無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

64 / 102
二話分の文量なので実質連続更新です


通りすがりの赤の他人

 □■理想を抱いた凡人について

 

 少女はいつだって夢を見る。

 

 文武両道。才色兼備。誰もが憧れる人気者。

 努力を労さず、すべてが自分の思うまま。

 満ち足りて充足してキラキラと輝いて。

 

 そんな都合の良い妄想(ユメ)を願う。

 

 現実は平凡だ。

 

 勉学、運動、容姿、人間関係も。

 所詮は才能と努力の積み重ね。

 

 彼女は才能に恵まれなかった。

 大抵の努力は空回りした。

 人並みに至るまで何倍もの時間が必要だった。

 

 でもたったひとつだけ。

 自分で選んだ習い事は悪くなかった。

 

 きっかけはクラスの人気者が通っていたから。

 同じ習い事をしたら、自分も人気者になれる。

 友達ができるのではないかと考えた。

 あわよくば人気者と友達になれるかもと。

 そんな浅ましい思いがあったことは否定しない。

 

 結局、例に漏れず少女は才能に恵まれない。

 周囲のレベルに追いつけず、彼女は孤立した。

 人気者にはなれないし友達はできなかった。

 少女は友達ができたらやりたい100のことリストを塗り潰した。枕も濡らした。

 

 習い事をやめると少女は言った。

 両親は少しばかり困った顔をした。

 相応の月謝を払っていたからだ。やりたいと言った事をすぐに放り出すのは教育的にどうかとも考えた。

 

 両親はとある大会の観戦に少女を連れ出した。

 

 そこで彼女の考えは一転した。

 

 氷上の選手に美しさを感じたから。

 二枚の刃に体重を預けて疾走する姿は、まるで世界の軛から解き放たれたかのように輝いていた。

 明るく華やかで、友人や仲間に囲まれていて、まさしく彼女の“理想”だった。

 

 後になって振り返ると拙い演技だった。

 所詮は小さな大会に出場する無名の選手だ。

 だが幼い彼女にとっては憧れだったのだ。

 

 脳裏に浮かぶ軌跡をなぞる。

 美しいと感じた“理想”を、最適解を追い求める。

 

 他者と競うのでなく。栄光を浴びるためでなく。

 

 なんとなく。

 氷に映る自分が気に食わなかったから。

 納得するまで滑り続けた。

 

 彼女の姿勢を評価したコーチに半ば無理やり大会に出場登録させられたりしたが、少女は本番に弱いタイプだったので、結果は振るわない事ばかりだった。

 

『――――』

 

 それでも練習をやめなかった。

 

『――――』

 

 周りが競技から離れるなか、滑り続けた。

 

『――――』

 

 独りになったが、滑り続けた。

 

『――――』

 

 誰かに何かを言われた気もするが、滑り続けた。

 

『――――』

 

 最後はオーバーワークで脚を壊して。

 主治医に激しい運動を禁じられた。

 少女はすんなりと受け入れて競技を引退した。

 

 一過性の、性質の悪い熱病のようなものだった。

 気の迷いというには長く、真剣というには熱量の矛先がずれていた。そして友人はできなかった。

 

 仕方ないと思う反面、心残りがあった。

 最後まで彼女は自分に納得できず。

 銀盤の向こう側に幻視した“理想”は、いつだって、手の届かない場所で舞っていた。

 

 

 ◇◆

 

 

 競技を引退して時間を持て余した少女は<Infinite Dendrogram>に手を出した。

 クラスメイトの会話に混ざるためである。

 名付けて話題のゲームで仲良し大作戦。

 余談だが、未だ作戦は実行に移せていない。

 

 初期スタート国家は天地を選択した。

 会話を盗み聞きした級友()の拠点だったからだ。

 和風の雰囲気が気に入ったという理由もある。

 

 名前は少しネタに走り、学校の最寄駅。

 単独では味気ないので失敗ばかりの人生になぞらえて『黒星(負け印)』と名付けた。自虐である。

 

 かくして妙蓮寺黒星は新世界に降り立つ。

 

 そして――

 

「そうじゃない。刀はこう握る」

 

 ――人生で二度目の“理想”を直視した。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■イベントエリア中央部

 

 かつての恩人、剣の師を前にした黒星は。

 

(『だからここにいる』って何……私は何様? 無礼……ムラハチ……スゴイシツレイ……)

 

 緊張でテンパっていた。

 

(落ち着け……伝える内容は決めてた。まずはあいさつ、それから改めて自己紹介して……ふふ、わたし最初から失敗してるぅ……もうやだ……)

 

 口下手で、本番のプレッシャーに弱い。

 事前準備の通りにならないと慌てて失敗する。

 自分の悪癖だと黒星は否応なく実感する。

 

 柳葉は不遜な態度を咎める様子がない。

 目くじらを立てることではないからだ。

 憤りに何の意味がある?

 

 どうせ斬るのだから、と。

 

「キエエエエエエエエイ!」

 

 吶喊。気勢を吐いて刃を振るう。

 一歩の踏み込みで間合いの内に。

 機先を制した柳葉は気迫で黒星の()(姿勢)を殺す。

 

 動作そのものはかろうじて超音速。

 限られた上位層にのみ許された速度帯だが、対する黒星は超級職で、AGIを上乗せするバフを持つ。

 あまりに僅差。速度で翻弄するなら桁が足りない。

 

 だというのに。黒星は反応が遅れた。

 眼前に刃が迫っていた。

 瞬間移動と見紛う攻勢に彼女は驚愕する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 人間が瞬きをする間隔はおよそゼロコンマ一秒。

 AGIによる加速を前提条件としても、対人戦で実行する難易度は如何ほどだろうか。

 まさに恐るべき剣の、柳葉本人の技量である。

 

(すごい……でも)

 

 キン、と鈴に似た硬質な音。

 

 刀と刃が衝突し、此処に剣戟が成立する。

 

(分かっていれば防げる……!)

 

 手にした二刀によるパリィ。

 黒星は【舞剣姫】の奥義《アイアンクラッド・パリング》――剣に攻撃を吸い寄せる受け流し――を補助輪に、<超級>の初撃を見事凌いでみせた。

 

 お返しに見舞う脚のブレード。

 柳葉は手首を翻して切り結ぶ。

 互いに一太刀をいなして両者は鍔迫り合いへ。

 

 今回のイベントでは五本指に入る快挙を成し遂げた黒星(九割が初撃で沈んでいる)。彼女の胸に湧き上がるのは防御を成した歓喜でも、命を繋いだ安堵でも、ましてや成功からなる増長でもなく……焦りだ。

 

(想定より速い……というより巧い)

 

 速度(AGI)とは強さの指標だ。

 単純に相手より速く動ける事の戦闘での優位性は語るまでもない。またデンドロではAGIのステータスが上がると同時に思考速度が向上するため、咄嗟の判断が求められる場面で猶予を得られる。

 

 ゆえに戦闘職はAGIを伸ばす事が推奨される。

 ENDを鍛えて敵の攻撃を耐える方向性もあるが、千差万別の初見殺しが跋扈する<エンブリオ>を前に、被弾を前提とするビルドはリスクが伴う(例外を除く)。

 

 話を戻そう。

 ではAGIが高ければ勝てるのか、というと……必ずしもそうではない(例外を除く)。

 

 例えば、単独戦闘を行う戦闘系魔法職は自分より速い前衛への対応力を磨き上げている。

 また、十倍の速度差があるなら動きを十倍先読みをすればいいと豪語してのける猛者がいる。

 

 柳葉の場合は後者に近い。

 彼は純粋な技量でAGIに依らない速度を発揮する。

 足捌き。彼我の間合い。呼吸とリズム。

 それらを把握して敵の虚を突く。

 

 気がつけば彼に接近され、首が落ちる。

 天地の修羅のさらに上澄み。修羅オブ修羅である。

 

(知ってはいた。ただ……実際に戦うと別物……)

 

 同じ青海波家に属する<マスター>として、妥当すべき目標として、黒星は彼の情報を調べてきた。

 戦闘記録や噂話で手札はおよそ割れている。

 

 青海波家の主戦場は水上。

 領海を荒らす海賊を討伐するのは、同じ海賊。

 治安維持を担う大名お抱えの海賊が柳葉という<超級>であり、彼のバトルスタイルは海上戦に適している。

 

 天地の武芸者らしく得物は刀。

 船から船へ飛び移るため防具は軽装。

 青い着流しは一撃が致命傷に繋がる。だからこそ被弾を避ける機動力を持ち合わせている。

 

 そして彼の<エンブリオ>は水を操る。

 ときに水流を手元に留めて刃とし。

 ときに潮の行末から船舶や魔獣の気配を読む。

 

(ちがう……大事だけど、それは今考えることじゃない……集中しろ……わたし……!)

 

 黒星は二刀を膂力任せに押し込む。

 

「少し待て」

 

「……?」

 

 如何なる術理か。涼しい顔の柳葉は柄から片手を離して、両腕の黒星と押し合いを拮抗させている。

 空いた手に二振り目の水刃を握り、柳葉は明後日の方角……接近する一団を指し示した。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 瓦礫から這い出た修羅の群れ。

 さながら亡者の如く、地中から現れた彼らは、先頭を走る一人の男を追いかけていた。

 

「バーベナ?」

 

「黒星ちゃんナイス助けてぇ!」

 

 唯一自慢の顔面は涙と鼻水でベシャベシャだ。

 黒星は追われる友達に手を貸す余裕がない。

 わざと押し負けて後退するか。彼女は逡巡したが。

 

 ――修羅は一瞥すら向けずに剣を振る。

 

「ドォォォォォォォォォォ!」

 

 水平切り。

 

 遠間からの斬撃だ。普通は届かない。

 だが、柳葉の剣は水。ひとつの形に囚われない。

 

「は?」

 

 刃は伸びる。どこまでも。

 一団の先頭から最後尾までを射程に収めて。

 横薙ぎの水流がバーベナごと修羅を両断する。

 

「う、うぉぉぉ!?」

 

 訂正しよう。

 水刃はバーベナ以外の修羅を両断した。

 

 危機を察したバーベナは限界まで加速し、リンボーダンスの要領で死のハードルを下から潜る。

 地面と尻の摩擦にのたうちながら。

 どたばたと横転して黒星の足元へ。

 

「な、何すんだお前ェー!? 巻き添えで死ぬところだったんですけどぉ!?」

 

 柳葉の正体に気づかず、蛮行にくってかかる。

 

「ほんと勘弁してよねぇ。かわいいバベちんのお顔に傷がついちゃうじゃん。……ところで黒星ちゃん。殺意マシマシなこちらの男性はどなた……?」

 

「私の目標」

 

「……それってえ」

 

 バーベナに閃きが走る!

 

 修羅に追い回され、いきなり斬撃が飛んでくる事態で気付きが遅れたが、明らかに戦闘モードの二人!

 並外れた威圧感と剣力を醸し出す男!

 こいつカタギやない、間違いなく修羅や。

 

 彼は<超級>の初太刀を回避した。

 

 ()()()()()()()()

 

「あ、わぁ……はわわ……」

 

 哀れ、自分が<超級>にケンカを売った事を理解して、バーベナは膝から崩れ落ちた。

 そんな友人を黒星は背中に庇う。一瞬で戦意を失った仲間を見捨てることはできない。ただ人を気遣う余裕がないのも事実である。黒星は相手の様子を窺う。

 

「安心しろ。別に怒ってない」

 

 対して、柳葉の瞳は高揚に満ちていた。

 

「むしろ感謝する。よく俺の前に現れてくれた。乱入で水を差されるかとも思ったが、もう一人増えるとは。つまり片方が駄目でも残る片方に期待できる」

 

「いや俺は……」

 

「構えろ。どちらが先に戦う? 無論、俺は二人同時でも一向に構わないが」

 

 柳葉は刀を手にしたまま、にじり寄る。

 強者を前にした修羅特有のお天地仕草である。

 

 既に柳葉はバーベナを標的に数えている。

 自分の攻撃を耐える猛者は、すなわち、自分を打ち倒す可能性を秘めた者であるから。

 

 例えばバーベナが逃げ出したとして。

 柳葉は逃げた彼をどこまでも追うだろう。

 そもそも逃がさない。バーベナが隙を窺う度に細かい殺気をあてて牽制している。細かい殺気ってなんだ。

 

 当然バーベナとしてはたまったものではない。

 <超級>なんかとやり合えるか。

 俺はイベントに専念させてもらうぜ。

 

「……私が先」

 

 ゆえに進み出るのは黒星一人だ。

 

「まだ途中。勝負はついてない」

 

「そうだな」

 

 鍔迫り合いから両者は飛び退いて仕切り直し。

 

 あえて……だろう。

 柳葉は諸手で正眼の構えを取った。

 仕合、斬り合い、殺し合い。呼称がなんであれ、今から剣の勝負を行うという明確な意思表示だ。

 一刀流の鋒は黒星の喉元、正中線を軸に。

 

 闘争に滾る眼差しとは裏腹に、清廉な剣気。

 ぶれず歪みのない立ち姿は精緻な彫刻のよう。

 

(……やっぱり、きれい)

 

「あなたの剣を忘れた事はなかった」

 

 黒星は胸の内から溢れた思いを吐露する。

 かつての約束、望んだ理想に相対して。

 

「あの日のお礼代わりに、あなたを倒す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何の話だ?」

 

「――――――え」

 

 されど、彼女は“理想”に届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……覚えて、ないの?」

 

「すまんが記憶にない。きっと人違いだろう」

 

『マスター君のおバカーーッ! 人違いじゃないよ私は覚えてるよ! 仮に百歩譲って覚えてなくても伝え方があるんじゃないかな? マスター君の辞書に気遣いって単語はないのかな!?』

 

「いやしかしだな」

 

『しかしもお菓子もないんだよ……!』

 

 柳葉とメイデンのやり取りを黒星は他人事のように聞いていた。

 やけに現実味がないと感じるのは当然で、<Infinite Dendrogram>はフルダイブ型VRMMORPG、リアリティを謳っても電脳世界を元にしたゲームなのだからと、彼女は己に理屈を垂れる。

 

(……違う、今はそんな話どうでもいい……)

 

 黒星の思考に抗弁するなら、ゲームでも、MMORPGのプレイヤーは中身が生身のヒトである事か。

 一人一人が思考し、感情を持ち、自由に行動する独立した個。だからと繋げるのは些か非情だが……黒星の現状は四半世紀前からよく見られる光景の一種である。

 

 人は誰かの“理想(思い)”通りに動かないし。

 誰かを覚えるのも、忘れるのも個々人の勝手。

 <マスター>はどこまでも自由な存在なのだ。

 

(仕方ない、のかな……そうだよね、一回話したくらいで覚えられてるわけないし……舞い上がって気付かなかったけど大袈裟に褒めたぐらいの事で……それを特別みたいに勘違いしたのがわたし……ふふ……もうやだ急に恥ずかしい度マックス……しぬ……)

 

 こんなはずじゃなかった。

 

 いつだって理想と現実の狭間でもがいている。

 黒星は思い通りにならない自分を背負って、何歩も先を進む“理想”に焦がれて、伸ばした手は届かない。

 

 明るい性格でありたかった。

 文武両道でありたかった。

 溢れる才能で目を惹きたかった。

 

 黒星はそうではなかった。

 

(……さて)

 

 ではどうするか?

 

()()

 

 単純な話。()()()()()()()()()()()()

 

 届かないと知って諦められるくらいなら、最初から手を伸ばしたりしない。

 

 柳葉は覚えていなかった。別に構わない。

 もの忘れが激しいのかもしれない。

 覚えるに値しない弱者と見られたのかもしれない。

 それでも自分がやる事は変わらないのだと。

 

 理想の自分を目指すのだ、と。

 

 黒星は深呼吸で震えを止めて。

 

「――いやちょっと待てや」

 

 バーベナに肩を掴まれた。

 

 

 ◇◆

 

 

 バーベナは隙を見て逃げ出すことだけを考えて、柳葉と黒星の問答を軽く聞き流していた。

 彼の目的は『さくっとイベントクリア』だ。

 野良の<超級>と殴り合うなど正気じゃない。

 

 既にミニチェシャと金チェシャを合わせて相当のポイントを稼いだので、バーベナは残りの時間を逃げ回るだけで確実に上位入賞を狙える。

 

 怯えたふりをして、二人の戦闘が始まったタイミングで姿をくらます予定だった。

 柳葉も戦闘中は注意が逸れる。逆にバーベナに気を逸らしたら黒星が付け入る隙になると、彼にしては策を巡らせたからである。

 

『何の話だ?』

 

『すまんが記憶にない。きっと人違いだろう』

 

 顔色ひとつ変えない<超級>が本心でものを言っていると《真偽判定》と持ち前の洞察力で分かった。

 

 そして、黒星がその言葉を受け入れた。

 

 次の瞬間には体が動いていた。

 黒星を後ろに引き寄せ(ようとしたがステータスの差で微動だにせず、諦め)て、代わりに自身が前に出る。

 

「どうした。お前は二番手のはずだが」

 

「……っ」

 

 立ち位置を入れ替えたバーベナは柳葉の視線と重圧を正面から受け止めることになる。

 内臓が縮み上がる感覚は蛇に睨まれた蛙に近い。バーベナは緩んだ括約筋に力を込め直す。

 

「ちょっと事情が変わったというかぁ〜。別に二対一でも構わないんでしょ? ってことで……今からお前ぶん殴るけど別にいいよね?」

 

「ああ、問題な「答えは聞いてない」……ッ」

 

 返答を待たずバーベナは正面に砂嵐を展開した。

 直線コースで踏み出し、【クイックサンド】に砂を纏った状態で加速。超音速の拳打を放つ。

 

 顔面目掛けた拳を、柳葉は足捌きで躱した。

 返す刀で伸びた腕に水刃を振るう。

 腕一本あるいは脇の下を狙う斬撃は、バーベナが更に加速度合いを上げたことで空振り。

 

 一瞬の交錯の後、バーベナは柳葉の横を通過して背後に着地。両者は無傷であった。

 

「避けんなよ。当たらないじゃん」

 

「感情任せの拳だからな。軌道は読みやすい」

 

「あぁはいはいそうですかッ!」

 

 バーベナは小型の砂嵐を攻撃に、己は足を止めない事で撹乱として隙を窺う。

 魔法全弾を柳葉は回避。砂の被害を受けない位置に陣取って、正確にバーベナへ水の刃を展延させる。

 

「どいつもこいつも<超級>ってのは……他人の事なんざお構いなしだもんなぁ!」

 

 一合、二合と打ち合う水刃と砂刃。

 

「覚えてないとか、何だよソレ!? ずっと信じて努力してきた方がバカみたいじゃんか!」

 

 バーベナは憤懣やるかたない思いを攻撃に乗せる。

 

「嘘でもいいから『待ってたよ』ぐらい言ってやれよ! そうじゃなきゃ報われないじゃないかよ……だから嫌いなんだよ……こつこつ頑張ろうとか、積み重ねた努力は裏切らないとか……結局いつも真面目にやってる人間がバカを見るんだ……!」

 

「つまり、お前は俺に腹を立てているのか?」

 

「それ以外の何に見えるんだボケナスぅ!」

 

 バーベナは激怒した。

 必ずやこの<超級>を殺さねばならぬと決意した。

 

 ぶちかませ超大型の砂嵐。

 柳葉が足を止めた瞬間、彼を囲う礫の檻。

 魔法操作でバーベナが直径を狭めていけばものの数秒で捕らわれた者は挽肉に擦りおろされるだろう。

 

「なるほど」

 

 砂影の向こうで得心がいったと頷く男。

 一刀両断、柳葉は竜巻を切り裂いてのけた。

 

「だが褒められたものではないな。一時の激情は太刀筋を鈍らせる。心技体の一致こそ武の道においては……」

 

『今そういう話してないよねマスター君?』

 

「いいかマナ。彼の可能性が潰れてしまうのは非常に惜しいと俺は考えていて」

 

『彼女は君に友達をバカにされて怒ってるんだよ! どうしてそれが分からないのかな!』

 

「そうなのか?」

 

「違うわぁ!」

 

 否定と共に追撃を見舞うバーベナ。

 しかし、柳葉には当たらない。

 勢い余って地面に激突しかけたバーベナは、接地点を魔法で砂場に変えて緩衝材とする。同時に研磨材で剥離した装甲を補強した。

 

 砂から顔を出したバーベナは黒星を指差す。

 攻防の間隙に自分も参戦しようと駆け出す少女を。

 何の疑いも持たず、友達ごっこを喜んだバカを。

 

「そもそも俺は! こいつを利用してたの!」

 

「……バーベナ」

 

「友達でもなんでもないし! 超級職でチョロそうだから一緒にいただけ!」

 

「マジか最低だなお前」

 

柳葉(おまえ)に言われなくてもわかってるっての!?」

 

 バーベナは息を荒げる。

 柄にもない自暴自棄を理性が咎めている。

 一から百まで本心を打ち明けるのは下策だと。

 

 猫をかぶり、優れた容姿で媚び、他人に頼る。

 バーベナの生存戦略であり、最速の最適解だ。

 それをよりにもよって戦闘中、背中から刺されてもおかしくないタイミングで暴露する。

 

 とっくにバーベナは理屈ではなく感情で動いていた。

 

「そうだよ俺は最低だ……真面目にやってる連中を笑ってバカにするクソ野郎だよ」

 

 

 

「だから間違っても友達なんて関係じゃあないし、酷い目にあったからって同情する権利もない。あんたらの事情だって詳しくは知らないんだしさ」

 

 

 

「ただ見てるとイライラするんだよね。努力が報われないのも。それを『しょうがないや』って諦めるのも。だってそんなの理不尽じゃんか。どうして我慢しなきゃならないんだって思うじゃんか」

 

 

 

「友達とか関係ない、俺は赤の他人で。これっぽっちも黒星のためとかじゃなくて」

 

 

 

「自分がスッキリしたいから、ムカついた奴をぶっ飛ばすだけなワケ。わかった?」

 

 

 

 反論を許さず一息に捲し立てたバーベナは「で、ここまでが《詠唱》なわけだけど」と【黄砂術師】の《イエロー・ボルテックス》を発動する。

 魔法の機能拡張により速度・威力・隠蔽性を高め、範囲を狭めた上級職奥義はタキオンの加速と併せて、支離滅裂な演説に聞き入っていた柳葉を捕捉した。

 

「俺にはよく分からないが「おいこら」やる気があるのは良いことだ。こちらも気合を入れよう。頼むマナ」

 

『りょーかいだよ!』

 

 柳葉の足元から液体が溢れる。

 泉のように湧き出た水はたちまち地表を覆い隠す。

 <エンブリオ>の液体操作、その一環で、周囲一帯は膝下が浸かる深さまで湖水が満ちた。

 

 水の抵抗とぬかるみで機動力を阻害する一手。

 しかして本命は戦場を塗り替えることだ。

 

 柳葉の足裏は沈まず、水面に立っている。

 海賊系統で取得できる《水上歩行》の効果である。

 

「《八艘飛び》」

 

 重ねて武士・海賊系統複合上級職【荒波武者(ウェイブ・サムライ)】の奥義を使用した柳葉は爆発的な跳躍で魔法の範囲外に。

 水上でのみAGIと脚力を上昇させるこのスキルは、本来なら海戦や船上に使い所が限られる。だが柳葉は<エンブリオ>でいつでも足場を水に変えることができ、

 

「キェェェェェェェェェイ――ッ!」

 

「――《破れた銀盤(バースト・リンク)》」

 

 水面は柳葉一人を利するに留まらず。

 

 鏡面世界で、四刀流が踊り出す。

 

「私もいる。というか私が先」

 

「そうだったな。よし、二人まとめて来い」

 

「何を爽やかに受け止めてんだ!? いや……っていうかさ、黒星……ちゃん……さん……?」

 

 再び柳葉と一太刀交えた黒星は空中で一回転してバーベナの隣に着水する。

 すわ報復か殺気かとビビるバーベナを尻目に、黒星は僅かに強張った表情と声色で応じる。

 

「……ちゃん付は要らない。あなたは他人だから……私と無関係」

 

「えーやばーめっちゃ不機嫌ー。当たり前だけどぉー(……おろ? 思ったより平気そう)」

 

「今はそれどころじゃない。手を組んで共闘すべき」

 

「まぁ、それしかないか」

 

「……もちろんこれが終わったら覚悟してもらう」

 

「(あ、やっぱりダメだ)」

 

「それと……」

 

「ん?」

 

「私の代わりに怒ってくれたのは……少し嬉しい」

 

「さっきの話ちゃんと聞いてたー?」

 

「他人の言葉は覚えてない」

 

「わりとイイ性格してんな」

 

 バーベナと黒星は散開して斬撃を回避。

 事前に――友達ごっこで和気藹々としていた時――取り決めていた配置に移動する。

 前衛が黒星。彼女を支援する後衛がバーベナだ。

 互いの能力を加味した結果、最も効果的と考えられる組み合わせで二人は<超級>に挑む。

 

 既に条件は達成済み。

 足場が水であるため《破れた銀盤》が発動中だ。

 

 スキルの予兆を察して攻勢を増した柳葉の剣。

 だがそれよりも早く黒星は脚先から水没して……地上から姿を隠した。

 

「《虚は踊る、されど謳わず(オデット・オディール)》」

 

 水場は水場でも、人が潜れる深さではない。

 ならば<エンブリオ>による潜水か。

 柳葉はあたりをつけて、再び浮上する一瞬を突く。

 

 鏡像をいなしながら、同時に本体を仕留める練達の技巧が、四刀の守りを突破して華奢な黒星を抉り……あまりの手応えの無さに柳葉は後退。

 

 直後、貫かれた黒星が猛攻に転じる。

 いくら柳葉が切っても、貫いても、斃れない。

 水面に映る月のように捉えどころがない。

 

 正真正銘、黒星の切り札。

 【オデット・オディール】の必殺スキルは《破れた銀盤》の使用を前提とするものである。

 

 効果は――鏡像と本体の入れ替わり(スイッチ)

 

 柳葉が相対している黒星は実態のない鏡像だ。

 本体は水面下……鏡の中にいる。

 

 鏡像に攻撃は当たらず、すり抜ける。

 本体は手出しのできない鏡面の向こう側。

 およそ無敵。弱点を克服した攻防一体であった。

 

「これで決める……!」

 

 黒星は煌めく粉塵を纏って鏡の世界を疾走する。

 

 タキオン――加速、及び研磨による攻撃力バフ。

 

 《剣舞劇・風の型》―― AGI上昇。

 

 《トリプルアクセル》――AGI三倍化。

 

 戦闘時間が短いため不足する《剣舞劇》の効果量をバーベナのタキオンで補い、今の黒星は最高速。

 

「「――《星光連流(スターバースト)――」」

 

 本体と鏡像が()()()()()、超音速で放つ《流星脚》は不可避の最大火力コンボ、

 

「「――光環旋撃(エクリプス)》ッ!!」」

 

 ――二十二連撃、オリジナル複合スキルである。

 

 柳葉は二刀持ちに切り替えて応戦するも防御は不可能。当然だ、鏡像(本体)の攻撃はまだ対処できるだろうが、しかし本体(鏡像)は鏡の中で手出しができない。

 初見の十一連撃を刀で防ぎ、残る半数は足元の鏡像を確認しながら回避するなど……さしもの柳葉とて処理能力の許容量を超えていた。

 

 連撃は半数以上が命中。

 後ろで見守るバーベナはガッツポーズを取る。

 やったか? やったね! <超級>死す!

 

「ナイス黒せ」

 

「っ、まだ……!」

 

 その言葉を最後に、黒星のHPは全損した。

 

「は?」

 

 理解に苦しむ光景にバーベナは唖然とする。

 追い詰めていた、確かに黒星が優勢だった。

 それが蓋を開けてみたらどうだ。追い詰めていた側が死んで、追い詰められていた側が生き残っている。

 

 青い着流しの男は無傷であった。

 

「……は? 攻撃、当たって……えぇ?」

 

 柳葉は黒星の連撃に被弾、直撃。

 なぜか生き延びた彼は刀を足元に叩きつけた。

 水面下にいた黒星がデスペナルティ。

 

 起きた出来事をまとめるとこうなる。

 

「お、身代わりは残ってるな。【死兵】があると本体が吹き飛んでも大丈夫なのか」

 

「……ッ!」

 

「最後まで諦めない姿勢もいい。見ろマナ、彼女には可能性がある。いつか俺を超える剣士になるかもしれない」

 

『はいはい。実質負けでいいんじゃない? 使わないって決めてたスキル使ったじゃん』

 

「いやこれはあれだほら。相手が意味不明なスキルを使うなら、こっちもスキル使っていいだろ。というかなんだよ四刀流ってふざけてないか。超カッコいいな」

 

『負けたいくせに負けず嫌いなんだから……』

 

 柳葉は黒星の戦闘スタイルに興奮しつつ感想を述べた。

 それも鏡像を軽くいなしながら。

 

「そろそろ時間だ。名前を聞きたい」

 

 柳葉は《ラストコマンド》の効果時間ギリギリまで鏡像と斬り合い、最後の最後で誰何した。

 勝負がつくまで名前すら確認していなかった、という事実に気づいて黒星は鏡像越しに歯痒い思いを抱く。

 

「……妙蓮寺黒星」

 

「そうか。()()()()()()()()()()()

 

「…………! は、い――」

 

 そうして黒星は光の塵になり、消滅した。

 

「で、次はお前か。当然まだ隠し球があるよな?」

 

「ぅ……う、あぁぁぁァァァァァァ!!??」

 

 意味が分からない。ふざけている。

 非常識だ。頭がおかしい。バーベナは<超級>を、天地の修羅を見誤った。侮っていた。

 

 アバターは勝手に飛び出している。

 柳葉の殺気を前に逃走を選べない。

 逃げたら死ぬ。止まったら死ぬ。戦っても死ぬ。

 

 バーベナは腕に砂刃を形成して突き出す。

 やぶれかぶれの特攻であった。

 

「《霧雨》」

 

 柳葉は回避せず、砂刃は彼の胸を貫通する。

 手応えは皆無だ。血液はこぼれず、傷もない。

 柳葉の肉体は……液体のように波打っていた。

 

「え……え? なんで、なんでぇ!?」

 

「それはもう見た。他にないのか」

 

「ひっ……や、やだ! 嫌だいやだ!」

 

『あ、逃げた』

 

 バーベナは逃げ出した。

 タキオンの加速を限界を超えて行使する。

 反動で【クイックサンド】の装甲がヒビ割れ、足の骨が砕けるが気にも留めない。

 

 柳葉は心底落胆してバーベナを見送る。

 相方は素晴らしい剣力だったが、これでは。

 期待はずれにも程があるだろう。

 

 柳葉は《八艘飛び》と刀身の展延で、一心に逃げるバーベナを葬らんとする。

 追撃の一太刀がバーベナの首に迫り……

 

「……そうくると思ったよッ」

 

 バーベナは姿勢を低くしてUターン。

 MP全投入の広範囲砂嵐を目眩しに。

 水の刃を紙一重で躱し、助走(逃走)で得た速度と、もう一段階上の無理な加速を重ねて、刀を振り抜いた直後、無防備な柳葉の首を獲りにいく。

 

「死に晒せぇ!」

 

 超音速を超えて、首を刎ねる。

 それが無理なら砂嵐で少しでも削り取る。

 今のバーベナが見出した唯一の活路。

 

(常時発動のスキルなら防御の必要がない。なら、任意で使用するタイプのスキルだ。不意を突けば……俺の最高速度ならできる……!)

 

 この時バーベナの速度は超音速を超えていた。

 安全性を度外視して稼働する場合のタキオンは理論上、第六形態の現在で、超々音速に到達する。

 無論バーベナの特典武具と準備あっての数値で、決して無制限に発揮できるものではないが。

 

 味方を巻き込み、黒星の《銀盤》を阻害するため控えていた砂嵐と組み合わせて一矢報いることができると。

 

『《(アン)――』

 

(あ、やっぱ無理)

 

 バーベナは信じた自分を投げ捨てる。

 《危険察知》が最大の反応で死を告げていた。

 

 足を止めて、僅かな猶予で腰に手を伸ばす。

 アイテムボックスから取り出したものを頭上に高く放り投げて、小型の機械を口元に。

 

――仕事の時間だ

 

『――(サラー)》』

 

 スローモーションの視界が加速する。

 動画を高速再生した時に似ていた。

 引き伸ばされた感覚が圧縮されてしまう感覚。

 

 極まったAGIが減算され、ゼロになり。

 相対的な速度がバーベナと周囲でかけ離れたために。

 

 バーベナは首を刎ねられた。

 

 

 ◇◆

 

 

 柳葉は最期まで目を離さない。

 

「何をした?」

 

 くるくる回るバーベナの首。

 それより早く投げられた棒状の何か。

 

 よく見れば、それは天地で馴染み深いもの。

 

「刀……妖刀か」

 

 血を吸い、怨念を纏うに至った一振りである。

 剣士が武器に依存するのは邪道と柳葉は考えているが、しかしそれはそれ、最初から使用していれば勝負の行末はまた違うものになっていたかもしれない。

 

『回収する?』

 

「俺が使ったらお前すごい怒るだろ」

 

『当たり前なんだよね! マスター君の武器は私がいれば十分でしょ!』

 

 じゃあ売却しかないんだよな。柳葉は思った。

 妖刀の落下地点を予測して受け止める姿勢に。

 

 しかし、柳葉より早く、影が跳んだ。

 

 宙で妖刀と生首を確保した人影は誇らしげに、あるいは再会を喜ぶように、天高く戦利品を掲げる。

 

「……お前は」

 

 人影は柳葉に気付き……心底嫌そうな顔をした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。