無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
■某所
電子音を鳴らす機械。
皇国からの指令で【盗賊王】ゼタは行動する。
彼女が請け負った仕事は単純。
講和会議での話し合いが決裂した場合、王都を襲撃してテロを引き起こすというもの。
追加でクラウディアから請け負った仕事と、ゼタ本人の目的……王国との婚姻同盟のため黄河から持ち込まれた、十個の<UBM>を封じた珠の盗難。
ゼタのやることは山積みであった。
ゼタ単独でも可能だが、しかし困難な依頼。
故に彼女は<
<超級エンブリオ>で改造した戦闘員、
今回は超級職のティアンを素体にラ・クリマが調整した
炎の名を冠した【イグニス・イデア】。
蜘蛛と名付けられた【アラーネア・イデア】。
蝙蝠の姿を持つ【ウェスペルティリオー・イデア】。
三人は王城へ侵入を果たし。
女王蜂の【レジーナ・アピス・イデア】。
こちらは配下と併せて城下町に投入した。
そして残る一人。
ゼタの背後で、静かに佇む老齢の男。
「確認。あなたの役割は“保険”です」
本来の予定になかった予備人員に向けて、ゼタは再度、与えた指令を繰り返す。
「杞憂。計画が順当に進めば【失業王】は講和会議の場でデスペナルティになります」
クラウディアは無職の習性を利用した。
襲撃予定の王都から、仕事で事前に引き離し。
講和会議が決裂した時は容易に命を奪う策。
リリアーナの危険を示唆して無職の判断力を奪い、クラウディアと皇国の護衛への攻撃を許す。
そこに放たれる扶桑月夜の《絶死結界》。
背後からのフレンドリーファイアで、レベルリセットを頻繁に繰り返す無職は死ぬ。
扶桑月夜は無職の被弾を気にしない。初手で敵を削る機会を逃がす方が問題、と考える人物だ。つまりコラテラルダメージである。
「疑念。ですが<超級武具>といえど。あの頭のおかしい<超級>は生き延びるかもしれない。私の知らない手段で国境から王都まで駆けつけるかもしれない。その時こそ、あなたの出番です」
例えば【龍帝】の不死身化。
あるいは【絶影】の奥義。
観測された無職のスキルなら、可能性がある。
そして即死の罠を生き延びたように。
同じような手口で王都に参じる可能性が。
「復唱。あなたの役割は“保険”で、そして“足止め”です。いざという時は最低限の時間を稼いで離脱してください。アレを正面から倒す必要は皆無です」
「……仰せのままに」
その発言にゼタの《真偽判定》が反応する。
このことから、老爺の内心は明らかだ。
元より彼は
(納得。彼の背景を知れば当然でしょう。仮初の主人としてすら、私を認識していない)
それでも利害は一致している。
だから老爺は表面上、ゼタに反抗しない。
ゼタに協力することが目的達成の近道だと考えており、現に彼の願いはあと一歩で叶うのだから。
(不可解。天地の武芸者というのは皆このような思考なのでしょうか。理解が及びませんね)
ゼタは改人を追って、自らも王城に侵入する。
(無為。敵討ちなどしたところで、<マスター>は三日で生き返るというのに)
無意味に命を浪費する愚行だ、と。
ゼタは内心で吐き捨てた。老爺の死を確信して。
◆◆◆
老爺は死に損ないである。
命を賭す機会に間に合わなかった亡霊である。
がらんどうの心に怨讐の火を焚べた復讐者。
超級職素体改人――【コクレア・イデア】。
それが、かつての名前を失った不忠者の呼称だ。
外見こそ老爺のままだが、ラ・クリマの改造を受けた肉体は人間とまるで別物。
モンスターの筋組織を移植した四肢は強靭な膂力と柔軟性を両立している。
老爺は正面から王城に侵入を果たす。
既に他の改人が城門を消滅させていたからだ。
熱で融解した地面を越えて、屋内へ。
「良い城だ。手入れが行き届いていますね」
老爺は王城勤めの使用人の働きを賞賛した。
常なら埃ひとつない床は襲撃で汚れていたが。
老爺が足を打ち鳴らすと……一変する。
土埃と瓦礫は霞のように立ち消えた。
フロアと壁面は光を反射するまで磨かれて。
老爺は手の汚れを払い、吐息を溢す。
「償いにもなりませんが。多少の負担は減るでしょう」
現在進行形で襲撃する相手の居所を気遣うように。
改人の後始末を終えた老爺の姿が消失する。
……否。
老爺は徒歩で進んでいるだけ。
ただあまりにも
老爺が立ち止まったなら、突然現れたようにも。
現に。地下区画に到達した老爺は、幼子を連れて避難する一団に驚愕を与えた。
「どこから……転移か!?」
老爺が侵入した方法を誤解して大人達が身構える。
王家の腹心フィンドル侯爵と近衞騎士六名。
彼らは背後にエリザベート、ツァンロン、ミリアーヌ、そして非戦闘員の侍女を守っている。
老爺はミリアーヌにしばし視線を注ぎ、
「……おゆきなさい」
彼らを見逃がした。
「じきにここも襲われます。備えは十全に」
「貴様は、奴らの仲間ではないのか?」
「少なくともあなた方に危害を加える意思はありません。己が忠義を果たせ、異国の臣」
フィンドル侯爵と老爺は数秒視線を交わすと。
「……殿下! こちらに!」
地下区画の最奥部に避難していった。
老爺は彼らを見送り、再び歩き出す。
「こちらは外れですか。では」
次に老爺が遭遇したのは――
「――ああ、そうです。あなたを探していた」
――近衞騎士団副団長であった。
◇◆◇
□■王城
リリアーナは第三王女を探していた。
王城襲撃に際し、第二王女エリザベートと婚約者ツァンロン、そして最愛の妹は先んじて避難している。
ゆえに残る王家の尊い御方、テレジア・C・アルターの捜索及び安全確保こそ、近衛騎士団副団長であるリリアーナが成すべき職務だった。
しかし彼女は探し人に出会えず。
襲撃者と接敵するでもなく。
年老いた男に声をかけられた。
「何者ですか!」
見覚えのない人物をリリアーナは警戒する。
誰何と同時に抜剣。
この状況下で、怪しげな人物を味方と認識できるほど、彼女は平穏に浸かっていない。
「少々不躾でしたね。失礼。私は【コクレア・イデア】、あなたの敵です」
リリアーナは迷わなかった。
即座に踏み込み、両手で愛剣を振るう。
「判断が早い、流石です。お若いのに随分と戦慣れしているようだ」
「……ッ」
老爺は取り出した槍で受け太刀した。
リリアーナの斬撃で刃毀れひとつ生じない。
天地風の長槍は相当な業物であると窺えた。
当然至極。一目瞭然。
老爺が手にした得物は曰く付き。
銘を【髭剃】。名刀百選を打ち直した名槍である。
「ですが」
老爺は長剣を払い、石突で騎士を打ち据える。
崩れた体勢で強打を見舞われたリリアーナはたたらを踏み、詰めた間合いを丸々離された。
「まだ青い。そして、あなたの相手は私ではありません」
老爺は右手の【ジュエル】を掲げる。
<IF>と【盗賊王】と【魂売】に頼らず、彼が数少ない自前の伝手で入手し、密かに持ち込んだもの。
「《喚起》、【
即ち――超級職の
『Aaaaa■■■■■■■■■■――!!』
人型の異形が咆哮する。
改人と比べれば、まだ人間らしい姿だった。
目立つ特徴は両肩から伸びる一対の腕。
そして合計四本の腕で握る悍ましき妖刀。
「恨みはありません。ただ死んでもらいます。お覚悟を、リリアーナ・グランドリア」
「お断りします。私にはまだ、やらなければいけないことがある」
リリアーナは剣を取る。
彼女は近衛騎士団副団長。彼女こそは王国の剣。
リリアーナは鎧にかかるマントを翻す。
彼女の特典武具。王国の盾たらんとする力。
「即刻お引き取りを――さもなくば斬ります」