無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■王都アルテア
お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする?
「それとも……し・ご・と?」
「ネフィに何を教えたんですか」
王城から帰宅したリリアーナとのやりとりである。
新妻エプロン装備のあなたとネフィを前に、白目で切って捨てる彼女の胆力、やはり侮れない。
現在、あなたはアルター王家所有の屋敷に間借りする形で子育て生活に勤しんでいる。
家事労働、つまりお仕事というやつである。
一部の人間に軽視されがちな主婦業だが、しかし世の中のお仕事は需要と供給で回っているもの。労働の価値に見合うだけの報酬を支払われなければならぬ。
その点、アルティミアはよく心得ている。
あなたは【契約書】を思い出して笑顔になった。
なにせ法定時間外労働は報酬五割増となる。
マーベラス、実にマーベラスだ。
「おままごと! パパはスライムなの!」
「そう。パパに遊んでもらってたのね」
「ちがうよ? ネフィがあそんであげてるの」
ママ役を演じていたあなたもこれには驚愕。
あなたは【ミスティコ】を飲んだ。
あなたは全力でスライムになった。
「汚れるので近寄らないでくださいね」
共同生活()、早くも崩壊の危機。
雑な扱いにあなたは泣いていい。
あなたがネフィを引き取ってはや数日。
周囲から危惧された事態は起きず、あなたは保護者兼監視の役目を真っ当に果たしていた。
無職に子供を預けていいのか?
そんな市井の心無い声に負けず。
本当にあの人に任せて大丈夫?
疑念と心配に満ちた非難に負けず。
あなたは世間一般の常識と照らし合わせても、日夜労働に励むまともな遊戯派である。
あなたのフレンドのように、人間を素材としか見ていない鬼畜外道とは根本からして違うのだ。
至極真面目に真っ当にあなたは働いた。
リリアーナもネフィの世話をするつもりだったが、やはり王城勤めは時間の融通が効かない。
その点あなたは毎日が無職。ログアウトしている時間を除き、24時間働くことができる。
基本はあなたがネフィの側に。リリアーナは実家にミリアーヌを残しているため、一日おきで自宅と屋敷を交互に訪れる生活サイクルに落ち着いた。
リリアーナの滞在中にあなたがログアウトして所用を済ませるという寸法である。
悲しいかな。
あなたは王国の労働環境に殺意が漲った。
「だれの……だれのせいだと……」
うらめしげに口を尖らせるリリアーナ。
脱力して椅子にもたれかかる様は、そこはかとなく不定形のゆるキャラに見紛うほどだ。
あなたは疲労の色濃いリリアーナを慮り、いそいそと夕食の支度を再開する。
彼女の部屋着を差し出し、スライム状のアバターでアイマスクを作成。凝り固まった体を指圧でほぐしつつ、温かい飲み物を提供する。
「うぁー……だまされませんよー……?」
あなたの気遣いは真心だ。
一日仕事をこなした人間は何より偉大である。
故にこそ、最大の敬意と奉仕で迎えるべきなのだ。
「むぅ……」
リリアーナは考えが回っていないのだろう。
あなたの崇高な妄言を話半分に流して突っ伏した。
風邪をひいては一大事なので、気遣いの権化たる紳士あなたはスマートに毛布を取り出して、
「ところで」
伸びた手に鷲掴まれた。
「顔に張り付くのやめてもらっていいですか」
ビターンッ!
鳴り響いたのは、強引に剥がされたあなたが、全力で壁に叩きつけられる音である。
「油断も隙もありませんね。私でなければ、そろそろ訴えられてもおかしくないんですよ? そのあたり分かってます?」
ち、違うじゃんね。
あなたは痛みに震えながら呟いた。
全ては誤解であり、不幸なすれ違いである。
今日のあなたはペットあなた。
家庭の一構成員として癒しを与え、生命の大切さと尊さを感じてもらうのが、ペットの役割だ。
つまり何が言いたいかというと。
ぷるぷる。ぼく、悪いスライムじゃないよ*1。
「スライムは騎士団の演習でも毎年怪我人が出るくらいには危険なモンスターなのですよ。なぜか<マスター>の皆さんは弱いと勘違いしがちですが」
全部ドラ◯エが悪い、◯ラクエが。
デンドロ内におけるスライムの認識は、概ねリリアーナの言葉通りである。
流動状の肉体と《物理無効》スキルを持ち、わずかな隙間から通路に入り込んで、人間を捕食する。
特に危険な攻撃は頭上からの不意打ちだ。
気づかず降って来たスライムに頭部を丸ごと包まれ、窒息死する初心者は後を絶たない。
種族によっては酸性の毒があり、触れた時点で装備や骨肉をドロドロに溶かしてしまう個体も……訓練されたHENTAIは装備だけを溶かすスライムを育て、指名手配されたレベルである。
リリアーナは特に気をつけるように。
「脈絡がないとよく言われません?」
まるで杞憂であるような態度だが、実際、フランクリンの【オキシジェンスライム】という前例がある。あれは装備どころか骨まで凍るだろうが。
友人を不慮の事故で喪うのは、あなたにとって望ましいイベントではない。
だってのにさぁ。この女騎士はさぁ。
小動物より警戒心が薄い。皆無である。
今も無防備に脱力しているわけで。
ここにいるのが刺客なら死んでいる。油断も隙もあるのは彼女の方だ。
「…………………………別に、誰でも気を許すわけではありませんけど?」
長い沈黙と非常に複雑な表情を浮かべた後。
ちらりとリリアーナは流し目を送る。
さながら「流石にこれ以上は言わなくても分かりますよね?」と含みを込めるように。
澄ました顔で彼女は様子を窺っている。
ほのかに朱を帯びた両耳をあなたは見逃さない。
あなたはリリアーナにすり寄った。
「ちょ、ちょっと。いきなり何ですか」
抵抗は弱々しい。口だけで勢いがない。
あなたを受け入れるように伸びて、引っ込みを繰り返す手。動揺と期待と困惑が入り混じる仕草だ。
「だ、駄目ですって……ネフィが見てますし……」
何を駄目なことがあろうか。
仲睦まじい姿を見せつけるぐらいがちょうど良い。
円満な家庭の秘訣である、とあなたは主張する。
「たしかに……って、そうではなくて! 私も和やかな雰囲気は好きですよ? ですがこれは想像の斜め上というか、少し退廃的に寄っているといいますか! 私の理想は皆で食事を囲む団欒とか、暖炉の前で白くて大きな飼い犬の毛繕いをする時間とかそういうので! ですからもう少しこう、手心を!」
陥落寸前と見たあなたは攻勢を強める。
うみみゃあ!
「は?」
あなたは愛らしいペット仕草を敢行する。
やはり飼い主に甘えるのは定番の行動だ。
あなたは空気が読める遊戯派なので、ごっこ遊びは全力で役になりきることができる。
しかし、この程度の誘惑に屈するとは。
あなたはクソでか溜息を吐いた。
やはり飼い主はペット様に陥落する生物なんだなあ。リリアーナにはガッカリだよ。
「私が悪いんですか!? おかしいですよね!」
「ママとパパ、なかよしー」
「ちがっ……」
続く言の葉は紡がれず、リリアーナはしばらくの間、子供相手に感情的な振る舞いをする愚かしさと内心でせめぎ合っていた。が、しかし。
「今、あなたはペットなんですよね」
一転、突破口を見つけてほくそ笑む。
清廉高潔な聖騎士に許される顔ではない。
「おすわり」
あなたは己の耳を疑った。
「聞こえませんでしたか? おすわり、です。飼い主の言う事は従わないといけませんよね」
異様な圧力と、恍惚とした瞳。
これでは
あなたは場の軌道修正を試みる。
話題が不適切である。
ネフィの教育によろしくない。
「あなたが言いますか。それを。あ、それとも……逃げるんですか? お仕事から?」
できらぁっ!
蠱惑的な挑発行為にあなたは即答する。
いくらリリアーナでも許される発言と、許されざる発言がある。今のは後者だ。
あなたの依頼達成率は驚異の百パーセント。
リタイアの選択肢は始めから存在しない。
お互いが熱に浮かされていながら、先に発言を撤回した方が負けだと理解していた。
そんな引くに引けない修羅場を断ち切ったのは、無邪気なネフィの一言だった。
「じゃあママは『銀髪美少年の装備に擬態する金属製スライム』をやって!」
「ネフィに何を吹き込んでるんです!?」
あなたは慌てて首を振った。
事実無根の疑いである。
その後、下手人はサングラス黒スーツの某自称【記者】と仲良し女子三人組であることが判明して、あなたの名誉は守られたのだった。
◇◆
ということがありまして。
あなたはカップ片手に土産話を披露した。
「……リリアーナのくろうがしのばれるわ」
王都アルテアの中心、王城最奥部。
RPGのラストダンジョン裏ボス専用フロアじみた部屋の主人は、急な来訪者のあなたを心よく迎えた。
知る人ぞ知る病弱プリンセスこと、アルター王国第三王女。テレジア・
「それで、わたしになにようかしら」
無粋な侵入者に目くじらを立てることもなく、紅茶を振る舞った第三王女殿下は、茶葉のフレーバーに舌鼓を打つあなたに対して問いかける。
あなたは理由もなく王城に不法侵入し、未婚の王族、しかもうら若い乙女と密会するほど頭がおかしい非常識人ではない。そのようなラブロマンスはあなたのフレンドに任せておけばよい。
あなたは遅ればせながら誠意を示す。
あなたはジョブをリセットした。
あなたは無職になった。
これであなたは無味無臭の無職である。
武装解除は害意がないことの証明だ。
「ふくはきていいのよ」
ご心配には及ばない。
水着もまた、服であり正装である。
『ドー』
ネズミの体当たり。あなたは吹き飛んだ。
テレジアの心遣いに甘えるのが正解であった。
閑話休題。
ひとつ相談があるのだが、と。
あなたは並外れたコミュニケーション能力でごくごく自然に話題を切り出した。
テレジアのおすすめペットを教えてほしい。
「いみがわからないわ」
誠に遺憾である。
あなたのコミュ力は王族に通じない。
第三王女殿下はペット愛好家である。
従魔と思われるネズミを連れ歩いている。
王城でお仕事体験する最中、まことしやかに囁かれる噂をあなたは耳にしていた。
「ごかいがあるようね。ドーはアイガンドウブツとはすこしちがうもの」
『ドー』
巨大ネズミは鳴き声でテレジアに追従する。
ふてぶてしい態度の陰に見え隠れする関心。
あなたという無粋な客人を警戒しているようだ。
「わたしはドーのほかにモンスターとくらしたけいけんがないの。ジョブにもついていないのだし。だからじょげんをもとめられてもこまってしまうわ。でも……かんたんにあきらめてはくれないのね」
あなたは一瞬違和感を覚えたが、主導権はテレジアにあり、疑問が形になる前に話は進んでいく。
「そうね。ペットではないけれど、
『ドー?』
「これくらいはかまわないわ」
どうやらテレジアは庶民に寛容らしい。
「コウモリはいろいろなばしょにいけるから、わたしのかわりに、そとのできごとをみききしてくれるわ。すなおでないところがたまにきずかしら。シツケはしているのだけれど」
あなたは頷いてメモを取る。
飛行できる種族は様々な役に立つだろう。
「カタツムリは……そうね。わたしのそばにいることがおおいわ。いいつけたことはかならずまもるわよ。ひとりのじかんがながいとタイクツだから、はなしあいてにちょうどいいの」
退屈や孤独を紛らわす。
それもまたペットがもたらす恩恵だろう。
「あとは、そうね。たよれるつよさがあるといいのではないかしら。子供がいるのなら、あなたのかわりに、モリビトのやくわりをこなせるでしょう。わたしにとってドーがそうであるように」
『ドードー』
大変参考になる貴重な意見であった。
あなたはテレジアに感謝の意を述べる。
ところで、病弱の人間にネズミとコウモリとカタツムリはマズいのでは? あなたは訝しんだ。
王国は衛生管理がなっていないとみえる。
医療従事者が必要になったら呼んでほしい、そうあなたはテレジアに営業活動を仕掛けてみる。
「まにあっているわ。それと、そろそろリリアーナと姉さま達がくるから帰ったほうがいいわよ」
現行犯で捕まった場合、あなたは不法侵入の前科一犯の烙印を押されることになる。
今後、王国で活動する上で非常に都合が悪い。
積み上げた好感度がジェンガのように崩れ落ちる音が迫ってくるようだ。嗚呼、もうすぐそばに!
あなたは改めて礼を告げ、クールに退室する。
この恩はいつか精神的に。
「……ええ。いつか、またきかいがあれば」
最後までテレジアが笑う事はなかった。
・主人公
サブクエストを自主的に受注。
大きくて白い毛並み……ほな魔獣やな。
・リリアーナ
あなたね、いい加減にしなさい。そこ座れ。
・ネフィ
おっきなワンワン!? わーい!
・ドー
やはり排除すべきである?