無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■二〇四五年四月八日
「……今、なんと?」
リリアーナはあなたの言葉に聞き返した。
さながら『目の前のこいつは何を考えているのだろう』と言わんばかりの表情を浮かべている。あるいは己の耳を疑っているのか、もしかすると聞こえなかったか。病気の可能性も万に一つあり得る。
親切で気配りのできるあなたは、リリアーナの聴覚が正常であることを確かめるため、小さな可愛らしい耳を覗き込んだ。鼓膜は破けておらず異常なしと。
「近いですッ!」
張り倒された。解せぬ。
「それで、その……もう一度仰ってもらえますか? 私の聞き間違いだと思いますので」
お安いご用だ、と。
あなたは三度目の台詞を口にした。
明日、付き合ってもらえないだろうか。
「私の記憶が正しければ明日は愛闘祭なのですが」
実に奇遇である。あなたの記憶と王国の暦も、明日は愛闘祭初日であると告げている。
「愛闘祭はご存知と……え、本気で言ってます?」
あなたは本気も本気。大真面目である。
分かりやすく明言するなら、あなたはリリアーナと愛闘祭を見て回ろうと考えている。
噂話に聞くところによれば、愛闘祭とはカップルが『ドキッ!』『キャハッ!』するイベントだ。無論その他の人々にとっても祭りは楽しい催事であるが、残念なことに出展物の大半は男女二人組を想定しているらしい。
あなたは複数人から依頼を受けて準備を手伝ったので出店の傾向を把握していた。流石に一人で回ったのでは楽しさが半減してしまう。
以前より
要するに遊びのお誘いであった。
往年のノベルゲームを嗜むあなたは、この手のお祭りで限定スチルが存在する事をよく知っている。
慰労と好感度管理を兼ねた、友人との一時。まさに一石二鳥三鳥の計画だ。あなたは自分の叡智に恐ろしさすら感じている。
「すみません。仕事があるので無理です」
うむ。お仕事なら致し方ないな。
なぜだか口をきゅっとすぼめて真顔を取り繕ったリリアーナは、あなたのお誘いを一蹴した。
聞けばエリザベートとツァンロンのデートを陰ながら見守る必要があるという。近衞騎士は大変である。
眉目秀麗、才色兼備、人望激アツと三拍子揃ったリリアーナが愛闘祭で何処の馬の骨ともしれないお相手を連れていたら、護衛どころではなくなるのはあなたとて容易に想像がつく。
第一第二第三王女と並んで王国のアイドルが如き人気を誇る女騎士リリアーナの躍進は止まらない。
純白の甲冑に身を包んだ彼女はさながら白百合の騎士。誰もが憧れる高嶺の花にスキャンダルとくればリリファンどもが黙っていないだろう。
「だから口に出すのは何なんですか? 私を羞恥心で殺したいんですか? ……もぅ」
当然だが、リリアーナが王女の護衛を差し置いてあなたと遊びに出かけるはずがない。お仕事とあなたでは重要度合いが段違いなのである。
お仕事を軽視する言動をしたら、あなたは彼女の頬を引っ叩いてでも正気に戻さねばならぬ。
他の当てを探すために踵を返すあなた。
バーベナは首を切られてデスペナルティ中だ。
手頃な知り合い……同郷であなたと同じ常識人のマックスあたりに声をかけてみるとしよう。
王都からミリアーヌを招くのもありだ。そしてあなたは全力でお兄ちゃんを遂行する。
「今ミリアの事を考えましたね?」
む、殺気。驚異的な勘の良さを発揮するリリアーナから愛妹はやらないという気迫がひしひしと伝わる。
悲しいかな、あなたはお兄ちゃん失格らしい。
命の危機を感じてあなたは逃げ出した。
「待ってください!」
逃走は失敗した。
あなたの袖をリリアーナがつまんで。
「確かに明日は仕事で空いていないのはそうなんですが、代わりに殿下から休暇をいただきまして、非番とはいえ目当ての演し物もありませんからどうしたものかと悩んでいたところで」
矢継ぎ早の言葉は要領を得ない。
右往左往する目線。僅かな体温の上昇。
リリアーナは縋るようにあなたを見つめた。互いの身長差で、自然と彼女は上目遣いになる。
「ですから、ええと、その、ですね」
どこか期待と不安が入り混ざった表情。
あなたは空気を読んで静かに続きを待つ。
「うぅ……こういう時こそ、いつもみたいに空気を読まないでくれたら……いえ、だめよリリアーナ……」
彼女は大きく息を吸って吐いて。
「………………ら」
絞り出すように、かすかな声で。
「……あ、明後日なら。私、空いてます、よ?」
調子はずれなお誘いを受けて。
不覚にも、あなたは間抜け面を披露させられた。
◆◆◆
「……ッ!?」
「……嘘だ」
「大変な……大変な事態ですよ」
「許されない。許してはおけません」
「すぐ同志達に伝えねば……!」
◇◆◇
□■決闘都市ギデオン
愛闘祭一日目。
ログインボーナスを回収したあなたは、眺めの良いオープンテラスのカッフェーでコーフィーを味わう。
優雅な朝のお供に、広げた新聞で時事問題に触れることを忘れない。<キングダム・ピープル・タイム>の三文小説味は一周回って芸術的だ。
その他、西方三国の各新聞社が発行している記事を流し読みする。『【魔将軍】またも破れる! 【盗賊王】に続く新星、王者への挑戦』という一面と掲載写真にケチをつけつつ、あなたは待ち合わせまでの時間を潰した。
「あなたが何でもできる無職さん、ですか?」
待ち人は
よそゆきの、めかし込んだ服装をした女性だ。
「遅れてごめんなさい……こんなに早いと思わなくて」
今来たところだから気にする必要はない、と。
あなたは彼女を気遣って、コーヒーを注文する。
「あ、いえお構いなく。せっかくのお祭りですから、いろいろと見て回りましょう?」
それもそうか、とあなたは立ち上がった。
ところでお名前をお伺いしても?
「そうでした。はじめまして、私はペリノアといいます。今日はよろしくお願いしますね」
あなたは依頼主にこちらこそと返す。
今日、あなたはペリノアとお出かけする。
それが彼女の依頼で、あなたのお仕事だ。
あなたがなぜ金銭を対価に貸借される擬似恋人……所謂レンタル恋人をしているのか。
答えはシンプル。依頼があったからである。
昨日リリアーナと別れたあなたは、愛闘祭という特異点に商機を見出した。
それこそがレンタル恋人。
愛闘祭を楽しめない独り身様に向けて、あなたは暇な初日をフルに活用せんと試みた。二日目にリリアーナと遊ぶための資金稼ぎも兼ねて。
具体的には、事前に抽選した依頼主から要望を聞き取り、理想の恋人を演じる現代的サービスだ。
あなたは《影分身の術》と《変化の術》を併用して、現在十人の依頼主とそれぞれの場所でデートを行っている。ちなみに分身は手動のマニュアル操作で、あなたの処理能力は圧迫されていたりする。
まさにドキドキデート大作戦。そこ十股とか言わない。あくまでお仕事であるからして。
しかし些か気になる点がある。
あなたは理想の恋人を演じると言ったが、ペリノアの要望は『普段通りのあなた』であった。
よもやあなたに恋する乙女というわけもなく。
「いきましょうか。無職さん?」
疑問を棚上げして、あなたは祭りに繰り出した。
◇◆◇
ギデオン四番街のマーケットは人に溢れている。
なかでも小さな男女二人組カップルは、周囲の人々から微笑ましい視線を送られていた。
アルター王国第二王女エリザベート。
黄河帝国第三皇子ツァンロン。
婚約を考える二人が互いを知るためのお見合いは、大勢の人々に見守られながら続いている。
物陰に、屋根に、人混みに紛れる忍び。
天地からやってきたギデオン忍軍の護衛と。
変装しているつもりで非常に目立っている女性トリオはその筆頭であった。
お面の屋台を眺めるカップルを見守る尾行組だったが、まさかの乱入者に彼女達の思考は停止する。
「ちょ、あれ無職じゃないですかー!?」
マリー(グラサンなし状態)が小声で叫んだ。
なんとカップルに気づいた通りすがりの無職がエントリー。初々しい二人の時間に割って入る。
お見合いの話は聞いてるんだろ?
二人の邪魔するんじゃないよおバカ。
やっぱ頭おかしいんじゃねえのかあいつ?
尾行組全員の思考が一致した瞬間である。
「あ、ズルい。一緒にお面選んでる。……あれならボクも混ざって問題ないのではー?」
「やめとけ」
「よしましょう」
欲望に塗れた自称姉を、友人枠代表の迅羽と、保護者枠代表のリリアーナが制止した。
それはそれとして何してるんですかあの人、と私服姿のリリアーナは複雑な表情を浮かべている。
ゆえに、最初に気付いたのは冷静に観察していた迅羽。手足の義肢と変声符を外した姿で……普段以上に頭を働かせて、二人に気付きを共有するか思案する。
迅羽の配慮は意味がない。
リリアーナも視界に入れてしまったからだ。
無職の隣に立つ
「――――」
髪をひとつに結った長身の<マスター>。
友人とでかけるには気合の入った洋服。
紅を差した口元は、龍のお面をかぶる無職を前にして笑っている。
あれは誰なのか、という疑問は浮かばない。
どうしてなのか、なんてとても思えない。
リリアーナは単なる友人の一人に過ぎず。
無職が誰と祭りに参加しようと文句は言えない。
それはあまりにも傲慢で身勝手な思考だ。
逆にこれは当然だと思う。
文字通り、二人は生まれた世界が違う。
<マスター>とティアンは根底から異なる存在。
いつか遠からず
だから、これでいいのだと言い聞かせる。
だから、きっと正しいのだと言い聞かせる。
だから、だから、だから。
リリアーナに気付いて無職が手を振る。
幼いカップルを邪魔しないよう、女性と一緒に、物陰の尾行組の元に近づいてくる。
だから、お願いだから。
(……そんな、嬉しそうな顔で笑わないで)
収まれ、早鐘を打つ胸の痛み。
その意味に答えを出してしまったら、もう、これまで通りではいられないから。
◇◆◇
あなたは途中で過ちを悟って天を仰いだ。
リリアーナに声をかけてしまった。
分身十体の同時操作は些か無理があったのだ。脳の処理能力が落ちて正常な判断ができない。
あなたは人の心が分かる無職である。
対人コミュニケーション力に秀でるあなたの思考回路は稀代の天才詐術師に匹敵するかもしれない。
普段通りだが少し強張った顔のリリアーナ。
その後ろで白い目を向けてくるマリーと迅羽。
彼女達とのバッティングは盛大なアクシデントだ。
嗚呼、積み上げた好感度が崩れる音が聞こえる。
どちらにせよ無視する選択肢は取りえない。
気付いていながら放置は最悪の選択肢だということくらいあなたにも理解できるからだ。
どうにか名誉を挽回すべく、情けない無職のあなたは灰色の脳細胞をフル回転させる。
真っ先に口を開いたのは予想外の人物。
「ほ、本物のリリアーナ様だぁ……!」
感極まって卒倒しそうなペリノアだった。
冷え切った空気を意図的に無視して、震えながら彼女はリリアーナに両手を差し出した。
「握手してください!」
「あ、はい」
毒気を抜かれたリリアーナは握手に応じる。
なんか似た人達をよく知っているような……?
「私、実はリリアーナ様のファンなんです!」
「どうも……?」
あ、ファンクラブの人達だわ。
リリアーナは遅まきながら悟ったようだ。
「こうしてお話できて光栄です! まさかこんな日が来るだなんて……私、もう一生手は洗いません!」
「手は洗った方がいいと思いますよ」
「すみません、失礼しました。つい興奮して……リリファンたるもの常に清潔に……でも、推し活で本人にお会いできるとは思いもよらず驚きました……」
「推し活……デート、ではなく?」
「私が? この頭のおかしい無職と? ハッ、天地がひっくり返ってもあり得ませんね。反吐が出る」
ペリノアはあなたに中指を立てて唾を吐いた。
なんとも行儀の悪い依頼主である。
理解が及んでいないリリアーナ+グラサンの一名(迅羽だけは全てを理解した様子)にあなたは説明する。
本日あなたはレンタル恋人のお仕事をしているが、ペリノアの依頼は恋人などではなかったのだと。
彼女はリリアーナと親しいあなたに詰問するため、わざわざお金を出してあなたを買ったのだ。
「は?」
「なるほどですねー。『私の知らないあの人を知ってるなんて許せない! いいから洗いざらい吐いてもらうわ!』みたいな。要はファン同士のオフ会でしたかー」
「(……それにしては少し回りくどい気もするが。まあオレが口を出す範疇じゃないな)」
全身からリリアーナ好き好きオーラを放つペリノアの言葉が嘘でないことを三人は納得したようである。
それはそれとして、あなたは低評価とクソボケ野郎の烙印を甘んじて受ける羽目になりそうだ。
流石にあなたとて言い逃れができない失態である。明日出かける約束したのに別の女と一緒にいるとか……でもこれはお仕事なんですよ。
「知りません。聞きたくないです」
リリアーナはそっぽを向いた。
あなたの弁明は届かない。嗚呼無常。
もう何もかもおしまいだチクショウ。リリアーナの好感度が最底辺になり、【聖騎士】の推薦状は取り消されて、あなたは一人の友人を失うのだ。
あなたは地面に膝をついて号泣した。
「え、ちょっとそんなに泣く事あります!? これだとまるで私が悪いみたいじゃないですか!」
「誰が悪いかと言えばこいつだろ。気にしなくていいぞリリアーナ。放っておけ」
「……ああ、もうっ!」
あなたはリリアーナにぶっ飛ばされた。
渾身の一撃が脳天にクリティカルヒットする。
「これで許してあげます! 特別に! それとお金を出してあなたを買えるなら今日の残り時間は私が全部買いますけど何か文句ありますか!?」
あ、はい。ないです。ありがとうございます。
あなたは半ギレのリリアーナを刺激してはならぬと畏まった態度で頷いた。
「はぁ……あなたのせいで殿下を見失いました。さっさと探してきてください」
あなたは近衞騎士の敬礼を返した。
イエスマム。ご命令とあれば。
苛立ちと侮蔑が含まれた命令口調にそこはかとなく感じ入るものがあった事は内心に留める。あなたはフレンドと違い、至って一般的な嗜好の持ち主である。ゆえにこれは気の迷いであるだろう。
「いいから早くしてください」
わおん。
◆◆◆
「申し訳ありません。作戦は失敗です」
「いえ、あまりにリリアーナ様がお辛そうな表情をされるので心が痛み……私からデートではないと弁明してしまいました。だってあまりに残酷じゃないですか。あのクソ無職とリリアーナ様を仲違いさせるためとはいえ、偽の恋人役を演じるだなんて」
「あと私の精神衛生上、無理です。今も鳥肌立ってるんですよ。通話越しだと分からないですけど」
「ですので事前の計画通り」
「プランB……ボッコボコ大作戦の実行を進言します」
「はい、はい……では明日、規定の時間に。抜け駆けするクソ豚野郎に鉄槌を、ですね」
「承知しました――同志オルランド」
「……え? 握手くらいいーじゃないですか。頑張ったんですけど私。だったら他の同志が女装してやりゃよかったでしょう!? 紅一点だからって私に押し付けやがってこのクソやろ――」
To be continued
リリアーナを悲しませる無職とこの展開を考えた作者は腹を切ってお詫びいたします。