無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■イベントエリア南部
イベント開始から一時間半強が経過した。
次第にイベントは混迷の様を魅せている。
各地の様子を簡潔に現すと次のようになるだろう。
北部エリアの森林地帯はHENTAIの巣窟。
多様性()を誇るレジェンダリアの縮図だったが、既にめぼしい参加者は残っていない。
八割を無職がぶっ殺したからである。
残り二割は全裸とママの魔の手にかかり脱落した。
東部エリアは静かな湖畔。修羅の地獄。
心安らぐ穏やかな風景と相反して、天地・黄河・グランバロアの実力者が数多く配置されたマップだった。
既にめぼしい参加者は残っていない。
迷子の<超級>が全員ぶっ殺したからである。
西部エリアの岩場は普通オブ普通。
数少ない王国・皇国所属ほか一般通過<マスター>と、他エリアの抽選から漏れた奇人変人非常識人ども数名のスタート地点であった。
既にめぼしい参加者は残っていない。
ほとんど迷子がぶっ殺したからである。
数少ない生き残りは他のエリアに移動して、闘争ないし逃走を繰り広げた。
最後にイベントエリア南部。
廃墟となった遺跡群が点在するボーナスエリア。
遮蔽物が多く視界が見通せない、それゆえにイベントポイントのミニチェシャが多めに隠れているが、罠や遺跡の防衛機構(を模した管理AI製のモンスターとギミック)もふんだんに配置されている。
ここをスタート地点とした参加者はカルディナ所属の割合が多かった。全員ぶっ殺された。あゝ無情。
現在は他のエリアから移動してきた一団が簡易拠点を設置している。
簡易拠点に集まった<マスター>は一言で表現すると『雑多』な面子だった。
装備とジョブがてんでバラバラ。突発的に共闘を持ちかけ、手を組んだことは誰の目にも明らかだ。
「ミニチェシャいた」
「回収するわ。どこ?」
「あっち」
至極珍しい事に、彼らは協調が取れている。
単独でイベント上位を狙う実力がないから。
今回は戦闘必須のルールではないから。
人と集まって楽しい事をやるのが好きだから。
理由はいくつかあるだろうが、彼らがひとつに集まった最大の要因は、たった一人の<マスター>にある。
旗頭となった人物は日陰でくつろいでいた。
女性と見間違う凝ったキャラメイクのアバター。
簀巻きの人ことバーベナであった。
媚びを売り、おだて、いいように取り巻きを使う。
バーベナにとってのイベント最速攻略法である。
(ふっふっふ……ちょろいもんだよねぇ!)
イカレ花火女から逃げた先で、バーベナはいつもの取り巻きと遭遇した。あとは簡単。あざとい顔と声色で彼らの庇護欲を刺激してやればいい。
取り巻きの知り合いは取り巻き。
ネズミ算式に協力者を増やしたバーベナは、イベント有数の勢力圏を構築した。
草の根わけてポイントを探す人海戦術。
集めたミニチェシャは複数箇所で管理する。
拠点を建てる生産職と、防衛に努める戦闘職。
ここに頭のおかしい無職がいたのなら、工場制手工業から見る、お仕事の萌芽について熱く語るだろう。
(何もしないで勝手にポイントとアイテムが集まるとかさいこーじゃーん?)
バカに簀巻きで拉致られたりしないし。
バーベナは引き続きこの世の春を謳歌する。
チヤホヤされるのって気持ちいいィー!
「でも、やる事ないと少し退屈だな……」
バーベナはどっこいせと立ち上がる。
そうだ、陣中見舞いに行こう。
おら、かわいいバベちんを見れて嬉しかろ。
ついでに作業の美味しいところ取りができたら、暇をつぶせて一石二鳥じゃんね。こすっからい思考である。
拠点内を巡り、笑顔と媚びを振り撒いて。
バーベナは適当な一団に近づいた。
「なにしてるのー?」
「誰? 今忙しいんだけど」
「あ゛?」
雑な反応に思わず怒気が漏れかけた。
おっといけない。今はバベちんモードです。
バーベナは彼らの顔と名前を記憶から掘り起こす。
話しかけたグループは今回のイベントからの新参。
まだまだ啓蒙が足りていないようであった。
様子を見かねて、古参ファンが彼らをどつく。
「おいバカタレ! このバカタレ! バベちんが話しかけてくれたのにその態度はなんだお!?」
「バベヲタさん……え、じゃあこのキッツイのが例の簀巻きの天使っすか……?」
「まあまあ。バベちん気にしてないよぅ」
バーベナは媚びレベルを一段階下げた。
初心者さんには刺激が強すぎたのかな? 仕方ないね。押してダメなら引いてみろ。媚びは侘び寂びである。
ところで簀巻きの天使って何。
「えっとですね。今、他の参加者の動向を地図にまとめてました。俺らの<エンブリオ>索敵系なんす」
新参者は広げた地図を指差した。
バーベナは古参ファンと共にそれを覗き込む。
バーベナ勢力の拠点、ミニチェシャがいそうな場所、探索済みの箇所、全てを丁寧に記した精緻な地図。
地図上では名前付きの点が無数に動いている。
集合体恐怖症の人は卒倒しかねない眺めだ。
「生き残りの位置は全員マークできたかと。やっぱり超級職の連中が強いっすね。当然ですけど」
「え。すご」
バーベナは自分の名前に触れてみる。
開いたウィンドウにはバーベナ自身の名前とジョブ、レベル、簡易ステータスまで表示されていた。
「すごーい! ちょー便利じゃん! やるぅ!」
「……や。別に大したことないっす。バベヲタさん、リアルタイムで情報更新するんで共有お願いします」
「任されたお。全体アナウンスで周知するお」
バーベナは素直に賞賛した。これあれば無職に怯える必要ないのでは? まじ画期的じゃんね。
新参者はごく自然にバーベナから離れた。近い、顔が近いよ。肩当たってる。距離感バグってんのか?
古参ファンは菩薩の笑みで静かに後輩の肩を抱いた。ようこそ。これが沼だよ。
みんなは悪く言うけど、俺だけはこいつの良いところ知ってるし……具体的に言うとそんな感じである。
(計画通り)
斜に構えた相手は素の反応()で落とす。
バーベナ媚びの極意その一である。
長年積み重ねた人心掌握ノウハウの賜物だ。
人生舐め腐ったカスの精神に適う者はそういない。
「ところで何かおもしろいことない?」
「バベちんは休んでて大丈夫だお」
優しい戦力外通告である。
古参ファンが通信のため席を外す中、バーベナは手持ち無沙汰なので地図で遊ぶことにした。
「げ、無職……でも遠いし大丈夫……一緒にいるやつ名前長いな。なんて読むんだろ……」
バーベナは指折りで数えて思った。
いや超級職多いな? 地図上で目につく限り五、六人が生き残っているようである。
「ねえねえ。この【舞剣姫】って人、すぐ近くにいるけど平気なの? 味方?」
「味方ではないすね。名簿にいないんで……あ、それアレですね。拠点の近くでうろついてたんで、共闘希望者かと思ってバベヲタさんに交渉してもらった人です」
「どういうことぉ?」
「あの人が今回の仕切りやってるんすよ。で、協力者のリスト作ってて……それはいいか。【舞剣姫】は話しかけても無視されたみたいです。ただ攻撃もしてこないから敵対するつもりがないみたいなんで……放置すね」
「へぇー。変なの」
バーベナはそれきり【舞剣姫】への興味を失った。
奇人変人は無視するに限る。バーベナがデンドロで学んだ数少ない教訓だ。体に教え込まれたともいう。
再び地図に視線を下ろした彼は。
「……ん?」
地図の点とマーカーが次々に消えている。
それも一箇所ではない。ミニチェシャ合体を予防するため、距離を離した拠点複数の反応がまとめて消滅した。
同時に。通信中の古参ファンが慌てた様子で戻って来る。
「
『……バ……助……ぎゃあああ!?』
『逃げ……う…………腕が、腕がぁ!』
ぶつ切りの戦闘音を最後に通信が途絶える。
明らかに何者かの襲撃を受けていた。
バーベナから地図を取り返した新参者は、通信相手の位置に近い敵の情報を確認するが。
「それらしい奴がいない……?」
「ちょっと借りるお」
古参ファンのダブルチェック。
B、C隊の拠点周囲は味方と、少数の敵のみ。頭数を揃えた拠点を同時に落とす事ができる実力者はいない。
ならば、と確認する範囲を広げると。
彼らのいる本拠点に接近する反応が一人。
同じ方角から地響きが伝わり、頭上に影が差す。
見上げた遠方。廃墟から顔を出した襲撃者は。
「「「……腕?」」」
巨大な“腕”そのものだった。
地面から生えた腕というコミカルな眺め。
それは人間の前腕部を模していながら、質感は無機物じみた、周囲に点在する遺跡に近い材質だ。
“腕”は拳を握り、自らを弓弦のように引き絞ると……あっけに取られたバーベナ陣営に振り下ろす。
「ぎゃああああああああ!?」
見た目通りの質量が大地を叩き、簡易拠点を轢き潰す。巻き込まれた取り巻きが数人吹き飛ばされてミンチになる光景にバーベナは媚びを忘れて絶叫した。
グロい、グロすぎる。仕事するなゴア表現。
それにしても、なんということでしょう。
バーベナ(の取り巻き)があくせく働いてご立派にした拠点がものの数秒で廃墟の仲間入り。
祇園精舎の鐘の声が聞こえてくるようだ。
「ここは任せてバベちんは逃げオッフ」
古参ファンはミンチになった。
バーベナは言われずとも逃げ出している。
彼の犠牲は無駄にしないのだ。
取り巻きが集めたミニチェシャは、最終的にバーベナが再取得している。ゆえに逃げの一手である。
「なにあれ!? 地図、地図……」
逃げる際、新参者からかっぱらった地図で、バーベナは襲撃者を確認する。
「こいつか――【
「せやで。うちや」
地図の停止――新参者がデスペナルティになったため――により名前までは読み取れず。
しかし、女性の声が推測を肯定した。
バーベナの進行方向に巫女が立っている。
先回りされた、とバーベナは思い至るが既に遅い。
後方は“腕”が腕によりをかけてミンチを精肉中だ。
「おおきに。【傭兵王】やらせてもろてます。ゴッツ・モウ・カッテマや。ジブン、名前は?」
「バーベナですぅ……」
答えないと殺す。濃密な殺気が語っていた。
だがこれはチャンスであった。《看破》で分かる事をあえて問いかけた理由は不明。それでも目の前の巫女は会話をご所望らしい。
バーベナは持ち前の観察力で事態を把握する。
「知らんな。……なんやハズレか。怖がらせてしもてすまんな嬢ちゃん。勘違いやったわ」
「い、いえいえそんな! 全然平気ですよぅ」
バーベナは慌てて笑顔を取り繕う。
何が、とは尋ねない。深い追求は身を滅ぼす。
勘違いで襲われるくらいよくある話だからね。
……本当によくある話か?
ただ、巫女の殺気が薄れたのは事実である。
バーベナはこのまま無害判定を勝ち取り、あわよくば、彼女を次なる協力者として取り込みたいと考えた。
そのためなら誤PKも水に流すのが上手い対応だ。
涙を見せて、相手の罪悪感と庇護欲を煽る。
「ちょっと、びっくりしただけでぇ……」
「あーあー泣かんといて。介錯したるさかい」
「グスッ、ありがとうござ……は?」
バーベナは己の聴覚を疑った。今なんつった?
「ん? なんやそういう演技やろ? 別に誤魔化せんでええよ。絆される事もあらへんけど」
ゴッツはあっけらかんと大太刀を構える。
天地の修羅に泣き落としなど通じないのだ。
付け加えるなら、ゴッツは相手が女子供だろうが、泣こうが喚こうが、殺る時は殺る女である。
「ちょっとは同情しろ! 鬼! 悪魔!」
「失礼なやっちゃ。うちは巫女さんやで? どこからどう見ても心優しいお姉さんや」
「優しい巫女さんは人をミンチにしないんだよぉ!」
「そらそうやわ。……ごめんな嬢ちゃん。うちの優しさ、どっかに落としてきてしまってん。おかげで胸がすっかり軽うなって……慎ましいのは元からやないかーい!」
「……」
「今のは笑うとこやで」
「あ、あはは……」
「何わろてんねん。しばくぞ」
「理不尽じゃん!」
打てば響く拍子の間隙に滑り込むように。
会話の最中、ゴッツは間合いに踏み入っていた。
バーベナの気が逸れている間にスキルの起動は終わっている。ゆえに回避は間に合わない。
正面から振りかぶられた大太刀。
これだけならバーベナは対処できる。しかし、
(左右、それと下!?)
大地に屹立する“腕”の挟撃。
廃墟を素材にした両腕は、平手で羽虫を捕えるように、バーベナの回避先を潰しにかかる。
おまけとばかりに彼の足元が崩壊する。
ちょうど人間が落下する程度にひび割れた地面。
底無しの落とし穴が大きな口を開けていた。
「うひィィッ!?」
落下死を避けるためバーベナは慌てて跳躍。
咄嗟のことで前後左右に動く余裕はない。
無防備な空中で三方向の攻撃を受ける事になる。
「いやっ……無理でしょこれ」
加速しても空を飛べるわけではない。
魔法職の耐久力は被弾が致命傷となる。
バーベナは最初の一手で詰んでいた。
彼はただ迫る死を前に何もできず、
「――《エレメンタルブレード》」
乱入者の軌跡を目で追った。
小柄な影が手繰るは四本の刃。
両手の名刀、両靴のブレード。
四肢で四方を切り裂いて、バーベナを狙う攻撃……左右の腕を弾き、背後に控えた後詰めの腕を切り裂き、正面の大太刀と鍔迫り合いで競り勝ってみせる。
「お仲間やったんか。で、どちらさん?」
「……【
四刀流の剣士はバーベナを助け、隣に並び立つ。
「義によって助太刀する」
「いやあんた誰ぇ!?」
バーベナwith【舞剣姫】VS【傭兵王】、開幕
・バーベナ
巣穴を破壊された。
だいたい日頃の行いが悪い。
・【舞剣姫】
岩場ビーチバレーのペア。
初対面ではないです……嘘、覚えられてない……?
・【傭兵王】
なんや、ただの人間やん。
それはそうとネギ背負った鴨は倒す。
・バベヲタ(古参ファン)
地味に謎に人脈が広い。強くはない。
・新参者
……別にちょっといいなとか思ってない。
騙されるな少年。その先は地獄だぞ。