SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部   作:大野 紫咲

12 / 13
サヤコとの植能の融合により、新たな力を目覚めさせたムラサキ。
しかし、その後も絶体絶命のピンチが次々と二人を襲う。

※本ページには、犬との戦闘というストーリー上犬への暴力的な描写が含まれます。
(バーチャルの犬なのでリアルなものではないです)
苦手な方はご注意ください。


1-7 炎舞

「サヤコさん……すごい、すごいよ」

 

 よく見たら、私を庇うように立つ脚が微かに震えている。これまで長い間自分を支配してきた恐れに反旗を翻すような真似は、どれ程勇気が要っただろう。きっとニレも、サヤコさん自身も想定していなかった叛逆。並大抵の力で出来る事ではない。

 彼女は、自分の意思で「変えた」のだ。その瞬間をまざまざと目の前で見届けた私は、えも言われぬ感情で胸の奥がいっぱいになって——それに応えるように、火竜の纏った炎がぶわりと膨らんだ。

 

「いける……私達二人なら、負ける気なんてしないね!」

 

 電光石火のごとく、雷を纏って突進したことりの後に、私も続いた。

 袖へと燃え移った熱くはない不思議な炎が、衣の色を変える。渦巻く炎を纏って振袖のようになった着物の腕を、怯んだ野犬の前に飛び出して思いっきり振ると、狂ったように唸りを上げていた犬たちは、光に目が眩んだのか、それとも火の粉が振りかかったのか、悲鳴を上げて退散した。

 神職にも神楽にも微塵も造詣がないけど、微かに聞こえてくる笛太鼓に合わせて身に纏った炎を振り捨てていると、まるで巫女舞でもしているかのようだ。サラマンダーは背中の硬い鱗が身を守っているおかげで、野犬に噛み付かれてもそれを意にも介さず、強力な火炎放射で周囲を焼き尽くしていた。炎に囲まれた舞台でブーツの脚を踏み鳴らすと、それだけでテンションが上がってくる。

 

「おらおらー! どっか行k……ひゃあ!」

「キドニー! 濾過しなさい!」

 

 不意に炎の中から捨て身で飛び出してきた犬が、私に襲いかかった。金色に目を光らせ、体毛がピンクっぽい赤に燃えている犬は、さながらライオンのようだ。

 驚き、尻餅をつきそうな私の腕を掴んで背後に放りながら、サヤコさんがご自慢の鞭を綺麗に獲物へと打ち付ける。私の身から掬った炎を乗せた鞭の威力にやられた犬は、きゃいんきゃいんと吠えながら業火の中に消えていった。

 

「ありがとサヤコさん! ナイスアシスト!」

「まったく、調子に乗りすぎよ、あなたは」

 

 呆れながらも、サヤコさんは口元に微笑みさえ浮かべながら、私に手を差し出す。

 やがて、火の燃え移った茂みの真ん中がじわじわと口を開けて、見覚えのある風景を映し出した。見えているのは茂みの向こう側にあるはずの地面や山ではなく、明らかに別の空間だ。そこだけ、山野ではなく現代ちっくな鈍い光を放っている。

 

「廃線のチューブの中だ……!」

「あそこね。行きましょう!」

 

 私の手を取ったサヤコさんが、異空間の境目に向かって走り出した。地面を蹴りながら、境界線を潜り抜ける寸前。歯軋りしそうなニレの、呪わしい声が降り掛かる。

 

『バカめ……逃がさない。ボクが支配した空間から、そう簡単に出られると思ってるのか? チューブは、今は使われてない廃線なんだ。上層へ続く出口に辿り着く前に、終わりのない迷路で嬲り殺してあげるよ……!』

「うわ……っ!?」

 

 足元の地面がぐにゃりと歪んだ瞬間、バランスを崩してそこにいた犬の死骸を踏ん付けてしまい、靴底に熱を感じた。先を飛んでいたことりが、慌てて私のところへ戻ってくる。

 サヤコさんとも手を繋いでいたので、はぐれずには済んだが、浮遊感の後に地下鉄の路線内へと着地する直前、辺りの景色がまた揺れて、怪しげな配色へと変わっていく。眩暈がして、私はサヤコさんの体に寄り掛かってから、ようやく目を開けた。

 

「着いた……の……?」

「ええ。でも、まだニレの干渉する裏世界の領域を、完全には脱せていないみたい」

 

 硬い地面のコンクリートも、線路の跡も、薄く光るトンネルのような壁と通路も、私が見た「捕縛」での記憶通りだ。——そこかしこから犬の遠吠えが聞こえることと、目の前の線路が連結器でうじゃうじゃ枝分かれしていることを除けば。

 

「なんじゃこりゃあああああああ!?!?!?」

「ここの……チューブの空間を、エレメントの力で歪めているのよ。私達を迷わせて、外の世界に続く正しい道と出口へ行かせないつもりだわ」

「地下鉄が迷路化してるってこと……? そんな殺生な……」

 

 トホホという気分で、私は目先のあり得ない本数に分かれ続けるトンネルを見つめた。さっきのおどろおどろしい空間が廃村系ホラーだとしたら、こっちはゾンビ映画みたいな不気味さがある。トンネルの上部や横側を走るパイプ管から、どかどかっと動物の走るような音、鼻息や鳴き声が絶え間なく聞こえていて、私は身を竦ませた。

 

「こ、これじゃどっから襲われるかわからないよ〜!」

「落ち着いて。送り犬や迎え犬の習性は、本来、山を歩く人間を目的地までつけ回して送り届ける事だから、歯向かわなければ危害は加えて来ないはずよ。

……少し、整理しましょう。私が見た情報では確か……道中で転んでしまうとたちまち襲われるけれど、転んでも座り込むフリをしたり、わざとらしく声を出して休憩する素振りを見せれば、襲われないって。それに、迎え犬は高い位置からこちらを観察していて、現れる時は必ず頭上を飛び越えて前に回り込む習性があったはずよ」

「うわあああ裏切り者助かる! 情報サンクス! ってことは、とりあえず頭上に注意して、あとは転ばないように気を付ければいいんだね?」

 

 とりあえず、大人しく出口を探している分には、こちらに首を突っ込んで来ないと信じたい。

 サヤコさんが肩を抱いてくれたおかげで気分が落ち着いたので、私は顔を上げて、地下迷宮のようなチューブを見渡した。

 

「直角とか斜めとか、線路にしてはあり得ない向きで曲がってるね……。しかもなんか、普通に階段があったり、真上を走ったりしてるところがあるみたいなんだけど……本当に迷路じゃん」

「逆に、地下鉄にはあり得ないような構成の道が出て来なくなったら、現実の地上階に近付いたって事になるのかしら。私達の知ってるチューブの『どこか』に出るまで、歩いて探し続けるしかないわね」

「うう……いっそのこと、さっきのサラマンダーちゃんの爆発で、どかーんっと天井ごと吹き飛ばせない? 地面で爆発が起きれば、地上にいる誰かが気付いてくれるかも」

「それはアリでしょうけど、あまり深層部でやっても意味がないわよ。確実に表の世界との境目だって分かるところでやらないと……それにあなたも、あまり乱発しないで体力は取っておいた方がいいでしょう。さっきは辛そうに見えたし、本当は途中で止めようと思ったのよ」

「! あはは、ありがとう……」

 

 さすがというか、元々繊細で人の顔色に敏感な人なのだろう。植能の発動に伴う身体的な怠さまでバレていたとは驚いたが、気遣わしげに首筋に手を当ててくれるサヤコさんに私は感謝した。

 

「まだ少し熱いわ。……ニレから特殊性は聞いていたけれど、やっぱりその植能を発動させるには負荷がかかるのね。その上私のアドリナルまで渡してしまったせいで、余計に……」

「大丈夫だよ。サヤコさんが気にしないで。むしろ、これがなかったらあの場を乗り切れなかったんだから。でも、そうだね、今はサヤちゃんを召喚するのはやめて温存しとこう。ここの壁を、外の世界に向けて打ち破れるほどの怪力を持ってるのは、今の所この子だけみたいだし」

「……何、そのサヤちゃんって」

「あ、ほら、サラマンダーだからサラちゃんにしよっかな? って思ったんだけど、サヤコさんとこのアドリナルで生まれたから、サヤコさんの名前入れてた方がいいかなぁって思って、サヤちゃん」

「まったく、もう……こんな時に、あなたって本当に呑気なんだから」

 

 どうしようもないな、という表情を浮かべながらも、サヤコさんは疑いようもなく笑っていた。その笑顔に安心しながら、私は気を取り直してサヤコさんの手をぎゅっと握り、迷路の先を見つめる。

 

「ここから出たら、もう一回二人でデート行こっ。ニレの話とかエレメントの話とか、関係なく。ほんっとーに、ただただお茶しに来た友達として。あのケーキとサンドイッチ、すっごく美味しかったのに全然味わからなかったんだもん。ことりだってずーっと不機嫌な顔してたし」

「でも、私はきっとSOATに捕まるでしょう?」

「ぐ……それはそうだけど、協力するって言ったら、一日くらいはユイトが出してくれるかも……も、もしダメだったら私、アフタヌーンティー持って牢屋に行くから!」

「ふふ。ありがと。その気持ちだけでも今は十分よ」

 

 こちらを向いたサヤコさんが、ネオンライトに照らされた色白な顔で微笑んでみせる。

 サヤコさんの口からありがとう、なんて、私が覗いた事のある過去のセブンスコードの映像では、見たことも聞いたこともなかった。こんなに可愛い顔で笑うんだ。危険な状況下にあることも忘れて、思わず見惚れてしまうくらい、無邪気で可憐な顔だった。

 けれど、平穏な時間は長くは続かなかったようで——頭の上をひゅっと影が飛び抜けたかと思うと、前方にずざっと足音をさせながら回り込み、唸りを上げる犬達が現れた。

 

「ひゃっ!?!?!?」

「ウグルルルルル」

「ギャオーン!」

 

 その反響する吠え声に呼び寄せられたのか、枝分かれしたトンネルの入り口からも、ぞろぞろと別の犬が現れて、警戒するように毛を逆立てている。今にも一触即発という感じだ。

 足を止めたまま、犬たちを刺激しないようにと、私達はくるりと後ろを向いて小声でひそひそと言い合った。

 

「な、なんで〜!?!? こっちからは積極的に襲うような真似はしてないのに……!」

「忘れてたわ……。『転んだ人間を一斉に襲う』習性があるのなら、それはこちらが転ぶまで悠長に待ってなんてくれないでしょうね。何が何でも、こちらに体当たりして転ばせようとする個体がいても不思議じゃない」

 

 思わず溜息を吐いて頭を振るサヤコさん。確かにその通りだ。お尻を後ろに下げ、今にも弾丸のようにこちらへ向かって来ようとする犬達を見て、私は必死で考える。

 数匹はサヤコさんの鞭で撃退できるとして、さすがに全部は無理だろう。最後の最後、出口破壊用にサラマンダーを温存しておく意味でも、アドリナルをここで使い過ぎるのは得策ではない。

 

(でも……ちょっと待って。サラマンダーがアドリナルとウームの融合ってことは、私の植能だけで扱える力が、まだ残ってる?)

 

 〝魅了〟の力も、催眠改め〝帯電〟の力もそうだった。植能は、どこにあるかを自覚して命じなければ使えない。淫紋を経由して植能を発動する私にも、模様ごとに異なる力があり、それを『覚醒』できれば意図して使うことができるのだと、ミソラが言っていた。

 ただ、私にもそれが何なのかわからない以上、自分の頭で考えて定義づけるしかないのだが。暴走したことりを抑えようと、とっさに催眠の力を引き出した時のように。

 

「ムラサキ! 背後からも追ってきてるみたい……退路を絶たれたわね」

「嘘!? しかもあいつら、なんか今までの犬よりおっきくないっ!?」

 

 大きいし、雰囲気がどことなく野犬のそれとは違う。なんだか神々しいというか……毛も犬よりふさふさだし、大柄なフォルムだし、耳が縦にぴんと高く立った、背筋を伸ばした立ち姿が、頭上のパイプ管に佇んでこちらを見下ろしている。その影が、俄かに喉を反らして遠吠えを上げた。

 

「アオオオオオオオン!」

 

 それはそれは、トンネル全体がビリビリと震えるような——恐ろしくて私もサヤコさんも、野犬の群れでさえも凍りついてしまうような吠え声だった。長らくこの地上で生きてきた生物の本能に、遺伝子に、芯から恐れを植え付けるような、野生味溢れる咆哮。

 

「こ……これ、は、犬じゃなく、狼……?」

「キャイン、キャインッッ」

 

 幸か不幸か、目の前にいた犬達は完全に恐れをなして、私達のことなど忘れたかのように、一目散にトンネルの先へと散っていく。私達も、パイプからしゅたりと飛び降りてこちらへ向かって来る狼に追われるようにして、慌てて奥へと駆け出した。

 

「や、やだなにあれ! 迎え犬と送り犬の次は送り狼〜!?」

「そうらしいわね……。本当に、次から次へとよく考えつくわ」

 

 けれど、不思議なことに、狼の方は近付いてくるだけで襲ってくる気配がないのだった。ひたひたっ、と足音がして慌てて走ると、少し距離を空けてついてくる。もういなくなったか……と思うと上のパイプから足音がしたり、暗闇の中で目が光っていたり、近くで遠吠えがしたり。

 そのくせ迎え犬達のように直接眼前に姿を現すこともなく、ただただ、こちらが忘れた頃について来ている事をふと思い出させるかのように、その存在をアピールしてくるのだ。これはこれで不気味だった。

 水の流れる下水道のような場所に出て、少し息を切らしながら、私は背後を振り返る。

 

「襲われないのはありがたいけど、何がしたいんだろう……?」

「野生の狼って元々、自分の縄張りの中に侵入して来た者を、その外に出るまで尾け回す習性があるらしいわね。ただ歩いている分には、監視して縄張りの境まで付いてくるだけだって。送り狼の慣用句も、その習性が元になってるらしいわよ」

「へえ〜。サヤコさん詳しいね?」

「暇な時によく読んでたのよ、動物図鑑。そうすれば、誰とも話さないで済むし」

 

 確かにその通りかもしれないが、図鑑を読んで暇を潰すサヤコさんは何か可愛い。

 随分と深そうな排水溝を、黒い水がどうどうと流れている。水が落ちてくる方角が上層に近いだろうと思い、溝を尻目に流れへ逆らいながら通路を進んでいると、ちょろちょろ水を垂れ流す土管の中に、今度は唸りながらこちらを睨む金色の目が見えた。

 

「ウウウウウ」

「今度はこっちかあ……前門の虎、後門の狼って言うけど、これじゃ前門の犬、後門の狼だよ〜」

「どっちも犬科だけれどね。それにしても、ここは場所が悪いわ。左側は飛び込めば水だし、右側の通路に逃げれたらいいけれど……」

 

 もちろんそこも、犬達に塞がれている。かといって、あの狼達に出くわす事を考えれば、後戻りする気も起きない。

 

「も〜〜っ、結局闘うしかないのぉ?!」

 

 さっきまでの怠さがまだ引いた訳でもないし、いい加減にして欲しいと思いながら、私は鞭を使って敵をいなすサヤコさんと背中合わせで、ウームの植能を発動させた。

 おあつらえ向きに足元に落ちていた木の棒を掴み、植能を纏わせながら思いっきり振り回す。

 

「ウーム!対象を魅力!」

「キドニー! 濾過よ!」

「ぴーっ!」

 

 ことりが電撃を飛ばして応戦してくれているおかげで、通路の中はかなり明るい。それに合わせて、私も足元から拾い上げた棒を、取ってこいをするように通路の奥へ放った。案の定、魅了の植能に惹かれた犬が棒切れを追いかけ始めて、群れの統制が乱れる。

 

「うっ、ソフトボール投げ9mの私じゃさすがにこれ以上遠くには……」

「私に任せて」

「ぴよっ」

 

 サヤコさんの鞭がしなやかにうねり、拾い上げた棒を投げ飛ばす。さらにそこへ、ことりが羽ばたいた事による追い風が加わって、そのへんに散らばる瓦礫や小石が、植能の気配を孕んだまま一気に群れに襲いかかる。それに釣られた犬達がトンネル道のうちの一本へと走り去り、通路の入り口が空いた。

 

「よし、今のうち……!」

 

 丸く口を開けた入り口へと一気に駆け寄ったその時。

 今まで慌てていて起きなかったのが逆に不思議なくらいだが、通路の段差に足を掛けた瞬間、私は袴の裾を踏ん付けて盛大にすっ転んだ。

 運悪く、通路の前方にはまだ別の群れが控えていたようで、パイプの上からも唸り声と共に影が飛んでくる。

 

「……やば」

 

 少し先を走っていたサヤコさんとことりとの間に、割り込まれてしまった。慌てた顔でサヤコさんが振り返り、提灯のように発光したことりが気を引こうと飛び回るが、犬達の視線は私の方に集中している。

 でも、これは逆にチャンスかもしれない。今のうちに、二人だけでも……

 

「何してるの、ムラサキ! 早くこっちに……!」

「サヤコさん、大声出しちゃダメ!」

 

 思わず怒鳴ってしまったのも無理はないが、音に反応した犬達が、サヤコさん達の方を一斉にぐりっと向く。その足が動き出す前に、ふと右手に触れた硬いものに気がつくと、私はそれを意を決して握り締めた。全身を、ぞわりと植能の力が覆う。

 

「ウーム! 対象を魅了!」

 

 私とサヤコさん達の間にいる群れが邪魔だ。少なくとも、どちらか片側に寄せてしまいたい。

 前方と後方に獲物の気配がある事で、犬の群れに一瞬の間迷いが生じる。その間に、私は駆け出した。

 

「ウグルッ」

「でやあああああっ!」

 

 当然の如く、光る目がぎょろっと私の方を向く。行かすまいと飛び出した目の前の犬に向かって、私はさっき拾った大きめの木切れを——振り上げたつもりだった。でも何だか、思ったより軽い。あれっと思った瞬間、殴り倒したつもりだったのに、殴った衝撃はこの手に返って来なかった。それどころか、棒は犬の肉体に突っかえることすらなく——上から下に、カーテンを引き裂くように真っ二つにしてしまったのだ。

 

「えっ……?」

 

 電脳体特有のプリズムとノイズを散らして、一寸前まで私に牙を剥こうとしていた犬の姿が消える。サヤコさんも飛び散る光の向こうで驚いた顔をしているが、今は状況を把握している場合じゃない。

 

「うわあっ!」

 

 間髪入れずに右側から襲ってきた犬に驚いて、反射的に右手を振り払う。

 握っていたものを一薙ぎした途端、線を引くように斬られた犬達が断末魔を上げながら、煙となって消えていく。

 

「む、ムラサキ、あなたの手のそれ、一体どこで……?」

「なっ、なになに……?」

 

 どこも何も、さっきからこの通路にところどころ落ちてる、廃材同然の棒切れじゃないのか、これ。

 でも何か……とっさに握ったから意識してなかったけど、角張った木材とは違って、嫌に手に馴染む。まるで最初から、握って振るために作られていたみたいに。

 

「なっ……何これ……!?!?!!」

 

 右手から腕にかけて、炎のように立ち上る赤々とした光に面食らった。さっきから毛を逆立てた犬達の体表が時々発光するのが見えているが、それと同じ色。何よりびっくりなのは、その手に握られていたのが、鈍色に光るご立派な西洋風の剣だった事だ。ナックルガードと柄がついた、細身のサーベルのような剣。薄暗がりの中だからか、刀身は赤黒く見える。

 でも、じっくり観察してる暇はなかった。まだ、私の後方から迫ってくる犬達が残っている。

 ことりが照らしてくれた道の先に二叉路があり、右側の道の先に狼の尾が一瞬揺れるのを認めた私は反射的に左へと曲がった。

 階段を上がりながら、息を切らしたサヤコさんが声を上げる。

 

「上には向かってるみたいだけど、どの道あいつらを一旦引き剥がさないことには、ゆっくり道を選んでる暇もないわね……!」

「だよね!行き止まりまで追い込まれたらマズい……!」

 

 今の所、道はどこかへ繋がっているのでそんな気配はなかったが、可能性はゼロではないだろう。さっきみたいに、逃げにくい場所で囲まれるのもよろしくない。

 

「こうなったら……」

 

 この階段を利用してやろう、と思った私は、登り切った場所で剣を逆手に構えた。そのとき。

 

「きゃああっ!?」

「サヤコさんっ!?」

 

 背後にしか敵はいないと思っていた私は、うっかり油断した。再び現れた広い地下鉄の線路らしき道にも、うようよと犬が放たれている。さすがは「迎え犬」の名前通り、執拗で先回りに長けたエレメントの怪物だ。

 そのうちの一匹が前へ飛び出して来たのを見て、私はとっさにサヤコさんを背中で押しやるようにしながら、左腕でぞろりと牙の並んだ口をガードした。

 

「ぐ……っ!?!?」

 

 バーチャルの世界だからか想像ほどは痛くないけど、血の噴き出す感覚と筋肉や骨の粉砕音が、シンプルに気持ち悪い。絵面がグロいし怖すぎる。たとえ痛覚を感じる神経を全部抜かれていたとしても、視覚情報だけで頭が激痛を錯覚しそうだ。

 けど、ここまで格好付けておいて、今更引き上がるわけにいかない。返り血を浴びたサヤコさんを背後に庇いながら、にやりと私は涙目で口角を持ち上げる。

 

「……肉を切らせて骨を断つ、ってね!」

 

 その瞬間、私に躊躇はなかった。

 腕に噛み付いた犬へ、思いっきり剣の柄で一撃を食らわせる。

 きゃひん、と鳴いた犬は丁度階段の入り口あたりに吹き飛ばされ、私達を追って登ってきた犬の群れに激突し、そのまま連鎖的に階段を転がり落ちていった。

 ぜえぜえと暗くなる視界で息を切らし、私も脚を引き摺って体勢を立て直す。が、こちらが何かするまでもなく、前方に残っていた犬の動きがぴたりと止まった。

 尻尾を股の間に入れながら、群れ全体が何かに怯えている。またしても狼が接近中かと思ったが、鳴き声が遠くに聞こえるだけで姿はないし、そもそも私を見て怯えているような。

 

(何……? っていうか、そもそも私、剣なんてどこから……)

 

 状況が状況なので全く突っ込まないでいたけど、何でいきなりこんな都合よく、勇者のお助けアイテム的なものが落ちていたのかが、全くわからない。

 子宮(ウーム)の植能は、他の植能と違って目に見える武器には顕現しない。剣を出す力なんてなかったと思うんだけど。

 そう思ってふと手元を見ようとした私は、血の滴る腕の背後から、ちろちろと細長い何かが舌を出していることに気が付いた。

 

(っ! !!!??!?!??)

 

 危うく、右手に握ったままの剣を取り落すところだった。

 腰から幾本もの黒い頭が――蛇の頭が、まるで帯飾りか羽根のように広がって、白い眼を光らせながら犬に向かって牙を向いている。

 生々しい鱗の光沢に、間近で蛇を見慣れていない私は思わずぞわりと肌が粟立ったけれど、さっきまでこんなものいなかったし、腰から生えているということは、私が出したに違いない。私が動くと、蛇もそれに合わせてついてくるのだ。

 まさかと思っておそるおそる右手をよーく見れば、それは剣ではなく、剣を象った蛇だった。柄の方にも何匹かいて、私の手から離れないように、まるで柄自体が意志を持っているようにして、私の手にぎっちりと巻き付いている。

 

「な、なんかわかんないけど、これで倒せってこと……?」

 

 後ずさりながらも、犬達のうなり声は酷くなるばかりだ。サヤコさんは、もはや妖しげな形態と化してしまった私の袴の帯あたりを眺めて慄きつつも、なんとか一生懸命頭を働かせようとしてくれているようだった。

 

「何で急に、こんな……?これ、あなたの植能なの?」

「う、うん。でも、新しくウームの力が発動するには、エレメントの力を紋の内側に封印してるのが条件だって、ソラが確か言って……」

 

 確かに何匹かはここの犬達を討伐したが、それらしい奴はいただろうかとふと思い返し、話しているうちに私は思い出した。

 

「そういえばさっき私、この地下通路に移動してくる直前に、迎え犬の死骸を踏んで……」

 

 あの時、靴の裏が焦げるように熱くなった気配がした。実際に靴がダメージを受けたような形跡はなかったから不思議に思っていたのだけど、あれがエレメントだったのだとしたら。

 

「この犬達は炎のエレメントで作られていて、あの時その力を、私が淫紋の中に吸収してたってこと?」

 

 不意に、腰のあたりがずんと重くなるのを感じた。

 じゃあこれが、新たな子宮(ウーム)の力の『覚醒』の準備が整ったということか。サラマンダーになった時は思いっきり火を吹いたけれど、この子達にもそれに似た力があるんだろうか。

 けど、そもそもこの蛇たち、何をしてくれるかもよくわからないのに、いきなりこれを使って倒せとか、初見殺しにもほどがあるだろう。剣を出せるのは確かに強いが、武術の経験もない人間にこれを使って敵を倒せというのは、いくらなんでも無茶振りが過ぎる。もっと何か、他の——

 

(メドゥーサだったら、相手の動きを止められるんだろうけど……)

 

 もしそうなら、今頃目が合っている犬たちは私もろとも石化しているはずだ。そもそも石化の能力は、ミライさんと被っちゃうし。

 蛇にまつわる特性と、この植能に共通しそうな点を必死で考える。前回と同じなら、私が意図的に、無理矢理にでもこじつけて見つけなければ、紋の能力は発動しないはずだ。

 

(目……目を惹く……そうだ)

 

 ふと思いついたことを試すべく、私はよろつく足で、蛇を纏わせながらふらふらと移動してみた。地下道の左側へ動くと、犬たちの視線も追って来る。右側へ寄ると、今度はその場を動かないままこちらを目で追っている。

 それだけだと野生の習性で片付けられるかもしれないので、私は腰にいた蛇の一匹に目配せをすると、配管を伝って傍の溝から顔を出してもらった。

 途端、犬たちは我先にと言わんばかりに、一匹の蛇へ吠えたて、互いを踏みつけるのも構わず押し合いへし合い噛み付こうとした。目の前に、もっと沢山の蛇を伴った私がいるにも関わらず。

 

(やっぱり)

 

 腕から流れる血が酷くて、もうそんなに体力が持ちそうにない。

 私は飛び退るように一旦通路の後ろへ下がると、心配そうに支えてくれたサヤコさんに告げた。

 

「サヤコさん……渡しちゃったって言ってたけど、さっきみたいに私の炎を経由すれば、アドリナルの植能をサヤコさんも使える?」

「え? え、ええ……私が直接触れたり、この鞭を使えば多分……でも、どうして?」

「私が囮になるから、その隙に、あいつらの横を抜けて先に行って。挟み撃ちしよう」

「何言って……! だいたい、あんなに沢山いるのに、私だけ無事で済むわけないでしょう!? そのためだけに、あなたが犠牲になるなんて……!」

「大丈夫、少なくとも、サヤコさんだけは安全に向こう側に行けるようにする。私のことは……最悪、ことりと一緒にその後で助けを呼んでくれればいい。あいつら絶対に、私にしか(・・・・)襲い掛かって来ないから」

 

 私の推測が正しければ。私の決めつけた能力が正しければ。

 不安そうにのぞき込む彼女の背を、私はとんと押した。

 

「どのみち、ここを抜けなきゃ帰れないでしょ。生き残ってやろうよ」

 

 そう言うと、ようやく決心を固めたように、サヤコさんはまっすぐに前を向いた。本来のひたむきさと強さが、その瞳に輝きを宿している。いい目だ。

 深く息を吐いて、私は血の湧き出る腕を押さえながら一歩前へ出た。右手に握っていた剣が、するすると元の蛇の形に戻っていく。これからやる事に、剣は必要ない。ただ、私が囮になりさえすれば。

 血の匂いが興奮を沸き立てるのか、辺りに散らばった犬達は皆獰猛そうな鼻息を漏らしている。サヤコさんが走り抜ける隙間さえ、ここに作れたら。

 

子宮(ウーム)——執着心に“着火”!」

 

 腰に背負っていた蛇達が、一斉に松明のような赤い炎を灯した瞬間。気が狂ったような唸り声を上げて、犬達が弾丸の如くこちらへ走って来た。食いつこうとする頭を、身をくねらせた蛇達がその身でガードする。叩き落とし、噛みつき、地面へ組み伏せる。繭のように身を丸めて、私を守ってくれた蛇もいた。

 でもさすがに、そこまでの芸当が出来る大きな蛇は、私の体に入っていた紋様の数と同じ、六匹だけ。小さな蛇達も頑張ってくれているけど、次々と食いちぎられ、泥のように地面に投げ捨てられていく。私に敵の牙が届くまで、長くは持たない。火事の最中にいるかのような、炎の熱が熱い。耳が潰れそうな鳴き声の轟音と、ガチガチ鳴る牙の音に怯えながら、私は細目を開けて道の向こうを見据えた。

 

(もう少し……道の先にいた奴らを、全員こっちに惹きつけるまで)

 

 遠くから駆けてくる獣の足音が、コンクリートに反響する。あの道の先は、今までになく明るかった。もうかなり出口に近い場所にいるはずなのだ。だったらここで、始末をつけてやる。

 ぶわりと熱風を顔に感じ、喉ごと火傷しそうになりながら息を吸い込んだ時。私が叫ぶより先に、サヤコさんが動いた。

 

「まったく、合図が遅すぎるわよ。私をもっと頼りなさい!」

 

 助走をつけて私の背中にばんっと手をつき、踏み台代わりに炎を切り裂いて飛び越したサヤコさんは、体操選手のように華麗に一回転しながら、鞭を取り出す。

 

「アドリナル! 闘争を惹起(じゃっき)! 燃やし尽くしなさい!」

 

 完全なる奇襲に、犬達は虚を衝かれたようだった。振り返ってそちらを反撃する暇もなく、サヤコさんの炎を纏った鞭が猛然と襲い掛かる。天から降ってきた不死鳥のように鞭を踊らせたサヤコさんは、その一撃で集まっていた犬達を消し去った。じゅうっという音と共に、辺りに煙の匂いが充満する。

 

「す、ごい……ふふ、やった……っ」

「ムラサキ!」

 

 崩れ落ちそうになる私を、サヤコさんが駆け寄ってきて支える。辛うじて地面に激突は避けられたが、もうフラフラだ。なんとか自分の植能だけは扱えたけど、アドリナルを使ってここから脱出するより先に、私の方が力尽きるかもしれない。

 足には転んだ以上の怪我はしていなかったけれど、サヤコさんは間髪を容れずに私をおぶって立ち上がった。ふらつくとわかると、一旦私を下ろしてヒールを脱ぎ捨て、裸足になってまで私を背負おうとする。

 

「いいよ……私、重いし……それにサヤコさん、怪我しちゃう……」

「バカ言わないで。あなたを置いて行けるはずないでしょう。これでも元SOATよ。あなた一人救えないでどうするのよ……っ」

 

 想像だにしなかった答えに目を見開いていると、掛け声を上げてサヤコさんが私を持ち上げる。心配そうにことりが飛ぶ羽音が、確かに顔の両側で聞こえていた。

 危機は去ったかに思えたが、さっきは遠かった狼の遠吠えが、パイプ管の上あたりで響き渡る。

 

「ウオオオオオン……」

「ぐずぐずしてると、またあいつらが来るわね……迎え犬と送り狼、両方に挟み撃ちでもされたら厄介だわ。行きましょう」

 

 瓦礫の少ない場所を選んで、サヤコさんが剥き出しの線路の脇に作られた非常用通路を歩き出す。ことりは鳴きながら先を飛んで、サヤコさんがゴミやガラスを踏まないように、教えてくれているらしかった。

 反響する音を頼りに、サヤコさんは道を選んで進んでいく。時々足を止めて、鳴き声のしない方角を選んでいるようだ。トンネルの内部は、手入れもされていないオンボロな真っ暗のトンネルから、高速道路のトンネル程度には明るくなってきて、もう目と鼻の先まで元の世界が近付いてきたのを感じる。

 息を呑むような間を置いてから、サヤコさんが言った。

 

「ここ……見覚えがある。ニレがこの先の空間にまで手出ししていなければ、チューブの駅まではもう少しのはずよ」

「ほんと?」

「ええ。まだ枝分かれは続いてるけど、方角的には合っていると思う。廃線だから今はバリケードで塞がれているでしょうけど、ターミナルに続く地下道の入り口まで行って破壊すれば、表に出られるはずだわ」

「そっか、よかった……」

 

 安堵感と共に襲ってくる眠気と闘いつつ、細いけれども意外にしっかりしたサヤコさんの背中に両手を回してしがみ付きながら、私はふと呟いた。

 

「……ね、サヤコさん。一個、クイズ出してもいい?」

「は、はぁ!? こんな重傷の時に何言ってるのよ!?!? 大人しくなさい!」

「あるホラーゲームの中に幽霊Aがいて、さらにその先には、より強力な幽霊Bが出現する地点がある。プレイヤーに身を守る手段はなく、触れたら即死。どちらの幽霊が来ても逃げるしかないけど、幽霊Aには一時回避の技やアイテムが効き、一定の距離を空ければプレイヤーを見失うのに対して、幽霊Bには全く何も効かないし、どこにいてもプレイヤーを見失わずに必ず追いかけて来る。明らかにBの方が危険度は高いし、出さずに済むなら出さずに通り過ぎた方がいい」

「ね、ねえ、ムラサキ? 何言って……」

「ところが、あるプレイヤーは幽霊Aを退けることなく、それどころか敢えて幽霊Bを出現させた上で、セーブポイントまで脱出に成功した。それは何故か?」

「……」

 

 私が無意味にこんな事を羅列するはずはないと思ったのか、サヤコさんは沈黙して考え始めた。そして、私の求める答えに辿り着いたようだった。

 

「ムラサキ……まさか」

「ね。上手くいけば、一回も襲われずに済むと思わない?」

 

 あたりの風景は随分と現代的になってきたが、遠吠えや足音はそこかしこから追ってくる。敢えてそちらに向かわないようにしていたサヤコさんは、とある方角へと足取りを変えた。

 それを合図に、私は目を閉じたままことりを呼ぶ。

 

「……ことり」

「ぴぃ?」

「多分、もうすぐ電波が届く階層に出られると思うの。あなた一匹なら、犬達のいないところを上手く飛んで、出られると思うから……先へ飛んで、ヨハネさんに知らせてきて。ちょっとでもSOATの探知機があなたを拾えば、居場所を見つける手掛かりになるはず……でも、無理しちゃだめだからね。危なくなったら、すぐに戻ってきて」

「! ぴぃっ!」

 

 ぱさぱさと元気よく羽音をさせて、ことりが遠ざかる気配がした。私がこんな状態では、あの子にこれ以上植能の力は分けてあげられない。けれど、あの子が纏った微弱な電波が少しでも地表に届けば、役に立つはずだ。

 心配そうに顔を上げて、サヤコさんが呟いた。

 

「あんなに小さいのに、無事でここを抜けてくれるかしら、あの子」

「きっと平気だよ。それに……それに、大丈夫。ヨハネさんなら絶対、私たちを見つけてくれるから」

 

 もうずっと、たったの一日なのに、何年も長い間会ってないような気さえする。

 ヨハネさん。……ヨハネさん。

 大丈夫。絶対、世界中どこにいても探し出してくれるって、やくそくしたから。

 だから、おねがい。

 どうかおねがい。私のことをみつけて。

 暗くなっていく視界の中で、私は手に持っていたものを、祈るように強く強く握り締めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。