SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部   作:大野 紫咲

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ヨハネとのかくれんぼ訓練中、来客者らしき少女と出会ったムラサキ。
その雰囲気に不思議なものを覚えながらも、シーツの中に隠れるムラサキだったが……?


1-2 運搬

 それから数日後の、ある日のことだった。

 例の訓練中、私はいつも通り、隠れ場所を探して所内をうろついていた。

 今日の対象フロアは、トイレとお風呂場以外の一階全域だ。

 ことりを肩に乗せ、所内から寮へと続く渡り廊下をたったと袴で歩きながら、私は上機嫌だった。外から差してくるお天気の日差しもいい感じだ。

 

(『一階』だから寮もアリ……なんて言ったら、ヨハネさんに怒られちゃうかなぁ。でもどうせ、ここを歩いたのもぜーんぶ痕跡で見えちゃうんだろうし、あんまり意味ないと思うけど)

 

 さすがに個室に隠れるのはセコいからやる気はないが、ちょっとした盲点ぐらいは突けないだろうか、と思う。けれど、本当にどこに隠れていたって見つかってしまうのだ。植能の気配が漏れなさそうな防火扉の内側にいても、隊服に変装してオフィスの人達の中に紛れてみても。いっそこれなら、と思い、紋伝いにヨハネさんの力を奪ってコルニアで一瞬だけ別人に変身してみても、すれ違ったその瞬間に腕をがっと掴まえられてお縄になる。

 勝った方が喫茶店で奢ろう、なんて子供じみたルールを設けてはみたけれど、今の所私の全敗で、カフェの向かいの席で得意そうにヨハネさんが口に運ぶジンジャーチャイは、すべて私の奢りだった。私の方はといえば、いつもぶすっと頬杖を突いて、自分の豆乳ラテを啜るばかりだ。仕事終わりに一緒にお茶できる時間があるのは素敵だけれど、せめて一杯ぐらい奢らせてみたい。

 

「……一体、どんな風に見えてるんだろ」

 

 廊下の中ごろで足を止めた私は、ふと呟いて振り返り、歩いてきた道を見た。

 もちろん、足跡も何も残ってない。

 私の植能は相手を魅了させることが主な作用だから、ヨハネさんに言わせれば、発動させていなくても常に私の体表から少しずつ漏れてはいるらしいが、当然私にはそれが見えない。そんなに一目見てどこにいるかわかるくらい、目を引く鮮やかな色をしているのかと思うと、ちょっとドキドキする。

 一体、どんな色で、どんな形をしていたら、あの子をここまで迷わずに導くことができるのだろう。一体、ヨハネさんの目に映る私は、どんな——

 

「……って、別に植能に由来するオーラなんだから、私とは関係ないけどね!?」

 

 まるでヨハネさんが私自身を追って来てくれているような錯覚をしたのが恥ずかしくなって、思わずぶんぶんと熱くなった頭を振った。ことりが不思議そうに見上げてくる。

 

「ぴ?」

「なんでもないっ。さー、いこ!」

 

 勢いよく声を掛けて、私は寮の棟の廊下で、隠れ場所を探した。

 ランドリールームに入ってすぐ、中の設備をことりと一緒に物色する。

 

「洗濯機の中……はさすがに危ないよね。いくら私が小さくても、さすがに入れるような大きさじゃなさそうだし……掃除ロッカー? ギリ入れそうだけどちょっと安直かな。通風口は、この間天井裏に隠れて見つかったばっかりだし……」

 

 欲を言えば、あんまり着物が汚れなくて汚くなさそうなところがいい。

 腕組みをして考えてから、私は他の場所も探そうと思い、ランドリールームの外に出た。共用施設で隠れられそうな場所といえば、あとは厨房や倉庫、ベランダぐらいか。貯水槽や駐車場あたりも、あまり使われていないからアリかもしれない。

 そう思って廊下を歩いていたら、ふと寮室に続く角のあたりを、何かがぱたぱたっと走って横切っていった。

 

「……?」

 

 一瞬でよく見えなかったが、子供の人影に見えた。ほんのわずかに視界を横切っただけでそこまで印象に残ったのが逆に不思議だが、背の低さに加え、見事な金髪が目を引いたので、そこまで動体視力がよくない私でも、外国人の子供らしいとわかったわけだ。

 不穏な気配こそ感じなかったものの、土のエレメントがシェルターに気付いたら侵入していた一件のせいもあって、見慣れないものや足音には妙に敏感になってしまう。もしかしたら気のせいだったかもしれないし……と確認するような気持ちで、私は人影の消えた角を曲がった。

 

「わあっ」

 

 可愛らしい声を上げて、出会い頭にぶつかり掛けたふわふわ金髪の女の子が、ぺたりと尻餅をついた。女の子……といっても、多分見た目は20そこそこって感じだ。絵本に出てきそうなバスケットを持って、腰の絞ったワンピースにエプロンドレスをつけて、なんだかおとぎ話に出てくるお嬢様と言った風合い。なんて、観察してる場合じゃなかった。

 

「ごっ、ごめんなさい! 大丈夫?」

「ええ、少し驚いただけ……このぐらいで尻餅なんて、まったく自分のどんくささが嫌になっちゃうわね」

「そんな。私が注意せずに飛び出したのがいけないんだし」

 

 慌てて差し出した私の手を、柔らかくてふにっとした掌が握る。ミルクみたいに真っ白な肌をしたその子は、立ち上がると私よりずっと背が高かった。まあ、大抵の人は私より背が高いんだけどね。女性の平均身長くらいはあるだろうか。

 おっとりと首を傾げてみせるその子の双眼が、渋みのある緑色にきらりと輝いた。慌てて誤魔化すように、私は問い掛ける。

 

「あ、えっと〜……関係者の方……ですか?」

「ええ。叔父がSOATに勤めていて、届け物を頼まれたの。ここって、関係者の身内や知り合いの立ち入りまで、禁止してるわけじゃないわよね?」

「あ、うん! ご、ごめんね、変なこと聞いちゃって……最近色々と物騒だから、何となく聞いちゃっただけで、別にあなたが怪しいとかそういうわけじゃ」

 

 気分を害しただろうかとあわあわしていたら、その子は髪と同じようにふんわりとした雰囲気を纏いながら、くすくすと可笑しそうに笑った。

 

「いいの。変なこと聞くなぁって、思っただけ。別に怒ってないわ」

「ならよかった……あ、ねえ、さっきこのあたりで小さい子が走ってくのを見たような気がしたんだけど、もしかして、その子もあなたの知り合い?」

 

 そう尋ねると、彼女は丸い瞳を驚いたように見開いた。その直後、じじっとノイズのようなものが視界に走り、目の前の彼女が一瞬縮んだように見えて、私は瞼を擦る。けれど、次に手をどけた時には、さっきと同じエプロンドレス姿の女の子が、そこには立っているだけだった。

 

「え……あ、あれ? なんか今……さっき走ってた子とあなたが、そっくりに見えて」

「ふふっ。本当に可笑しな人。私がそんな小さな子供に見えるの?」

「えええ! いやいや、そういうわけじゃないんだけど……ええ、でも、私の見間違い……?」

 

 それにしては結構はっきり見えたように思ったのだが、いかんせん一瞬の出来事だから自信がない。別に怪しい人じゃないならこれ以上拘留する必要もないし、どうしたものかと思っていたら、彼女は何故か目に愛しげな色を浮かべて、私に向かい微笑んだ。

 

「ねえ。あなたの名前は? なんて言うの?」

「え? あっ、私はムラサキ。大野紫咲。一応ここの職員……かな?」

 

 そう言って、私は懐に挟んであった、桜の花びら型の名刺を取り出した。桜の紋章付きの、五枚の花びら形にカットした紙に印刷してもらった、ピンク色の名刺。一応は隊の名刺を作ってあげると言われたので張り切って注文したら、特殊印刷は手間と時間が掛かるとかヨハネさんにぶーぶー文句を言われたが、私がSOATの名刺を渡す機会なんて一年に10回もあるとは思えないので、そのくらいの我儘は聞いて欲しい。

 小さな名刺を両手の指で持った彼女は、それを珍しげに眺めるようにしながら、再び驚いたようだった。

 

「職員さんだったのね。制服じゃなかったから、あなたも寮に住んでる人の家族なのかなって思ってた」

「あはは、紛らわしいよね。まぁこれには色々とあって……」

 

 色々も何も、私が好きだから勝手に着ているだけである。淫紋を隠すだけなら、SOATの隊服があれば十分なわけで。

 

「それで? SOATの隊員さんは、こんなところで何してるの?」

「えっと、その、かくれんぼ……?」

「まぁ、楽しそう! 私も混ざりたいな」

「えっ!? だ、だめだよ! 私と一緒にいたら100%見つかるかくれんぼだし、見つかっちゃったら奢り確定だよ」

 

 職務中にかくれんぼをしている事に対するツッコミがもうちょっとあってもいいのではないかと、自分で言っておきながら私は思ったけど、この子は純粋に自分もかくれんぼをしたいとわくわくしているようだ。ちょっと浮世離れしてる子かもしれない。けれど彼女は、残念そうにため息をつくと肩を落とした。

 

「でも、私すぐ帰らなきゃいけなくて……混ざりたくても、今は一緒に遊べないわね」

「そ、そっか。急いでるのに引き留めてごめんなさい。えーと……」

「私、ユミリ。ユミリっていうの。ねえ、ムラサキ。また私を見つけてね」

 

 無邪気ににこっと笑うと、ユミリと名乗った女の子は、どこか楽しそうに長いスカートの裾を翻して、出口の方へ向かい廊下を駆けていった。見た目の割にすばしっこいようで、あっという間にその姿は見えなくなる。

 

「なんか不思議な子だったなぁ。あれまで私の幻覚ってわけじゃないよね……?」

「ぴーい」

 

 袖から着物の内側に潜り込んで隠れていたことりが、ひょっこり胸元から顔を出す。不思議だね、と言っているように小さな頭を傾げていた。

 考えたいことは色々あるが……今はそんな場合じゃない。あの子との会話で、ずいぶん時間を食ってしまった。さっさと隠れないと、ヨハネさんに追い付かれてしまう。そう思っていた私は、廊下の端に設置されたランドリーカートにふと目を止めた。

 

「おっ、これいいんじゃない?」

 

 車輪と取っ手がついた青色の布製のカートは、洗濯用のシーツや布団が入れられるようにかなり大きく造ってあるので、私なら楽に入ることができる。洗濯を共用のランドリーサービスで纏めて依頼している隊員や、ゲスト向けの部屋に宿泊を伴う来客があった時に、清掃員がリネンを入れるためのカートだ。後でスタッフが回収して、クリーニング担当の業者まで運んでいく。

 中を覗くと、おあつらえ向きに何枚か白いシーツが放り込まれていた。これを頭から被っていれば、簡単にはバレなさそうだ。

 

(よし……ここに隠れよう)

 

 ことりと一緒にカートの中に入って寝転ぶと、私は全身が見えないようにシーツの下へ隠れた。これなら、布団か何かが入って嵩張っているように見えるだろう。よくよく考えたら、誰かの使用済みシーツの下に隠れているってなかなかにアレな状況だが、元々セブンスコードはそんなに衛生的に不潔にならない環境設定になってるし、別に臭くないし。

 

「なんか、隠れ家みたいで楽しいね」

「ぴぴっ」

 

 ふわふわのことりが、頭に毛を擦り付けてくるのが気持ちいい。そうやって、少しの間だけ隠れているつもりだったのだが、なかなか来ないヨハネさんを待つ間、ハンモックのようになった内側で横になっていたらついついうとうととしてしまって、私は眠りこけてしまった。

 

 それから、どのくらいの時間が経っただろうか。

 

(……んん?)

 

 ふと、私は振動で目を覚ました。ごとっ、ごとっと聞き慣れた音で規則正しい振動が伝わってくる。カートが、廊下や段差を車輪で越えていく音だ。

 

(んんん!? 誰か動かしてる!?)

 

 思わず焦ったが、ヨハネさんならここで動いたら隠れてることがバレ……いや、むしろバレてるから運んでるのでは? それにしても、私を運んでどこに行くつもりなのだろう。私が寝ていることを察して、部屋まで運んでくれるつもりなのか。いや、もしかしたらみんなの前に運んで、我見つけたりと衆人環視に晒すつもりなのでは。

 しばらく様子を伺っていたが、カートが止まる気配はない。乗っている時間からして、カートを押している主は、とっくに寮の廊下を渡り終えてしまっている気がする。そう思う私の予想を裏付けるかのように、車輪の振動音がゴゴンと一段階硬いものへと変わった。シーツ越しに眩しい日差しが降ってくる。これは、建物の外のアスファルトを走っているようだ。

 

(ちょっと待って!? じゃあヨハネさんに見つかる前に、業者さんに回収されて運ばれちゃってる!?)

 

 予想していなかったわけではないが、本当に起こるとは考えもしなかった事態だ。

 まさかこのまま洗濯機に放り込まれることはないだろうけど、あまりに居た堪れなかった。ここで顔を出そうと、後で発見されようと驚かせてしまうことは間違いないだろうけど、せめて運んでいる時に驚かせて事故が起こるよりはよかろうと、私はカートの中で大人しくしていることを決めたのだった。かくれんぼで隠れ場所探してるうちに寝ちゃいましたとか、後でめっちゃ怒られるかもしれない。全部自分が悪いんだけど、怖い。

 

(うう、やらかしちゃったなぁ……)

 

 ことりと一緒に反省モードに入る私だったが、まだガラガラと駐車場らしき場所を突っ切っていく音を聞いているうちに、ふと思い直した。

 ……業者さんだとしても、おかしい。小柄な女とはいえ、私だって人体の構成分相応の重さは持っているわけで、そんなものがカートの中に入っていたら、運ぶ前に明らかに重いと気がつくはずだ。どんなに嵩張っていようと、量的にこれはどう考えてもシーツとか布団の重さじゃないだろう。

 

(てことは、人が入ってるとわかってて、運んでる……?)

 

 今更ながら、ぞっと寒気がしてきた。このカートを押している主は、一体何者なのか。何の意図があって、私を外に運び出そうとしているのか。そうこうしているうちに、カートがぴたりと止まった。

 

(……!)

 

 どきりとして身を強張らせた私の上から、思いの外シーツは静かに、するすると外された。木陰から刺してくる光が眩しくて、目が眩む。なんとか光に目を慣らして、かろうじて逆光の中に捉えたその黒っぽい影は、私が予想だにしなかった人物だった。

 

「見つけたわ、ムラサキ。こんなところに隠れてるなんて、よっぽどラッキーじゃないと攫って来れなかったでしょうけど。今度は、私とかくれんぼしてくれるかしら?」

 

 うっすらと笑みを浮かべた、大人びた顔つきに、私は声を上げた。

 

「サヤコ、さん……?」

 

 呆然としながら身を起こすものの、それ以上動けなかった。

 私の目の前には、黒い銃口が突きつけられていたから。

 

「さあ。大人しく、私と一緒に来てもらうわよ」

 

 クリーニングの職員の制服と帽子を着用していても、なお妖艶な色気を纏って振り撒くサヤコさんは、冷たい笑みを唇の端に浮かべたまま、無慈悲にそう告げたのだった。

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