無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■王都アルテア
これからバーベナとの初仕事だ。
しかし約束の時間になっても彼は現れない。痺れを切らして捜索に繰り出したあなたが見たものは、街の男にちやほやされてご満悦気味なバーベナだった。
あなたはバーベナを簀巻きにして掻っ攫った。
「もっと他にやり方があるだろぉ!?」
あなたとしては穏便に事を運んだつもりである。
痴情のもつれは厄介で恐ろしいものだ。
男女間――今回は男男間ではあるが――では些細なすれ違いや心の機微が想像以上の問題に発展する。
なので確保から離脱までを超音速起動で行った。誰の目にもバーベナが突然消えたようにしか見えないだろう。
各方面への配慮は完璧だ。バーベナはあなたの心遣いに感謝して咽び泣いてもよい。
あなたとしては下手にバーベナの取り巻きから疎まれる事態は避けたいのだ。面倒臭いから。
「最後のが本音だな!? あと全く配慮されてないんだけど! 全身ボロボロなんだけど! かわいいお顔と玉のようなお肌が傷ついちゃったよ! ほらここ目ん玉かっぽじってよく見ろ!」
バーベナの体は生傷だらけだった。
超音速機動の弊害だろう。ステータスを有するあなたは慣性を含めた影響を受けないが、他人が発揮する速度で振り回された側はそうではない。
これでも気を遣った方なのだが。無配慮無遠慮の場合、バーベナは数秒と保たずにミンチと化す。
「ふざけんな慰謝料よこせー。いっしゃっりょー」
ともあれ。
僥倖にも負傷の類であれば簡単に解決できる。
見ろ、芋虫バーベナが転がるのは教会の門前だ。
ここでは回復魔法による治療が受けられるほか、司祭系統のジョブクリスタルを使うことができる。
「知ってるけど。俺も【司祭】だしぃ」
既知ならば話が早い。
あなたはバーベナを連れて教会に足を踏み入れた。
今日のお仕事があなたを呼んでいる。
「バッ、こら足で転がすなよぅ!? ……いやだからって肩で担ぐのもやめろ」
◇◆
国教。
古来よりアルター王国をはじめ人々に広く信仰される、正式な名称すら存在しない宗教である。
遊戯派の<マスター>間ではジョブ教、クリスタル教といった俗称で呼ばれることも多い。
信仰対象は神ではなくジョブやスキル。
彼らは与えられた力を敬い、そして人々を助けるためにジョブの力を用いることを教義としている。
彼らは穏やかで博愛精神に満ち溢れており、滅私奉公を旨とする人間性はまさに聖人だ。
代々受け継がれてきた司祭系統の超級職がとある新興宗教に奪われても笑って許してしまうほどである。
人間が出来すぎていやしないか。
とにかく『人々のためになるのならそれでいい』という生粋の善人が集まっているので、<マスター>が司祭系統に就職することも回復魔法の使い手が増えて喜ばしいと考えているとかなんとか。
「お人好しすぎない?」
治療を受けたバーベナの第一声だ。
教会に在籍するティアンの【司教】に体力を全回復してもらった彼は身体の具合を確認している。
「上級職になると骨折とかもすぐ治せるんだよね……すごいな回復魔法。しかもお金は一切取らないんでしょ。慈善事業でもそんなのないよ」
メタ的に考えればゲームの都合だろう。
デンドロはHP等の自然回復量が雀の涙だ。回復アイテムも割合回復タイプは押し並べて値が張る。
実は回復ポーションだと下級品でも傷痍系状態異常を治療できるのだが、それはバーベナの感動を守るため口に出さない。あなたは初心者に優しい遊戯派なのだ。
とまれ、MMOなら救済として無料の回復手段をひとつは用意してあってもおかしくない。
本当に善意の設定なのかは甚だ疑問だが。
国教の優しさにプレイヤーがつけ込んだ結果、最終的に教会そのものが潰れてしまう……という隠しルートが用意されていないとは限らない。つまりお布施は大事。
デンドロの運営に常識を期待してはならないと、中級者以上の<マスター>は身に染みて理解している。
アカウントの作り直し不可はまだしも、アバターの変更機能すら無しとはどういう了見だ。
おかげで獣人エルフドワーフ小人ゲテモノ人外TSロリショタジジババといった多種多様な肉体で気軽にゲームをプレイすることができない。おのれ管理AI。
あなたは何故だか無性に卵料理が食べたくなった。
「それで、お仕事って? もしかして教会のクエストを受けるつもりじゃないだろうな」
あなたは頷いた。
お察しの通り、司祭系統のジョブクエストである。
レベルが低い後衛回復職のバーベナでも簡単にクリアできるお仕事を見繕ったのだ。
「バッカ野郎! ……言っちゃ悪いけど、教会のクエストなんてショボい報酬しかもらえないんだぞぅ。そのくせ延々つまんない話聞かされたり、怪我人の相手したりで、とにかく割に合わないんだって」
運営母体が国教な時点で推して知るべし。
ほとんどボランティアに近いのだろう。
いいではないか。素晴らしい。
あなたはやる気がもりもり湧いてきた。
「さてはマゾだなあんた」
バーベナは侮蔑と哀れみが混在する視線を向けた。
あなたは何もおかしな発言などしていないのだが。
「これはゲームだよ? 誰が好き好んで面倒なだけの仕事をやるんだって話。普通のクエストを受けるとか、モンスター狩りした方が楽しいし簡単に稼げるじゃん。ねえ時間の無駄だってばー。今からでも考え直せよぅ、さっさと強くなって俺つえーしたいのー」
バーベナの言葉を否定はしない。
大半の遊戯派は彼と同じスタンスだろう。
しかし、あなたの目的は報酬や強さではないのだ。
無論どちらもあるに越したことはないが。
ついでに言うとバーベナに拒否権はない。
文句があるなら報酬を支払うがいい。
「ブーブー」
あなたは教会の依頼を受注する。
手つかずで放置していた【司祭】に転職することも忘れない。レベル上げにはおあつらえむきだ。
仕事内容は怪我人の治療。内勤か外勤のどちらかを選択できると教会の責任者は告げた。
内勤は教会を訪れる怪我人に回復魔法をかける。同時に聖職者らしく懺悔を聞き入れ、心の悩みを晴らすカウンセリングの真似事も行うらしい。
外勤は教会の外、街やフィールドで困っている人を探して治療と人助けを行う。MMO的なヒーラーのお仕事はこちらが近いだろうか。
「(どう考えても外勤一択でしょこんなの! ほら言え、外勤にしますって言え!)」
バーベナは耳元で囁かないでもらいたい。
何を言われようと、あなたの答えは決まっている。
両方とも任せてほしい。
とはいえ、いきなりこんなことを告げても依頼主は納得しないだろう。
大言壮語ではないと理解してもらうため、あなたは己の能力を証明しなければならない。
庭に出たあなたは薬瓶を呷った。
あなたは教会になった。
「うわあああああああああああ!?」
鼓膜が破けた。
破れる鼓膜自体がないなったしているのだが。
「は? 小屋、え、何これどういうこと?」
どうもこうも見ての通りだ。
あなたは肉体を建造物に変化させた。
走って跳べるプロペラ付きのミニ教会である。
人々は教会を訪れる。
ならば話は簡単だ。教会の方が彼らの下に赴いてやればいいのである。つまり出張版。
こうすれば内勤と外勤の業務を同時にこなすことができるわけだ。あなたの頭脳は今日も冴え渡っている。
お仕事はまとめて感謝は二倍、報酬も二倍。
マーベラス。実にマーベラスだ。何の問題もない。
「問題しかないが? ティアンの人なんかおったまげて腰抜かしてるじゃん。いやマジでなんだよこれぇ……あんた本当に人間かよ。実はモンスターとか言わないよね」
あなたは至極真っ当な人間の<マスター>だ。
モンスターではないので安心してほしい。
先程の薬瓶は【編幻似剤 ミスティコ】。
服用すると肉体を自在に改造できる特典武具だ。
かなり自由度が高い代わりに、再使用にはデンドロ内で一日の経過を待つ必要がある。
透明化、モンスター化、オブジェクト化など多様な姿を楽しめるのであなたは普段から重宝しているのだ。
「今日一日は小屋のままってことじゃんかあ……やっぱり頭おかしいよぉ……」
誠に遺憾である。あなたはお仕事に熱意を燃やし、依頼主のために尽力する常識人だというのに。
ちなみに教会の責任者からは好評だった。
これでより多くの人々を助けられるとのこと。
やはり彼ら国教は人格者である。
「いや気づけ! 『まあ<マスター>だしな』って思われてるよねこれ! 違うからね!? これは<マスター>のなかでも例外ですからぁ!」
なにやらバーベナが騒がしいがまあヨシ。
あなたは彼を乗せて教会から飛び出した。
アテンション・プリーズ。
教会あなたは全速で悩める子羊の下に向かいます。
シートベルトをしっかりと締めてください。
「ちょちょちょタンマ! 準備するから待って十秒でいいからってシートベルトないし……グヘぇ!?」
十秒後、あなたは発進した。
努力も虚しくバーベナは潰れた声を出していた。
◇◆
あなたは王都各所を飛び回った。
跳ぶ教会と美人シスター(男)の組み合わせはそれなりに受けが良かったので集客率、もとい迷える子羊の救済は順調に進んでいる。
「……いやもうムリ!」
謙遜する必要はない。
「泣き言だよ!?」
怒られた。解せぬ。
あなたはバーベナの素晴らしい働き振りを心の底から称賛しただけなのだが。
笑顔を絶やさず、相手を否定せず。
親身になって傷を癒し、快刀乱麻を断つ勢いで悩みごとを解決していたではないか。
「みんなやれ怪我がどうの傷がどうの悩みがどうの相談がどうのこうのと! もーうんざり! 不平不満聞いてるとこっちまで病んでくるぅ!」
それを一切表に出さない、見事な擬態である。
「擬態言うなぁ……」
既にバーベナはMPが枯渇して魔法を使えない。
精神面の疲労も考慮するとこの辺りが限界か。
むしろよくぞここまでやったものだ。あなたの想定を遥かに上回る成果である。
次で終わりだと告げた途端にバーベナは復活した。
意気揚々と最後の訪問者を招き入れる。
「ようこそ〜。今日はどうされましたかぁ?」
「きいてほしいことがあるのじゃ! ここはなやみをうちあけるばしょときいたのじゃが……」
「はい喜んでぇ。このバーベナがお伺いしますぅ。もちろん秘密は口外しませんので安心してくださ〜い」
営業モードのバベちんに促されるまま、まだ年端もいかない幼女が椅子に腰掛ける。
あなたは幼女に謎の既視感を覚えた。
目立つ容姿に特徴的な口調だ。一度見たならそうそう忘れるとは思えないのだが、どうにも記憶に靄がかかったようである。他人の空似で思い違いだろうか。
「うむ! これは“ごくひじこう”なのじゃが、じつはさいきんリリアーナのようすがおかしいのじゃ」
聞き覚えのある名だ。
どうやら王国では人気の名前らしい。まさかリリアーナと同名の人物がいるとは驚きである。
「ええと、その方はお友達ですかぁ?」
「よくわらわのごえいをしてくれるひとじゃ! このえきしだんふくだんちょうなのじゃ!」
九割同一人物だった。
そして近衛騎士団が護衛するこの幼女は即ち。
「それってぇ…… いや深入りするなよ俺……なるほど〜! その人のどこがおかしいって感じます?」
「きがつくと、かおをあからめてぼうっとまどのそとをながめているのじゃ。あたまをかかえたり、ためいきをついたりもする。わらわが『どうしたのじゃ?』とたずねてもなにもこたえてくれぬ。えがおとせきばらいでごまかされてしまうのじゃ」
「ふむ。それはぁ……恋煩い、かもしれませんね」
「こいわずらいとな?」
恋とな?
リリアーナに想い人がいるとは驚きだ。
どちらかといえば恋より仕事を重視する印象を抱いていたのだが、それはあなたの色眼鏡だったらしい。
真面目な聖騎士が初めて知る甘い恋……揺れる心に戸惑う気持ち、誰にも見せたことのない女の顔。
悪くない。想像だけで胸がどきゅどきゅする。
あなたは恋する乙女が大好物である。
理由は簡単。綺麗でかわいいから。
頑張る女の子は推せる。おかずにすればご飯三杯は余裕で平らげることができるだろう。いいぞもっとやれ。
あなたは耳をそば立てた。
「恋は心の病と言いますしぃ。仕事が手につかない、なんてことも。もう君のことしか考えられない〜みたいな? バーベナもよく言われるんですよ〜」
「しらなかったのじゃ……こいとはそれほどにひとをとりこにするのじゃな」
「ぶっちゃけ人によりますけどね〜。だから周囲が口を出すのも良し悪しというか。もう少し情報があれば具体的なアドバイスができるんですけどぉ」
「そういえば、さいきんのリリアーナはいつもおなじことばをつぶやいていたのじゃ」
「それだ。何て言ってました?」
「たしか、そう」
「“むしょく”じゃ!」
「ガチぃ?」
バーベナが教会あなたの床で足踏みする。
あなたは否定の意を込めて椅子を揺らした。
今のやり取りを言語化するとこうなる。
『あんたじゃねーか』
『全く心当たりがない』
バーベナは天を仰いだ。
どうやらあなたの抗弁は届いたようである。
「えーとね。まず、その言葉を口に出すのはやめた方がいいと思う」
「なぜじゃ?」
「王ぞ……淑女に相応しくない言葉だからだよ」
本性が漏れ出すバーベナの圧に幼女は頷いた。
「そして心からのアドバイスね。多少無理やりでも、今すぐそいつとの縁を切らせた方がいい。そいつは常識外れで頭のおかしい鬼畜生だよ。間違いなくリリアーナは苦労することになる」
あなたは想像した。
頭のおかしい無職に恋するリリアーナ。
惚れた弱みで、リリアーナは鬼畜生の要求を何でも聞き入れてしまう。
根が真面目な彼女は相当に尽くすタイプだろう。金を貢いで好き放題されてしまうに違いない。
そして生まれる女騎士のヒモ。
果てはミリアーヌにまで手を出した無職は、遊ぶだけ遊んで傷ついた姉妹を捨てるのだ。
許してはおけぬ。
天地ですらそこまでの無体を働く輩はそういない。
きちんと最期まで面倒を見るというのに。
主に介錯と冥福を祈る的な意味で。
幼女もさぞ不安だろう。
ここはあなたが動かねばなるまい。
――聞いて……感じて……考えて……
「……? しらないこえがするのじゃ」
――二人とも……聞こえますか……今、あなたの心に、直接語りかけています……
「おお、そうなのか! もしやこのこえがバーベナの<エンブリオ>なのじゃ?」
「違わい」
――そこのあなた……これからもリリアーナの様子を観察するのです……悪い無職から、守るために……
――そして……異変を感じた、その時は……再びこの地においでなさい……
――このバーベナが……良き相談相手と、なってくれるでしょう……
「うぇ!?」
「わかったのじゃ。リリアーナはわらわにとってもたいせつなきしじゃ。まかせてほしいのじゃ!」
なんとも頼もしい答えだ。
この素晴らしい幼女様に仕えている限り、リリアーナの職は一生安泰であろう。
「あ、でも……わらわはおしのびなのじゃ。いつもじゆうにがいしゅつすることはできぬ。きょうも、たびじたくをする“きんじゅう”のめをぬすんできたのじゃ」
――では……あなたに、これを授けます……
「手裏剣、苦無、煙玉、鉤縄に水蜘蛛……っておい!? 女の子に渡すものじゃないだろぉ!」
――遥か東方の、忍者が用いる道具です……巻物には、忍法の奥義が……記されています……
――敵を騙し、欺き、惑わす秘伝……ですが、あなたはこれを正しく、活用してくれると信じています……どうか悪い無職から……リリアーナを……守っ……て……
「うむ、わかったのじゃ! ではさらばじゃ、バーベナとみえないこえのひと!」
元気な笑顔で幼女は帰っていった。
悩みが解消したようで何よりだ。あなたも晴れやかな気持ちになる。
いい無職のあなたは出張教会を店仕舞いする。
倒れて寝ているバーベナも看板を片付けるなり手伝ってほしいのだが、どこか具合が悪いのだろうか。
「別にぃ……どっと疲れただけでーす……」
無理もない。バーベナはよく働いた。
お仕事の後は報酬と休息が重要なのだ。
◇◆
あなたは教会に戻る途中で寄り道をした。
場所は王都近辺の初心者狩場。
目的は追加のお仕事とスキル上げだ。
怪我人を見つけたら気配を消して回復魔法。
ピンチのルーキーの上空から急降下回復魔法。
間違えて落としたバーベナをキャッチして回復魔法。
そして気取られる前に離脱する。
辻ヒールはお礼を言われたら負けなのだ。
モンスターのターゲットを集めてもよろしくない。
お陰でジョブクエストは大成功だった。
アイテムはショボいが経験値はがっぽり。
気絶から回復したバーベナも、レベルの上昇具合に目を白黒させたほどだ。
やはり善行を積むと気分がいい。
それがお仕事ならばなおのことである。
???「グリムズ! 空から女の子が!」
???「錯覚だバカ。現実を受け止めろ」