無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■イベントエリア中央・<怪物蟻の地下迷宮>B3F
あなたは殺意が漲った。
炸裂音が轟いた。
天地の<マスター>をまた一人屠った。
今の相手で何度目のエンカウントだろう。
あなたは修羅を千切っては投げ、爆破する。
設置した爆薬がちょうど修羅の落下地点になる、あなた渾身の制球力である。
<超級>から逃げ出したあなた達。
駆け込んだ要塞は地上部分が半壊し、複雑な地下道は修羅の巣窟に様変わりしている。
徘徊する修羅はまるで話が通じない。
絶え間ない襲撃にあなたは辟易していた。
人間はコミュニケーションを大事にすべきだろう。
つまり修羅は人間ではないとも考えられる。
あなたは殺伐とした思考を振り払う。
病は気からと申す。
世界の恒久的平和を願うあなたは、頭のおかしい修羅と違って、死合に喜び勇んで馳せ参じぬのだ。
哀れ。あなたの精神汚染は未だ完治していない。
「うーんなんでだ? 思ったより威力が出ないな。ぷーたろう、次はこれを試してみてくれ」
「おい職の民。この女は何者だ。当たり前のようにいつの間にか隣にいるのだが」
ステレオで話しかけるのはやめてもらいたい。
あなたは爆発で難聴気味の耳を左右に傾ける。
依頼主と業務提携先には丁寧な対応が重要だ。
あなたはヘルメットを装備したエストに対して、金魚柄の宇宙服を着た女性を紹介する。
こちら、月ノ下華美。
あなたが知る限り天地で最も腕の良い花火師だ。
あなたは火薬たっぷりの爆破物を差し出す華美に対して、疑問符を浮かべる強欲蒐集野郎を紹介する。
こちら、通称エスト。
あなたのフレンドであり今日の依頼主である。
「よろしくな!」
「職の民がそこまで言うのであればさぞ優れた職人なのだろう。ぜひ見聞したいところだが……そうではない、今はそれどころではないはずだぞ!?」
いったい何が不満だというのだろう。
あなたは言われた通りの説明をしている。
今回もパーフェクトなコミュニケーションに瑕疵は存在しない。当然である。
「落ち着けよエーちゃん。花火するか?」
「フン、俺は献上された品を触れもせずにはね除ける狭量な男ではない。しばし遊戯に興じるのもよかろうよ」
「お、ノリがいーな! 景気付けに一発いくぜ!」
「グハハハハ! 花火の民、貴様なかなかの仕事をするではないか! 俺の専属になる気はあるか?」
「アタイはみんなで楽しくやりたいからなー。そう言う話は断ることにしてんだ。悪いなー」
「よい構わん。この花火を視れば分かる。貴様が手ずから丹念に心を砕いて製作したのだとな。その輝きを貶める真似などできぬわ。無粋を許せ、今後も精進するがよい」
酸欠と崩落の危険性をあなたは訴える。
あなた達が無事でいるのは魔法で坑道を補強・換気しているから。炭鉱夫のノウハウである。
やはり積み上げた経験は決して無駄にならない。
ここで埴輪爆弾をひとつまみ、と。
やはり修羅を爆殺すると気分爽快でござるな。
この場で唯一にして至高の常識人であるあなたは、遊びに明け暮れる二人をやんわりと嗜めた。
地下で火遊びはやめてもらっていいですか?
「貴様が言うな」
閑話休題。
修羅の襲撃は面倒だ。とはいえ収穫があった。
あなたは満面の笑みで埴輪を掲げる。
はい、【土蔵魔偶 ドグラ・マグウ】〜。
生き別れの特典武具と感動の再会である。
やったねダーリン。明日もホームランよ!
マーベラス、実にマーベラスだ。
やけに強い参加者からのレアドロップ。
これにはあなたの感動もひとしおである。
「……回収したか。まあよい」
他人事で反応が薄いエストは放置する。
嘘である。あなたは呆れ顔の奥に隠れて、何かしらの感情を引っ込めた彼を見逃さない。
ここは全員で喜びを共有するとよいだろう。
うぇーい、エストうぇーい。
「やかましいわ! ええい肩を組むな暑苦しい! というかそもそも何だこのベタつき具合は、日本のツユでもまだマシだぞ!?」
またまた恥ずかしがっちゃって。
楽しい時は素直に楽しむのが人生の秘訣である。
なお、蒸し暑い空気はあなたのせいではない。
「それが一つ目でもあるまいに。ときに職の民、今の回収状況は如何ほどか報告せよ。依頼主であるこの俺は貴様の戦力を正しく把握せねば使いようがない」
実に道理であるな。
お仕事は『ほうれんそう』が重要だ。
鉄分たっぷりの野菜ではなく、『報告・連絡・相談』の頭文字である。当然ながらあなたは完璧なコミュニケーション能力で依頼主に説明義務を果たしている。
あなたは書記系統のセンススキルで素早く報告書をしたためた。
現状のアイテム回収率は八割。
基本的な消耗品はあらかた揃っている。
装備品は妖刀コレクションが何点か未回収だが。
特典武具は【ドグラ・マグウ】、【フェアリーテール】が手元に。
残りと愛刀は現在捜索中だ。
ここまで揃えるまで、あなたは山あり谷あり難関辛苦の道中をえっちらおっちらと踏破してきた。
詳細は割愛する。語ると長いからである。
「<超級>に今の装備で太刀打ちできるか?」
今回のイベントに参加している<超級>があなたの想定する人物であった場合、というよりまず間違いなく面識のある天地の修羅なのだが、襲われたら全員まとめてゲームオーバーだ。
“柳水”の柳葉。青海波の海賊狩り。
例に漏れず頭のおかしい<超級>である。
飛車角落ちあなたが相手取るのは難しい。
天地の修羅は人間ではない。
あなたとエストの共通認識である。
寄せては返す修羅を爆発でかき分けながら、あなた達は地下坑道の探索を進める。
「なるほどなー。“リアル柳生”がいるのかよ。アタイでも知ってるビッグネームだぞ」
「ヤギュウ……? “柳水”ではなく?」
「ん? あってるだろ?」
特に敵意もなしに「協力プレイしよーぜ!」とついてくる華美をパーティに加え、三人で修羅を爆破する。
立ち塞がる者は悉く灰燼に。
あなたは《設置爆弾強化》で爆発力を高めている。
同時に行手を塞ぐ壁をぶち抜いて直進。
壊れた壁は【ドグラ・マグウ】で埴輪爆弾用の上質な粘土に変わる。今日の生贄は鹵獲した瀕死の修羅だ。
「“柳水”、“断流”、“海賊狩り”、“白河の清き魚”、“百船乱麻”、“リアル柳生”、“
「貴様、南朱門の者だとッ!?」
「そこに驚くのか?」
残念ながら当然である。
南朱門家の悪名は天地に轟いている。
ジェネリック島津の異名は伊達ではない。
あなたとて、華美が相手でなければ南朱門家の客分などとっくの昔に縁を切っている。
街中で花火をぶっ放す頭のおかしい女だが、他の連中に比べたら会話が通じるだけ百億倍マシである。
手遊びに【爆弾魔】の称号を頭上に表示したあなたは追加補正を乗せて修羅を爆殺した。
「しかし名が知れているということはだ。能力や戦い方が割れているのだろう?」
「そーだなー。例えばアタイは相性最悪だな。生産職だから戦えないって事を抜きにしてもだ」
「ほう。花火の民は花火「爆薬な。花火とは別」……爆薬が得手と見た。それが通じない、加えて先の通り名と活動する大名家である程度予想はつく」
あなたは修羅をまとめて爆破した。
ヒュー! 汚物は消毒だぜー!
「柳葉なる<超級>は――
あなたは坑道の壁を爆破した。
目の前に広がるのは宝物庫。
参加者のドロップアイテムが山積みである。
あなたの所持品もいくらか散見された。
ひゃっほー! 入れ食いだぜー!
「そこからここまでは俺の取り分だぞ職の民ィ! 契約を忘れたわけではあるまいな!?」
「あっはっは! エーちゃんおもしれーな! 確かにぷーたろうの知り合いだわ!」
◇◆◇
□■【機動砲台 デックバスター】統制室
「ひどくない?」
グランはずつうがいたくなった。
彼は計測機器で要塞内部の様子を確認できる。
設置したカメラは侵入者をしかと捉えていた。
一人二人の話じゃねえぞ。三十人はいるぞ修羅共。
というか隠れる気が微塵もないだろう。
チェシャのイベント特殊効果で、頭上に獲得ポイント数が表示されているからだろうか。
出会って一秒で殺し合いに発展する修羅。
徒党を組んでポイントの多い人間を狩る修羅。
修羅の巣窟であった。地獄であった。奈落であった。
おまけに頭のおかしい無職が施設内を爆破して歩き回っている。もうこんなのテロリストだよ。
「罠と警備システムが通じない……コストはたいて建築したのに……集めたミニチェシャまで……」
せっせと回収したイベントポイントとアイテムが盗人に奪われていく様をグランは指を咥えて見ていた。
【要塞王】は拠点防衛に長けるジョブだが、その性質は籠城、つまり外敵から身を守るためのスキルが多い。
内側に敵の侵入を許した城が脆い事はトロイア戦争をはじめ歴史と神話が証明している。
もちろん、グランの頭上の数字はとてつもない勢いで減少を始めていた。
救いは……救いはないのか?
こ、このままでは尻の毛までむしられて……!
『提案:ボーナスポイントを獲得しては?』
「天才か?」
参加者に通知があった金のミニチェシャ。
捕獲者は100ポイントを獲得できるという。
今回のイベントは一位を狙う必要がない。
上位入賞できれば賞品をゲットできるのである。
一発逆転のチャンスにグランは奮起した。
「金チェシャを探せ!」
『…………』
機動城塞は『自分の仕事じゃないです』と言わんばかりの沈黙の後、それでもグランを手伝って監視カメラの映像を選り分ける。特典武具にしておくにはもったいないほど有能で空気の読める人格であった。
『回答:金チェシャ捕獲者を確認』
「駄目じゃない?」
『静止:映像出します』
拡大されたホログラムは地上を映す。
瓦礫が散らばる半壊した城壁を影が疾走する。
その後ろに群がる腕利きの修羅が多数。
『なんっなんだよこいつらはぁ!?』
ぴちぴちのボディスーツを纏う男バーベナ。
胸に金チェシャを抱いて絶叫する。
壁尻から抜け出して、棚からぼたもちのボーナスポイントを獲得した彼は、当然だが他の参加者にとって脂がのった美味しい獲物でしかない。
タキオンの加速で鬼ごっこの体をなしているが、本来は追いつかれて首を刎ねられる運命。
『ぴぃ!?』
刃を横に、あら危ない。
頭を下げればぶつかりません。
『きゃーバベちんこわーい。殺さないでぇ〜……?』
『『『なんで?』』』
『く……クソがよぉぉぉぉぉぉぉ!!!???』
命乞いは女々しか。生かしてはおられんご。
悲しいかな。修羅に色仕掛けは通じない。
日頃の行いが悪いと無職なら宣うであろう。
とはいえ。
「デックバスター。攻撃しろ」
『質問:どちらを?』
「両方だ。漁夫の利を狙うぞ」
『了承:かしこまりました』
城主を差し置いての凶行、万死に値する。
グランはデックバスターに命じて不届な侵入者の排除にかかった。
同時に、視界に入った計器に違和感を抱く。
「
空気中に含まれる水分が飽和状態にある。
数値を目にすると湿っぽさと蒸し暑さを自覚する。
先程から続く頭痛の一因かもしれなかった。
「いや、おかしくない?」
要塞各所で同様の数値。通常ならあり得ない。
グランは室内を人間にとって快適な環境になるよう各種数値を調整しているのだから。
異常値が何を意味するか。
グランは考える。思考してしまう。
地頭が良いために、意識を内面に向けてしまう。
「――ッイィィィィィィィィィィ!」
――背後を振り返る事なく。
「っ、ァ……!?」
椅子の背もたれごと貫通する刺突。
喉を潰されたグランは誰何もできずに、ただ『敵襲』の二文字が脳内にリフレインする。
(あり得ない……
グランの視界でHPバーが減少する。
まず侵入があり得ない事態だ。おまけに《無血籠城》で要塞そのものと
(百万単位の攻撃力と、ここまで侵入する偽装スキル? そんなの……まさか <超級>? イベントに?)
過程は誤り、されど解は正しい。
今回のイベントには<超級>が参戦している。
なんと贅沢に二人ほど。大盤振る舞いである。
当然そんな裏事情は露知らず、グランは己が手に入れられる情報で推測を進めるしかない。
(湿度……空気……水……)
科学の知識から連想する単語を並べた。
だが、それ以上。思考の先に辿り着かない。
既に【頸部欠損】を含む状態異常で即死。
おまけに喉仏に風穴が開いている。肺に取り込まれた酸素が脳に届く手前で漏れ出してしまう。
当たり前にあるものが失われる。
それだけで生命は壊れゆく。
(あ、そうか。
当たり前に存在する
そんな当たり前に気づいた時。
既に【要塞王】は
◇◆
同時に、青い着流しの青年は宙に跳ねる。
足場が崩壊して光の塵になったからだ。
柳葉の一太刀で要塞は消し飛んだ。元より無職の固定ダメージでガタがきていたのもある。
本来【要塞王】がデスペナルティになっても“異界領域”はオブジェクトゆえに残り続けるはずだったが……
崩壊した戦線。
瓦礫の山で一人、修羅は立つ。
否、青いドレスのメイデンが実体化する。
未成熟の蕾から妙齢の華に転じた姿。
彼女は少女から女へと成長を遂げていた。
ただ豊かな表情の愛らしさは変わらない。
「ねえマスター君」
「どうしたマナ。飯か?」
「……マスター君?」
「む、なんだその目は。……いや待て。分かるぞ、俺は何かを間違えてお前を怒らせてしまった。そうだな? 今当ててみせるから俺に少しだけ時間をくれないか」
「答えは『レディをはらぺこ扱いしないで』だよ」
「おい。時間をくれと言ったはずだが」
「何日待てばいいのかな? 私が正解を教えてあげなかったら何年考えるつもりだったのかな?」
「それが不甲斐ない俺にできる、大切な相棒に対する精一杯の誠意だと考えている」
「きゅん……マスター君ったら。どこでそんな口説き文句を覚えてきたの?」
「こうするといいとアルトが言っていた」
「他の女の話してる?」
メイデンは激怒した。
内心密かに、必ずやフェイスペイントの女を問い詰めねばならぬと決意した。
「そんな事より」
「そんな事って何!? マスター君は私と会話、どっちが大事なの!」
「? マナとの会話に決まっているだろう」
「マスター君ってば、もう〜!」
「で、話は何だ。次の一手を決めるから手短に頼む」
「事務的……まあいいけど。
「まだストックしておけ。生き残りがいるはずだ」
「崩落でみんな潰れたんじゃ?」
「参加者が全滅したらイベント終了のアナウンスがあってもよさそうなものだ。つまりどこかで敵は生きている。隠れているのかまでは分からんが……少し探るか」
柳葉は相棒の手を取る。
「「《水鏡》」」
一滴の雫が地面に垂れ、波紋を呼ぶ。
中心の二人は目を閉じて『水』に感覚を委ねた。
「いるね。うじゃうじゃ」
「いるな……まあ、出てきた奴から斬ればいい」
水を媒介とした索敵は気配を確かに捉えた。
「――!」
同時に、気取られたと知って修羅が飛び出す。
黒装束の男は徒手で心ノ臓を貫かんとする。
忍びの者は勝利を確信して両の暗刃を振るう。
だが。
「お前は俺を倒せるか?」
柳葉は自然体。
構えないことが構えとなる無形。
剣を構える事から始まる剣術において、如何なる構えにも即座に移行できるそれは一つの極地。
「俺の可能性を破れるか?」
メイデンは姿を隠す。
人型から戦闘に適した形態に転じる。
流るる水が行き着く先は柳葉の手の中、
「見せてみろ。お前の可能性を」
ゆるやかに反った細身の水刃。
「《秋水》」
奔流一閃。振り抜いた刀が首を刎ねる。
「……せめて一太刀は耐えてほしかった」
『手加減したらいいのに』
「仕合で手を抜いたら相手に対して失礼だろう。向こうは本気で俺を倒しにくるんだ。だからこそ本気を出さないと意味がない。俺が全力で剣を振り、その上で俺に打ち勝つ相手と出会えたら」
『…………』
「俺は――自分の“可能性”を否定できる」
文脈と捉えようによっては
母なる海が生命を包み込むように、彼女は柳葉の願いを受け止める。だって当然の義務であるから。
彼がそう思うに至ったのは、たどり辿れば……<エンブリオ>である己が原因なのだと知っているから。
『マスター君……』
「どうしたマナ。トイレか?」
『反省したんじゃなかったのかな!?』
前言撤回。メイデンはまるで成長しないクソボケ野郎のデリカシーの無さにブチ切れた。
こいつ脳味噌ついてる?
三歩で忘れるニワトリ未満か?
『……もうマスター君なんか知らない』
「っと、新手のようだ。頼むぞマナ。俺の相棒」
『もうしかたないなぁマスター君は!』
呆れ半分、喜び半分の声音に苦笑する柳葉。
瓦礫から這い出した敵を前に意識を切り替える。
「さて、お前は俺を倒せるか?」
「――だからここに居る」
憧れを前に、妙蓮寺黒星は豪語した。
《設置爆弾強化》
【発破工】が持つスキル。設置した爆弾の威力を強化する。
・柳葉
<エンブリオ>に思うところはない。
最高の武器であり、信頼する相棒である。
ただ、彼の願いを叶えてくれなかっただけ。
・アルト
謎々あやとり女。東青殿家所属の<マスター>。
詳しくは原作書籍17巻を参照。
東青殿の傘下である青海波家とどこかで関わりがあったという設定。