無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■某月某日
講和会議が開催される以前のとある日。
カルディナの首都ドラグノマドの議長官邸で、女性が着ぐるみと会話を交わしていた。
着ぐるみの方は無言で頷いているが。
「カルル。王国へ行きなさい」
カルディナ議会のトップ、議長ラ・プラス・ファンタズマの指示にカルルは頷いた。
「話が早いと助かるわ。夢路と一緒に、王国に所属を移そうとする猛者をスカウトするの。アルベルトが抜けた穴を埋める<超級>が見つかるといいわね」
『……』
「ああ、アルベルトといえば。王国までは彼も同行するわ。到着したら別行動で構わない。それと途中でレジェンダリアのランカーとトラブルになるけれど、殺さず・殺されずで済ませるように」
『……』
「それと。アナタには追加で仕事を頼むわ」
ラ・プラスは座標を記した地図を渡す。
「アルベルトと別れた後、指示する時間に訪れなさい。アナタの他にやって来る人間がいるわ。それを撃退してちょうだい――手段は問わない」
そこで初めてカルルは反応した。
「過激? いいえ、王国の領土だからと気にする必要はないわ。アナタは
『……』
まるで“万状無敵”が破れるような言い草にカルルは気分を害した。どのような相手が来ようと敵は無し。故に無敵と彼は宣う。
やれるものならやってみろ、と。
意気込みながらカルルは退室した。
「どうしたのかな。君らしくもない」
入れ替わりに現れた“魔法最強”ファトゥムは、妻でもある女性の様子を伺った。
ラ・プラスは巧妙に隠しているが、目線ひとつ、声色ひとつ取っても疲労が酷い。
「……演算を重ねたせいでデバイスに負荷がかかっているのね。ただ、今回はできる限り正確な未来を視る必要があったから」
「例のあれ絡みで?」
「ええ。アナタに起こしてもらった【テラーカイブ】や【クイックサンド】のように、最近は未来を見通せない事が増えた。原因は明らかよ。私にとって器なき者は演算のノイズになる。普段はジョブに就いているから比較的マシだけれど、例のアレは、肝心な場面で未来を予測できなくなるの」
ラ・プラスがアレ絡みの演算時で稀に味わう感覚は、突発的な通信障害によく似ている。
テレビ画面が白黒のノイズになるように。
通話の音声が途切れて聞き取れないように。
例のあんちくしょうが絡むとラ・プラスは重要な情報を見通せない。だからこそ、
「ちなみに今回は何が視えたか、私は聞いても平気なのかな」
「――
「……なんだって?」
「まだ不確定だけれど、一度。何も視えなかった時があるの。それきりだったから辿り着く可能性は僅かなのでしょうけれど」
カルディナの“魔女”は未来を演算する。
それは世界の存続を保障する行為でもある。
不確かな明日がある。未来が視えるのなら、今の先に世界は続いている。
その前提が覆るのなら。
何もない場所。緑髪の少女が孤独に佇む。
直前に観測した光景と、手持ちの情報を合わせ、議長は今回の戦力派遣を決定したのである。
「私が動くのではどうだろう?」
「アナタだと死ぬわ。だからマニゴルドか、カルルよ。今回はついでに頼む用事があったから後者ね。アルベルトでも良かったけれど<セフィロト>を脱退するあの子に任せられる仕事じゃないから」
「分かった。ヴェンセールの方に集中するよ」
妻にバッサリ「お前じゃムリ」と切り捨てられた“魔法最強”は少しだけ悲しい気持ちになった。
◇◆◇
□■錬金術師の研究棟・応接区画
際どい衣装の女が砂糖菓子を口にふくむ。
ふわりと甘く、切なく、舌の上で溶ける。
ざらつきに顔を顰めた女は結晶の欠片を吐き出す。
それは唾液と血に塗れて、汚らしく淫靡であった。
「口内を切られましたか。今、薬をお持ちします」
「結構です。小間使いのために貴方を産み出した訳ではありませんよ。モンストロ」
「……失礼しました」
傍らに控えた男、モンストロは居住まいを正す。
モンストロが従う女性は、世間から“伯爵”と呼ばれる<マスター>である。
放棄されて長い砦を拠点に改築した彼女は、滞在する建物を研究棟と称していた。
「さて、この度はありがとうございます」
“伯爵”は向かいの客人に微笑んだ。
男を虜にする美貌にも巨漢は動じない。
「部下が危ないところを助けていただいたとか。大したもてなしはできませんが、貴方に感謝を。おかげで無意味な損耗を避ける事ができました」
彼女の配下がレベル上げに勤しむ途中、危機に陥ったところを助太刀した人物が、眼前の男である。
客人の巨漢はかぶりを振った。気にする必要はない、と謙虚に“伯爵”からの謝意を受け取る。
それ以上の対価を求めない意思表示。供された茶と菓子は手付かずのまま机に残っている。
「旅の途中だと聞き及びました。心ばかりの礼ではありますが、ごゆるりと体をお休めいただければ」
巨漢は頷き、席を立つ。
「モンストロ。彼を送って差し上げなさい」
「はっ」
女を残して、二人は応接用の一室を去る。
「……本当にありがとう。お前のおかげで、兄妹は死なずに済んだ」
客室に向かう最中、モンストロは素の口調で内心を吐露した。
「俺達は己の価値を高めるためにレベルを上げる。そうして自分を高めた兄妹から見定められて、ここを去っていく。それでも死ぬよりはマシだ。そうだろう?」
応接区画から繋がる通路を通り抜け、モンストロと巨漢は開けた子供部屋、モンストロの言う居住区角を並んで歩く。
幼い子供が、年頃の青年が、武器を振る。
それぞれ体内に宿した肉腫をぶつけ合い、拉致したモンスターを狩って経験値を稼いでいる。
彼ら彼女らは“伯爵”の商品だ。
彼女は高品質な人材を輩出する事で知られている。
アルベルトは闇市場に疎いため、彼らの辿る末路について、正確に理解できていないが。
「あー! おじさんだー!」
「でっけーおじさんだ! よっ!」
「こら、おじさんは失礼だろうお前達」
モンスターに敗北して、死を待つだけの幼い彼ら彼女らの命を救った事は間違いではないと考えた。
「なあなあ、おじさん。俺おじさんみてーに強くなりたい! どうすればいい?」
「私も! それで“伯爵”様の役に立つの!」
巨漢は静かにモンストロを指差した。
その意味を読み解ける者は少ない。幸い、モンストロは客人の内心をある程度察する事ができた。
「俺の言う事を聞け。と、おじさんは言ってる」
「「えーー?」」
「えーじゃない。今は“伯爵”様の代わりに、俺が面倒を見ているんだ。俺の言う事を聞けずに“伯爵”様の役に立てると思うなよ。分かったら訓練に戻れ」
「「はーい」」
二人を追い返したモンストロは苦笑した。
「本当は、あいつらにはもっと別の生き方を知ってほしい。でも無理だ。だからせめて、少しでも長く生かしてやりたい。……俺はそのためにこの力を振るう。ただ命令に背いたらどうなるか分からない。だからここから離れる事ができない」
モンストロの役割は“伯爵”の護衛。
そして、研究棟のこの区画を守る事だ。
……遠くの振動と、徘徊する殺気を迎撃する許可は出ていない。侵入者を阻む最後の砦がモンストロ。
その前段階でどれだけの兄妹が命を落とすか想像して彼は歯痒さを感じる。
「だから……」
モンストロは言いかけた言葉を飲み込んだ。
彼は“伯爵”の客人だ。被造物風情が、主人と対等の存在に口出しする事などあり得ない。
客人がどこに向かおうと、止める権利はない。
「……? おい、あんた。どこに」
巨漢は武装を展開する。
建物に侵入した敵を察知したがために。
ラ・プラスは事前に指示するべきだった。
単独行動になった後、この地点を通らないルートで決闘都市ギデオンに向かうようにと。
道中で助けを求める人は無視するようにと。
だが、不確定要素に悩む彼女は見落とした。
自らの布石が、
『――I’ll be back』
魔女が視た
デデンデンデデン