SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部   作:大野 紫咲

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サヤコとムラサキの前に、突如として立ちはだかるニレ。
状況は劣勢で、彼の言いなりになるしか脱出の手立てはないと思われたが……?


1-6 叛逆

「やっとの事おでましかい? こっちはとうの昔に待ちくたびれたっていうのに、わざわざ連れ戻しに来てやったボクを待たせるなんて、いいご身分だね」

「あなたは……!」

 

 隣にいたサヤコさんが反射的に体を硬くするのを感じ取って、私は手で制しながら思わず一歩前に出た。

 ひらりと、廃車のような車の屋根からボンネットに、ひらりと舞い降りた少年の姿がある。オーバーサイズのフーディーを羽織った、銀髪に冷たい目をした天使と見紛うばかりの美少年は、しかし私のよく知る顔だった。もちろん、その本性も含めて。

 

「あなたは……ニレ、でいいのかな?」

「うん。それでいいよ。体細胞や性格や行動様式をコピーした、限りなく元のあいつに近い存在、と言うのが正確なところだけどね。さっき、そこの人形がそうキミに漏らしたんだから、知っているだろう?」

「!? トンネルの中での会話も、聞いて……!?」

「でも、この(・・)ボクに名付ける者なんていないし。そもそもボクの存在は誰にも知れ渡ってすらいない。

だったら、キミにとってはニレと、そう呼ぶのが自然だろう? ムラサキ。キミとこうして直接出逢うのは、この世界では初めてだね」

 

 神のような仰々しさで手を広げ、どこか恍惚としたようなその表情に、気持ち悪さを覚えながらも、私はニレの方を見上げつつ睨んだ。っていうか、精神性まで本体のものをコピーした人工知能なんだったら、こいつの中身は30そこそこのオッサンってことでしょ。普通に気持ちが悪い。まあ、もうすぐ30歳になるのに可愛こぶってヨハネさんにお熱を上げてる私が言えたことでは全くないけど、少なくともこっちはパートナーとしての同意がある上で成り立ってる関係だ。

 

(もし、ニレが持ってた植能もこのニレにコピーされてるんだとしたら……ストマクやパルスも、こいつの手元にあるってこと?)

 

 (ストマク)は、あらゆる植能の中で唯一、攻撃された際の「痛み」を引き起こす、厄介な弓矢型の植能だ。脈動(パルス)も、触れただけで活動を強制的に停止させられる、なかなかセコい植能。スタンさせられている間に襲われれば、危険なことに変わりはない。

 サヤコさんの腎臓(キドニー)で濾過する? でもキドニーは、相手の植能を無効化することはできても、攻撃技を持つ植能じゃない。防ぐことはできても、反撃の手段にはならない。私の子宮(ウーム)の新技も……安易にぶっ放すよりはギリギリまで取っておいた方がいいだろうし、もしコントロールが乱れて外したりしようもんなら、無駄に敵に手の内を晒しただけで終わってしまう。

 だとしたら……会話で気を逸らしてる間に、なんとか脱出を試みるしかないのか?

 というか、そもそもどこなんだ、ここは。

 そう思ってふと辺りの様子を伺った私は、さっきまで汚い色で塗り潰されていた空と、鉄道路線の変化に気が付いた。ところどころにじじっとノイズが走ったかと思うと、ぐにゃりと景色が歪み、山が見えていたはずの場所に、窓のようにぽっかり空間が開く。まるでこっちにある景色が表の絵で、それが剥がれて下にあった絵が出てきたかのように見えたそれは、一応は知っている場所だった。

 私より先に、サヤコさんがその異変に反応して叫ぶ。

 

「これは……廃線になったチューブの跡?」

「そう。ここは丁度、上の階層……表のセブンスコードと、裏世界の比較的浅い地下階層との境目。そこのバカな人形が変なところまで落ちてくれたお陰で探すのに苦労したよ。でもキミ達が自力でこっちに浮上して来ようとしているのを感じたから、ここで待つ事にしたんだ。この車さえあれば、都市伝説通り、ボクの領域へ主人公を攫えるからね」

 

 スニーカーの爪先でニレがとんとん、とボンネットを叩くと、蔦の絡んだ廃車だと思っていたそれは、瞬く間にエンジン音を鳴らしてヘッドライトを点灯させた。おんぼろに見えるが、動くのに支障はないらしい。

 つまり、たとえ攫われるフリでも何でもして、一旦その車に乗ってしまえば、表の世界に帰る算段はつくということだろうか。

 ニレが、車の上から私に向かって、優雅な仕草で手を差し出す。

 

「さあ、おいで、ムラサキ。キミはボクの貴重な実験体だからね。あんな凡庸な俗人どものいる場所にいるより、ボクがもっともっと刺激的な世界を見せてあげる。ボクに協力してくれたら、勿論キミを丁重に扱うし、キミの仲間にも手荒な真似はしないと約束しよう」

「それ絶対こっちが聞きたくないお願いされるやつだし、そう言って人質を手荒に扱わなかった人間多分いないよね?」

 

 何がおかしいのか、煌々としたレトロな灯りに背後から照らされながら、ニレはくつくつと楽しそうに笑っている。

 ハリセンボンのように膨れていることりを袖の内側に隠しながら、私は顎を引いて考える。

 

「……腹立つけど、今はあいつの言うこと聞くしかないのかな。あの車に乗らなきゃ出られないんだったら、とりあえず二人で乗って、表に近い場所にさえ行ってしまえば、ことりで運転手を気絶させて車をこじ開けるなり脱出のチャンスがあるかも……」

 

 小声でサヤコさんに言って一歩を踏み出した時。力強く必死に袖を引く感触が、私を引き留めた。

 

「ダメよ! ニレの言う『領域』は、表の世界のどこにも属さない、彼の支配下にある裏世界……! あそこまで行ってしまえば、あなたは絶対元の世界には……うっ!」

 

 それと同時に、針のような細い矢が飛んで来て、私の手を掴んだサヤコさんの手の甲に次々と突き刺さる。血を流してもなお、力の入らない手で私を尚も離そうとせずにいてくれるサヤコさんの手元に、更に小型のボウガンを向けようとするニレの攻撃を、私はとっさに着物の袖で防ぎながら振り返って叫んだ。

 

「ちょっと! 何すんの!?!?!? 自分の仲間に……」

「お喋りが過ぎるんだよ、この役立たずの人形は。ま、ここで殺すつもりだったから、いくら喋ろうともう意味はないけどね。この空間こそ、コイツの死に場所に相応しい」

「え……」

 

 冷たい眼光が、衝撃の表情を浮かべるサヤコさんの方へ、ちらりと射止めるように向いた。

 

「大体、ボクが『確保』して来いって言ったキミに、もう少しで手を上げるところだった。こっちは傷一つなく手に入れたいと言ってる目的物を、勝手に拉致った挙句殺そうとしたんだよ? そんな無能は要らない。ボクに使役されるだけの所有物の分際で、ボクの指示ひとつまともに聞けない、ただ中途半端に心を身に付けただけの、低級なロボット以下のガラクタだ。キミには失望したよ、椎名鞘子。オリジナルの代から、キミは本当に無能で、ボクの足を引っ張るばかりの無駄な存在だ」

「な……に言って……」

 

 一瞬、頭が真っ白になった。それってつまり、サヤコさんが私を殺そうとした独断行動も全てわかっていた上で、彼女を傷つけ処分するためだけに、ここまで泳がせていたってことか。

 あまりの言い様に思わず絶句してしまった私の前に、いつの間にか自動車から飛び降りたニレがいて、サヤコさんの眼前にボウガンの弓を突き付けていた。

 私も衝撃的だったが、仮にも慕っていた相手にこんな風に悪様に罵られて、サヤコさんの心境はいかほどのものだったろう。言葉を忘れたように見開いたその瞳から、滲んで溢れ出した涙が、うつむいた黒髪の下で頬の上を滑っていた。

 

「ご……ごめんなさい。あなたの役に、立ちたくて」

「キミの自己判断ってさぁ、本当に要らないお節介だよね。誰が大野紫咲を殺して来いなんてキミに頼んだ?こっちの意図を汲めないどころか、こっちの害になる事しかしでかせない無能なカスは、ボクの陣営には要らないんだよ」

「ぐっ……!」

 

 もはやボウガンの照準すら合わせず、その小さな手からは考えられない怪力でサヤコさんの首を掴んで締め上げたニレは、目の前の蛮行とは遠くかけ離れたにっこりとした顔を私に向けながら、晴れやかに微笑んでみせた。

 

「ああ、ごめんね、ムラサキ。すぐに始末するからさ。キミは二人でって思ってたみたいだけど、あの車に二人は乗せてやれないんだよ。乗るのはキミ一人だけ。こんな役立たずは、ここで処分して置いていこう。気にしなくていいよ、所詮こんな劣化版しか生み出せないコピーを、わざわざボクの技能を総結集してもう一度生み出そうなんて気にも慣れないし、ボクの助手にはもっと適した人形が……」

「う…………うっせーーーー!!!!!! サヤコさんを離せやこのボケが!!!!」

 

 叫ぶと同時に、グーパンが出ていた。パーじゃなくて。

 人の顔なんてリアルでも殴った事ないけど、柔らかな頬にボゴっといい音が響いた気がした。ボウガンの矢の先に毒でも塗ってあったらとか、こっちには武器がないのにとか一瞬思ったけど、そんな事は今の言葉を最後まで聞きもしないうちから、頭から消し飛んでしまっていた。

 膝を折ったまま咳き込んで噎せるサヤコさんの前に、今度こそ堂々と立ちはだかってから、私は地面に放り出されてぽかんとしたニレを見下ろす。

 

「さっきから聞いてりゃふざけんな!!! 人のことをガラクタだのカスだの、もう仲間なんて意識微塵もないんだろうけど、仮にも仲間だった人間にここまで一生懸命献身的に支えてもらっといて、もっと他に言うことあるでしょうが!?

無能無能って、それあんたが自分の思う通りに動かせない人間を勝手に無能呼ばわりしてるだけでしょ!? 部下が上司の言うこと聞かないのは、上に立つ人間が無能だからじゃん! 本当にカスで無能なのはそっちだよ!」

「ムラサキ……」

 

 もう、完全にブチ切れた。

 涙目で私を見上げながら立ち上がったサヤコさんの肩を、私は背が低いながらも、強引にぎゅっと抱き寄せてニレに言い放つ。

 

「そんなに要らない要らないって言うんなら、私がサヤコさんもらうからね!? そっちが要らないんなら文句はないでしょう!? あんたとの雇用関係も主従関係も今日っきり、これからはあたしの傍で味方についてもらうから!」

「むっ、ムラサキ……!?」

「もう、あんたのところになんかサヤコさんを帰らせない。そっちも裏切り者を体よく始末できてWin-Winでしょ!? だったらあたしに寄越しなさい! そんでもって、絶対二人でこっから出てってやる!」

 

 目を白黒させながら、涙を拭くのも忘れて私の傍であわあわしているサヤコさんが、何だか可愛かった。でも私は本気だ。

 あまりに開き直った決死の交渉をどう思ったのか、土を払って立ち上がってからも、ニレはまだどこか呆然としていたが、やがて壊れたように笑い出した。

 

「ははは……あっはっは……! そんな、人にも道具にもなり損なった出来損ないを欲しいだなんて……キミ、やっぱり面白いよ。ボクが狙うだけの価値はあるな」

「だから、出来損ないとか言うな!」

「ふふ……いいよ。それ(・・)はキミにあげる。元々、抜かれて困るほどの情報は渡してないし。……まぁ、そもそもここから生きて出られたら、の話だけどね?」

 

 そう言って、ギラリとした目で笑うニレに、思わず一歩後ずさったその時。

 不意に服の内側から投げられた閃光弾に、目が眩んだ。袖で覆った顔を上げると、さっきまであった車とニレの姿は、忽然と消えている。

 唖然とした私たちのいる、グラグラと崩壊しかけた不気味な空間に、犬の遠吠えとニレの高らかな声が響き渡った。

 

『もう、きさらぎ駅への迎えの車はない。代わりにボクの『迎え犬』を大量に放っておいてあげたよ。奴らのウロウロする山中で、せいぜい息絶えるまで彷徨うがいい!

ああ、勿論ムラサキの事は、ちゃんとヤバくなる前に迎えに行ってあげるから安心していいよ。それまで、出口を求めてその女とボロボロになりながら絶望する顔を、ボクはここでゆっくり見物させてもらうからさ』

「っ、趣味の悪い……!」

 

 どこまで気色悪いんだと思ったが、悪態を吐いている暇はなさそうだ。

 さっきまで山の遠くから聞こえてきていた鳴き声が、すぐ近くの茂みまで迫っている。暗がりに血に飢えた獣らしい光を湛えた目がいくつも灯り、こちらを伺いながら、じりじりと距離を詰めてくるのだ。

 バチバチと毛を膨らませて応戦する気満々のことりの傍で、私は警戒を張り巡らせながら、サヤコさんに叫ぶように問いかけた。

 

「サヤコさん、この怪異のこと何か知ってる!? 送り犬みたいな奴!?」

「ニレのデータベースで見た事がある……いわゆる送り犬の亜種よ。ただ、その逸話にも土地柄による特色があって、送り犬は人を守ることもあるとされているけど、迎え犬は人を襲うものだって、たしかそう書いてあったわ!」

「なるほど……戦闘特化の野犬かぁ。ちょっと面倒そうだねぇ」

 

 唸り声を上げ、涎を垂らしながら牙を唇の端から剥き出した野犬の群れが、じりじりと私たちを中心に近寄ってくる。大きさはあくまで中型犬程度とはいえ、随分と凶暴そうだ。

 

「噛まれるとマズいとかは……?」

「毒や狂犬病みたいなウイルスの類はなかったはず……でも、肉体も器官も普通の犬よりは発達しているから、噛まれたら軽いケガでは済まないでしょうね」

「だよねぇ……」

 

 私も、できれば噛まれたくはない。

 ことりが放った電撃に釣られ、それを追うように野犬の群れは走って行くが、獲物を見失うことはないようで、すぐに抜け目なくこちらへと戻ってくる。

 

(てことは、植能には反応するのか……)

 

 ことりの電撃は、私のウームと体の淫紋が起こす相乗作用のうちの一つだ。

 だとしたら、植能での攻撃は有効かもしれない。そうこうしているうちに、空に開いた窓から見えていた、外側の廃線の光景が、徐々にぼやけて小さくなり始めた。

 

「……! 向こうの世界との境目が閉じかけてる!?」

「ねえ、ムラサキ。ここの世界の気配が強くなってきてるってことは、あの犬は深層階の……きさらぎ駅側の世界に属する存在ってことじゃないかしら」

「たしかに、あの窓から見える階層にはいなかったね。ってことは、やっぱりこの世界を都市伝説に則って破綻させるしか、脱出する方法はないって事になるけど……」

 

 でも、車はニレが乗り逃げしてしまったし。だったらあとは、火……

 

(ん? そういえば、さっきサヤコさん、火を起こす方法があるって言ってたような)

 

 ふとそう思い出して見上げると、サヤコさんも同じ事を考えていたのか、真剣な眼差しで私の両肩を掴み、ぐっとかがみ込んだ。大人っぽい香水の匂いと、睫毛の長い憂いを帯びた綺麗な顔が急に近付いて、思わず心臓が跳ね上がる。

 

「わっ。さ、サヤコさん?」

「ごめんなさい……時間がないから、後で説明するわ。私には、これしか思いつかないのよ。……私を信じてくれたあなたに、全てを託すわ」

「サヤコさん……」

 

 氷の張ったような、黒く磨き上げられた瞳に見惚れていたせいで、理解が一瞬遅れた。

 気が付いたら、真っ赤なルージュを塗った大人っぽい唇に、私は自分の唇を奪われていた。

 

(……〜〜〜〜〜〜!?!?!?!? え、え!?!?)

 

 想定外の衝撃で、頭が殴られたようだった。

 やかましく唸り立てる野犬の声と、焦げた煙のような匂いと、それとはあまりにミスマッチな唇の艶かしい感触で、頭がパニックになる。

 

(ちょ、ちょっと待って。私なんでサヤコさんにキスされてるの?あまりの絶望的な状況に、サヤコさんヤケ起こしちゃった???)

 

 と、とりあえず元の世界に戻ったらいっぱいしていいから、今は諦めないで何とか頑張って考えてみよう!?!? と思いながらも、この他人を魅了する植能を持つ体は厄介なもので、いかなる状況下であろうと、気が付けば自分も相手も夢中になる程の甘い刺激が、全身を支配している。

 

「ふっ……ん……、サヤコ、っ、さ……」

 

 ふわりと甘い唇に応えるように口を開くと、やや急いた舌先が捩じ込まれて、器用に私の舌を絡め取っていく。そろそろ脚に力が入らなくなる、と思いながら、思わずその腕にぎゅっとしがみついた時、漏れた吐息の隙間から、サヤコさんが舌先に乗せて飴のような何かを差し出したのがわかった。

 

(何……?)

 

 口に入れられたそれを、疑問を挟む余地もなく、うっかり飲み込んでしまう。

 糸の引いた口先を離して、サヤコさんは崩れ落ちる私を抱き止めた。

 

「い、今のな……う゛っっ……! あっつ……っ!」

 

 直後、腰にじりっと、焼けるような酷い熱さを覚えて私は膝をついた。

 目の前が真っ赤になり、全身が炎の赤い光に包まれる。けれどそれは、焼けるような熱さではなかった。体感、インフルエンザでふらついている程度の熱だろうか。しょっちゅう体調を崩して熱を出している私からすれば、しんどいけど何てことはない。

 それより問題は……腰についた巨大なリボンのように膨れ上がる、幾本もの頭。威嚇するように唸りをあげたそれは、鞭のようにしなって私の前側に突進する。

 

(たしか、腰のあたりには、蛇の淫紋が入ってたはず……?)

 

 まだ、この紋様が司るウームの力は発動してなかったはずだ。

 何の作用か知らないが、それが顕現したのだろうか……と思っていたら、次の瞬間地面を抉るような衝撃と土煙が発生して、私は面食らった。

 

『な……っ!?』

 

 この場にいないニレですら、衝撃を受けたような声音を、闇に侵された空間の奥深くから思わず漏らしていた。初めて彼の声に、恐れのようなものが浮かんだのを私は聞き取った。

 

『サヤコ、お前まさか……っ、本体のデータからコピー出来た植能は一つだけだったはず……何故お前が!』

「私がこれを内側に飼っていることまでは、あなたも知らなかったでしょう。もしもの時のために、最後の手段として取っておいたのよ。まさかこんな形で使う羽目になるなんて、思いもしなかったけれど」

『貴様ァ……!』

 

 満足げに唇の端を上げたサヤコさんは、姿も見えないというのに憎々しげに吐き捨てたニレに向かって挑発的な表情を浮かべる。

 その開き直ったような強気な表情に、思わず息を飲むほど見惚れながらも、私は訳がわからないまま、土煙と共に現れて野犬を圧倒した主を見つめた。

 私の腰の淫紋は、蛇の模様のはずだった。先の細くなった尾は私の腰に繋がっているが、細長かったはずの体には棘の如く強固な鱗に覆われた胴体があり、四本の足が生えて大地を踏み締め、牙の生えた口を開けて炎を吐き出しながら威嚇している。

 燃え上がるトサカと飛び出た丸いギョロギョロした目玉を冠するそれは、どこからどう見ても、蛇ではなくトカゲだった。

 黒く細い瞳孔が、私達に応えるようにこちらを見る。目が合って、その神々しい輝きに息を呑みながら、私は呟いた。

 

「この子は……もしかして、サラマンダー……?」

「火を司るトカゲとして有名ね。蛇とも竜とも呼ばれるけれど。あなたの刺青が蛇だったのを思い出して試してみたわ。相性はまずまずだったようね」

『そん、な……ボクが認めるとでも思うのかいッ!? 植能同士の融合など、聞いた事がない! そんッな下等生物の持つ植能が……よりにもよってアドリナルが、出来損ないごときの策でお前の手に渡るなどッ!』

「アドリナル……融合……!? 待ってっ、じゃあこれは、サヤコさんの植能と、私の植能の力……!?」

 

 副腎(アドリナル)——捕縛時においてはアウロラを暴走させるきっかけとなった、サヤコさんのみに与えられていた虎の子の植能だ。あの時のアドリナルは、ニレを殺された怒りでサヤコさんが衝動的に発動させたものだった。

 けれど、捕縛が解決したこの世界にアウロラはもういない。暴走させる相手がいないのだから、アドリナルが存在する必要もない。まさかこのサヤコさんが、持っていても意味のないはずの植能までコピーして隠し持っているなんて、ニレにも想定外だったのだろう。

 憤慨して怒鳴り散らすニレにも、もうサヤコさんは怯える様子を見せなかった。火の粉の舞う中、さっきとは反対に私の前に立ち、しっかりと上を見上げながら凛とした表情で、決意に満ちた目をサヤコさんは天に向ける。

 

「私はもう、あなたなんか怖くない。

確かに、『本物の』サヤコなら、あなたに歯向かうなんて事しないでしょうね。

けれど……ムラサキは()を必要としてくれた。『作り上げられた』偽物の私にすら、人間として生きる意味を与えてくれた。

だから、闘うわ。あなたに支配されるという最大の恐怖に、私は打ち勝ってみせる」

 

 オレンジ色の炎を反射した長い黒髪が、吹き渡る風に靡く。

 その横顔は、私が今まで見てきたどんなサヤコさんよりも、頼もしいものだった。

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