返り血は敵を殺した時点で光の塵になっている。

 防具の上から衣服を貫通した裂傷。ざんばら髪に青ざめた顔。頭上に名前の表示があったら、十人中九人が、落武者の死霊と勘違いするだろう。

 

『その刀、拵えに見覚えがあります。たしか名刀百選の【髪切】……いや、これは妖刀……?』

 

 青年は《鑑定眼》の結果に首を傾げる。

 同時に、漆原家の家宝を不審者が手にしているという事実に警戒心を一層強めた。

 

 一方で。旅人は青年を見知っていた。

 彼は【勇者】草薙刀理。

 

 かつて妖精郷の神話級<UBM>諸共<アクシデント・サークル>で天地に飛ばされた旅人は、右も左も分からない修羅の国で、【勇者】に救われたことがある。

 もっとも助けた側は気付かなかった。旅人の放つ剣気が別人のように研ぎ澄まされており、記憶と眼前の人物が一致しなかったからだ。

 

 そして、旅人は余りに皮肉な運命を笑う。

 

 嗚呼、よりにもよって【勇者】とは!

 なんの因果であるだろう!

 

 旅人は現実世界の神話を思い出す。

 東の島国に伝わる有名な竜殺しの逸話だ。

 草薙刀理……草薙の剣、天叢雲!

 荒れ狂う水の神、八頭の大蛇を討滅する英雄に、彼ほど相応しい人物はいなかろうに!

 

 彼なら、かつて旅人を助けたように。

 弱きを助け、強きを挫く“勇者”のように。

 たった一人でも救ったのだろうか?

 

 旅人は嗤う。無意味な仮定だった。

 仕事を任されたのは【勇者】でなく旅人だ。

 旅人は受けた仕事は必ず完遂する。

 遊戯を通して自分だけの可能性を探し求める旅人は、だからこそ、仕事に対して妥協しない。

 

 ただ、憧憬を抱いた。

 万能の職才を持つ【勇者】の器に。

 何者にもなれる自由。どの道を選んでも成功が約束されている、選択を誤りようのない特別に。

 

『何を笑っている。私の質問に答えろ。君は何者で、ここで何が起きた?』

 

 刀理の誰何に旅人は応じる。

 

 ()()()()()()()()()()()――。

 

 刀理の《真偽判定》はそれを真実と認めた。

 

『ッ……なら、私は貴様を斬らねばならない。外道働きはそこまでだ』

 

 旅人は薬瓶を飲み干した。

 転じるはまつろわぬ八つ首の蛟。

 妖刀の権能を重ねて、嵐の災厄を再現する。

 頭上には【八岐怒濤 ワケミズチ】なる偽りの銘。

 

 さあさあ皆様ご照覧あれ。

 これなるは神話を模した絵巻物。

 もしもの結末……【勇者】による竜殺し、それは正しく起こり得たはずなのだと建前を掲げて。

 どこまでも無益で無意味な修羅の死合。

 

 要は、ただの八つ当たりだった。

 

 

 ◆

 

 

 勇者は竜殺しのお仕事(ドラゴン・クエスト)を成し得た。

 

 正体不明の旅人(<マスター>)は指名手配された。

 

 これにて終幕。

 

 その後、旅人が【勇者】に出会うことはなく。

 

 後日……現実世界で訃報を知った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■首都メイヘム跡地・広場中央

 

 倒れたリリアーナを狙う若武者の凶刃。

 マジで絶命五秒前の光景を目の当たりにしたあなたの判断は素早い。

 

 急いで複合スキル《虎歩(シュクチ)》を発動。

 背後に回って影を踏み、血の網で腕を絡めとる。

 若武者を拘束するは【高位呪術師】の《シャドウ・スタンプ》と《ブラッド・アレスト》、そして【暗黒騎士】の《ブラッド・カース》。三重の【呪縛】で耐性を突破する合わせ技だ。

 

 隙をついてゴム状の腕を伸ばし、眠れる美女を回収。

 リリアーナの【ブローチ】壊れとるやんけ。

 心臓に悪いので勘弁してくれませんか?

 

 首から上を失った人間は、大抵HPが残っていても部位欠損で絶命するのである。ソースはあなた。

 首狩り族も真っ青な生首量産機のあなたはこれまでに無数の首級を頂戴していたりする。

 修羅の精神汚染はあなたを蝕んで離さない。役所に離婚届を提出すれば縁を切れるのだろうか?

 

「うぅん……ん? ここは」

 

 あなたの腕の中でリリアーナは目覚めた。

 もう少し遅かったら、あなたは古典的な手法、すなわち接吻を試していたところである。

 

「せっ!?」

 

 なぜかリリアーナの体温が上昇する。

 

 接吻。口付け。キッス。

 具体的にはエリザベートの元まで連れて行き、マウストゥマウスする心算であった。

 こういうのってプリンセスの愛ある口付けだから有効なのよね。あなたは文学も嗜む<マスター>なので、お約束というものを理解しているのだ。

 

 故に、拳骨を振るわれるいわれは一切ない。

 鳩尾は人体の急所だというのに。

 

 閑話休題。

 

 別行動の間に状況は大きく動いていた。

 消えた甲冑の<UBM>。戦闘の痕跡と、保険にこっそり忍ばせた《虎鶫(ヒョウ)》の消費。あなたに届いたMVP通知のアナウンスを合わせて、リリアーナは死にかけながらも<UBM>を討伐したのだと分かる。

 

 マーベラス、実にマーベラスだ。

 これでリリアーナも一端の修羅を名乗れる。

 名乗る機会は一生の恥であろうが……。

 後で特典武具を見せてもらおう、あなたは野次馬精神が湧き上がるのを抑えられない。

 

 目の前の敵をお片付けしてからの話だが。

 

『…………』

 

 呪怨系状態異常に陥る若武者に、あなたはそこはかとなく見覚えがあった。

 

「そこに何かいるんですか?」

 

 リリアーナは首を傾げる。

 あなたの視線を辿っても誰もいない。姿形を認識できなかったからだ。

 両者の認識は正常である。ステータス画面に状態異常の表記はなく、天地の血生臭い土壌で育まれた直感は幻術・詐術の気配を嗅ぎ取っていない。

 

 強いて異変を挙げるなら。

 リリアーナの頭上に、先程までなかったアイコンが浮かび上がっている。

 

  PCのぐるぐるする画面(プログレスインジケーター)のように。

 

 敵方のスキルエフェクトと判断したあなたは【クラーゲン】のスキルを使用した。

 即座にリリアーナを広場の外、ミリアーヌとエリザベートが待機する地点に転移させる。

 

「ちょっと、また勝手に!?」

 

 あなたの見立てが正しければ、ここから先はリリアーナでは荷が重い。

 まず死者を認識できない。見えず聞こえず、どこにいるかも分からない敵との戦闘となる。平常時でも厳しいだろう相手に瀕死の状態で臨むことになる。

 眼前の若武者は相当の使い手である。あなたも、彼女を守りながら戦う余裕はない。

 

 加えて唐突に現れたアイコンだ。

 甲冑の<UBM>を倒しても死者が残っている。すなわち<UBM>は複数いると予想できる。

 残る<UBM>の能力があなたの想像通り『死者蘇生()()()()()()』だった場合。スキルの対象になったリリアーナを放置すると、彼女の関係者が出現する可能性は高い。たとえば故【天騎士】や【大賢者】あたりの面子。それでは敵の戦力を増やすことになる。

 

 水面に沈む一瞬、抵抗するリリアーナ。

 しかし。あなたの表情に考えを改めたのだろう。

 満身創痍の体を(嫌そうながらも)触手に委ねた。

 

「ああもう……ご武運を!」

 

 あなたはサムズアップで応えた。

 アイルビーバック。この台詞は沈む側が言った方が映える気がしなくもない。

 

 リリアーナの離脱を確認した後、あなたは一息に飛び退いて、若武者から距離を取った。

 同時に若武者が【呪縛】を解除して刀を振るう。

 

 あなたは彼を知っている。

 彼は【勇者】草薙刀理。

 ここメイヘムで【疫病王】に殺された英雄だ。

 

 嗚呼、よりにもよって【勇者】とは!

 なんの冗談であるだろう!

 

 墓参りに訪れたらご本人の登場です。

 間違えて現世にまろびでちゃったじゃんね。

 死人は冥府に黄泉送りせねばならぬ。

 

 あなたは金髪縦ロールを引きちぎった。

 二十あるロールのうち、最大コストの十個を消費して《後ろ髪を引かれて》を発動。

 リセットの対象は【ミスティコ】の肉体改造。

 24時間のクールタイムを設定されたスキルだが、【ロールバック】で巻き戻せばこの通り。

 ゴム人間あなたはノーマルあなたに。あなたには本日二度目の変身を遂げる。

 

『《虎鶫》』

 

 様子見に式神の誘導弾が飛び立つ。

 かろうじて差し込んだ愛刀で切り落とす。

 カウンターに嵐をお見舞いしてやりなさいな。

 

「……」

 

 調子悪い? 今日はガス欠?

 嗚呼、なんということでしょう。

 肝心なところで毛フェチは役に立たない。

 

 やむなく物理攻撃のみで対応する。

 刃を振り抜く先は……背後。

 

『《背向殺し》/《不意打ち(スニーク・レイド)》――《刀狩り》/《鋼切り》/《刃砕き》』

 

 複合幻影魔法《化狸》と《虎歩》を併せた不可視の高速移動術。知ってなければ対応は間に合わなかった。

 奇襲が失敗に終わった若武者は即座に使用スキルを切り替えた。武器破壊の剣技で愛刀と鎬を削る。

 

「……!?」

 

 ああ、らめえ! しゅごいのおれちゃうぅ!

 そんな愛刀を叫びを無視して鍔迫り合いに。

 心配せずとも刀身はスキルで強化した。打ち合う角度をミスったら確実に折られるので黙って。

 

 あなたは思考を加速させた。

 考えることは一つ。敵の<UBM>である。

 

 まず始めに。

 あなたは前提を正さねばならない。

 亡国メイヘムの首都に現れる死者。

 彼らはアンデッドではない。霊魂でもない。

 というか本人そのものですらない。

 

 巧妙に再現した――影法師(シルエット)だ。

 

 あなたはよく似た存在を知っている。

 天地の神造ダンジョン<修羅の奈落>で出現する『過去に戦いで死んだ者達』の再現体だ。

 そんな敵がポップするダンジョンなので、修羅はこぞって修行に励み、どん底の地獄となる。お前ら全員潜ったまま帰ってくるな。奥底で勝手に殺し合っていろ。

 

 再現体と死霊は別物らしい。有志の検証班が出した結論によると、少なくともシステム上は。

 例えばアンデッド特攻の対象外であったり。

 黒髪の少女があなたの対死霊結界を無傷ですり抜けたのもそう。そもそも死霊でないから反応しないのだ。

 

 離別した彼らと再び会って話せる、そんな奇跡を前に、目を曇らせた者は数知れず。

 上面に騙されて、彼らは本質を見誤っている。

 

『《猿叫》――《火遁・竜息吹》』

 

 剣と剣、顔と顔を突き合わせた至近距離で若武者が次なる一手を繰り出す。

 連動する魔法を高出力に跳ね上げる拡張スキル。続けて火竜の如き咆哮。口内に仕込んだ符から灼熱の業火を吐き出す。忍者系統と他系統の組み合わせで解放されるレアスキルである。

 

 あなたは《猿叫(チェスト)》と重ねて【青龍道士】の風属性魔法《旋龍》を発動、火炎を包んで酸素を奪った。

 おまけに風の刃で若武者を、続けてばら撒かれた符の布石ごと切り刻む。もし読み違えていた場合、次の魔法で、足か腕をやられたに違いない。

 

 あなたは《化狸(カクレミノ)》で気配を消し、一度乱れた息と体勢を立て直そうと、

 

『――《天眼通》』

 

 否、見られている……!

 

 隠蔽はたやすく破られた。

 看破成功時、対象の動作を一瞬だけ止めるスキルだ。

 わずかだが致命的な隙を曝け出したあなた。

 

 喉元に鋒が刺さり……即死必至の一撃であったがために【救命のブローチ】が発動した。

 

 やべえ死ぬ。マジで死ぬ。てか死んだ。

 あなたは慌てて愛刀を正眼に構えた。

 

 ぬるりと音もなく若武者が接近。

 刀同士の牽制。防御をすり抜け、拳が迫る――!

 

『《鎧徹し》』

 

 ガラ空きの腹部に炸裂する掌打。

 あなたの体は衝撃で軽々と吹き飛ぶ。

 廃屋に背中から打ち据えられたあなたの内臓は爆破後にかき混ぜられた挽肉のよう。

 喉の違和感に吐血したら、小さな肉片がいくつも混ざっていた。わろす。

 

 流石は【勇者】の再現体である。

 剣技魔法は多種多様、【失業王】に就いたあなたの上位互換にして理想系の完成版だ。

 されども……いずれの技法もいつかどこかで見知った既知ばかり。あなたの記憶から逸脱しない。

 

 記憶を抜き出した記録のように。

 現世に投影された影法師。

 

 結論。【勇者】の再現体は、あなたの記憶、過去を元に生み出されている。

 

『何故、そう断言できるのです?』

 

 若武者が言の葉を発した。

 記憶にある【勇者】の声。けれども違う。

 臭う、臭うぞ……外道の臭いだ。

 

 あなたは静かに答えた。

 こうしてお前が出てきたからだ、と。

 

 図星を言い当てられて焦ったな?

 実に稚拙。黒幕としては二流の振る舞いである。

 

『……黒幕とは心外ですね。ワタシの力を見抜いたなら、真意まで理解してほしいものですが』

 

 人間味のあるぼやきを否定する。

 あなたはスキルの詳細まで掴んではいない。

 おおよその推測を立てた程度だ。

 

 対象の記憶から再現体を生み出すスキル。

 何かしらの条件か個人差があるようだが、それも時間をかけて継続すると解決できるタイプ。

 

 加えて、時間を稼ぐための精神操作。

 状態異常耐性・感知系スキルが反応しない低レベル……しばらく滞在しようと思わせる程度の能力。

 

 以上がメイヘムに潜む黒幕。

 死者蘇生を謳う<UBM>の真実だ。

 

『ええ、ええ。たしかに。ワタシはそうあれと望まれて、生まれた<UBM>です』

 

 再現体の姿でソレは語る。

 

『死にたくない。終わりたくない。

 変わらない日々を。幸せな過去を。

 そんな彼らの願いにワタシは応えました。

 

 死に別れた人と話したい――そうでしょう。

 

 遺した家族が心配だ――そうでしょう。

 

 まだ生きていたい――そうでしょう。

 

 これでは死にきれない――そうでしょう。

 

 ええ、ええ。よいでしょう。叶えましょう。

 彼ら(自分達)の願いを。自分達(彼ら)の恨みを。

 忘れ去ってしまうことは許さない。

 無かったことになどしてはならない。

 このまま終わるなんてあってはならない。

 

 ですから、ええ、ええ。

 記しましょう。魅せましょう。

 刻みましょう。残しましょう。

 

 彼らが抱いた幸福を――』

 

 清廉潔白な聖者のように。

 ソレは無辜の民に思いを馳せて。

 

『――彼らが遺した絶望を。

 愚かで滑稽で。救いようのない願いを。

 

 晒しましょう。忌みましょう。

 蔑みましょう。嗤いましょう。

 

 それでも、ええ、ええ。

 彼らの願いを叶えましょう。

 ワタシは正しく「誤り」を記録しましょう。

 

 ワタシは【絵写条理 テラーカイブ】。

 名もなき貴方達の『神』にして代弁者。

 故に、救世の務めを果たすのです』

 

 己の正しさは説いた。だから理解しろ。

 無意味で間違った過去(けいけん)に身を委ねて。

 永遠に変わらない現在(いきどまり)を生きるのだ、と。

 

 それを聞いたあなたは立ち上がる。

 薬瓶を飲み干して、鏡写しの姿に変ずると。

 

 《スペリオル・インターン》――【勇者(ヒーロー)

 ――グリゴリの頁を引き裂いた。




『会者定離』えしゃ-じょうり
会う者は必ず離れる定めにあるということ。
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