無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■イベント待機エリア
運営主催イベントの開始時刻。
ログインボーナスを回収したあなたは、定刻と同時に無機質な白い空間へ転送された。
空間転移の浮遊感が記憶を刺激する。
そう、あれはデンドロを初めて間もない頃。
レジェンダリアの森に潜むモンスターの討伐依頼を受けて、意気揚々と向かったあの日。
あなたは神話の怪物と<アクシデント・サークル>に巻き込まれて修羅の国に飛ばされたのだ。
懐の小瓶に思わず悪態を吐いた。
全ての元凶はこいつなのである。
次々と現れる<マスター>の中には古巣にして魔窟……天地や、黄河の装備を身につける者も多い。
一応あなたは天地のお尋ね者なので、できる限り気配を薄めて目立たないようにした。愛刀はアイテムボックスに格納している。修羅が見れば一発で気取られるので。
他はレジェンダリアやカルディナ所属の参加者が多いようだ。逆に王国や皇国の有力者はあまり見受けられない。容姿を偽装していたり、あなたが顔を覚えていないだけの可能性はある。
正解は講和会議直前で遊んでいる暇がないから。
あなたの豪胆さを世界は賞賛すべきである。
お仕事の直前に慌てて準備をするのは二流。真の一流は如何なる時もお仕事に対応する。
ただ、バーベナはいた。
囲いの中心で猫をかぶっている。
あいも変わらず取り巻きに媚びる男である。
あなたはいそいそとヒモを取り出すが、些か人目を引くため今回は簀巻きを断念する。
あなたは空気を読める遊戯派だ。VRMMOのイベントはお互いに楽しめばよかろうもん。
先輩MMOプレイヤーはクールに去るぜ。
「グハハハハ! 見つけたぞ職の民ィ!」
あなたは肩を掴まれた。
やかましい大声は非常に目立つ。
非難と抗議の意味を込めて誰かの手を振り払う。
しかし予想はついていた。特徴的な呼称であなたに絡む<マスター>は一人だけだ。
あなたは知人に挨拶した。
「こちらでは久しいな。だが、まるで変わっておらん」
装飾品で着飾る石油王染みたこの男。
通称エスト。あなたのフレンドだ。
「王国でもふざけた真似をしでかしていると聞いたぞ……貴様、また特典武具を手に入れたか?」
エストは鼻をひくつくかせた。
両の目玉はあなたの懐をしかと捉える。
どうして隠し持つアイテムボックスの位置を把握されたのか、あなたはまるで理解が及ばない。
ジョブや<エンブリオ>のスキルでもないのに。
リアルスキル? なおさらふざけてるだろ。
「フッ、貴様と俺の間柄で隠し事は不可能と心得よ。……他にも色々と溜め込んでいるな面白い。ぜひとも見聞したいところだ。よい、疾く見せよ」
ピンポンパンポーンと間の抜けた電子音。
雑談の時間は終わりのようである。
あなたはエストを無視して前方を向く。
『只今をもって、ログイン中の参加者の転送が完了いたしましたー。これにてイベントの参加を締め切らせていただきまーす』
ケモノはいてもノケモノはいない。
管理AI13号チェシャのアナウンスだ。
あなたは通常会う機会の少ないチェシャの普段着姿に、記念のスクリーンショットを撮影する。
同時に隣からシャッター音が聞こえた。
「愛いな。この俺が記録するに値する」
何言ってんだこいつは。
『皆様、ようこそいらっしゃいましたー。それでは本日のイベント<ハイド・アンド・ハント>のルール説明をしていくよー』
チェシャの合図で空中にホログラムが浮かぶ。
四方に開けた陸地がリアルタイムで映る。
平野があり、森があり、荒廃した遺跡が点在する。
起伏のある岩場や、一瞬だが広大な湖も確認できた。
『こちら、今回のイベントエリアですー。結界で囲まれた範囲の外にはいけないから注意してねー』
今回のマップはインスタンス。
オープンワールドとは異なり、参加者は一時的な専用エリアに隔離される形なのだろう。
あなたはマップの座標特定を諦めた。
各地を旅したあなたは風景や植生でおおよその位置を把握できる自信があったが、イベントのために作られたエリアなら考察は無意味である。
『イベントエリアの各地には、たくさんの“僕”が隠れていまーす』
映像が切り替わり、自然を謳歌する手のひらサイズのチェシャ……ミニチェシャが表示される。
『制限時間内に、より多くの僕を探し出して捕まえる事が今回のクリア条件ですー』
つまり迷子の子猫を探すゲームだ。
ポイント式の競走型、参加者同士の対立を避けられる内容にあなたは安堵した。
天地の修羅とやり合うのはごめんである。
『小さな僕は草むらに隠れていたり、徘徊するモンスターに捕まっていたり、宝箱の中にはいっていたり、とにかく色んな場所にいるからねー。みんな頑張って探してみてくださーい』
宝箱という単語に隣の男が反応する。
もちろんあなたも同様に期待が高まる。
迷子探しのお仕事に、臨時報酬まで。
今日の運営はなかなか太っ腹であるな。
『ちなみにー。捕まった僕はアイテムボックスや【ジュエル】に仕舞えないよー。逃げ出したり、他の人に奪われないよう、しっかり見張っていてねー。目を離したら、その隙に
おい待て。他人のポイントを奪えると?
ミニチェシャを探すだけでいいじゃんね。
あなたは悲しみの殺意が漲った。
さながら
相違点は鬼もまた狩られる運命にあること。
すなわち『逃げて隠れて追って狩る』ルール。
『デスペナルティは通常と同様で二十四時間のログイン制限がかかるから注意ー。アイテムのランダムドロップは、イベント終了時に誰にも拾われていなければ持ち主に返却するよー』
なぜPVPを推奨する要素を入れたのか。
あなたは甚だ疑問である。
じゃあデスペナ制限を撤廃しろ運営。
あなたは進行役のチェシャにヤジを飛ばした。
戦争前なのに油を売っていていいんですか?
王国の決闘ランカーとしてのお仕事はどうした。
『……何も聞こえないな〜♪』
チェシャはあなたを一瞥してしらを切った。
続けて残りのルールを補足していく。
【救命のブローチ】は使用不可である。
イベント開始時のスタート地点はランダム。
スタート時点は他の参加者と一定以上の間隔に離れた場所へ転送されること。
『上位十名には豪華景品がありますのでー』
腕を振るってお楽しみください、と。
チェシャは礼儀正しく頭を下げた。
『それでは、転送始めるよー』
直後、あなたの視界は白く染まった。
◇◆◇
「司会進行役ありがとねチェシャ〜」
「子猫の役割も引き受けてくれるとは」
「トゥイードルダム、トゥイードルディー……たしかにこれは僕向きの仕事だからいいんだけどー。来週の<アニバーサリー>の予行練習みたいな感じもあるけどー」
「ああ。そちらの企画は任せる」
「張り切って準備してるもんね〜」
「それより、いつも通りチケットの配布基準は二人にお願いしてたけど……どうしてあの無職がいるのー? メインの目的は……」
「<超級エンブリオ>への進化。承知している」
「今回も〜、有力な第六形態の<エンブリオ>を持つ<マスター>を集めたの〜」
「だとしたら、<超級>を参加させる事に意味はあるのかなー?」
「そうとも言えない」
「?」
「確かにこの手のイベントで第七形態に進化した事例は少ない」
「でもね〜、今回の人選は……あの<マスター>の知り合いを集めてみたの〜」
「よくも悪くも<超級>が周囲に与える影響は大きい。特にあの<マスター>はそれが顕著だ」
「昔の友達が<超級>になってる、びっくり〜! ってなったら進化する子が出てくるかも〜?」
「でも、彼(?)が活躍して終わっちゃうよー」
「「……」」
「え、なにその沈黙」
「始まれば分かる」
「わくわくドキドキ〜」
「(……まぁ大丈夫かな。今回のエリアはキャタピラーとレドキングに協力してもらった隔離空間だし)」
◇◆◇
■イベントエリア北部
鬱蒼と茂る森に転送された<マスター>がいる。
前掛けをつけたあどけない風貌の幼女。
そして一糸纏わず肌を晒した褐色の巨女。
彼女達はお互いを目視して……笑った。
「思ったよりすぐに会えたのよ」
「ん」
敵意はない。
二人は知人で同じクランのメンバーゆえに。
戦闘を推奨するルールなら話は異なるが、今回のイベントは大別すると協力型。味方は多い方がいい。
「レオナちゃん。いつも思うけど、その格好寒くないかしら? 風邪をひいたら大変よ」
「へいき」
もし仮に戦闘になった場合も……巨女は、目の前の温厚な幼女だけは敵に回したくないと考えていた。
「ぼうぐ、いらない」
「じゃあお洋服を作ってあげるわね。裸だと木の枝でひっかいちゃうかもしれないのよ」
「……でも」
「せっかくだからかわいいのにしましょう! そうね〜、レオナちゃんには赤が似合うのよ!」
「…………ん」
巨女に装備品は無意味だ。
ある程度のステータスを持つ<マスター>は風邪をひかないし、衣服はむしろ彼女の戦闘を阻害するため、幼女の気遣いは的外れだった。
しかし巨女はあまり口数が多い性質ではない。
幼女も人の話を聞くタイプではない。
結果、『上手く説明できないし断るのも悪いかな』と諦めてしまう程度に巨女は善人で押しに弱かった。
「ねこ、さがす」
「それじゃあママはここで待っているのよ。レオナちゃん、気をつけて行ってらっしゃい」
幼女を置いて、巨女は探索を開始する。
彼女達は悪党。カルディナの準<超級>。
“破壊獅子”【
“敬蔑慈母”【
共に<テン・コマンドメンツ>の一員である。
◇◆◇
■イベントエリア南部
「うーわ。なんやこれちまっこいわ」
遺跡を探索する<マスター>がいた。
長い髪を一つに結んだ糸目の女性。
武装した巫女装束を連想する軽装備で、腰帯には装飾の勾玉を吊るしていた。
その手にミニチェシャをつまんで、あまりにも小さいサイズである事に頭を抱えている。
「目ん玉かっぽじらんと見えへんやんけ。こら探すのも地面這いつくばっての一苦労や」
彼女は自分が得意とする範囲攻撃で、ミニチェシャを巻き込むリスクを恐れた。そこかしこに隠れているのだとしたら操作を誤って潰しかねないと。
「……集めた奴から奪うのが早ない?」
ノータイム、イエス略奪。
イベントだからこその後先を考えない思考。
彼女はわりと手段を選ばない遊戯派だった。
「ええやんええやん! イベント報酬、がっぽり稼がせてもらうでぇ!」
彼女は修羅。天地の準<超級>。
“石腕”【
いやに俗物的な暴力巫女であった。
◇◆◇
■イベントエリア西部
バーベナは岩場に腰掛けていた。
ここまで誰とも遭遇せず、歩き疲れたからだ。
「うへぇ。マップ広すぎない?」
周囲にはひとっこ一人見当たらない。
ミニチェシャを入手できる小イベントや目ぼしいオブジェクトなども存在しない。
バーベナは取得していないが、索敵系スキルを使えばモンスターの気配すら反応がないと分かるだろう。
「くそう……どっかに使えそうな参加者いないかなー。チャリオッツ系列いいよね。足の代わりになるし」
あわよくば実力者のおこぼれに預かりたい。
最低限の労力で最高の結果を。
できる限りスピーディに手っ取り早く。
単純さを突き詰めると、バーベナは容姿を利用して媚びるという選択肢が最後に残る。
所詮はイベントなのだ。
協力プレイはゲームの醍醐味じゃん。
「まだ特典武具の慣らしが終わってないからな。難しいんだよねーあれ。一歩間違えると終わりだし」
闘技場の結界に何度染みを作ったことか。
無職は日々の鍛錬しかないとほざいた。
しかし練習してできるなら苦労はない。
もっと裏ワザ的な手段を期待していたバーベナは期待を裏切られて、早々に弱音を吐いた。
結果はバーベナの死因が増えただけであった。
「まあでも、高速砂嵐だけでも十分だし? 無理に前に出なくてもバベちんさいきょー!」
バーベナは調子に乗っていた。
無職が相手でも、自分の<エンブリオ>とジョブのコンボなら負けない……最低でも逃げ切れると。
タキオンと【黄砂術師】の組み合わせを考えた本人は対抗策を用意しているのだが。当然である。
「ん? なんだろあれ」
前方に積み上がったアイテムの山。
バーベナは興味本位で近づいた。
「うわすっごい! レアアイテムが落ちてるー! こっちにも? そっちにも! 一財産じゃん!」
宝の山に興奮する彼は気付かない。
周辺エリアに人気がない理由を。
その一財産の持ち主がどうなったかを。
バーベナにとって幸いだったのは……下手人が、既に付近から立ち去っていた事である。
「あ、ミニチェシャ。ひい、ふう……
手のひらサイズの子猫が彼を見上げている。
岩場に転送された<マスター>がこぞって集めたポイントはノータッチで残されていた。
「ラッキー。いただきまー……」
そして、彼に取っての不幸は。
『『『ぶにゃあー』』』
「は? え、ちょっ、ぎゃああああああ!?」
◇◆◇
■イベントエリア東部
湖畔を散策する<マスター>がいた。
青い着流しの青年と、同じく青いドレスの少女。
二人は手を繋いであてもなく彷徨っている。
「ねえマスター君」
「どうしたマナ。トイレか?」
「違うけど!? 言うに事欠いてレディにトイレはデリカシーなさすぎるよ!」
「そうか。すまん」
青年は何が悪かったかを思案して、
「<エンブリオ>はトイレに行かないんだったか」
「いきま……いや他の子は知らないけど! そういう問題じゃないんだよマスター君のおバカ!」
少女は青年の坊主頭を思い切りはたいた。
心地よい音が澄み渡った空気に響く。
「もう本当にどうしようもないんだからっ」
「……すまん」
「何が悪いか分かってないのに反射で謝られても嬉しくないからね。君はもう少し乙女心を学ぶべきだよ」
「悪い。だが、ありがとうマナ。欠点を即座に指摘してくれるのは非常に助かる。流石は俺の相棒だ」
「え、ええー? やだなあ、どうしたのマスター君。お世辞を言われても何もでないよう」
「世辞じゃない。本当にマナがいてくれて助かっている。俺一人では女性の心理というものにまで気が至らないからな……いや待て。<エンブリオ>と<マスター>が一心同体なら、マナの言葉はすなわち俺の言葉ということにならないか……?」
「何を『世紀の大発見だ』みたいな顔をしてるのかな? 私は君から生まれたけど思考は別物だよ。マスター君が女の子に配慮できるわけないでしょ」
「お前は俺の何を知っているんだ……」
「生まれてからこれまでの全部」
ど正論に青年は口を閉ざすしかない。
経験を共有して会話できる<エンブリオ>とは難儀なものである。大半の人間は喜ぶであろうが。
「そんな事よりさ」
「そんな事!? おい待て聞き捨てならんぞ」
「マスター君。とりあえず目についた参加者を斬りまくってるけど作戦はあるの?」
「マナ、そんな事ってなんだよ」
「はいはいすごいすごい。で、どうなの」
少女の問いかけに青年は再び思案する。
「……とりあえず全員倒せば勝てるだろ」
「うーわ脳筋」
「違うぞ。しっかり考えている。今回のイベント、多分ミニチェシャの総数は有限だ。最終的に限られたパイを参加者で奪い合う必要がある。どうせ最後には戦うんだ。先に倒しておいた方が楽をできる」
「その割にミニチェシャ回収してないよね」
「……」
おおかた普段の癖だろう、と少女は予想した。
青年が日頃から駆けている主戦場では戦利品を一々拾い集めている余裕がない。ドロップは戦闘が終わった最後にサルベージするものである。
「ま、いいよ。付き合ったげる。次はどこに行く? 来た道を戻るけど、私のオススメは西」
「分かった。じゃあ左だな」
「なんで!? 方向逆だよ!」
彼は修羅。天地の猛者。
“柳水”の
四大大名が東青殿家傘下、青海波家の客分。
幼く見える少女を連れた海賊狩り。
彼もまた、頭のおかしい