無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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ワルイママハハ

 □■イベントエリア北部

 

 エストの反応が途絶えた。

 

 死んではいないだろう、とあなたは判断する。

 デスペナルティになった場合、フレンドリストの表示がログアウト中になるからだ。

 

 探知スキルで居場所を絞り込むと、あなたは非常に見覚えのあるツリーハウスを発見した。

 どうやら深みに嵌ったらしい。エストの現状をわりと正確に理解したあなたはグリゴリを取り出す。

 

 あなたはジョブをリセットした。

 

 あなたは無職になった。

 

 準備を整えて魔境に繋がる扉を開ける。

 個人の趣向で選り好みはできぬ。

 お仕事には責任が伴う。常識である。

 

「おんぎゃあ……」

 

 成人男性がぐずっている。

 

 あなたは目を逸らしてそっと扉を閉めた。

 見るに耐えない光景だ。何が悲しくて、おしゃぶりとよだれかけをつけた野郎を視界に入れねばならぬ。

 奮起した精神がたちまち消沈する。うわないわ。身も蓋もない言い方をするとそんな感じである。

 

 逃げ出したい感情を抑えて再び扉を開ける。

 残念なことにあなたの探し人は目と鼻の先だ。

 

「おや? しんいりでちゅね」

 

 成人赤子があなたに気づいた。

 こっちみんな。

 

「そのめ……わかりまちゅ。うらやまちいのでちゅね? あんしんするでちゅ。ここはくるものこばまずのパラダイス。かんげいするでちゅよ、しんいり」

 

 なんと純粋で穢れのない瞳だろうか。

 問題があるとすれば、精神異常の疑い。

 男は精神保護のかかった<マスター>なので、狂っているのは自前らしい。嘘でしょ。

 

 救いようのない生き物は無視するに限る。

 四つん這いでついてくる社会の淀みに耳を貸さず、あなたはツリーハウス内部を探索することにした。

 

「きたばかりでわからないこともおおいはずでちゅ。ぼくがここをあんないしてやるでちゅよ」

 

 赤子らしからぬ気遣いは不要だった。

 勝手知ったる間取りだ。あなたは迷わず進む。

 園庭を挟んだ廊下の突き当たりを右に左に。

 

 足早に踏破した先は、まさしく地獄であった。

 

「出せ……ここから出してくれ……」

 

「ちくしょう……ッ」

 

 広いスペースを確保した子供部屋。

 片隅に寄せてある玩具箱。壁の落書き。

 床に敷いた布団では、イベント参加者と思われる複数の<マスター>が雑魚寝している。

 彼らは苦しみ、うめき、涙を流していた。

 

「「あったけえ……!」」

 

 訂正。布団に包まれて安らかに眠っていた。

 どうやらお昼寝の時間らしい。

 あなたは彼らを起こさぬように足音を殺した。

 

「ま、待て。ちょっと待ってくれ」

 

 あなたの気遣いは無駄だったようだ。

 申し訳なく思いつつ、あなたは後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去る。今はそれどころではない。

 

「頼むよ、助けてくれ。このままじゃ何もできずにイベントが終わってしまう」

 

 それはつまり、お仕事だろうか。

 あなたは救難要請に耳を傾けた。

 話を聞かずして依頼の判断はできないからだ。

 

「ああ、ありがとう! 本当にありがとう!」

 

「助かった……これで解放される」

 

「悪いが手を貸してくれるか。力が入らなくてな、体を起こせないんだ」

 

 彼らは高レベルの<マスター>である。

 大半は前衛系戦闘職だ。現在レベルゼロのあなたより、身体能力は格段に高いはずである。

 だというのに動けない。立ち上がる力がない。

 

 それもそのはず。彼らは【衰弱】【脱力】【拘束】という三重苦の渦中にいる。

 

「フッ、よくぞきた職の民」

 

 布団のひとつからエストが顔を出す。

 おくるみにおしゃぶり、よだれかけ。

 赤ん坊三点セットのコンプリートであった。

 

「グハハハハ。たすけて」

 

 実に無様な醜態である。

 あなたはエストに何があったのかを尋ねた。

 

「母を名乗るイカレた不審者に拐かされてな。状態異常は装備で抵抗したのだが、脱出を試みたところでこの通り、捕まって逆戻りよ」

 

 エストからはやる気が欠片も感じられない。

 悠々自適の赤ん坊生活を満喫している。

 だからって赤子がゲーム機で遊ぶな。

 

 同様にあなたのテンションは最底辺である。

 それもそのはず。『母を名乗るイカレた不審者』に心当たりがあり、できる事なら遭遇を避けたいから。

 はあ、なえぽよ。でもお仕事を頼まれたからにはやるしかないのよね。やむを得ない。

 

 あなたは自前のおしゃぶりを装備した。

 誤解を招かないように説明すると、これは演劇の小道具であって、決してあなたの趣味ではない。

 

 あなたは全力で赤ちゃんを遂行した。ばぶう。

 

「は〜い。ママなのよ〜!」

 

 呼び声に応じた幼女があなたを目視するより早く、設置したトラップの数々が発動。ママを自称するイカレた人物は炎に包まれる。

 

「おお! やったか!?」

 

 ばか。馬鹿エスト。ほんとバカ。

 あからさまなフラグを建てるんじゃあないよ。

 

 爆炎の中、あなたは囚われの<マスター>を引きずって逃げ出そうとするが……残念!

 

 みんなお母さんと一緒!

 

 あなたは脱力して布団に倒れ込んだ。

 簡易ステータスに三つの状態異常が表示される。

 レベルゼロの無職は家庭内で無力なのである。

 嗚呼、失って実感するジョブの偉大さよ……。

 

「もう! おいたはめっなのよ」

 

 幼女は五体満足で頬をふくらます。

 彼女は床から迫り出した()()()に守られていた。

 大蛇の如く蟠を巻いた樹木の根に腰掛けて、話の通じない凖<超級>はあなたを見据える。

 

「でもママは嬉しいわ。おかえりなさい、無職ちゃん」

 

 あなたは背筋に寒気が走った。

 お前のような母はいない、と反論する。

 

「まだ反抗期の途中なのね。でも大丈夫よ〜。例え血が繋がっていなくても、ママがあなたのお母さんである事に変わりはないのよ! えへん!」

 

 何故あなたのフレンドはどいつもこいつも奇天烈で風変わりな連中ばかりなのだろう。

 

「知り合いか?」

 

 不承不承にあなたは肯定した。

 幼女の名はエヴァ・リヴァイアサン。

 先程のレオナと同じクランの一員である。

 

「……同類か」

 

 もっと酷い。だいたいご覧の通りである。

 あなたの口からは説明が憚られるが、あえて語るなら、彼女はレジェンダリア出身の指名手配犯だ。

 

「グハハハハ! ……後は任せたぞ職の民」

 

 エストは狸寝入りと洒落込んだ。

 あなたは悲しみで殺意が漲った。

 

「でも嬉しいのよ。無職ちゃんが友達をお家に連れてくるなんて。ママはちょっとだけ心配だったのよ? あなたは一人でいる事が多かったから」

 

 突如、脳内に溢れ出した存在しない記憶。

 あなたは昔から人の輪に入る事が苦手な子供だった。放課後も遊びに出かけることなく、家に帰って一人で机に向かう日々。そんなあなたを心配した母は……。

 

 あなたは妄言を振り払った。

 真に迫った語り口で呑まれかけたのだ。

 スキルなしでこれなら、エヴァは詐欺師か役者の才能があるに違いない。母親役に限るが。

 

「さあ、おねんねしましょうね」

 

 あなたは布団の上で無防備を晒している。

 不幸中の幸いは、エヴァに危害を加えるつもりがない点だろう。彼女は子供を傷つけない。少なくとも彼女の認識の内では決して。

 

 エヴァのメインジョブは【典獄(プリズン・ルール)】。

 看守系統の超級職で、特筆すべき能力は二つある。

 

 ひとつは牢獄内部へのデバフ。

 あなたの状態異常は《懲罰房》によるものだ。

 

 全ステータスを半減する【衰弱】。

 STRにマイナス補正がかかる【脱力】。

 対象の動作を制限する【拘束】。

 

 しめて三種類の制限系状態異常を高い強度で付与するスキルである。【拘束】がSTRでレジスト判定を行う仕様と相待って、凶悪な拘束用スキルといえよう。

 

 もうひとつは牢獄……建物自体に付与するバフ。

 奥義の《不破監獄》を<エンブリオ>に使い、エヴァはこの空間で強力なアドバンテージを獲得している。

 

「建物の破壊耐性上昇。加えて空間系スキルに干渉するといったところか?」

 

 エストは手元に【ジェム】を取り出していた。

 

「《エスケープゲート》を改良した転移魔法の【ジェム】が使えん。万策尽きたわ」

 

 貴重な命綱を惜しげもなく使おうとする彼の思考回路に疑義を呈するのは後回しだ。

 エストの推測通り、この空間では転移魔法が使えない。内外の空間破壊もある程度は耐えるだろう。

 おまけの破壊耐性で物理的な脱出も至難の業である。STR低下のデバフが響く点が実にいやらしい。

 

「つまり本人を叩くのが最短の攻略法だな。どうやって、という問いに目を瞑れば単純だ」

 

「遊ぶのはまだなのよ。しっかり休んで、おやつを食べてからにしましょうね」

 

「わかりまちたでちゅ!」

 

「「「お前は黙ってろ」」」

 

 看守系統はそれほどステータスが伸びない傾向にある。多少STRとENDが増える程度。【典獄】も同様に、直接戦闘は不得手だ。

 動きを制限されても仕留められるステータスがあれば。相応のレベルなら敵ではないだろう。

 

 そんな上手い話は転がっていない。

 <テン・コマンドメンツ>のやばいやつ、エヴァ・リヴァイアサンの恐ろしさの真髄はジョブではなく。

 

「あ、あぁ……!?」

 

 囚われた<マスター>の一人が青ざめる。

 視界の左上に目線を向けて震えている。

 

「れ、レベルが……俺のレベルがぁ……!」

 

 あなたは些細が分からぬ。

 今のあなたは無職であり、《看破》を使えない。

 だが予想することはできる。

 

 彼の合計レベルは()()()()()()()()()のだと。

 

「お、おま、お前の仕業かぁ!?」

 

「そうなのよ」

 

「そうなのよ……? 自分が何をしてるか分かってるのか? ここまでレベル上げるの大変なんだぞ。また一からやり直しじゃないか!」

 

「? ここにいたらレベルなんていらないのよ。だって、ママがお世話してあげるんだから」

 

 TYPE:ガーディアン・ラビリンス、【原罪回樹 パラダイス・ロスト】。

 その能力特性は『レベルダウン』である。

 ツリーハウスの内部に滞在した者は徐々にレベルが失われるのだ。

 

 お仕事という人の営みを、経験と努力を無為に帰す、唾棄すべき<エンブリオ>。

 何度見ても不快極まりない能力である。

 あなたは腑が煮え繰り返る思いであった。

 ゆえに、母なる幼女をあなたは毛嫌いしている。

 

「知っているなら早く言わんかこのたわけィ!? 時が経つほど勝ち目が薄まるではないか! こやつらを助け起こしている暇などなかろうッ!」

 

 先に助けてくれと頼まれたゆえ。

 ちなみに、今はあなたも身動きが取れない。

 

「おのれェ……」

 

「ちくしょう! もうおしまいだぁ!」

 

「みもこころもあかちゃんになるでちゅね!」

 

「「「お前は黙ってろォ!」」」

 

「元気なのはいいことね。でもケンカはダメ。仲良く遊んでほしいのよ」

 

 阿鼻叫喚。あなたは幼稚園を連想する。

 子供は自由で、しかして残酷な生き物だ。

 働きアリを潰して巣の中に水を流したりする。

 ちなみに、幼き日のあなたは瀕死のミミズを巣の近くに安置する罪を働いた過去がある。これも報いか。

 因果応報という言葉の意味を実感して、あなたは天と地と遍く星に懺悔した。

 

『確認だが。グリゴリは使えんのか』

 

 あなたは【テレパシーカフス】を通したエストの問いかけに首肯する事で応じた。

 端的かつシンプルなパーフェクトコミュニケーションにエストは訝しげな目を向けている。

 

『だからどちらだ……いや、使えるな? 貴様さては手を抜いているだろう!?』

 

 誠に遺憾である。あなたは全力だ。

 パラダイス・ロストを警戒して、あなたはジョブをリセットした。それ以上でもそれ以下でもない。

 つまりグリゴリを使おうと思えば使える。【拘束】を抜け出したら、という前提で。

 

『やれ! すぐにだ!』

 

 いえっさ。ほいっさ。

 

 元より状態異常にかかっていないエストが立ち上がり、あなたにポーションを投擲する。

 薬の効果で動けるようになったあなたはグリゴリの頁を破り捨て、【失業王】にジョブチェンジ。

 

 隙だらけのエヴァに不意打ちを仕掛ける。

 

「あら?」

 

 あなたの斬撃は根っこに弾かれた。

 パラダイス・ロストはツリーハウス。ガードナーとキャッスルの複合系列だ。建造物(キャッスル)ゆえに【典獄】のスキルで破壊耐性が付与されており、樹木(ガードナー)として半ば自動的に主人を守護する盾となる。

 

 対して、あなたは【拘束】を解除したものの、未だにステータス低下のデバフが抜けていない。間に合わせの武器で《不破監獄》を突破するのは困難だ。

 

 正面突破の脱獄は望めない。

 ならば搦手を使うまで。

 

 あなたは人差し指で床をなぞった。

 アーラアラアラ? こんなところに埃が。

 いけませんザマスねえ。エヴァさん。

 あなたはお世話をすると言うザマスけど、これで本当にお世話できていると言えるのザマスか?

 

「む、無職ちゃん?」

 

 台所、風呂場、リビング、寝室。

 一見整っているようザマスが、細かい粗が目立ちますザマス。これで母親を名乗るとは笑止千万!

 

「うっ……」

 

「効いているだと? どういう事だ!」

 

「これはママ(ぢから)勝負でちゅ」

 

「何を言っとるか貴様はァ!?」

 

「素人は引っ込んどれでちゅ! ママに対抗できるのは母のみ。これはお互いの家事能力を力に変えて牽制し合う、非常に高度な嫁姑戦争なのでちゅよ……!」

 

「ああ、そう……まあ構わん。やれィ職の民!」

 

 エヴァが動揺した隙を見逃さず、あなたは仕上げの一撃を放つ。最適なタイミングでエストが射出した斧に得物を持ち替えて。

 樵系統の植物特攻スキルと《斧強化》に《両手持ち》、その他STRが上昇する《ウォークライ》《勇猛》《野蛮人の憤怒》などバフ全般を重ねて。

 

 溜めた力を一息に解放する。

 

 あなたの攻撃はエヴァに届かない。

 炸裂音と共に、根っこ一本を半分断っただけ。

 悲しいかな。明らかに攻撃力不足であった。

 

「……ッ」

 

 だが、あなたの気迫にエヴァは怯んだ。

 もとより戦闘専門ではないのだから是非もない。

 彼女は目にいっぱいの涙を浮かべて、震えると。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 根っこに運ばれ、泣きながら逃げ出した。

 あなたは慌てて彼女の後を追う。

 

「捨ておけ! ここから抜け出すのが先決だ!」

 

 否、断じて否である。

 背後からの声に、あなたは首を横に張った。

 ここで仕留めておかなければ後が怖い。

 

 あなたはエヴァの必殺スキルを警戒していた。

 最悪、エストが消し飛んでも不思議ではない。

 

「何ィ? ……よもや、その手の類いか!? ええい、面倒にも程がある! どういうパーソナルだ!」

 

 舌打ちしたエストはあなたと共に参戦。

 二人でエヴァ追撃戦に移行しようとしたところで……周囲の景色が切り替わる。

 

 あなたは元いた森に帰還していた。

 目の前で光の塵になるツリーハウス。

 囚われていた参加者は地面に転がっているが、エヴァの姿はどこにも見えない。

 

「……死んだだと?」

 

 状況証拠は()()()()()()()()()()()を告げていた。

 

 あなたは気味の悪さを覚えながらも、倒れた参加者を介抱した後、丁寧に首を刈り取るのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ■パラダイス・ロスト内部

 

「うぅ……ひどいのよ……」

 

 無職から逃げ出したエヴァは鼻を啜る。

 主人を慮るように、根っこは彼女を高速で運びながら、鼻をかむという器用な真似を披露した。

 

「ママだって一生懸命なのよ……たしかに、ちょっと手が回らない時もあるけど……みんなが幸せになってほしいから頑張ってるのに……」

 

 彼女にとっての『幸せ』とは、子供達が苦しまず笑顔で過ごせる事である。

 あくまで彼女が考える『苦しみ』を彼女のやり方で排除しているだけなので、世間一般の認識と乖離が生じている点は注意が必要だ。

 

 例えば。

 彼女にとって、仕事に善悪は存在しない。

 しかし子供達が労働に苦しみ、疲弊するなら。

 精神的苦痛を受けて笑顔が失われるなら。

 

 それは悪である、とエヴァは断じる。

 

 例えば。

 彼女にとって、大人と子供に違いはない。

 しかし大人だからという理由で無理をするなら。

 社会に擦り潰され、己を消費するなら。

 

 それは悪である、とエヴァは非難する。

 

 子供のように伸び伸びと、健やかにあれ。

 それはたったひとつの彼女の願い。

 誰しもが忘れてしまった子供時代を、無力で、けれど色鮮やかに輝いていた時間を忘れないように。

 

 苦しい事を忘れて。嫌な事は投げ捨てて。

 仕事なんてしなくていい。頑張らなくたっていい。

 ただ、()()()()()()()()()()()()

 

 エヴァは自分の<エンブリオ>が、己が願いの発露であると信じている。……事実はどうあれ。

 

「次はもっと……もっと上手にやらないと。大丈夫。きっと無職ちゃんも分かってくれるのよ」

 

 ――本当に?

 

 思考に冷たい棘が刺さる。

 本当に自分は上手くやれるのか。上手くできるのなら、どうして無職は受け入れてくれない?

 

 エヴァは強い。ジョブと<エンブリオ>のシナジーはもちろん、精神強度は鋼鉄並みである。

 それは守るべき子供がいる場合に最大の硬度を誇る。

 子供達のためなら、彼女は逃亡奴隷を匿い、愚かな領主を誘拐して更生させ、レジェンダリアの議会だって敵に回すだけの胆力を持つ。

 

 だが、鬼子母神とて子供には弱い。

 

 庇護対象として捉えた無職から拒まれ――過去と今回の合計二回も――エヴァの心は揺らいでいた。

 

 ゆえに。

 

「……」

 

 彼女の迷いを<エンブリオ>は晴らそうとする。

 

 子供達に拒まれる事が耐えられないのなら。

 

 庇護の枝下から離れた者に心を痛めるのなら。

 

 彼女の楽園に、瑕疵は不要であろうと。

 

「……《過酷なる(パラダイス)

 

 無意識にエヴァは口ずさむ。

 

 それは異物を、父母を敬わない罪人を放逐するための必殺スキル。あるいは庇護者の手を離れる子供への手向けであり、最後の忠告にして、門出の試練。

 

「……()……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()に、減少合計経験値分の固定ダメージを与える攻撃スキルである。

 

「――キエエエエエエエエエエエイ!」

 

()……ぇ……?」

 

 くるり、と天地が回る。

 最後の一音を告げる前に空気が漏れた。

 エヴァは訳もわからず目を瞬いて、首を傾げた。

 

 首は動かなかった。

 

 なぜなら、もう落ちているから。

 

 ピシャリと水飛沫が跳ねて首が転がり。

 知らずのうちに捕らえていた男によって、【典獄】エヴァ・リヴァイアサンはイベントから脱落した。

 

「お、レベル上がった。減った分も元に戻っているな」

 

「『レベル上がった』じゃないよ。マスター君」

 

「どうしたマナ。トイレか?」

 

「違います! さっきから成長してないよ!?」

 

「そうか。すまん」

 

 青年は()()からゆっくりと身体を起こす。

 不思議な事に、彼の着流しは濡れていなかった。

 体の前面は水が染み込んでよさそうなものなのに。

 

「ねえ本当に悪いと思ってる? 適当にその場しのぎで謝ってるだけじゃないの?」

 

「そんなはずがないだろう。マナは俺のためを思い、わざわざ口に出して注意してくれている。俺は信頼する相棒の心遣いを無碍にするほど落ちぶれてはいない」

 

「マスター君……きゅん」

 

「そんな事より」

 

「そんな事!? ちょっと聞き捨てならないんだけど! 私のトキメキを返してくれるかな!」

 

「マナ。俺たちは今どこにいる?」

 

「ねえそんな事って何!」

 

「すまんすまん。で、ここどこだ?」

 

 水面から姿を現した少女は、周囲を見渡す。

 

「エリア北の森っぽいね」

 

「俺たちが目指していたのは?」

 

「西だね」

 

「……東から来たならセーフか」

 

「どこが!? アウトオブアウトだよ! どうして真っ直ぐに進めばいいのに道に迷うのかな? 私が案内しないと目的地に辿り着けないのかな!?」

 

「いやだって、ツリーハウスがあったら入るだろ。普通に考えて。すごいワクワクしないか?」

 

「…………分かるけどさ」

 

 青年と少女は互いに童心を忘れていなかった。

 だからこそ囚われて、パラダイス・ロストの内部を右往左往しながら彷徨っていたのだが。

 

「で? 次はどこに行くの?」

 

「そうだな……北と西と東は行った。となれば残るは南だろう。つまり後ろだな」

 

「そっちは(ぎゃく)ぅ!」

 

 彼は修羅。天地の猛者。

 

 “断流”の柳葉。道に迷った<超級>である。

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