無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
くっころ女騎士
□■決闘都市ギデオン
デスペナルティが明けて、あなたはギデオン伯爵と面会していた。先日の件で関係者に詫びるためである。
執務室の壁際ではリリアーナが目玉型モンスターを呼び出していた。フランクリンから鹵獲した通信用モンスター【ブロードキャストアイ】は、王都にいるアルティミアの顔を宙に映し出す。
あなたは金子と菓子折りを包んで献上した。
この度はご迷惑をおかけしました、と。
『…………』
王女殿下、無言。
やっべ。激おこぷんぷん丸だよ。
今回の騒動で王国側に被害は出ていない。
あなたが標的レイ・スターリング以外の民間人を巻き込む事をよしとしなかったからである。余罪で指名手配を受けたら笑えないんだわ。
とはいえ、民衆は不安を煽られたろう。
いくらあなたが大闘技場を貸切にしても。
事前にティアンを避難させたとしても。
皇国の【大教授】と【魔将軍】による二度の侵攻。
直近の事件があなたの立場を悪化させる。
おのれ<超級>許すまじ。あなたは殺意が漲った。
なお、一時的に皇国所属となっていた自分の瑕疵は棚上げするものとする。
やった事はPK、<マスター>同士の小競り合いなので無罪放免……とはいかぬ。
王国の法典や判例、<マスター>の処罰事例を読み込んだあなたは、厳密に追求されると脅迫やらの罪を立証されてしまう恐れがあると理解している。
ゆえに、あなたは下手に出た。
えっへっへ。く、靴でも舐めましょうか。
『できるものならやってみせなさい。ギデオンと王都の距離を考えていて?』
そう言われてしまうと選択肢がない。
あなたはミスティコとクラーゲン、どちらを使って実行するか数秒ほど思考を巡らせた。
「やらせませんよ!?」
怒られた。解せぬ。
あなたは指示に従っただけなのに。
じゃあ代わりにリリアーナの靴を舐めます。
「ちょ、やめてください汚いです!」
あなたの心は傷ついた。
たしかに唾液は不衛生だが、そこまで拒絶することないじゃんね。後で綺麗に磨くに決まっている。
「いえそうですが、そうではなく! 脚甲に土汚れがついているという話で……」
汚いかどうかは関係がない。
これは謝罪と誠意を示すための行動であり、屈辱を記憶に刻むためであり、今後同じような事をする場合はより入念な根回しを怠らないためである。
ちなみに、あなたの趣味嗜好ではないので安心してほしい。単純にあなたは辱めを甘んじて受ける覚悟だ。
そもリリアーナに汚い箇所があろうか。
装備品はもちろん、髪も肌も、日々の手入れが行き届いており美しい。逆にあなたが触れて穢してしまう許可をいただきたいものである。
「触れ……、っ!」
なぜかリリアーナの頬が紅潮した。
首から顔に手を添えて、横髪をいじり出す。
目線は左に泳いでいた。何かを思い出して恥ずかしがっているようにも見える。
『殺すわよ無職』
謂れのない殺害予告。
遠く離れた王都からの殺気があなたを襲う。
誠に遺憾である。今あなたが何かしただろうか。
閑話休題。
咳払いをして、アルティミアは本題に入る。
『王国としてアナタの罪を問うつもりはないわ。これはギデオン伯爵と協議の上で決めた事よ』
「はい。我々ギデオンはあなたに恩があります。先日の一件で人的・物的損失は皆無でしたので、過去の功績を踏まえて、私から殿下に進言しました」
ギデオン伯爵の厚意にあなたは感極まる。
無罪放免を得て高らかにガッツポーズ。
やったねダーリン。明日はホームランよ!
マーベラス、実にマーベラスだ。やはり持つべきものは有力ティアンとのコネクションである。
「なによりです」
沙汰を聞いたリリアーナも胸を撫で下ろす。
心配してくれていたのだろうか。
「いえ。自棄になったあなたが今度こそ暴れたら、誰が止めるのだろうと考えていたので……」
「『…………』」
「どうしてお二人とも私を見るんですか!?」
リリアーナの厚い信頼に涙が止まらない。
『ただし。今後も同じ事が続くようなら扱いを考えさせてもらうから。……ああ、謝罪の証は受け取るわね。騒ぎの後始末でギデオン伯爵はお疲れのようだし。私も貴族との折衝が山積みで……講和会議直前で忙しいのに、仕事が増えると大変よね』
通信越しで分かるほどアルティミアの疲労は色濃い。
やはり王国上層部は深刻な人手不足のようだ。
あなたは過酷な労働環境でお仕事を全うする王侯貴族に敬意を抱いてやる気が漲った。
つまりお仕事であるな。依頼さえあれば書類仕事でも何でもあなたはこなしてみせるものを。
『誰のせいだと……あと仕事は頼まないわよ』
まあまあ、そう固くならずに。
あなたは一肌脱いでみせる用意がある。
まあ既に装備は脱いで水着姿なのだが。
「……いつ指摘するか迷っていたのですが……なぜ、水着に?」
なぜリリアーナが疑問を抱いたのか。
それこそあなたは理解不能である。
先程までのあなたは被告人。あるいはまな板の上の鯉。国家権力の裁きを待つばかりであった。
武装解除して大人しくするのは常識である。
警備の兵士はボディチェックするまでもないと一発で通行許可を出してくれたのだ。TPOは大事。
「『服を
ご婦人にお見苦しい姿を見せ続けるのも、ね。
したり顔で着替える間にギデオン伯爵は退出し、なぜかあなたはそのまま残される。
話す内容は話した。他に用事があるのだろうか。
『不思議そうね。質問があるならどうぞ』
お言葉に甘えて、あなたは口を開いた。
見返りに
リリアーナはぎょっと目を見開いて主人を見やり、アルティミアは冷静に『どうして?』と先を促す。
先の【狂王】ハンニャを例に挙げよう。
規模感は異なるが、騒動を起こした<超級>という共通点が彼女とあなたにある。
前者は個人的な恋愛トラブルの切った張った、後者は至極真っ当で勤勉なお仕事という違いこそあれど。
裏を返せばハンニャのような<超級>でも抱え込みたいと王国は考えているわけである。
<超級>は特記戦力だ。
あなたを除いて、彼らは大なり小なり頭がおかしい。
だからこそ問題は多いがメリットも莫大だ。
例えば敵国の<超級>への対抗策であったり。
単純な抑止力や収入源としても期待できる。
言ってはなんだが、最近まで王国は落ち目だった。
皇国との情勢が不穏な中でぽっと湧いたあなた。
依頼主を尊重する有能な<超級>が目の前に。
無罪放免と引き換えに国家所属を迫るくらいのお政治仕草は十分あり得ると考えたまで。
『概ね間違ってはいないわね』
含みを込めてアルティミアは頷いた。
言語化するなら「【狂王】と無職のどちらがまともかは議論の余地があるけれど。普段の彼女は話が通じる相手のようだし。仕事なら見境ない無職の方が危険度は上の可能性も……」といった具合である。
『打診したら引き受けてくれるのかしら』
いいや?
『その理由は?』
一国に所属すると他国での活動に支障が出る。
あなたは多くのジョブに就くことを目的としている。
正確には様々なお仕事を体験することを。
<超級>になっても行動原理は変わらない。
いつか自分の可能性が見つかると信じて。
ありのままの自分で邁進するのみである。
『うちにはリリアーナがいるけれど』
…………。
…………。
…………。
……所属はしない。
あなたは鋼の意志を発動した。
『まあ、そうでしょうね。こちらとしても無理強いはしないわ。非協力的になられても困るから』
アルティミアはあなたの回答を受け入れた。
同時にリリアーナに何事か目配せする。
◇◆
(押せばいけるわ。手玉に取りなさい)
(殿下ぁ!? 正気ですか殿下!)
(今の王国に問題児の後始末をする余力はないの。無職が国家所属にでもなって、他国で好き勝手に暴れられてごらんなさい。四方八方から非難が飛んでくるわよ)
(それはそうですけど! なら最初から勧誘の話題を出す必要ありましたか!?)
(戦力が欲しいのは事実だもの。フリーの<超級>、浮動の人材は確保したい。だから相手の立場を明確にしないといけないわ)
(協力関係を結べるなら形式は問わないと?)
(仕事は頼めるのでしょう。同じ事は他国にも言えるけれど、そこは王国が不利益を受けないよう事前に【契約書】を交わすしかないわね。王国の<マスター>が動けない状況で依頼できる伝手はあって損はない。この無職が無所属なら――私たちで責任を負う必要がないのよ)
トカゲの尻尾切り。あるいは派遣切り。
無職が二人のやり取りを知れば、そんな言葉を思い浮かべる事でしょう。
今日も世界は無職と非正規雇用に優しくない。
(幸いリリアーナは気に入られているようだから、上手いこと機嫌を取って関係を繋いでちょうだい。これは王国の存亡に関わる非常に重要な任務よ)
(そんなご無体な!? だ、第一! 私が気に入られているとかそういうのありませんからね! あの人は誰に対しても気安いですし、簡単に調子のいい事を言いますし、何を考えているのかよく分からないのにこっちを褒める時だけは直球で、どうしようもないのに肝心な時だけは凄い人ですけど!)
(ええ、そうね。流石だわ。その調子で引き続きよろしくお願いするわね)
(違います!!)
(あと、もし手を出されそうになった時は全力で抵抗しなさい。私が【アルター】で斬るから)
(手を……な、ないですあれは気のせいですから!)
(
(殿下、ご勘弁ください殿下ー!?)
◇◆
あなたは固まるリリアーナをつついた。
おーい、もしもーし。
「くっ、殺しますよ!?」
どうして。あなたは二人の世界に入らないでほしいと言いたいだけなのに。
あまり強い言葉を使うなよ。泣くぞ。
「あ……失礼しました。つい」
つい、で殺されたら官憲も大変である。
あなたは<マスター>なので不死身だが。
修羅のように気軽に殺害予告しないでほしい。
あなたは天地での記憶を思い出して殺伐とした。
いつまで経っても、あの国で過ごした思い出はあなたを苛んで止まない。
『アナタの考えは分かったわ。特定の国家には所属しない……皇国には一時籍を置いていたそうだけれど』
致し方のない措置であった。
フィガロとカシミヤがいなければ、あなたは王国の決闘王者を目指した事だろう。
あの首狩り兎はジャンルが違いすぎる。あなたのフレンドと別ベクトルで頭がおかしい。
ともあれ。あなたは軌道修正に入る。
なにやら話があるようだが。お仕事か?
『講和会議があるでしょう』
旧ルニングス領で開催される、王国と皇国の未来を決める話し合いの事はあなたも耳に挟んでいた。
両国のトップが会談する場に護衛の<マスター>を引き連れていくのだとか云々。皇国側の護衛は“物理最強”と【魔将軍】が選ばれていたと記憶している。
やはりお仕事だ。あなたはピンときた。
アルティミアは最も新しい<超級>にして常識人のあなたを護衛として雇うつもりに違いない。
『アナタは王都で待機してほしいのよ』
あなたはずっこけた。
痛みを堪えて立ち上がり、どういう意味か、事と次第によっては報酬を下げねばならないと告げた。
「下げるんですね」
待機命令は一つのお仕事だが、通常業務と同じ金額をもらうわけにはいかない。常識である。
『王国所属でないアナタを会議に連れて行ったら顰蹙ものだわ(何をしでかすか分からないし)。王都を空けるから留守をお願いしたいのよ(国内ならまだ自分の裁量でどうにかできるから)』
アルティミアの言は至極もっともである。
あなたは説明に感謝した。
ただ、既に先約がある。
「『は?』」
あなたは講和会議に王国側として参加する。
護衛のお仕事を請け負っているからだ。
なのでアルティミアの依頼は受注できない。
実に口惜しい限りだ。あなたが二人いれば……。
『……待ちなさい。誰の依頼で?
契約の禁則事項に抵触する。
ゆえに説明は不可能である。
「王国の人間ではないのですか?」
禁則事項です。
『いつ依頼を受けたの?』
禁則事項です。
『まさかカルディナからの干渉?』
禁則事項です。
『答えなさいこの無職ッ!』
禁則事項なんです。
あなたは申し訳ない感情に満たされる。
話せないものは話せないのだ。
なぜなら守秘義務まで込みのお仕事だから。
肝心の【契約書】は相手が保管しているので、あなたは手も足も出せなかったりする。ダルマ。
ただ……依頼を受けた事は開示できる。
ここでアルティミアに伝えたのは、あなたの王国に対する誠意と思ってもらって構わない。
現状、今回の依頼で王国に害を及ぼす事はない。少なくともあなた個人はそうだと保証する。
『これがフリーの<超級>と付き合うという事なのね』
ご不便をおかけする。あなたは頭を下げた。
何卒ご理解くださいますよう。
『まあいいわ。よくないけれど、全然問題があるけれど、ひとまず置いておきましょう。集合場所と時間は後で共有するから、少し待っていて。予定がないなら先行組に入ってもらうけどいい?』
護衛は先に現地入りするメンバーと、アルティミアに同行する後発組に分かれているらしい。
あなたは後発組を希望した。
これから別の用事があり、先発組の集合時間に間に合うか定かではないからだ。
『……まあ、いいわ。ちなみに用事って?』
「イベント……?」
あなたは日課のガチャで引いた参加権を取り出す。
運営イベントは毎回始まるまで詳細不明なので、時間がどれくらいかかるか分からない。
だが、流石にデンドロ時間で五〜六日ほどあれば大丈夫だろう。流石の運営も講和会議とイベントの日程を被せるほど愚かではないはずだ。
『リリアーナ』
「はい殿下」
『あとはお願い。何かあったらよろしくね』
「丸投げしないでください!?」
爆弾を放置して、舞台はイベントへ――!