無職さんのデンドロ履歴書   作:リリアーナを照れさせ隊

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お医者さんごっこ

 □■王都アルテア

 

 バーベナが意識を取り戻すまで待ってから教会を出ると、既に陽が傾きかけていた。

 一日も終盤に差し掛かろうという時間帯だ。しかし夜はこれからと言わんばかりに王都は活気が溢れている。

 特に繁華街は人通りが多い。仕事終わりに酒を浴びるティアンや、昼夜お構いなしにレベル上げに向かう<マスター>の姿が。ブラック企業も真っ青だ。

 

 もちろんあなたはMMOを嗜むプレイヤーなので、二徹三徹で狩りに励むのはそう珍しいことではない。

 戦場では眠気に負けて意識を手放したが最後。襲いくる敵に寝首をかかれてしまう。

 天地でそんな無様なデスペナを披露しようものなら末代までの笑いものになる。人の噂も七十五日と申せど、事あるごとに擦られるとそれはそれは鬱陶しい。

 なので七十五日が経つ前にそいつをタコ殴りにする。言葉とて度が過ぎれば暴力。つまり暴力で返していい。負けた方が新たな笑いものだ。

 

 あなたは脳内の修羅を追い払った。

 精神汚染は未だ根強い。

 

 気を紛らわすため、あなたは三歩後ろを歩くバーベナに話を振った。

 

「一日で十二レベルか……でもなぁ……」

 

 苦渋に満ちた顔でうめいている。

 拾い食いでもして腹を壊したか。

 

「人を何だと思ってるんだよぅ。で、何?」

 

 初仕事を終えた感想を尋ねる。

 最後の方は乗り気になっていたようだが。

 

「二度とごめんだね。たしかにレベルは上がったけど、肝心の報酬はしけてたじゃん。まあどっちにしろー? 俺の懐には一リルも入ってこないんだけどぉー」

 

 悲観することはない。この調子ならクエストを四、五回こなせば報酬分の奉仕活動に値する。

 教会のお仕事より割のいい依頼を受ければ、リアルラックも絡むが、一回で十分な報酬を獲得できるだろう。

 

 あるいはバーベナの真新しい杖を差し出すか。

 教会で気絶していた彼に数名の<マスター>がアイテムを寄付する光景をあなたは目撃している。

 彼らがこっそりバーベナのパンツを覗いていたことも。さながら聖遺物を拝む敬虔な信徒であった。

 

「やだよ! この装備がないと戦えないだろ!」

 

 バーベナは杖を両手で握った。

 絶対に渡さないという強い意志を感じる。

 パンツと引き換えに錬成した杖なので当然だな。

 あなたとしてはどちらでも構わない。払うものを支払ってもらえればそれでいい。

 

 話は変わるが、この後は時間があるだろうか。

 

「待った。みなまで言うな。その文句を口にする時って、たいていご飯か宿屋に誘おうとしてるんだよ」

 

 さてはエスパーか。

 あなたはバーベナを夕飯に誘うつもりだった。

 

「ふぅ〜ん? そっかそっか。いかにも興味ないですみたいな顔しても考えることは一緒だなぁ? やっぱりかわいいバベちんは好きかオラ。このムッツリぃ〜」

 

 バーベナは挑発的な笑みで勝ち誇る。

 ついと弄ぶように指先で触れるのも忘れない。

 まるで自らのアイデンティティを認められて有頂天になる子供のようだ。実に微笑ましい。

 刀都の花街に巣食う女性のガワを被った魔性化生と比べたら、名状し難き神話生物とチワワである。

 

「でもぉ、答えはノー。あんたとご飯なんて絶対にあり得ませ〜ん。おとといきやがれぇ」

 

 残念だ。<天上三ツ星亭>のフルコースを奢る機会はついぞ訪れそうにない。

 純粋にバーベナを労うつもりだったのだが。

 

 後学のためにあなたは理由を尋ねる。

 労働者にとって福利厚生は最重要だが、人によって希望する待遇には差異が生じる。

 やはり現場の声を軽視してはならない。

 

「いや冷静に考えて小屋と食事はねーわ」

 

 ぐうの音も出ない正論である。

 

「知り合いだと思われたくないし、なんならこの絵面も建物に擦り寄る俺の方が変人じゃん」

 

 というわけで、バーベナと解散したあなたは選択を迫られることになった。

 あなたは適当な酒場で夕飯を摂ってもいいし、朝になるまでログアウトしてもいい。

 

 ただし備考のような注意点がひとつ。

 今のあなたはプロペラ付きのミニ教会だ。

 まず間違いなく、酒場で飲み食いする場合はちょっとした騒ぎになるだろう。聖職者が肉と酒を口にしていいのかという疑問があなたの中で渦巻いている。そもそもこの姿で座れる卓があるかも怪しい。

 ミスティコの効果は継続中。クールタイムが明けるまでリアルで待機するのもありだ。

 

 やはり人型から離れるとリスクが大きい。

 人間サイズの住民が多い街ではあらゆる施設の基準が一メートルから三メートル前後になる。小人妖精や巨人のロールプレイに挑戦した先達が心折れたのも納得だ。

 フィールドでは新種のモンスターと勘違いされて襲撃を受け、数パーティを退けたら、こともあろうに大規模討伐部隊が編成されたこともあった。あの時はさすがに死を覚悟した。<超級>がくるなんて聞いていない。

 

 などと思いを馳せていると、人混みの向こうに見覚えのあるシルエットがよぎった。

 聖騎士装備のリリアーナだ。忙しない視線は探しものをしているように見える。

 

 あなたは彼女に声をかけた。

 

「あ……あなたですか。すみませんが火急の事態でして、今は時間がないんです。お話なら後で聞きますから」

 

 何やらお仕事の匂いがする。

 あなたは手伝えることがあるか質問した。

 

「え、はい。そうですね……ええと、あれ……? どこにやったかしら……んんっ。実はこちらの御方を探しているのですが、どこかでお見かけしていませんか?」

 

 手渡された写真には少女が写っていた。

 金髪碧眼で活発な印象を抱かせる。

 王侯貴族が着るような仕立てのドレスで、王侯貴族が座るような椅子に腰掛けている。

 ミリアーヌと系統は異なるが、一度見たら忘れることのできない美少女である。

 

 ……さっきの幼女様ではないか。

 

「心当たりがあるんですね!?」

 

 あなたは肯定した。

 守秘義務があるので詳細は語れないが、幼女様を見かけた場所とおおよその時間を伝える。おそらく帰宅しているであろうということも。

 道中で何事もなければだが、心配は無用だろう。

 あなたは帰路につく幼女様を尾行する怪しい集団を目撃している。白金のフルプレートを筆頭に怪しげな連中だったが、あれは<AETL連合>だ。いくら好みの女児が相手でも犯罪行為は働かないはずである。

 

「そうですか、既にお帰りに。よかった……けほっ」

 

 リリアーナは胸を撫で下ろした。

 ところで、この幼女様は何様なのだろう。

 

「何様……!? いくら<マスター>のあなたといえども不敬ですよ! この御方はアルター王国第二王女、エリザベート・S・アルター殿下です!」

 

 冗談だ。さすがのあなたも滞在する国家の王族くらいは事前に調べてある。

 あなたは常識人であるからして。

 王国所属で王家の顔と名前を知らない<マスター>がいたら相当な非常識人か天然記念物としか思えない。

 

 しかしどうせなら『この紋所が〜』から始まるお決まりの流れを王国バージョンで聞いてみたかった。

 リリアーナに頼めば実演してくれるだろうか。

 

「…………」

 

 へんじがない、ただのせいきしのようだ。

 

 リリアーナの目の前で飛び跳ねてみる。

 

「……あ、なんでしょう? 安心したせいか、少しぼうっとしてしまって」

 

 遅れた反応と気の抜けた返事。

 先程から感じていた違和感が確信に変わる。

 

 リリアーナはおかしい。

 

 ここでのおかしいとは、普段あなたが受けている風評被害のように奇人変人という意味ではない。

 普段と異なる様子だということだ。

 

 夕焼けに染まり赤らむ頬。

 紫水晶の瞳は潤み、熱を帯びて。

 漏れる吐息が心なしか荒い。

 

 夢心地であるかのように足取りはおぼつかず。

 こちらに寄りかかる手は弱々しい。

 そっとあなたを見上げる顔は……映えあるアルター王国の近衞騎士団、その気高くも凛々しい一輪の華である副団長が浮かべていい表情ではなく。

 

「あ……れ……?」

 

 崩れ落ちたリリアーナを、あなたはすんでのところで抱き止めた。

 ジョブチェンジからの《変化の術》で人型に戻るナイスプレーである。SP消費がどうのと言っていられる事態でないことは、腕に伝わる熱さからも明らかだった。

 

 発熱、発汗、咳に喉の腫れ……間違いない。

 

 この女騎士は風邪をひいている。

 

「はは……けほ、何言ってるんですか。ENDが高いと【風邪】にはかからないんですよ?」

 

 リリアーナこそ何を言っているのだろうか。

 生きている以上は人間誰しも風邪をひくものだ。

 たしかにデンドロではENDで病毒系状態異常の耐性が上昇するが、それはあくまでかかりにくくなるというだけの話であって完全耐性ではない。

 

 デンドロ世界に何種類のウイルスが存在するかまではあなたも把握していない。なかには耐性を貫通する変異種がいるかもしれないし、仮に女騎士にのみ感染する疾病が発見されたとしても想定の範囲内である。

 

 また<流行病>というランダムイベントの存在も、よからぬ想像に拍車をかける。

 不定期に広範囲で発生するこのイベントではティアンだろうが<マスター>だろうが、無職だろうが<超級>だろうが等しく病に罹患する可能性がある。

 

 つまり、あなたが何を言いたいかというと。

 

 病気を。舐めるな。

 

「大丈夫です……少し疲れただけですから。それに、もし風邪だとしても【快癒万能霊薬】を飲めば治りますから安心です! ……こほっ」

 

 リリアーナのそれは虚勢だ。

 百歩譲って薬で治療できたとしよう。

 だが、それは根本的な解決にはならない。

 近頃のリリアーナは働きすぎだ。積み重なった疲労が一因なのは傍目にも明らかである。

 

 あなたはリリアーナを抱き上げた。

 ひとまず休める場所を探すとしよう。

 

「離してください……私が戻らないと、殿下にご迷惑をおかけしてしまいます……ゲホ、ゴホッ」

 

 だまらっしゃい。

 自力で立ち上がれないのにお仕事とは笑わせる。

 その様では足を引っ張るだけ。そんな当たり前のことすら正常に判断できないなら、いても無意味で迷惑だ。

 

「ッ! そんな、ことは……」

 

 あなたは自由気ままで自分勝手な遊戯派だ。

 なのでリリアーナがいくら泣いて喚こうが、あなたは彼女を手放すつもりがない。

 依頼主ではないリリアーナの意思を尊重する必要はどこにもないのである。

 

 あなたは足早に宿屋へと向かう。

 複数の候補で最も安心安全な選択だった。

 リリアーナの自宅ではミリアーヌに心配をかけてしまうだろう。騎士団の詰所は論外だ。ワーホリ聖騎士が大人しく寝ていられるとは思えない。

 その点、あなたの仮宿は静かで人気がない。壁が厚いので多少の物音は気にならないだろう。あなたとリリアーナの二人きり。朝まで誰にも邪魔される心配がない。

 

 宿屋の店主に精のつく食事を用意するように頼み、あなたは自室のベッドにリリアーナを寝かせる。

 武器と防具は剥いだ。邪魔なので。

 衣服は裂いた。構造が複雑で、どこを緩めればいいのか非常に分かりづらいのだ。よって時短である。

 後で怒られたら謝ればいい。幸いあなたは看病という大義名分によって守られている。

 

 ここで普段ならば治療に取り掛かるのだが、あなたは深刻な問題に直面する。

 《変化の術》を発動中は鍛え上げた医師系統・薬剤師系統のスキルを満足に使用できないのだ。

 変化を解こうものなら、リリアーナは一時の休息を、あなたは王国での仮宿を失うことになるだろう。

 

 ひとまず【快癒万能霊薬】で様子を見ることにする。

 ただリリアーナは頻繁に咳き込んでおり、ポーションを飲み干せる状態にはない。

 ……頭から振りかけるか、少量を口に含ませるか。

 どちらがより薬効を保てるのだろう。機会があれば是非とも検証してみたい内容だ。

 

 ちなみにあなたが取った行動は後者だった。

 病人の体を冷やしてはいけない。常識である。

 

 あなたは応急処置を終えた。

 一息ついていると、リリアーナが身じろぎする。

 

「どうして……」

 

 曖昧な問いかけに対する答えをあなたは持たない。

 しかしおおよその見当はついた。

 どうして自分を引き止めたのか。

 どうして面倒を見るのか。

 

 あるいは、もっと別の。

 

「どうして、私は……」

 

 リリアーナはうなされていた。

 熱で意識が朦朧とするなか、彼女は呪いのように自責のうわ言を繰り返す。

 

「何も……何もできないの。助けられないの。いつも助けられてばかりで……ちゃんとしないと、いけないのに……私が、みんなを守りたいのに……」

 

 あなたは耳栓をした。

 余人が聞いていい言葉ではない。

 

「それなのに、できないの。弱いから? ティアンだから? <マスター>ならよかったの? 私が、もっともっと強かったら……あの時、ちゃんとしていたら……お父さんは死ぬことはなかったの?」

 

 あなたは指で鼓膜を破った。

 これで物理的に聞こえない。

 

「がんばらなくちゃ……ちゃんとしなくちゃ、いけない。強くならないと……きちんとしないと、仕事も……だって……無茶ばかりしてるけど……それでも、私……あの人みたいに、強く……なれ、た、ら……」

 

 か細い声が寝息に移り変わる。

 布団は穏やかなリズムで上下していた。

 深い眠りに入ったのだろうか。リリアーナは落ち着いたようである。

 

 あなたは軽い罪悪感に襲われた。

 先のうわ言はリリアーナが隠しているデリケートな心理を浮き彫りにしていた。

 これがたとえゲームで、リリアーナの感情から背景事情まで全てがシナリオライターによるつくりものであったとしても、彼女が吐露した後悔と心の悲鳴は真に迫るほど精彩な感情を帯びていたからだ。

 

 あなたは裏話や隠された真相(こういうの)に弱い。

 現在進行形で肩入れするキャラクターの場合、より没入感が増してしまうのだ。

 

 あなたはこの場にいるべきではない。

 否……正確に表現するのなら、この場にいるべき人物はあなたではないとなるだろうか。

 

 リリアーナの病状は改善に向かっている。

 薬で【風邪】は回復した。まだ完全に熱は下がっていないが、それは疲労と体力の消耗ゆえと判断する。

 一晩寝て休めば、明日の朝には本調子に戻るだろう。

 あなたがつきっきりで看病せずとも問題ない。

 

 あなたは諸々の支度を済ませ、最後にリリアーナの目元に溜まった雫を拭い取る。

 

「んぅ」

 

 掴まれた。

 

 あなたはリリアーナを起こさないよう丁寧に彼女の指を解いて、部屋から離脱を試みる。

 

 掴まれた。

 抱き寄せられた。

 捕まった。

 

 あなた心の俳句である。

 

 これは非常にまずい事態だ。

 あなたの片腕にリリアーナの両手がしっかりと回されてしまい、中腰になったまま身動きが取れない。

 容易に引き抜けない強さで四方向からの圧力が加えられており、うち二つは年相応の曲線を描いた丘ないしは山と表現すべき弾力のある脂肪製胸部装甲つまりはいっぱいの夢と希望と幻想に満ち溢れた理想郷でありエルドラドにこれでもかと密着サンドイッチされているわけである同時に残り二方向から伝わる感触は他方面と比較して何ら遜色のない温もりと優しさが内包されているようであなたは以前伝え聞いた人体の上腕部に関わる都市伝説を鼻で笑ったことを思い出して切実に後悔したが過去の自分に対して僅かばかりの優越感と多幸感を抱いたその瞬間に直前の光景がフラッシュバックして肥溜めと溝に両手をついて逆立ちしたようなえも言われぬ不快感と己の醜さを実感して叫び出したくなった。

 

 結論。

 嬉しいけど素直に喜べない。

 そして不可抗力でどうしようもない。

 

 あなたは腕を切断するか真剣に考えた。

 考えた結果、思考を放棄した。

 もうどうにでもなあれ。

 

 ベッドが血塗れよりはマシだろう。

 

 

 ◇◆

 

 

 翌日の朝。

 

 リリアーナは鳥のさえずりで目を覚ました。

 徹夜したあなたとは対照的に、熟睡したおかげでだいぶ疲労が抜けたようである。

 

「え……………………っと」

 

 明晰な頭脳は元通り。

 起き抜け早々に処理落ちしそうだが。

 

 見知らぬ天井。

 自分のものではない服とベッド。

 どこの馬の骨とも知れない無職の抱き枕。

 

 無理もない。

 いくらお前には人の心が分からないとフレンドに忠言を受けるあなたであっても、さすがにこの状況が言い逃れできない誤解を招いてしまうことは理解できる。

 

 だからあなたはこう告げた。

 

 昨日は(いい夢を見れたようで)お楽しみでしたね。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」

 

 声にならない悲鳴。

 早朝なのでご近所さんに配慮したのだろうか。モーニングコールとしてはちょうどよさそうである。

 あなたの腕も悲鳴を上げた。寝ぼけているのなら仕方ないが、関節はその方向には曲がらない。

 

「どどどどどどうしてあなたが!? え、もしかして……嘘でしょう? 嘘ですよね冗談ですよね? またふざけているだけなんでしょう!? そう言ってください!」

 

 ふざけてはみたが、この状況は弁明しようがない。

 あなたは正直に経緯を説明した。

 リリアーナを仮宿に連れてきたこと。

 寝る時に邪魔だったので衣服を脱がし、何度か流れる汗を拭って着替えさせたこと。

 薬を飲ませた後、あなたは夜通しリリアーナに抱かれていたこと。

 

「嘘じゃ、ない?」

 

 あなたは誓って嘘を吐いていない。

 一睡もしていないし、腰が酷く痛むが、あなたの脳と思考は正常に働いている。

 

 リリアーナの瞳から色彩が消えた。

 

「ふ、ふふふ……そうですか本当ですか。であれば私が何かを言うのは筋違いなのでしょうね、ええきっとそうですとも。私は婚姻前であるにも関わらずこのような事態を引き起こし、あまつさえ肝心の記憶を彼方に飛ばしてしまうような罪深い人間なのですから……ああ、どうかお許しください殿下……お姉ちゃんを許してミリア……」

 

 リリアーナはふらふらと窓枠から身を乗り出す。

 

 あなたは慌てた。

 早まってはいけない。残された人々はどう思うだろう。

 もちろんあなたも悔恨と自責の念に駆られる。

 リリアーナがそんなことをすれば、あなたが何のために看病をしたのか分からないではないか。

 

「今なんと? 看病?」

 

 リリアーナが正気を取り戻した。

 めでたしめでたし。

 

 

 ◇◆

 

 

 改めてあなたが説明をした後、ベッドの上には憤怒と羞恥で悶えるリリアーナの姿があった。

 布団にくるまって繭のようである。顔だけ覗かせているところはポイントが高い。

 

「ころしてください」

 

 生の『くっくろ』だぜアニキィ! ヤッフー! 

 あなたはテンションが上がった。

 それはそれとして、殺すのはNGだ。

 主にあなたの就職条件的な意味で。

 

「ならあなたをころしてわたしもしにます」

 

 前半は構わないが後半はいけない。

 それでは結局のところ同じである。

 あなたは不死身の<マスター>であるからして。

 

 ところで話は変わるのだが。

 

「あっさりしすぎじゃないですか!? もっとこう、恥じらいとか……私の気持ちを斟酌してもらえると大変ありがたいんですが!」

 

 だから話を逸らしたのだろうに。

 念のため、あなたはリリアーナに言っておく。

 あなたは今回の一件を何とも思わないし、口外するつもりは断じてない。リリアーナの経歴に傷をつける真似は決してしないとあなたは約束する。

 

 またリリアーナが精神的に深い傷を負ったというのであれば、あなたには記憶を消去する手段がある。

 しかしスキルによる精神操作はティアンにしか効果がないのが難点だ。リリアーナは自分の記憶にない痴態をあなたに握られてしまうことになる。

 その場合リリアーナが望むなら、あなたは現実で記憶消去に励む用意がある。鉄筋コンクリートに頭を叩きつけるか、最近のハイテク医療でどうとでもなるはずだ。

 

「そこまでしていただかなくても。どちらが一方的に悪いという話ではありませんし。吹聴されると困りますけど」

 

 問題ない。あなたは口が固いのだ。

 

「あなたに断言されるとそこはかとなく不安になるのはなぜでしょうね……いえ、分かりました。では二人の秘密ということにしましょう」

 

 本当の本当に内緒ですよ?

 そう言って、リリアーナは唇に指を当てた。

 あなたはたとえ死んでも秘密を守ると心に刻んで決意が漲った。<マスター>なので軽い。

 墓場まで持っていくの方がよさそうだった。

 

「そうです、秘密といえば! ……寝ている間に私、変なことを口にしていませんよね?」

 

 あなたは首を横に振る。

 不意打ち気味で一瞬だけ硬直してしまったが、リリアーナには悟られていないようだ。

 

「それを聞いて安心しました。おかしな寝言やいびきだったら黙っていてもらわないといけませんから」

 

 意図しなかったとはいえ、リリアーナの心の奥底に触れてしまった事実を覆すことはできない。

 だが、わざわざ真実を口にして彼女の笑顔を曇らせるという選択肢はどうにも憚られた。

 

 あなたはリリアーナに謝罪した。

 十割自己満足だが、しないよりマシだろう。

 

「おかしな人ですね。どうしてあなたが謝るんですか?」

 

 言い訳は用意してある。

 治療のためとはいえ、リリアーナにはきつい言動をとってしまったことがひとつ。

 無理やり服を脱がせたことがひとつだ。

 

「こ、後半はともかく。私を助けてくれたあなたの行動を非難するつもりはありません。むしろ私こそ、ご迷惑をおかけしてすみません。あの時は冷静さを欠いていました。いけませんね、私……これでは近衛騎士失格です」

 

 リリアーナの表情が憂いを帯びる。どうして。

 曇ったリリアーナも絵になるが、やはりかわいそうという気持ちが先に来る。

 繰り返す。あなたは悲劇より喜劇派である。

 あなたのフレンドのような、性癖の煮凝りならまた話が異なるのであろうが……ハッピーエンドと称してメリバを持ってくるんじゃあない。見るけど。

 

 あなたは徹夜明けでハイテンションになった思考に喝を入れる。まだ一徹でしょ? せめて三徹はしないと話にならないよ。いや知るかそんなの。

 カフェインを欲する脳細胞に舌打ちしたあなたの結論は次のような寝言だった。

 

 最初から完璧な人間などいない。

 誰しも生まれた時は真っ白な赤ん坊だ。

 そこから生きていくうちに経験を積み、経験から学び、人は成長する。

 

 未知は危険ではなく可能性だ。

 失敗は瑕疵ではなく材料だ。

 だから恐れる必要なんて欠片もない。

 

 あなたは、そしてあなたやリリアーナの先達は、そうやって一歩ずつ前に進んできたのだから。

 

 才能と実力を兼ね備えた完璧な人間がいるとして。

 生まれた時から何でもできましたという顔で、天賦の才能を誇っていたと仮定しよう。

 案ずるな。そう見えるだけである。

 天才だってあんよができず、ママのミルクを飲んでいた時期があるのだ。

 

 今が完璧でないからといって、一歩先の未来が完璧でない保証など何処にもない。

 

 可能性は無限大である。

 

 リリアーナは望む近衛騎士像になれる、などとあなたは無責任に断言できないが。

 可能性を目指す過程で積み上げた経験は人生の糧だ。

 たとえば誰かに助けてもらうことだったり、近衛騎士団副団長と縁を結んだり。

 

「頭のおかしい無職に看病されたり」

 

 その通り……なのだが待ってほしい。

 まさかリリアーナまでそう呼ぶつもりか。

 誠に遺憾である。あなたは常識人だというのに。

 

「冗談です。でもですね、あなたは常識人ではないと思いますよ? 私を助けてくれたのは普通の人みたいなところもあるんだなと感じましたけど。手段は置いておいて」

 

 あなたはどうにも釈然としない。

 だがリリアーナを助けた理由は無職の善意、いやさ無償の善意ではなかったりする。

 

 以前も言ったがリリアーナは大事な(ティアン)だ。

 彼女の好感度如何でジョブひとつの進退が決まる。

 

 そして、あなたにはリリアーナをこんな体(風邪)にしてしまったという責任がある。

 

「もう、また! すぐそうやってからかうんですから。さすがに私も慣れてきましたよ」

 

 揶揄ってなどいない。

 十中八九リリアーナが体調を崩した理由は慢性的な過労と、雨で濡れた体を冷やしたせいだろう。

 大量の仕事を生み出した人物。

 王都でも珍しい豪雨を降らせた人物。

 はてさて。いったいどこの無職だろう。改めて考えるとあなたに責任はないような気がする。

 

 悪いのは騎士団の人材不足。

 悪いのは森林を燃やした【破壊王】。

 きっとそういうことである。

 

 とぼけて三面相をするあなたがツボに入ったのか、リリアーナは吹き出した。

 

「ふふ……ありがとうございます」

 

 礼を言われるようなことはしていない。

 今回のあなたはお仕事を受けていないのだ。

 自分勝手な善意の押し売りが、必ずしも最良の結果に繋がらないとあなたは知っている。

 

「だからこそです。友人が助けてくれて、嬉しかったから感謝の気持ちを伝えるんですよ」

 

 なるほど。

 あなたはまたひとつ賢くなった。

 

 朝日に煌めいて揺れるプラチナブロンド。

 秘密の微笑みに込められた親愛の情。

 友人との穏やかな時間。

 

 たまには、こういうのも悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝食まで用意してくださったんですか? それではお言葉に甘えて……はむ……んん……?」

 

 お気に召しただろうか。

 海竜種の白子。

 

「ぶふううううう!?」

 

 リリアーナは吹き出した。

 あなたの顔面に直撃した。

 もったいない。港町から直送してもらったのに。

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