無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

7 / 102
小鬼殺し 下

 □■王都アルテア

 

 あなたは街に帰還した。

 レイレイさんに正体を悟られる前に逃げ出したのだ。

 あのお茶目チャイナ、隙あらばポーションをかけてあなたの透明化を見破ろうとしてきたので油断ならない。

 

 依頼主は騎士団の詰所で不貞腐れていた。

 

「あ、聖騎士サ……うゎ……ンン。だよね?」

 

 こちらに気づくなり、バーベナはすぐさま薄っぺらで媚びた笑顔を貼り付けた。

 

「バーベナ知ってる〜。それフルプレートアーマーっていうんでしょ。カッコいい〜!」

 

 どうやらまだ擬態を続けるらしい。

 あなたは直前のドン引き顔を見逃していない。

 全身鎧兜の何が悪い。透明になっている間は人型のシルエットを保つにも一苦労なのである。

 

 しかしそれは些細な問題だった。

 あなたは依頼主個人の趣味嗜好にまでとやかく言うつもりは毛頭ない。

 

 あなたは簡潔に報告を終えた。

 

「ほんとに一人であいつらぶっ殺したんだ」

 

 正確には<超級>という規格外もいたのだが。

 口頭での説明に限界を感じたあなたは、一部始終が収められた映像媒体を手渡す。

 バーベナは心を弾ませて録画を再生した。

 

「うぷ……おぇ……」

 

 バーベナは盛大にぶちまけた。

 気を利かせたあなたが袋を広げなければ、床に胃の中身がこんにちはしていたことだろう。

 

「グロいってぇ……なんでこの惨状が平気なんだよぅ……蛮族なの?」

 

 バーベナは何を言っているのだろうか。

 あなたとしては理解に苦しむところだ。

 このリアリティがダイブ型VRMMOの醍醐味だろうに。

 どうしても直視できない場合は、飛び散っているものをトマトだと思えばいい。

 スペインでは熟したトマトを互いに投げ合う祭りがあるという。だいたいあんな感じだろう。

 

「やめろやめろ! あーもうダメだトマト食べられなくなっちゃたー!」

 

 あなたは悪くない。

 スプラッタしたのは主にレイレイさんである。

 あなたは綺麗に首を刎ねたのだ。

 

 歓談に興じたところで、涙と鼻水と吐瀉物で汚れたバーベナに伝えなくてはならないことがある。

 

「ま、まだ何かあるの?」

 

 怯える必要はない。お仕事の話だ。

 あなたが受けた依頼内容は<ゴブリンストリート>に対する復讐代行だった。

 しかしオーナーの【強奪王】を筆頭に、不在だったメンバー数名をまだ討伐できていない。

 加えて今回はあなた単独の成果ではなかった。およそ半数はレイレイさんのキルスコアだ。

 

 とても依頼を達成したとは言いがたい。

 

 なのでバーベナに選択してもらいたい。

 

 一、復讐を完遂するために数日待つ。

 この場合デスペナが明けた野盗を含め、もう一度全員の首を刎ねて依頼達成とみなす。

 

 二、これでおしまい。

 お仕事としては落第点なので、あなたは報酬を全額受け取るつもりはない。手間賃だけ支払ってもらう。

 

 二番はさぞしこりが残るだろう。

 あなたとしては一番をおすすめする。復讐するからには徹底的に、恐怖と教訓を体に叩き込むべきだ。

 

「二番二番絶対に二番!」

 

 どうやらあなたの熱意は伝わらなかったようだ。

 非常に残念だが、依頼主の要望には従おう。

 

「ハイおわり! それじゃおつかれ! バイバ〜イ」

 

 あいや待たれよ。

 さりげなく立ち去ろうとするバーベナの肩を掴む。

 

 まだ報酬を受け取っていない。

 

「……え〜? そうだっけ〜? バーベナ難しいことはよくわかんな〜い」

 

 首を傾げても無駄だ。

 他の連中は知らないが、あなたにかわいいアピールが通用すると思ったら大間違いである。

 

 ……これはふと思い出した昔話で、バーベナとは全く関係ないのだが。

 あなたは過去に報酬を踏み倒されたことがある。

 依頼主を尊重する有能で心の広いあなたは、きっと何かの間違いだろうと平和的な話し合いの場を設けた。

 だが、依頼主はのらりくらりと言い逃れるばかり。

 最期の一言はたしか『そんなに欲しけりゃ鉛玉をくれてやる』だったか。

 

「ひゅぇ」

 

 安心してほしい。バーベナとは関係ない。

 繰り返すが、過去に報酬を踏み倒そうとした愚かな依頼主の失敗談でしかない。

 もらえるものをもらえばあなたは満足だ。

 

「か、かわいいバベちんの〜かわいい笑顔でお支払いしますぅ。にこ〜」

 

 かわいいバベちんに、親切なあなたは素敵な言葉を教えることにする。

 

 スマイルゼロ円。

 

「くそが!」

 

 バーベナは にげだした。

 

 しかし まわりこまれてしまった!

 

 あなたからは にげられない!

 

「いやああああああ!? 殺されるぅぅぅぅぅ!」

 

 つくづく失礼な依頼主だ。あなたとしても遠慮する必要がないので大変やりやすい。

 簀巻きにしたバーベナを持ち上げる。

 おらジャンプしろ。あり金を寄越せ。

 

「やなこった! ってごめんなさい怒んないで! 本当に手持ちがないんだよぅ! だから胴上げしないで天井にぶつかるぅ!?」

 

 嘘を吐いているようには見えない。

 初心者でPKに襲われたのだ。装備は壊され、なけなしのアイテムは死亡時にドロップしたのだろう。

 やはり野盗は悪い文明。

 

 あなたは初心者に優しい遊戯派だ。

 無いものを寄越せとは言わない。

 ただ、狩られた直後の初心者にしては妙に高品質な装備を着ている理由を説明してもらわねばなるまい。

 

「え? そりゃ適当な男にもらって……なにさ。別にいいだろ? これが一番手っ取り早いんだよ。別にたかりとか乞食はしてないからね。愛想よくしてたらお古をくれただけ。バーベナに貢ぎたい連中との需要と供給だしぃ」

 

 なるほど理解した。

 ではバーベナの流儀に従って手早く済ませるとしよう。

 その装備、駄賃代わりに置いていけ。

 

「い、いやだと言ったら?」

 

 身ぐるみ剥いでやろう。

 鍛え上げた《スティール》が火を吹くぜ。

 

「公衆の面前で服を脱がそうってか!?」

 

 あなたとしても不本意ではある。

 もちろんバーベナが裸体を晒して逮捕されないよう、最低限の配慮はするつもりだ。

 具体的には、あなたがもう着ない水着を提供する。初期装備のフルプレートと同程度の防御力を誇る品だ。

 バーベナにとっても悪い取引ではない。トータルで考えればむしろプラスだろう。

 

 以上のやり取りで分かるように、あなたは必ずしも利益を求めているわけではなかったりする。

 お仕事自体が、既にあなたの欲するもの。

 タダ働きでは同業者のお仕事を奪ってしまい、依頼主には信用されず、ひいてはあなたの評判にも影響が出るので可能な限り相場の報酬を受け取るようにしているが。

 

 仕事には正当な対価を。

 これがあなたのポリシーである。

 双方の合意が取れたなら、実はバーベナが支払う報酬の価値はそこまで重要ではない。

 気に食わないのはバーベナの舐め腐った態度だ。まるであなたに敬意を払っていない。実にいい根性をしている。

 

 余談だが報酬を多くもらえる分には一向に構わない。

 チップ最高。ボーナス最高。

 お金とアイテムはいくらあってもいいものだ。

 

 それにしても先程からリリアーナの視線が痛い。

 あなたは何もしていないが。

 

「当然じゃないですか。この忙しい時に、女性を脱がして強引に水着を着させようとするろくでなしが騒いでいるんですからね」

 

 今の会話をどう切り取ったら、そこまで悪意に満ちた解釈が生じるのだろう。あなたは訝しんだ。

 

「弁解する必要はありません。<マスター>同士の問題はティアンの私に関係がないので、どうぞご自由になさってください。こちらから言えるのは仕事の邪魔なので他所でやれ、です。……私は疲れているんですよ」

 

 言われてみれば、机に向かうリリアーナは目の下にうっすらとクマが浮かんでいる。

 例の森林火災が原因でまだ仕事に追われているらしい。昨晩は多少なりとも休めたと思うのだが、どうやら寝不足気味で不機嫌極まりない。

 

 あなたは手伝えるお仕事がないか尋ねた。

 少しでも役に立って名誉挽回せねば。

 

「ありませんのでお帰りを。そちらの女性とよろしくしてたらいいんじゃないですか」

 

 リリアーナは勘違いをしている。

 

 バーベナは男だ。

 

「………………はい?」

 

 そもそもの話。

 あなたと彼本人が、一度でもバーベナは女性だと明言しただろうか。いやしていない。

 たしかに中性的な容姿と言動なので誤解してもおかしくはない。本人もわざと誤解を招いている節がある。

 そこらの女性以上に整った顔面だが、悲しいかな、あなたの目は誤魔化せない。

 

 つまりは男の娘というやつである。

 

 リリアーナは信じられないというように、あなたと簀巻きのバーベナを交互に見た。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。

 

「そーだよ、俺は男。確かめてみる?」

 

 バーベナは器用に股を広げた。

 リリアーナが悲鳴を上げた。

 あなたは瞬時に魔法でモザイク修正を加えた。やはり光属性と幻術は汎用性が高い。

 

 危ないところだった。バベちんのバベちんがご開帳してしまう寸前であった。

 このファインプレーは表彰ものだ。マーベラス!

 勲一等を授与されてもおかしくはない。

 

「ははっ、うける! 冗談だって。そんな露出狂みたいな真似しないよ。バベちんはかわいいんだからさ。あんたもそう思うだろ?」

 

 あなたは頷いた。

 相当キャラメイクに時間をかけたに違いない。化粧にも力を入れているようだ。努力は認める。

 しかし調子に乗るのはよくない。今のバーベナは人を揶揄える立場ではないのだから。

 あなたは愛刀の鯉口を切った。

 

「ぴぃ!? あんた怖いよ! なんなのゲイなの!?」

 

 あなたは別にゲイではない。

 そしてバーベナの問いかけは愚問であると言わざるを得ないだろう。生憎と、あなたはバーベナを超える美貌の持ち主を見慣れている。

 

 ここにいるリリアーナだ。

 

「私ですか!?」

「はぁー? いや俺だって負けてないし」

 

 あまり人を比較するのは褒められた行為ではないと重々承知の上で言わせてもらえば、バーベナはリリアーナの足元にも及ばない。

 

 たしかにバーベナはかわいい。

 だがそれだけだ。深みがない。

 所詮は鼻水カピカピ坊主だ。

 

 リリアーナの美しさには凛々しいとかわいいが両立している。一見すると対極に位置する二つの要素が混ざり合うことで、化学反応の如きギャップが生じるのだ。

 発生するかわいさはビッグバン級。リリアーナは容姿だけで人類を救えるだけのポテンシャルを秘めている。

 

「あの、すみません……それくらいで……」

 

 外見だけではない。

 リリアーナは内面も非常に優れた女性である。

 真面目で責任感が強く、妹思いで心優しい。

 仕事にも熱心で、あなたのような得体の知れない住所不定無職の不審者にも分け隔てない対応をしてくれる。

 

 考えれば考えるほど双方の差が浮き彫りになる。

 比較することさえ烏滸がましいレベルだ。

 これでもまだ異論があるなら聞くが。

 

「ぐぅ……内面を指摘されたら何も言い返せない。俺がルックス極振りなばっかりに」

 

 そうだろうとも。

 これでリリアーナの名誉は守られた。

 心無い発言ひとつで推薦が取り消される事態に発展しては目も当てられない。

 あなたくらいできる遊戯派になると、ティアンの好感度管理だってお手のものだ。

 

 なぜかリリアーナは机に突っ伏しているが。

 あなたの好感度管理は完璧なはず。

 恋愛ゲームならハーレムルート一直線なコミュニケーション能力である。いやーまいっちんぐ。

 だから騎士団の面々から向けられた生暖かい視線は気のせいであり、あなたとは何の関係もない。

 

 話を戻そう。

 

 バーベナは素寒貧。あなたに渡す報酬がない。

 代わりに装備を差し出すつもりもない。

 となれば、解決策はひとつだけ。

 

 身体で支払ってもらうしかあるまい。

 

「そういうご趣味が!?」

 

 リリアーナが飛び起きた。今日一番の驚愕だ。

 あなたは試したことがないが、やってやれないことはないかもしれないしあるかもしれない。人間は無限の可能性で満ち溢れている。何事も決めつけはよろしくない。

 

「……否定しないんですか?」

 

 リリアーナの発言はさておき。

 あなたはバーベナに奉仕してもらうことにした。

 

「誤解の余地がありません!」

 

 それはそうだろう。

 あなたに他意はないのだ。

 

「なおさら悪いですが!?」

 

 何やら認識に齟齬が生じている気がする。

 コミュニケーション能力に優れるあなたもミスはする。この間違いに自力で気づけたのでヨシ。

 

 錯乱したリリアーナを落ち着かせるためにあなたは鎮静作用のあるアロマを炊いた。

 同じ過ちを繰り返さないためにも細心の注意を払って、穏やかな口調で真意を説明する。

 

 バーベナが報酬を物資の形で支払えないなら、時間と労働力を提供してもらえばよい。

 奉仕とは無私の労働。タダ働きのことだ。

 つまり、あなたと一緒にお仕事をしてもらう。

 いくつかクエストを回れば報酬額に見合うだろう。

 

「うぇ……こんな頭おかしいのと一緒にクエストとか絶対いやなんだけど」

 

 これはあなたができる最大限の譲歩だ。

 文句があるなら容赦はしない。

 

「わかったやるから! やりゃいいんでしょ!? だから刀をチャキチャキ鳴らすのはやめろぉ!」

 

 バーベナから言質は取った。

 後々になって話が違うと揉める心配はもうない。

 あなたは『勝訴』の紙をリリアーナに見せつけた。

 

「そういうことでしたか……私はてっきり……」

 

 はて。リリアーナは何を想像していたのだろうか。

 後学のために是非とも教えてもらいたい。

 フィードバックがあれば、あなたのコミュニケーション能力はさらなる高みに到達することだろう。

 

「え。その、ええと」

 

 リリアーナの目が泳いだ。

 口籠るばかりで答えるつもりはないようだ。

 あなたは《心理分析》のスキルを使用した。

 羞恥に焦燥……見える、見えるぞ。

 何を恥ずかしがっているのか知らないが、あなたアイがリリアーナの心を丸裸にしてくれよう。

 

「もう勘弁してください……」

 

 リリアーナは再び机に伏せた。

 紅潮した肌はリンゴのようで、誰が呼んでも突いても唸るだけの置物と化したのだった。

 顔が見えないとスキルが発動しないのに。

 

 

 

「俺は何を見せられてんの?」




どっちがゴブリンなんだか
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。