無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■イベントエリア南部
妙蓮寺黒星は服の裾を摘んで一礼した。
リズムを刻んで弾む脚、刃の鋭利な鋒は、数ミリに満たない水深に
飛び出し一歩。蹴り出して二歩。
弓弦から放たれた鏃のように水上を滑走する。
彼女は迷いのない瞳でゴッツに接近。
宣言したスキルの効果は未だ不明だ。
加えてどこか違和感が漂う。原因を探しながら、ゴッツは推測と対応を迫られる。
(水面を滑るスキル……ちゃうな。どんなに足場が悪い中でも滑走できるのはデフォルトの特性か、基本のパッシブスキル。この場面で切るなら、確実にうちを仕留めるための初見殺し)
<エンブリオ>は可能性を叶えるオンリーワン。
何が起きてもおかしくない、という理不尽の塊だ。
(アームズ系列は接触を条件にするスキルが多い。特に単発技。ただ、黒星の性質と戦闘スタイルなら持続強化型の線は捨て切れん。むしろそっちの方がある)
一撃で六桁のダメージを叩き出すような、瞬間的な爆発力を生み出すタイプではない。
どちらかと言えば静かにゆっくりと立ち上がるイメージをゴッツは勝手に抱いている。
まるで無根拠な感覚論。しかし、この手の直感をバカにできないのが<エンブリオ>という個々人のパーソナルを参照するシステムだ。
多かれ少なかれ<エンブリオ>は<マスター>の性質を反映する。
たとえ己が傷ついたとしても悲劇を食い止めようとする者なら、災禍を払う盾や
己の天職を探し求める者なら、これまでの道で積み上げた職歴が示す無限の可能性を。
では、黒星はどうか?
揺れぬ体幹と軸足で高速回転した彼女は、水平の片足を突き上げて逆袈裟斬りを繰り出す。
振り抜かれたブレードを石柱で堰き止める。
遺跡を圧縮した石柱。実用に耐える硬度を、即座に創り出すには莫大な額の貨幣を費やす事になるが。
固定ダメージ伝播、視認、接触。想定される条件は障害物を間に挟めば最悪の事態を免れると判断し。
「あァ……?」
ゴッツの背中から鮮血が噴き出す。
(……切られた。んなアホな。ちゃんと防いだやろがい。透過……間合いの拡張……分身? いや)
ゴッツは勢い余って片膝をついた。
透き通る水は暗い青に染まっている。
鏡写しの自分はやけに鮮明だった。
(違和感の正体はこれか)
黒星は石柱を迂回してゴッツの正面に。
彼女の足元には『何もない』。
水面に映る影、光の反射で生まれる鏡像がない。
それは本人から離れ、独りでに動き出し。
水鏡の世界でゴッツを背後から強襲する。
(
TYPE:アームズ・ワールド【裏走鏡面 オデット・オディール】。
氷上や水面など、光を反射する足場で最大の効果を発揮するスケート靴の<エンブリオ>だ。
《
(一種の類感呪術やな。形が似ているものは作用し合う。鏡像のダメージはうちの肉体に反映される。手の届かない鏡の奥から、一方的に攻撃される仕組み……いやどない防御せいっちゅうねん)
黒星の側はダメージの反映がなされない。
スキルの性質上、当たり判定は独立している。本体を攻撃しても鏡像の動作は鈍らない。逆もまた然り。
(せやけど)
ゴッツ・モウ・カッテマは慣れている。
初見殺しの異能という<Infinite Dendrogram>の根幹を為す要素に比較的順応できるタイプの人間だ。
それこそ仮初の名前と
本業で鍛えた胆力は健在だ。ジョブと<エンブリオ>、武術の心得と経験則があれば、異能のひとつやふたつ制限されたところで問題ない。
突破口は黒星が抱える脆弱性。
(水場やないと使えんのやろ?)
先程の必殺スキルを陸上で使えない発言。
他も同様の制限を課しているとゴッツは看破した。
水を媒介とする能力は、水を失えば維持できない。
海上のように見渡す限り水で溢れているなら対処は難しいだろうが、陸地であれば話は別だ。
ゴッツは遺跡の床に干渉して、水溜まりに沈んだ足場を隆起させようと試みる。
黒星と鏡像、二人の追撃を受ける前に。
貯まった水を排出するのでは間に合わない。
余剰分の貨幣をコストに地形操作の速度を早める。
足りなければストックを回収すればいい。幸い有象無象の参加者を半殺しで確保している。
ゴッツは遠方に聳え立つ石の巨腕に意識を割き、捕らえた<マスター>をデスペナルティに――できない。
「――お前ら全員、何も聞かずに自害しろ」
――
「な……ハァ!?」
ゴッツは想定外の事態に思わず叫んだ。
驚愕する巫女は視界の端で元凶をみやる。
通信機を握りしめたバーベナの仕業……石の中に捕らえた参加者達の自害を命じたのだと悟った。
「おい何しとんねんジブン」
「げっ、バレた!?」
ゴッツは優先順位を繰り上げ、真っ先にバーベナの排除にかかる。
◇◆◇
□■ちょっと前
廃れた遺跡内部の一室。
戦闘から逃げ出したバーベナは、謎のロボットに捕まって、まな板の上に転がされた。
『リョウリシマス』
「待って!? そのぶっといのなに!」
余談だが、このロボットは【料理できる君】。
無職が気まぐれで作った魔力式調理器具である。
非常時は周囲の物質を燃料に変換する第二動力炉を備えており、今回は遺跡を取り込んで暴走している。
アイテム全ロストの影響で、イベントエリアに離散した所持品のひとつであった。
『シタゴシラエ、スタート』
「見た目もろ拷問器具なんですけどぉ!? や、やめ……お願い誰か助けてぇぇぇぇぇ!?」
助けはこない。現実は非常である。
美味しくいただかれる()寸前の彼の耳に、ノイズ混じりの声が届いた。
『……バーベナは逃げてない』
「っ」
取り巻きから念のためにと渡されたマジックアイテム。フレンド専用の通信機が音声を拾っている。
一方的に繋がった通信に相手は気づいていないが。
残してきた黒星の声は、興奮を冷ますには十分。
『私は友達を信じる』
「やめろよ……そういうのさ」
無性に腹が立つ。迷惑だ。
甘やかされるのはいい。貢がれるのもいい。
バーベナの目論見通りだから。
少し外見と愛想に気を遣えば人は籠絡できる。
思考停止で甘い汁を吸える、実に手っ取り早い。
だが、ここまで信頼を向けられて。
期待されて。それなのに自分は?
これではまるで悪党ではないか。
「ちぇっ、気分わる」
バーベナは舌打ちして、
「《瞬間装着》」
砂嵐が彼の姿を覆い隠す。
ロボットは調理器具()を振るう対象を見失い、各種センサーで食材()を探知するも捕捉できない。
カメラに映るのはノイズのような砂嵐。それもレンズごと研磨されて使い物にならなくなる。
音響、熱源探査にも反応しない。礫に削り取られ、装甲が軋みをあげている。
『ピガガ、ピー……?』
人間様のように小首を傾げるロボット。
すぐ隣にバーベナは立っている。
一歩たりとも動いてなどいない。
右腕を振り抜いて一閃。
軽い一動作でロボットが切り裂かれる。
「邪魔だよ」
鉄クズ同然の【料理できる君】を蹴り飛ばして、バーベナは踵を返した。
『ガ、ピ……ピー、リョウリリョウリ』
ここで破損した機体から迫り出すガスバーナー。
火炎放射器? いいえ調理器具です。
不幸な事に、バーベナがいる一室は貯蔵庫だった。
部屋の片隅に袋詰めした食糧が積み上がっていた。
砂嵐で破けた袋。舞い散る小麦粉。
ここに火種をひとつまみ、と。
『ウェルダン!』
「え?」
室内に充満した粉塵は爆発燃焼を引き起こし……慌てたバーベナは貯水槽を破壊、鎮火を試みたのだった。
◇◆◇
□■イベントエリア南部
ゆえにバーベナは知っている。
ゴッツの無尽蔵に思えるコストを賄うシナジーを。
黒星と通信を繋げていたのだ。ゴッツ本人が口にした、彼女のビルドについても既知である。
ならば対策は容易。イベント参加者のうち、バーベナだけはゴッツのコストに干渉できる。
バーベナと取り巻きの関係性。嗚呼、なんということでしょう。ファンの皆がバーベナの力になる。
実際は古参の強火ファンが、新参者や取り巻きでない人間を巻き込んで派手に自爆している。
現実は物語と違って非常に醜く愚かである。
ともあれ【傭兵王】の奥義は打ち止めだ。
「まあええわ。命と有金置いてきや」
「盗賊よりタチ悪いじゃんか!」
「PKやと普通やない?」
四方八方で乱立する石柱を、バーベナは光の軌跡を残しながら潜り抜ける。
魔法系の後衛職としてはあり得ない速度。ゴッツが残りわずかな種銭を出し惜しんで包囲網が甘いという要因もあろうが、それでも攻撃が当たらない。
バーベナは超音速機動で疾走する。
一歩間違えれば石柱に衝突してお陀仏だ。
自滅狙いで不意打ち気味に飛び出す障害物は、砂嵐で研磨して粉微塵に消し飛ばす。
一本だけ強度を高めた石柱が残り、眼前に。
「ぎにぃぃぃ!?」
情けない悲鳴と共に腕を振って柱を両断する。
バーベナの前腕部から伸びた刃は砂を固めて三日月型に整形したもの。頭から爪先まで覆う装備の意匠と併せて、魚類の鰭のような印象を与える。
それは砂嵐で研磨され――限界まで攻撃力を跳ね上げた極薄の曲刀に他ならない。
これぞバーベナの新しい力。
伝説級武具【潜鮫服 クイックサンド】。
体のラインが出るボディスーツの表面に砂を纏う事で効果を発揮する特典武具だ。
粒子操作魔法と砥石、タキオンを組み合わせた超音速の砂嵐。バーベナの十八番は、しかし、これまで近距離での使用が困難だった。自分が巻き込まれてミンチになるからである。
だが、それも特典武具を入手するまでの話。
砂を纏って防御力を上げる《鱶鉱力》の恩恵。
超音速で吹き付ける砂は、敵味方を苛む災禍だが、バーベナにとって装甲を回復させる手段にもなる。
砂のダメージと特典武具の修復力は拮抗している。よって、彼は自爆ミンチを克服した。
併用する【高位研師】の奥義《業物仕上》は、研磨した対象の耐久値を下げる代わりに攻撃力を引き上げる。
粒子操作魔法に付随して装備破壊を誘発するシナジーを誇るが、同時に、特典武具に付着した砂の装甲に高い攻撃力を付与する事ができる。
砂嵐の只中にいれば、《砂迷肌》の環境迷彩で気配を悟らせず、一方的な蹂躙すら可能。
広域殲滅に個人戦闘をこなす高機動・高火力を備えた、今のバーベナのカタログスペックは上級職でありながら凖<超級>に匹敵する……のだが。
(なんで偽装してんのにバレバレなんだよぅ!?)
(……とか思うてんのやろな。当たり前やん。ジブンの偽装は砂ありき。粉を撒いたらそこにいるって言うとるようなもんやで)
彼と修羅では場数が違う。気配遮断は脅威だが、いると分かっている相手を警戒するのは当然。
先程からゴッツは手数と密度を犠牲に攻撃の範囲を広げている。石柱を斬られた箇所にバーベナがいる、と推測して彼を追い込む。
(こいつ戦闘に関してはド素人。せやけど、あんまり遊んでる余裕はあらへん)
黒星の鏡像から受けた致命打。
身を削る砂嵐の継続的な裂傷。
刻々と目減りするスキルコストの貨幣。
無視できないダメージと消耗の積み重ねにより、ゴッツの心にわずかな焦りが生まれ、
「《エレメンタルブレード》」
水面下でゴッツの鏡像が片腕を斬り飛ばされる。
鏡写しの本体も同様に腕が切断。
好機と見た黒星は様子見から一転攻勢に移った。
(この砂嵐に突っ込んでくるんか?)
バーベナの砂嵐は敵味方を判別しない。
フレンドリーファイアを気遣う余力がないバーベナのせいで、黒星はしばし攻めあぐねていた。
自分のダメージは二の次。明確な隙を曝け出したゴッツを倒す事を優先したのか。
何にしろ、ゴッツは迎撃せざるを得ない。
唸る拳は最短距離。
予め構えていた反撃の《石腕》が黒星を捉え、
――その体を
(うそやん)
誘われたカウンターは空振り。
ゴッツは相手の手札を読み違えた事を悟る。
「これで終わり」
鏡像がゴッツの心臓を穿つ。
続けて、黒星がゴッツの首を斬り落とした。
最後に、バーベナの視界に拳が迫る。
「……は?」
顔面目掛けたストレートパンチ。
首を失ったゴッツの胴体は石で覆われている。
さながら落武者かデュラハンの如く。
死してなお活動する《ラスト・コマンド》。
本来【死兵】では頭と繋がっていない部分は動かせないが、地形操作の要領で、石の外殻で包んだ体を無理やり操作する力技だ。修羅は死んでも斃れない。
「ブヘラッ!?」
バーベナは錐揉み回転してぶっ飛んだ。
ゴッツ渾身の一撃は見事命中。
ご丁寧に窓の外へ殴り飛ばす親切心だった。
黒星は突然の出来事に混乱している。
え、お友達が星になってしまったんですが?
私これからどうすればいいの。
「追いかければええ」
生首のままゴッツは黒星に話しかける。
既に戦意は霧散している。ゴッツはイベント脱落が確定しており、別に黒星に対して敵意やわだかまりを抱えていないからだ。
「手応え的に死んどらんやろ。しぶといやつや」
「……なんで?」
「んー、どういう意味の『なんで』かは知らんけど。別にうち意地悪したいんとちゃうしな」
あそこで戻って来るなら救いようのない下衆ではないんやろ、という呟きは黒星まで届かない。
「オトモダチとゲーム、楽しみや」
「……ありがとう」
敗者は多くを語らず、遠ざかる勝者の背中を見送って、ほうと深いため息を吐いた。
「さてと……負けは負けや」
「最後っ屁、かましたろうやないか」
「――《
◇◆◇
【傭兵王】ゴッツ・モウ・カッテマ、脱落。
死亡までの猶予時間が過ぎれば、彼女が集めたイベントポイントは消失するだろう。
イベントエリア内に点在する簡易な檻。
地形操作で捕まったミニチェシャは、数匹単位で隔離されていた。ゴッツのデスペナルティと同時に子猫は所有権が白紙に戻る事になる。
しかし。
『ぶにゃ?』
それより早く、一斉に檻が開いた。
首を傾げながらも子猫は外に飛び出す。
一匹が自由になると、二匹。三匹。
『ぶにゃー』
『ぶにゃにゃ』
ぞろぞろと仲間同士で固まる子猫達。
三十秒が経過して、彼らはあらぬ方向に消え去る。
意図的に逃がされたのだと知る由もない。
どのみちゴッツは死亡する。
集めたポイントは無意味になる。
であれば。まとめて放流したらどうなる?
『『『『ぶにゃー』』』』
間もなく、各地で……子猫の大合唱が聞こえた。
【地産治掌 クニツカミ】
TYPE:アームズ 到達形態:Ⅵ
ゴッツ・モウ・カッテマの<エンブリオ>。勾玉型。
金銭をコストにオブジェクトの設置・改造を施す。素材と数倍の追加コストを支払えばモンスターも作成可能。
必殺スキルは順当に、通常スキルの出力上昇。
本文で言及できなかったので紹介。
最後っ屁は『ミニチェシャ解放』+『???』。