無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
□■錬金術師の研究棟・連絡区画
リリアーナは状況に流されて困惑していた。
ネフィを探すという目的は達成した。後は王都に連れ帰るだけである。しかしカルディナの<超級>を含む<マスター>同士の戦闘、立ち塞がる警備、これだけで安全な脱出は困難を極める。
「ネフィ、あなたは」
おまけに進む先は砦の奥。
逃げるどころか正反対の方向に導くネフィに、リリアーナは真意を問いただそうとするが。
「次はそっち」
『分かりました』
彼女は人語を話す謎の筒(リリアーナ視点)に乗って中枢を目指す。
「待ちなさ、って速くないですか!?」
『そうでしょうか。謎です』
「コーナーで差をつけるの!」
「一体誰の影響で……いえ、ネフィに何を吹き込んだんですかあの人は」
アイの水槽はこれでもチャリオッツ系列である。
ステータス傾向としてAGIが低い【聖騎士】では突き放されないようにするのがやっと。
リリアーナは慌てた出立で【セカンドモデル】を置いてきた事を悔やんだ。今は付き添う事を優先して、事情の追及は二の次とする。
数ある隔壁のセキュリティを一発で通過し、入り組んだ通路を抜けた終着点。
そこに三人を出迎える者がいた。
「ようこそ。そして、おかえりなさい」
大陸東方によく見られる黒髪黒目。
肌を露出しながらも品を落とさない衣装。
たおやかに微笑んだ女性<マスター>はリリアーナ達を侵入者ではなく客人として扱う。
「何者です?」
「ああ、申し訳ありません。私は貴女を存じていますが貴女はそうではないのでした」
「……質問に答えなさい」
「私は貴女の敵ではありませんよ、リリアーナ。ですから腰の剣から手を離してください」
問いの答えになっていない。リリアーナは反論しようとして、同行者に遮られる。
『あの』
「なんでしょう。【無垢王】アイ」
『あなたが“伯爵”さんですか?』
「ええ。世間ではそのように呼ばれています」
『あなたにお願いがあって来ました』
「そうですか。ではこちらへ」
立ち話もなんですから、と。
“伯爵”は重厚な扉を開けて手招いた。
「お二人もどうぞ。お知りになりたい事は大凡ご説明できると思いますよ」
リリアーナは逡巡する。
相手の態度があけすけに過ぎる。逆に怪しい。
罠を疑い、そして腰にかかる重みに気付いた。
ネフィが飾り帯の裾を掴んでいた。
「……」
小さな手は震えていた。
一歩を踏み出す勇気は、怯えで萎んでいた。
何を怖がっているのか。明白だ。眼前の物腰穏やかで胸襟を開いた女に対してである。
それでも……勇気は消えていなかった。
ネフィは踵を返さない。
逃げ出す事で上層の惨劇は止まらないからだ。
だが、“伯爵”と話をつければ警備の兵士を引かせる事ができる。少なくとも彼女はそう考えた。
リリアーナは、そんな娘の手をそっと包む。
「ネフィと一緒でよいのなら」
「四……いえ、三人分の茶を用意しましょう」
“伯爵”はアイを一瞥して修正を加えた。
彼女が案内した場所は応接室だ。
リリアーナ達の前に先客がいたのだろう。二人分の茶器と椅子が残されていた。
“伯爵”は部屋の隅で控えた男に机を片付けさせる。こだわりがあるのか、茶席を整え、三人に席を薦めるのは自身で行った。
「先日、黄河産の良い葉が手に入りまして」
「そうですか」
「渋みが強いので甘味もどうぞ」
『綺麗でかわいらしいです』
アイは無邪気な感想を述べた。
なお、彼女はジョブスキルの効果で飲食物を摂取する事ができない。
「自己紹介が遅れました。私はモンストロです。【
どうぞ好きなようにお呼びください。そう言って、“伯爵”モンストロは席につく。
(【人造錬金術師】。たしか錬金術師の上級職のはず。特徴は……ホムンクルスの生産だったかしら)
リリアーナはとある無職の影響で暗記してしまったジョブを思い出す。精神汚染が甚だしい。
「では最初に【
『はい。私の……私達は、これを、<エンブリオ>の偽物の生産を止めてほしいです』
アイはアイテムボックスから肉腫を取り出した。
怨念で稼働する骨肉の武装。リリアーナは警備との戦闘で目にした限りで、特別な印象はない。
「……っ!」
が、ネフィは違った。
リリアーナの裾を掴む力が増し、目を見開く。
「大丈夫?」
「……うん」
母娘のやり取りをよそに会話は続く。
「凖<エンブリオ>ですか」
『凖……?』
「何かと思いましたが、そうですね。一言でお答えすると『管轄外』です」
『謎です。同じものを警備の方が使っています。“伯爵”さんが作っているのではないのでしょうか?』
「私は知人から完成品の提供を受けていますが、生産と流通は関与していません。他を当たって下さい」
『なら、その人の居場所を教えてくれますか』
「何故そこまでする義理が? 貴女方は今も私の拠点を襲撃している相手なのですが」
『その通りです。反論できません……』
気落ちするアイの味方はいない。
純粋で単純な彼女は食い下がらない。
もしも<テン・コマンドメンツ>の大人組が傍らにいれば、多少は抵抗ができただろう。
『“伯爵”さん優しいので、つい』
「……優しい」
『事前に聞いたお話と違って親切です。それに懐かしい感じがします』
「どこかでお会いしましたか?」
『いいえ。ただ、私の親と似ています』
「……」
『私を細胞から生んだ凄い人なんですよ』
「なるほど。そうでしたか」
モンストロは何かを得心した様子で頷いた。
「話は変わりますが、この写真に見覚えは?」
『初めて見ます。謎です……あ、同じような機械は施設にありました。でも配線が非効率的ですね。たしか研究員はこうやっていた気がします』
「ふむ」
うろ覚えな記憶を頼りにアイは語る。
モンストロは真剣かつ興味深げに耳を傾けて「大変参考になります」と締め括った。
「……
続いた言葉は“伯爵”が支払う代価であった。
『それは……あ、ありがとうございます』
「私は貴女の要求に応えられません。ご理解いただけたのなら、仲間を連れて速やかにお引き取りを」
仄めかした情報を手土産に撤退を促す。
交渉の幕引きを悟る程度の頭脳はアイにもあった。
これにてしまい。モンストロは喉を潤してから、次の話題をリリアーナに振った。
「あまり手が進んでいないようですが。東方の淹れ方はお気に召しませんでしたか?」
「いえ。ちょうど飲み頃でしょう」
リリアーナは慣れた手つきで返す。
当然ながら彼女は近衞騎士。国家元首の会談に同席する際に備えて七大国家の作法は学習済みだ。
エリート女騎士は多才なのである。
(毒を盛るかとも思ったけど、不審な点はない)
供された品に手を付けないのでは礼を欠く。
対話のテーブルに座るため、一息に茶を啜ったリリアーナは、遅れて身体の異変を感じる。
「……ッ、これ、は……何を」
「見事な犬耳が生えましたね」
「いえ本当に何ですかコレ!?」
リリアーナは頭頂部に触れて、いきなり出現したケモ耳の感触を確かめる。ふわふわである。
しかも感情に合わせて上下に動くのだ。
「【ケモミミ薬】です」
「なんてものを飲ませるんですか!」
「非常に愛らしいお姿ですね。お似合いです」
「……ふざけてます?」
リリアーナが抜剣の姿勢になると、モンストロは「冗談です」と真顔で補足する。
「この砂糖菓子で元に戻ります」
「……」
「嘘ではありませんよ」
リリアーナは菓子を口に含んだ。
すると確かに、犬耳が元通りになる。
「……かわいいのに」
「何か?」
「いいえ何も」
◇◆
「さて、アイスブレイクができたところで本題に移りましょう」
モンストロが指差したのはリリアーナの隣。
「貴女の関心はそちらの子供について。彼女は何者で、なぜ、どのようにして産まれたのか……というあたりで間違いありませんか?」
「……ネフィがここまであなたに怯える理由も説明してほしいですね」
ワントーン下がったリリアーナの声音に、モンストロは意表を突かれた様子で目を瞬いた。
「ネフィ。なるほど、そうですか。確認しますが、それが彼女の呼称なのですね?」
「であれば何だと?」
「……私から口にするのは野暮でしょう。それでは私も彼女をネフィと呼ばせていただきます」
モンストロが名前を呼ぶ度に、ネフィはリリアーナの手を握る力を強めた。そのため、春のように穏やかな外面にも、女騎士は一切気を緩めない。
「まず、ネフィを造ったのは私です」
「造ったとは?」
「言葉の通りですね。私のジョブと<エンブリオ>は、どちらもホムンクルスの生産に特化しています。そのスキルを使用して、貴女の遺伝情報を元に、ネフィを造り出しました」
「つまり、ネフィは……」
「ホムンクルス。人造人間と呼ぶ場合もありますが、私としては前者を推奨します。人造人間と一括りにすると些か語弊が生じてしまいますので。本人は自覚があったはずですが、その様子では隠していたのですね」
「ホムンクルスという事は、その、私達と」
「
「それは……よかった」
リリアーナは安堵した。ネフィが何者であっても態度を変えないと彼女は決めていた。
それでもだ。ネフィが最も気に病まない結果、自分達は同じであるという客観的な証明を喜んだ。
「ここまでが『彼女は何者か』です。次は『どのようにして』の話に入りますが、先程少し触れましたね」
可視化したステータス画面の一部とスクリーンショットが空間に並んで表示される。
例えば工場内部を写した光景。無数の培養液に浮かぶ人型と用途不明な機械群がある。
例えば一般的な家族団欒。よく似た親子が幸せそうに笑い、暮らしている写真がある。
「私の<エンブリオ>は人間範疇生物の生産と改良に特化しています。遺伝情報を組み換える事で容姿や種族特性を設定できるので、彼女の場合は
「遺伝子……」
「ああ……そこからですか。簡単に説明すると、生物の設計図のようなものです。貴女の肉体がどのように構成されているか、その情報を元にしているので、ネフィは貴女と似た容姿をしているんですよ」
モンストロは髪の毛と垢から遺伝子を採取した事までは口にしなかった。同じ女性として、僅かばかりの武士の情けである。本筋に関係ないからでもある。
「私は『人材派遣』の副業を営んでいます」
「……?」
「様々な注文に応える事ができますので。容姿の整った美人が欲しい、貴重な亜人が欲しい、屈強で従順な労働力が欲しい、と市場のニーズは複雑です」
唐突な話題転換だと、語り手以外は思った。
“伯爵”にとっては違う。本筋の前置きである。
「家族に愛されて育った子供が欲しいと頼まれた事があります。安価で強力な傭兵を求められた事があります。ですから、この研究棟では様々な環境を用意して『人材育成』を行っているのです」
居住区画には一般家庭のモデルケースがある。
別の区画は製造段階からジョブの適正を高め、ひたすらに狩りでレベルを上げた戦士の一団がいる。
テンコマメンバーやリリアーナ達が戦った警備の兵士は、そのように最初から戦力として生産したホムンクルスを、凖<エンブリオ>で武装させた者達だ。
「警備のホムンクルスには効率重視で狩りをさせていますから、
“伯爵”は有無を言わさない口調だった。
それ以外の真実はないのだと、リリアーナに……そして震えるネフィに言い含めるように。
発言が真実か否かを確かめる術はない。
モンストロは本心で『推測』を語っている。
同時に曖昧な表現を併用した。
ネフィが反論する事もなく、この場でリリアーナが深掘りをする事はできない。
「ただ、稀にいるんですよ」
「何がでしょう」
「私の副業を気に入らない方々です」
モンストロは頬杖をついて嘆息した。
「
「さあ……私には何とも」
リリアーナは知らない。明日は我が身であると。
モンストロは知らない。両名が来襲していると。
知らぬが仏と先人は宣う。実に至言である。
数度注がれた茶器が空になる。
それだけリリアーナが会話に意識を割いていた証拠だった。モンストロも同様かもしれない。
彼女はホスト側としての自覚でおかわりを供したが、断りを挟んで会話を遮らなかったからだ。
「私からの説明はこんなところでしょうか」
「まだ理由を聞いていません」
「そうでした。なぜ彼女を
「どうしてネフィを
両者は互いに沈黙する。先に静寂を破ったのは、やはり語り手のモンストロだった。
「知りたいですか?」
「そう言っています」
「……本当に? 後悔するかもしれませんが」
「くどいです」
リリアーナは俯いて震えるネフィの肩を抱く。
「どんな事情や背景があろうと――この子が私の娘である事に変わりはありません」
「……!」
「そして同時に、私がネフィの母親である事は何が起こっても変わりません」
「ママ……」
モンストロは微笑んだ。
直前までと異なるそれは……美しいものを見た、それゆえに自然と浮かんだ表情だった。
「結婚祝いです」
「は?」
リリアーナは自分の耳を疑った。
この女、今なんて言った。
「ですから結婚祝いと。古い友人が良縁に恵まれたと聞きましたので。ティアンと<マスター>の間に、と考えると難しい壁がありますからね」
「ケコーン……?」
「結婚ですね」
「だれと……だれが……??」
「貴女と
「???」
しばらくの間、リリアーナは宇宙になった。
「……違いますけどぉ!?」
◇◆◇
“伯爵”は約定を交わし、客人を見送った。
側仕えの男から見て彼女は上機嫌だ。
何が気に入ったのか分からずじまいであるが。
「ここを引き払う事になりますね」
「よろしいのですか?」
「約束ですから」
戦闘の停止という一点で双方は合意を得た。
無駄な流血を望まないネフィの要望を、戦う理由に欠けるリリアーナが通した形である。
“伯爵”としても徹底抗戦を掲げる意味がない。本人の認識は野盗に襲われたようなものであるからして。
「些か惜しい気持ちはありますが。この砦は秘匿性が高いので重宝しました」
「また戻って来れますか」
「難しいでしょう。原形を留めていれば考えます」
なにせ監視機器が伝える上層の惨状ときたら。
破壊! 混沌! 無秩序! ファイヤー!
小規模な世界の終わりで黙示録である。
どうして屋内で絨毯爆撃するんですか?
百を超える隕石とかふざけてるだろ。
極め付けは、互いに潰し合う侵入者にくたばる気配が微塵もない点だ。
“伯爵”の手勢が優っているのは数のみ。
無双ゲームの雑兵より簡単に吹き飛ぶ光景を見たら、対抗策を考える方が愚かだった。
「では直ちに撤退の指示を。警備は離脱させ、避難は非戦闘員から順に行いましょう」
「不要です」
「……今なんと?」
男は耳を疑った。
「稼働中のホムンクルスは全て放棄します。ジュエルに一人ずつ格納していたらキリがありません」
“伯爵”は最下層に繋がる扉をくぐる。
「大変心苦しいですが所有権を抹消しました。これで彼らは誰のものでもありませんから、何をしようと、
「お待ちを。彼らは命令で砦の警備を……それに、戦う術のない者達はどうすればよいのです」
「貴方の采配に任せます」
減った分は補充するとして、凖<エンブリオ>の生産ラインも順調に整っていると聞きます……でしたら何個か失っても問題ありませんね、と。
“伯爵”は手勢を使い捨てる判断を下した。
大胆な取捨選択を協力者が聞けば「そいつぁ
「<エンブリオ>を回収したらログアウトしますので」
「“伯爵”様ッ!」
男からすればたまったものではなかった。
死地に立つ部下は大事な戦友である。
何も知らず居住区で暮らす者達は家族である。
だというのに、これでは。
奴隷や素材として売り買いされるのですらなく。ただ無駄死にするために生まれてきた事になる。
そんな結末はあまりにも。
「彼らを……見捨てるのですか」
「心証の悪い表現はよしてください」
研究棟の地下最奥部、深層。
ホムンクルスの製造プラントを設置した区画にて。
“伯爵”はくすりと口元を押さえた。
「違いますよ――
彼女にとってのソレは人間の代替物である。
だからといって同列に扱う訳ではない。
ロボットやゲームのNPCに近しい立ち位置。
人の形をしているが、明確に異なる存在として。
「貴方もです。【怪物王】モンストロ」
“伯爵”モンストロは<
【創生器 フランケンシュタイン】。
そう銘打たれた無数の水槽には、【怪物王】と同じ顔のホムンクルスが浮かんでいる。
「デザインされた先天性の【怪物王】。
就職条件が困難な【怪物王】だが、ホムンクルスを大量生産できる“伯爵”は容易に量産できる。
最初から肉体を改造した個体を生産すればいい。
肉体をデザインするためのパーツは他の個体を解体する事で工面できるのだから。
どこまでいっても彼らは道具に過ぎない、と。
彼女は当たり前のように被造物を諭す。
「では、後はよしなに」
「――お前はァァァァァァァァ!」
激昂した【怪物王】が“伯爵”に飛び掛かる。
感情任せの弑逆だが成功の目はあった。
戦闘系前衛超級職と、生産系の上級職。彼我のステータスの差は明らかである。
致命の一撃を【怪物王】は与えた。
そして致命であるがゆえに【ブローチ】が発動。
“伯爵”は<エンブリオ>と共にログアウトする。
「……ッ!」
一人残されたモンストロは歯噛みする。
自分が何をすべきか。何ができるのか。
皮肉な事に、今の彼には『自由』があった。
解き放たれた怪物は――戦場に身を投じる。
・リリアーナ
おめめぐるぐる。かわいいですね。
・アイ
リアル年齢で生後一年。
・“伯爵”
元カドモン王国特別宰相。爵位は買った。
【フランケンシュタイン】
TYPE:プラントフォートレス。
フラなんとかのお約束。