無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■決闘都市ギデオン
愛闘祭二日目。
あなたは張り切って早起きした。
時刻は朝の九時前。リリアーナとの待ち合わせは午前十時のため、一時間程度の余裕がある。
道すがら購入した<キングダム・ピープル・タイム>の号外、新聞にすっぱ抜かれたフィガロと扶桑月夜の熱愛報道に腹を抱えて笑い、昨日の出来事からして他人事じゃないなとあなたは自省した。
だが、よく考えてみれば、あなたは友人と祭りを回る約束をしただけでやましいところなどないのでは?
己の胸に手を当ててみたところ、ちょびっとばかし罪悪感が生まれたので、この命題はあなたの敗北だ。
今日のあなたは誠心誠意、真心を抱いて、失った信頼と好感度を取り戻す事に苦心せねばならない。
あなたがうっきうきで通りを歩いていると、進行方向を塞ぐように仁王立ちする一団と遭遇した。
「止まれ。頭のおかしい無職」
六人のリリファンであった。
近衛騎士団に似た白の全身甲冑を装備する五人の<マスター>。そして彼らの先頭に立つオル某。
いずれも剣呑な雰囲気を漂わせている。
あなたは思わず舌打ちした。
今日は彼らに付き合っている暇がない。
「貴様は状況を理解していないようだ。よろしい、今一度愚かな貴様に教えてやろう」
あなたが若干聞き飽きた口上をオル某は告げる。
「我々は<AETL連合>所属リリアーナファンクラブ!」
「一輪の華を愛でる者!」
「あわよくば手折りたいと望む者!」
「でも抜け駆けは許さない!」
「鉄の掟に叛いた者は?」
「「「粛清! 粛清! 粛清!」」」
「然りッ! 我々リリファン精鋭六名、これより卑しい抜け駆け豚野郎に制裁を加える!」
「「「異議なし!!」」」
整列、抜剣、構え。一糸乱れぬ動作。
普段と異なる雰囲気にあなたは困惑した。
君達いつもバラバラ好き勝手に攻撃してきてはあっさり殺されてるじゃん……どうしたの急に。
「……貴様は一線を超えた。触れてはならぬ逆鱗に触れたのだ。我々は異端者を決して許さない」
オル某は嫉妬の炎に燃えていた。
「こともあろうに貴様はリリアーナを愛闘祭に誘い! あ、あまつさえオーケーを貰い……一人勝ちして楽しいデートか? ドキキャハきゃっきゃうふふーでぱふぱふーで乳繰り合うつもりか!? 許せん許せん許せん! 断固として許すまじッ!」
「「「絶許! 絶許!」」」
兜の隙間から血涙を流し、慟哭に吼える甲冑騎士どもの地団駄は正視に耐えない光景であった。
「我々リリファン精鋭は! 今こそ一致団結し! 諸悪の根源たる貴様と“不屈”をボッコボコのギタンギタンにしてぶっ殺す! 覚悟しろォ!」
あなたは本気で困惑した。
どう考えても醜い嫉妬で八つ当たりじゃんね。
そういう理不尽は基本的にレイ・スターリングの役目なので、あなたのような善良で心優しい平和主義者を責めるのはよしてもらいたいものである。
あなたは野盗が嫌いだ。PKが嫌いだ。
理由は簡単。こういう時に邪魔だから。
あなたは天地由来の悍ましい殺意を漲らせた。
愛刀片手に突進。いつものように首を刎ね――
『――《
――る直前、あなたは急制動をかけた。
突如として生じる、周囲の違和感。
街のあちこちで聞こえる人々の悲鳴。
視点をずらした遠方の風景にある異物。
ギデオンの中心部に君臨する
嘘でしょ? “般若”いるの?
あなたは【狂王】という頭のおかしい就職条件を達成した<超級>の情報を多少は知っている。
レジェンダリアで悪質なカップル狩りと器物損壊で指名手配され、“監獄”行きになったやべーやつである。
刑期が明けてシャバに出てきた事は風の噂で耳にしていたが……なんでギデオンにいるの? カップル狩りが愛闘祭に? バカなの死ぬよ?(みんなが)
悲しいかな。あなたは知らない。
ハンニャはフィガロにホの字であることも。
今朝の熱愛報道でハンニャが般若したことも。
故に、あなたはハンニャの襲来と目の前のリリファンを結びつけて考えてしまう。
つまりカップルだと告げ口してあなたをMPKする算段だと誤解した。正確にはモンスターではないが、大体の<超級>なんて頭のおかしいモンスターか災害のようなものであるからして。
あなたはにげだした!
しかし《天死領域》からはにげられない!
空間シャッフルの逃走封じに加えて、<エンブリオ>の影響下にあるため自発ログアウトもできず。
<超級>に狙われて逃げられない状況は、あなたにかつての悪夢を思い出させるのに十分な窮地だ。
あなたは精神的に相当追い詰められた。
やめて、やめてよぅ……やめてってば……。
「む、好機。殺れ!」
頭を抱えたあなたを隙だらけと見て、リリファン五人が一斉に切り掛かる。
その速度は――超音速。
驚愕に目を見開き、あなたは対応が遅れる。
咄嗟に愛刀で一人目の剣を受け、二人目、三人目は身を捩る体捌きで回避。四人目は刀身の腹を足蹴にすることで連撃をかろうじて凌ぎきる。
だが、五人目。
リリアーナの姿をした敵があなたの虚を突いた。
「いけ、同志ペリノア――!」
あなたは左手で剣を受け止めた。
彼らリリファン精鋭に超級職はいない。あなたは日々の戦闘から、レベル五〇〇止まりだと知っている。
だから一撃なら耐えられると判断した。
あなたの判断は間違いではない。
事実、彼らは上級止まりのカンスト勢だ。
そして【聖騎士】ペリノアに致命打を与える力はない。彼女の【百妊裏器 ペルソナ】は、今見せたように本人の姿形を変えることができる程度の能力しか持たない……言ってしまえば“ハズレ”の<エンブリオ>。
武器攻撃のダメージなどたかが知れている。
直後、
より正確には【殿兵】の《ラスト・スタンド》発動によって、かろうじて命を繋いだ。
危機感を覚えたあなたは即座にリリファン全員と距離を取り、己を魔法で治療した。
当然だが、あなたは何が起きたか理解できない。
先程まで立っていた地点には破損した【ブローチ】が転がっており、確かにあなたは一度死んだと……殺されるだけの手傷を追わされたのだと分かる。
それだけだ。死の事実と、敵の脅威。
それ以外はまるで不明という危機的状況下で、あなたは知らず背中に冷や汗をかく。
「貴様は知らないようだから教えてやろう」
規則正しい軍靴の音を響かせて彼らは迫る。
「何故、我々がリリアーナファンクラブ“精鋭”と呼ばれているのか」
あなたの四方を塞いだ包囲網を形成する。
「たしかに私達は個々人で見れば取るに足らない雑兵に過ぎんさ。貴様ら凖<超級>や、あの【狂王】のような<超級>の足元にも及ばないだろう」
ゆっくりと長剣が掲げられる。
それはあなたの首を狙う死の鎌。
あなたに届く……六の致命刃。
「だが……集団戦なら話は別だ」
リリファン精鋭筆頭オルランドは。
「我々は――凖<超級>をも上回る」
彼らは……あなたを確かに殺し得る。
◆◆◆
■【聖騎士】オルランド
今のところプランBは順調だ。
リリアーナの周囲を飛び回る害虫は殺す。
愛闘祭にかこつけてデート? ふざけるな。
私だって誘えていないのだぞ卑怯者め。
我々のボッコボコ大作戦で制裁を加えてやろう。
想定外は【狂王】の存在だが、然程問題はない。
あれはカップルを殲滅する殺戮機械。
我々リリファンは女性一名こそ混ざっているが、私以外の面々は鎧兜で素顔を隠している。傍目には男性同士の小競り合いにしか見えない。単なる戦術的な装備がプラスアルファの利点をもたらしている。
空間の迷宮化も無意味。元より、我々の集団戦術は敵を包囲してフルボッコにするためのもの。
百メートル四方の範囲から移動することはないし、敵を動かせるつもりもない。
逆に【狂王】の騒ぎに気を取られて周囲はこちらに気を配る余裕がない。つまり街中のPKでも騒ぎの最中は見咎められる心配をしなくていいということだ。
さらに無職の顔色が明らかに悪い。<超級>にトラウマでも抱えているのだろうか? 好都合だ。
図らずも千載一遇の好機。
私は同志にハンドサインで指示を送る。
同志パロミデス、同志ピピンは前方。
同志プロスペローは左方、同志ポルトスが右方。
同志ペリノアを後方、無職の死角に配置。
私は逆五芒星の包囲を一歩下がって俯瞰する。
「総員、かかれ!」
私の号令で同志は無職に切り掛かる。
我々が使う長剣は刃渡からプロパティまで同一のオーダーメイド。間合いを確保しつつ、連携攻撃の際に味方を阻害しない絶妙な調整を施している。
一人が上段から垂直切りに。
左右に回避すれば二人目が横に薙ぎ。
跳躍した敵を、さらに上下左右の四方で攻める。
互いの立ち位置を把握、呼吸を合わせ、常に移動しながら味方を邪魔せず、敵を包囲して攻め続ける。
それは相手が動いた先に剣を置くことを徹底し、回避の隙間を潰していく、我々独自の集団剣術。
たとえ相手が二倍、三倍の速度を発揮しても。
人間が取れる行動自体は我々と大差ない。
ならば斬撃の組み合わせで回避パターンを誘導し、避けられないタイミングでトドメを刺すというもの。
極論、一太刀当てればいい。
それだけで決着がつくと、先程やつの【ブローチ】を破壊できた事からも証明されている。
「死ねェ!」
同志ピピンの剣が無職を腹を掠める。
次の瞬間、やつの
どうやら今回は【左腕部切断】を引いたらしい。
効果的な傷痍系状態異常だが二度は無意味だ。
以後、同志ピピンは牽制に専念してもらい、他のメンバーが攻撃する機会を増やす。
「…………」
無職は千切れた腕を無言で拾い、取り出した針と糸で……血管と神経を縫合? え、片手で?
医者系統のジョブスキルと回復魔法の連携で、部位欠損すら治してくるのかクソ無職めが……!
「同志オルランド!?」
「怯むな! 手を休めず攻め続けろ! 奴はダメージを受けている……無敵ではない、ならば勝てる!」
我々は多対一を想定した集団戦特化ビルド。
ジョブ、<エンブリオ>、装備、戦闘法。
すべて強敵を数の力で屠るための戦術だ。
無職が相手だろうと勝ち目はある。
「…………」
同志パロミデスの首、鎧の隙間に妖刀があてがわれる。
無職は回転の勢いを乗せて刃を引いた。
「…………?」
「効かァん!」
首刈りは不発。
同志パロミデスはHPを一ドットと減らすことなく、【頸部切断】にもならず、返しの一刀を見舞う。
無職の胸がわずかに切り裂かれて……すぐさま【猛毒】を浴びる。病毒系は【快癒万能霊薬】で対策されてしまうので、僅かな足止めにもならないが。
だがこれなら勝てる、勝てる!
無職は我々の耐性を突破できない!
やつが疲弊するまで戦い、状態異常を重ねて隙を作る。そうすれば同志ペリノアの攻撃で仕留められる!
我々は意識を高揚させて、
――無職の笑みに背筋が凍る。
「「「…………!?」」」
無職に威圧感などない。
デンドロのアバターはレベルアップに合わせて、自ずと強者としての格を持ち合わせていくが。
所詮はレベルゼロ、いやレベル一の無職。
【失業王】というジョブと<エンブリオ>のシナジーは脅威だが、それ以上の手札はない。
特典武具や装備も、あの妖刀以外は対処可能な範囲内。市街地では広域殲滅の嵐も呼べない。
だというのに。なぜ。
あの無職は笑顔で余裕を崩さない……!?
「頭おかしいんじゃないのか?」
「押しているのは我々だ。ですよね同志!」
「あ、ああ。そうだ……動きを止めた瞬間を狙え!」
次こそ、同志ペリノアの攻撃で終わりだ。
何かしでかす前に無職を仕留める。
同志達の長剣は重なり、無職を両断して。
我々は勝利を確信した。
「……いや、ダメです同志オルランド! これ幻で」
――《
いつの間に入れ替わっていたのか。
幻影をデコイに姿を消し、風景に溶け込む透明人間となった無職の声が、どこかから聞こえる。
乾いた拍手。パチパチとまばらな音。
魔法で反響させているのか、位置が掴めない。
なにかの液体を嚥下する音。
紙を破るような音。
そして……。
「――《スペリオル・インターン》、【
――頭のおかしい宣言が聞こえた。
・リリファン精鋭
詳細は次回。名前は覚えなくていいです。
どうしてもというならパピプペポと。