SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部 作:大野 紫咲
そこに現れたムラサキの取った不思議な行動の真意は…?
1-1 改修
冬明けにはまだ遠く、リアルの世界では大寒波が襲来しているが、セブンスコードの中にいる人間にとって、そんな寒さは何の関係もない。時折、天候の操作で雪がちらついたりすることもあるものの、それはあくまで演出のためで、日差し的には小春日和と言って遜色ないような穏やかな陽光が降り注ぐ中、そんな光が届きもしないSOAT本部のオフィス内で、リアは隊員達の意見を聞きながら、丁度オフィス内設備の見回りを行っているところだった。
「もう少し窓ガラスを増やして、南に面したエリア以外にも、太陽の光が入るようにした方がいいかもですねぇ……」
「そうですね。オフィスそのものにも透明感がある程度ないと、中で何をしているかわからなくて不安、という声も市民から寄せられていますし……」
「けど、暗い方が落ち着くっていう隊員の声もあるのが難しいとこっすよねぇ」
「地下エリアや一階や寮には、従来通り遮光設備のあるエリアも作りましょうか。あとは、うちの研究所は日当たりがいいですから、そちらの設備も参考にしつつ、自動シャッターやカーテンも入れて、どちらの要望も少しずつ叶えられるように……」
隊員達からも定評のある柔軟な発想で、手元のパッドを操作して次々に必要資材の見積もりを入力していたリアは、ふと倉庫に続く階段のあたりに人影を発見した。言わずと知れた袴姿、普段の所内では事務仕事に従事していることの多いムラサキが、ことりを肩に連れ、きょろきょろとフロアを見渡している。不思議そうに見守る隊員たちの傍に立ててあったサンプル用のカーテンを手に取ってみたり、かと思えば休憩用エリアでコーヒーを出食するカウンターの中に立ち入ってみたり、かと思えば天井のハッチを見上げてみたりと、明らかに挙動不審だった。
リアが目をぱちぱちと瞬かせながら、問いかける。
「えっと……ムラサキ、さん? どうかされましたか?」
「ん〜、ちょっと待ってね。今、真剣勝負っていうか、訓練の最中で」
ますます頭の上をハテナでいっぱいにする隊員たちの前で、ムラサキは小さく指笛を鳴らす。合図を受けたことりが、ぱさりと翼をはためかせてムラサキの頭上まで飛び上がった。
「ね、ことりちゃん。どっちがいいと思う? 天井裏と、テーブルの下」
「ぴっ」
「やっぱ挑戦だよね? ことりちゃんがいれば何とかなるもんねっ」
差し出した手の上に着地したことりに向かって、ムラサキは念じるように目を閉じた。
「
「ぴー!」
にわかに周囲が眩しくなり、ぱちぱちっと音を立てたかと思うと、ことりの体が光を纏って輝き出した。
そのままことりは真上へ飛び上がり、ハッチの持ち手に器用に逆さ吊りになったかと思うと、嘴をその隙間に突っ込む。天井裏へ続くハッチは、普段は安全のためにセキュリティロックが掛かっているはずだが、ことりの流す微弱な電流がハッキングの役割を果たしたのか、扉は天井の奥へ向かってぱたりと開いた。
「よし!」
「ぴぃっ」
「ごめんね、重いけど、ちょっとだけお願い」
あんぐりと口を開ける隊員たちの前で、ムラサキは両手を上へ差し伸べる。
再びぱちっと電流が走ったかと思うと、ことりはサギくらいの大きさに巨大化していた。そのまんまバサバサと翼をはためかせ、脚を掴んだムラサキを天井付近まで運んでいく。真剣そのものの表情のムラサキだが、鳥に吊られている人間の図というのは、側から見ると実にシュールで、リアでさえ一瞬注意を忘れてしまうほどであった。
「む、ムラサキさんっ!? 危ないですよ!?」
「だいじょおぶ! いくよ! いち、にの、さんっ……!」
「ぴーっ!」
楽しげな声をあげたことりが、ぶおんっと勢いよく脚を振ったかと思うと、空中ブランコのようにムラサキを天井裏へ押し上げる。器用にくるりと後方宙返りをするように一回転したムラサキは、その小柄さもあって、天井奥へと鮮やかに姿を消した。直後にどんがっしゃんと、やたら痛々しい音はしたが。
「だ、大丈夫ですか……?」
「うう、いたた……。受け身に電撃はあんまり使えないなぁ。一時的な痛みを緩和するぐらいの効果はありそうだけど……。すみません皆様、お騒がせいたしました」
風船が萎むようにして元のサイズに縮んだことりが、天井裏から見下ろすムラサキのところへ、ぱたぱたと楽しげに飛んでいく。頬擦りしてくるその頭を指先で軽く撫でてから、ムラサキは「いけない、早く隠れなきゃ」と思い出したように言いながら、ぱたりと天井の扉を元通りに閉めて塞いだのだった。
「なんだったんでしょう……?」
「さあ……」
何が何やらさっぱりわからず、共に首をかしげるリアと隊員一同だったが、その理由は間もなく明らかとなった。
「あんた達、このあたりでムラサキ見なかった?」
このフロアの廊下から続く階段を上ってきたヨハネが、こちらに向かってくるや否や、リア達を見てそう尋ねたのである。
「ええと……」
当然、先ほどリアも隊員達もムラサキが隠れるところは目にしているが、「隠れようとしている」ということは本人的にはヨハネから身を隠したいと思っているわけで、それを馬鹿正直に伝えるべきか、あるいはムラサキの行動の意図を汲んで黙っておくべきかを皆が悩んでいるあたりで、当惑した様子を察したヨハネが、やれやれとため息をついた。
「わかった。その様子じゃ、このフロアにいるのは間違いなさそうだね」
「ええと、ヨハネさん……?」
「大丈夫。どこに居るかまでは言わなくていい。どこに居るかを当てるのは、ボクの仕事だから」
意味深長な台詞に皆が首を傾げていると、ヨハネはすらりと三本の指先を伸ばすと、閉じた左目の傍に当てがった。小さな呟きが、辛うじて側のリアの耳には届いた。
「
開いた左目が、煌々とマゼンタの鮮やかな光を放っている。
所内での植能の使用は別段禁じられていないが、真っ向勝負や模擬戦でもしない限りはあまり使う機会もなく、その様子に皆が驚いている中で、ヨハネはスコープのように左目の視界を通しながら、フロアを隅々まで観察した。
先ほどムラサキが立ち入っていたカウンターの内部やカーテンの傍、自販機の裏側などを、ほぼムラサキと同じ動線で、ゆっくりと歩きながら辿っていくヨハネ。しかしやがて、天井裏に繋がる扉の真下までくると、ピタリと足を止めて、見上げながら低く呟きを漏らした。
「……ここか」
発信機の電波を拾う追跡機の類を持っているわけでもないのに、なぜヨハネは居場所がわかったのかと、隊員たちは顔を見合わせて目をぱちぱちさせるばかりだ。しかし、ことりと違って天井裏に上がる手段を持たないヨハネが、ため息をついて周囲を見回しているあたりで、一人の察しのいい隊員が申し出た。
「あ、あの、隊長! 脚立なら俺が!
あっと気が付いたように、他の隊員も次々と申し出て協力してくれる。
「悪いね、みんな……」
支えてもらった脚立に危なっかしい足取りで恐縮しつつ乗りながら、ヨハネが天井裏に続く扉をごとっと跳ね上げる。そこから顔を入れたヨハネが、天井裏の内側に向かって怒鳴った。
「ちょっと、サキ。他の隊員に手間と迷惑が掛かるような場所に隠れないでくれる? みんな今手伝ってくれてんだから」
「えええーーーーっ!?!?!? うそぉ!? なんでわかったの!? 嘘でしょぉ!?」
驚き声と悲鳴を上げるムラサキに、脚立を支える隊員たちは思わず顔を見合ってくすくすと笑ってしまった。声だけでその表情が手に取るように見える。
ことりの脚を掴み、ふわっと舞い降りるように地面に着地して戻ってきたムラサキは、むぅっと不服そうに唇を尖らせて、得意げな顔のヨハネを睨んでいた。
「信っじらんない……天井裏だよ? 人が隠れるとか思わないじゃん普通」
「その『普通』の固定概念を取り払って考えることが、捜査では重要なんだ。何にせよ、ボクの植能があればすぐ辿れたけどね」
「ううーーっ……! これで私の全敗じゃん! こんなに頑張って隠れ場所見つけて隠れてんのに! ていうかそっちは植能あるんだからズルい!」
「悔しかったら、そっちこそ自分の植能でボクを撹乱するぐらいしてみなよ」
わやわや騒ぐムラサキを苦笑して眺めながら、リアはようやく、落ち着いて二人に尋ねる気配を得たのだった。
「ええっと……お二人は、かくれんぼをされていたのですか……?」
「うん、そう。ごめんね、みんなが一生懸命仕事してるのに、遊んでるみたいだったよね……」
「それはボクも失念してた。一応、使われてないフロアを借り切って予約したつもりだったんだけど……まさかリアちゃん達がいたなんて」
「ああ、いえ! ここは、今日前倒しで業者さんに来ていただけることになったので、急遽打ち合わせに使っただけなんです! 他のフロアが空いてなかっただけで……なので気にされないでください」
いつまでも業務を長引かせるわけにはいかないので、リアもヨハネも傍にいた隊員たちは解散させたが、皆サンプル品を持って引き上げながらも、どこか三人の会話を聞きたそうにそわそわしていたのだった。
そんな隊員たちを手を振って見送りながら、ヨハネはカウンターの内側でコーヒーメーカーのコーヒーを淹れつつ、リアに説明した。
「これは、その……ボクとムラサキの、植能の技能を伸ばすための訓練なんだ」
「お二人は、ムラサキさんのお体の紋様を、共有されているのですよね?」
「うん、そう。紋はムラサキの
黒い液体をポットから注ぎ、やや疲れたようにカップを傾けるヨハネの傍にぴとっとくっついたムラサキが、自分もカップを手にしながら、やや遠慮がちにヨハネの隊服の裾から見える褐色の指先を握った。
植能を使ったりダメージや疲労が溜まったりすると、
そんな様子を微笑ましく思いながらも口には出さずに、リアは話の続きを聞いていた。
「どうもこれが曲者っていうか……ウームの力を、同じようにボクがそのまんま使えるって訳じゃないみたいでね」
「まぁ、今わかっている段階で、ウームの力って『魅了』と『帯電』だけなんだけどね……。あとは、これら複数の能力を持つのに必要な『保持力』か」
「帯電……? ことりさんの件で覚醒したのって、たしか『催眠』だったのでは……?」
「あ、リアちゃんにまだ言ってなかったんだっけ。
ソラの研究所で詳しく解析したらね、催眠の効果だと思ってたやつは、眠気を催す作用があるわけじゃなくて、どうも微弱な電流が流れてるらしいのね」
「サキじゃ、元々の体力が少ないし体質も能力に合ってないから、戦闘で使うには力が足りないらしいんだ。すっごい弱いから、どうもそれが電流を流す低周波治療機みたいな作用を起こして、心地よくなったり眠くなったりするんじゃないかって」
「そ、そんなことあるんですね……」
ムラサキがマッサージ機になっているところを想像したリアは、思わず笑い出しそうになりながらもなんとか必死で堪えていた。便利な能力だが、疲れが癒されるとなると、最終的に敵には得しかないかもしれない。
その感情を読んだように、小さく笑ったムラサキが人差し指でことりの頭を撫でる。
「ま、私じゃ上手く使えないんだけど、暴走の時に、ことりちゃんの体にも雷紋のプログラムが組み込まれてしまったらしくてね。もうすっかり構成に組み込まれてるから、私と同じで引き剥がせないんだって。エレメント自体は私が倒して吸収したから、もうことりが暴走することはないんだけど、私が都度上手くこの子に力を渡してあげることができたら、ね、この通り」
「ぴーっ」
翼を広げたことりが、ばちばちっとシンクや一帯のテーブル席にまで届きそうなほどの電撃を放つ。確かに、これならかなりの高威力になりそうだ。
「わぁっ! ことりさん、すごいです!」
「まぁ、まだ制御が下手っぴなんだけどね……だから、私とことりで今練習中」
「ぴっぴっ」
「なるほど。それでさっき、ことりさんが電流を流してハッチを開けたり、大きく膨らんだりできたんですね」
リアは感心したように、何度も頷いている。
コーヒーを淹れたついでに立ち飲みをしていたヨハネが、思い出したようにテーブルの方に座ったので、ムラサキもリアの向かい側に腰を下ろした。もうだいぶ疲労感は軽減されたようだ。
「それで……ボクの方は、コルニアをもっと強化できないかって考えてる。
ミソラの話じゃ、この紋を通して、ボクらの植能は互いの体を行き来しているんじゃないかって話だった。だからってウームの力をボクがそのまま使うにはまだ難しいけど、サキの植能の力が、コルニアに何かしらの変質を及ぼしてることは確かだ。
杉浦達の手も借りて詳しく調べてもらったら、元々の主要植能のデータにはなかった、未知のアップデートが起こってることがわかってね。
ボクはこの力を、〈コルニア・改〉って呼んでる」
「コルニア・改……」
目を丸くして呟くリアが、先程の人払いの意味を理解する。
未知の力で未だ解明されていない部分が多いのもさながら、もしこれが新たな戦闘手段となるのなら、出来るだけ手の内は伏せておいた方がいい。ユイトが一連の事件を鑑みて、SOAT内での裏切り者の存在を危惧している状況であればなおさらだ。
「まだ、実際に何ができるかは手探りで試してるんだけどね……。
でも、今わかってる範囲としては、幻覚の作用が前と比べてちょっと強くなった気がする。前は姿くらいしか変えられなかったけど、今は声まで変えられるんだ。適用範囲が増えたっていうのかな。
あと、大きな変化としては……植能の痕跡が、見えるようになったことだね」
「え? それって……」
ぱちぱちと目を瞬かせるリアに、ヨハネは頷いてみせた。
「リアちゃんの、
思わず両手を叩きながら、リアは感動しているようだ。
「すごいです! だったらこれで、敵の追跡もできるようになりますね!」
「ただ、相手が植能を発動してくれないと見えないんだけどね。おまけに植能によって、痕跡の残留時間が長いものとか短いものとか、見えやすいものとか見えにくいものとか、差が大きいし……。
しかも、〈コルニア・改〉自体も言ってみればブーストみたいなものだから、効果時間が短いって問題もある。解決すべきことは山積みだよ。
とりあえず、紋で繋がってるウームの痕跡は一番ボクにとっては追いやすいから、今はサキに付き合ってもらって練習してるんだ。いずれは、他の隊員にも協力してもらおうと思ってる。ま、かくれんぼは流石に子供っぽいって、ボクも言ったんだけど」
「なるほど。そういうことだったんですね」
「えー! いいじゃんかくれんぼ! 楽しいし練習になるし、一石二鳥だよ?」
「あんたは普通に楽しんでるだけじゃん。それでもまだ、時々は見えづらくなるし……」
先程の様子を見ている限り、まだ辿るにはある程度の慣れや時間が必要なようだ。
渋い顔をするヨハネの前で、空のコーヒーカップを手にしたムラサキが、先に元の世界への帰宅準備をしようと、元気よく立ち上がりながら振り向く。その顔は、所内の人工的な光に照らされても暖かく見えるほど、太陽のような満面の笑顔だった。
「ええ〜っ? 自信ないの? ヨハネさんは、とーっても優秀な隊長さんなんでしょ? どこに居たって必ず見つけてくれるんでしょ? だいじょーぶだよ。だって、今まで所内のどこに隠れたって、ヨハネさん絶対見つけてくれたじゃん。だから、私信じてるよ」
「ふん。当たり前でしょ。あんたに励まされるまでもないよ。あんたみたいな騒がしい上に植能も派手なヤツ、世界中どこに居たって、ボクはすぐ探し出してやるんだから」
休憩コーナーから一歩外に踏み出したムラサキは、強がって大口を叩いたヨハネの答えに驚き、そして口元にはにかんだような笑みを浮かべてから、たったと楽しげに廊下の向こうへ駆けて行ったのだった。
「……ふふっ。なんだか、熱烈な愛の告白みたいですね」
「……え? ちょっ、勘弁してよリアちゃん! そういうのじゃないんだから!」
口元に手を当てて楽しげに笑うリアの前で、ヨハネは今更のようにコーヒーを溢しそうになりながら、慌てた赤い顔で弁解したのだった。