無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■王都アルテア・王城
講和会議の場から王都へ。
懐かしい転移の余韻をあなたは味わう。
古巣レジェンダリアの神話級<UBM>が変身した<アクシデント・サークル>。
あれでGO to 天地さえしなければ、あなたのデンドロ生活は健全なものになっていたことだろう。
それもこれもアホのせいである。あなたは懐の小瓶を揺らして深々とため息を吐いた。
気を取り直したあなたはリリアーナを抱き寄せる。
消耗が窺える。ただ命に別状はなさそうだ。
最悪の予想が外れたことにあなたは安堵した。
「……あの、近いです。離してもらえると」
控えめだが明確な拒絶。あなたは傷ついた。
リリアーナにとってはいきなり現れた正体不明の無職に肩を抱かれる形である。
普段のあなたがどれだけパーソナルスペースに配慮していても今回の件でスリーアウトだ。
しかし火急の事態ゆえ、今しばらくリリアーナには容赦してもらわねばならない。
「どうして力を込めるんですか!? 血で汚れてしまいますし、今はちょっと……」
一瞬の隙で襲われる可能性があるからだ。
敵は相当な手練れである。《看破》したステータスは平凡ながら、立ち振る舞いが武芸者特有のそれ。
間違いなく修羅。歴戦の個体と思われる。
ここであなたは説得フェーズに移行した。
逃れようともがくリリアーナを落ち着かせる。具体的には効果的な言葉で言い包め、なだめる場面だ。
フレンドに埒外だの型破りだのと表現される、あなたの類稀なるコミュニケーション能力の出番だった。
会話で大切な要素は『傾聴』である。
相手の話を聞き、受け入れて、尊重する。
これができて初めて他者との意思疎通が実現するのであり、自分の意見を押し通すだけでは会話にあらず。言語を用いた野蛮人の暴力に等しい。
それではお仕事が成り立たない。お仕事も、人と人の関係性。つまりコミュニケーションが結ぶ人の縁。
あなたは百戦錬磨の仕事人なので、必然的に、コミュニケーション能力は百点満点となる。
顔を背けるリリアーナの頬は朱が差しており、あなたに弁駁する言葉尻がどこか弱々しい。
仄かに滲む躊躇いと困惑、心理系ジョブスキルを極めたあなたは彼女の内心を容易に読み取る。
即ち、羞恥心。
リリアーナは戦闘で汚れた姿を気にしている。
しかし何を気にすることがあろう。
彼女の美しさは血煙で褪せるものではない。
王国を守護するという気概に、気高い矜持。
乱れた髪を靡かせる戦士の顔こそ一種の芸術だ。
むしろそれがいい、と言っても過言ではない。
やはり被弾差分は正義。あなたは創作物を嗜む<マスター>なので、そういう方面に詳しいのだ。
傷ついても諦めない女騎士超サイコーだな。あけすけに表現するとそんな感じである。無論あなたは紳士なので、後半部分を直接は言葉にしない。
「わざと口にしてます?」
あなたは無意識に思考を垂れ流していた。
それもこれもリリアーナが美人なのが悪い。
顔が良い
「今っ! それを! 言う必要ないでしょう!」
ちなみに気にしている様子なので補足すると、汗や血の臭いに関しても全く問題ない。
リリアーナは陽だまりのような香りがする。
「ッ〜〜!? か、嗅ぎ……!?」
身嗜みに気を遣う姿勢は大変好ましいが、執拗に意識することもないだろう、という一般あなたの意見はリリアーナの長剣によって遮られた。
リリアーナは髪と首筋を手で押さえると、もの凄い勢いであなたから距離を取る。だから危ないて。
「一番危ないのはあなたですっ! 何を考えているんですかこんな時に! いえ変な匂いと思われなかったのはいいですけど、かといって無遠慮な……こんな……こんなの、もう……変態が過ぎます!」
匂いに関しては不可抗力である。
あれだけ密着したらいやでも分かるよね。
致し方ない犠牲だった。あなたは弁明する。
「え……嫌……でした?」
リリアーナはピタリと動きを止めた。
興奮が冷めたのか、顔色が赤から一転して白に。
批難の眼差しは意味合いを変える。熱っぽい瞳は感情と彩度が取り除かれて、無機質な涙を湛えた。
嗚呼、なんというバッドコミュニケーション。
あなた史上類を見ない痛恨のミスだ。
いやまだ舞える。慌ててリカバリーに走るあなた。
い、いや? 別にそういう意味じゃなくて?
自分は好きだけどね。他意はなく。
「……本当に?」
あなたはインコのように頷いた。
マジ本当リアリー。むしろめっちゃ好み。とても気分が落ち着くので毎日嗅ぎたいくらいである、と。
口八丁手八丁であなたを誑かすフレンドを参考に、身振り手振りを駆使して、真摯に言葉を尽くす。
「そう、ですか。……よかった」
……セーフ! あなたは胸を撫で下ろした。
マーベラス、実にマーベラスだ。
やはりあなたのコミュ力は捨てたものではない。
機嫌を直したリリアーナの「毎日嗅ぎたいなんて何を考えているんですか。まだそんな関係じゃありません」という謂れのない謗りをあなたは甘んじて受けた。
◇◆
閑話休題。
あなたは改めて敵に向かい直る。
会話の最中に何もせず、大人しく待っているとは随分と礼儀作法が行き届いているようだ。
「ご冗談を。私が一歩でも動いたら即座に斬り捨てるつもりだったでしょう」
修羅こと【コクレア・イデア】の過大評価をあえて訂正する理由はあなたにない。
転移直後に【怪物王】を両断したのはいいが、数十万のSTRで振るった愛刀が悲鳴を上げていた。
最低限の自己修復が終わるまで、リリアーナが第一優先だったというだけの話である。
あなたは敵の懐を漁った。
あなたは妖刀を入手した。
見覚えのある四本の刀。運営主催イベントで全ロスして以降、あなたが回収できなかった武器だ。
コレクションこと【砂泉】【玄穹】【展錦】【攻殻】を取り戻したあなたの機嫌が少し上がる。
まぁ、それが減刑に影響することも一切ないが。
あなたは丁寧に【怪物王】の首を落とした。
「まあ、私はその件に関与していませんからね」
ふてぶてしい態度で嘯く老爺は、容姿と所作からして天地の武芸者で相違ない。
だが、あなたは見覚えがなかった。
ゆえに無関係の赤の他人だろうと判断する。
「いいえ。その認識は誤りだ」
こいつ脳内を直接……思考が読めるのか……?
「表情を読んでいるだけですよ。あなたは随分と分かりやすい。【勇者】に扮していても中身は別物ですね」
表面上は穏やかで事実を並べた会話だが、含みを持たせた後半部分があなたの心の繊細な箇所を抉る。
お前は草薙刀理になれない、というように。
もちろん錯覚だ。目の前の老爺が、あなたと【勇者】の関係を知っているはずがないのだから。
「知っていると言ったら?」
戯言である。
あなたは老爺の妄言を切って捨てた。
修羅らしからぬ精神攻撃の対処は簡単だ。
とりあえず首を刎ねる。以上である。
首と胴体が泣き別れした人間は不恰好に囀らない。下手な抵抗をされる前に仕留めるが吉だ。
どの道、王都襲撃の実行犯は縛り首が妥当なところであった。今日のあなたは公権力が味方についている。
「彼は話してくれましたよ。あの日、何が起きたのか」
語りながら、老爺はヒトの形を崩す。
異形の特徴を持つ怪人に変貌する。
渦巻いた殻を纏う。さながら西洋甲冑のように。
痩身と不釣り合いな背嚢が歪な輪郭を描く。
殻を背負った姿は、まさしく
『あなたが姫様を……
糾弾にあなたは動きを止め、
『ようやく隙を見せましたね』
一瞬で怪人はあなたの眼前に迫っていた。
『――領域閉塞』
◇◆
そこは壁もなく上下もない空間だった。
どこまでも続いている白一色の地平線。
それでもあなたが殺風景と感じなかったのは、周囲に揺蕩うモノのおかげだろうか。
天地の調度品。現実世界で言うところの和風様式、温かみのある品々が雑多に宙を漂っていた。
先程まで、あなたは確かに王城にいた。
それがどうしたことでしょう。知りもしない異空間に飛ばされてしまったようである。
転移の可能性は除外してよい。空間転移特有の感覚を今回は感じなかったからだ。
あなたは灰色の脳細胞を働かせた。
恐らくはTYPE:テリトリーやキャッスル系列の<エンブリオ>に類似した何かしらの術理。
あなたはノータイムで
新規に【破壊王】となったあなたは、《破壊権限》を発動した拳を空間そのものに叩きつける。
『暴力はいけません』
あなたの拳は箪笥を破壊した。
起きた現象を飲み込むのに数秒。
理解が追いつくまで数秒。
あなたの脳内に疑問符が溢れ出す。
あなたは何もない空間に拳を振った。
箪笥を破壊する意図はなかったし、そもそも拳の位置に箪笥は存在しなかった。
それでこの結果は理屈に合わない。
あなたは隣に立つ怪人と視線を合わせる。
愛刀片手に居合の構え。腰の回転を乗せた抜刀は【コクレア・イデア】の頚椎目掛けて走り……空振る。
怪人は既にいなかった。
あなたから遠く離れた位置に立っている。
ここ最近の修羅との死合で精神汚染が極まったあなたは既視感を脳内ストレージからほじくり返す。
そう、あれは天地でPK狩りを愉しんでいた過日。順調にキルスコアを重ねるあなたの前に現れたカシ……名前を言ってはいけない【抜刀神】のように。
純粋な速度差による認識のズレ。
速すぎて動作を認識できないのだ。
現在あなたのAGIはおよそ八万程度。
対して老爺のAGIは四桁を超えない。ティアンは<エンブリオ>のステータス補正もない。
だというのに、あなたが老爺を目で追えないなど通常あり得ない事態である。
『落ち着かれましたか? では次にこちらを』
老爺は空中に映像を照射する。
魔道具のカメラだろう、映し出された光景は、あなたが先程までいた王城の廊下だった。
違いは一点。巨大な殻が鎮座していること。
あなたと老爺、二人と入れ替わりで現れた巻き貝のようなオブジェクト。どでかいウ◯コである。
映像内でリリアーナが殻に剣を突き立てる。必死に内側へ呼びかけているようだ。音声が無いため、何を言っているのかまでは分からない。
『あれは私です。正確には、私の体の一部であり、殻の内側は我々が今いるこの空間になります』
あなたの明晰な頭脳は知恵熱を発した。
もう少し簡単に。分かりやすく。
『……蝸牛という生き物はご存知ですか』
あなたはドヤ顔で頷いた。常識である。
カタツムリ、マイマイ、でんでん虫。
巻き貝のような殻を背負い、危険を感じると殻内に引きこもって身を守る生態で知られている。
『私は蝸牛の生態を参考に改造されています。背中の殻に本体を収納できるのですよ。マジックアイテムを素材にしていますから頑丈ですし、内側は空間の拡張が施されています。このように内装を変えることも』
同時に空間が塗り変えられる。
白い背景が色付いて秩序ある武家屋敷に。
浮遊する調度品は背景に合わせて整列した。
『他の人間を招き入れることもできるわけです。あなたは私に囚われている。そうお考えいただければ』
慇懃無礼に怪人は頭を下げる。
『あなたを閉じ込めた理由、ですか? まず協力者への義理立て。もうひとつは個人的な……私怨ですね』
訝しんだあなたの表情をまたもや読み取り、老爺は訥々と犯行動機を口にする。
王都襲撃という大それた罪を犯しておきながら、本来の目的は他にあると、彼の言動の全てが告げていた。
ここまで材料が揃えば馬鹿でも分かる。
ましてやあなたは鮮明に覚えている。
忘れられようはずもない過去の出来事を。
あなたは老爺の素性を言い当てる。
漆原領の生き残りか、と。
『然り。ならば理解できましょう。我が主家を滅ぼした大罪人、異邦の<マスター>よ』
あなたは敵の認識を改めた。
ただ襲い来る野盗やPKは滅べば良い。
しかし漆原の、濡羽姫の仇討ちを掲げるなら、あなたは正面から相対せねばならぬ。彼女を殺したのはあなたのようなもの。お仕事には責任が付いて回る。
忠義を尽くす復讐者。それもまた、お仕事である。
『買いかぶりです。私は最期を共にできなかった愚か者。武士にあるまじき卑劣な外道なのですから。現に……私はあなたを直接討ち取るつもりはない。彼我の実力差を考えれば不可能でしょう。故に』
老爺は合図を送り、
『
投影された映像で、リリアーナに影が迫る。
それは【怪物王】。あなたが両断して、なお動き出す人造人間。予備の臓器と自己再生で賦活した異形だ。
首を刎ねても活動している、即ち、別の部位に脳かそれに相当する臓器を複数有しているのだろう。
半身を支えるためか、傷口から触手を伸ばし、不恰好に蠢く姿は正視に耐えなかった。
『愛する者を失い、悲嘆に暮れろ。手の届かないこの場所で彼女の死に様を眺めるがいい』
踏み込んだあなたの攻撃は空を切る。
老爺は転移に等しい高速移動で距離を取る。
脱出を試みて拳を突き出せば、寸前で調度品に当たり、あなたは空間を破壊するに至らない。
老爺の狙いは一貫して時間稼ぎにある。
あなたを隔離して、リリアーナを殺すまでの。
故に仇を目前にしながら逃げに徹しているのだ。
それは如何程の覚悟であるだろうか。
天地の武芸者、特に修羅の精神ならば。
敵わずとも、あなたの首を刎ねようとする。
だが【コクレア・イデア】は己の殺意を制して、あろうことか、戦闘状態ですらないように見受けられる。
武器を手にしていないのがその証拠だ。
『なぜ笑う?』
いやなに。おじいちゃん超イカしてんな。
あなたのテンションは爆上がりした。
『……正気ではない。私は復讐のため、あなたの目の前で彼女を殺そうとしているのですよ』
あなたは斬撃で問いに応える。
それとこれとは別問題である。
無論リリアーナの殺害を企てた罪は重い。
日本国憲法第104条に則れば死刑である。
あなたは少しばかり老爺と、今回の絵図を描いただろう“あなたのフレンド”にバチキレているが。
あなたがリリアーナを殺させるわけもなく。
リリアーナはそうやすやすと死なない。
見よ、中継映像のリリアーナの奮迅を!
あなたは密着のどさくさに紛れて魔力供給()したので、体力と魔力は十分に回復している。
疲労は残っているだろうが、王国を守護する近衞騎士団副団長がこの程度で諦めるわけないんだよなぁ!
【怪物王】と切り結ぶ勇姿に、あなたはますますテンションをぶち上げてメガ盛りマックスとなる。
依頼通り、あなたは彼女を助けた。
あとの出番はどうしようもなくなった時だけ。あなたは他人のお仕事を奪うほど落ちぶれてはいないのだ。
あなたは【ロールバック】を毟った。
勇者あなたは通常あなたになった。
あなたは【ミスティコ】を使った。
あなたは美少女あなたになった。
『そのお姿はッ……!』
特典武具によるスキルのリセット。
今回の対象は草薙刀理への変身だ。
同時に紐づいた【勇者】が機能停止するため、まとめてジョブをリセットする。
あなたは濡羽姫の容姿を借り受けて。
漆原の水神を封じた愛刀を構える。
『どこまで人を愚弄すれば気が済むのですか』
誠に遺憾である。あなたは大真面目だ。
あなたは【コクレア・イデア】の復讐に向き合い、空間からの脱出より、彼の撃破を優先すると決めた。
残念ながら目的までは容認できないが。敵として、憎き仇として相応しい振る舞いがあるだろう。
そもそも、切っていいのは切られる覚悟があるやつだけである。文句があるなら尻尾を巻いて逃げ出せ。
「…………!」
愛刀はまた髪の話をしている。
あなたは真剣味がまるで感じられない毛フェチに喝を入れた。今ちょけている場面じゃないんで。
『元漆原家筆頭家令【コクレア・イデア】』
仕切り直した老爺に応じて、あなたは自分の名前と【失業王】を名乗る。
そして――両者は同時に動いた。
・主人公
前半パートで気が抜けた。
後日めっちゃいい匂いがしたと口走り、それはもう大変なことになる。
・【コクレア・イデア】
速度は改造由来ではない。
作者は領域◯展開と言わせたかった。がまんした。