無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■カルチェラタン伯爵領
あなたは労働に励む常識人である。
そして勤労に感謝する一介の市民でもある。
お仕事とは、即ちメリハリと見つけたり。
過労とオーバーワークは人災を誘発するのだ。
町はずれに佇む天地風とは名ばかりのエキゾチック・テンチ()な旅館を前に、あなたは唖然とした。
「これが……天地様式ですか」
私服姿オフモードのリリアーナは興味津々だ。
が、彼女の勘違いをあなたは訂正する。
これを建てた人間は天地を知らない。
あるいは十五連勤で徹夜明けだったのだろう。
「はぁ、あなたが言うならそうなんでしょうけど」
こんな温泉旅館があってたまるか。
もはやONSEN、スパリゾートである。
温泉に対する冒涜だとあなたは拳を握って力説し、まあ休めるなら何でもいいかと思い直した。
大事なのは顧客への心遣いとサービスだ。
さて、今日のあなたはプライベートあなた。
慰安目的の温泉旅行に訪れている。
近頃の近衛騎士団は過労が目に余る。
故に労基代わりのあなたが第一王女に直訴した。
結果は勝訴。勝利、勝利、大勝利である。
あなたは騎士団全員の休暇と、その分発生するお仕事の業務委託を大魔王アルティミアから獲得した。
「感謝はしていますが、不敬ですよ」
「おねえちゃんとおでかけ!」
「……今回は不問とします。こら、危ないから走ったら駄目よミリア!」
あなたは連れ三人――激務から解放されたリリアーナとリンドス卿、そして姉との旅行でテンションが上がったミリアーヌ――の部屋割りを思案する。
部屋はツイン二つ。姉妹で同室が無難だろう。
消去法であなたの同室はリンドス卿となる。
「私は帰らせていただく」
そんなに嫌か、あなたと一緒の部屋が。
四人で予約を入れているため、理由のない当日キャンセルは却下である。宿に迷惑がかかるので。
◇◆◇
「いっしょにおふろはいろ!」
「ええ」
可愛い妹のお願いをリリアーナは断らない。
部屋に荷物を置き、露天風呂に向かう。
旅館には本館と別館があるが、今日別館に宿泊している客はリリアーナ達だけ。貸切のようなものだ。
脱衣所に繋がる引き戸に手をかけようとしたところで、ピタリとリリアーナは動きを止めた。
のれんは『男』と『女』の文字。
当然ながら性別で分かれている。
(あの人、どっちに入るのかしら?)
ここでリリアーナを襲う疑問!
思い浮かべる顔は例の無職だ。
(今日は女性の姿だった。でも<マスター>は肉体と心の性別が違う人もいると聞くし。あの人は気分で外見が変わるから余計に分からないわ)
リリアーナはそれなりの付き合いになったが、未だに無職の行動パターンを掴みかねている。
(女湯に入るなら……は、はだ……そんなの絶対ダメよ。あり得ない、破廉恥だわ……! 私だけならともかく、ミリアまでいるのに!)
「おねえちゃんどうしたのー?」
リリアーナは妹を両手で抱きしめた。
もし愛する妹に欲情しようものなら、彼女は無職を即座に湯船から叩き出して袈裟斬りにするのも厭わない覚悟を決めていた。浴場だけに。
哀れ、無職のロリコン疑惑は未だ晴れていない。
(冷静に考えるのよリリアーナ)
如何にして乙女の貞操を死守するか。
それが問題だ、とリリアーナは思案する。
入浴時間をずらせばいいだけ、という簡単な解決方法に思い至らない天然物である。
(いっそ入らないというのは……楽しみにしてるミリアに悪いわ。普段はあまり構ってあげられないし、こういう時ぐらいはワガママを聞いてあげたい。くっ……)
「もー。はやく、いこっ」
「……!? 待っ……!」
しびれを切らしたミリアーヌは姉の手を取り、『女』の扉を開ける。
片手で顔を隠しつつ万が一のために視界は確保するどっちつかずの優柔不断っぷりを発揮した彼女は、しかし、無人の脱衣所に肩透かしを食う。
「…………」
風呂に直接繋がっている訳もなし。
ひとまず様子を伺えば済む話であった。
そして次なる危機がリリアーナを襲うッ!
風呂場に繋がる扉の向こうから聞こえる物音!
明らかに先客がいる気配!
躊躇! 推奨! 戦略的撤退!
リリアーナは部屋に戻ろうと踵を返す。
「――おねえちゃん」
――が、不可能! 彼女を呼び止める妹!
既に入浴する気満々で着替えるミリアーヌ。
もはやリリアーナに残された道はひとつだ。
進み、運命を受け入れる。抗う策は失われた。
(あぁ……大変申し訳ありません殿下。もはや私はこれまでのようです……)
リリアーナは項垂れて、覚悟を決め……、
「さっき、むしょくのひとがね。これくれたの。わたしとおねえちゃんにって」
「え?」
ミリアーヌから
「…………は?」
広げてご覧。それは夜を想起する黒のビキニ。
普段から装備する近衛騎士団の白と対照的な、大人びた妖しい魅力を醸し出す、女性用の水着である。
非常に不可解で度し難いことに、サイズはリリアーナの体型と寸分違わず一致しているようだ。
ミリアーヌはデザインの異なる子供向けの水着に着替えていた。肌面積控えめ、フリルがついた可愛らしいパステルピンクの布地だ。
あまりの愛らしさにリリアーナは卒倒しかける。
姉妹が着用することを想定したもの。
明らかに無職が作成した装備品だ。
なぜサイズを知っているのか、なぜ温泉旅行で水着を渡すのか等々、リリアーナは複雑な心境に陥った。
それでもこれは天の助け。
水着なら、裸ではないのである……!
(これならタオルを巻けばなんとか……乗せられたようでひっじょーうに癪ですが!)
都合ここまで正常な思考ではない。
知恵熱と羞恥で思考回路がパンクしたリリアーナは、通常なら絶対に取らない選択肢……混浴に甘んじる。
「し、失礼しますっ」
覚悟を決めたリリアーナは突進する。
湯けむりの奥、温泉に浸かる先客に声をかけた。
ほてった赤い顔。小柄な輪郭……全身を覆う毛皮。
『ウキ?』
頭上に【ホット・スプリング・モンキー】と銘打たれた野生の
「……いないならいないと言ってくださいよぉ!?」
◇◆◇
というわけで本日のお仕事である。
今日のあなたは癒しのあなた。
具体的には温泉の管理、宿泊客の接待を行う。
なお事前に旅館の女将とは話をつけてある。
まず混浴は問題が生じるため、シゴデキあなたは魔法で露天風呂に簡易な仕切りを作成した。
不届者が《遠視》《透視》を使う可能性を踏まえ、水着まで用意したあなたに抜かりはない。
マーベラス、実にマーベラスだ。
あなたの心配りはおもてなしの域を超えている。
ではリンドス卿、お背中を流しますね。
「結構だ。間に合っている」
嗚呼、なんということでしょう。
鍛え上げた背筋に触れる許可が得られない。
あなたはやむなく隣の人物に同じ質問をした。
「それミーに言ってる?」
全裸男は陽気なスマイルを浮かべた。
「まぁ、いいでしょう。ずっと砂漠を歩き通しで疲れたからネ! ジャポーネ……ではなくて天地様式を楽しめるなら大歓迎だよ!」
あなたは恭しく膝をついて石鹸を泡立てる。
傷ひとつない全裸男の柔肌を丁寧に洗い、【按摩師】と【活人拳】のスキルで筋肉の強張りをほぐす。
お客さん随分と凝ってますねー。
デスクワークされる方? 肩バキバキあるよ。
「わぉ、専門家になると分かるものなのかな。トゥやるじゃない。当たらずとも遠からずって感じ」
肉体を抉らないように力加減を調整して、あなたはリアルで聞き齧ったツボを刺激する。
頭維、命門、新伏免、新一……うろ覚えの素人知識なのだが、優男には効果覿面のようだ。
たまに人間と思えない悲鳴を上げている。痛みを伴うということは、即ち凝っている証拠である。
「ちょ、君……殺す気ですか!? ミーじゃなかったらこれ死んでるよネ!」
暴れる男をあなたは宥めた。
施術中に動くと手元が狂ってしまい危険だ。
あなたは気を逸らすべく、たわいない世間話に興じた。
【活人拳】
拳士系統派生上級職。二次オリジョブ。
戦闘職だが、実態は前衛系回復職。
秘孔を突いて体力や技力を回復する。
【按摩師】
二次オリジョブ。非戦闘職。
《天使のマッサージ》というスキルが原作にある。だからきっとある。