無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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小鬼殺し 上

 □■<ウェズ海道>

 

 潮風は否応なしに東方の記憶を呼び起こす。

 逃げ場のない島国に蔓延る修羅。

 たとえ火の中水の中、草の中に土の中。

 雨の日も雪の日も、海の上まで追ってくるPK。

 

 許してはおけぬ。あなたは殺意が漲った。

 代わりに人間性を失った気はするが、今回のお仕事は討伐系のスローター・クエストだ。問題はない。

 

 バーベナが襲われたのはこの<ウェズ海道>だ。

 事情聴取で判明した特徴から、目標は盗賊クラン<ゴブリンストリート>で間違いないと思われる。

 相手にとって不足はない。

 やはり小鬼(ゴブリン)退治は新人冒険者の定番だろう。

 一度やってみたかったのだ。実に心躍る。

 

「おい待てバカやろぅ」

 

 バーベナの悪態が聞こえた。

 早々に化けの皮が剥がれているが、本人がいいのならあえて指摘する必要はない。つまり問題なしだ。

 

「問題ありありだけど。簀巻きにされたんだけど」

 

 足元に転がったバーベナを見下ろす。

 丈夫なロープで縛っているから身動きが取れまい。

 たぶん問題はないだろう。

 

「ヨシじゃない! こんなにかわいい依頼主を縛って転がすとか何考えてんの!? いきなり攫われたと思ったら街を飛び出すしさぁ!」

 

 頭のおかしい変人を見るような視線を向けられた。

 誠に遺憾である。あなたは常識人だ。

 

 しかし、この期に及んで何を騒いでいるのか。

 あなたとしては理解に苦しむところだ。

 これはバーベナが望んだ復讐だろうに。

 

 あなたは依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。

 『自分を襲った相手が死んでいく姿を見たい』と。

 数多くの奇人変人を見てきたあなたも納得の愉悦発言をしたから、こうしてバーベナも連れてきた。

 ご希望通りにASAPのなるはや超特急でだ。

 簀巻きは道中で激しい抵抗にあったからである。暴れて怪我をされてはたまらない。

 

「気づけ違和感! こっちはリスク負ってまで殺し合いの現場に居たくはないの! 安全な街中でくつろぎながら映像が見れたらそれでいいの!」

 

 バーベナは相手が苦しむ姿を直接眺めることも、鬱憤が晴れるまで痛ぶり、自らの手でとどめを刺すつもりもないらしい。随分とぬるい復讐だ。

 つまりここまで連れてくる必要はなかったわけで。

 どうやらあなたの早とちりだったようだ。

 それならそうと早く言ってくれればいいものを。

 

「言う前に口塞いできたのはそっち!」

 

 当然だ。舌を噛む恐れがある。

 感謝されこそすれ、非難される謂れは微塵もない。

 

 だが、これで依頼の難易度は格段に下がった。

 手心を加える手間が省けたからだ。

 

 意味もなく簀巻きにされたバーベナを、あなたは一抹の悪戯心で撮影する。

 これはこれでいい記念になるだろう。

 既にあなたはバーベナから、あなたのフレンドと同じ匂いを嗅ぎ取っていた。多少ぞんざいに扱っても平気なつよつよメンタルである。

 

 ともあれ。

 早速あなたは準備に取り掛かることにした。

 

 ジョブを全てリセットした。

 

 あなたは無職になった。

 

「ちょぉい!?」

 

 急に大声を出さないでほしい。

 敵が寄ってきたらどうするつもりなのか。

 

「今から戦うのにレベル下げてどーすんのバカなの!? それともジョブ無しでも強いのあんた?」

 

 何を馬鹿なことを。

 ジョブに就かずしてまともに戦えるはずないだろう。

 

「笑い事じゃないし! つーか服を脱ぐな! すっぽんぽんじゃんこの変態! 露出狂!」

 

 あなた如きが変態とは片腹痛い。

 人聞きの悪い表現は勘弁してほしいものだ。

 たしかにあなたは防具を解除したが。

 きちんと水着を下に装備しているというのに。

 

 断じてあなたは露出狂とは異なる。

 趣味嗜好でこのような行動に走ったわけではない。

 

 これがあなたの本気である。

 

「意味わかんな……待って。置いてかないで? どこに行くの? ねえどこいくの!? 一人にしないで! せめて縄をほどいてからにしてぇ!?」

 

 

 ◇◆

 

 

 ロープの結び目は相当に固かった。

 お陰で時間を大幅にロスする羽目になった。

 それでも依頼主を見捨てないのはあなたの底抜けの優しさであり美点だろう。

 

 潜伏するPKの感知範囲直前で地に伏せる。

 グリゴリの頁を破ってジョブチェンジ。

 あなたはメインジョブの【失業王】に転職した。

 就職条件さえなければ、わざわざジョブを全てリセットする必要もないのだが……それはさておき。

 

 <ゴブリンストリート>は手練れ揃いと聞く。

 いくらあなたとて遊び半分では太刀打ちできない。

 特にオーナーの【強奪王】は要注意人物だ。野盗とPKは好かないが、彼の能力は十分評価に値する。

 まともに戦ったら勝率は三割を切るだろう。

 

 あくまでまともにやれば(・・・・・・・)、だが。

 

 立ち込める白煙に何人が気づいただろうか。

 約半数以上、やはり反応がいい。

 

「ぐわー!?」

 

 海道に断末魔の叫びが響いた。

 方々から爆炎が立ち上る。仕掛けは上々。敵が慌てふためく様子が目に見えるようだ。

 

 あなたは煙幕に紛れて敵陣に侵攻する。

 感知スキルの類は自他ともに阻害されているため、己の五感と直前の記憶だけが頼りだ。

 

 煙の向こうには右往左往する影。

 すれ違い様にひとつ、首を刎ねる。

 

「……そこか!」

 

 すぐさま付近の敵があなたを捕捉する。

 速い。遅い。空振りだ。嘘だ少し掠った。

 今はお前の背後に立っているぞ。

 

「二人やられた。敵は単独、ポイントBにて交戦中」

 

 口頭での指揮と同時に行われる念話。

 判断が早い。状況を端的に報告、加えてこちらの位置を明らかにして煙幕による混乱を防ごうとしている。

 優秀な指揮官だった。悲しいことにデスペナ行きだ。

 

「単独なわけあるか! あっちも襲われてる!」

「最低二人……もっといるな?」

 

 残念だが居場所を探ることに意味はない。

 運が悪かったと諦めてほしい。

 恨むならPKを働いた過去の自分を恨むべきだ。

 

 あなたは本気装備の愛刀を振るう。

 野盗死すべし。PK殺すべし。

 ゴブリンは皆殺しだ。

 今朝のかみきり丸は毛に飢えている。

 

 とはいえ、最初の哀れな数人以降はやすやすと不意打ちを許してくれる相手ではない。

 急所クリティカルの部位欠損で即死狙い。あなたの手口を読まれたら防御は必至だ。

 一撃を耐えた相手には反撃を許してしまう。

 

「範囲魔法ぶっ放すか?」

「馬鹿やめろ。敵味方の区別つかないんだぞ」

 

 ごもっとも。

 なお、その躊躇いが諸君の命取りになる。

 また二つの首が宙を舞った。

 

 痺れを切らした敵後衛が風属性魔法を唱えた。

 感知スキルを妨げる煙幕が晴れ、ついにゲリラ戦術を仕掛けたあなたの姿が露わになる。

 

「誰もいない?」

「スキルは反応してる。俺の<エンブリオ>で偽装を見抜いてやグワー!?」

 

 紙一重の差で必殺スキルの発動を許してしまう。

 使用者は仕留めたが、あなたの偽装スキルは一切合切が解除されてしまった。

 

「見ろ! 透明な、スケスケの水着だッ!」

「スケてる水着と刀が浮いてやがる!」

「いや何だこいつ」

 

 拍子抜けした数人の首を刎ねた。

 戦闘中に隙を晒す方が悪い。水着で何がいけないのだ。

 透明化したあなたを目視することは困難を極める。

 欠点は装備が対象外という仕様だが、偽装系のスキルで隠すか、元から透明の武具を装備すればいい。

 なにせスケてる水着は特注品だ。

 

 直後、あなたは死んだ。

 脳天にいい狙撃を一発。即死である。

 

「ニアーラさんだ! ナイショーッ!」

「ははっ! 私の熱源探知があれば透明人間だろうが関係ないのよグワー!?」

 

 むしゃくしゃしたので殺った。後悔はしていない。

 やはり<エンブリオ>は初見殺しが多過ぎる。

 おかげで分身がやられてしまったではないか。

 常套戦術がたった一人の<マスター>によって覆されてしまうのだから、警戒するに越したことはない。

 

 だが『目』の女性はいい仕事をしてくれた。

 今の攻撃で、あなたは隠れていた狙撃手の居場所を把握することができたのだから。

 さよならだ。ニアーラ(?)=サン。お返しにこちらもヘッドショットをくれてやる。

 

「隙ありっす! 《スティー……」

 

 盗賊の少女が手を伸ばした。

 目線はあなたの愛刀に向いている。

 さすが盗賊クランの人間だ、目が肥えている。真っ先に最も高価な装備品を狙ってくるとは。

 

 ――手癖の悪いゴブリンめ。

 

 野盗如きに愛刀をくれてやるものか。

 装備品はもちろん銀貨一枚、米粒ひとつも渡さない。

 あなたの装備とアイテムは正当な労働の対価だ。逆の立場ならさておき、奪われる側に回るのは腹が立つ。

 

 野盗死すべし慈悲はない。

 恨みはないが見せしめだ。十七分割にしてやろう。

 水の型、龍流舞。相手は死ぬ。

 足元の水溜まりが消えて動きやすくなった。

 

 それなりに数を減らしたはずだが、オーナーの【強奪王】は未だに姿を見せない。

 部下を捨て駒にしてあなたの能力を測っているのか。

 それとも今この場にいないのか。

 

「ぐわー!?」

 

 離れた地点から悲鳴が聞こえた。

 現在あなたは分身を一体しか出していないのだが。

 もしやゴブリン狩りの同志が現れたのだろうか。

 

 あなたは再び煙幕を焚いた。

 混乱する野盗を粛清しつつ現場に急行する。

 

 白煙を抜けると、そこはスプラッタだった。

 森の緑が赤くなった。クリスマスカラーである。

 具体的にはチャイナ服の北欧美女がワンパンで野盗だった血袋を破裂させている場面に遭遇した。

 

 なにあれ超こわい。

 

 あなたはチャイナ美女に見覚えがあった。

 スターリング兄弟の歓迎会で怪しい飲み物を配布していた人物だ。当然あなたは口にしていない。

 

「やばいぞ、“酒池肉林”のレイレイだ!」

「どうして<超級>が俺らを!?」

「畜生、オーナーさえいれば……」

 

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 臓物は飛び散り、空気が抜けて萎んだ風船のような人皮が垂れ下がる。すぐ光の塵になるのが救いか。

 あなたは実家より慣れ親しんだ血祭りの雰囲気に背筋が震える思いだった。

 

 やはり<超級>というのはどいつもこいつもネジがぶっ飛んだ頭のおかしい連中ばかりだ。

 あれと比較したら、あなたは地獄に舞い降りた仏のように慈悲深い聖人だろう。

 さすがに<ゴブリンストリート>が哀れになったので、あなたは助太刀することにした。

 

 手近な野盗を首ちょんぱ。

 彼らもグロテスクなミンチになるより、綺麗な体のまま死にたいだろう。これは善行。神様も言うておる。

 あなたには感謝の言葉を受け取る用意がある。

 

「そこにも一人いるねー?」

 

 レイレイさんに目をつけられた。これはいけない。

 野盗と<超級>を同時に相手取るのは厳しい。

 しかし会話による説得は躊躇われる。

 

 今回、あなたは正体を知られてはならない。

 依頼主のバーベナから念押しされた条件だ。

 理由は簡単。足がついたらまた復讐されるから。

 あなたは正体不明の誰かさんとして、天に代わり<ゴブリンストリート>を誅殺しなければならない。

 そのための透明人間であり、スケてる水着なのだ。

 

 <超級>と敵対するメリットは皆無。

 お仕事の内容としても、戦闘面でもだ。

 あなたはとりあえず野盗を切り殺して無害であることをアピールしてみた。敵の敵は味方作戦だ。

 

「んー?」

 

 警戒レベルが跳ね上がった。なぜなのか。

 死を予見したあなたは脳をフル回転させた。

 ここは自慢のコミュニケーション能力を披露する時。

 

 毒手が眼前に迫っていた。むりぽ。

 これだから強者は嫌いだ。話し合いの余地がない。

 まあ同じ立場ならあなたもそうするが。

 先手必勝、相手に口を開かせるな。

 

 あなたは咄嗟にアイテムボックスを投げた。

 ばら撒かれた中身がレイレイさんの顔面に命中する。

 べちょり。あなたは死を覚悟した。

 

 ……なかなかデスペナが訪れない。

 目を開けると、レイレイさんは動きを止めていた。

 顔と髪に何かが飛び散っており、それはそれはあられもない姿を披露しているのだが、彼女は気にせずに何かを舐めて舌鼓を打っている。

 

「おー。これおいしいねー」

 

 なんと、あなた秘蔵のおつまみだ。

 天地で釣った魚の内臓を漬けた珍味である。

 

「積荷は奪われたって聞いてたけど、君が取り返してくれたんだねー。ありがとうだよー」

 

 訳がわからないが、あなたは助かったようだ。

 あなたは残りの珍味も献上した。

 

「わー。嬉しいよー」

 

 こんなもので見逃してもらえるのならば、いくらでも調達してこよう。

 クエスト成功と引き換えなら安い取引だ。

 <超級>にも賄賂は通用する。

 あなたはまたひとつ賢くなった。

 

 野盗は二人でぶっ殺した。

 <ウェズ海道>の初心者狩りは収束に向かうだろう。




・《影分身の術》
忍者系統や隠密系統のスキル。
実体を持つ幻を複数作り出す。
数を増やした分だけ能力は頭割り。

・《煙遁の術》
【抜忍】のスキル。
敵味方の感知スキルを阻害する煙を撒く。

・スケてる水着
正式名称【不可視領域】。うっすら見える。
魔力を通すと透明になる希少素材を使用。
あまりに入手困難な激レアドロップのため、端切れを作れる量しか集まらなかった。

・《???》
【???】のスキル。
偽装系スキルではない肉体改造。
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