無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■王都アルテア
あなたは依頼の選り好みをしない<マスター>だ。
どのような人間、如何なる組織であろうと、そこにお仕事がある限り問答無用で切り捨てはしない。
もちろん好き嫌いはある。たとえばリリアーナの依頼とバーベナの依頼がブッキングしたら、あなたは前者を優先する。それとこれとは話が別なのである。
また依頼内容があなたの手に余る場合も同様で丁重にお断りさせていただいている。
達成不可能なお仕事の安請け合いは互いにとって不利益しかもたらさない。依頼主はぬか喜びから感情が急降下。依頼達成率100%なあなたの輝かしい評判も一転して急流川下りとなる。
無理なものは無理。はっきり言わねばならぬ。
廃墟を前にあなたは決意が漲った。
<月世の会>本拠地。
あなたはカルトの総本山にのこのことやってきた。
「お待ちしておりました。こちらへ」
出迎えは月影永仕郎の一礼。
一流の挨拶には一流の礼節で答える。少なくとも、今のところあなたに彼らと敵対する理由はない。
客人が家主を弑するなど修羅の所業。悪鬼羅刹が蔓延る東の国、天地においても数日毎に一回程度しか発生しないイベントであるからして。
あなたは事前に用意した手土産を献上する。
中身はギデオンの人気店で購入した茶菓子だ。
折よく決闘ランカーとのコラボを実施中であった。パッケージにフィガロの顔が印刷されている。
<月世の会>のオーナーと決闘王者は知人らしい。話のネタにうってつけだろう。あなたの気遣いと思いやりの精神は天元突破。もはや至高の領域に手をかけている。
「恐れ入ります。後日いただきましょう」
手土産はアイテムボックスに仕舞われた。
ついぞ取り出される気配は無さそうだ。
あなたは客間に通された。
内装は懐かしい天地様式。野盗PKとの殺戮闘争を思い出してあなたは殺意が漲った。どう足掻いても修羅の精神汚染からは逃れられない。
気を紛らわすため、あなたは世間話に興じる。
素敵なお部屋ですね、と。
特に陽光を取り入れるこの吹き抜け。
見上げれば吸い込まれそうな青空が広がる。
そして趣深い木製の支柱と梁。
半ばへし折れて畳の上に倒壊しているが。
お世辞にも建物としての体を保っていない。
まるで怪獣が暴れ回ったかのような惨状だ。
これが本拠地? クランハウスもまともに維持できないとは、随分と<月世の会>は貧窮しているらしい。
王国一位のランカークランとしてオーナーは恥ずかしくないのだろうか。
「代わりの建物を造る事はできるんよ? 建築系<エンブリオ>の信者の子らおるし」
噂をすれば影がさす。
妖怪めいた女性が襖の向こうから現れた。
王国の<超級>が一人、扶桑月夜。
彼女はクラン<月世の会>のオーナーだ。現実に存在する同名の宗教団体<月世の会>の教祖でもある。
これで<アルター王国三巨頭>コンプリートだ。頭のおかしい<超級>と縁を結ぶ不運をあなたは呪った。
「おおきに。ちゃぁんと手紙を読んでくれはったんやね。でもまぁ、うちは信じとったわ」
<超級>率いるカルト宗教という厄ネタを差し置いて、あなたが招待に応じた理由はシンプルだ。
「プーやん、仕事なら断れへんやろ?」
扶桑月夜はあなたにお仕事を依頼した。
詳細は直接会ってから、という話だったので、あなたは是非を判断するためこうして足を運んだ。
ところで誰がプーやんだ。
ツッキーって呼ぶぞこの女郎。
「やーん。いけずやわぁ♪」
彼女はおどけるも瞳の奥が全く笑っていない。
初対面ながら、見識深い労働者のあなたは扶桑月夜の本性を正確に嗅ぎ取っていた。
交渉において決して油断ならない人物だと。
「そう身構えんでええよ。悪い話やないから。プーやんが色んな仕事をしてるのはうちも小耳に挟んどる。頭のおかしいHENTAI……コホン、えらい熱心にクエストをこなしてるってな。今や王国きっての有名人や」
実にあからさまなお世辞である。
リップサービスにあなたは騙されたりしないが、仕事ぶりを評価される事は素直に喜ばしい。
ひょっとすると彼女はいい人なのでは?
話が通じる数少ないまともな<超級>じゃんね。
「普段できないような仕事、うちが紹介できるとしたらどうする?」
願ってもない申し出であった。
しかしすんでのところであなたは踏みとどまる。
古来より、怪しい人材派遣会社や仲介業者に騙されて、裏稼業に従事するか弱い労働者の多い事。
あなたは妖怪の口車に乗せられはしないのだ。
でも話は聞かないと判断できないよね。
一体どのようなお仕事であるのか、あなたは食い気味で扶桑月夜に詰め寄った。
「難しい話やないよ。<
お断りします。
「ノータイム速攻即決……影やん、うち振られてもうたわー。よよよ」
「月夜様。些か棒読みが過ぎます」
「もう近衛騎士団にタレコミするしかないわー。無職のプーやんに弄ばれたー言うて。女の敵ー」
マジでやめろ本当にぶっ殺すぞ。
あなたは今年一番の驚愕と殺意で応える。
扶桑月夜にない事ない事を吹き込まれたら、リリアーナとの完璧な好感度調整が水泡に帰す。
その場合、あなたは出るところに出なくてはならぬ。
「んー、後悔せんの? 宗教団体の内部を知る機会なんてそうあらへんよ。貴重な仕事の経験やろ。ちなみに、王国の教会やらその辺とは毛色違うと思うけどなあ」
彼女の指摘通り、カルト宗教ならではのお仕事にあなたは大変心を惹かれるものがあったりする。
立身出世して幹部扱いで色々と好き放題やらかすのも、現実では難しい一つのお仕事であるからな。
だがしかし。クラン加入はよろしくない。
あなたは扶桑月夜の狙いを察していた。
入信を皮切りに、信者となったあなたをいいようにタダ働きさせようという魂胆が透けて見えるからだ。
「ギクー」
あなたはお仕事に敬意を払わない相手を教祖と、信仰の道標として仰ぐことはできない。
故にクラン入信は断らせてもらう。
なお一日体験ぐらいなら許容範囲である。
業務内容と報酬は要相談。
「ちぇー。それならしゃあないわ。で――ここからが本題なんやけど」
おっ、体験入信?
「ちゃうわ。プーやん、この
つまりお仕事という事であるな。
あなたは意識を切り替えて、扶桑月夜という一顧客のご相談に真摯な対応を心掛ける。
まずは背景事情の聞き取りから。
先日、とある<マスター>を拉致誘拐した彼らはクランの本拠地で追手と一悶着あったのだという。
屋敷は戦闘により倒壊した。追手ことフィガロの暴挙が主な原因だと依頼人は語る。
どう考えても自業自得である。街中でドンパチやらかす決闘王者といい、やはり<超級>は頭がおかしい。
「最初にも言った通り、新しく立て替えることは可能や。せやけど前の施設に愛着があるって声が多く出ててなー。うちも無視する訳にはいかん思うて色々と伝手を当たってみたんよー」
「各所に修理の見積もりを依頼しているのですが、時間を要しているのです」
「一〇億くらいの出費は覚悟してるんやけどな」
あなたは頷いて、しばし時間を頂戴した。
元の図面と使用素材、工数、人件費。
おまけに現在の王国市場における物価を考慮して、あなたは脳内のそろばんを弾いてみる。
ちなみに、あなたはそろばんを使えない。なので言葉のあやというやつである。
あくまでざっくりとした概算になるが。
断りを入れてから、あなたは見積書を提示した。
相場で計算すると一〇〇億リルくらいであろう。
「たっか!?」
ちなみに建物の修繕のみならばもう少し安い。
あなたは落ち着いた声音で理由を説明する。
図面によると<月世の会>の本拠地は和風建築様式だ。建物の景観と性能を元通りに修繕するならば、大量の良質な木材が必要となる。
現在の王国は物価高が著しい。
先の王都封鎖事件が商流に与えた影響だ。<ノズ森林>の焼失で木材は特に高騰している。
また、各国特産の施設用マジックアイテムは軒並み高価な品ばかりだ。通常のルートで入手するならカルディナ経由の輸入品しかない。タイミングが悪いことに今のカルディナは貿易規制中で値上がりは必須。
どこまで原状回復するかで妥協を強いられるな。
内装を徐々に揃えるという選択肢はある。
「少し勉強してほしいんやけど。このくらいで」
扶桑月夜は五本指を立てた。
悲しいかな。工事の規模が規模である。
あなたがお友達価格でお仕事を引き受けた場合、本来仕事が回ってくるはずだった業者が割を食う。そして今後同じ規模の工事をする業界全体のご迷惑に当たる。
あなたの軽率な行動で与える影響が大きすぎる。それはよろしくないので値引きは却下となる。
お仕事には正当な対価を。
あなたのポリシーは揺らがない。
「しゃーないわ。影やん」
「こちらに」
扶桑月夜は月影から受け取ったものを掲げる。
「――【女教皇】と【暗殺王】の就職条件」
あからさまなカマかけだった。
内心の動揺を抑え、ポーカーフェイスを貫いたファインプレーをあなたは自画自賛する。
そそそそそそそれれれがどうしたって?
「んー? どうしたん? うちと影やんがもう就いてる超級職やし、調べたら分かる情報やから価値はゼロに等しいんやけど。こんなものが気になるん?」
ニマニマと悪辣に嗤う女狐。
あなたは営業スマイルで対応する。
嗚呼、なんということでしょう。
無価値な情報を今このタイミングであなたに提示するという意味。なんでか知らんけど脅迫されてら。
あなたは苦渋の決断を迫られた。
このまま
「え、逆ちゃう? うちの値引きに折れて格安で引き受けるか否かやないの?」
間違いではない。あなたは力説する。
あなたの情報を<DIN>などに売り捌くつもりなら好きにするといい。あえて吹聴する理由はないが、公開されたところで、あなたのデンドロお仕事ライフにさして影響は及ばない。
それより扶桑月夜の舐め腐った態度が問題だ。
再三掲げる通り、あなたは全てのお仕事とそれを行う労働者に敬意を払うべきだと考えている。
リスペクトなくして適切なお仕事なし。
不当な搾取にあなたは断固として反対する。
故にこそ。あなたを軽んじる扶桑月夜との取引は、転じてあなた自身を軽んじる事に繋がる。
あなたとて多少の軽視なら普段通りお仕事を優先して見過ごすが…… 扶桑月夜のそれは些か目に余る。許してはおけぬ。あなたは決意が漲った。
あなたは愛刀の鯉口を切った。
同時に扶桑月夜と月影は身構える。
「我々<月世の会>は所属人数一千名を超える王国最大のクランです。月夜様と敵対するという事は、<月世の会>全てと敵対するに等しい。……あなたはこの意味がお分かりになりますか」
寝ても覚めても襲われるという事だろうか。
それがどうした。んなもん日常茶飯事である。
逆にあなたは月影に問い返す。ご自慢のお仲間一千名は天地の修羅より強いのか?
――【勇者】より強いのか、と。
「……あー、止めや止め。これ以上はおふざけで済ませられるライン超えてるわ」
「承知いたしました」
二人が引くなら、あなたに戦う理由はない。
ガチめなら戦争も辞さない覚悟のあなたではあるが、根っこの部分は平和を好む博愛主義者だ。
対話で穏便に解決できるのならそれに越したことはないだろう。ラブアンドピースじゃよ。
「相場の料金払うから頼むわー。あと、警備は前より厳重にお願いしたいんやけど」
毎度あり!
揉めた詫びだ。あなたも妥協して、赤字覚悟の出血大サービスを提案する。
必要素材の持ち込み可。モンスターの素材など、自前で準備した分は料金から多めに値引きする。
また対侵入者用の警備システム構築は無料とする。
そして、施工期間は三日。きっかり72時間で新築より完璧に仕上げて見せよう。
あなたはドヤ顔で自信満々に宣言するのだった。
◇◆
三日後。
「プーやんのアホはどこやぁ!」
王都で無職を捜索する<月世の会>と【女教皇】の姿が目撃された。
ボタンひとつで様変わりした、本拠地の成れの果て……頭上を見上げながら。
「だれが……誰がクランハウスを
熊やんとちゃうんやで!?
変形機能とか要らんから! というか脳筋プリンスはこれでも倒せんわ絶対に!
そんな困惑した、しかしどこか楽しげな主人の悲鳴に、月影は微笑ましいものを見たと満足するのだった。
・主人公
納品書と請求書を合計1,000枚にした。
ところではよ代金払えやコラ。
・扶桑月夜
主人公を見誤った。ここまでバカとは。
この機能要らんから外してやー!?
追加工事は別料金? ……死ねどす!
・月影
ニッコニコ。お労しや月夜様。
・
別名シン・月夜モード。
<月世の会>本拠地の警備システムにして真骨頂。
<叡智の三角>で磨いた趣味の結晶である。
性能は純竜級<マジンギア>と同等だが、素材が木製なので火気厳禁。トータルでは下回るか。
依頼主の苦情により泣く泣く撤去された(その事を惜しむ声も多数寄せられている)。