無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
街の入り口に立っている人
□■王都アルテア
「うゎ……」
約束の時間から遅れること十五分。待ち合わせ場所の南門に現れるなり、バーベナは顔を引き攣らせた。
あなたはアルター王国の兵士に支給される鎧を揺らし、長槍の石突を地面に突き立てる。
こんにちは、旅の人。
ここは王都アルテアだ。
「RPGの街に一人はいるやつぅ! え……てか何で? こういうのってティアンの仕事じゃないの?」
こんにちは、旅の人。
ここは王都アルテアだ。
「それはもう聞いたから。俺が知りたいのは街の名前じゃなくて、あんたの思考回路だから」
こんにちは、旅の人。
ここは王都アルテアだ。
「不自然に同じセリフを繰り返すとこまで忠実に再現しなくていいんだよ。一端のプロ気取りかよ。声に一切の感情乗ってないのが聞いてて怖いわ」
ようこそ<マスター>さん!
ここが王都アルテアだぜ!
「アレンジ加えろって意味じゃないからね?」
旅の人……何回も同じことを聞いているが暇なのか?
「だああああああもうッ!」
よし、楽しく話せたな。
それでは今日のお仕事を始めよう。
バーベナは地団駄を踏むのをやめて、早く持ち場についてほしいものである。
遅刻は見逃すがその分働いてもらわねば。
「説明はなしですかぁ……?」
ありかなしかでいうとありだ。
もはやわざわざ語るまでもないが、あなたは善良で有能な遊戯派の<マスター>だ。
依頼達成率は驚異の一〇〇パーセント。
王国のティアンからは厚い信頼を寄せられている。
あなたと話したことのない王都民は一人もいないだろうと考えられるほどに。
お仕事とは人だ。
生きていくために必要な諸々が、長い歴史の中でいろいろあって分業したりなんやかんやあったりして今の社会ができているのだとか云々。
ともかく、あなたは常日頃からお仕事を探して様々な人々と交流を欠かさない。
「その話長くなりそう。三行でまとめて」
昨晩、酒場でティアンの兵士たちと意気投合した。
あなたのプレイスタイルを聞いた彼らは手を叩いてバカ受けしたのだ。
というわけで今日の仕事を譲ってもらった。
「何がというわけでだ。大丈夫それ? 法律とか雇用契約とかに違反してない?」
たぶん問題はない。あなたは依頼を受けただけだ。業務委託と考えればヨシ。
最悪、職務怠慢で怒られるのは兵士たちである。
仕事内容は王都南門の門番だ。
といってもやることは少ない。基本的には門の前で立っているだけの簡単なお仕事らしい。
兵士は宿直室で休んでおり、分からないことがあったら呼んでくれと言われている。
ここまでの説明で質問はあるだろうか。
「ギャラは?」
この俗物め。欲望に正直なところは嫌いではない。
あなたはそろばんを弾いた。
「うへぇ、たったこれだけか……割に合わねー。これならギルドのクエスト受けた方が百倍効率いいよ。兵士って国に雇われてるくせして薄給なんだぁ」
失礼な発言だ。全国の兵士に謝るがいい。
有事の際は命懸けで国を守る大事なお仕事だ。
バーベナはもっと敬意を払うべきだろう。
……そんな大事なお仕事を余所者のあなたに任せたらダメだろとか、至極もっともな正論パンチはいけない。
酒の席で約束事を取り交わしてはならぬ。
あなたが言えるのはそれくらいだ。
何にせよバーベナに拒否権はない。
依頼の報酬分は奉仕に勤しんでもらう。
あなたは兵士の装備一式を取り出した。小柄な彼に合うサイズを見繕っておいたのだ。
バーベナは不承不承の態で着替える。
「あれ、ダメっぽい」
鎧はぶかぶか。槍は長すぎて扱えていない。
お世辞にも門番の兵士には見えなかった。
まるでお遊戯会のお子様だ。
「おいそこ笑うなぁ! どつくぞ!」
元気が有り余っているようで何より。
戯れに、あなたは愛刀の鯉口を切った。
「ぴぎぃ!?」
一秒前の威勢はどこにやったのやら。
塩を振った青菜のようにバーベナはしおれた。
口が達者なのは結構だが、まだまだ見かけ倒し。あなたを相手取るには実力と気迫が足りていない。
せめて百回は死んでから出直してくるがいい。
だが強くなったからといって真剣勝負は勘弁してもらいたい。勝っても負けても面倒だ。
言い合いで済ませるのがお互いのためだろう。
あなたは心優しい平和主義者なのだ。
◇◆
結局バーベナはそのままの服装で働くことになったが。
「つーかーれーたーぁ」
一時間も経たずに音を上げた。
直立不動で微動だにしないあなたとは対照的に、頻繁にしゃがんで足を休ませている。
「暇! つまんないよぅ!」
気持ちはわかる。
あなたは門番を舐めていた。
びっくりするほど何も起きないのだ。
変わり映えのしない景色。モンスターは現れず。
行き交う人と馬車。怪しい人物は見受けられない。
平和なのは結構だが、退屈は人を殺す。
簡単とはいえ決して楽な仕事ではない。
これだからお仕事体験はやめられない。
やはりデンドロは最高でござるな。
すっかりご満悦で楽しげに笑うあなた。
そしてドン引きするバーベナ。どうやら気が狂ったと思われているようだ。別にいつも通りなのだが。
「というか俺いらなくない?」
バーベナの疑念をあなたは否定する。
何を言っているのか。これだからトーシロは……まるでお仕事を理解していないと見える。
門番は二人一組。常識である。
あなたはコミュニケーション能力に秀でており、お仕事で結んだ縁から、王国においても屈指の顔の広さを誇る。なので暇を持て余してそうな人間に声をかけたが、残念な事にいずれも先約があるとのこと。
お仕事なら仕方ないな。決してあなたが頭のおかしい奇人変人だから忌避されているわけではない。
じゃあ、もうバーベナでいいや。
「妥協!? このやろう……まったく失礼しちゃうね! だいたい、あんたが経験値稼ぎに付き合うなんておかしいと思ったんだ。時間の無駄じゃないかよぅ……」
上手い話は裏がある。寄生レベリングを許すほど、あなたの性根は腐り切っていない。
付け加えると、あなたは嘘を吐いていない。
クエスト報酬は多少経験値の足しになるだろう。
デンドロで《真偽判定》を回避するコミュニケーション能力は必須技能であったりする。それを看破する洞察力もまた然り。人生は鍛錬の連続であるな。
あなたは【暗殺王】月影永仕郎の手荷物を検査して、バーベナにこの世の不条理を問いた。
バーベナもあなた直伝の教えですぐコミュニケーション能力を習得できるだろう。
具体的には週八日、一日五分のテキスト演習。
覚えが悪いバーベナは愛刀でずんばらり。
褒められる手段ではないが、死に覚えは上達の近道だ。
あなたはファインダーが幅を効かせる家庭教師業界に一石を投じる覚悟である。
「嫌な赤ペン教師だなぁ……っておい」
バーベナは門を二度見した。
「今の、え? 不審者じゃん!」
バーベナは挙動不審になった。
どうやら、ついにおつむの具合が……。
あなたは幻覚に騒ぐ彼を哀れみ、天を仰いだ。
ああ、お父さん! お父さん!
魔王が話しかけてくるよ!
「わかってんならやめてくれるぅ!?」
あなたのハイテクストな冗句を一蹴して、バーベナは先程の一般通過月影に言及する。
しかし彼の心配は取り越し苦労だ。
月影は王都を拠点とする、わりと有名なタイプの<マスター>である。メインジョブは物騒だが問答無用でPKとかしてこない。修羅と違って。修羅と違って。
「<月世の会>とかいうカルト宗教、それだけで役満じゃんか! だってのに今の何!? あの荷物!」
どうやらバーベナは検閲がご不満らしい。
たしかにダブルチェックは基本であったな。
あなたは自分の非を認めることのできる人間だ。
指摘の通り手抜かりだった、と頭を下げる。
「そうじゃない! 目ん玉ついてんのか!? あれどう見ても
たしかに月影の荷物は不穏であった。
具体的には眠りこけたレイ・スターリング。
影の中から取り出した点と、方角から察するにギデオンから彼を誘拐してきたのだろう。
マニュアルによれば問題ない。ヨシ!
王国の法典に照らし合わせ、基本的に<マスター>同士の諍いに国家権力は関与しない。
今のあなたは衛兵あなた。国家の犬である。
よってレイの誘拐は業務の範囲外に当たる。
実にスマートでマーベラスな結論では?
「あんた人の心ないのか。ないよね」
誠に遺憾である。あなたは博愛主義者だというのに。
しかし、しかしである。
気が動転したバーベナの勘違いという可能性もなきにしもあらずなのでは?
言った言わない、見た見てないの口喧嘩ってうんざりですよね? そんな時のために、あなたは素敵な秘密アイテムをご用意しておりまする。
ててててってて〜ん。
【解雇録 テラーカイブ】〜。
「例の特典武具じゃん。ゴミカスの」
この特典武具の良さが分からないうちはまだまだ半人前であると、あなたはバーベナを嘲弄した。
先日、あなたが入手した逸話級武具【解雇録 テラーカイブ】は手帳型の特典武具だ。
その効果は『ストーリー再生機能』。
アイテムボックスの中にしまっていても、【テラーカイブ】は自動的に周囲の出来事を記録する。
流石に容量はあるようだが……これさえあれば眠くて脳内スキップしたティアンの長話をいつでも観かえすことができるのだ! ヤッフー! 革命的ぃ!
「あんたがいいならいいけどさ。要はメモ帳でしょ?」
失敬なバーベナである。
もうひとつのスキルも活用予定なのだから。
決して産廃とか思っても口にしてはいけない。
その後。
たしかに睡眠中のレイ・スターリングをキャリーする月影の映像に見て見ぬふりを決め込み。
遅れてやってきたフィガロに会釈して。
街中の壮絶な戦闘音を背に、あなたは一日のお仕事をやり遂げたのであった。
今日も一日、通常運転! ヨシ!