SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部 作:大野 紫咲
そして、ある少女とある少女の小さな出逢いが、物語の歯車を大きく動かしていく。
二部プロローグは、これにて完結です。
次話からはようやく、第一章のスタートです。
その日、僕はいつものように、SOAT内にあるコントロールルームで、セブンスコードのシステム全体の監視と調整に努めていた。
サーバーを「orange」に移設してからというものの、研究チームや隊員たちの尽力もあって今の所大きな問題は生じていないが、ムラサキの植能・
過去から時間と空間を超えてこのセブンスコードにやって来た「密航者」ムラサキは、僕らのことやセブンスコードの歴史を過去から観測して知っている「観測者」でもあった。
住んでいる時代や文化の違いはあるとはいえ、エレメントに憑依された者に引き起こされる事件を解決するためという協力関係で、今、彼女はSOATに所属し、パートナーのヨハネと共に街の見回りや戦闘行動の鎮圧といった任務に当たってくれている。
セブンスコードにおける彼女の体には、「淫紋」と呼ばれる刺青のような謎の紋様があり、それを基盤として展開される植能・
エレメント——捕縛が解除されて間もなく、セブンスコードの社会を騒がせるようになったそれは、どうやら捕縛の時に建っていた柱の跡地を中心に発生する物質らしいということはわかっているが、その具体的な性質や有害性などは、まだまだ未知数だ。今、セブンスコード内で発生する犯罪の多くは、現体制に反発を持つ勢力の他に、このエレメントに取り憑かれた人間が暴走して引き起こしている。暴走した人間はエレメントによって人とも思われない強大な力を有し、体が変形したり変質したり巨大化したりと、化け物じみた戦闘力を持って無差別に周囲に危害を加えてしまうため、植能を使って対抗するしか今の所方法がない。そして厄介なことに、このエレメントは人間だけではなく動物にも作用すること、そしてエレメント自体が人型に擬態している例もあることが、一連の事件では明らかになった。
多くの者は、体内のエレメントが弱体化し体から紋様が消えると同時に記憶を失ってしまい、暴走の経緯が詳しく判明した事件は今の所少ないが、レポートを読む限り、憑依された者の何かしらの強い感情が関わっていると見て間違いなさそうだ。
以前セブンスコードにあった「柱」は、七つの大罪に纏わる悪魔と、それに取り憑かれたハルツィナのメンバーに支配されていた。つまり、その七つの罪……色欲、傲慢、強欲、暴食、嫉妬、怠惰、憤怒に関わる強い想いを持ちうる人間が狙われるのではないか、というのが僕らの予想だった。けれど、感情という目に見えない指標が当てはまる人間は無数にいるため、事前に暴走を防ぐ手段はほぼ皆無に等しい。こちらの捜査網を嘲笑うかのように、狙い撃ちで暴走者が集団発生する事例もあり、規則性を掴むのは未だに難しい状況だ。
そしてここまで来ると、エレメントの収集・悪用に関しては何者かが裏で糸を引いているとしか思えず、SOATではこれについても現状捜査本部の立ち上げを急いでいる。
先日の保護シェルター襲撃といい、怪電波ジャックといい、何かとSOATが後手に回ることが多く、市民の信用問題にも関わってくるため頭の痛い日々だった。
それに、ここ最近は特に、SOATの失態を
巷に聞く噂では、この団体がエレメントの入手や利用に関わっているという話もある。実際、電波ジャックの事件では、彼らが街中で流した怪電波が原因で街中の電波障害が起こり、雷のエレメントに憑かれた鳥の暴走を促していた。
僕たち運営でさえ把握し切れていない謎の物質であるエレメントを、どう制御し何に使おうとしているのか、その解明を急がなくてはならない。
それに加えて、日々のシステム管理と通常業務だ。
やるべきことが三つも四つもあると、いくらリアルで無限に生産可能な体細胞を持つ僕とはいえ、頭がパンクしそうになる。アウロラと魂が入れ替わった、捕縛後の僕の肉体——不死身の力を持つ女性型の肉体は、この世界の外ではコードで電脳世界に接続されたまま、眠り続けている。老いることも朽ちることもないため、セブンスコードのシステムが健在な限り、僕はこの世界に永遠に存在できるわけだが、それはそれとして、実際の僕……中身としてのカシハラユイトは、20年ばかり生きただけの、ただの人間だ。
「まあ、ただの隊員だった時の方が、気楽ではあったよな」
ここでこうやって、世界と人類の行方を見守ることも、自分で選んだことだから後悔はしていないけれど、そもそも会社で働くどころか大学すら行ったことはないし、苦戦したり慣れないことが多いのは見逃してくれないかと、誰にともなく言い訳したくなる日もある。
会議で提案しなければならない資料の作成は、今リアがやってくれているはずだ。時間まで、僕は少しでも今わかっている報告内容のまとめを……と重い腕をキーボードに向かって伸ばした瞬間、隊内の専用回線の通知音が鳴った。
重要性の低い要件や事務関連のことは、秘書担当の隊員やリア達に任せているため、僕に直接連絡をしてくる時点で、ろくでもない案件なのはほぼ間違いない。こんな時に誰が……と気が重くなりながら通話に出て、聞こえてきた声で更に一段階げんなりした。
『お兄! お兄お兄お兄! 大変なの〜〜〜〜! 大変っ!!!』
「人羽……お前、社内の専用回線に掛けてくるってことは、よっぽどの用事なんだろうな? 頼むから、小遣いを前借りさせろとか喚かないでくれよ?」
『むぅ……あれは発売日のちょっと前に、思いがけずお小遣い足りなくなっちゃっただけなんだってば。それなら普通に携帯に掛けるしっ! ていうか、今回は本当にちゃんとした用なんだってば!』
騒がしい声は、妹の
社内回線にしろ私用の携帯にしろ、兄に小遣いをせびるのを止めてくれと思いながら、僕はインカムから聞こえてくる音声に手で頭を押さえたのだが、次に聞こえてきた言葉でますます意味がわからなくなった。
『あのね、
「……はあ????? 人羽、お前本当に頭でも打ったのか?
僕が家にいないのは、最初から……」
呆れながらそこまで口にして、自分の全身から血の気が引くのがわかった。
人羽の言う重大案件が、ようやく身に染みて伝わってきた気がした。
「なっ……もしかして、
『そうだって最初から言ってるじゃん! お兄……えーい、面倒臭いからろーらって呼ぶけど、あの子がいなくなっちゃったの! 今朝、ベッドを覗いたらもぬけの殻で……手紙も何も残ってなかったけど、とにかく探してもどこにもいないんだよぉ』
既に機関に連絡はしたが、兄も両親も、途方に暮れているらしい。
僕と入れ替わったアウロラは、元々の僕——カシハラユイトの肉体に入って、リアルにある僕の家と家族の元、生活をしていた。僕の体である以上、もう不老不死の力はないし、アウロラは寿命が来ればその命尽きる、ただの人間に等しい。中身は幾星霜を生きてきた魂とはいえ、彼女はもう、一人で生き続ける苦しみにこれ以上耐え続けなくていい。そう思い、僕は彼女とニレの目論見通り、僕自身が「アウロラ」になることを受け入れた。
そうして、アウロラは「普通の人間」としての生を手に入れたわけだが……まさか、脱走するとは思わなかった。
元々は政府の研究材料であり、その管理下で何度か殺傷事件をも起こしたことがあったアウロラだが、責任能力の有無を指摘され、その件に関しては不問とされている。今は専門機関の保護観察を受けながらも、人羽たちの元で特に問題を起こさず生活を営んでいると聞いていた。セブンスコードへの立ち入りを禁止されたが故に、どこか張り合いがなくなってぼーっとしているようにも見えると人羽は言っていたが、居心地が悪そうな素振りは見る限りなかったという。たまに人間の体や生活に興味を示すこともあったらしく、馴染めるのは時間の問題ではないかと思っていたのだ。
アウロラ。叶ったんじゃないのか。
何が目的だ。何がしたい。
君は、この世界では終わりをずっと望んでいた。これ以上、何を望む。
急な知らせに焦っていた僕に、人羽が躊躇いがちに言った。
『あのさ、お兄……ちょっと、気になることがあるんだけど。でも、ろーらが逃げた事とは関係ないかなぁ。別にあたし、SOATの隊員でもないし、お兄みたくよくわかんない難しい仕事考えてるわけでもないし……』
「何だ。どんな小さいことでもいい、言ってみてくれ」
勢い込んで尋ねた僕に、人羽はやや驚きを示すような沈黙を挟んできた。
今は非常事態というのもあるが、前の僕はそこまで進んで家族と関わりたがる性格ではなかったから、自分の何気ない言葉を兄に必要とされるという経験が、人羽には新鮮だったのかもしれない。僕の求めに応じて、人羽は素直に口を開いた。
『うーん、じゃあ。あのね、いなくなったろーらの部屋に何かないか探してたら、机にさ、このCD乗ってたの。何日か前に、あたしが貸してあげたやつ。今写真送るね。音楽聴く時、ろーらっていつもスマホだから、CD貸してくれって言われてびっくりしちゃってさあ』
手元にあった私用のスマホのメッセージアプリが鳴り、僕は画面を開いた。外国人の歌手らしき抽象的なデザインのジャケットが映し出される。商品ページをそのままスクリーンショットして転送してきたようだ。
『もしかして、これを聴いてから出て行ったのかなぁって。まあ、だから何って言われたら、あたしもよくわかんないけど……』
「ふむ……。アウロラ自身、音楽とは深く共鳴する作用を持っていた。研究の過程でも、その感情の変化や動きと、音楽との関連性は指摘されていたからな。彼女は感情というものを上手く解さなかったが、音楽を聴いた時には脳波にその変化が……」
『んー、詳しい説明はどーでもいいけど、とりあえず役に立ちそうならお兄にも音源貸したげるから聴いといて! あーでも、お兄って研究所で寝てるからCDの受け取りとかムリなんだっけ? めんどくさっ。じゃーそっちのドライブに送るから! 容量とか通信費とか、全部そっち持ちでよろ〜』
遠慮なく会話をぶった切った人羽は、喋るだけ喋って一方的に通話を切った。思わず閉口する。こういう、天真爛漫でマイペースなところが昔から苦手だが、そういう妹なので仕方がない。むしろ、SOATで知り合ったアクの濃いメンバー達と比べれば、人羽の方が幾分マシなのではと思えてくるぐらいだ。
「僕も、成長したな……」
妙な点で、別に感じたくもなかった成長を自分に感じてしまった僕は、ため息で頭を振りながら、隊内に連絡するべく再度通信機を手に取ったのだった。
*****
草原を、風が吹き渡っている。
牧場の柵のようなものが張り巡らされ、萌葱色の草木が、緑の絨毯のようにそよいでいた。牧場と違うのはその柵の中を、牛や羊のみならず、草食恐竜達が悠々と闊歩しているところだ。
ここは、セブンスコードの何処かにあり、何処でもない世界。
柵の上に座り、たんぽぽの綿毛を吹いて飛ばしていた少女は、牧歌的な衣装を身に纏っている。長い金髪を顔の横でひとまとまりに編んで垂らし、くすんだ緑色の瞳は、光に霞む青空の下の地平をぼんやりと見つめていた。
「……」
年頃の娘、という風合いだが、見た目の年より幼なげに見えるのは、その御伽話のような格子柄のワンピース故か、それとも額の広い童顔故か。そんな彼女を、牧草の匂いを運んでくる風にも負けぬ声で呼ぶ人物があった。
「ユミリ! そろそろお祈りと見回りの時間だよ。そんなところで風に晒されてないで、早いとここっちへおいで」
「おばさま。もうそんなに時間が経ってたかしら? 私まだ、あっちのエリアの子たちにおやつあげてないのに」
「餌やりぐらいは、他の者がいくらでもやるさ。あんたは、あんたにしか出来ない仕事がいくらでもあるんだから」
「ええ、そうね。
柔らかく鈴の鳴るような音色で言葉を転がした少女は、おばさま、と呼んだ年配の女性について、土をならしてできた小道を歩き始めた。小高い丘に生えた枝を伸ばす大樹が、ざわざわと緑色の葉を揺らす。少女は木陰の下で、ぽつりと隣の女性に問いかけた。
「……ねえ、おばさま。私が天意に従い、この世のすべてを統べる巫女って本当なの?」
「何を今更。お疑いになるでないよ。あんたは間違いなく、天に選ばれた子なんだから。お前の授かった能力も、お前の存在そのものも、それを証明している。あんたは間違いなく特別な子だ。こんな穴倉に隠れるような生活だけども、ここにいる限り、あんたはこの王国の王になれる」
ユミリとは違い、和風の袴衣装を身に付けた女性は誇らしげだが、ユミリは口をとがらせて俯いたまま、微かに呟いた。
「でも私、たまには国の外に出て、外の世界で遊べるお友達が欲しいけどな……」
「うん?」
「なんでもないっ。それより、今度の作戦はいつ? 早く、シキおじさまのところに会いに行きたい」
「ああ、そうだね……
「やだーっ! だって、民は皆、王国の繁栄を願っているのでしょう。王国のために、巫女である人間が前に出るのは当然じゃないの」
責任感を前面に出すフリをしてはいるが、実際のところユミリを駆り立てているのは、外の世界への好奇心であった。巫女として大事に護られているユミリは、滅多にこの王国の外側——セブンスコードの都市には出してもらえない。外出も遊びに行くことも禁じられ、この広大な大地で、村人や自然や動植物を相手にすることだけを許されていた。民は皆優しく、その生活にも何ら不便はなかったが、ユミリはつまらなかったのだ。同い年の友人もほぼいない、年配者や年上の者ばかりが集う村での生活で、何の刺激もないことが。
そんなユミリが唯一外へ出られるのは、叔父のシキや仲間たちの「仕事」の手伝いだった。大抵は言われた通りのことをするだけで、その機密も具体的な内容もユミリは知る由もないが、自分の力で喜んでもらえるのがユミリは嬉しかった。何より、ほんのわずかな時間だけでも、滅多に見られない建造物の群れや人々の格好や様子を見ることができるのが、ユミリには新鮮なのだ。
それを顔に出せばまた過保護な叔母にどう止められるかわからないので、一生懸命背伸びして大人っぽい理屈を捏ねようとする。けれど、叔母の隣を歩いていたユミリは、次の足を一歩踏み出した瞬間に、大人の姿から背の低い子供姿に変わっていた。服装は変わっていないが、幼く変貌した自身にユミリはわーっと声を上げる。
困ったように苦笑を浮かべた叔母は、優しくユミリの頭を撫でた。
「ま、何はともあれ、その奇妙なバグはどうにかしないとね。村の者は皆わかってるからいいようなものの、集会や儀式に出ている時にそれじゃ、示しがつかないよ」
「わかってるもんっ! ユミリが小さい頃からある不具合なんだから、しょうがないでしょ!? 今のは、ちょっと失敗しただけだし! 私さえしっかりしてれば、何とかなるしっ……!」
「はいはい」
ここが電脳世界である以上致し方ないとはいえ、何のきっかけもなしに見た目が時々変わってしまうのは、少々困る。けれどもユミリには、何となくだがその規則性がわかっていた。子供じみた感性が活発化してしまうと、勝手に体が子供の姿に縮んでしまうようなのだ。
子供化しても中身は変わらないとはいえ、ユミリだって成人を越した乙女だ。この姿になる度に、いつまでも子供扱いされて叔母や村の皆に可愛がられてばかりいるのは、嫌な気分ではないが、少々複雑なものがあった。
やれやれ、と自然に戻るのを待ちながら丘から下る小道を歩いていると、風に乗って不意に歌声のようなものが聴こえてきた。
「……?」
不思議に思って振り返るが、叔母が立ち止まる気配はない。自分にしか聴こえていなかったようだ。
「気の、せいかな……」
木々のざわめきを、歌声と聞き間違えたのかもしれない。ここに咲く草花や木々は、常日頃から四六時中歌っているようなものだ。そう思って足を動かし続けた時、今度ははっきりと、耳元で声が聞こえた。
『ねえ。「トクベツ」って呼ばれるのって、窮屈じゃない?』
「!」
驚いて、思わず足を止めてしまう。耳元で囁かれたようだったのに、傍には大樹の他には何もない。小さな花を揺らす木々に、ユミリは向き直った。
「あなたが話しかけてきたの?」
『わたしは、あなたの内側にいる。最初は、見ているだけだった。けれど、あなたはわたしと同じ……とても、似ているから』
語りかけてきた声は、今度はユミリの脳内で響いた。
初めて聞くはずなのに、どこかとても懐かしさを感じる声だ。そんな涼やかな響きを持った女性の声音が、ひどくユミリの心をざわつかせる。なぜだろう、まるで出逢うべくして出逢ったというように、これが運命の出逢いだったというように、ユミリの胸が生まれて初めて経験するどきどきで、高鳴っていく。
「あなたは……誰? どうして私の中にいるの?」
『わたしは……』
「ユミリー! 何のんびりしてるんだい、早くおいで!」
叔母の声に引き戻され、はっと現実に帰った時には、もう声は聞こえなくなっていた。
「はぁい!」
返事をし、靴で土を蹴って駆け出しながら、ユミリには不思議な声との接触が、これで終わるとは思えなかった。否、思いたくなかった。
(不思議な人。私と同い年くらいの人の声で、でもどこか寂しそうな……どうして、私に声を掛けてくれたの? 私にできること、何かある?)
返事がないと分かっていても、風を全身で受けて走りながら、知らず知らずのうちに問い掛けてしまう。刺激の少ない土地に生きてきた自分の、ようやくできた小さな秘密。明るい顔で光に向かって走りながら、ユミリはこの秘密をできる限り守り育てていきたいと、この時密かに決心していた。
あのさ
人羽ちゃんめっちゃ可愛くない?(余談)
彼女は、私の頭に出てきた瞬間から、ユイトの呼び方が「お兄」でした。
私的にイチオシメンバーなのですよ…今後も出てきてくれないかな…とちょっと考えている…