無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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石腕の傭兵

 □■イベントエリア南部

 

 バーベナと黒星は廃遺跡に身を隠していた。

 休息を取り、戦闘の傷を癒やすためだ。

 他の参加者と遭遇する確率が低いエリア外縁の、更に倒壊寸前の廃墟に身を寄せている。

 

 バーベナは自前のクッションとマットレスを敷いて、酔いが収まるまで横になっている。

 隣の黒星は棒立ち。ブレードと一体化した靴では座る姿勢を取りづらいため、直立のままポーションを呷る。

 

「少し建物を見て回った。敵はいない」

 

「ご苦労さまぁ」

 

「あと拾ったアイテム。要る?」

 

「なにこれ携帯食料? 落ちてたやつはちょっと」

 

「……そ、そうだよね。燃やしとく」

 

「燃やす必要はないんじゃないかなぁ〜?」

 

 バーベナは黒星の抜刀を諌めた。

 刀燃やして切り刻む必要はあるまいよ。普通にゴミは捨てたらいいじゃんね。

 

「というかなんで食べ物?」

 

「この廃墟、元は食糧プラントみたい。水と加工前の材料が置いてあった」

 

「そうなんだ! 黒星ちゃん詳しいねぇ!」

 

「えへ……褒められた……所属してる大名家が遺跡の発掘してるから自然と覚えたというか、大した事ではないんだけど、別に発掘専門じゃないから他の人が話してるのを横で聞いてただけなんだけど」

 

(急に饒舌になるなこの子……)

 

 バーベナは話半分で聞き流した。

 途中から内容が支離滅裂になったからだ。おそらく本人も、混乱して何を話しているか理解していない。

 頃合いを見てバーベナは話題を変えた。

 

「ところでさぁ。黒星ちゃんはこういうイベントに参加した事ある? 経験者なら色々教えて?」

 

 助け舟ともいう問いかけに黒星は感謝する。話の止め時を見失っていたからだ。

 

「あ、私は初めて」

 

「へぇー。じゃあ一緒だぁ。バベちん、優しい人達に色々と教わりながら進めてたんだけど、みんなやられちゃってねぇ。実は心細かったから……黒星ちゃんがいてくれてすごい嬉しい。がんばろーね!」

 

「うん……」

 

 僅かに言い淀んだ黒星。

 バーベナは一瞬の違和感を見逃さない。

 メンタル不調で役に立たないとか困るんで。

 通常の媚びより明るめ純粋ポジティブを強調した媚びを継続して、彼女の内面に探りを入れる。

 

「どうしたの? 疲れちゃった?」

 

「っ……いや。ただ、私は単純にイベントを楽しんでいる人達とは違うから」

 

 聞きようによっては「お遊び気分の連中と一緒にするな」と捉える事ができる言葉と抑揚。

 しかしバーベナはその道のプロ。さらに最近はコミュ力皆無な無職との付き合いで鍛えている。黒星に他者を批判するつもりがないと察するのは容易い。

 無愛想だが、むしろこれは……自分を批判している? バーベナはスカスカの頭を働かせる。

 

「別にいーんじゃない? ゲームなんだし、好きに遊んだらいいと思うよぅ」

 

 とりあえず肯定しとくか、知らんけど。

 無責任ここに極まれり。

 

「バーベナは上位入賞狙い?」

 

「そうそう。でも、バベちんよわよわだからぁ……優しい人に助けてもらわないと勝てないかも。ちらっ」

 

「なら……私は一緒にいない方がいい」

 

「は?」

 

 誘導失敗。バーベナは慌てた。嘘でしょ。

 

(待て、何のために媚び売ってると思ってんだ。お前に助けてもらうためでしょーが! ここで離脱しますサヨナラとかやめてよねぇ!?)

 

 黒星を味方につけるための口説き文句を、これまでの会話と反応からバーベナは導き出す。

 

「そんなこと言わないで。お友達でしょ?」

 

「バーベナ……」

 

「理由があるなら話してみてよぅ」

 

「わかった」

 

 黒星は陥落した。ちょろい、ちょろすぎる。

 友達ムーブをかましたら言いなりにできそうだ。

 バーベナは彼女の扱い方を理解した。

 

「私がイベントに参加したのは不純な動機」

 

 黒星は内心の悩みを吐露する。

 優しい友人が相手なら話しても大丈夫だと。

 出会って一日に満たないバーベナを信頼した。

 ただし理由の一つ目(友達探し)は羞恥心が優ったので秘密にする。既に叶ったから口には出さないのだ。

 

「私が青海波家の客分である事は話したと思う」

 

「うんうん(なんだそれ。聞き流した部分か?)」

 

「天地の大名家では中堅と弱小の間くらい。東青殿家の傘下だけど、領主様が情けないから、いつも港を海賊に襲われる。すごい治安の悪い領地だった」

 

 物騒じゃね、とバーベナは思った。

 かろうじて声に出すのは我慢した。

 

「でも、領地は平和になった。一人の<超級>が海賊を皆殺しにしたから」

 

 暴力的解決かよ、とバーベナは思った。

 かろうじてツッコミは我慢した。

 

「その人は強くて、格好よくて。このイベントに参加するって噂を聞いたから、私は……」

 

 お、そういうやつ? 話変わってきたな。

 バーベナは前のめりになった。

 

「どうしても――戦いたくて」

 

「……ん?」

 

 流れ変わってきたな。

 バーベナは己の耳を疑った。

 

「会って話したい、とかじゃないの普通は」

 

「え、何を話すの……わからない……」

 

「逆に何で戦うのかわかんないんですけど!?」

 

 黒星は不思議そうに首を傾げている。

 バーベナは自分がおかしいのか、という錯覚に襲われるが常識的に考えておかしいのは黒星だ。

 

 そこは恋愛とか憧憬の感情を持ってこいよ。

 どうして闘争心と殺意を置いてしまうんだよ。

 悲しき獣かよ。そういや修羅だったわ。

 

「青海波家は客分同士の私闘が禁止されてる。あの人も忙しいから、今日は絶好の機会」

 

「いや前提! 戦う理由を聞いてんだよ!?」

 

「……剣の先生だから?」

 

「はいそこ。もう少し詳しく」

 

 バーベナはヒアリングの姿勢を取る。

 一から十まで質問しないとまるで話が進まない。

 

「師匠と弟子の関係ってこと?」

 

「私が、勝手に先生と思っているだけ。前に一度だけ話した事がある。モンスターに負けそうなところを助けてもらった。剣の振り方を教えてもらった」

 

「それだけ? 他に接点は」

 

「ない。その時の一度だけ、それっきり」

 

「……逆恨み?」

 

「なんで恨む必要が……?」

 

「や、話を聞いた限り、他に理由が思いつかない」

 

「違う。あの人は、私を褒めてくれた。『君には可能性がある。いつか俺を超える剣士になるかもしれない。強くなったその時は全力で勝ちに来い』って」

 

「一番大事なとこッ!」

 

 語り終え、黒星は口を閉ざして俯いた。

 考えれば考えるほど身勝手な理由だと己を恥じる。

 バーベナの目的がイベント攻略なら、自分のわがままに付き合わせるのは迷惑ではないかと。

 申し訳ない気持ちで黒星は押し潰されそうになる。

 共闘の誘いを辞退して、バーベナは他の参加者と組んでもらおうと、拙い言葉を紡ごうとした時。

 

「じゃあ、ちょうどいいじゃん」

 

「……え?」

 

 顔を上げると、バーベナが手を差し伸べていた。

 

「イベント攻略してたら途中で見つかるでしょ。そしたら戦えばいいよ。まあ死んでなければだけど……無職と同じ<超級>なら最後まで生き延びるはず……」

 

 バーベナは脳と舌をフル回転させる。

 必ずや説得して味方に取り込まねばならぬ。

 こんなに扱いやすい取り巻きはそういないのだ。

 

「だからさ。一緒に遊ぼうよ」

 

 ここで笑顔。バーベナ渾身のスマイル!

 腹芸さえなければ好感度上昇間違いなし。

 ピュアな黒星は疑いもしない。勝ち確である。

 

「……うん!」

 

(ま、せいぜい役に立ってもらうよぅ!)

 

 黒星とバーベナは手を取り合った。

 美少女パーティの誕生である。片方は贋作だが。

 

「いや〜、ええもんみせてもろたわ」

 

「……【傭兵王】ッ」

 

 黒星にとって感動的な場面に水を差すように、遺跡内に反響する乾いた拍手。

 音の出所は床を貫通して伸びる土管。

 舞台仕掛けのように迫り出した筒から、ひょっこりと糸目の巫女が顔を出した。

 

「まいど! うちやで!」

 

 マンマミーアとか言うたらええ?

 世界的大人気を誇るアクションゲームのBGMを口笛で吹いて、【傭兵王】ゴッツ・モウ・カッテマが現れる。

 

「死んだはずじゃ……」

 

「ちょいちょいちょーい、勝手に殺すなや! ご覧の通りピンピンしとるがな。……もしかして今のボケろっちゅう振りやった?」

 

 ふざけた態度に反して充満する威圧感。

 黒星は臨戦体勢を取り、バーベナは腰が抜けてしまったので彼女の背後に四つん這いで移動する。

 

「まーあのままやとジリ貧やったからな。砂嵐は全然止まらんし。穴掘って抜け出してきたわ」

 

 ゴッツは土管を拳で叩く。

 地形操作のスキルの一環だ。ゴッツは足元に空洞を作り、二人が逃げたと思しき方角に地下道を繋いだ。

 バーベナの超音速砂嵐が地下に届かない弱点を突いた、スキルコンボの抜け穴である。

 

 土管の縁を跨いだ長い足が床に触れた。

 崩れて瓦礫に戻る土管を背景に、ゴッツは肩を鳴らして、より濃密な殺気をたった一人に向ける。

 

「ほな、始めよか」

 

「させないっ」

 

「ん? ……あー、ちゃうちゃう。四刀流の嬢ちゃんは行ってええで。大事な約束あるんやろ? 横紙破りみたいなヤボはせえへん。うち空気めっちゃ読めるねん」

 

 ゴッツの視線と殺気は黒星の先。

 

「……俺?」

 

「せや、ジブンやジブン」

 

 やったねバーベナ。名指しのご指名よ。

 

「うぇぇぇぇぇ!? な、なんでさ! 俺なんか食べても美味しくないよう!?」

 

「ドアホぅ誰が食うか! 腹壊すわ!」

 

「失礼だなお前!? じゃあ何でだよッ」

 

「そら、まあ……勘」

 

「ふわふわしてんなオイ」

 

 漠然とした理由で修羅に狙われるなど、バーベナとしてはたまったものではない。己が何をした。バーベナはおててを胸に当てて、自分の行いを振り返る。

 不可解なことに襲われる理由がまるでなかった。

 客観視すると十分に刺されて然るべきである。

 

「なんちゅうか。放っておいたらヤバい感じすんねんな。ならここで殺しとこー、ってなるやんか」

 

「天地の修羅は頭おかしいのか?」

 

「あと単純にポイント持ってるやろ。寄越しや」

 

「クソがよォッ!?」

 

 交渉決裂である。イベント参加者としては至極真っ当な論理であるため、バーベナは返す言葉がない。

 

 ゴッツは半泣きのバーベナを観察する。

 イベントポイントのミニチェシャはいない。

 どこかにまとめて保管してあるのだろうと考え、生け捕りして場所を聞き出すか検討する。

 ゴッツの予想は正しい。バーベナは自陣営の取り巻きが設置した複数の簡易拠点に、それぞれミニチェシャを隠している。……ゴッツの襲撃で半数は破壊されたが。

 

(いや殺すか。何してくるか分からんし)

 

 バーベナから生存の目は失われた。

 

「ところで、いつまでおるん? えーと誰やっけ」

 

 やり取りの最中も黒星は微動だにしなかった。

 

「はよ行きや。背中に攻撃とかしやんから」

 

 ゴッツは動かない黒星に発破をかける。

 勝てる相手だ。ただ面倒ではあった。

 戦わずに済むならそれに越した事はない。修羅に似合わず、ゴッツは冷静に戦況を見据えている。

 

 ……が。

 

 黒星はそれでも動かない。立ち去らない。

 殺気でふやけたバーベナを庇うように。

 腰の二刀を鞘から引き抜いて構える。

 

「ええの? ソレ、ろくな人間とちゃうで。ジブンを犠牲にする価値なんてあらへんよ」

 

「あまり好き勝手言わないで」

 

 何を言われようと、黒星の心は決まっていた。

 

「――私の友達なんだ」

 

「――気に入ったわ、妙蓮寺黒星。……後悔しても知らんでェ!」

 

 四刀の剣士。

 

 石の傭兵。

 

 両者は踏み出し――激突する。

 

 

 ◇◆

 

 

 バーベナは逃げ出した。

 

 ゴッツと黒星が戦う間に距離を取る。

 先の戦闘で一度切り札に反応された。ゆえにバーベナは自分を戦力としてカウントしていない。

 

「だって勝てるわけないじゃんね」

 

 外部に繋がる通路を進むバーベナは、言い訳がましく、逃げる自分を弁護する。

 

「適材適所。賢い戦略的撤退ってやつだよ」

 

 背後で金属音が響いている。

 戦闘系超級職同士が鎬を削っている。

 

 黒星には何のメリットもないのに。

 

『――私の友達なんだ』

 

 バカみたいな理由で戦っている。

 

「……あー! あああああああああ! もう!」

 

 歯軋りした。バーベナは無性に腹立たしい気分になり、不快さを吐き出すように叫んだ。

 

「バカじゃないの!? 何が友達だよ! もう少し人を疑う事を覚えろってんだチクショー!」

 

 彼は感情に任せて足を踏み鳴らす。

 あまりに愚か。だから騙される。バーベナのような、タチの悪い人間にいいように使われるのだ。

 

「友達なんてなぁ……ろくなもんじゃないっての」

 

 舌打ちして、曲がり角を折れた先。

 バーベナは何かとぶつかった。

 

「痛っ……どこ見てんだよ、ぅ……?」

 

 八つ当たり気味に文句を言って、そもそも遺跡内に他の人間がいるわけないと思い至る。

 

 では目の前のこれは?

 

 遺跡の壁と同じ材質。

 円筒形のボディ。

 細やかに動くモノアイ。

 

『リョウリスルヨ。リョウリスルヨ』

 

「なんだロボットか。そういや食糧プラントとか言ってたっけ……じゃあモンスター扱い?」

 

『リョウリスルヨ。リョウリ、リョウリ』

 

「ちょうどいいや。イライラしてたんだよねぇ。適当にご飯作ってよ、できるだろ」

 

『オーダー。リョウリ』

 

 バーベナが小突いた箇所が二つに割れる。

 割れ目から伸びる伸縮自在のアーム。

 

 ロボットはバーベナを簀巻きにした。

 

「……は?」

 

 ロボットはバーベナを担ぎ上げる。

 続いて取り出したのはハンマーとノコギリ。

 明らかに調理器具ではない。

 

『ショクザイ、カクホ。リョウリシマス』

 

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

 ◇◆

 

 

 黒星とゴッツの攻防は先の一戦と大差ない。

 ゴッツが地形操作で手数に長ける攻撃を放ち。

 黒星は四刀を以ってこれを受ける。

 

 相違点はゴッツが大太刀を失っていること。

 現在の彼女は徒手空拳。四肢を覆う無骨な鎧を装備しているが、それは遺跡の壁を装甲に造り替えたものだ。

 

 変わらないのは、圧倒的な黒星の劣勢。

 

 正面から迫る石柱を刀で受けて回転。

 勢いのまま【舞剣姫】の奥義を使い、死角から射出された岩石の槍を脚の刃に吸い寄せて弾いた。

 直後、上体を後ろに反らせば間一髪。頭蓋骨があった位置を石の籠手が通り過ぎていく。

 

「イナバウアーや! それイナバウアーやろ!」

 

「スケート弄りやめて……」

 

 拳打で伸び切ったゴッツの腕、その根本にあたる脇を目掛けて、黒星は右靴のブレードを切り上げた。

 先端が半月の弧を描く蹴りにして斬撃。

 当然ながら余裕で回避される。ゴッツは空振りの瞬間に身を引いて、次の攻めに移っていた。

 

 狙いは黒星の左足。

 蹴りの姿勢は非常に不安定で、軸足が揺れると人間は簡単に横転してしまう。

 

(それはさっき見た)

 

 ならば、どうするか。

 

 黒星は()()()()()()()()

 

 例えるなら鉄棒の逆上がりのように。

 既に頭上にある足を追って、もう片方の足も共に勢い任せで振り上げる。逆上がりと異なるのは体を支える鉄棒が存在しないこと。

 

(ふふ……私、体幹は自信あり……)

 

 そして黒星のそれは単なる曲芸ではない。

 

 身を捩り、手にした二刀の水平斬り。

 十字に交差する剣の舞。攻めと守りを兼ね備えた、踊るような同時攻撃が【舞剣姫】の得意技だ。

 

「組討術――鐚狐(ビタキツネ)

 

 応じる技は真剣白刃取り。

 ゴッツは現実で修めた古武術により、黒星が握る二本の刀を奪い、靴のブレードと相殺してのける。

 

「どうしたァ! さっきより剣が軽いで!」

 

「知ってる。だからこうする」

 

「あ……?」

 

 ゴッツは籠手で脚の斬撃を打ち払う。

 ならばと、黒星は右籠手にブレードを突き立てた。

 

 軸のない無防備な空中で新たに足場を確保。

 ゴッツが籠手を石塊に戻す前に、黒星は垂直に立つ。

 

「《剣舞劇・風の型》……風牙」

 

 剣での戦闘に限定した時間比例の強化バフ。

 刃を引き絞る動作はシステムに規定された構えだ。

 密かに《火の型》から《風の型》に切り替え、戦闘時間を重ねた黒星はSTRの代わりにAGIが上昇している。

 本来は剣の構えが途切れた時点で効果を失い、ゼロからバフの効果を積み重ねなくてはならない。

 だが、黒星の<エンブリオ>は靴でありながら、ブレード部分は刀剣の判定を有している。

 

 刀を失おうと……剣舞(ソードダンス)は止まらない。

 

「《トリプルアクセル》、《流星脚》ッ!」

 

 迸る蹴撃は、黒星の最大火力スキルコンボ。

 黒星の<エンブリオ>は靴でありながら、ブレード部分は刀剣の判定を有している。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 

 蹴士系統上級職【烈蹴士】の奥義、《流星脚》。

 AGI3000ごとに半分の威力の追加攻撃を行う分身を一回、最大十回生み出す攻撃スキル。

 黒星は《風の型》と《トリプルアクセル》の三倍バフでAGIを瞬間的に三万まで高め、最大回数の剣技を放つ。

 

 ――十一連撃、名付けて《星光連流(スターバースト)》。

 

(手応えはあった……これで)

 

 全弾命中を確信した黒星は軸足を石塊から引き抜いて、一度間合いを取ろうとした。

 

「忘れものや」

 

「……ッ!?」

 

 だが、黒星を狙う二刀の投擲。

 自分の武器を弾いて掴む一動作は反射的なもの。

 足を止めた時点で相手の術中に嵌っている。

 

 交差する石柱。崩れた堅牢なバリケード。

 コスト度外視で無数に重ねて固めた石の盾。

 その後ろで黒星の連撃から身を守ったゴッツは、続く一手で反撃の準備を終えていた。

 

「いい技のお返しやで。うちの代名詞……たんと味わってきやッ!」

 

 黒星を掴む、無数の石の“腕”。

 靴のブレードは触れた時点で傷を負いそうなものだが、所詮は石塊、無機物ゆえに痛みはなく、複数の“腕”による力技で黒星の体は拘束されていた。

 

 “腕”が絡みつくのはゴッツも同様。

 極端に肥大した右腕は周囲の素材……瓦礫や遺跡そのものを取り込み、拳の形状に造形したもの。

 本人のステータスですら支えきれないのか、地面から生えた石柱や“腕”が、その重みを分担している。

 

 これは“石腕”ゴッツの通り名の由来。

 スキルならざる【傭兵王】の()()()

 

「――《石腕》」

 

 別名『死ぬほど重いので死ぬまで殴る』である。

 

「……黒星、オトモダチは真っ先に逃げ出してもうたで。ジブンと比べたら、あれは人間のカスや」

 

 拳の着弾点。瀕死の黒星にゴッツは憐憫を向けた。

 先程と比べてENDが上昇している、防御不能と判断して《剣舞劇》の型を切り替えたのだ。

 彼女がここまで必死で戦う理由があるのか。否、ない。どう考えてもない。ゴッツには理解が及ばない。

 

「死なん程度に加減したった。そこで寝とき」

 

 ゴッツは踵を返した。

 逃げたバーベナを仕留めるためだ。大量のイベントポイントを取得すれば首位に躍り出る事ができる。

 

「せやからな。うちは賞品目当てであって……こんなところで時間をかけるつもりはないんやけど」

 

 ゴッツの背後で瓦礫が崩れる音がする。

 緩めた拘束から抜け出して、立ち上がる黒星。

 振り返らずともよく分かる。

 

 彼女の心はまだ死んでいない。

 

「分からんやつや。見逃したる言うてんねん」

 

「……私は、見逃すつもりはない」

 

「師匠との約束はどうすんねや。ここで死んだらおじゃんのパァやで。悪いようにはせん。二度も言わすな」

 

「そっちこそ。二度も言わせないで」

 

 行かせない。逃げるな、戦え。

 意思は気迫に。気迫は殺気に。

 無視できない熱量を前に、ゴッツはため息を吐いた。

 

 再び黒星を地形操作で拘束。

 彼女は回避する事すら覚束ない。

 

「うちが舐めてる今はチャンスやと思うてる? 耐久戦なら勝機があるって勘違いしてるな?」

 

 諦めないのなら、折りにいく。

 ゴッツは夢見がちの少女に現実を突きつける。

 

「うちのクニツカミ(<エンブリオ>)は確かにコストが重い。で、想像の通り貨幣を支払う必要がある。おかげでうちは万年金欠や。どないしてくれんねん……とはならん」

 

 ゴッツのメインジョブは【傭兵王】。

 傭兵系統の超級職である。

 

 傭兵系統の特徴は《傭兵の流儀》というスキルだ。

 敵の討伐時、ドロップアイテムに金銭を追加する。

 ()()()()()では、遺体の所持品の中から高価な物品を見定めるというセンススキルだったが……ドロップアイテムの仕組みが浸透した現在は、獲得リソースの一部を貨幣に変換するという処理がなされている。

 

「《傭兵の流儀》で敵を倒し続ける限り、うちは種銭を回収できる。コスト切れはありえへん」

 

「……」

 

「その目は信じとらんな。まあ、確かにこれだけやと片手落ちや。普段は収支マイナスになるしな。せやけどこのイベントは……参加者がごっつ集まるお祭り騒ぎなら話は別やで。黒星、ジブンかて戦闘スタイルの分類は知っとるやろ」

 

 <マスター>・ティアンを問わず、デンドロの戦闘スタイルは概ね三種類に区分される。

 

 個人戦闘型。

 一対一の近接戦闘を得意とする者が多い。最もシンプルで安定した戦闘スタイルだ。

 黒星、【裸王】レオナなどが該当する。

 なかには生存に特化した個人生存型という派生系が存在するが、ここでは割愛する。

 

 広域制圧型。

 幾千幾万の戦力で敵方を制圧するタイプと、大多数を個別に制圧できる手段を持つタイプの二つに分かれる。

 超級職では【将軍】シリーズがポピュラーだ。

 

 広域殲滅型。

 たった一人で幾千幾万の敵を殲滅する。敵味方の区別なく、広範囲を高火力で殺し尽くす事ができるタイプ。

 

「うちの場合は若干、広域制圧型とのハイブリッドやけどな。本領は広域殲滅型や」

 

 大規模な地形操作によるマップ攻撃。

 軍勢を地割れにまとめて叩き込む事ができる。

 質量攻撃で頭上から押し潰す事ができる。

 

 ゆえに知覚範囲の敵を殺戮する事など容易い。

 

「【傭兵王】の奥義《キリング・ボーナス》は、連続して敵を倒すと獲得経験値が増える。なんかドロップするリルも増えるし、おまけでMPとSPも回復するんやな。……で、これの倍率がエグくてな。<マスター>まとめて殺したら広域殲滅のコスト差し引いてお釣りが出る」

 

 他のゲームでいうところの連続討伐(キルストリーク)ボーナス。

 三十秒以内の連続討伐で維持できる特殊バフ。

 バーベナ陣営の参加者を殲滅し、今もなお、いくらかを拘束して生かしている……奥義の維持&スキルコストのへそくりに残しているゴッツに、ガス欠は訪れない。

 

「その点だけはあの嬢ちゃんに感謝やな。まだまだ生き残りおるから、おかげでコストに余裕ができたわ。……せやから諦めろ、黒星。こんなとこで無駄死にすな」

 

 黒星の抵抗が止まる。

 石の拘束に飲まれていく。

 

 ゴッツはようやっとか、と安堵して。

 

「諦めない」

 

 立ち上がる黒星の姿を振り返ってしまう。

 

「なんでや……なんで、そこまでするんや?」

 

「……バーベナは逃げてない」

 

 ゴッツは目を離せない。

 

「ッ、せやから!」

 

「私は友達を信じる」

 

 ゴッツは彼女を倒せない。

 

「私はあの人と戦う」

 

 どこまでも頑固で純粋な狂気に似た感情を。

 

「両方こなす。それが、()()()()()()()()()()

 

 石腕(ゴッツ)では――黒星の信念を砕けない。

 

「いい加減に……っ!?」

 

 続く言葉は次なる驚愕に打ち消されてしまう。

 爆発音と地響きと鳴動。遺跡全体を揺るがす衝撃は、しかしゴッツの認識外で生じた事象だ。今のゴッツは遺跡内の地形操作を行なっていないのだから。

 

 遺跡の壁、その一角が粉々に砕け散る。

 元より廃墟だった建造物は瓦礫の山に。ぽっかりと空いた横穴からは、高音の蒸気と火炎が噴き出した。

 

 焔から飛び出してくる影が一人……いや、二つ。

 

「あっちィィィィィィィ!? 熱い熱い、死んじゃう! 火傷するってのぉ!」

 

 一人は炎上する人型。かろうじて人間のシルエットを保つ、鮫を模した頭部の全身強化スーツを着た男。

 

『ピー、ガガ……リョウリ』

 

 ひとつは寸胴のロボット型モンスター。刃物で両断されたような装甲の裂傷。熱で配線がショートしている。

 

「ふふ……あははは! どうだポンコツ、ざまあみろ! お前がっ、料理にっ、なるんだよぉ!」

 

 男は高笑いしてロボットに死体蹴りを行う。

 HPが尽きて光の塵になるまで。満足するまで。

 

「ハァ、ハァ……くそ、ここどこだ……よ……?」

 

 涼しさと新鮮な酸素を求めて、装備を脱いで顔だけ露出したバーベナ、驚愕。

 なんということでしょう。逃げたはずの場所に逆戻りしてしまったではありませんか。

 

「げっ、やべ」

 

「嘘やん……」

 

「ほら。だから言った」

 

 三者三様の反応。

 うち二人はわけも分からず混乱している!

 

 ただ一人。黒星だけはしたり顔だ。むふー。

 バーベナは逃げてなどいなかった。信じた通り、彼女の元に戻ってきた。()()()()()()()()()

 

「ここからは……理想の私の、理想の舞台」

 

 一歩、足を踏み出す。水飛沫が跳ねる。

 

 横穴から溢れて部屋を濡らす水。バーベナが火を消すために苦心した消化活動の名残り。彼が隔壁をぶち抜いた食糧プラントの貯水槽、そのうち鎮火で水蒸気にならなかった残り滓だ。

 

「【傭兵王】。あなたを倒す」

 

 爪先が浸る程度の水たまり。

 黒星にとっては、それで十分。

 

「――《破れた銀盤(バースト・リンク)》」

 ――<エンブリオ>のスキルを宣言する。




ゴッツと黒星の<エンブリオ>、バーベナの特典武具については次回
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