No Orphan's Sky ~異世界オルガ外伝~   作:Easatoshi

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第37話

 翌日、日の登り始めていた早朝の時間帯。 荒れ狂う砂嵐に襲われた昨日とはうって変わり、近辺は嘘のように穏やかな日の出を迎えていた。 そんな日の光を背に佇み、アウトポストを包み込むような大きな影を作っていたホロターミナスのタワーを、ビスケット達はその頂点を目指して足を進めていた。

「はあ、はぁ……す、素直にジェットパックで飛び越せば良かった、かな?」

 ビスケットは、頂上に続くハシゴを登り切った後で膝をついて力なく項垂れた。

 上を目指す唯一の通路である、塔の周囲を回るささやかな廊下と長いはしご、後者を上るのにビスケットは体重が祟り息を上げる有様だった。 それなりに身体の中は鍛えているが、やはり肥満体型の部類に入る彼の肉体は、重力に逆らい続けるのに向いていないようだ。

 それもあってか、一方で先にタワーを上ってきた他の面々は平然としている。

「……ビスケット君大丈夫? 膝とか痛めてない?」

 見かねたみほが身を屈めて手を差し出してやると、ビスケットはそれを丁重に断わった。

「だ、大丈夫。 自分で立てるから……あ、ありがと!」

 みっともないところを見せてしまったと、ビスケットは恥ずかしそうに頬を掻く。

 彼女らとて鍛えている立場だとは言え、同じ環境に居る大の男一人がへばっているのは格好がつかないと、ビスケットは内心反省した。

「まあ、兎に角タワーの頂点にはついたみたいだし……」

「天気の良い内に通信しちゃいましょう!☆」

 シャルロットの言葉を、ペコリーヌが引き継いで右腕を高々と掲げた。

 

 

 

 今から行おうとしているのは、昨日のイサリビに通信を試みたアルテミスとの再度の交信。

 ビスケット達は昨日のタカキ達とのやりとりの後で、もし明日天候が穏やかで磁気障害が起きにくい状態が続いていたなら、目的の一つである通信途絶したアルテミスとのコンタクトを試みる事に決めていたのだ。

 そして今日起きてみたら運良く快晴。 この星では昨日のような磁気に乱れを伴う砂嵐が何時また発生するか分からないからこそ、皆は絶好の機会だとして通信塔を慌てて登っていたのである。

「さあ、皆少し離れてて。 アドレスは確保してあるから僕が操作する」

 ビスケットは皆を下がらせ、ホロターミナスの端末を操作し始めた。

「ここをこうして……これで良い筈だけど――――」

<ホロターミナスを起動... 複数の発信源を利用可能>

「ビンゴ」

 端末からの無機質なアナウンスが告げる利用可能の一言に、ビスケットは口角を吊り上げる。

 そしてアルテミスの以前の通信ログに記録されている周波数を打ち込むと、彼はホロモニターの表示にしたがって通信タワーの出力を増幅する。 するとタワーに内蔵された強力な発信器が、アルテミスの周波数に対し信号を送った。

 

 

 

<一致信号を検知>

 

 

 

 束の間を置いて、ホロターミナスの端末……その背後にある大きな台座から、細長い楔のような機材が飛び上がり、傘を開くように光を台座の上に投影する。 直後、つい先刻通信途絶により姿を見失った大きな黒い目を持つ宇宙人……トラベラー・アルテミスの立体映像が、淡い光を伴って表示された。

「やった!」

「繋がりましたねビスケットさん!」

 歓声を上げる仲間達にビスケットは親指を立て、姿を現したアルテミスの立体映像に一歩、二歩と足を進め、アルテミスの映像のすぐ前に立って問い掛けた。

「アルテミスさん、これで心置きなく話が出来ますね」

 ビスケットは、皆を代表するような心持ちでそう語り掛ける。

<誰だ kzzkkt 誰なんだ? ……おお、またあなたか、そうだろう? 本当に、現実に存在するんだな? あなたは夢でないのだな?>

「ええ、僕達はハッキリとここに居ますよ? ……映像越しで伝わりにくいですけどね?」

 ビスケットはおとぼけたように、しかし友愛の精神を持って、そう答えてみせた。

<おお……>

 その答えを聞くと、アルテミスは感極まったように声を漏らした。

 しかしすぐに彼は神妙な顔つきに戻ると、ホロディスプレイ越しにビスケットを見つめながら静かに語り始めた。

<すまない、ここでは考えることが難しい。 何かがおかしいんだ kzzzkkt 

 アルテミスとのやりとりはノイズ混じりではあるが、何とか成立している。

 ビスケットはそんなアルテミスの様子に、少し戸惑いつつも次の言葉を待つ。

<やろうと思えば、マシな現実を捏造することはできるのだ。 だからあなたは夢かもしれないと思った。 すまない、自分以外の存在の声を久しく聞いていなかったのでね。 エクソスーツのスピーカーを切ってからずっとね。 なんて恐ろしいことをと聞かれたよ……>

 どうやら相当な間、他人との接触がなく孤独に苛まれていたようだ。 虚構と現実の境界線があやふやになりかけているようにも思えるアルテミスの物言いに、ビスケットは同情を禁じ得なかった。

 

 改めて、ビスケットはアルテミスに問い掛けた。

「貴方は何者なんですか? アルテミスさん。 僕達は貴方がナーダさん達の友人であるという事しか知らない」

 アルテミスは何も言わずに微笑むと、少しの沈黙を挟んで答えた。

<私は君や……君の後ろに居る仲間達と同じだ。 君達はトラベラー、宇宙を旅する者だろう?>

「……? まあ、仲間達を探して旅をしていますが、分かるものなんですか? そう言うの」

 疑問符を浮かべるビスケットに、アルテミスは言葉ではなく、あるビジョンをビスケットに見せつけた。

 

 アルテミスの隣に映し出される暗闇のような映像――――

 

 赤い星、はかない世界。 銀河の果てまで散らばった生命、星々を求める人物の最初の息吹。

 そして、深紅の虚空にまどろみ世界の夢が訪れるのを待つ自分自身……。

 

 頭の中で言葉にしてみるものの……抽象的にしか表現出来ないその映像にビスケットは、困惑と同時に意識が奪われるような錯覚に陥る。 だが、同時に暗闇の中からある声が聞こえてくる。 ビスケットは浮いたような感覚の中で、その声に耳を傾けてみた。

 

 

 

 

 

<■■ アノマリーを検知 ■■ 指定:トラベラー

 

 

 

 

 

 

「うわぁッ!!!!」

 ビスケットは咄嗟の判断で跳び退き、そして尻餅をついた。

「ビスケットさん!?」

 見かねたスペシャルウィークが飛び出し、慌ててビスケットを介抱する。 背中を擦られ、跳ね上がる心拍数を宥め尽かせようと息を荒げるビスケットの、まどろみかけていた意識が一気に覚醒した。

「今のは一体……?」

 極度の緊張から独り言をごちるビスケットに、アルテミスは意に介さない様子で語りかける。

<たった今君に見せたもの……それはすでに君達の中にある。 私達は皆この記憶を持って生まれる、たとえそれを失った理由を知らないとしても>

 ビスケットの息がようやく整ってくる……アルテミスは続けた。

<私達はトラベラーだ。 3種族のいずれでもない、世界の発見者だ。 自分が他とは違うと認識するのに、どれくらいの年月を要した? 目覚めた瞬間から、君達は何かを感じ取った筈だ。 私と同じく>

 そもそもが異世界の人間だから……そう言いかけたが、含みのあるようなアルテミスの言い回しに、ビスケットは黙ってアルテミスの次の言葉を待つ。

<ここに流れ着く前、私は自分の種族を探す旅を続け、 kzzzttt 遂に巡り合った。 君がこの信号を発見したのは偶然ではない……教えて欲しい>

 聞きに徹していたビスケットだったが、ここに来て不意にアルテミスに問い掛けられた。

<例の墜落した宇宙船のデータログはまだ持っているか?>

「アタシが持ってるわ」

 名乗りを上げたのはキャルだった。

「ドタバタしてて皆に渡すのすっかり忘れてたけど、テイオーやオルガとデータを共有してたのよ。 あの中にはマインビームの設計図も入ってたから、テイオーが早速マルチツールの修理に使っていたわね」

「そっか、だからあの時……」

 身に覚えのないデータの話をされて内心焦ったビスケットだったが、キャルが当事者の一人でしっかりデータも確保していた事に安堵すると同時に、テイオーが回収したテクノロジーとやらで、スペースアノマリー内でマルチツールを更新していたことに合点がいった。

 こちらが何も言わずともキャルは一人テキパキとアルテミスに対し、墜落船のデータログをアップロードする。

 

<……装備品の殆どが損傷してしまった。 ただ独り、太陽のない世界を徒歩でさまよっている。 あなたの信号がどうして私に届いたのかは分からない>

 キャルがデータを送信すると、程なくしてアルテミスの声が返ってきた。

<しかしあなたが見つけた船……言うまでもないがそれはかつて、私が乗っていた船だ。 もしかしたら、どんな状況でも望みはあるのかもしれない>

 アルテミスの声色に、希望が彩られているようだった。 長らく望みのない状況を、たった一人で堪え続けてきた絶望感から解き放たれようとしているのだから、その喜びようは計り知れない。

「僕達で良ければ、出来る限りの協力をします。 何をすれば良いですか?」

 改めてビスケットはアルテミスに尋ねた。

<現在地がどこなのか、協力して探そう。 この星系の各地で『信号ブースター』を作ってくれたら現在井位置を特定出来るはずだ。 そうすれば私はこの奈落の底から脱出して、 kzzzkt 

 アルテミスは何かを言いかけたが、肝心な所でノイズが入ってしまう。

<――――あなたは求める答えの全てを手に出来るはず。 この提案をどう思う?>

 アルテミスは改めて、ビスケット達に質問を投げかけた。 どうやら、この提案に乗るかどうかを聞きたいようだ。

(……求める答えの全て……か)

 ビスケットにとっては仲間達と再会し、再び鉄華団の絆を返り咲きさえすればそれでいい。 求める答えなんて大層なものはない。

 

 ……その筈だったが、ビスケットの脳裏には先程アルテミスのビジョンで垣間見た、あの不可思議な現象が脳裏に焼き付いて離れない。 なんとも言えない謎が気になって仕方がないビスケットは、その現象への答えも欲し始めていた。

 決して、見返り欲しさにアルテミスの提案に乗っかろうとしている訳でない。 あくまで知り合ったナーダ達への義理、そして目の前の窮するアルテミスを救いたいという善意からだ。

 

 だからビスケットはあくまでよかれと言う気持ちを第一に、アルテミスの提案に乗っかることとした。 謎の答えもついでに手に入れられるなら。

この決断が正しいかどうかなんて分からないけど……今はやれる事をやるしかないんだ……!そう自分に言い聞かせたビスケットは意を決して口を開く。

 

「僕達鉄華団は、困っている人を見過ごせませんよ。 協力します」

 ビスケットからの模範的な回答に、アルテミスは至極満足したように感謝の言葉を述べる。

<感謝する、トラベラー・ビスケットよ。 君は私の命の恩人となるだろう。 君は私を見つけだすのだ>

 

 そして、ホロターミナスの端末から電源が落ち、アルテミスの姿は再び虚空へと消えた。

 それと同時に信号ブースターなる機器を設置すべきポイントが、ビスケットを始め全員のエクソスーツの端末に転送された。

「全部で3カ所……いずれも極端に離れている場所じゃないね」

「これくらいなら、僕がISで飛んでいって先に機械を設置してしまうって言うのも――――」

 シャルロットが率先してISで飛んで、然るべきポイントにブースターを設置してくると提案したが、タワーの頂上から太陽の昇る方向へ何気なく目をやった瞬間、その言葉を全て言い終わることなく口をつぐんだ。

 

 何故ならその方向からは、再び例の砂嵐が近づき始めていたからだ。

「……またかぁ」

 仄暗い砂嵐の中に弾ける閃光の嵐は、まるで雷雲のよう。 それは再び、あの荒れ狂う洗礼がビスケット達に迫り来る未来を物語っていた。 シャルロットを始め多くのメンバーがは出足を挫かれて不貞腐れるようだったが、対してみほ達戦車道の面々は動じた様子は見られなかった。

 それどころか、どこか得意げな様子さえ見せている。

「心配しないで。 皆、こういう時こそ――――」

「我々あんこうチームの出番でありますよ!」

 みほや優花里達が一斉に軍隊式の敬礼を見せつけ、みほの号令の下あんこうチームの面々が動き出した。

 

 

 

 

 

 数分後、急いでホロターミナスのタワーを降りたビスケット達はみほ達の言葉の意味を、先んじて基地に転送されていたエクソクラフトの存在を持って知ることとなる。

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