SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部 作:大野 紫咲
あまりにもユイトさんの天然具合が暴走し過ぎてて、カシハラユイトキャラ崩壊注意を注意書きに書くべきか迷うレベル←
でも、私はこのユイトさんとっても好き。
そして、ムラサキの世界で言う、2022年の6月30日。
来るべきライブの日。
「み・ん・なぁ〜〜っ! 盛り上がってるかァ〜〜ッ!?!?」
ヴァイスに任せるとか言ったくせに、結局はオージもステージに立って、会場は大盛り上がりだ。
後ろに立つハルツィナヴァイスのメンバー、ろこやはるかも苦笑いしている。
「お、オージさん……ここ、クロカゲじゃないですよっ」
「私達のライブなんですから、出番奪わないでください」
「そーだけどっ! 今日の趣旨は『これまでのセブンスコードを振り返る・懐メロ特集』だろ? だったら俺が活躍した時の曲もやんねぇとな。
さっ、パフォーマンスも込みでまだまだいくぜぇ! マーロウ! 〝穿貫〟!」
(あ〜あ。ろこの槍と殺陣なんかしちゃって……)
ろこも元SOAT職員で、一応今も何かあった時の為に培養型のマーロウを保持しているから、槍は出せる。
ツインテールの萌え系キャラなイメージだったろこが、槍を振り回して勇ましく闘う姿に会場が湧く。闘志が沸き立つような勇ましい曲が流れ、それに合わせてはるかも部分再生型のリバーを構え乱入してくる。
その二人を、やられるフリしながらも軽くあしらっているオージもさすがだ。汗だくなのは追い詰められてるからじゃなく、単にステージライトが暑いからだろう。
世界が滅ぼうって日まで、この男はアツい。そしてウザい。まあ、そこがいいんだろうけど。
その時、耳のインカムに通信が入った。
イサクからの連絡だ。
『システム発動まで、残り1時間を切った!
そっちは異常ねぇか?』
「ああ。会場は問題ない」
『こっちも、ゴロツキをニ、三人シメたぐらいで問題ないわよ〜。こいつらまで連れてかなきゃいけないのかしら、やンなっちゃう。もう前の世界に置いてっちゃおうかしら』
『楠瀬、不謹慎であるぞ。今データがある市民に関しては皆平等に扱う。それが我々の方針であろう』
『分かってるわよォ。美人隊長は相変わらずお堅いんだからぁ』
次々と仲間から入る通信を耳に、こっちもいつも通りだと思わず唇を緩めた。
会場の西側の警備を頼んでいたムラサキが、ボクの姿を見掛けて駆け寄ってくる。
「おまたせ。でもこんなので本当にいいのかなぁ。私警備員の経験も何もないし、怪しい奴がいるかなんて全然分からないけど」
「他の隊員とも一緒だったでしょ。あんたがいるのはあくまでダブルチェックの意味合いだから」
こっからはボクと一緒だからね、と隣で手を握ると、ムラサキは少し驚いたようにきょとんとボクを見上げながら、笑顔で頷いた。
成功するとは思っているけど、万が一のため、というやつだ。だって、時空の狭間にムラサキを置いて来ちゃったら大変だし、うん。
「ふふ。これで万が一世界が分離せずに隔絶されちゃっても、私元の世界に帰れないね?」
「そうだね? あーあ、あんたもこんな取り返しのつかないところまで来てさ。ボクらに構わずさっさとログアウトしとけば、帰れたのに。今更遅いけどさ」
「分かってたよ。別にそれでもいいかなって、思ってたの」
困らせてやろうと、わざとそう言ったのに。
そんな返事が返ってきて狼狽えるボクの手を、ムラサキはきゅっと握り返して見上げてくる。右手には、神経修復用の包帯が巻かれたままだ。
「まあ、向こうの時空からしたら私は失踪みたいな扱いになるんだろうし、特に生前の荷物とか不始末を押し付けちゃう家族には、申し訳ないことこの上ないけど……友達も哀しむんだろうけど……。
でも、その罪悪感を除けば大した未練なんてないの。仕事もしてないし、社会の歯車的には誰も何も困らない。
私がこのセブンスコードで、リアルには存在しないデータ上の殻だけの存在になったとしても……ヨハネさんは、仲良くしてくれるでしょ?
私は、君と会えない世界なんて嫌だったよ。もう二度と会えないなら、死んじゃえと思うくらいに」
「……」
黒々とした瞳が、ボクを見つめる。
淡く表情を染めるステージライトに照らされた姿が、本気に見えて怖かった。
言葉を失ったまま、思わず右頬と髪に触れると、ムラサキは首を傾げながら屈託なく笑ってみせる。
「なーんて! ここが消えるのも、私の世界に帰れなくなるのもヤだから、こんな頑張ってんだけどね! 諦めるのはまだ早いよ。
それに、最近ログインできてないみたいだけど、愛理と君を引き離したくないもん」
ぶらん、とボクの手を振って揺らすムラサキに、息を吸い込んで何かを伝えようとした、その時。
ボクらが耳に入れている通信機から、意外な人物の声が聞こえてきた。
『お前たち。持ち場がひと段落ついたら、中央ステージに集まってくれないか』
『ユイトさん? 何かあったんすか?』
『SOATの面々も、PRとして一曲ずつ持ち歌を披露しろとのことだ。ちなみに僕はさっき歌った』
「はあああぁァ!?」
傍受してた全隊員がずっこけそうになる内容だった。
隊員がステージ出て歌うって、一体何考えてんだ。そんなのリハの段階でも聞いてない。
案の定、爆笑し出したイサクの張り切ったような返事が聞こえてくる。
『おいおい! 何一番いい順番引いてんだよ!? 一曲目が一番緊張しねぇだろ!? 参ったなーっ……てなわけでぇ、オレが二番手に決まりいっと!』
『あーーっ! イサクさんズルいっすよぉ! オレ、ウルカが歌った後で何歌っても映えるワケないじゃないっすか!』
『ユイトの歌……私も聞きたかったな……ぐすっ』
『はわわ、緊張しますぅ……!』
「いやちょっと待ってマジでやるの???」
『仕方ないだろう。個々人の個性があるのは、この世界の安定化にも繋がる。これだけ強者揃いのSOATであれば尚更だ。貢献しないわけにいかない』
「警備はどうすんのさッ!?」
『全員で歌うわけじゃないんだから、交代でやれば事足りるだろ。ヨハネ、お前は隊内外の人気も高いんだから、早く戻って来いよ』
「勝手に決めないでよッッッ!」
あああ、もう。なんて呑気な最高指揮者なんだ、こんな時に。
ボクの気も知らず、ムラサキはとなりでのんびりと笑っている。
「ふふっ、いいじゃん。ヨハネさん、歌って踊っておいでよ。アイドルになるチャンスだよ」
「はぁあ!? あんたまで何呑気なこと言っ……、そうだっ」
ボクは、ムラサキの手を掴んだまま走り出した。
きらきらしたサイリウムの海を抜け、人並みをかき分けていくボクの背後から、焦ったような声が聞こえる。
「えっ、えっ??? ヨハネさんどうしたの!? どこ行くの!?」
(パフォーマンスってことは、さっきのオージみたいに歌だけとは限らないってことだよね。つまり……)
目を白黒させるムラサキを引き摺ったまま、ステージの下段に辿り着いたボクは、丁度そのあたりでイサクを鑑賞し、歌い終わった彼と交代でステージに上がろうとしていたカシハラに、堂々と人差し指を突きつける。
てかこいつ、また歌おうとしてたのかよ。なんだかんだですげえノリノリじゃん。
「おいカシハラ! ここでのパフォーマンスが要るってんなら、ボクらとバトルで勝負しろ!」
「え、ええっ!?!?」
「おおおっと! ここでSOATのヨハネ隊長から、カシハラユイト隊長に宣戦布告だぁ〜〜っ!!! どーなる!?」
悲鳴を上げたムラサキに被せるような形で、すかさずオージが盛り立てる。
外でのカシハラは、一応重役であることを隠す為に、あくまでただの「隊長」として通っている。丁度いい。今のカシハラはSOATの一隊員に過ぎないんだから、模擬戦の体を取ってこの際ボコボコにしてやる。
そんなボクの目論みを読めないほどカシハラもバカではないのか、普段には珍しく好戦的に目を細めると、ボクらの方を楽しげに見遣った。
「ほう? 面白いな。これでも腕は鈍ってないつもりだが」
「いつまでその余裕ぶっこいた口を叩けるだろうね? 二対一とはいえ、こっちは容赦しないよ?」
「二対一か……戦い慣れしない彼女を庇いながら動くのは、至難の技なんじゃないか? 油断するなよ」
「そっちこそ、ナメ過ぎてステージでコケるなよ。今のうちに靴紐結び直しといた方がいーんじゃない?」
唇の端を吊り上げ、植能を発動させるボクの前で、カシハラも拳銃を構える。
「
「
音楽と共に、割れんばかりの歓声が降ってくる。ふと見れば、広いステージのあちらこちらではこれに乗じて隊員達の模擬戦が始まっていて、ネイルズやブラッズの派手な火花が上がっていた。
シールドでカシハラの連射を防ぐ物陰から、ムラサキが呆れたように服の袖を引く。
「ちょっとぉ……ヨハネさん、私まだ右手が」
「分かってる。パフォーマンスなんだから、あんたはそこまで本気でやらなくていい。ボクが全部カバーする」
「んなこと言われても、何もしない訳にいかないでしょー! んもう!
キラキラした光がムラサキの手元から放たれて、向かってくる弾丸を包み込む。失速する弾を見て、ボクは目を見開いた。
「今の……弾に植能を使ったのッ!?」
「〝催眠〟の作用をね。モノに効くかは微妙だったけど、多少は助けになりそう」
「さすがだね。反撃といくよ」
一曲分を制限時間として、次々と模擬戦の乱舞は続く。
ミライ隊長はゴールブラダーを花火のように打ち上げて、転がった岩で足元を塞ぎながら撹乱するし、イサクの手榴弾はとにかく衝撃がデカくてこちらがよろめいてしまう程の迫力だ。
ソウルの煙幕は相変わらず蛍光色で見づらいし、その隙を狙って突っ込んでくるオージの槍を、ムラサキは間一髪で逸らしながら防ぐ。
もう滅茶苦茶だけど、ボクらは傷だらけになりながらも、背を預け合って闘っていた。
「ふふっ。私も参加しちゃおっかなーっ」
「げっ。コニまで……もう、勘弁してよ」
ウルカことコニの放った巨大な水の球が、頭上に迫ってくる。反射でコルニアを纏わせた拳銃を撃ちまくると、ぱあんと弾けた球からは雨のように水滴が注ぎ始めた。コニの持ち歌である綺麗な楽曲のムービーとも連動した演出に、会場が大いに湧く。
「うわーっ! きれー!」
「サキ、よそ見しない! 次が来るよ。こっちに避けて」
「はいはーい!」
ぐい、と繋いだまま手を引っ張ると、サキがステップを踏んでボクに引き寄せられる。ワルツを踊るみたいに、ぴったり歩調を合わせて。
ボクの腕に腕を添わせて擦り寄りながら、袴の下から一歩を踏み出したムラサキが囁く。
「ねえ、ヨハネさん。折角なんだからコルニア使ってよ。ヨハネさんのクチュールが揺れるところ、見たい」
「はぁあ? ったく……ま、こんな時くらいサービスしとくのも、悪くはないか。見惚れ過ぎて裾踏まないでよね」
「やったーーーーっ!」
視覚情報を改竄して、隊服の上からクチュールの衣装を登場させると、周囲から歓声が上がった。
構わずに、ムラサキの手を取って導く。当たりそうになる攻撃を、ムラサキの体を抱き上げてリフトしながら避け、とんっと着地した彼女をくるりと回す。
ボクも一緒に回った瞬間、丁度舞い上がったクチュールが影になり、こちらに銃を向けていた隊員の動きが一瞬止まる。背を支えられて反らしたムラサキが、すかさず死角から相手を迎撃しつつ、楽しそうに弾ける笑いを漏らした。
「あははっ。何これ、たのしー!
ヨハネさんこんなにエスコート上手だったの!?」
「曲もあんたの動きも見知ってるからでしょ」
他の奴ら相手に出来る自信はない。
ただエスコートされているように見えて、ムラサキもボクと曲に合わせながら地面を蹴ったり、踊ったりしているから成せる技だ。言わないけど。
「おおっと! 真紅のクチュールと紫袴の舞が止まらないぞーっ! SOATきっての名コンビ、バトル中に繰り出す技とは思えないくらいの美しさだーッ!」
こっちだって、自分の曲ぐらいは期待に応えないとね。
容赦なく敵を薙ぎ倒し、懐かしいこのセブンスコードのテーマソングや、しんみり系のバラードなんかにも合わせた演出をムラサキ達と鑑賞していると、信じられないくらいその時はあっという間にやって来た。
本当に、時空の閉鎖がかかった大作戦じゃなくて、ただのライブのお祭り騒ぎなんじゃないかと勘違いしてしまうくらいの熱狂だ。
「みんな、準備はいいー!?」
「僕達と一緒に、新しい世界に飛ぼうよ!」
「みんな一緒に手を繋げば、怖くないですからっ!」
「恐れないで! 一歩を踏み出すの!」
マイクを片手に、手を振り上げる純白のアイドル達。わーっと、会場が沸いた。
ボクは飛ぶ。
旧き歴史を置いて、新しい世界へ。
信じたものと、ボクが選び取ったものと、共に。
「10!」「9!」「8!」
「ムラサキ……」
「うん」
ステージ下でぎゅっと手に力を入れれば、同じだけ隣から力強く握り返される。
言い知れない緊張感の中、会場の盛り上がりも最高潮に達しようとしていた。
「7!」「6!」「5!」「4!」
減っていく、カウントダウンの数字。
割れそうなコールの声が、何重にもなって会場に響く。
「3!」「2!」「1!」
「ゼロ!!!」
ぱぁん、と花火とクラッカーが一斉に鳴り響く。
一瞬大きくごごんっと音を立てて、ドームの入れ物全体が揺れるような振動が起こったが、それすらも客には演出の一部と思われたらしい。
うわぁっ、という人々の歓声と共に、ライトが会場からステージを舐め上げ、ヴァイス版「キミと見た夢」のイントロが鳴り響いた。
思わずきょろきょろ見回したけど、ボクらの周りには、これといって何の変化もない。
インカムから、リアちゃんの声が状況を告げてくる。
『監視モニター、対象者の意識レベル、都市のバイタル……全てにおいて正常です! 問題ありません!』
『こっちも! まだちょっと周囲の空間が不安定だけど、着地せいこーう! すぐにシステム弄るから、もーちょっとだけお客さん足止めしといてー!』
リアちゃんとミソラの声の明るさから、作戦が成功したことを知る。周囲にいたSOATの隊員達が、周囲の盛り上がりに乗じて一斉に帽子を放り投げた。
「やりましたね、隊長!」
「よかったっす!!!」
まだ、状況が信じられない。
ゆっくりと隣を向くと、ムラサキが泣きそうな顔で見上げてくる。
「ヨハネさん……」
一度は消えるんじゃないかと、永久の別れかと覚悟した人は、そこにいた。何も変わらずに、ボクより小柄な背を興奮に揺らしながら。
「やったよ。やったね。よかっ……おわぁっ!?」
ムラサキが二の句を継げなくなったのは、他でもないボクが、彼女の体をキツく抱き締めたからだった。
和服と袴の、少し硬い独特の手触り。髪から漂う匂い。こんなに布を隔てていても、どこか熱く伝わってくる体温と、湿った頬の感触。
……あたたかい。何度実感しても信じられないほどに、儚くて脆いぬくもりが、そこにはある。
舞台の袖に近い暗がりの中で、ムラサキが照れたようにもぞもぞと動く気配がした。
「あっ……あの、ヨハネさ……」
「ムラサキ。そこに、ちゃんといる……?」
「う、うん。いるよ。大丈夫だよ」
「まだ……実感が湧かない。あんたと、離れ離れにならなくていいなんて」
抱き締めたまま、踊りまくって髪の乱れた小さな頭を撫で付けると、サキはくすぐったそうに笑って身を寄せてきた。
「もぉ。心配性だなぁ。
でも、そうだね。そうだよね……私も嬉しい。何回でも言ってあげるから、安心していいよ。
不安になるなら、いくらでも腕の中にいる。ヨハネさんが信じられるまで、いっぱい」
「サキ……」
「でも……今は少しだけ恥ずかしいかな。みんな見てるし」
「……? わっ!?!? ごっ、ごめん……!!!」
すっかり状況を忘れていた。
突き放さないように、けど慌ててムラサキの体を引き剥がすと、ステージ下とはいえそこそこの数待機していた隊員達が、示し合わせたように一斉に目を逸らす。
「わっ、我々は何も、見てはおりませんので……!」
「ちょっ……!」
「まあまあ。最悪私の植能のせいにしとけばいいでしょ」
そう言ってムラサキは笑うけど、ボクの気持ちをあんたの植能と一緒くたにされるのはな……とぶつぶつボクが呟き始めたところで、カシハラがこっちに向かってくるのが見えた。
「もう大丈夫なの?」
「こちらは問題ない。システムも問題なく起動しているし、『この』セブンスコードはこれからも形を変えつつ継続していくだろう」
「いや、そうじゃなくて……それもだけど、結構な負荷が掛かったんだろ。あんたと、外のアウロラの体は」
「多少はな。これから暫くは休みに入ることにするよ。あとは頼んだぞ」
お疲れ、とリアちゃんに付き添われながら手を上げたカシハラは、いつもと同じような表情をしながらも、多少の疲れを滲ませていたようだった。
まあ、無理もないね。宇宙船を航海に向けて発射させるような、大任務だったんだし。
この後は、カウントダウンライブの体を取って、まだイベントが目白押しになる予定だ。
ボクはシフト表を確認しながら、観客を無事帰すまでがSOATの仕事だと、いつもの自分に戻って気を引き締めた。
*****
オレンジ色の空を投影した夕焼けが、ヴァイスドームの向こう側からこの街を染めている。
連日催し物が行われるライブ会場も、今はセットをバラし終わってがらんとした状態だ。
点検や整備に入ったスタッフが、ちらほらと客席や前方に見える。
その中でボクは、空中のモニターを触りつつ一人伸びをした。
「くぁあ……。やっとデータチェック終わった……」
あれから一週間近く。いわば「二度目の捕縛」を逃れた世界は、何事もなかったかのように維持され、続いている。
ループする気配もないし、この時代の人達に混乱をもたらさないよう秘密裏にではあるが、繋がっているいくつかの多元的な時空から、この世界以外の情報も入ってくる。
そもそもムラサキがこの世界に現れたことからして、異世界タイムトリップなんて信じられない概念だったけど……今やそれが、当たり前とはいかなくても、たまにはそういう事もあるかな、ぐらいすんなり受け取れる事象と化してしまっていて、ボクは自分に驚き呆れるばかりだった。
まあ、ここはセブンスコードだし。本人が望めば、何だって叶う世界なんだろう。たとえそれが、外の世界の真実とは、かけ離れていたとしても。
「おおーい! ヨーハネさーん!」
夕陽が赤とオレンジのグラデーションに染める階段を、聞き慣れた声が上ってくる。
踏んづけそうな袴の裾を持ち上げながら、せっせと上ってくるムラサキを、ボクは画面を畳みながら出迎えた。
「あ。ごめん。お仕事まだ途中だった?」
「いや。丁度終わったとこ。今日はここのドームに残った時空震の痕跡のチェックと、システムの補修が担当だったから。ついでに、ドームにいた人達の顧客管理も、ここでやろうと思って作業してた。今日は関係者以外立ち入り禁止だから、誰かに覗かれる心配もないしね」
「またすごいとこでお仕事してるんだねぇ……お疲れ様。私も今退勤してきたとこだし、何か甘いものでも飲みに行く?」
「いいね。SOATの近くに、美味いフラペチーノの店がこの間出来たところなんだ」
「おお」
「あ、でも安心してよね。あんたが飲めるように、ちゃんとホットのハーブティーとかもあるし」
「うん……ふふっ」
何故かムラサキは楽しそうに笑って、ボクに凭れ掛かるようにくっついてくる。
何がおかしいのかと眉を顰めると、サキは首を振ったままボクの腕を取った。
「なんか、こういうのいいなぁって思って。
ヨハネさんが、私の好みとか体質を把握して、気を遣ってくれてるのが当たり前になっちゃって。
相手のことを、お互いに分かり合ってるんだな〜って感じ……?
今は当然のようにそうしてるけど、すごく嬉しいし感謝してるの」
「そりゃ、これだけあんたのこと近くで見てたら慣れもするでしょ。1年……?とか、あんたのリアルではそのぐらいの時間かもしれないけど」
「慣れだとしても、私は嬉しいよ〜。ほんとヨハネさんのこと大好き。優しいんだから」
「別にあんたの為じゃなくて、面倒が少なそうな方を最初っから選択してるだけだってば」
そうは言ったけど、この言葉自身に説得力がない。
だって、誰かとこんな風に親密になることなんて、一番面倒なことのはずなのに。自分のことも、相手のことも分からなくて、ものすごく面倒くさい。
思わず黙り込んだボクの手を、サキが自分から繋いで握ってくる。
やたらめったらベタベタしてくるところも、ボクの前ではへらへらしているところも、相変わらずいつものサキだ。そしてそれを、拒否する理由がないくらい当たり前にボクが受け入れてしまっていることも、事実だった。
慣れ……ただの慣れ、なんだろうか。
こんなボクのことを、今に至るまで好きだと言い続ける、奇人変人の類。どうせ最初だけでしょと思ってたのに、ここまでくると、さすがにどうしたらいいのか分からなくなる。
いっそこのまま……なんて、植能やエレメントの事件や、同じ職場で芽生えた絆さえ超えた何かを、ふわふわした気持ちが曖昧なままに期待してしまいそうになる。
「あ、見て。一番星だ」
ゆっくりと夜に変わりゆく空を見上げながら、ムラサキが指差した先に灯る光。
繋いだ手をこのままに、いつまでも隣に居たいと思ってしまうのは、単にカシハラが言っていた、「この世界の鍵」という言葉のせいだけだろうか。
今回の転移で、ムラサキを中心にデータが展開していたことはボクも知っている。
もう彼女は、ただの変わり者の「密航者」ではなく、ボクが一方的に守護したいと思っていた対象でもなく、きっとこの世界にとっての「重要人物」になってしまった。
ボクらの願いが、きっとそう仕立て上げてしまったんだ。
エレメント絡みの事件を解決していくにつれ、いずれはそうなってもおかしくないと思っていたけれど、今回の件ではっきりとそれを自覚した。
何か——彼女には、役割がある。この世界の命運を左右する、本人自身も知らないような、大きな役割が。
そんなものを背負わせたくはなかった、という感情と、これで嫌でもサキはボクらから離れられない、という安堵感で、ざわつく胸を押さえながら、ボクは隣に立つ彼女の名前を呼ぶ。
「ねえ、ムラサキ」
「?」
きょとん、と見上げたムラサキの瞳に、ライブの残り香のように、ドームのオレンジ色のライトが映る。
その目を覗き込みながら、ボクはサキの両肩にそっと手を置いた。
「サキ……はっきり言って、こっから先の世界の行く末は、全部あんたにかかってる。
自分では、その自覚が薄いかもしれないけど。あんたは大切な存在なんだ。
ボクとみんなのことを、よろしく頼むよ」
いつになく真剣な声のトーンを、どう思ったのだろう。
オレンジ色の空に、静かに夜が降ってくる。
サキはおちゃらけて笑い飛ばす事もなく、ただ微笑を浮かべて、ボクの前で首を傾げてみせた。
「それって、この世界にとって大切、ってこと?
それとも……ヨハネさんにとって?」
「っ、野暮な質問しないでよ。そうじゃなきゃ、ここまで必死になるわけないでしょ」
紛れもなくその両方だけど、後者の気持ちがなければ、ここまでの事には至らなかった。
けれどそれを口に出すには恥ずかしいボクのことを、サキは見透かしているような目で優しく見つめて笑ってから、頷いて両手でボクの手を握る。着物の袖から覗いた腕に、うっすらと蔦模様の紋様が浮き出ていた。
「そうだね。もし私が君と逆の立場でも、きっと必死になる。
あまり、自分のことを追い詰めすぎないでね。バディでしょ。背負う時は一緒だよ」
「っ!? なんで……」
「さっきまでそういう顔してた。私だって、『背負わされてる』なんて一方的な被害者意識でそう思ってるわけじゃない。ヨハネさんとだから、この世界のことをもっと愛したいと思ったし、一緒に背負っていこうと思ったの。
時々は、ていうかしょっちゅう、弱くなっちゃうこともあるだろうけど。私のこと、最期まで見捨てないでね」
切なげな瞳が、切り揃えられた前髪の下から覗く。
改めてよろしく、とムラサキが差し出そうとした手は既にボクの手を握っていたので、ふと考えて、ボクは返事をする代わりに、橙と藍色の混ざり合った空が作る客席の暗がりの中で、そっと顔を近付け、彼女の唇に口付けを落とした。
「……っ、え、え」
「誓いの場面では、こういうのの方が適してるんでしょ。多分。契約更新、だね」
「そっ、れは……! 嬉しいけど、大胆すぎるよおぉぉぉ!」
うわーっと両手で顔を覆い隠す彼女の恥じらいの基準が、イマイチよく分からない。
もっとよっぽど大胆なことを、言ったりやったりしていたくせに。
このままではティーブレイクを通り越して夕飯の時間になってしまいそうだ。サキの部屋で一緒に食べるのもいいかもな、と思いながら、ボクは触ると熱く感じる彼女の掌を引っ張った。
「ううううう」
「どうかした?」
「今、ものすごくヨハネさんにくっ付きたい」
「家に帰ったら散々ベタベタ引っ付けるんだからいいでしょ」
「今がいいのー!」
「ボクが何言ったってあんたは結局くっついてくるじゃん。暑苦しいったらないんだから」
歩きにくい、転ぶといくら文句を言っても、きっと前方のステージに降り切るまで、そしてこのドームを出るまで、彼女は腕に縋って離れたりはしないだろう。
嘆息して見上げた先に、一番星が光っている。あれは、何ていう星だっけ。有名なものなら、星座早見やプラネタリウムで調べれば分かるかもしれないけど、ボクはそんなに星に詳しくない。
「北極星って、北に光ったまま、夜空が動いても位置が変わらない星なんだっけ」
「うん。北斗七星の中にある星だねー。すごく暗くて、わかりづらいんだけど。
昔の船乗りの人たちは、北極星とか北斗星を頼りに航海したって言うよ」
「ふぅん……暗い星なんだったら、あれは違うかな。セブンスコードの街灯りの中でも見えるくらいだし、明るすぎるよね」
「まぁ、それでも目指して漕いでれば何処かしらには辿り着くんじゃない?」
「そんなの航路がめちゃくちゃになるじゃん……」
こんな、歩きながらの他愛もない話でさえ、言うのは癪だけど幸せだと感じる。
星を見上げながら歩くボクらの行く末は、どこに辿り着くか分からない。順風満帆とは行かないだろうし、座礁するかもしれないし、全然知らない無人島に辿り着いたり、餓えて困ることもあるかもしれない。
それでも……漕ぎ手のボクからは進む先が夜空のように真っ暗で何も見えなくても、ムラサキがその向かい側で笑っていてくれるなら。二人で、またやっちゃったねと笑い合えるなら。
たとえどんな航路でも、最後にはまあよかったか、と思えるかもしれない。そうであればいい。
こんな浮ついた気持ちが、仮初でも平和が続くことを願う気持ちが、ムラサキといることで自分の内側から湧き上がってくる。
自分がどれほど冷静さを欠いて浮き足立っているかなんて、自分が一番分かっているのに。今すぐこの天に向かって、気持ちを叫んでしまいたくなる。
「……ヨハネさん?」
「いや。何でもない」
暫く足を止めて頭上を見上げていたボクを、ムラサキが不思議そうに振り返る。
一度だけ目を拭ってから、ボクはまた、蛍のように非常灯の灯る通路を、彼女の手を引きながら歩き始めた。
*****
真っ暗な、どことも呼ぶ事が出来ないデータ空間の狭間。
楡舞哉——の名を冠する人工知能は、ゆったりとアンティーク椅子に背をもたせかけたまま、手元のワイングラスの中で赤い液体をゆっくりと回した。
その表情は、心なしかどこか楽しそうだ。
「やれやれ。まさかボクまで巻き込んで転移するなんてねぇ。
新たなセブンスコードの神は、お人好しもいいところだ。
まあ、その方がボクにとってはありがたいけれど」
おかげで社会実験を続けることが出来る、と唇で弧を描きながら、赤ワインを啜る。
暗がりから、かつりとヒールの音を立てて現れた人物が、ニレに声を掛けた。
「……呼んだかしら」
「そろそろ動こうと思うよ。次なるターゲットは、NZ区以東にある山間の集落。
あそこの宗教団体は、君もかつて気に掛けていただろ」
「ええ……貴方に言われて、調査したことがあるわね。興味深いエレメントの反応があったわ」
「あそこの人達の教義や文化は、こっちの研究にとっても打ってつけだった。……さて、どう暴走を促すかな」
くっくっ、と喉で笑い声を漏らすニレを、しかし傍の女性——サヤコは無表情に見つめる。
「もう少し、この世界が異空間に定着するのを待ってからにしたらいいんじゃないかしら?」
「完全に安定してしまったら、それはそれで感情の暴走する余地がなくなる。面白くないだろ。
何? キミはいつから、ボクに指図できるほど偉くなったの?」
「……っ、ごめんなさい。思ったことを言っただけ。もう口答えしないわ」
子供にはあるまじき眼光に睨まれ、サヤコが目を伏せる。
それ以上詰ることもなく、ニレは興味なさげにワイングラスを放る。かしゃん、と軽い音を立てて床に落ちたそれを、ニレは冷たい目で見遣った。
「飽きた。片付けて、新しい銘柄でも用意しておいてよ」
「わかったわ」
言われるがままの部下に、勿論礼の言葉などひとつも掛けることはない。
しゃがみ込んだサヤコのうなじを眺め、踏みつけたい衝動に駆られながら、ニレは部屋を取り囲む実験用の水槽に視線を移した。
「適合者……あの集落に居る『彼女』か、それともボクが狙っている『彼女』か。
まあ、世界を丸ごと動かす力を、カシハラくん経由で発動させた時点で、結果は分かっているようなものだけどね。
自然淘汰じゃ、弱き者は強き者に狩られる。キミの活躍を期待してるよ」
椅子の座面から取り出したダーツの矢を、不意にニレは壁際に向かって放った。
まっすぐ飛んだ矢が、鋭く的を射抜く。
そこに貼ってあった、二人の女性の写真。そのうち一つの顔は、ムラサキのものだった。
そんなわけで、そこはかとなく次話に繋げていける感じの終わり方にしましたが、未だ右手は不調のため&現状文披31題に参加中のため、執筆開始や執筆ペースはどうなるかわかりません。
こんなに長くなる予定なかったんですけど、でも結局手をギリギリまで酷使出来る限りは、キーボード使って書いちゃうんですよね〜、書きたいだけ。
でもぼちぼちこちらも連載始めていきたいところですね。夏だし(?)