SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部   作:大野 紫咲

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ムラサキを捜索中のヨハネ達。
ミライからの情報を得て、次々に隊員が飲まれる地下トンネルの内部へとヨハネも侵入する。

一方で、負傷したムラサキを背負いながら異空間の出口を探すサヤコは、何とか表の階層へ近い出入り口へと辿り着いた。
しかしそこで、意外な人物と出会い……?


1-9 桜花

「ねぇっ、まだ見つからないのッ!?!?」

「申し訳ありませんっ、市中をくまなく捜索しているのですが、あれ以来どこにも反応が……!」

 

 傍の隊員に思わず声を荒げてしまった自分自身に苛立って、ボクは強く自分の隊服に包まれた太腿を抓った。

 他人を罵る以前に、罵られるべきなのはボクの方じゃないか。あんな……あんなにあっさり、目の前からサヤコとムラサキを逃しておいて。挙げ句の果て、消えてから2時間経っても、まだ見つけられないとか。自分の愚鈍さにウンザリする。

 あれだけムラサキの植能なら見間違えるはずがない、みたいな事を言っておきながら、この足でどれだけ近辺を走り回っても、痕跡ひとつ見つけられないのだった。あの煙幕にどんな効果があったにしろ、そこまで遠くに行っているはずがないと思ったのに、ここまでくまなく探しても見つからないとは。

 もし、市中を遥かに超えるテレポート能力でも、あの煙幕弾にあったのだとしたら。このセブンスコードという電脳空間は、公式でテレポートを使う事もできるわけで、ちょっとその機能をハッキングしてパクリでもすれば、不可能ってことはないはずだ。さすがに一人の足が捜索できる範囲内には限界があるし、それまでムラサキが無事でいてくれるかどうか。

 

(……いや。気弱な事を考えてちゃダメだ)

 

 諦めるな、櫟夜翰。

 ぶるりと強く頭を振って、イヤな想像を思いっきり追い払う。

 「諦める」の語源は、一説には「明らめる」だ。まだこの目に映せる真実がある限り、ボクは——

 もう一度探しに行こうと仮設テントを出かけたその時、隊員の一人が声を上げた。

 

「隊長!!! レーダーに反応がっ!」

「ホントッ!?!?」

 

 思いっきり、傍の机をバンッと叩きながらボクは駆け寄った。

 サキの植能は、コルニアが使えるボク以外の人間には見えない。ということは、このレーダーが拾った反応は、サキから植能の力を与えられて放電と電波操作の訓練を積んだ、ことりの物に違いなかった。

 

「あいつら、一体どこに……って、ここの近くなのッ!?」

「そんな。このエリアは、ついさっきも捜索済みのはずです!」

 

 ボク自ら率いる隊に、こんな簡単な場所を見逃すような落ち度があるとも思えない。眉を顰めてことりの点を見つめているうちに、その画面にはノイズが走り、セブンスコードの地図上の座標を次々に点滅して移動していく。不可解な現象に、ボクは思わず声を上げた。

 

「どういうことッ? こんな短時間で、一瞬で移動する手段なんてあるわけ……!」

「ワープでしょうか……? それにしても、あまりにも急すぎます。都市のワープ機能では、あり得ない速度と頻度で座標が……このノイズも気に掛かります」

「クヌギ隊長! カタギリ隊長から緊急通信が!」

 

 隊員から差し出された無線機を、即座に受け取る。凛とした声が聞こえてきた。

 

『クヌギか。先程観測チームが、都市のバイタルに大きな動きを観測した』

「何だって!? 今まで落ち着いてたんじゃ……」

『ああ、捕縛以降はさしたる乱れもなかった。それが今、捕縛の発生当初か、それ以上の強さで波長を乱している。発生源をそちらの端末に送るぞ』

 

 送られてきた添付ファイルを、ボクと隊員が腕時計型の端末で一斉に開く。手の甲に現れた地図に、ボクらは息を呑んだ。

 

「ここって……チューブの沿線上!?」

『ああ、そうだ。丁度、ムラサキの消えたあたりから環状のチューブに沿って、大きな乱れの発生点がぐるりと輪を描くように配置されている。だが、そちらに何か目立って大きな変化はないんだな?』

「捜索中に、エレメント絡みの不可思議な現象は起きてなかったと思うけど……ッそうだっ、そこの君! ミライ隊長の地図を、探知機の画面に同期させてみて!」

「了解です!」

 

 現在進行形で乱れている、ことりの発信源が次々と現れ続ける画面に、環状に色を塗られた地図がレイヤー状に重なる。点が現れる場所は、色を塗られた範囲内にぴったり収まっていた。画面を見上げたまま、思わず唾を飛ばしそうな勢いで叫ぶ。

 

「わかった……わかったよミライ隊長! 地下だ! この下にムラサキ達がいる!」

『何だと!? そうか……廃線で誰もいないチューブを、逃走経路に使ったのか』

「でも、画面の表示がおかしい……この乱れ方の感じ、エレメントか何かの影響で、チューブに空間的な歪みが起きてる可能性がある。それが原因で、都市のバイタルにも乱れが起きてるんだと思う。ボクは今から、隊員達と近くのターミナルに向かってみるから」

『わかった、こちらでも調べてみよう。十分気をつけるようにな』

 

 通信を切り、ボクらは手近な隊を分担させて、各柱の跡地でもある廃線の駅、ターミナルへと向かった。各ハルツィナ達が司っていた七本の柱は、元はこのセブンスコードを環状に巡る地下トラム、チューブの駅だった場所だ。柱の跡地は立ち入り禁止になっているので、当然チューブの入り口も、地下へ続く階段も封鎖されている。

 とりあえず、大通りからほど近かったCS座標にある、強欲の柱跡のターミナルへと到着。そのバリケードを打ち破って突入したボクらは、階段を駆け降りようとしてすぐに足を止める羽目になった。

 

「な、なんだあ……!?」

「これは……」

 

 隊員達が声を上げるのも無理はない。

 水銀のように波打つ、明らかに異空間の入り口とわかる境界が、ぽっかりと階段の先に口を開けていたからだ。

 唖然としている間に、次々と他の隊から連絡が入った。

 

『隊長! FY地点の色欲の柱跡に到着しましたが、地下の様子がおかしくて……!』

『JX地点の傲慢の柱跡ですが、こちらも同様です! 反応を感知したものの、すぐに消えてしまい……』

『うわっ!? なんだこいつらっ、野良犬の群れが溢れて……こちらMU地点です、応援を!』

「ちょっと待ってッ! みんな、合図があるまで突入を……もしもし!?」

『こ……ちら、憤怒……JR……地点ですっ、隊長、注意を……廃線の中が、まるで迷路……っ』

 

 ざーざーという音声の乱れの後にぶつっ、と音を立てて、最後に聞こえた隊の通信が切れる。敵の力を甘く見た自分の計画の浅はかさに、ボクは頭を抱えた。

 

「これじゃ、ミイラ取りがミイラじゃないか……」

「隊長、どうします……?」

「……仕方ない。もう何人かはこの空間の向こうに行ってしまったようだし、先に進んでみよう。でも何人かはここに残って。状況を本部に知らせるんだ。あと、危険だから周辺住民をここに近寄らせないように。支部と、各ターミナルで待機してる隊員達とも連携を取って」

「は、はいっ! 隊長も、どうかお気を付けて……!」

 

 内部の状態がわからない以上、あまり大勢の戦力を連れて行って帰れなくなるのも問題なので、ボクは二人だけ隊員を引き連れて、慎重に銀色の水面の内側へ歩みを進ませた。得体の知れない感触が気持ち悪いけど、この先にムラサキがいると思ったら、怖がってもいられない。

 目を開けると、ただの地下鉄の線路だったはずのチューブには、異様な光景が広がっていた。まるで蔦のように、縦横無尽に線路が張り巡らされている。今は倒壊してしまっているけど、かつて「捕縛」で柱の覚醒時に訪れた、各柱の内部の状況とほとんど変わらない。

 

「なんでこんなことに……これもサヤコのせいなのか……? 通信状況はどう?」

「この膜の傍にいれば、辛うじて音声は届くようですが、電波が悪いですね……ノイズが酷くて、通信もほとんど使い物になりません」

「でも、届くってことは、一応本部から見失うことはないってことだよね。じゃあ、君はここで待機。外との通信が途絶えないように、機器の状況をチェックして、出入り口を確保しておいて。危なくなったら、拳銃の発砲音で知らせること。一人でできる?」

「はいっ、もちろんです! 隊長は安心して、探索に行かれてください!」

 

 頼もしく敬礼を返してくれた隊員に頷き、ボクはもう一人を連れて奥へと歩き出した。

 

「さっき犬がどうとか言ってたけど、獣がいるのかな……?」

「かもしれないっすね……自分、田舎のばーちゃんちが牧場なんで、家畜とか犬とか色々飼ってるんすけど、どうにもここ、漂ってくる匂いが獣臭いっすよ」

「なるほどね……何がどうしてそうなってるのかはさておき、闘う備えだけはしておいた方がいいってことか」

 

 本当に、このセブンスコードで何をしでかしたらそうなるのか、犯人を捕まえて具に問い詰めたい気持ちだ。動物園でもないのに、なんでこんな、脱走した危険動物の捕獲任務みたいな仕事をやらなきゃいけないんだか。両手で予断なく拳銃を構えながら、ボクは溜め息を吐いた。

 

(ムラサキ……無事だといいけど)

 

 人懐っこい野良犬みたいな可愛らしい動物だったらいいが、もしそうじゃなかったら。

 自然と歩調を早めたその時、ついて来ていた若手の隊員が声を上げた。

 

「あ!」

「どうした?」

「今一瞬、探知機にことりさんの反応が……と思ったけど、すぐに消えたっす……」

 

 しょぼんとした彼が見せた画面には、確かに何も映っていない。すると、覗き込んでいる間にも、またぴかっと一瞬画面が光る。隊員がボクの目の前で叫んだ。

 

「あ! さっきはこの辺だったのに、なんで?」

「どうも場所が掴みづらいな……この先の電脳空間が、入り組んでるのかもしれない。反応があるってことは、近くにはいると思うんだけど。あまり離れると元の道がわからなくなる可能性もあるし、君には一旦ここで待機してもらう」

「ええっ!? けど、入り組んでるってことは、隊長はもっと深い場所に潜るって事っしょ!? ムラサキさんを探してる間に、隊長の方が迷子になっちゃうかもしれないじゃないっすか!?」

「ここまではほぼ一本道だから、君がここに立っていてくれさえすれば、合図が聞こえなくなることはないと思うけど、念のためこの端を持ってて。もしムラサキを見つけたら、ワイヤーを辿って戻るから。……もしこの生き物みたいな迷路が、原型を留めてくれてたら、だけど」

 

 腰に付けたワイヤーガンの先端を隊員に託すボクの目の前で、ぐにゃぐにゃと周囲の風景が蛇みたいに歪んで、また元通りになる。相当空間が不安定なようだ。いつ来た道が迷路と化すかもわからないし、急いだ方がいいかもしれない。

 

「ここなら、見えるかも……〈コルニア・改〉! ムラサキの痕跡を辿れ!」

 

 じっと目を凝らすけれど、微かに地響きが聞こえる地下道に自分の声が吸い込まれていくばかりで、植能のオーラは見えない。思わずボクは歯噛みした。

 

「クソ、これでもダメか……」

「ん? なんだ、これ」

 

 独り言のような隊員の声が聞こえて、ボクは目眩を起こしそうな左目の植能を一度解除してから、そちらに視線を移した。何かが風に流れてくるのを、その隊員は走って地面から摘んで拾い上げ、しげしげと眺める。

 

「こんな灰色っぽい空間なのに、異様に綺麗なのが目を引いてつい拾っちゃったんすけど……花びら? なんでこんなところに」

 

 訝しげに首を傾げる隊員の手元を覗こうと一歩を踏み出した瞬間、自分の真横からも、それと同じものが、ひらり、ひらりと舞っていくのが見えた。思わずボクは、爪先立って手で一片(ひとひら)掴み取る。

 

「これは……」

 

 グローブを外し、ボクは目を細めながら、褐色の指先で慎重にそれを摘んだ。確かに、ぱっと見は花びらと似ている。リアルでも見かけたことがある。多分桜の花だ。

 でも、直に触れて気が付いたが、材質は明らかに花じゃない。植物よりもずっと頑丈だし、その割にはくしゃくしゃとして、Vの字に切れ目が入った花びらの両縁が、千切られたようにギザギザだ。頭をふと、鮮明な既視感が過った。

 

「これ……どこかで……」

 

 最近、それも本当にごく最近、どこかで見たような気がする。思い出せ。

 片手で頭を叩いて記憶を辿ろうとした次の瞬間、思い出すよりも先に、頭の中にふわりと声が蘇った。

 

『え〜。ちょっとくらい贅沢したっていいでしょ? どうせ何枚も配るもんじゃなし。折角作れるなら、とびっきり可愛いデザインのにしてみたいじゃない。どう? 似合ってる?』

 

 かくれんぼを始める前、SOATの印刷機の前でのやり取り。

 あの時、ムラサキが恥ずかしげに、でもちょっと誇らしげに、その手に持っていたもの。あれは……

 

「ムラサキの名刺!!!」

 

 頭が爆発するような衝撃を受けて叫んだボクの隣で、隊員がビクッと体を震わせたが、構っていられなかった。

 そうだ。ムラサキの名刺だ。あんなバカみたいに凝った名刺、忘れようがない。裏返してよく見ると、文字が書いてある。拾ってみた他の破片も同様だった。五枚の花びら型の桜の名刺を、一枚ずつの欠片に千切って落としながら歩いてるんだ。おそらく、ボクに道標を知らせるために!

 

「てことは、この花びらの流れてくる方向を辿れば……」

 

 一度息を大きく吸い込んで目を閉じ、ボクはもう一度、左角膜(相棒)に命じた。

 

「〈コルニア・改〉。ムラサキの居場所を、辿ってくれ……!」

 

 途端、視界が薄紫と桃色にぶわっと染まる。ライトアップされた夜桜の下にいるかのような大量の花びらが、一斉に通路の奥から舞った。

 

(ああ……これだ)

 

 思わず導かれるように、ふらりと歩き出した。香りはしないのに、匂い立つように、あるいはボクの伸ばした指先で遊ぶように、ちらちらと舞って降ってくる、美しい花弁。あんたの頬みたいにすぐぱっぱと赤くなって、人の手をすり抜けてばっかの悪戯者で、そのくせ儚げな、あんたにそっくりの桜の花。

 拾い集める破片が手に触れる分、目に見える花びらの数も多くなる。多分、あんたがずっと握っていたから、汗と一緒に植能が染み付いていたんだろう。

 

 ねえ、ムラサキ。知ってる?

 前に、なんで居場所がわかるのかって、ボクに聞いたことあったよね。

 コルニア・改で見える植能の痕跡の見え方は、人によって違っている。はっきりと見えないこともある。

 でも、あんたの痕跡は——あんたの子宮(ウーム)は、桜の花なんだ。

 行くとこ隠れるとこ、全部桜の花びらが落ちてる。うっかり植能を切り忘れると、見つけたあんたの頭上に満開の花と花びらが幾つも舞っていて、あんまり綺麗で見てらんないから、思わずそっぽを向くぐらい。

 そりゃ、わかるに決まってるでしょ。あんたの傍に、いつもひらひら舞ってるんだもの。それが、ボクの傍にいる間は殊更ものすごく増えてるなんて、それが何でなのかなんて、あまりに野暮で、気付いた時はどうしたらいいかわからなかった。

 でも——これだけは言える。あんたの痕跡を、見間違えるはずがない。絶対に、この花びらの導く先へ、辿り着いてみせるから。だから、もう少しだけ待っていて。

 

 もう、道標になった名刺の花びらと、植能の花びらの見分けがつかないくらいに、コンクリートの上は白っぽい花だらけで道筋がよく見える。その中にふと、桜桃(さくらんぼ)のような色の濃い花びらを見つけ、舞い降りて来たのを何気なく手に取ったボクは、思わず背筋が寒くなり、心臓をぎゅっと掴まれたように苦しくなった。紙の色じゃない。指にべったりと貼り付いたそれは、血で湿って赤くなっていたのだった。しかもまだ乾いてない。

 まだ誰の血かはわからないと、ボクは頭の片隅で冷静に判断を下す。でも、もし名刺の持ち主であるムラサキ自身が千切って投げていたのだとしたら、これはムラサキの血でまず間違い無いだろう。他にも、次から次へと血のついた花びらが流れてくる。……怪我をしてるのか?

 

「……急げ」

 

 一秒でも早く追い付けるようにと、ボクは力強く風を切って走り出した。

 

*****

 

「……その、名刺を? いつの間に」

 

 目を見開いたサヤコにおんぶされながら、紫咲は震える指で、小さな紙片を風に泳がせる。指先から離れた桜の花びらが、ひらひらと道に落ちた。

 

「へへっ、この世界に落ちた時から、ちょっとずつね……そんなに枚数ないから、一枚ずつはさすがに無理だったけど、千切れば増えるし……へへ……ヘンゼルとグレーテル、みたいでしょ」

 

 気が付かなかった、とサヤコが呟く。

 か細い息を吐くムラサキを背負いながらも、二人はムラサキが提案した作戦のおかげで、襲われる事なく無事に迷路を終盤まで脱出できていた。

 

「ウオオ〜〜ン……」

「もう、ほとんど狼の鳴き声しか聞こえなくなったわね……これで、空間の境目に当たる出口までは大丈夫でしょう」

 

 どこかほっとしたように、顔を上げたサヤコが息を吐く。

 ムラサキの示した作戦。それは「敢えて送り狼の声がする方角へ逃げながら進む」というものだった。

 

『迎え犬は必ず襲って来るけど、送り狼は危害さえ加えなきゃ、縄張りに入った奴が出て行くのを見守ってるだけ、なんだよね? その上、迎え犬は送り狼を怖がってる』

『まさか……送り狼達に、私たちを守らせようって言うの?』

『そゆこと。確かに、引き返せば送り狼だって私達を襲って来るかもしれないけど、逆に言えば送り狼が私達に張り付いている間、迎え犬は私達に手が出せない。

……さっきのクイズの答えは「幽霊Bがフィールド中で最強である代わりに、Bがフィールドに出ている間、Aを含む他の幽霊は絶対に(・・・)出て来れないから」、だよ』

 

 サヤコの背中で、悪寒に震えながら息を吐き出したムラサキの言葉通り、狼の遠吠えに守られている間は、犬が近寄って来る気配は微塵もなかった。

 確かに強力なモンスターがいれば命の危険に晒されるが、そのモンスターがいる事で他の種が牽制されるのを利用すれば、その他大勢の雑魚からは楽に身を守ることができる。

 やがて、縄張りの際まで付いたのだろう。追いかけて来た狼達が、ある連結器の根元で揃って一列に座ったまま、動かなくなった。

 

「……ここまでのようね」

「サヤコさん、お礼、言って……」

「は、はぁ!?」

「送り狼は、その性質で旅人の安全を守ってくれることもあるんだって……だから、ちゃんとお礼すれば、そのまま帰って、くれるはずだから……」

 

 こんな状況で何を言うかと思ったが、ここまで都市伝説と妖怪に踊らされている手前、軽視することもできない。それに、ムラサキが言っている事は、サヤコが事前にデータベースで読んだ内容とも同じだ。

 仕方なく狼の群れに向き合うと、サヤコはしっかりとムラサキを落とさぬよう背負ったままで、腰から頭を下げた。

 

「お見送りありがとう。あなた達のお陰で助かりました。もう十分よ」

「……くぅん」

 

 ややあって小さく鼻を鳴らすと、リーダー格の狼が身を翻す。それに続いて、他の狼達も砂利を踏みながら次々立ち去っていった。呆気に取られるサヤコが、その姿を見送る。

 

「ほ、本当に、いなくなった……」

「よかった。それにしても、うう……おなか、すいちゃったね……アフタヌーンティーのドーナツ……早く食べたいなぁ……」

「わかったから、暫く黙りなさい。まったく、幾らそろそろ血が止まる頃とはいえ、喋るだけでそれなりに体力は……」

 

 そう言い掛けたサヤコが、地上らしき場所へ続く階段の手前で一旦ムラサキを下ろし、そしてその朱色の着物の袖から想定外に広がる血のシミに、蒼白になりながら呟いた。

 

「うそ……なんで……どうして出血が止まらないの……!? ここはセブンスコードでしょ!? 時間経過で、殻にはある程度傷の修復プログラムが働くはずなのにっ、止まるどころか酷くなってるなんて……!?」

「お、おち、ついて……私の殻は、たぶん、人とは違うから……生理だってあるし……いたいのも、あるし……多分、その……せいで……」

 

 徐々に声が小さくなるムラサキは、横たわった硬い線路の上ですっと目を閉じていた。

 

「なんか……ここ……ひんやりして、きもちい……から、ねむく……」

「寝ちゃダメよ?! こんなところで寝る奴は死ぬって相場が決まってるんだから! ちょっとムラサキ! 私との約束はどうするのよ?!」

 

 半分泣き声で涙を飛ばしながらサヤコが身を揺するが、いかほどの効果もない。むしろ揺することで出血を酷くしてしまう気がして、すぐにその手を止めた。サヤコの背に凭れている間に、腕から胸にまでべったり染み付いてしまった血痕を見ながら、サヤコは取り乱しつつも考える。

 

「何かがおかしい……大怪我とはいえ、噛まれたのは片腕だけ……それなのに、そこからの出血量が正常範囲を超えてるのはどうして? ニレだって、開発段階でこんなおかしなプログラムは……」

 

 必死でムラサキの上腕を縛り直し、それでもなお滲んでくる血を見て、サヤコははっと手を止めた。

 

「……そういえば、あの時」

 

 怪我をする前と、普段のムラサキとの大きな違い。異様な高揚状態にあった。サヤコが口移しで与えた植能によるものだ。

 アドリナル——副腎から発せられるアドレナリンは、神経興奮時に分泌されるホルモン。むろん、心拍数や血圧を上昇させることもある。

 

「……わ、わたしの、せい」

 

 震えながら、後ずさってずるりと座り込んだサヤコの脚から、力が失われた。伸ばした手で触れたムラサキの掌は熱く、手首の血管はこの怪我にも関わらず異様な速さでどくどくと脈打っていた。道理でムラサキが苦しそうなはずだ。 

 このままでは、いくら傷口や怪我の程度が小さいとはいえ、絶え間ない放熱による体力の低下と失血で死に至るだろう。

 

「……私のせいで、大切な人が、また」

 

 瞳が、絶望の涙に濡れていく。

 その時だ。サヤコの腰のあたりを、硬い何かがつつく感触がある。はっとして、サヤコは脇を見ながら飛び退いた。

 紫咲の腰から伸びた蛇のうちの一匹が、そこにトグロを巻きながら、しっかりしろとばかりに舌を出している。

 他の黒い蛇達はもうぼんやりとした影程度にしか見えないが、その個体はなぜか唯一白色で、まだはっきりとした形を保ちながら、ルビーのような赤い瞳をサヤコに向けていた。子宮(ウーム)の中にいる蛇達の、総括役みたいなものなのかもしれない。

 

「しゃーっ」

「あ、あなたは、ムラサキの……? ……そう。そうよね。私がこんなところで、何もせず馬鹿みたいに泣いてる場合じゃないわ。ムラサキと生き残るって、約束したんだから」

 

 手の甲で乱暴に涙を拭って、強い光をその目に湛えながらサヤコは立ち上がる。その手に巻きついてきた白蛇に、サヤコは自ずと話しかけていた。

 

「お願い……私はあの子じゃないけれど、力を貸してくれる?」

「しゅ〜っ」

 

 サヤコの元に一時的にアドリナルを運んできた蛇が、その意志に応えるようにして、巻きついた右腕ごと剣の形に変わる。

 炎を纏わせたその腕を、サヤコは階段の入り口を塞ぐ壁に向かって、一気に振り上げた。

 

「アドリナル……闘争を惹起!」

 

 せめて、これ以上の植能の負荷は、ムラサキではなく自分に返ってくるといい。

 そう思って壁に向かいサヤコの刺し貫いた剣先から、凄まじい勢いで炎の爆発が起こり、瓦礫が飛び散った。

 じわじわと、コンクリートの壁が変色し、元の世界の色へと切り替わっていく。異空間が解除された証だ。

 

「今の爆発で、誰か気付いてくれれば……とりあえず、ムラサキを運び出さないと……っ!」

 

 右足に走った激痛に、サヤコが顔を歪める。炎を浴びたコンクリートの欠片が裸足の足に当たって、怪我をしていたらしい。髪も部分部分焼け焦げている。

 

「しっかりしなさい、私……無理をすれば運べない事なんてない。一刻も早く……」

 

 痛みに耐えながらムラサキの体を動かそうとしたところで、不意にかつーん、かつーん……と通路の奥から聞こえてくる足音に、サヤコははっと身を強ばらせた。

 動物の足音ではない。人の立てる音だ。またもやニレの追手かと全身から脂汗が吹き出しそうになったが、明らかにこれは女性物のヒールの音。小柄な少年の殻を持つニレは、ヒールは履かない。

 精一杯、ボロボロの身でムラサキを守るように立ちはだかったサヤコは、暗い通路から光の差す出入り口へ現れた影を見て、驚愕のあまり息を飲んだ。

 

「あなたは……ッ、一体どうしてここに!?!?」

 

 真紅のクチュールに、妖艶な褐色肌の立ち姿。かつてニレの心を奪い続けた恋敵でもあり、現在はムラサキのパートナー兼SOAT隊長でもある人間の姿がそこにあった。

 不遜な目つきで、見下すようにヨハネが言う。

 

「あんたらの位置の補足に手間取ったんだけど、爆発音が聞こえたからね」

「それにしては、随分余裕のある登場だったじゃない。何してたのよ? 今の今まで」

「犯罪者であるあんたが、文句を言う筋合いなんてあるわけ?」

 

 ぐっと息を詰まらせたサヤコの脚先に、屈んだヨハネが素早くテープを巻く。驚いたサヤコを跪いて見上げながら、その冷静な瞳をヨハネは瞬かせた。

 

「気休め程度にしかならないけど。このすぐ上にSOATの分隊が待機してる。あんたが走って呼びに行った方が早い」

「でも……ッ」

「その足じゃ人間を背負って立つのは難しい。それに、どの道ここじゃ通信環境が悪いんでしょ。ボクがここに残る。あんたは早く、助けを呼んできて。多少の応急処置なら、ボクができるから」

「く……ッ」

 

 ムラサキを一人残すのが心配ではあったが、冷静に考えればサヤコ一人で走った方が助けを呼ぶのは早いだろうし、そう言われて指示に従わない理由もない。

 負傷した片脚を引き摺りながら、サヤコが線路脇を離れて階段を上がる。瓦礫だらけの階段は、段も残らないほどぼこぼこしている箇所もあり、確かに人を連れて進むのは難しい場所だった。

 その姿を見送り、ヨハネはムラサキの脇に立つ。

 

「……さて」

「うう……」

 

 どこか冷徹にも見える瞳でムラサキを見下ろしていたヨハネ——らしき人物は、すぐ側にしゃがみ込むと、いとも簡単にそのクチュールの裾を割いて、新たにムラサキの腕へ止血の処理を行った。ヨハネ本人は高い高いと事あるごとに大騒ぎしていたはずの服だが、意にも介していないようだ。

 

「あんたを連れ帰れないなら、死なないようにしろっていう上の指示なんだ。まあ、この後駆け付けるボク(・・)の率いる部隊から逃げ切るのは、さすがに厳しいだろうし……それにどちらにせよ、ボクもあんたには恩がある。死なせるわけにはいかない」

 

 呟きながら、ヨハネはムラサキの体をかえして全身の傷をチェックしていく。その際、背中でざわざわと動いている植能の蛇達に気付くと、彼は小さく呟いた。

 

「サヤコ……アドリナルと融合した植能が、暴走状態にあるのか」

 

 やや迷ったような表情をしていたが、ヨハネは身を屈めて慎重に顔を寄せると、ムラサキの青ざめた唇にそっと口付ける。ややあって、太ももから這い出るように、一匹の蛇の紋様が彼の体に滲み出た。

 

「粘膜接触による譲渡……引き剥がせたのは一匹だけか。まあ、七匹全部持ってるよりは多少マシだろう」

「うう……」

 

 熱に魘されて苦しそうなムラサキが、一通りの処置を施されてなお、小さく呻きを上げていた。

 小さく眉を跳ね上げて、ヨハネは困惑気味にその様子を見ていたが、やがておそるおそる手を伸ばして、軽くとんとんと、ムラサキの肩を叩き始めた。

 

「大丈夫……大丈夫だよ」

 

 それは、全然大丈夫には聞こえない、ものの見事な棒読みだった。感情のわからないロボットが、人に指示されてやっているかのような挙動。やっている本人が一番戸惑っている様子が見て取れる。

 しかしムラサキは、その声に反応したかのように、ほんの少し苦悶の表情を和らげた。呼吸が心なしか穏やかになり、ヨハネは驚きの表情を浮かべる。

 

「……へえ。あんたの真似してただけなのに、ホントに効くんだ」

 

 そこへ通路の上方から、連なった足音が幾つも聞こえて来てこだまし始めた。

 

「隊長、こちらです! 煙と爆発音が!」

「お願い、急いで……!」

「そんな事言われなくてもわかってるってばッ!」

 

 聞き慣れた自分と同じ声に、ヨハネは小さく顔を綻ばせる。そして、破れたクチュールを闇の中でばさりと翻した。

 

「君は……誰……?」

 

 微かに響いた声に、立ち去ろうとしていたヨハネは思わず足を止めて振り返る。気力を振り絞って目を開けたムラサキが、ぼんやりした瞳でこちらを見つめていた。あの様子では、はっきりと姿も見えていないだろう。

 そう判断し、ヨハネは暗闇の中にその身を忍ばせるように歩きながら、独りで呟いていた。

 

「これは、再来月(・・・)のお礼。

……じゃあね、ムラサキ。あんたの未来(・・)で、また会おう」

 

 ルージュを引いた弧のような唇が、闇に妖しく浮かぶ。

 直後に突入した隊員達が認めたのは、倒れ伏すムラサキの姿ばかりで、直前までそこにいた()をその視界に入れることが出来た者は、誰一人いなかった。


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