SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部 作:大野 紫咲
第二部一章、ようやく始動です。今回は、プロローグ的なターン。
本二次創作初登場となる、アウロラ視点からのスタートです。
自らの引き起こした事件と、ユイトとの入れ替わりにより、実質セブンスコードからの「退場」を余儀なくされたアウロラ。そのリアルでの暮らしぶりはというと……?
Prologue1 現実
あの日。
わたしが12ヶ月の休眠から覚醒し、カシハラユイトの体としてこのリアルの世界に生きるようになってから、数ヶ月の日々が経った。
カシハラユイトの家族は、目覚めた人間の中身が自分の子供でなくなった事に、当然驚いた。未だぼんやりと、病院着姿でベッドに座ったまま医者や研究者たちの話を聞いているわたしを見て、嘆いたり、悲しんだりした。
特に、母親である人間の悲哀は、一際強いもののように感じられた。
生命維持装置に繋がれていたとはいえ、1年近くセブンスコードにログインしっ放しのこの体は、身体機能や筋肉的にもかなりの衰弱が進んでいた。
今、本来の「わたし」の中にはユイトがいて、その体をシステムとして維持しながらセブンスコードを形作り、永遠の夢の中で生き続けている。これは、「わたし」が持っていた不老不死の体じゃない。
入院中、酷い倦怠感と疲労に襲われて過ごす度に、わたしはその事をまざまざと実感した。
眠りたくても、疲労で眠れない夜すらある。思い通りに動かしたくても、骨や関節は言う事を聞かず、ベッドから立ち上がろうとする度膝から崩れ落ちた。こんなことは、今までの体ではあり得ないことだった。
人間とは、かくも脆い存在かと思い知った。通りで、多くの医者や看護師の庇護が必要なはずだ。
日中、落ち着いて座っていられるようになると、私に関する研究やセブンスコード運営の監査官と呼ばれる人達が、病室に訪れた。わたしは、尋ねられるがままを答えた。
わたしを増殖する計画のために、ニレが作った悪魔のウイルスとハルツィナのメンバーは消滅し、夢は終わった。既に研究が凍結したわたしを、これ以上必要とする者もいない。そもそも、今のわたしは「わたし」ではない。嘘をついても仕方がなかった。
聞き慣れない声を喉から震わせ、たどたどしく答えるわたしに、カウンセリングも兼ねているというスタッフは優しく言った。
「杉浦さんは、早く君をセブンスコードに帰してあげたいみたいだけどね」
「ユウダイは、研究所を追放されたんじゃないの?」
「彼は、我々が声を掛けてSOATに残ってもらうことにしたよ。殻の修復のスペシャリストである、彼にしか出来ない仕事や研究がある。君がいつでも安定して戻って来られるよう、尽力したいと話していた。
ニレの所業を知っていながら、奴の言う通り奴隷に甘んじていた事は看過し難いが、今や我々はニレの支配を逃れた。これからの働きで、その償いは返してもらうつもりだ」
ユウダイが、わたしのことを未だに気に掛けているというのが不思議だった。
けれどその言葉通り、一通りの取り調べが終わると、ユウダイは足繁く入院中のわたしを見舞いに訪れた。
それだけではなかった。コニやヨハネまでもが、わたしに会いに来ていた。
歩けるようになったら、わたしを連れて行きたい場所があるのだという。
なぜ、あれだけの事を犯したわたしを、彼らは受け入れようという気になれるのだろう。
「別に、あんただけが悪かったわけじゃないでしょ」とヨハネがそっぽを向く。
「私は、終わらないものもあるんだって……アウロラに知ってもらいたかった。
その本当の意味をもっと早く伝えられていたら、こんな事にはなっていなかったのかもしれない。
でも、今からだって遅くはないよね。終わってしまった事から始まることだって、あるんだから」とコニは笑った。
彼らの感情を、どう受け取ればいいのかわからなかった。
それでも、わたしと好意的に接する人間がいる事を知って、橿原家の面々は少し落ち着いたらしかった。
不器用に頭を下げるヨハネと、丁寧にお辞儀をするコニが、病室を出て行くのを礼で見送ってから、ユイトの家族が顔を見合わせる。
そんな日々が過ぎ去ること数週間、カシハラユイトの母親は、父親と並びながら言った。
「あのね……」
今まで数え切れない程の人間の醜さや傲慢さに触れて、今更何があっても新鮮味すら感じなくなっていた私にさえ、それは驚きをもたらした。彼らは、私を引き取って、彼ら自身の家に家族として迎えると言う。わたしを取り調べにくる監査官や職員たちとも、その件について話していたらしい。
そっくりそのまま中身が入れ替わってしまった息子を、中身が違うからと言ってすぐに手放したりはしない程度の情が、彼らにはあるらしかった。
だとしても、今は息子ではないニセモノのために、そこまでの選択を取れるものだろうか。
わたしには、人間のことがよくわからなかった。
前の「わたし」とは、体の厚みも重みも違う。
10センチ以上も高くなった視界と、長い手足の扱いは未だに慣れない。
退院しても尚、戸惑いながら車に乗った私の肩を抱いて、母親が寄り添った。
「当局に預ける手もあったのに、どうしてわたしを?」
「魂というのは、脳や精神にだけ宿るものではないでしょう?
たとえあなたが、今は唯人ではないのだとしても、あなたは私達の……
……まあこれは、自分のお腹を痛めて産んだ人間にしか、わからない感覚でしょうね」
少し疲れたような顔で、彼女は寂しげに微笑んだ。
家には、銀行員だというユイトの父と、彼の兄と妹が同居していた。
父親と、大学生だという兄は忙しく不在がちなことが多かったが、彼らは戸惑いながらも、当たり障りなくわたしの居る新たな生活をこなしているように見えた。関わりの密度が高かろうと薄かろうと、家族生活には特に影響ない。そんな淡白な様子が見て取れた。
代わりに、高校生の妹・
彼らの意外な順応性について尋ねると、彼女は「う〜ん……まぁ、お兄って昔っから静かな人だったからなぁ」と言った。
そして、わたしがリアルと呼べる世界に暮らし始めてから、一ヶ月ほどが経った。
わたしがセブンスコードに戻るための審査が、遅れているとユウダイに聞いた。
わたしの今の精神状態や、被験体だった頃に犯した罪を、審査委員会が重く見て慎重を期しているとは聞いていたが、どうやらそれだけではないらしかった。
セブンスコードで、新たな異変が起きているという。
終わったはずの悪魔の存在が、再び息を吹き返している。
植能では対処し切れない、次元を超えた問題が起こっている。
ユウダイから大まかに聞いたところではそういう話だったが、全容を掴み切れない。
時空を超える。次元を超える。
ニレですら、「偽物のセブンスコード」を作って錯覚させる事しか出来なかったそれを、本当に成し遂げてしまう存在がいるとすれば。
わたしにとってもそれは、興味深い存在だ。「孤独」や「感情」を知らなかった頃に、戻れるかもしれない。
それと同時に、定期的にコニと見舞いに訪れるヨハネの様子が、挙動不審になり始めたのもこの頃だった。
ある時、ヨハネはわたしとコニを、電飾の灯りが眩い夜の街へ連れ出した。あちらこちらで陽気な歌や音楽が聴こえ、雪が降るほど寒い中を、自分の宗派でもない宗教行事を祝っている人間たちが、わたしにとっては不可解だったけれど、コニは楽しそうだった。
外の屋台で温かいココアを買ったヨハネは、SOATでかなり重大な職務を担っているらしく、白い息を吐きながら自慢げにわたし達の前でその話をしていたが、不意に赤くなったかと思えば怒ったような表情で
そのうち、クリスマスプレゼントがどうのという話をし始めて、クリスマスプレゼントを贈りたい相手がいるのかと尋ねたら、「違ッ、別にそういう訳じゃないから!!! あんたに心配される筋合いなんかないね!」と必死で否定された。
コニは、訳知り顔で隣で苦笑している。その表情を見るに、コニとの間に何かがある訳ではなさそうだったけれど、だとしたら尚更不審だ。
元々わたしに、誰かを好きになるという気持ちはわからない。けれど、ヨハネの反応は、いわゆる恋をしている時の顔なんじゃないかと尋ねたら、コニは否定しなかった。
コニが言うなら、間違いはないのだろう。あのヨハネが、人間としてどういう相手を好むのか。正直言ってわたしには想像がつかないから、興味深くはあった。絶対に教えてはくれなさそうだったけれど。
そんな風にして、年も明けた。
初詣に行こう、とわたしを強引に誘い出す人羽に連れられながら、大勢の人でごった返す神社でお参りをした。
ただ周囲に倣って手を合わせるだけのわたしに、人羽は促す。
「ちっちっちっ。違う違う。二礼二拍手一礼でしょ? そのくらいお兄でも知ってるよ〜」
「にれい……?」
「二回頭を下げて、二回手を打って、一回頭を下げるの! ほら、あたしの真似して。ちゃんとお願い事して」
無邪気な人羽の笑顔は、ハルツィナのみんなの笑顔を彷彿とさせる。そういえば丁度あの頃のみんなと、同じくらいの年頃だ。
社務所で破魔矢とお守りを受け取りに行く人羽について行きながら、わたしは尋ねた。
「どうして叶いもしない事を祈ったり、効きもしない物体にお金を払ったりするの」
「ろーらって、お兄みたいな事聞くねぇ。こういうのは気持ちが大事なんだよ?」
「だって、あなた達が神様と信じているものは、代わりに何かをしてくれる訳でもないし、実際には何でもないんでしょう? 御神体だって、ただの鏡や剣じゃない」
「だからこそだよ。最後には自分の力で何とかしなきゃなんない。だから、神様の力を借りて頑張れるように、自分が自分の夢を叶えられるように、お祈りするんでしょ?
とにかくろーらは、こっちに帰って来れないお兄の代わりにいっっぱい楽しんでよねっ!」
参拝を終えた後、送り迎えをしてくれた父親と兄と共に、わたしは帰宅した。
人間の体というものは、こんな僅かの間人波に揉まれただけで、ここまで疲労を覚えるものだろうか。
そう思っていたら、夕刻、わたしの額に手を当てた人羽が熱いと騒ぎ出した。
どうやら、人間の体で言うところのかなり高熱が出ていたようだ。
夕食のおせちを食べる間もなく、わたしはユイトの部屋の布団に押し込まれた。
後から白湯と粥を運んできた母親が、心配げに狼狽えていた。
「そんなに不安がらなくていい。……人体の勝手はわからないけれど、あなたの子供の体に、ダメージを負わせたままでいる事はしないから。このくらいなら、特に病院での治療を介さなくても元に戻ると思う」
「当たり前じゃない、ただの風邪よ。大仰な子ね」
わたしがそう告げた事で、母親はなぜかかえって気丈さを取り戻したようだった。
呆れたように笑って額を撫で、枕元に薬を置いてくれた。
「人の体って、不便なのね」
「外も寒かったし、慣れない場所へ出て疲れが出たんでしょう。
心配しなくても、おせちは後で持って来てあげるわ」
別に食糧の心配はしていなかったが、食べなければ人の体には栄養を送ることができないのだと思い直した。
頷いて、電気の消えた部屋でうだるような熱に身を任せたまま、わたしは目を閉じた。
リアルでもヨハネさんが可愛すぎてびっくりなんだけど。
ていうか、ヨハネさんとコニちゃんとアウロラちゃん三人でデートしてる光景、それは絶対に可愛いから俺が見たい…(かわいい)