無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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世界に一つだけの花屋

 □■決闘都市ギデオン

 

 あなたは前掛けエプロンを装備した。

 小さな花屋の店先に並んだ草花に水をやり、透き通る青空の下、お仕事の始まりを実感する。

 陽光暖かな、実に清々しい日であった。

 

「ンンー!?」

 

 簀巻きのバーベナがもがいている。

 大変見苦しい光景を前に爽快な気分は消え去った。あなたは耳を塞いで、自分のお仕事を全うする。

 

「ンンッ!」

 

 バーベナの体当たり。

 あなたはノールックで回避した。

 

 簀巻きの状態でこうも機敏に動き回るとはあなたも想定外である。地を這う芋虫の如く、無様にのたうち回る姿を通行人が写真に収めていた。

 どうやら希少価値の高い一枚が取れたようだ。二人の女性<マスター>は喜びながら立ち去った。ここでバーベナを助ける選択肢が浮かばない辺り、彼のギデオンでの評判は落ちるところまで落ちている。

 

「ンン……ぷはっ! 何なのさ一体! 俺あんたに何かしたぁ!? してないよねえ!?」

 

 バーベナは無罪を主張する。しかし天地神明は騙せてもあなたの目は誤魔化せない。

 あなたの名前を使って好き放題しているとの噂を小耳に挟んだが、真偽は如何に?

 

「あー……わか〜んない☆」

 

 思考中に心当たりを思い出したのか「あ、やべ」という表情を浮かべて、バーベナはしらを切った。

 あなたは愛刀の鯉口を切った。

 

「ひぃぃぃごめんなさいごめんなさい! ちょっとタチ悪い連中とか闇金を追っ払うのに関係を仄めかしただけなんだって! 悪さとかはしてないよぅ!」

 

 どうやら嘘は吐いていないようだ。

 無警戒に無防備で、お仕事に励むあなたの前を通り過ぎようとしたことから、この件を意識の片隅にすら置いていなかったようである。

 名前を使われた相手が被る迷惑を考えろ。

 せめて事前に話を通せ。承諾と同意は大事。

 

 どうりで最近、見ず知らずのマフィアどもに襲撃されるわけだ。ログボやリリファンとまとめて蹴散らしたので、普段通りといえば普段通りである。

 あなたは殺伐とした日常に嫌気がさした。

 嗚呼、殺し合いを厭って修羅の国を出奔したのにやっている事がまるで変わらない。

 

 名義貸しや用心棒の経験があるあなたは揉め事の矢面に立つことに慣れている。しかしそれならそれでこう、通り名や逸話など相手が恐れる噂を広める根回しやら下準備が必要になる。お仕事はどれも大変でござるな。

 

 とにかくケジメをつけねばならぬ。

 名義の使用料分はタダ働きしてもらおう。

 

「うへぇーい」

 

 というわけでお仕事の時間である。

 舐め腐ったバーベナを愛刀でしばきつつ、あなたは業務内容を説明する。

 

 今日のお仕事は花屋の店員。

 街の片隅で、老婆が一人こじんまりと営むフラワーショップのお手伝いに従事してもらう。

 

「手伝い? でもさ、こんな小さい店に二人も人手いらないんじゃないの?」

 

 平時であればそうだろう。

 だが、この時期のギデオンでは繁忙期となる。

 なぜなら愛闘祭が近づいているからだ。

 

「それ知ってる。カップルで乱痴気騒ぎするイベントでしょ。俺も皆から誘われて困ってるんだよねぇ」

 

 身も蓋もない言い方をすればそうなる。

 アルター王国初代【聖剣王】の嫁取り決闘。歴史上の逸話が由来と聞いている。

 あなたは詳細を知らないが、意中の相手に思いを伝え、切った張ったの殺し合いをするお祭りのようだ。

 改めて文字に起こすと蛮族の血祭りである。天地に負けず劣らずの修羅っぷりにあなたはドン引きした。

 

「いや殺しはないでしょ。つまりあれだ、告白や恋人への贈り物で花がすごい売れる時期だと」

 

「そうなのよ。だけど私が腰を痛めてしまってねえ。お医者様は今日一日休んだ方がいいって」

 

 店の奥から老婆が顔を出す。

 安静にしていろと言われたろうに。あなたは老婆を寝床に押し返す。店長と店員の関係でも譲れぬ。依頼主の代わりに店番をする、それが今日のあなたのお仕事だ。

 

「こいつの言う通り。おばあちゃんはゆっくり寝ててよ。かわいいバベちんにおまかせー、ってね」

 

 バーベナは手慣れた様子で自然に寄り添い、老婆を横にならせた。ショートヘアを髪ゴムで結び、制服代わりのエプロンを装備。気合い十分に頬を叩いた。

 

「よっし。集客は任せろ。他は任せた」

 

 はっ倒すぞこの野郎。

 

 その後あなた達は花選びに訪れる客の対応に追われた。バーベナが植木鉢を割ったり、全身堆肥塗れになったり、食人植物の蔦に捕まって触手プレイじみた被害を受けたりしたが、特に何事もなく半日が過ぎる。

 交代で昼休憩を挟み、さあもう一踏ん張りだとあなたが午後の仕事に入ろうとした時。

 

「アァ? もういっぺん言ってみな!」

 

 店先でなにやら騒ぎが起きた。

 

「あたしを誰だと思ってるんだい? こっちは客だよ、お客様は神様だって言葉知らないのかい!」

 

「きゃーこわーい。でもダメですよぅお姉さん。大声で怒鳴ったりしたらぁ、バベちんはとってもびっくりしちゃうのでぇ。……あとその言葉は客側が使うもんじゃないしお客様かどうかを判断するのはこっちなんだよねてなわけで早く助けてヘルプぅぅぅぅぅぅ!」

 

 涙目で正座したバーベナが囲まれている。

 ガタイのいい犬耳女を筆頭に、いずれも天地を思わせる装備を身につけた強者が十数名余り。

 記憶にある顔ぶれにあなたは回れ右をしたくなった。バーベナなら見捨てても心は痛まない。

 

 かろうじて責任感を発揮したあなたは【なまけろん】を装備して、犬耳女に声をかける。

 失礼しました。何かお探しでしょうかナマケ。

 

「……? ああ、頭のおかしい無職かい。何でこんなところにいるんだい」

 

 <K&R>サブオーナー【伏姫】狼桜は奇人変人に出会したかのような態度であなたを一瞥した。

 着ぐるみで正体を隠したあなたを見破るとはなんたる眼力か。流石は天地出身のPK集団、生半可な小細工は通用しないようである。

 

「まあいいか。そのお嬢ちゃんじゃ話にならなくてねぇ、あんたが責任者って事なら()()を出しな」

 

 狼桜の言うアレとやらにまるで検討がつかず、あなたは困り果てて首を傾げる。

 

「とぼけんじゃないよ。調べはついてるんだ。この店にあるんだろう、元気マンマンドラゴラが!」

 

「は?」

 

 なんて?

 

「お客さん、素人じゃないわねえ」

 

 あなた達が揃って理解不能に陥るなか、ひとり店主の老婆が納得した様子で進み出る。ご老体とは思えない気迫。心なしか画風すら劇画調に変化して見える。

 

「元気マンマンドラゴラというのは俗称なの。正しくは【月兎草】っていうのよ。煎じて飲めば万病を遠ざけて、滋養強壮、精力増強、一族繁栄を約束するとっても縁起のいい植物だわ」

 

「え、それ媚やk「ハッ! ようやく話の通じるやつがでてきやがったね。それでここにブツはあるのかい? ないのかい? どっちなんだい」

 

「ええ……あるわよ。一株だけ」

 

「ならそいつをいただこうかね」

 

「売り物ではない、と言ったら?」

 

「……何?」

 

 老婆は一度店の奥に引っ込み、小さな鉢植えを両手で抱えてゆっくりと戻って来た。

 うさぎの耳のような、三日月のような。あるいは天を衝き反り返った円筒の花弁が官能的な特徴を持つ植物。最高レベルまで磨き上げたあなたの《鑑定眼》は、たしかにそれが【月兎草】だと証明する。

 

「【自主規制(あなたの音魔法)】じゃん!?」

 

 あなたはバーベナを簀巻きにした。

 公共の電波に乗せられない単語を口にしてはいけない。

 

 同時に、あなたの脳裏に悍ましい記憶が蘇った。

 あなたは過去に同種の植物を見たことがある。

 生薬はもちろん、観賞用として非常に高い価値を誇る天地固有の希少種であったはずだ。

 どれほどかというと、たった一株を巡る争いで複数の大名家が滅亡に追い込まれるほど。御家騒動と政略結婚は修羅の国でも少なくない争いの火種である。

 

 天地出身の<K&R>メンバーも「あれが……」「実物は初めて見た」と驚愕を隠し切れていない。

 

 ここであなたは二つの疑問を抱いた。

 なぜ天地固有のレア植物を老婆が持っているのか。

 そして狼桜は【月兎草】を何に使うのかだ。

 

 きっと後者はろくでもない理由だろうとあなたの直感は告げている。この手の勘を外した事はそんなにない。極限状態で育まれた危機察知能力の賜物である。

 

「私の夫は天地から亡命してきたの。【月兎草】専門の花屋だったわ。でも争いを招くこの花を、夫は根絶すべきだと考えた。苗を焼き、種を潰し、領地の大名に死刑を言い渡されても必死で【月兎草】を焼いて回った」

 

 老婆は過去を懐かしむように目を細めた。

 最愛の人に聞いた話を思い返しているのだろうか。

 

「だから現存する【月兎草】は接木で数を増やした徒花だけなのよ。この一株を除いて」

 

「その花は燃やさなかったのかい?」

 

「あの人、花が好きだったの。これだけは最期まで燃やせなかったみたいねえ……」

 

 争いを呼ぶ魔の花だとしても、人の身勝手で滅びる事を花屋はよしとしなかった。

 亡き夫の遺志を継いだ老婆も同様に。

 

「夫の形見ということになるの。だからこの【月兎草】は売れないわ。ごめんなさいね」

 

「泣ける話じゃないか……だが、あたしはどうしてもその【月兎草】が必要なんだ」

 

「何に使うか聞いてもいいかしら」

 

「ダーリンの昇格祝いに、精のつく美味い飯をたんと食わせてやるのさ。料理のできるいい女っぷりをアピールできるって寸法さね」

 

 恋する乙女が大好物のあなたは台所に立つ狼桜を想像して思わず微笑んだ。いいぞもっとやれ。

 冷静に考えると、料理に媚薬を混ぜ込むやべー絵面になるのだが。外見に反して陰湿な搦手とは中々やるな。他人の旦那の形見を食材にする点も踏まえるとダークサイドの鬼畜生である。

 

「……おい無職。今、笑ったね? あたしが料理するのがそんなにおかしいかい!?」

 

 狼桜は怒り心頭で臨戦態勢を取った。どうして。

 

 しかし、今日のあなたは花屋あなた。

 お客様でない暴徒は鎮圧する義務がある。

 ここは穏便に話し合いで解決できないだろうか。

 

「ひとまず死になぁッ!」

 

 あ、ちょタンマ。【なまけろん】で動けな、

 

「《天下一殺》!」

 

 初撃の攻撃力を桁違いに跳ね上げる【伏姫】の奥義は、移動速度が低下する装備のデメリットで回避が遅れたあなたに直撃した。いててー。

 

「当然【ブローチ】は装備してるか。だが、これであんたの命綱はなくなったわけだ。まだ【ブローチ】を残すあたしが有利……」

 

 気を取り直して【なまけろん】を脱いだあなた。

 代わりに【ブローチ】を装備する。

 

「――は?」

 

 これで致死ダメージを受けても安心だ。

 相手はどんな初見殺しを持っているか分からない。

 以前何度か剣を交えた狼桜でも切り札を隠している可能性は十二分にある。あなたは修羅に一家言ある、被害者筆頭の<マスター>だ。

 

「待て待て待つんだよ。今の手品かい? 【ブローチ】は壊れたら二十四時間は装備できないだろ?」

 

 狼桜は何を当たり前の事を言っているのだろう。

 あなたはどこぞの<超級>と違って、【救命のブローチ】を不壊化するなんてふざけた真似はしない。

 装備制限だって皆と同様だ。常識である。

 

 あなたは《天下一殺》をそのまま受けた。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 被ダメージはHP換算だと0.5%程度。

 急所に当たらなかったのは不幸中の幸いだった。

 

「……はぁ??」

 

 あなたは野盗が嫌いだ。PKが嫌いだ。

 理由は簡単、やられるとムカつくからである。

 この論理は強盗に対しても適用されるわけで。

 

 それじゃ殺すね。

 

 あなたは愛に殉じる<K&R>に祈りを捧げた。

 

「ヒッ……た、たすけ」

 

 助けは来ない。仮に来てもあなたの方が速い。

 デスペナルティになって自業自得という言葉の意味を辞書で引いてみるとよいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――そこまでです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛刀があらぬ方向に弾かれて。

 

 音もなく。影もなく。誰よりも速く。

 

 小柄な影が立っている。

 

 羊毛のような質感のコート。

 矮躯にそぐわない大太刀。

 

 あなたは思わず首に手を当てた。

 まだ頭と胴体が繋がっている事を確かめるため。

 

 あなたは彼を知っている。

 天地の修羅なら誰もが一度は耳にした事がある。

 あるいは……一度は首を斬られている。

 

 “首狩り兎(ヴォーパルバニー)”、“防御無望”、“王国最速”、“自在抜刀”、“羊刀”、“駄犬の飼い主”、エトセトラ。

 数多の異名を轟かせども、彼を端的に表現した通り名はひとつをおいて他になし。

 

「だ、ダァァァァァリィィィィィィィン!」

 

 “断頭台”――【抜刀神】カシミヤ。

 

 

 ◇◆

 

 

 あなたとカシミヤは紙より薄い関係である。

 以前<UBM>と間違えられたあなたは、通りすがりの彼に秒で首を刎ねられた。

 

 転がり落ちた首。逆さの視界で視線を合わせた兎に、あなたは心の底から恐怖を覚えた。

 カシミヤの名前を耳にしたら発狂して即座に周囲一帯を爆撃する程度にはトラウマを刻まれた。

 幸い継続的なリハビリの成果で我を失うほど取り乱すことはなくなったが……今もなお、首狩り兎はあなたにとって恐怖の象徴であったりする。

 

 ちなみに同じ兎のPKでも【兎神】クロノ・クラウンはトラウマを刺激されない。

 皇国に遊びに行った際に数回エンカウントしているが、彼はあなたをPKしてこなかったからだ。

 

 閑話休題。

 

 トラウマを前にしてあなたは硬直した。

 即座に距離を取りバーベナを肉盾に。

 全身を震わせてうわ言を呟きながら、あなたは街一つを悠々と吹き飛ばす威力の爆弾を頭上に掲げた。

 

 う、うさ、かししししみややあばばばば。

 

「落ち着けバカ! 何壊れてんのさぁ!?」

 

 あなたはわれにかえった。

 嗚呼、なんということでしょう。トラウマはまるで完治していなかった。再治療が必要らしい。

 

 あなたが意識を飛ばしている間に、カシミヤはこの場の事情を全て把握したようだった。

 

「いいですか狼桜さん。街中でいきなり攻撃するのは良いPKとは言えません。お店の人にも迷惑です」

 

「だ、だってダーリン……あの無職が」

 

「だってもへちまもないのです! 悪い事をしたら素直に認めて謝罪するのが大人のあるべき姿でしょう!」

 

 成人女性がショタに叱られている。

 しかも地面に正座して這いつくばっている。

 これが大人のあるべき姿ってやつすか……?

 

「大変ご迷惑をおかけしました。ほら狼桜さん」

 

「……チッ。悪かったよ」

 

「狼桜さん?」

 

「ご、ごめんよ! もうしないさ!」

 

 年若い少年とは思えない鋭利な殺気に、矛先こそ違えどあなたは再び取り乱しかけた。

 あなたはどうにか気合いで持ち堪えた。

 

「あっれえどうしたのぉー? 足ガクブルの子鹿みたいだけどー? ぷーくすくす! だっさーい!」

 

 あなたの醜態を目の当たりにして、バーベナは調子に乗り出した。水を得た魚の如く活きがよい。

 あなたはスキル《カース・オブ・マリオネット》でバーベナを【傀儡】状態にして口を操った。

 

「『カシミヤさんPKしようよ』っておぅい!? 何言わすんじゃコラてめこの無職!」

 

「嬉しいお誘いですが、今日は失礼するのです」

 

「ほっ……『つれないこと言わずに一回だけでも』っておぉい! やめろバカ俺で戦闘する気ぃ!?」

 

 あなたはバーベナをけしかけた。

 直前でスキルを解除する親切設計である。

 人を笑う人間がこの世に栄えた試しはない。

 

 急接近したバーベナはカシミヤの間合いに。

 是非を問わずカシミヤは応じざるを得ない。

 神速の抜刀術が不届なバーベナの首を刎ね……。

 

「……?」

 

 あっという間に光の塵と化した。

 けっ、ざまあねえぜ。ぺっぺ。

 デスペナが明けたらバーベナもカシミヤの恐ろしさを理解している事だろう。

 

 あなたはカシミヤに心から謝罪した。

 街中での非礼大変申し訳ない。お互い様として、今回の一件は手打ちにしていただきたい。

 

「……分かりました。僕としても収穫があったので、今の行為は深く問いません。それでは」

 

 カシミヤは狼桜と<K&R>メンバーを引きずって本拠地に帰還する。

 その後ろ姿に忘れずあなたは声をかけた。

 

 ご注文の品は後でお届けしますね、と。

 

「「「……え?」」」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ところでダーリン。収穫ってなんだい?」

 

「いえ、少し先程の方が気になりまして」

 

「気になるって、まさかダーリンはああいう女がタイプなのかい!? 冗談はよしとくれよ!?」

 

「あの方は男性ですよ。そうではなく……狼桜さんは僕の抜刀を目で追えますか?」

 

「え? 何言ってるのさ。ダーリンの抜刀が見えるやつなんかいないよ」

 

「そうですね。《神域抜刀》で僕のAGIは五〇万を超えますから。あの無職さんも反応できていなかった」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 カシミヤは続く言葉を内心に押し留める。

 知らず期待に心が躍る。

 

 今日、カシミヤは三度刀を振った。

 一度目は無職の妖刀を弾くため。

 残り二回は――

 

「――成長が楽しみですね」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 あなたカムバック。Cパートだよ。

 <K&R>を見送ったあなたは、すぐさま国際通信用の魔道具で既知の番号を入力した。

 数回の発信音の後、通話が繋がる。

 

『はい、豊穣です〜』

 

 しもしもー? 

 ハローばあちゃん。おれおれ、俺だよ。

 

『あらあら〜。口座のパスワードはいち、にいの』

 

 あなたは冷静にツッコミを入れた。

 ノリはいいが展開を数テンポ飛ばし過ぎである。

 詐欺に引っかかるなりの順序があるだろう。

 

『あら〜? ごめんなさいねえ。あなたからのお電話ひさしぶりだったから、うれしくなっちゃってねえ』

 

 であるか。ところでじいちゃんいる?

 

『野菜狩りしてるわよ〜。呼んできましょうか?』

 

 作業の邪魔をするつもりはないので、あなたは日時を改めて通信をかけ直すと告げた。

 

『あ、今戻ってきたわ〜』

 

 声が遠ざかり、男女の会話がかすかに届いた。

 しばらくしてスピーカーから男の声が響く。

 

『もしもし』

 

 ハローじいちゃん。おれおれ、俺だよ。

 

『用が無いなら切るぞ』

 

 遊び心がないやつはこれだから駄目だ。

 あなたは単刀直入に用件を説明する。

 そちらで【月兎草】を育てていないだろうか。

 

『フン……逆に何故ないと思った』

 

 貫禄の返答。流石、持つべきものはフレンドだ。

 あなたは“実果”に一株譲ってもらえないか頼んだ。

 

『構わんが、急ぎか? 今は海路が使えんからな。王国まで送るのは時間も費用もかかるぞ』

 

 当然ながら当然の話であった。

 彼の本拠地は天地だ。東方から大陸の西の端まで、どう足掻いても数週間から数ヶ月を要する。

 

 あなたが真面目に本気を出せば、最短六日ほどで往復できる距離なのだが、それも理論値。実際のトラブルを考慮すると二倍の時間が必要になると思われる。

 

 恐らく狼桜は一週間と待てない。

 彼女達はカシミヤがトム・キャットに勝利して決闘第二位に昇格したお祝いをするのだろうから。

 

 以上を踏まえて、あなたは頷いた。

 端的かつスマートなコミュニケーション能力にじいちゃんばあちゃんも感動のひとしおである。

 

『……返事が無いが、急ぎだな?』

 

 なぜだろう。あなたのコミュは伝わらない。

 

『前に渡した種があったろう。それ育てろ。【月兎草】の種も混ざってるはずだ』

 

 種は全部燃やされたと聞いたので、あなたはその方法を綺麗さっぱり失念していた。

 まさかあなたが種を持ち合わせているとは。

 

『テルのスキルで栽培したからな。【月兎草】が絶滅危惧種なんてのは遠い過去の話だ』

 

『あらあら〜? 私の話〜?』

 

『呼んどらんわ』

 

 聞きたい話は聞けたので、お邪魔にならないよう、あなたは断りを入れて通話を切る。

 サンキュー。ばあちゃん、じいちゃん。

 野菜の魔改造は程々にするように。頼むから。

 

『フン』

 

『その子を育てる時は、たくさん話しかけてあげてねえ。そうしたらきっと元気に育つはz』

 

 唐突にばあちゃんの音声は途切れた。向こう側が誤って通信終了の操作をしたらしい。

 魔道具をしまったあなたは背後に向き直る。

 

 花屋の老婆が、あなたの通信を一緒に聞いていた。

 そういうわけだが種を栽培してよろしいか。

 あなたは本日の雇い主に確認を取った。

 

「あの人がしたことは無駄だったのね」

 

 それは違う、と。あなたは首を横に振った。

 旦那様は己の信念に従って花を焼いた。

 それは花が誰かを傷つける要因になる事を厭っての行為だったのではないだろうか。

 実際に争いで傷つく人々は減ったかもしれない。

 逆に増えたかもしれない。あなたには分からぬ。

 

 それでも花屋は花を愛した。

 己の職分を真っ当せんとした。

 ゆえに、旦那様のお仕事を否定してはならぬ。

 

 花屋は花を売るお仕事であるが。

 それだけではないとあなたは知っている。

 花屋に訪れた人々は皆、誰かを想って花を選んでいた。恋人、家族、友人、あるいは故人。

 

 きっと【月兎草】もそうなる。

 争いの火種として残り続けた花でなく。

 誰かの幸せに寄り添う花として。

 

 毒も薬も使いようと言いますのでね。

 悪用する連中が悪い。見かけたら花屋あなたも通報なり成敗なりしてくれよう。

 

「……ありがとう。花を、届けてあげて」

 

 承った。あなたは死んだバーベナの代わりになる分身を残して配達に向かった。




・主人公
このあと<K&R>本拠地に襲来。
トト◯の如く魔法で種を急成長させた。

・カシミヤ
僕より速い相手は斬ったことがないのです。
ところでこの植物は何……?

・狼桜
種を育てるためダーリンへ愛を叫んだ。
クランメンバーも便乗して告白大会になった。

・じいちゃん/豊穣爺斎種吐木
天地所属のNOMIN。
前に出た【サトウ・デーコン】はこいつの仕業。
相棒はテルばあちゃん。豊穣テルを名乗る。

【月兎草】
マジカルバナナ。光の加減で虹色に光る。
通称元気マンマンドラゴラ。
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