SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部   作:大野 紫咲

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※本ページのみ、ゲーム「Sky〜星を紡ぐ子どもたち〜」とのクロスオーバー作品となっております。
「AURORAの季節」の内容とネタバレを含みますので、未プレイの方はご注意ください。
また、本作でのAURORAさんの描写は、あくまでゲーム内のイメージを参考としております。
ご本人とは一切関係がございませんことを、ここでお断りしておきます。

ある晩、不思議な夢を見たアウロラ。
夢の中の不思議なコンサート会場で、彼女は自分と同じ名の女性と出逢い……?


Prologue2 奏楽

 その晩、わたしは不思議な夢を見た。

 

 どこかで、誰かが歌っている。呼ぶように歌う声。

 見渡すとそこに、円型の劇場が広がっていた。見渡す限り、列になった石の座席が織りなすコロシアムのような会場で、無数の光が行き交う。それらは光る線で描かれた壁画の脈打つような光の波だけではなく、観客達自身の放つぼんやりとした燐光だった。

 不思議なことに、観客は人の形をしていない。色とりどりの、てるてる坊主のような姿。歩く者、走るもの、くらげのようにふわふわと浮いているもの、重力から解放されたような動きをするもの……様々な者がいたが、どれも同じ大きさで、人語を話していないことが共通していた。

 

 抽象的で、時代観があまりにも、セブンスコードとは違う世界。

 戸惑いながら見渡していると、ふと声を掛けられた。

 

「ああ、よかった! 間に合ったのね!」

 

 振り向くとそこに、女性が立っていた。

 セパレートの、パンツとタンクトップに分かれた簡素な服を纏った女性。

 どこから現れたのかと首を傾げていると、彼女は思いがけない事を笑顔で話しながら、私の両手を握り締めた。

 

「あなたも、私のコンサートを聴きに来てくれたの?」

「コンサート……? ここは、ライブ会場なの……?」

「ええ、そうよ。丁度今始まるところだったの。あなたも来て!

一緒に、音楽の旅に出掛けましょう」

 

 割れんばかりの歓声の中を、彼女が手を引いて私を誘う。

 全ての重力から解放されたかのように、私の体は軽くなり、妖精を思わせる翼を羽ばたかせた彼女と、私は広々とした空を舞っていた。

 

「あなたは、人間?」

「さぁ……人間とも、そうだったものとも言えるかもしれない。

けれど、魂は不屈よ。あそこで歌を私に捧げてくれる、彼らのように」

 

 見ると、地球儀のようなエネルギー球体の下に、四人の人影が控えていた。

 彼らはどれも、周囲の観客達よりは大柄で、体つきも目鼻立ちもはっきりとしている。

 膝をつき、崇めるように球体の下に控えていた彼らは、彼女の来訪に顔を上げた。

 眩い虹色の光に煌めく、雫のような球体に飛び込みながら、彼女はわたしの手を両手で取って踊り、不思議な歌声をその喉から響かせる。

 

「私の名前は、AURORA。

ようこそ、3732人目の星の子さん。あなたを迎えられて嬉しい」

「AURORA……わたしと、同じ名前……?」

 

 目を見開いたその時、わたしですら経験した事のない程に強い、正体不明のエネルギーの波動が、球体から迸る。

 次の瞬間、わたしは底知れぬ暗闇に引き込まれていた。

 

(ここは……)

 

 先程までとは打って変わって、しんとした闇の中で、波音が打ち寄せる荒寥とした空間にわたしはいた。

 大地の始原。世界の始まる場所。わたしはここを知っている。

 長き時を生きる間に、わたしの記憶からは剥がれ落ちてしまった、星の生まれた頃の形。

 人類などいない。何かを破壊する者も、支配する者もない中、ただ淘汰され巡り巡って、命は流転する。

 

 I was a moving thing

 Before I was a human being

 I was the ice before it melts

 I was the tree before it fell

 

 白く輝く空飛ぶマンタは、舐めるように口を開ける海へと墜落し、天高く枝を伸ばした木々は、闇の植物に蝕まれて朽ち倒れていった。

 自然の営みによって、必然的に行われていたはずのそれは、いつしか人類の叡智と侵略による物にすり替わる。

 亡霊の如く、嵐の海に立っている彼女に、わたしは問い掛けた。

 

「思い出した。人類が今のようにのさばる前、自然が彼の地であるがままに猛威を振るっていた古き時代を。

AURORA……あなたはその時代から、この星の姿を見てきたと言うの?

哀しい、人間達の過ちの繰り返しを」

「確かに、人間は愚かだった……大地の悲鳴に、焼けていく森の苦しみに、私は何度も思いを馳せたわ。

けれど、それだけではない……誰もが今、その嘆きに耳を傾けようとしている。私達一人一人が切実な祈りを抱けば、きっと世界はより良く変わっていく」

 

 その声に合わせるように、周囲に立ち上がった精霊と思しき人物達が祈りを捧げた瞬間、ステージのように巨大な岩が、足元から海上の遥か彼方までわたしを押し上げる。

 雲の真ん中、雷の鳴り響く世界でも、雨に乱れた短髪を顔の横に張り付けながら、彼女は微笑んで歌う。

 幾重にも広がるコーラスの響きが、やがて嵐を沈め、子守唄のような安らぎに変えていった。

 いつの間にか、外部から守るような薄い膜の中に、私たちの世界は包まれている。鳴り響く警鐘も、ここまでは届かない。それでも誰かが……わたしと同じように、大勢の誰かがこの歌声に耳を傾けている気配を、確かに感じる。

 

 Who is listening

 To the sirens singing?

 Take from our world no more

 Take from my world no more …

 

「誰だって、大切なものを奪われたくはないでしょう?

世界に起こっている問題は大きすぎるけれど、皆、心に抱えている想いは同じなはず。

それを伝えたくて、私はこの音楽の旅を組んだのよ。……行きましょう」

 

 再度目を開けた時、わたしは瞬時に、歓声に包まれたライブ会場に戻っていた。

 

「ハロー、フレンズ! 会えてとても嬉しいわ!」

 

 ステージ上から、彼女が手を振るのが見える。

 一体何が起こったのかと、私は不思議な声を上げ続ける周囲の客たちの熱量に圧倒されながら、辺りを見回していた。

 不意に、ランウェイのようなステージを見上げる前方の席に座っていたわたしと、壇上の彼女の瞳が合う。にこっと笑った彼女が、マイクを通して喋っていた。

 

「みんなの顔がよく見える。もっと声を聞かせてちょうだい。

何て可愛らしいのかしら!」

 

 あそこに立っている彼女は、本当にさっきわたしの傍にいた彼女と、同じ人なのだろうか。

 やがて拍手と歓声が少し落ち着くと、彼女はステージ上に、一人の人物を呼んだ。

 最初、わたしと彼女を迎え入れた球体の傍で、そこに跪いていた人物のうちの一人だ。

 導きのままに、拍手に迎えられて登場したその人は、先程束の間の幻の中で見た、抽象的な人影と雰囲気がよく似ている。やはりこの世界で言う、精霊的な何かかもしれない。

 その彼が恭しく差し出したエネルギーの塊に、AURORAは手を翳した。

 

 先程と同じように、エネルギーの奔流がわたし達を飲み込む。

 客席一体に広がったそれは、観客すべてを動物の姿に変えて、新たな世界へと誘った。

 

 理屈はともかく、AURORAは精霊の持つ記憶の力と、自らの持つ歌の力を併せて、わたし達に幻を見せているらしかった。

 けれどそれは時に、本物の記憶よりもリアルなものになり得る。

 海の底、全ての命が生まれし場所へ立ち返って、魚になって泳ぐ観客の群れの間で、光に姿を変えたAURORAが歌い出した。

 やがて海を飛び出した生命は、地上の国を目指す。

 陸を歩くことを知り、人間となり、更に新たな土地を目指して旅をしていく。

 そのキャラバンの様子を、わたし達は鳥となって上空から俯瞰していた。

 

「なぜ、あの人間たちは飽き足らず先を目指すの?

同じ場所に居れば、命を落とすことも仲間を失うこともないのに」

「それでも求めたい場所が……逃れたい地が、彼らにはあるからよ。

そんな姿を見ると、なんと強かでたくましいのかしらと思うの。

あなたにも、きっとあるでしょう? そんな気持ちが」

 

 わたしに?

 耳に囁きかけた彼女が、草花の揺れる大地を風の如く吹き渡り、眼下の人間達を鼓舞するように歌い上げた。

 

 そう……わたしは、わたしを受け入れてくれる場所を求めていた。

 人間はどれも、わたし程長くは生きられず、別れの度に絶望をもたらした。

 あれほど同じであるかもしれないと期待したユウダイも、ハルツィナの彼女達すら、わたしの前では不動でいられず、変わっていった。後に残るのは落胆だけ。

 

(逃げ出したい……ここから。確かにそう呼ぶにふさわしい、近しい気持ちなのかもしれない)

 

 Take me home where I belong

 I got no other place to go

 Now take me home

 Take me home where I belong

 I can’t take it anymore …

 

 わたしにとって「家」と呼べるものは、存在し得ない。

 だって誰も、最後までは私の傍に居てくれないから。

 誰にも理解されないこの気持ちを、人類が持つことなどあり得るのだろうか。

 いくら同種と言われても信じ難く、彼らとわたしの間に歴然とした壁が立ちはだかる。

 けれど、そんな彼らに慈しみを持って歌うAURORAの心にだけは、偽りはないのだろうと感じた。そう思うほどの歌声だった。

 

 再びライブ会場に戻ってきた時の彼女は、深緑色の衣装に変わっていた。

 輪唱する大勢の観客達を連れた彼女は、精霊の力でわたし達を今度はクラゲの姿に変え、深い森の中へとダイブする。

 誰の手も加えられていない、今や絶滅した生物が身を捩らせて雲海から飛び上がっては姿を現す、太古の森。

 そこの鉱脈に、確かに息づく人間達の姿があった。

 

「この頃の人間達は、きっと資源を使う事を覚えたのね。

後でそれが、自分たちの身を滅ぼすことも知らずに」

「ええ、そうね……未知への探究心は、それが不幸へと導いてしまう事もある。

けれど、誰かと手を取って、共に働いたり得たものを分け合う姿や、必要以上の自然を破壊しないようにと共存する姿は、とても美しいの。

誰もが魂の内に秘めている煌めきと、それはとても似ている。本来のあるべき姿よ。

そんな心を忘れなければ、思いやりを忘れなければ……たとえ困難や悲惨な災禍に見舞れても、互いに磐石となって内側の美しい世界を守れるはず」

 

 歌声しか聴こえていないのに、彼女が隣で喋り掛けてくるようだった。

 なぜそんなにも、人間を無条件に信じていられるのだろう。

 彼らは醜い。彼らは争いをする。彼らは、いずれ……

 今は共に自然の美しさを寿ぎ喜ぶ彼らを、わたしはどこか冷めた目で見守った。

 

 次にわたしと観客の目の前に降り立った時、彼女は珊瑚色のワンピースを纏っていた。

 会場を、白く輝くマンタが舞っている。これも古代の生物だろうか。

 次に精霊が持って来た記憶を解放した時、わたし達はそんなマンタになって空を滑空していた。

 人類の文明は、かなりの程度まで発展を覚えたようだ。

 石積みで作られた、古い遺跡の間を飛び交うマンタの群れを、不意に砲声が襲った。

 なす術もなく、繰り出された網に捕まるマンタ達。檻の囲いに入れられた姿を見て、わたしは人類の意図を知った。

 

「元々自然の生きていた場所を壊すに飽き足らず、そこに住んでいた生き物までも自分達のために利用しようと言うのね」

「ええ……国や領土が出来上がるにつれ、争いは起こった。

言葉なき生き物は、人に向かって主張する事ができない。拒絶する事も、逃げ出す事も……卑劣な搾取に、声一つ上げず耐え忍ぶしかない。

それでも彼らは、決して希望を失わなかった。虎視眈々と、巡ってくるチャンスを待ち望んでいたの」

 

 そんな生物の強かさを、彼女は声に乗せ、赤焼けた空の上で歌う。

 檻を破壊し、人の手も何も届かない彼方へ飛び去っていく、マンタ達。

 高い物見櫓の上でそれを見送りながら、風に髪を靡かせてAURORAは言った。

 

「人間も、同じ。全てが搾取する側の人間ではなかった。

大きな力に踏みつけられ、支配されながら、それでも息を潜めるようにして生きてきた人達がいたのよ。

人間を否定する事は、そんな名もなき声達が懸命に生きる姿を、否定する事にもなる」

「それでも、愚かでしょう。わかっていながら、結局は強気に従い抵抗もできない運命に、何の意味があるというの」

 

 悔しそうに唇を噛む彼女の頬が、戦火なのか夕陽なのかわからない色に染まっていた。

 

「それでも、私は……儚い存在に手を差し伸べる事を、諦めたくないの。

誰かが希望を持ち続けなければ、この世界から光は永遠に失われてしまうから」

 

 暗転と共に、モスグリーンのパンツの衣装に身を包んだ彼女が、ステージに立つ。

 何かの証のように、腕に印を付けたAURORAは、毅然とした表情でわたし達を誘った。

 

「もっと歌って。決して離れないように……私達のひとりひとりが繋がっていると、忘れることがないように」

 

 そうして、最後の精霊がステージ上にエネルギー体を捧げにやって来る。

 次に光に包まれて訪れた場所は、鳥に変化したわたし達の群れを巻き込む、台風の目のような場所だった。

 穏やかな雲海が、曲調の変化と共に暗く染まり、鋭い稲妻がわたし達を引き裂く。

 

「あの青い光は……人類の争いや猜疑心、怒りや憎しみの象徴?」

「私達の負の遺産が、巻き起こしたものよ。

既に抑え切れないくらいに膨れ上がり、地上の楽園を失墜させてしまった」

 

 厳粛な歌声が鳴り響き、巻き込まれて暗く深い渦に、光と共に落ちていく。

 鳥の翼はもぎ取られ、頼りない一羽の蝶の羽に変わっていた。

 舐めるように冷たい青い光の先、人類の戦火の痕跡が見える。

 鉾を構えるもの。鋭い矢をつがえて胸や胴を射るもの。倒れ伏す兵士達。

 兵器として利用されたマンタはその身を鋭い銛で貫かれていた。

 守る者、戦う者。何を目的としているのかすら忘れ、欲望のまま、血肉を求めて争い合う。

 ああ、これだ。これが私の知っている、人類の姿だ。

 先程まで見ていた美しい世界の反動か、思いもがけず、それはわたしに落胆をもたらした。もう人間に期待する事など、何もないと思っていたのに。

 

「言ったでしょう。最後はこうなるって」

 

 何もかもが消え失せた、墓場のような荒涼地帯を前に、わたしとAURORAは立っている。

 地面に横たわるのは、死骸と残骸のみ。(つわもの)共の成れの果て、命という命が尽き果てた、焦げ臭いだけの荒れ果てた大地。

 木々の恵みも美しい自然も、もはや見当たらない。人類が自らそれを選んだからだ。

 争うことも、それを肯定する事も否定する事も、離れた場所で見て見ぬフリする事も、すべてがこの結果を招いた。人類総出の連帯責任。飢えて苦しむのも、嘆き悲しむのも当然の報いだと思う。

 けれど、わたしと違って、AURORAはなぜか悲しそうだった。

 どうしてなのだろうか。わたしと同じで、もう飽きるほど、人類の過ちの歴史など見ているはずなのに。

 

「なぜ、あなたには痛める心があるの?」

 

 どうしてもわからない。

 首を傾げるわたしの手を黙って引くと、AURORAは蝶となって、同じ景色の延々と続く大地を翔んだ。

 変わり映えのない風景が続くだけかと思ったが、違っていた。

 命を落とした子を抱え上げ、嘆き悲しむ母親がいる。

 怪我で倒れ伏し、うずくまる事しかできずに、息を続ける者がいる。

 打ちひしがれながら、そっとその肩に手を回し、寄り添う者がいる。

 そして、朝日の差し込む瓦礫の山の傍で、無邪気に遊ぶ子供の姿がある。

 笑い声を上げた子供達は、手を取り合って走り回ったかと思うと、蝶に姿を変えた。

 光を振り撒いて戯れていた蝶の群れは、やがてマンタに変わり、暖かい光を人々の頭上にもたらしていく。

 

「わかるかしら。命は受け継がれ、次の世代に続いていく。

過ちは、何度も繰り返してしまうかもしれない。人間は脆いものだから。

それでも私達は、争いの火種までをも持ち越させたりはしない。

誰もが争いの醜さ・恐ろしさを知り、理不尽を被る怒りや辛さに耐え……それでもそれを他人には向けまいと、懸命に自分と戦っている。

私はそんな彼らのよき友であり、味方でありたいの。最後に命尽き果てる、その時まで……」

 

 微かに涙を滲ませるAURORAの姿が、朝日に溶けるように消えていく。

 息を飲んだわたしの目の前に、彼女は再び立ち上がった。

 新たに昇った太陽を背負う、巨大な母たる精霊として。

 

「さあ、みんな。こちらへいらっしゃい」

 

 喜ぶように翔んでいく蝶やマンタや鳥の群れが、一斉に彼女へと向かう。

 襞のドレスに妖精の羽を背負い、慈しみ深い表情でそれを抱き止めた彼女は、光を放ちながら言った。

 

「罪を背負うもの、産声を上げるもの、今こそ行きましょう、天空へ。

私が、みんなを導く光になるわ」

 

 瞬きほどの時間に、目の前の光景は一変した。

 生き物たちは皆一斉に、翼の生えた子供達の姿へと変わっていた。

 笑うように愉快な音色が、一斉に広がる空へハーモニーを奏でる。

 子供たちは不思議なその声で歌いながら、時には手を繋ぎ、列をなし、じゃれつくように飛び交って、AURORAの後を追いながら星群煌めく銀河へと辿り着いた。

 眩い星屑の中を、光に向かって翼の生えた子供たちが飛んでいく。その姿はまるで、星を楽器に音を紡いでいるかのようにも見える。

 

「この地上に転生する時、この世界を生き直す時。

そこから何度も、私達の世界は始まる。

さあ、一人一人の星の子どもたちと、彼らに降り注ぐ愛に祝福を!」

 

 光のトンネルを抜けて、流れ星のように地上へと突っ切った時。

 気が付けば、わたしは観客席にいて、最後の曲のイントロを耳にしていた。

 同じように気が付いた周囲の観客達が、一斉に宙へと飛び立つ。ぶつかるのもお構いなしに、一心不乱にその歓びを表現しようと、音に乗って小さな姿が湧き立った。

 そんな観客の姿が豆粒に見えるほどに巨大なアウロラが、会場の上空を旋回している。

 

「大丈夫よ。みんなは一人ぼっちじゃない。

私がいつもここにいる。居場所であり続ける。

一人の力は小さくとも、繋がれば大きな力になる。

私たちを脅かす暗闇から、私たちはお互いに守り合えるの」

 

 抱き締めるような動きをした彼女に、周りの観客ごと一気に吸い上げられて、空へ放り投げられる。

 楽しげな歓声と興奮に包まれながら、わたしは歌のエネルギーを感じた。

 

(これは……? 歌そのものの力だけじゃない。

彼女の歌を聴いた人達の、想いの力が波動となって……?)

 

 あの時。最後にユイトと心を通わせた時ぶりの衝動が、心を揺さぶった。

 あんな感覚は、初めてだと思った。けれど、本当は初めてなんかじゃなかった。

 音楽を聴く度に、わたしの心に巻き起こる情動、変化。

 それが人間の言う「感情」と呼ばれるものかはわからないけれど、確かに胸が熱くなった。AURORAの持つ引力に、強く優しい光に惹かれていく。

 優雅に舞う、慈悲深き巨人のような彼女に、翼の生えた小さな子供の姿のような者たちは、何度も放り上げられては楽しげに鳴いた。赤、青、緑、橙、黄、紫、藍、目すら覆い尽くす紙吹雪のような量の観客達が、氷の張られたコンサート会場の上空を、縦横無尽に舞っている。まるで無秩序な光景なのに、どこか心が踊らされる。

 

(……久しぶりの、感覚)

 

 愚かしいとわかっているのに、人類を信頼しようと錯覚させられてしまった時の、あの感じだ。わたしにはとても受け入れられない、到底理解できない彼らのことを、全客席を凱旋しながら歌う彼女は、どこまでも自分の内側に留めようとする。

 

I hunt the grounds for empathy

And hate the way it hides from me

Of care and thirst I have become

You have a home in my queendom

You have a home in my queendom

You have a place in my queendom

You have a home

 

 「私はいつでもあなたたちを気にかけ、共感を求めて狩りをする。どうか目の前から姿を消さないで欲しい、居場所はここにあるから」と……あの繰り返す歴史を見ても、何故彼女は、そんなにも優しく気高くいられるのか、わたしには疑問だった。

 サビに向かって張り上げられる声とコーラスに導かれるように、会場の盛り上がりは頂点に達する。笑っている者も、泣いている者もいる。それら全部を、愛しむように抱きしめながら、AURORAは最後に言った。

 

「忘れないで。私たちの光は、常に共にあるということを……」

 

 囁き声が耳元で響いた瞬間、暗転を挟み、気がつけばわたしは元いた座席に座っていた。

 思わず辺りを見回す。先ほどまでの光景が嘘のように、同じく大量の座席に揃って着席していた観客たちは、余韻もひとしおといった様子で、思い思いに席を立ったり、鳴き交わしたりしている様子だった。

 

「ねえ、どうだった?」

 

 気がつけば、雪と氷に覆われたステージを背景にして、AURORAが目の前に立っている。先ほどまで見せていた荘厳さや神々しさとは違って、ただ人の姿をして降り立っている彼女は、無邪気な少女のようだ。

 その差異に驚きを覚えながらも、わたしは立ち上がって彼女のことを見つめ返した。遠く耳に響く、会場の足音と言葉にならないさざめきが、どこか心地よかった。

 

「そうね……。わたしは、あなたのようにはなれないと思う。人を信じることができないし、善意で総括できる存在であるとも思わない」

「うん……そう思うあなたの気持ちも、きっと正しいと思う」

「それでも、あなたはわたしを責めないの?」

「だって、私はあなたに言うことを聞かせたいわけじゃないもの。意見の違いも、相入れないところも、恐れず抱きしめること。私とあなたは同じ名前だけれど、同じ存在じゃない。あなたと私が違うのは、当たり前のこと。人間を受け入れることができないあなたの気持ちも、紛れもなく本当の気持ちでしょう。私は、あなたに会えて嬉しかった」

 

 彼女の声は、歌が乗せられていない時でさえ心地よく、それでいて可憐だった。

 だんだんと世界が白んで遠ざかり、夢の終わりを伝えてくる。

 その直前に、光を背負った影が(やわら)な手でわたしを握った。

 

「でも、これだけは忘れないで、アウロラ。あなたは一人じゃない……たとえ同じ時を過ごせなくなっても、あなたの記憶に、魂に、遺る想いがある。これからのあなたは、限りある命の中で、きっとそれを知っていくわ」

「AURORA……わたしは、あなたにはなれない。だから、わたしの方法で試そうと思う。本当に、人類とは救われるに足る存在かどうか。もう一度、信じるチャンスがあるかどうかを、わたしはこの目で確かめるの」

「……お行きなさい。それが本当に、あなた自身をも変える切欠になるのならば。その試練の先に光があることを、あなたの幸せを、私はいつでもここから祈っている」

 

 眩い光に遮られて、その表情は見えない。

 気が付けば、わたしは朝の光がカーテンの隙間から差し込む自室にいた。

 

「……」

 

 シンプルな照明が嵌められた現代的な天井が、薄明るく光っている。

 最後に、AURORAはどんな表情であの言葉を言ったのだろう。ただ、百の言葉よりも万の文字よりも、彼女の紡ぐ音がわたしを揺さぶった。

 音。音楽。わたしの居場所は、やはりあそこしかない。

 光に続く道だろうと、破滅の道だろうと、わたしにはそこに舞い戻るしか手がない。そう決心させるに、あの音楽は十分だった。

 

 それから、数日後の早朝のこと。

 バックパックに最低限の着替えと荷物だけを詰め、階下に降りる際に通り過ぎた人羽の部屋を覗き込めば、妹はぐっすりと布団の中で寝入っていた。高校生らしい、布団を跳ね除けた健全な寝相と寝息だ。そんな姿にやや愛着を覚える程度には、この家には世話になっている。心配も、迷惑も掛けるのだと思う。

 

「……それでも、わたしとあなた達とは、違うから」

 

 庭の木の木漏れ日が落ちる階段で、わたしはそっと呟いた。

 わたしは、戻らなければならない。わたしという存在を見極めるために。そして、本当にわたしが彼らをもう一度信じられるのか、「人として」その手を取り合うことができるのかを、確かめるために。そこに、彼女らを巻き込む必要はない。わたしは、わたしだけでいい。

 

 施錠した合鍵をそっとポストに入れて、わたしは夜の明けきらぬ街を駆け出した。




AURORAの季節、本当によかったですよね。
この時に交わした「AURORAとアウロラのコラボがあったらエモいよなあ」という会話がきっかけで、「オレンジの片割れ」本編に、今までどう扱っていいかわからなかったアウロラを出演させる筋道が立ったので、とてもよかったと思っています。

余談ですが、本当は全部の曲の歌詞を入れたかったものの、JASRACで使用許可が出ている楽曲が「Exhale Inhale」と「Queendom」の二曲しかなく、この二つの歌詞しか使えませんでした…。
でも全曲いい曲なので、気になる方は「Sky:Concert in the Light」のアルバムを聴いてください(熱い布教)
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