無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

56 / 102
横綱相撲

 □■イベントエリア北部

 

 あなたはミニチェシャ集めに励んでいた。

 勘所を抑えたなら、子猫探しは簡単だ。

 古のRPGを嗜むあなたは意味ありげなオブジェクトや、明らかに何かある袋小路を見逃さない。

 

 加えて、エストという歩くお宝探知機の存在。

 盗賊系統のジョブスキルを使うでもなく、あなたのサーチ以上の精度を誇る嗅覚には心底脱帽である。

 あなたは内心密かに彼の特殊なリアルスキルをレミラ◯マと呼んでいる。

 

「しめて五匹か。中々悪くない」

 

 おまけで入手した宝箱とアイテムを物色するエストは今回の収穫をこのように評した。

 

 さぞ働いた感を醸し出しているが、実際の肉体労働はあなた負担100%であったりする。

 

 ミニチェシャを焚き火にくべて『今夜は焼肉!』という一家団欒ハートフルなモンスターを虐殺、子猫を救出したのはあなたである。

 

 蜘蛛の巣に捕まった子猫を助けるべく、火と道具と人類の叡智を用いて文明開化したのもあなたである。

 

 財宝に目が眩んでミミックに食われた箱入り息子ことエストの尻拭いをしたのは当然あなたである。

 鍛え上げたピッキングスキルが火を吹くぜ。

 

「怪しい求人に釣られて罠に嵌った貴様に言われる筋合いはないわ。なんだ三毛チェシャの雌雄を見極めるバイトとは? 阿呆め、冷静に考えてあり得んだろう」

 

 エストはまるで理解していない。

 需要があるところにお仕事は生まれる。

 物欲野郎と同列に語らないでほしいものだ。

 

「フッ、笑えん冗句よ」

 

 せせら笑う顔面にあなたが報復をお見舞いするより早く、エストはアイテムボックスを放り投げる。

 

「宝箱に貴様の所持品がいくらか混ざっていた。盗まれたアイテムだが、似た形式でイベントエリア内に散らばっているのだろう。検分しておけ」

 

 中身は消耗品の類がほとんどだ。

 盗品が一部でも戻ってきた事をあなたは喜ぶ。

 しかしどれも店売り、あるいは狩りで入手可能なアイテムばかり。言ってしまえば換えが効く。

 愛刀や特典武具など、一点物の貴重品はまるで影も形もない。嗚呼いずこなりや我が資産。

 

 あなたは久方ぶりの喪失感を味わう。

 野盗・PKの被害を思い出すでござるな。

 修羅の仕草が脳裏によぎり、あなたは殺意が漲った。

 ドロップアイテムは金で買えないのである。

 

「さて……子猫は如何にする? 職の民の話を真に受けるなら、何匹も連れて歩くのは危険であろう」

 

 ミニチェシャは八匹集まると合体する。

 特殊イベントのトリガーであり、イベント発生後、集めた子猫ことイベントポイントは失われる。

 つまり連れて歩ける上限は七匹。アクシデントに備えるなら、さらに一〜二匹少なめに見積もるが吉だ。

 

「アイテムボックスや【ジュエル】に格納できないというのが小憎たらしい縛りよ。必然、参加者同士のポイント争奪戦は停滞する事になるが」

 

 否。それはない。

 あなたはエストの杞憂、あるいは淡い希望を粉々に打ち砕いて破壊する。

 

 あなたは作業台を設置した。

 

 続けて、手持ちの素材で斧を作成。

 周囲の木を伐採して木材を採取する。

 

 集めた木材を作業台で加工して、はい完成。

 あなたは木の柵を量産した。

 

「ん?」

 

 あなたは鼻歌まじりに木の柵を並べる。

 最後にリード紐で繋いだミニチェシャを柵の中に放牧すれば、あら不思議。

 簡易ながら実用に耐える牧場の出来上がり。

 

「グハハハハハ! 職の民貴様ァ! 一人だけ別のゲームを始めよって、俺を笑い殺す気か!?」

 

 愉快愉快と喝采するエストには好評だ。

 あなたはスキルで隠蔽の仕上げを施すと、考えられる可能性を暫定パーティメンバーに共有する。

 

 あなたと同じ事を考える参加者は多いと思われる。

 集めたミニチェシャを複数箇所に隠して。

 他の参加者と隠し場所を襲撃・妨害しつつ。

 自分の隠し場所を守れるだけ守るという攻略法を。

 

「略奪と守護、両立できぬ民も多かろう。大半の戦闘職は前者を選ぶしかあるまい。貴様のような例外ぐらいよ……ああ、あとはその方面に長けている<エンブリオ>やジョブの持ち主だな。となると」

 

 キャッスル系列の<エンブリオ>。

 そして生産系のジョブ。特に拠点制作や配下の用意ができるタイプに警戒する必要がある。

 

「ふむ……その手の連中は、常日頃から実力を発揮できる者ばかりではない。即ち無名の者も多いという事だ。思わぬ伏兵に足を掬われるやもしれん」

 

 そういうこった。

 あなたの言いたい事は全てエストが代弁した。

 

「献策、褒めてつかわす」

 

 へへー。

 

「たった二人で拠点の防衛は困難。ならばエリア全体を回って敵を襲撃しつつ、集めた子猫を複数の地点にばらけさせるが上策だな……」

 

 さて、話の途中で悪いが敵襲だ。

 

 あなたは思考に耽るエストを掴んで飛び退いた。

 

 直後、草むらから野生のアマゾネスが飛び出す。

 その拳はあなたが丹精込めて築いた牧場を木っ端微塵に粉砕し、囚われの子猫は散り散りに逃げ出した。

 

 嗚呼なんということでしょう。

 あなたの牧場物語は終わりを告げた。

 

 固定資産を破壊した【裸王】レオナは、己の蛮行に反省の色なく、しかして子猫を追う素振りもない。

 

「なッ、貴様は裸の民!? どういうことだ? あれだけ状態異常を受けてなぜ動ける!」

 

 エストの動揺もやむなしであろう。

 レオナに伏せ札はなかった。確実に致命状態異常で行動不能に陥った。そのはずである。

 同様に驚愕しつつ、あなたはひとつの心当たりを思い浮かべた。まさか。いやあるいは、と。

 

 あり得ない話だった。そのはずであった。

 

 あなたがクラン<テン・コマンドメンツ>の特別顧問として働いていた際、レオナはまるで獣のような精神構造を振り回す赤子だった。

 

 日々の食事は狩猟で賄うもの。

 まさに弱肉強食。力こそ全て。

 性格こそ温厚のまま変わらないが、己より弱い者に従う道理があるかと、野生の誇りを抱いていた。

 

 文明の発展著しい現世で、いったいどのような未開の土地で育てば、彼女のような野蛮人が生まれるのか……あなたは教えを授ける最中、何度も常識を疑い、実力行使するほかない己の未熟さを恥じた。

 

「むしょく、いってた」

 

 ゆえに、あなたが授けたのは単純な力。

 素手ビルドをベースにした全裸ビルド。

 【裸王】を軸に、上級職は【強力士】と【硬拳士】を添えた耐久力=パワーとなる脳筋ジョブプランである。

 

「けんこう、だいじ。おしごと、もっとだいじ」

 

 だがしかし。 

 今、レオナは純粋無垢な瞳を向けている。

 

「わたし、おもった。けんこうのこと。おしごとのこと。わたし、すごい、すごい、かんがえた」

 

 徒手空拳の構え。

 彼女のステータスを《看破》で確認すると、罹患した状態異常が時間経過で一つずつ完治していく。

 加えて毒などの継続ダメージで削れたHPが徐々に回復しているではないか。

 

「わたし、おもう。これ、わるいこと、かも。でも、おーなー、いった……わるいこと、しろ」

 

 素手でHPと状態異常を回復する。

 あなたはそんなジョブを知っている。

 拳士系統派生上級職【瞑想拳士(ヨーガ・ボクサー)】。

 精神統一により自己免疫と自然回復力を高めるスキルを習得可能なジョブである。

 

 状態異常に応じてスキルを使い分ける必要があるため、レオナには扱えないと判断してお蔵入りとなったが。

 

「みて、むしょく。わたし、かんがえた」

 

 偉い!!!

 

 与えられたものに満足せず、教えを破ってでも、成長を目指す。守破離を実践する向上心。

 マーベラス、実にマーベラスだ。

 あなたは驚嘆して感極まった。

 あのレオナがお仕事に向き合い、自力でジョブビルドに改良を加えるとは。

 かつての教え子の成長にあなたはスタンディングオベーション。テンションぶち上がりマックスである。

 

 レオナは今この瞬間、あなたの予想を超えた。

 誇れ、それは理想的な生徒の在り方でお仕事だ。

 

「追い詰められては世話がないわ、このたわけ。そもそも水責めしたはずだろう?」

 

 それはそう。

 あなたの記憶が正しければ【瞑想拳士】の回復スキルは呼吸を要するものが多いのだが。

 

「……? いき、とめた。それだけ」

 

「肺活量はどうなっている!?」

 

 まず制限系の状態異常を治して、それから水と土の拘束を抜け出す。この手順で体勢を整えたのだろう。

 彼女の高いステータスなら、状態異常がもたらすデメリットとて多少の時間は耐えられる。

 所要時間を考えると最低三分間は無呼吸だったと推測できる。現実の世界記録は二十分弱なので常識的な範囲内であるな。あなたは半ば理解を放棄した。

 

「ええい職の民よ! 貴様の蒔いた種だ、貴様の手で片をつけるがいい! 俺は観戦するぞ!」

 

「ん、だめ。へんたい、たおす」

 

「俺はHENTAIではなァい!」

 

 マジ心外であると高笑いしたエストは虚空から二種類のアイテムを取り出した。

 

「【朝は来ない(ミッドナイト)】、【四手の栄光(フォー・ハンズ・グロウリー)】!」

 

 突如、あなた達の周囲は暗闇に包まれる。

 闇夜を齎すカンテラは高価なマジックアイテム。

 二番目に掲げた屍蝋の燭台は呪われた道具だ。

 

 暗所でのみ【呪縛】【盲目】【吸魔】【吸魂】という四種類の状態異常を付与するそれは、直接アバターに触れないため、レオナに有効なアイテムのひとつ。

 

「ん」

 

 視覚が潰れた程度でレオナは止まらない。

 元より野生児。常人より発達した聴覚、嗅覚で周囲を知覚することができるという経験は、仮初の肉体で活動する遊戯においても十全に機能した。

 

 エストがいる場所に拳が落ちる。

 大地を揺らす、怪力無双の攻撃だ。

 物欲野郎なんて一発でミンチとなる。

 

 よって、あなたはカバーに入る。

 天地の修羅は視界を奪われた程度で止まらない。

 殺気やリソースを感知して攻めてくる。

 つまり頭おかしい相手の行動には慣れているのだ。

 

 エストを安全な後方に投擲。

 取り戻した水着を褌代わりに締めた。

 背中から地面に倒れ込んで防御姿勢を取る。

 

 腹筋ガード!

 

 レオナと同様に力士系統の《不動》。

 両手で頭を抱えている間、自身の防御力が数倍化する【獣拳士】の《甲亀の構え》。

 地に伏せている間、自身の防御力を四倍化させる僧兵系統のスキル《五体投地結界》。

 上記を筆頭に複数のジョブスキルを組み合わせて、あなたはレオナの拳を受け切った。

 

「もういちど」

 

 敵が死ぬまで殴る。さすれば死ぬ。

 清々しいほどに明快だ。天地の適正がある。

 これはあなたとフレンドの界隈だと決して褒め言葉ではないため、扱いには注意が必要な言葉である。

 

 しかし残念。仏の顔も三度まで。

 あなたの場合は二度目もない。

 

 あなたは即死魔法《デス・バランス》を使った。

 レオナはデスペナルティになった。

 

「ん……それ、ずるい」

 

 あなたのこれは超級職と<エンブリオ>。

 レオナのそれも超級職と<エンブリオ>。

 条件はイーブン。公平な勝負である。

 

 あなたはレオナを賞賛した。

 素晴らしい努力と経験の積み重ねであった、と。

 

 惜しむらくはリソースが有限である点か。

 レオナは状態異常対策を重視して【瞑想拳士】に就職、代わりに【硬拳士】をリセットした。

 攻撃力に寄与する奥義を失い、それを犠牲にして耐久性を高める選択は一長一短といえる。

 今回はあなたに猶予を与えた点で失策であった。

 元のビルドのままなら、圧倒的な攻撃力で、あなたを確殺する目があったかもしれない。

 

 所詮は初見殺しの先手必勝ゲーである。

 やはりデンドロはクソゲーでござるな。

 

 ともあれ。近々また遊びに伺おう。またね。

 あなたは冥土の土産を言い渡した。

 

「……ん!」

 

 今度こそレオナは光の塵になった。

 デスペナを確認するまでがお仕事です。

 だから首を刎ねろというわけ。南朱門家の連中から得た教訓を忘れてはならぬ。あなたは決意が漲った。

 

 ところで、エストはどこいった?

 

 

 ◇◆◇

 

 

「加減を知らんのか職の民ィ」

 

 エストは樹上の枝にひっかかっていた。

 無職に放り投げられた結果である。

 

 まあこいつなら死なんやろ。

 そんな感じの雑な信頼が成せる技だ。

 

 実際、はるか彼方までぶっ飛んだエストは、装備のエアバッグと木々を緩衝材にして上手い事ダメージを受けずに静止した。生きてはいるのでヨシ。

 

「距離が離れてしまった。一刻も早く合流せねばなるまいが……ここはどこだ」

 

 エストは魔法の地図と羅針盤を取り出す。

 周囲の地形をマップに反映することができる、これまた希少で高価なマジックアイテムである。

 

「ふむ。現在地は森の北西端」

 

 徒歩で向かうのは手間だな、と考える。

 あの無職が素直に合流するか? と思案する。

 答えは半々。仕事だが、イベント中。分からぬ。

 

「ひとまず降りるか」

 

 エストは降下用の足場を放出する。

 生身で飛び降りて骨を折らずにいられるほど、彼のステータスは高まっていない。

 常人並みの身体能力で、しかし器用にするすると足場を伝って地上を目指していると。

 

「む」

 

 途中、木々が枝分かれして股になっている箇所で不自然なオブジェクトを発見する。

 草木生い茂る大自然の中では不自然で。

 森林のフィールドでは必ずしも不自然でない。

 自然で、不自然な、木製の人工物。

 

 子供の頃に遊んだ秘密基地のように、小さな、小さな、ツリーハウスが鎮座している。

 

 エストの鼻はお宝を嗅ぎ取った。

 丸太の窓からわずかに顔を出して様子を窺う。

 

「……ほう?」

 

 室内には【セカンドモデル】が飾られている。

 現状、王国でのみ生産している量産型煌玉馬だ。

 当然ながらエストはまだ所有していない。

 

「よいな。よいぞ。今の俺は運が向いている」

 

 エストはツリーハウスの扉を開けた。

 家主と交渉するためである。

 

「邪魔をするぞ」

 

 返事を待たずにエストは侵入する。

 エストは良識的な性格を自負しているため、法に触れるような行為はしない。

 イベント参加者の時点で相手は<マスター>だ。

 <マスター>同士の不法侵入を咎める法律はデンドロ内部に存在し得ないのである。

 

「……誰もいないのか?」

 

 エストは人の気配がないことに疑問を覚える。

 改めて見ると室内はがらんとしている。

 おまけに違和感。なぜかと考えて、室内の間取りがおかしいからだとエストは思い至る。

 

(外見は八畳に満たない丸太小屋だった。だが、玄関口に立った俺の前に広がるのは渡り廊下と上階に繋がる階段。明らかに外と内とで広さが食い違っている)

 

 試しに使用した《鑑定眼》は失敗する。

 ようやく、エストはこのツリーハウスが何者かの<エンブリオ>であると理解した。

 

(キャッスル系列、ラビリンスだな。であればこの場に留まるのは些か不味い)

 

 レアモノに目が眩んだエストだったが、わりと比較的早く正気に戻る。

 建造物の内側に超常の法則を敷く迷宮こそがTYPE:ラビリンスの<エンブリオ>。セオリーに従って、建物の外部から攻略しようとエストは踵を返した。

 

「あ〜、待って待って!」

 

 パタパタと廊下を走る足音。

 あとげない女の声が耳を打つ。

 

「ごめんね〜。ちょっとお洗濯で手が離せなかったのよ。待たせちゃったかしら?」

 

 現れた幼女はエプロンをはたいて、膝を軽く曲げ……エストを見下ろしていた。

 

「…………?」

 

(待て。それはおかしい)

 

 幼女は明らかにエストより背が低い。

 建物の内装と縮尺からも明らかである。

 では、なぜエストの目線が幼女より低いのか?

 

 それはエストが伏せているから。

 自力で立ち上がれないほど脱力した肉体が、静かに膝をついて、床に倒れ込んだからに他ならぬ。

 

「あらあら疲れているのね。でも大丈夫なのよ。ここではつらい事、苦しい事はなーんにもないんだから。ぜんぶ忘れてゆっくりおやすみなさい」

 

「貴様……何者だ? 俺に何をした」

 

「え?」

 

 一体何を言っているのだろう、と。

 幼女はきょとんと首を傾げた。

 続けて「疲れすぎて冗談を言いたくなったのかしら?」と困ったような笑顔を浮かべた。

 

「もう、ママは()()()()()()()()なのよ」

 

「…………は?」

 

 それ以上の質問と抵抗は許されず。

 エストは幼女の腕に抱えられて、建物の奥深くへと運ばれていった。




ひな祭りに全裸と半裸のぶつかり合い()が見れるのはハーメルンだけ。そんな事はない。

【瞑想拳士】
二次オリジョブ。しぜんかいふく。
ENDとSPが伸びやすい傾向にある。
発動時、一定時間ごとに自分の状態異常をひとつ回復できるスキルを持つ。
貴重な上級職の枠をこれで埋めるぐらいならアクセサリーで耐性を盛る。そもそも状態異常は予防するのが大事。ゆえに<マスター>からは不人気なジョブ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。