無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■王国東部国境付近・某所
略奪した馬車をゴーレムが牽引する。
ネフィは<テン・コマンドメンツ>を連れて、山岳地帯の隠れ道を案内した。
もっとも侵入者用の仕掛けと偽装は全て【虚飾魔王】を自称するユーが看破したので、ネフィが案内しなくても、いずれ彼らは目的地に辿り着いただろう。
『ネフィさん。あの建物ですか?』
「うん」
アイが指差した先、放棄された砦こそがそうなのだと頷き、ネフィは先導者の役目を終える。
極端に口数が減ったので、アイは小首を傾げた。道中は雑談に花を咲かせたものだが。
なお他のメンバーはそれぞれの理由でネフィを気に掛けない。無意味、無関心、無言と三者三様である。
「さてどうします? 僕は後詰めを希望します」
「大昔の砦だね。ただ、手を加えてある上に見張りが立っている。鍵も警備も厳重そうだ……正面突破はやめておこうか」
「……」(『情報通りなら戦力はこちらが上。制圧すべきでは』)
「ジョンスンくんのゴーレムって数は多いけど量産型だからね。雑兵相手ならともかく、虎穴に入るには心許ないかなー。アタシとしては次善の策だ」
大人の会話を子供は黙って聞いていた。
アイなどは『謎です』と表情に描いてある。
「……何をするの?」
『すみません。きちんと説明していませんでした。私達は危険なアイテムの生産を止めてもらうようお願いに来たんですよ、ネフィさん』
事の発端は、市場に流れる噂だった。
『<エンブリオ>の偽物が売っている。そんな話を聞いたオーナーから調査を頼まれました』
自称大悪党は「むきー! 我輩を差し置いて贋作詐欺とは舐めたマネをー!」とおかんむりだった。
クラン総員でスラムから売人を一掃したほどだ。一部メンバーが積極的に動いたのも大きい。
(山田さんやドクトルおじいさんは分かりますが、ユーさんが頑張るのはなぜでしょう。謎です。……いえ、これは今考えても仕方がありません)
『調べたところ、それは<エンブリオ>そのものではありませんでした。ですが
ティアンと<マスター>の最大の違いは不死性だが、次いで語られる特徴が<エンブリオ>、そして万能のジョブに就職できる適正である。
彼らが押収した贋作は一番目こそ不可能だが、二番目と三番目を実現するものだった。
一見すると<エンブリオ>に見えるモノを振るう事ができる力。いずれもジョブに由来するスキルであり……独自性こそないものの、適正が限られるティアンでも望みのジョブスキルを行使できた。おまけにステータス加算の補正までついてくる。
『ただし問題があります。偽物は怨念をエネルギーに動く、呪われたアイテムなのです。どうやら
押収品を検分した【解剖王】はオーナーとアイの二人には調査結果を共有しなかった。
故に、この場でアイだけが真実を知らない。
「……」
ネフィは目を逸らし、自らの腕を強く掴む。
幸か不幸か。アイは疑問に意識を向けていた。
少女の様子に気付くものはいなかった。
「ま、そういう事。耐性の無い一般人が呪いのアイテムに手を出したら危ないだろう? 君に危害は加えないからさ。安心してついて来るといい。アタシは正義の味方じゃあないけれど、嘘は大嫌いだからね」
ユーが薄ら笑いを浮かべて口を挟む。
潜入の方向で話をまとめた大人は準備を終えている。馬車の空きは二人分。ネフィの同行は前提だ。
「ではお嬢さん方。ここからはお喋り厳禁だ」
ユーは馬車を走らせて砦まで進む。
当然、門扉の両脇に佇む見張りはそれを咎めた。
「止まれ」
「やあやあ、お勤めご苦労様! アタシは王国の方から来た者なんだけどね。ちょーっとしたお仕事の関係で、“伯爵”様に御目通り願えるかな?」
「……そのような連絡は受けていないが」
「ええっ!? それは困るなあ。大変だ。何せ途中で襲撃があったもんだからさ。やっとの思いでここまで辿り着いたのに門前払いなんて。ああ! うちのボスになんて説明したらいいんだろう!? これは非常に大きな損失だ! アタシだけで済めばいいけれど、後ろの子らまで路頭に迷ってしまう!」
立板に水を流したように、別人のように。
ユーは一呼吸で芝居がかった台詞を言い切る。
息も絶え絶えに崩れ落ち、顔を伏せて蹲る。
見張りが困惑して顔を見合わせた瞬間。
「で、責任取れるの?」
「……え?」
「え? じゃないよ。こう見えても億単位の金を動かす仕事をしているんだアタシは。一分一秒が機会損失に繋がっているわけさ」
ユーは立ち上がり、見張りに詰め寄る。
「大体ね。アタシの顔を知らないってのは怠慢じゃないのかな。これでも有名だと思ってたんだが」
「何を言って……」「取り合うな。早く立ち去れ」
「本当にいいのかな? 確認もしないで門前払いして。もしアタシが君達の主人のお得意様だったら……追い返した君達はどうなるんだろうね?」
「……確認するから少し待て」
「おい……!」
「どうせ通信は繋がらない。直接お伺いするしか無いだろう。お前はここで見張っていろ」
見張りの一人が固く施錠された門を開けた。
その一瞬を逃さず、ユーは隙間に片足を突っ込む。
「なっ」
「はい失礼。二人とも、やっておしまーい」
指を鳴らす合図で濃霧が立ち込める。
同時にゴーレムが姿を現した。
「て、敵……、…………!」
「《看破》を偽装していたか! だが今は見えるぞ! 貴様は……な……え? ど、どうしてこんなところに【
騙された見張りは懸命だった。敵襲を知らせるために声を張り上げた。無音の叫びがこだました。
残った見張りは賢明だった。高レベルの《看破》でユーのジョブを暴き、その賢しさが仇となった。
喉を押さえて苦しむ彼らは、静かに、ゴーレムの機関銃で絶命した。
「見えるんじゃあない。
「流石は詐欺師。口がお上手ですね」
「心外だな。嘘は吐いてないよ」
「……」(『では侵入しましょう』)
『はい。私が前を進みますね』
四人は無遠慮に砦へ足を踏み入れる。
ネフィは倒れた死体から視線を逸らし、ぎゅっと目をつぶってから、彼らの後を追う。
この場所に留まる、あるいは引き返して帰る事はできる。リリアーナが心配しているだろう。ネフィとしても眼前の砦……その奥には良い思い出がないため、内心は帰りたいと感じている。
それでも前に進むのは負い目があるから。
善人ならぬ悪党を連れてきた責任。
……“同類”に死を齎した罪悪感を、精神的に成長した今のネフィは抱いていた。
(中を案内したら、戦いを避けられるはず)
一人でも犠牲者を減らすため。
再び先導しようと駆け寄ったネフィは、門の向こうで整列した魔術師の一団が杖を構える光景を見た。
「「「――《クリムゾン・スフィア》」」」
上級職【紅蓮術師】の奥義、十や二十ではきかない数の巨大な火球が面となって迫る。
待ち構えていた敵の迎撃。当然予想すべき事態だが、テンコマ四人の蛮行とその阻止に意識を割いていたネフィは反応できない。
火球は先頭のアイに直撃する。
単発で純竜級を倒す魔法の弾幕だ。常人は跡形もなく消し飛んで灰になるだろうが。
『痛いです。頭をぶつけました』
無傷。アイが入った筒は焦げ跡ひとつない。
魔法に驚いて、ガラスに額を打った程度。
『それに目がチカチカします……』
個人生存型、“自己完結”のアイ。
彼女のメインジョブは【
特殊超級職【邪神】の試作型超級職が一つ。
七つの【魔王】シリーズに実装されたスキルの試作版とでも呼ぶべき奥義を持つジョブである。
該当スキルは《穢れなき生命》。【傲慢魔王】の《
《インナー・ポジション》は本来の仕様にない異物からの干渉のみを防ぐものだが、【無垢王】の奥義は更に対象が広く、コストは軽く、条件が重い。
自分と装備品が外部からの干渉を無効化する、オンオフ不可能のパッシブスキル。
ただしこの効果は恩恵でもあり枷でもある。
スキルの効果範囲は攻撃とデバフに限らない。
バフスキル、回復、アイテムの使用、食事、呼吸……他者からの
デメリットが多過ぎるため、仮に【邪神】に搭載すると<
故に先代管理者は判断の末、【傲慢魔王】を叩き台にしたスキルの方を正式採用した。
『あの、やめませんか。意味がないので』
第二波の詠唱を始める魔術師の一団に、アイは善意で勧告する。
何度同じ魔法を放っても彼女は傷つかない。
本来なら生まれながらに外部と隔たれて、衰弱しながら最期を迎える【無垢王】のスキルをアイが活用できる理由は<エンブリオ>にある。
アイが入った自走式の培養槽。【生命保存容器 ホムンクルス】と銘打たれたTYPE:ギアである。
内部は生命維持に適した溶液で満たされて、食事・排泄・呼吸すら必要としなくなるのだ。
『私のスキルで消費するMPと、《魔力生成炉心》で回復するMPは釣り合っています。何時間かかっても皆さんに私は倒せませんよ』
加えて必殺スキルの《
レベル上昇に伴って最大MPが伸びるため、現状は消費量より回復量の方が上回っている。
それでも魔術師は詠唱を止めない。
『諦めてくれません。謎です』
「待ったアイちゃん。君が平気でも……」
杖の矛先は【ホムンクルス】の後方を指す。
構築された魔法は自動追尾の効果を付与されて、アイ以外のメンバーを対象を取った。
ユーは咄嗟にアイを盾にするが、ジョンスンとネフィは身を守る遮蔽物がない。生半可な防御ではまとめて焼かれるだろう。アイの無敵が例外なのだ。
身をすくめたネフィは誰かに抱えられ、知らない声を耳にした。
「――《
「「「《クリムゾン――………!」」」
【指定語句確認:『クリムゾン』。発言対象に状態異常【沈黙】を付与します】
宣言が中断したことで魔法は失敗する。
先程の見張りと同じ、発声の禁止。
ネフィはナハトに持ち上げられて、彼がした行動の結果と、システムメッセージを交互に見やる。
「……」(『大丈夫?』)
「ありがとう、ございます」
「ナハトくんナイス! できれば普段から声出してくれるとお姉さん嬉しいなあ!」
「……」(『嫌です』)
ナハトは筆談に戻り、濃霧の展開を続ける。
「……」(『霧の外部に音は漏れません。ですが、長引けば異変に気付かれます』)
「いや本当、どうしてこうなったんだろうね?」
(正規の手順で扉を開けた。あらかじめ全員に外見から何まで偽装スキルを施してある。それでも迎撃準備ができたなら、情報が筒抜けだったのか、それともアタシの知らない方法で……? 気に食わないな)
ユーはネフィを一瞥して思案する。
相手が上手だった、と考えるのは容易い。しかし隠し事で出し抜かれたと思うと癪だった。
「っと、あまり時間はないようだ」
ナハトの霧で言葉を奪われた魔術師達が立ち上がり、侵入者に剣を向ける。
肌下の肉を食い破って飛び出した剣。
骨と肉で象られた悍ましい刃である。
「偽物の<エンブリオ>……君達ティアンだろう。そんな事しても<マスター>にはなれないよ?」
ユーは捨て台詞を吐いて踵を返す。
「逃げるよ皆。迂回路を探そう」
ゴーレムを殿に、彼女らは逃走を選んだ。
「というわけで。あからさまに安心してるお嬢さん、抜け道とか知らないかい」
「……! こっち!」
ネフィが指差した方向、砦の奥に繋がる隠し通路へと彼らは駆け出した。
「……ぉ、え……にがす、な……」
「きっと
「合流する前に、仕留めろ……!」
◇◆◇
「…………」
『ユーさん。どうしました?』
「いや。意外と統制が取れてないなと」
『そうでしょうか。謎です』
待ち伏せと魔法の斉射。集団戦の洗礼を受けたアイはユーの評価を疑問に思う。
「アタシなら、効かない魔法を二度も撃たない。そもそもナハトくん相手に悠長な詠唱なんていいカモだ。こうやって逃げても、先回りするどころか、少数で追ってくるだけ。というか砦の規模に対して想定より警備が少ないよね。異常なくらいに」
「楽できるのは良い事では?」
「そりゃ君はそうだろうけど」
ゴーレムが担いだ神輿の上でジョンスンは寝言をほざく。彼だけ休憩気分でくつろいでいた。
「ネフィちゃん。何か知らない?」
「…………知らない」
「今回は嘘じゃないねえ」
へらへらとユーは笑い、
(恐らくこちらの情報は漏れていない。かつ、彼女が知る限りで相手の戦術でもない。楽観的に考えるならこれが相手の実力。悲観的に考えるなら……)
想定外の事態。その可能性を頭に留める。
仲間に伝えず、己の内に留めてしまった。
――《
――伝えて対処できるかは、また別の話だが。
「「『!?』」」
砦の壁を破壊したナイフが最後尾のジョンスンに突き刺さる。数十万単位の固定ダメージ。その余波と瓦礫が直撃して、彼は神輿から吹き飛んだ。
「おいおい……冗談だろう」
ぽっかりと空いた穴から這い出る白熊。
デフォルメされた着ぐるみは王国の【破壊王】が有名だが。カルディナを拠点にするテンコマメンバーが馴染み深いのはもう一人の方である。
「【
“万状無敵”と名高い<超級>が現れた。
・主人公
一方その頃、ゴミ箱を漁っていた。
・リリアーナ
そんなところにネフィがいるわけないでしょう。
【無垢王】
二次オリジョブ。系統なし超級職。
就職条件は、生まれてから一度も穢れを取り込んでいない事。「水や酸素もバッチいのでダメでーす」となるロスト寸前だったジョブ。
元はレジェンダリアの秘境に住む一部族がクリスタルごと確保していた。
生後間もない赤子を隔離することで条件を満たし、子供が死ぬまでの期間、超級職のスキルを結界に転用して領土を守る。そんな因習染みた宗教団体。
サービス開始後、<マスター>のアイが
現在は、跡形も残っていない。