無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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在宅フィットネストレーナー

 □■王都アルテア

 

「はぁ……はぁ……ん」

 

「ふ、うっ……」

 

 いいよ、その調子。

 

「はぁっ、はぁ……」

 

 ペース上げてみようか。

 

「は、ぁ……はげし……」

 

 腰はしっかり突き出すように。

 

「あ、そこ……触るのは……」

 

「あ……ぁ、あぁっ……」

 

「これ、すごい……ですぅ……」

 

 はいワンモアセッ。

 

「も、もう限界……です……」

 

 トレーニングに無理は禁物だ。

 あなたは倒れたリリアーナを支える。

 

 やり取りを見て分かる通り、あなたはリリアーナのパーソナルトレーニングに付き合っている。

 誤解や疑いの余地がない、至極真っ当で健全なお仕事であり、現役の騎士団勤めが裸足で逃げ出す本気の特訓メニューで「身体作り」だ。

 よい子の諸兄100人が見ても同じ答えが返ってくるであろう。お茶の間に流してなんら恥ずかしくない、一般的なトレーニング風景ですとね。

 

 なぜこうなったのか。

 事の発端は数刻前まで遡る。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 あなたはお仕事を重視する<マスター>だ。

 ライフワークバランスを重んじる昨今。

 ライフの部分にワークが入り込んだあなたの生活は、ワークワークバランスとなりがちだ。

 

 無論、適度な休息はお仕事の効率を高める。

 また過労は人的ミスを誘発するものだ。

 一日の労働時間を制限するのは、余暇を利用して心身の健康を維持するためである。

 すべてはより良いお仕事と生活のため。

 

 労働基準法に則り、あなたは休暇を取得した。

 本日は休業ガラガラ店仕舞い。

 屋敷で趣味の時間を設けることにする。

 

「パパー。ごはんー」

 

 休日でも家事は休めない。

 

 あなたはご飯ではない。常識である。

 ネフィのおねだりに断固として屈さず、人として最低限の敬意を払うべきだとあなたは嗜める。

 親子だろうと義理だろうと、お仕事に感謝を忘れた瞬間、人間は堕落するのである。

 成長して社会に出た後、恥をかき、苦痛を覚えるのはネフィ本人だ。故にあなたは心を鬼にする。

 

 人にものを頼む時は相応の態度がある。

 あなたやリリアーナは何度も手本を見せており、賢いネフィも当然知っているはずだ。

 短い時間を共に過ごし、彼女が気を許した証拠と言われたら、あなたとしては満更でもないが。

 しかしそれはそれ、これはこれ。あなたは好感度の高低でお仕事に対するポリシーを違えたりしない。

 

「おひるごはん、つくってほしいです」

 

 あなたは目を閉じて頷いた。

 マーベラス、実にマーベラスだ。

 希望がなければメニューはオムライスとなる。

 

「ふわふわのやつ! ママ起こしてくる!」

 

 ネフィはリリアーナの寝室に突撃する。

 夜勤明けのお休みだから寝かせてやりなさい、とあなたが言い含めるより先に駆け出してしまった。

 どのみち太陽が頂点に登ったら声をかけるつもりであった。布団とのランデブーは長めに見積もって残り四半刻である。怠惰は心の贅肉ですからね。

 

 あなたはジョブをリセットした。

 

 あなたは上級職を【高位料理人】と【上級厨師】に切り替えて、同時に動画再生を始める。

 

『《ピジョンズ・ブートキャンプ》にようこそニューベイビー。今日はお前のファッキンシットを料理になるまで鍛えるぜ。いいか、お前はチャボ未満の雛鳥だ。今から最初と最後にサーをつけて話せ』

 

 サー、イエッサー。

 あなたは画面内の筋肉軍曹に敬礼した。

 もちろん称号は【クッキング新兵】となる。

 

「ママー、起きてー!」

 

「うぅん……あと五分……」

 

 ピジョン軍曹の訓練動画は急ぎのスキルレベル上げに最適だ。あなたは鍛えた包丁さばきで卵を砕きつつ、ジョブリセットで初期状態に低下した《料理》スキルを実用段階まで引き上げる。

 

「どーん!」

 

「ふぐッ……な、なんですか敵襲ですか!?」

 

 布団に重量物が落下した音が聞こえた。

 頃合いだろう。あなたは寝室に声をかける。

 サー昼食ができたので起きなさいサー。

 

『HAHAHA! ワンモアセッ』

 

「こらネフィ! 危ないからやめなさい!」

 

「きゃー!」

 

 リリアーナがネフィの首根っこを掴んで現れた。

 二度目の絨毯爆撃()は阻止されたらしい。

 

「この子はもう……一体誰に似たのかしら」

 

 あなた個人の感想として、窮屈な生活に不満を覚えるよりは百倍マシであろうと考える。

 外出制限など不便を強いているのでな。

 

「それはそうですけど」

 

 目が覚めたら身支度を整えるとよい。

 あなたは明後日の方向を見て忠告した。

 

 リリアーナは寝起き姿であった。

 やんちゃ娘の捕獲に手間取ったのだろう、常なら整った金糸の御髪は、乱闘でところどころ跳ねている。

 同様に寝巻きの裾は乱れ、シワがよった生地は、素肌を覆う役割を一部放棄していた。

 あなたの動体視力は、起き抜けの運動で火照った肌と布の隙間から、普段使いに適さないシックで大人びた雰囲気の肌着を視認したが、お仕事で疲れ切ったリリアーナが睡眠時の身支度に気を使う理由がないため、きっと気のせいであろうと結論を出して記憶を抹消する。

 

「っ! ……み、見ました?」

 

 見ていないとあなたは回答する。

 リリアーナの《真偽判定》が反応する。

 気取られたとあなたが悟る。

 

 観念したあなたは正直になる。

 どうも体重が少し増加しているようだ。

 食事量を少なくするなら申告してほしいと。

 

 ――直後、あなたの視界はオムライスになった。

 

『ワンモアセッ』

 

 

 ◇◆

 

 

「デリカシーがないです」

 

 オムライス大盛りをリリアーナは口に運ぶ。

 彼女は大層な不機嫌オーラを醸し出している。

 なお食卓にあなたの席はない。料理は二人分であり、あなたは正座で顔の汚れを舐め取っている。

 

「確かに体重は増えてますけど、他人に言われるのはまた別なんです」

 

 うんうんそうだね。

 

「稽古で運動量は確保しているので。健康的に問題ない範囲の増減ですから」

 

 うんうんそうだね。

 

「私が太ったと思ってますよね」

 

 うんうんそうだね。

 

 やっべ。

 

 好感度を回復するため、赤べこよろしく頷いていた全肯定あなたに降りかかる卑劣な罠。

 嗚呼、なんということでしょう。あなたに向けるリリアーナの視線が絶対零度もかくやの領域に。

 いや、まだだ。まだ舞える。あなたの人並外れた超絶コミュニケーション能力ならね。

 

 あなたは初手で謝罪する。

 天地の伝統芸能、土下座だ。無防備な首を差し出すこの姿勢は、相手に生殺与奪の権を握らせる意味を持ち、即ち最高の誠意を示すことに繋がる。

 土下座を受けた修羅は敬意を払って、容赦無く首を落とす。不意打ちで襲われるからである。

 

「それで許すと思ったら大間違いですよ」

 

 むべなるかな。あなたの罪は重い。

 汚名返上するには行動あるのみ。

 

 しかし、しかしだ。運動不足は事実では?

 最近リリアーナの公務は書類仕事の比率が高いことをあなたは第一王女経由でご存じだ。

 

「誰のせいだと……」

 

 はてさて。問題児が多いと大変であるな。

 あなたは心当たりしかない。

 

 そんな彼女に、美容健康によい運動のご紹介。

 今なら一時間たったの5,000リルだ。

 

「お金取るんですか」

 

 お仕事には正当な対価が支払われなければならぬ……ですが、今ならなんと送料無料。

 もといサービス価格でご提供いたします。

 

「話になりませんね。……それで?」

 

 とりつく島がないため、あなたは口を閉じる。

 手も足も出ないとはまさにこの事。

 あなたはリリアーナの処罰を待つ哀れな咎人だ。

 

「どうしてそこで黙るんですか! はぁ、それで手を打ってあげます。仕方のない人ですね」

 

 なぜか知らないが許された。

 やったねダーリン! 逆転ホームランよ!

 やはりあなたのコミュ力は捨てたものではない。産廃と呼ばれようが、捨てたものではないのだ。

 

 というわけで、今日のお仕事である。

 パーソナルトレーニング的なやつ。

 ヨガ?とかエクササイズ……?的な。

 

「ネフィもやるー」

 

 ご新規二名様のご案内です。

 あなたはトレーニングウェアを取り出した。

 

「水着じゃないですか」

 

 これは水泳用の装備ではない。

 よって水着とは異なる。

 あなたが何でもかんでも水着にすると思うな。

 

「……」

 

 確かに肌の露出面積は広い。しかしトレーニングウェアはだいたいどれもそんなもんである。

 決してどさくさ紛れに新作水着を着せようなど、不埒な考えを抱くあなたではない。そも水着に対する冒涜である。服装はTPOを守って着用するべきだ。

 

「中にインナー着ますからね」

 

 問題ない。あなたは頷いた。

 少し残念に感じたのは内緒だ。

 

 こうして着替えたリリアーナとネフィは、トレーナーあなたの監督のもと、《ピジョンズ・ブートキャンプ》の特別編に取り組んだ。

 

 リリアーナは超級職向けの突貫コース。

 ネフィはお子様コース。

 

「おかしくないですか!?」

 

 リリアーナの発言は、子供を差別せず、大人と同じように扱えという話だろうか。

 そうだとしたら実にナンセンスである。

 

 大人と子供は肉体がまるで異なる。

 成長期前の筋肉に必要以上の負荷をかけることは望ましくない。逆に成長を阻害するからだ。

 あなたのこれは差別ではなく区別。

 個々人に合わせて適正なトレーニングメニューを組むこともトレーナーのお仕事である。

 

「いえそうではなく! 私のトレーニングメニュー、明らかに適正ではないですよね!? 騎士団の懲罰でもここまではしませんよ! 鬼ですか!」

 

 まるで、あなたが鬼畜ドSであるような言い方。

 誠に遺憾である。

 

「おにー!」

 

 ほらあ、ネフィが真似してる。

 

「すみません……でもやはり無茶ですよ」

 

 無茶だろう。だが、無理ではない。

 あなたはトレーニングが適正だと信じている。

 リリアーナは必ず超級職に就くのだから。

 

「あなたは……」

 

 なるんでしょ、【天騎士】。

 

 パーフェクトコミュニケーションだ。

 あなたは内心でガッツポーズする。

 心の底からの信頼と期待を言葉にする。

 あれこれひねくり回すより、素直に言葉で伝えるのが一番なのだ。あなたは乙女の取り扱いをギャルゲー攻略で嫌というほど理解させられた。

 

「つまり現時点では不適切なのでは?」

 

 今日のリリアーナはいささか手強い。解せぬ。

 

「ママ、パパ」

 

 ネフィがあなたの袖を不満そうに掴む。

 退屈が顔に現れていた。

 一人置き去りにしたからだろう、というあなたの予想は、しかし半分外れており。

 

「終わったー」

 

「……終わった?」

 

「うん。私、スキル全部覚えたよ」

 

 子供用の特訓メニューは、楽しく体を動かして、センススキルを習得するためのコースだ。

 十、二十はくだらない数のそれを、たしかにネフィは完全習得していた。信じがたい才能である。

 

「えへへ。褒めてー」

 

 頭を撫でるだけで終わらない。

 あなたは興奮して褒めちぎった。

 やれ才能だ、やれ天才だ。あなたは普段のポリシーを投げ捨てた。生まれながらの才能なんて存在しないが、ネフィは例外で存在するのだ多分。

 

「すごいわねネフィ」

 

「でしょー」

 

 然り。ネフィはかわいくて最高でござるな。

 

「……」

 

 なぜかリリアーナの眉間に皺が寄る。

 

「……いえ別に。なんでもありません」

 

 なぜかリリアーナはそっぼを向いた。

 

(パパ。「なんでもない」は「なんでもある」んだよ。軍曹さんも言ってたよ。常識だよ)

 

 軍曹の発言の真偽はともかく。

 リリアーナに何か思うところがあるのは、ネフィの少し大人びた指摘通りだろう。問題は中身である。

 

(ママを褒めるの)

 

 承った。

 

 あなたはリリアーナの背後を取る。

 回避不能なゼロ距離攻撃。もう逃げられない。

 大声を出すと近所迷惑になるため、自然、あなたは声量を抑えた囁き声で会話することになる。

 

 あなたは思い付いた長所を並べ立てる。

 容姿性格については再三の繰り返しになってしまうため、視点を変えてみることにする。

 例えば、食事を美味しそうに食べる点。

 

「っ、はしたないでしょうか」

 

 否、料理を提供する側にとっては喜ばしい。

 お仕事は体が資本だ。しっかり栄養を摂って健康に過ごしてもらうことが何よりの幸いである。

 

「でも太ったって」

 

 本人が気にしないのなら問題ないだろう。

 増量してはいるが、可愛い誤差だ。

 あなた個人は問題ないと考える。

 

「かわっ、かわいい……ですか?」

 

 食いつく箇所が不可思議だが、その通り。

 

(パパいい感じ)

 

 身嗜みを常に気遣う点も長所だろう。

 あなたが目にすら時、リリアーナは基本的に身支度を怠らない。先程のような寝起きを除いて。

 いやさ寝起きですら、こだわっていたのでは。

 

(……んー?)

 

 あなたが増量を気にかけた理由のひとつは、衣服のサイズ変更を懸念したからである。

 特に装備品はサイズ調整機能を付与してあることが多いが、単なる衣服は自動調整などされぬ。

 

(あっ)

 

 誰に見せるでもない*1寝巻きで、素晴らしい(質とデザイン、ファッションな)下着*2を着用する。

 まさにオシャレの最先端だ。

 あなたが(美少女あなた用に)ほしいくらいだ*3

 

「あ……あ、ああああ……」

 

 わなわなと、小刻みに震えるリリアーナ。

 あなたが言葉を紡ぐ度にその鳴き声は大きく、頬は赤らみ、ひとつの感情が瞳に満ちてゆく。

 

 あなたは不覚にも心臓が高鳴った。

 同時に脳裏で警鐘が鳴っている。

 どうやら怒りの閾値を超えたらしい。

 

「バカぁっ!」

 

 あなたは非難の拳をちょうだいした。

 

『ワンモアセッ』

 

 だが、諦めたらそこで試合終了だ。

 リリアーナの好感度調整は急務である。

 しかしこれ以上何を……。

 

 胸に手を当てて、あなたは考えた。

 考えたが、うん。どうしようもねえな!

 諦めの境地が発動する。どうにでもなーれ。

 あなたは自分の天才的なコミュニケーション能力に一縷の希望を託し、脊髄反射トークに身を任せた。

 

 リリアーナの手を取り、抱き寄せる。

 

「っ」

 

 恥ずかしいとは思うが。

 もう一度見せてもらえないだろうか。

 

「あ、あのですね……自分が何を口にしているか理解してます……? そんなのダメに」

 

 リリアーナにしか頼めない。

 

「決まって……」

 

 あなたの頭は彼女でいっぱいだ。

 

「い、る……」

 

 もちろん他の誰にも覗かせない。

 ちょうど、今日は二人とも休日である。

 

「ことは、なくも……ないです……けど?」

 

 全体重をあなたに預け、物欲しげに潤んだ瞳を向けるリリアーナ。運動後で力が入らないのか。支えに添えた手のひらは熱く、切なく、あなたの腕をぎゅっと掴んで離さない。

 

 あなたは彼女と寝室に向かった。

 言葉はいらない。気持ちはひとつだ。

 

 あなたは薬瓶を飲んだ。

 あなたは美少女あなたになった。

 

 それではこれより品評会を行う。

 

「は?」

 

 あなたは下着のデザインに興味津々だ。

 さぞや名のあるデザイナーの作品とみた。

 コンプライアンスに配慮して、あなたは女性の姿で、一切の邪な感情を排除して勉強させていただく。

 真に美しい芸術は色事の先にあるのだ。

 

「あなたはどうしてそうなんです?」

 

「私は出かけてくるね。ごゆっくり」

 

「ええ、いってらっしゃい。気をつけるのよ」

 

「はーい」

 

「まったくもう。あなたという人は……」

 

 扉を出ていくネフィを見送って、リリアーナはあなたに対してガチめの説教を再開する。

 あなたは床に正座で項垂れるほかない。

 

「……今、ネフィ出て行きました?」

 

 何を当たり前のことを。

 あなたは首を傾げた。

 

 ……何かを忘れている気がする。

 

「なんであの子を一人にしたんですか!?」

 

 あ。

 

 あなたとリリアーナは慌てて飛び出した。

 

 To be continued

 


 

主人公

いっぱい食べる君が好き。

カ□リミットファン◯ル。

 

リリアーナ

母寄りの意識だったが反動で爆発した。

 

ネフィ

INTが上がった。そんなステータスはない。

本来レベル0でスキルは習得できない。

*1
ワンアウト

*2
ツーアウト

*3
スリーアウト

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