No Orphan's Sky ~異世界オルガ外伝~ 作:Easatoshi
エクソスーツのバイザーに液体のような何かがしたたる音が、ビスケットの耳をくすぐった。 暗転した意識がゆっくりと覚醒していく。
いったい自分はどれだけの時間気を失っていたのだろうか。
何度となく繰り返した疑問を今一度脳内で巡らせつつ、彼はゆっくりと目を開いた。
「ここは……?」
彼が意識を取り戻したのは暗がりの、しかし天井の所々の隙間から光の差し込んだ、かなり広い鍾乳洞のようだった。 すぐ側は崖っぷちで、遠くに目をこらしてみると地下水脈……というよりは地底湖が広がっているようで、乾ききった地上とは異なってかなり湿り気を帯びているようにも見えた。
うつ伏せに倒れていたその体を起き上がらせようとした際、彼の脳裏には気を失う前の記憶が蘇ってきた。
(そうだ……あの時……ッ!?)
ビスケットは思い出す。 地割れに飲まれた際、機体は共に流れ込む砂や破砕した砂岩に何度も叩き付けられ、遂には空中分解してしまった記憶を。 その際に仲間達が散り散りにななってしまったのではなかったか。
今の彼は、見たところ五体満足で済んでいるようだが……果たしてここはどこなのか?
ビスケットは辺りを見渡してみると、彼の直ぐ後ろには見るも無惨に破壊されたエクソクラフトがそこにあった。 幸い、ホイールにサスペンション、それとエンジン周りとシャーシは無事ではあったが、そこから上のガワの部分は綺麗さっぱり失われてしまったようだ。
「これは酷い……こんな砂漠でオープンカーになってしまうなんて笑い話にもなりゃしない。 ……皆は無事だろうか?」
一体ここはどこで、仲間達はどうなったのか? 疑問と共に徐々に記憶が蘇ってくる中、ふと耳に流れ込んでくる何かの音が聞こえてきた。
「――――なーーー!! 皆あぁぁーーーーーーー!!!! 返事してくださあああああああああい!!!!!」
「この声は!?」
洞窟内に残響する少女の声、スペシャルウィークのものだ!
「――――ぺ!? スペなの!? 僕はここだよおおおおおおおおおお!!!!」
「シャルロットも! おーーーい!!!! 俺はまだ生きてるよーーーー!!!!」
両の耳に残るスペシャルウィークとシャルロットの声を頼りに、ビスケットは崖の側に立って叫ぶ。
幸いにして開けていたその洞窟の中にあって、彼の眼に二つの影を捉えることはそう難しくはなかった。
少し離れた所にスペシャルウィークとISを展開するシャルロットがそこにいるのを、彼はすぐに見つけ出した。
「ビスケットさん!」
「無事だったんだね! 怪我はしてない!?」
スペシャルウィーク達もこちらを見つけたようで、大手を振って存在をアピールしてくる。
「僕は大丈夫! だけどエクソクラフトが大破してる! 2人共こっちに来てくれないか!?」
「わかった! 行こうスペ!」
「はい!」
シャルロットはISの腕でスペシャルウィークを抱えてやり、共にこちらに向かって飛んできた。 どうやらこの地下水脈では機体のトラブルは発生しないようだ。
「ISの機能に問題はないみたいだね」
「外みたいに磁気嵐は出てないから。 ……で、これが僕らの乗ってきたエクソクラフト、かぁ」
「うう、見事にタイヤから上が無くなっちゃってますね……」
シャルロットとスペシャルウィークは、重々しい外装の取っ払われたエクソクラフトを見て、自分達の巻き込まれた地割れと転落が如何に凄まじかったかを、げんなりとした面持ちで思い知る。
ビスケットもこれには溜息をつくしかなく、その残骸を前にして肩を落とした。とは言えここで落ち込んでいても仕方ないのも事実で、彼は立ち上がると2人に告げた。
「……こうなったら仕方がない。 一刻も早く残りのメンバーを探してここから脱出しよう」
「そうだね。 まずはどっちに行けばいいんだろう?」
シャルロットは改めて周囲を見回してみるも、そこはただただ地下水脈の広がる湿りきった洞窟といった雰囲気で、どちらに進めばいいかなど皆目見当もつかなかった。
「でも、地下にこんな大量の水脈があったなんて驚きですね。 水もかなり青く透き通っててキレイですし……」
「局所的には大きな湖か海も確認出来ていたし、ひょっとしてあの雷の伴う砂嵐ってこれが原因だったりするのかも知れないね」
地上こそ荒れ果てた大地が広がるイトゥチ/97の地表であるが、地下に潜れば気温も低く水資源も豊富に思える。 もしかすると、乾燥した空気ながら動植物が生きていけるのも、この地下水脈があってこそなのかも知れない。 水気がなければ成り立たない、あの雷を伴う砂嵐が頻繁に発生するというのも頷ける話だ。
辺りを見渡す3人だが、ふとスペシャルウィークの耳が何か物音を捉えたようだ。
「……この音」
「何か気付いたのかい?」
彼女の表情の変化に、何かを察したビスケットが問いかけると、スペシャルウィークは頷いた。
音のした方を指差してみると、それは直ぐ向こう側の対岸にあった。 崩れた岩石が積み重なっている、恐らくは地殻の崩落によって形成された石の山が確認出来た。
「気のせいかも知れないですけど、さっき石が崩れたような音が聞こえて……」
「まあ、あれだけ派手に崩れたら……ね「! ちょっとまって! あの崩れた岩石の中から反応が!」
シャルロットのハイパーセンサーが何かを捉えたようだ。 直ぐにそれを分析してみると、それはシグナルのようだった。 そしてその識別信号を見た瞬間、慌てた様子で彼女は叫んだ
「大変だ! ペコリーヌとキャルがあの中にいる!」
「まさか崩落に巻き込まれたって事ですか!?」
「皆! 行こう!!」
2人の安否を確かめるために、3人は急いで駆け出した。 崖をジェットパックで飛び越え、崩落した岩石の山の前にたどり着く。 ビスケット達は揃ってマルチツールを取り出し、それを山のてっぺんに向ける。
「上から切り崩していこう!」
ビスケットの声に2人が首を縦に振る。 これだけの質量に下敷きにされているとなれば、最悪を覚悟しなければならない。 戦々恐々とした面持ちでマルチツールの発射モードを『地形操作機』に切り替え、崩れた岩石を見る見る内に切り崩していく。
なだらかになる山と裏腹に心拍数は上がるが、崩れた岩石は瞬く間に小さくなり、やがて2人のエクソスーツを纏った少女の姿がそこに現れた。
「ペコリーヌ! キャル!」
五体満足な、しかしキャルと彼女を庇うようにして倒れているペコリーヌの姿だった。 いの一番に介抱氏に駆け寄ったのはスペシャルウィークだ。 ペコリーヌを横に寝転がし身体を検める。
「怪我はしていないみたい……」
二人の胸元に耳を押し付けるようにヘルメットを近づける。 ペコリーヌと次いでキャルを同様に検め終わった時、スペシャルウィークは安堵したようだった。
「大丈夫! 気を失って眠っているだけみたいです!」
「スーツの
シャルロットの問い掛けにスペシャルウィークはOKサインを出す。
「問題ありません! お二人のスーツ自体の危険防御機能や生命維持装置もOKです!」
「……良かったぁ」
ビスケットとシャルロットも、ようやく安堵のため息をついた。
スペシャルウィークがキャルを、シャルロットがペコリーヌを背負い、先程のエクソクラフトの残骸があった場所まで引き返す。 気を失った2人をエクソクラフトの側に横にしてやると、これからの方針を話し合った。
残りのメンバー……あんこうチームの面々をこの広大な地下水脈から探し当てるのに、機動力のあるシャルロットとスペシャルウィークが自ら立候補した。 自分もそうしたいと思うビスケットではあったものの、子と身動きを取るという面で2人にかなうはずもなく、気絶したペコリーヌ達の介抱やこのメンバーで唯一可能なエクソクラフトの修理を行えるのはビスケットしかいないという、文字通り選択の余地のない判断が下されたのだ。
未だ目を覚まさない2人の頭を優しく撫でた後、ビスケットはシャルロット達に向き合うと、ぺこりと頭を下げた。
「2人共、宜しくお願いするよ」
「うん。 留守番ヨロシクね」
「何かあったら連絡を下さい! でも、無線の調子は相変わらず良くないみたいですけど」
「あ。 できればあんこうチームを見つけた際には、ひょっとしたら向こうもエクソクラフト壊れてるかも知れない。 そうなった時は可能な限り部品を回収してくれ。 ひょっとしたらニコイチ整備が出来るかも知れないから」
「わかったよ。 それじゃあ、行ってくるね!」
そう告げると、シャルロットは地下水脈を飛んでいき、スペシャルウィークは崖を滑り落ちた。 この洞窟内は電波を反響しやすいようで、あまり入り組んだ場所に入ると無線が通じにくくなる。 なので一応2人には即席の無線機のブースターを用意してやり、定時連絡を欠かさないように伝えてあるが、それでもビスケットの内心は彼女達が心配であった。
それに、この鍾乳洞の奥にいるであろう他の面々も同様に……。
「頼んだよ2人共。 よし、俺も頑張ろう!」
一抹の不安を拭うように、ビスケットも己の仕事……エクソクラフトの可能な限りの修理を始めることにした。
<こちらは異常なし。 あんこうチームを発見出来ず、スペはどう?>
「こちらスペシャルウィーク。 私も同じです……それよりもシャルロットさん。 この地下水脈、所々流れが速いですね」
スペシャルウィークは地下水脈の側を歩きながら、その水が思いのほか速く流れていることに驚いていた。
先ほどの開けた地下水脈から少し入り組んだこの場所は、わずかな日の光も入り込んでおらず、唯一マルチツールに内蔵されるフラッシュライトの光だけを頼りに足を進めていた。 強い光に違いは無いが、この広大なダンジョンを歩き回るにはそれでも心許ない気分だった。
<湧き水や高低差もあったりするからね。 気をつけて、足を滑らせて落っこちたら袋小路に嵌まって――――なんてこともあり得るからね>
「!そうなったら溺れちゃいますね……気をつけます!」
シャルロットとの通信を切り、スペシャルウィークは改めて足元を見やりながら歩く。
しかしよくもまぁここまで複雑に絡み合った通路だこと……鍾乳洞というものがここまで複雑な代物だとは彼女は知らなかった。 地球の鍾乳洞もこんな感じなのだろうか、などと益体もないことを考えながらゆっくりと進む。
スペシャルウィークは足を取られないように水に飛び込まないように、特に速くなっている部分は避けるようにしつつ、あんこうチームの捜索を急いでいた。
(まさか、川に落ちて流されたりとかしていませんよね?)
そうだとしたら、この広大な地下水脈の中を探すのは相当に骨が折れそうだ。 十分考えられる可能性に不安を感じるも、けれど彼女は気丈にも弱音を吐くことなく歩みを進める。
(いえ、きっと見つけます! 仲間を見捨てる訳にはいかないもの!)
そう意気込むと、スペシャルウィークは水の流れに沿って真っ直ぐに進んでいくことにした。
流水の音と暗がりで水も滴る鍾乳洞の壁面だけが続く光景に、次第にスペシャルウィークは不安を感じ始めていた。
そして何より、先ほどのワームがまだ暴れているのかしれないが、わずかだが洞窟内に微細な揺れを感じ取り、時折天井の一部や鍾乳石が崩れて落ちてくる様子が見える。 あまり岩盤が丈夫でないのかもしれない。
仲間を探す為だと自分に言い聞かせながら歩く彼女だが、こんな状況ではやはり心細くはある。
「……っ、大丈夫。 きっと皆無事でいるはずです……!」
弱気になる心を叱咤しながら、前へと進む。 仲間達は無事だ、必ず皆で帰れると自らに言い聞かせながら歩いていると、前方に開けた空間が見えた。
「……あれは?」
空間は少し広い水たまりになっており、中心の辺りに岩が隆起しているようでそこに目を凝らしてみると、その隆起した岩の部分に見覚えのある人影が見えた……白と緑のカラーリング、バックパックに鉄華団のマークが入ったエクソスーツを身に纏った、体格や背格好は自身とそう変わらないその姿がうつ伏せになって倒れている。
仲間だと確信したスペシャルウィークは近づいて肩をつかみ、仰向けに寝かしてやる。 バイザーから見えたその顔はまさにそのあんこうチームのリーダー、西住みほの姿だった。 介抱しながら辺りに目をやるが、他の仲間達の姿は見当たらない。 水辺に伏せていたところを見るに、どうも彼女は地割れに飲まれた後流されたようで、同時にそれは彼女らのエクソクラフトもただじゃすまなかったことを確信する。
軽く分析をかけてみると、ぶつけた衝撃なのかスーツの生命維持システムに一部故障があるようだが、彼女自身に外傷らしき形跡は見当たらない。
「みほさん、私です! スペシャルウィークです! 目を覚ましてください!」
肩を軽く揺すり、彼女の目を覚ましてやるスペシャルウィーク。 呼び声に反応してか、みほの目がゆっくりと開いていく。
「……スペちゃん? ここは……」
「よかった、気がついたんですね!? 皆地割れに飲まれてこの地下鍾乳洞に落ちたんですよ!」
「!」
みほは慌てて立ち上がる。 彼女もまた、落下した瞬間の記憶が一部飛んでいたようで、スペシャルウィークからの呼びかけによってそれを悟ったようだ。
「そうだ! エクソクラフトがバラバラになって、皆が――――痛ッ!!」
立ち上がろうとしたみほだが、右足をひねったようにしてバランスを崩し、水面に派手に飛沫を上げて着水する。
「みほさん!? ――――まさか!!」
倒れたみほの前に座り込んで目線を合わせると共に、歩行に異常を来したであろう右足に触れてみる。
「ッ!!」
みほの表情が苦痛に染まった。 やはり、と言った面持ちでスペシャルウィークは語る。
「骨は折れてないみたい……捻挫したのかもしれません」
捻挫と聞いた瞬間、みほが反射的に右足を動かそうとしたため慌てて制止する。
無理に動かしては更に悪化してしまう可能性があるからだ。 それを察してか、みほは申し訳なさそうに俯くと小声で呟くように謝った。
「私が背負います。 みほさんは無理に足を動かさないでください」
「ごめんねスペちゃん……あんこうチームの皆を探さなきゃいけないのに」
スペシャルウィークはみほを背負ってやると、特に重量を気にすることもなくすんなりと立ち上がる。 みほもなすがまま、スペシャルウィークの背中に体重を預けた。
「背中、おっきいね」
「えへへ♪ ウマ娘は皆そう言われるんですよ――――おっと」
スペシャルウィークの無線機に通信が入る。 シャルロットからだ。
<こちらシャルロット! スペ、あんこうチームの皆を発見したよ! だけど――――>
<スペ殿! みほ殿の姿を見かけませんでしたか!?>
不意に優花里の大声が割り込んできた。 思わずスペシャルウィークは耳鳴りに顔をしかめるが、どうにか応対を試みる。
<落ちた際にエクソクラフトが破壊されて、メンバーが散り散りになってしまったんです! 幸い皆は近くにいて、エクソクラフトの前に集合していたところでシャルロット殿に発見されたのですけど、みほ殿だけが……>
「こちら西住みほ……優花里さん。 私は無事だよ?」
背負っているみほが代わりに応対すると、無線機の向こうで歓声が聞こえてきた。
<丁度スペちゃんに救助された所だったの。 だけど足をひねっちゃったみたいで、今スペちゃんに背負われてるところ>
「ひどい怪我じゃないみたいですけど、スーツが故障してるみたいで生命維持システムによる治癒は望めなさそうです。 なのでみほさんをおぶったまま、これからそちらに向かおうと思います!」
<了解! 下手に動かない方がいいし、こっちは待機しておくよ>
通信を切ろうとしたスペシャルウィークだが、不意にその手をみほが静止した。
「シャルロットさん、エクソクラフトはどうなったかな?」
<ひどい状態だよ。 シャーシ周りはぐしゃぐしゃでとても直せそうにない……でも、上半分だけは生き残ってるから、ビスケットの所にある残骸とならニコイチ整備できるかもしれないね>
「よかった。 1台でも組み上げられるなら何とか……じゃあ、すぐにそっちに向かうね?」
<気をつけてね……この洞窟、何だか嫌な予感がするんだ>
「分かってます……通信終わり」
通信が切れると、スペシャルウィークは改めて気を引き締める。
無事に仲間達と合流してここから脱出するまでが、自分達にとっての正念場だ。
そう思いながら彼女は暗い洞窟を再び歩き始めようとした――――その時だった。