SEVEN’s CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第二部   作:大野 紫咲

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ことりと共に、サヤコに誘拐されたムラサキ。
その行き先は意外な場所で……?

一方、ムラサキの機転でその居場所を察知したヨハネ達は、現場へと急行する。
確保まであと一歩かと思われたが……


1-4 茶会

 

「大人しく、私と一緒に来てもらうわよ」

「ぴるるるるるる」

 

 私の着物の袖の下で、ぱちぱちと羽毛を弾けさせて威嚇することりを、サヤコさんが目を細めて見つめる。私は、そっとことりに首を振って嗜めた。

 

「ことり。逆らっちゃ駄目。あなたまで危険な目に遭わせたくない」

「ぴるッ」

「その子、あなたが前に喫茶店に連れて来てた、暴走したことがあるとかいう鳥よね。今は何の力もないんでしょう? 可哀想だし、大人しくしてるんなら冥土の土産くらいになら連れて来てくれてもいいわ」

 

 そう言って、サヤコさんが不敵な笑みを漏らしながら銃口を避ける。

 私は、ランドリーカートの内側で彼女を見上げながら思案した。

 

(ことりが訓練で私の植能を扱えるようになってきていることは、サヤコさんにはまだバレてない、はず……。私が直接植能で倒すことはできなくても、連れて行けばチャンスはあるかもしれない)

 

 巨大化させるか、電撃での攻撃になるか。私もことりもまだ植能の扱いが下手くそだし、不意を突くにしても、いちかばちか賭けに出ることになるだろう。それでも、戦力が多いに越したことはない。何より、独りじゃなくて道連れがいることの心強さは、何より半端ない。

 私は、しおらしく不安げな少女のフリを装ってことりを抱き抱えた。

 

「わかった……私が大人しくさせておくから。ことり、一緒に来てくれる?」

「ぴぃっ」

 

 小さく返事をしたことりの目が、あいわかったというようにキラキラしている。まるで本物のぬいぐるみだ。私の意図したところを速攻で汲んだらしい。マジで賢いな、この子。

 

「ふん。わかったならいいわ。このまま乗せていくわよ、あなたがここで外に出たら人目につくから」

 

 その細腕とは思えない力で、サヤコさんが私が入ったカートをそれごとバンのトランクに押し上げる。車のドアが閉まってから、何気なくカードから顔を出し、前の座席を覗き込んで仰天した。下着姿で腕と足を縛られた男の人が、口を布で塞がれて気絶したまま、転がっていたからだ。

 サヤコさんが、業者の制服姿のまま、運転席に乗り込んできて車のキーを回す。

 

「……もしかして、この人の制服と車を奪ったの?」

「ええ。敷地内に侵入するためにね。 今のSOATはあらかじめ許可が通った人間しか入れないから、SOATに公認されて定期的に出入りしている業者が、一番なりすましやすかった。業者へのハッキングと申請書類の改竄までしておいたおかげで、入り込むのは容易だったわね」

 

 サヤコさんは、帽子の下の目でミラーをちらりと一瞥してから言った。

 

「頭、ぶつけたくなければ大人しく座っておいた方がいいわよ。いくらその中に入っているとはいえ、シートベルトなんて付いてないんだから」

「……? うん」

 

 大人しく、シーツの上に腰を下ろしながらも、私は首を傾げた。

 相変わらず、冷たく突き放したように見えてどこかが優しい人だ。これから攫ってどうこうしようという人間の身の上を、案じたりするだろうか。それとも、生きた状態の私が必要で、殺すつもりまではないとか?

 

 そうこうしているうちにバンはセブンスコードの市街を走り、見覚えのある信号を何個か超えて、路上の駐車場に停まった。

 サヤコさんは運転席から後部座席に移動すると、男が気絶しているのをいいことに、こちらへ目を光らせながらも手早く普段の服に着替えてから、後ろへ回ってトランクの扉を開けた。危なっかしく出ようとして転がり落ちかける私の手を、呆れたように掴んでくれる。

 

「降りるわよ」

「どこへ……?」

 

 私を誘拐して身代金とか要求する気なら、相当人里離れた人気のない倉庫とかだろうと思ったのだが……車の中から見ていた通り、まだ思いっきし街中だ。

 きょろきょろした私の腕を掴んで横断歩道をさっそうと歩くサヤコさんの前方に、見覚えのあるファンシーな看板が見えてきた。

 

「え……え? ここって、もしかして前にサヤコさんのお誕生日に一緒に来たとこ?」

 

 どういうつもりだと目を白黒させるものの、サヤコさんは私の疑問に一切答えることなく、ずかずかと店の中に入り、テラス席でアフタヌーンティーセットを注文する。

 テーブルクロスの下で銃口を突き付けられながら、目の前には絢爛豪華なケーキとサンドイッチが並び、そして優美な陶磁器に注がれた甘い香りの紅茶が注がれるという、とんでもない状況が発生してしまった。

 

「あ、あの……ええと……?」

「死ぬ前に、最後の晩餐を味わう時間くらい取らせてあげるわ。一応は厚意よ」

「私今から殺されるの!?!?」

 

 それにしては、周囲にはのどかにお茶をして談笑する人たち、外は小春日和と言っていい麗かな日差し、街道の木漏れ日やテラスのパラソルの裾は優しく揺れて、全然緊張感ないんだけど。

 サヤコさんは露出したセクシーな脚を組んで、優雅に金縁のティーカップのお茶を啜っているが、私は全然そんな場合じゃない。せめて誰かがこの状況を見て通報してくれれば……いや、袴姿の女が外にいるぐらいで通報する人はいないか……

 きゅっとしてしまった自分の胃に物を入れる余裕がない代わりに、私はぶーっと毛を膨らますことりの前へちぎったサンドイッチを投げながら、サヤコさんに問い掛けた。

 

「あの……なんで殺されなくちゃいけないのか、聞いてもいい?」

「私の雇い主にとって、あなたが邪魔な人間だと判断したからよ。言ったでしょ。私はあの人の配下。あの人の望む通りに動くのが私の喜びだし、他の選択肢はない」

「……それって、サヤコさん本人の意思なの?」

「当然じゃない」

 

 そう呟いた瞳に、微かな揺らぎが映ったように見えたけど、それは一瞬で消え失せた。

 何とも言えない気持ちで、その黒ずくめの姿を観察しながら、私はおそるおそる口を開く。

 

「その雇い主って、もしかしてニレのこと?」

「どうして、あなたがそれを知っているの?」

 

 こちらを睨むサヤコさんの目つきがキツくなる。

 慌てて私は言い訳するように目を泳がせた。

 

「あ〜、えっと……ほら、私ちょっと変わってるっていうか、人より色んなことを知ってて……サヤコさんとニレが親しくしてたのも、捕縛の時に仲間だったのも、まぁ知ってるっていうか」

「やっぱり、ニレがあなたを危険因子とみなしたことに間違いはなかったようね」

「うわ〜ん! だからってどうこうしようって訳じゃないんだってば! 私はこっちでみんなと楽しく過ごせたらそれでよくって、敵に回らないんならニレなんてどうでもいいし!」

「あの人の存在を軽んじようっていうの?」

「どうしろと!?」

 

 恋愛ゲーでヤンデレ彼女に何言っても殺されるみたいな詰みの選択肢に立たされて、どうしたらいいかわからない主人公の気分だった。

 私は仕方なく紅茶で喉を潤してから、切り口を変えて別の質問をすることにする。全然味がしない。こんな高級茶葉、マジでもっと楽しいシチュエーションで味わいたかった。

 

「ニレは……エレメントと私の関係について、何か掴んでるの?」

「詳しくは知らないわ。でも、ある程度の繋がりがあると感じてはいるようね。あの人は、エレメントの力を欲してる。今までに起こった暴走事件を通して、大きなエレメントの力をその身に宿したあなたは、ニレに対抗する脅威になり得る。だから、私はあなたを消すことにしたのよ」

「街中で人や動物が、エレメントに憑かれて暴走した事件も、もしかして全部ニレの差し金?」

「あの人のやる事に間違いはないわ。この世界の人間達の本質を、影から見物し分析するのが、あの人の趣味みたいなもの。世間を引っ掻きまわすのに、エレメントはちょうどいい材料だったのよ。そうして生まれた負の感情を、更なるエネルギーに変えていく……

その目的までは、私は知らない。でも、何か考えがあるはず。そこまでついて行った者でないと、あの人に目を見て名前を呼んでもらう資格なんて、ない。その時まで、私は……」

 

 その表情が次第に必死に、痛々しく見えて、私は自分が殺される身でありながら、どうしてもサヤコさんのことを憎らしくは思えないことに気が付いた。私の視線をどう受け取ったのか、彼女は慌てて冷たい顔に戻りながら、空になったカップをソーサーに戻す。

 

「だから、これは私の独断と偏見。あの人の障害となるものは、私が先に排除する。ニレの邪魔をする者は許さない。たとえ、あなたであっても」

「……」

 

 どうあっても、考え方を変えてくれるつもりはないのかな。

 もし本気で私がサヤコさんに抵抗しようとすれば、植能を使っての戦闘は避けられないだろう。それでもゲームの中では、サヤコさんと組んだ事もある身の上なのだ。彼女にその記憶はないかもしれないけど、勝てるか負けるかはともかく、私はそんな相手に進んで武器を振いたくはない。それに、折角この世界に来てから、風俗の店員としてとはいえ私を指名して気に入ってくれたり、作戦に協力してくれたり、こんな風に一緒に喫茶店に出かけたり、少しずつ仲良くなれたところだったのに。

 悲しそうに俯いた私をどう思ってか、サヤコさんは少し慌てた顔で突き放すように言った。

 

「そんな顔をしないでくれる? 確かに、気の毒だったわ。具体的な算段もなしに、とりあえず侵入した私が、偶然あなたを見つけ出さなきゃ、こんな事にはなってないだろうしね」

「……? それさっきも言ってたけど、私があそこに隠れてることを、最初から知ってて狙ったんじゃないの?」

 

「大体の位置はわかってたのよ。あなたが私にくれたストラップ。あれに、発信機を仕掛けさせてもらったわ」

「えっ!? そんなのいつ……って、あ、」

 

 いつも何も、サヤコさんにあのストラップを渡したのは、サヤコさんの誕生日に一緒にお茶会した時が最初で最後だ。帰り道、お揃いなら私の分も見せてくれと言われて、サヤコさんの手にスマホごと根付けを委ねて、それで……

 

「まさかあの一瞬で!? 高等すぎない!?」

「自分の持ち物を警戒しないあなたが甘っちょろいのよ。おかげであなたの動向は筒抜けだったわ」

「う、うう……」

 

 SOAT隊員ムラサキ、一生の不覚。いや、本当は正職員じゃないけど。

 それにしても、お誕生日にお揃いにしようと贈ったものが原因で、私の分のストラップがそんな風に使われていたなんて。しかも、それを渡した喫茶店で、同じ人と今度は命を脅かされながらお茶をしているというのは、あまりにも皮肉に満ちた現状だ。

 情けなさに、紫袴の上で両手の拳をぎゅっと握りながら俯く私に構わず、サヤコさんは話を続けた。

 

「それでも、警備に厳しいSOATに侵入してあなたを攫うのは、至難の業だった。けれど、『こんなところに侵入されるなんてありえない』というくらいセキュリティが固められている場所なら、逆に正規の手段さえ踏んでしまえば、隙も必ず生まれるでしょう。

さすがにあの発信機の精度じゃ、建物内での正確な位置まではわからないし、まず潜入して、寮内の偵察や行動パターンの分析くらい出来ればと思っていたの。そしたら、偶然あなたと誰かが話してる声が廊下の向こうから聞こえたのよ。若い女だったかしら」

(! ユミリちゃんだ……!)

 

 偶然会って、私が話した女の子。ちょっと風変わりだったけど、彼女はただの来客だと言っていたはずだ。サヤコさんにも会っていたことに驚いていると、彼女はミニパフェの上に乗っていたチェリーを、人差し指と親指で摘んで持ち上げた。

 

「いくら清掃員の格好とはいえ、長々と同じ場所に止まるのは目立つから、後でその女がこちらへ向かって来た時に、貴女の部屋を担当する係員のフリを装って聞いたら、話してたのは貴女だって教えてくれたわ。『彼女かくれんぼの途中だって言ってたから、きっとあのカートのあたりに隠れてるんじゃないかしら』って、居場所まであっさりね。まぁ、その子も当てずっぽうだったんでしょうけど、カートを押したら案の定重いじゃない。それで、これだったら回りくどいことをしなくても目的が達成できると思ったのよ」

 

 どうやらユミリちゃんと会話したのが仇になってしまっていたらしく、私は頭を抱える。まあ、あの子に悪気はないし、寮の客が道端で会ったクリーニング屋を侵入者と見抜けないのも無理はないし……。

 色々と悪いタイミングが重なってしまったなぁ、と虚に皿の上のチーズケーキをつついていたら、不意にことりが、大仰な仕草で机の上に躍り出てきたかと思ったら、ぱったり倒れてしまった。自然、私とサヤコさんの視線がそっちに向く。

 

「ぴよっ」

「あれ……大丈夫?」

 

 頭から倒れ込んだままぴくりとも動かない。が、私の方を見ようとするつぶらな片目が、ぱちぱちっと瞬きした。……なるほど、そういうことか。

 

「ごめん、サヤコさん……この子、充電してきていい?」

「充電?」

「例の事件があってから、この子の主食って電気なんだよね。だから、バッテリー切れを起こしてるのかも。でも、私の携帯はこっそり連絡取られるかもしれないから使って欲しくないんでしょ? 充電コードがあれば、あっちの充電スポットが使えるし」

 

 電源を切ったスマホからコードを抜いて、私は喫茶店のレンガ壁のあたりに連なっている、公衆電話のようなスペースを指差す。店や公園など、セブンスコードの随所に設置してある公共の充電スタンドだ。もちろん通話や、ワープなども使える。

 

「ね、お願い。一緒に居られないのは不安だから」

「……いいけど、ここからだとすぐ撃てる距離よ。妙な真似はしようと思わないことね」

「大丈夫。電気を拝借すればいいだけなら、スタンドの画面に触る必要もないから」

 

 警戒しながらテーブルクロスの下で銃を構えるサヤコさんの前で、私は緊張しながらぐったりしたことりを抱き上げ、充電スタンドに向かった。さりげなく、一番左側のサヤコさんから見やすい位置にあるスタンドの前に立つ。

 もちろん、電気がないとことりが動けないなんて大嘘だ。人間と同じように飲んだり食べたりするし、第一セブンスコードの動物にエサは必要ない。それでも、実際にことりがエレメントに憑かれ、巨大化したという現実を目の当たりにし、その事実を共有したからこそ、「あるかもしれない」でこの嘘は通用するかと思ったのだ。一つ目の賭けは、成功した。二つ目の賭けは、ことりに掛かっている。

 

「ことり、大丈夫?」

 

 体を撫でて心配するフリをしながら、私はコードの先端を充電器に繋ぎ、もう片方を嘴に咥えさせた。ことりが電気を食らうのは嘘ではないので、これで万が一の時のためのエネルギーをチャージしてもらえるというのに加えて、それとは別に、私には大きな役目がある。

 まだ、試験運用の段階だとミソラ達も言っていた。でも、これに賭けるしかない。

 背後から鋭いサヤコさんの視線を感じるが、私の手元を見ることができても、私の唇の動きまでは読めないはずだ。ぱちぱちと小さく発光する羽毛を撫でながら、私は小声で呟いた。

 

「——子宮(ウーム)。対象を“帯電”」

 

 程なくして戻って私を、サヤコさんはどこか変な顔で見つめている。その気持ちが手に取るように明らかだったので、思わず私は苦笑して首を傾げた。

 

「どうしたの。私が逃げると思った?」

「その可能性を一番に念頭に置いてたのよ。……本当に充電しただけだったの?」

「そうだって言ったじゃん。私のために最後の晩餐を用意してくれるって言うなら、せめて、心を安らげてくれる存在と一緒に居させてよ」

 

 何とも言えない表情でじっとこちらを見つめるサヤコさんの目には、私はどう映っただろう。諦めているように見えただろうか。

 確かに、この場で出来る事はもう何もない。怪しげな動きをすれば即撃たれてしまうし、もう打つ手がないと思えば私だって大人しくしている。——ただし、本当にやれることを全部やり尽くした後で、だ。

 意識を取り戻した(フリをする)ことりをひと撫でし、ようやく落ち着いてダージリンの紅茶を一口啜ってから、私はSOATに無事信号が届いていることを祈った。

 

***** 

 

「隊長! 出ました! 発信器の反応です!」

 

 一人の隊員の声に、にわかに沸き立つSOATのコントロールルーム。モニターの前にいたヨハネは、思わずガタッと立ち上がって鋭い目で画面を見上げた。

 

「場所は!」

「ET地区の大通り沿いにある喫茶店です!奴ら、あんな目立つところに……! 急行します!」

「隊長! こちらも、同じ地区で袴の女性と彼女を連れた女の目撃証言が確認されました! 待機班と共に包囲に向かいます!」

「ボクもすぐに行く。エレメントに関わる者なら、相手はどんな武器を携帯しているかもわからない。十分に気を付けろ!」

 

 言うなり風のように身を翻し、マガジンの装填状態を確認しながら、制服のマントを翻したヨハネが廊下を歩く。それに随行しながら、同じように出撃の準備を整えていた若い隊員が嬉々として言った。

 

「隊長、例の訓練の成果、上手く出ましたね!」

「ああ。特定の周波でウームの“帯電”を使って植能を放つと、こちらにだけ発信源が通知される、発信器としての仕組み……ことり自身を発信器にするって発案を最初ミソラに聞いた時は驚いたけど、まさかこんなところで役に立つなんてね」

 

 まだ実用段階ではないと聞いていたが、いちかばちかに賭けて、ヨハネはコントロールルームから岩のように動かず信号を待っていた。街中の捜索は、とっくにSOATの隊員がやってくれている。今、自分一人が捜索の戦力に加わったところで、大した違いはない。植能を辿れる《コルニア・改》の力は、本当にムラサキが近くにいるとわかった時まで温存しておかなければ。そう判断して、掌に食い込んだ爪で血が滲みそうなほど、逸る気持ちを抑えながら指揮官に徹した結果だった。

 

「信号を拾うシステムも、完成していたみたいでよかったです!」

「それに関しては後方支援の賜物だから、研究チームに感謝するしかないね……けど、植能を使った発信機能が使えるのは、まだあの信号を発する一瞬の間だけだ。おそらく、わずかな隙を突いてムラサキが使ったんだろう。この間に犯人に移動されたらひとたまりもない。急ぐぞ」

「了解ですっ!」

 

 SOAT内にある爆速の通信機器を使って、ヨハネを交えた隊員が一塊になりET地区へワープで急行する。突然街中に出現したSOATに何事かと道を空ける人々の群れの中、ヨハネは左目に力を込めて植能を発動させた。

 

「《コルニア・改》! ムラサキの植能を辿れ!」

 

 視界の中に浮かび上がる、ピンク色のもや。今まで線や点状にしか見えなかったそれが、たった今そこに人がいたかのように影となって現れ、ヨハネは息を飲む。

 

「この見え方……! おそらく、ここから移動してそんなに時間は経っていない! 行こう!」

 

 アスファルトの上を移動していくピンクの影を、迷いない足取りで追っていく。その袴の靡き方、リボンの影形まで、ヨハネにははっきりと輪郭が見えていた。訓練の時にも、こんな見え方をしたことはない。まるで、ヨハネの気持ちに植能が応えて幻を見せているかのようだった。

 

(なんだかボクは、初めて会った時からあんたを追ってばっかりな気がする)

 

 好きで追っているわけでもないのに、気がつくと目の前から居なくなっているから、追い掛けざるを得なくて。本当に世話の焼ける。

 そんな事を思いながらも、ヨハネは心に奇妙な気持ちが去来しているのを、自分でも認めていた。

 

(この姿を追ってムラサキの手をふん捕まえる事ができるのは、ボクだけだ。他の誰にも、彼女を捕まえさせはしない)

 

 全体で捜査を行なっている以上そんな事も言っていられないのだが、そういう話ではない。味方への牽制なのか、犯人への嫉妬なのか、自分でもよくわからない苛立ちを抱えながらヨハネが走っていたその時。

 前方の道路に、見慣れた袴姿のムラサキと、誘拐犯の女が躍り出てくるのが見えた。

 

*****

 

 ことりと植能を使い、秘密の信号を送ってからややあってのこと。

 もうアフタヌーンティーも終盤に差し掛かり、これが終わったらいよいよ殺されるのかと、涼しいサヤコさんの顔を眺めながら暗澹とした気持ちでお茶を傾けた時だった。

 不意に、通りが何やら騒がしくなる気配を感じた。サヤコさんや喫茶店の他の人も、不思議そうに視線を送る。

 と、この真昼間ではよく目立つ軍隊さながらのSOAT制服姿の隊員達が、一斉に各々武器を構えて通りを突っ切ってくるところが見えた。

 

「そこの女、神妙にしろッ! 既に調べはついている! 我々の隊員を隊内から誘拐した罪で、お前を拘束・連行するぞ!」

 

 思わぬ大部隊に、慌てて道を空ける通行人の群れと、それに紛れるようにテラス席から退去していく客達。サヤコさんも、慌てたように立ち上がって私の腕を掴んだ。

 

「っ、思ったより到着が早いわね……どうしてここが」

(ん? 『思ったより』?)

 

 まるで到着を想定していたみたいなその言い草に引っ掛かりながらも、私はサヤコさんに手を引っ張られ、袴で足をもつれさせそうになりながらも走った。にしても、神妙にしろって随分古い名乗り文句だな。時代劇かよ。

 丁度、店を出たところで先頭にいた隊長らしき人物と鉢合わせそうになったものの、サヤコさんは躊躇なく、羽交締めにした私の頭に銃口を突き付ける。

 

「これが見えないかしら。下手に手出しして、この女がどうなっても知らないわよ」

「くっ……無駄な抵抗だ。これだけの人数に包囲されて、逃げ切れると思うなよ!」

(こんな大々的に突入して来なければ、もうちょっと簡単に捕まえられたんじゃないかと思うんだけどなあ)

 

 豊満な胸にがっしりと後頭部を押し付けられ、背が低いので爪先立ちで半分浮くようになりながら、私は状況に似合わず呑気なことを考えてしまっていた。SOATのみんなは優秀で、治安維持部隊としても働きようは申し分ないが、たまに熱血漢なところが玉に瑕である。普通に、先にお店を包囲してどこからも逃げ場をなくしてから、そっと忍び寄って取り押さえとかした方が、楽に捕まえられたんじゃないだろうか。助けてもらっている身の上で言うのも何だけど。にしても、私一人のためにこれだけ多くの隊員が動いてくれてるってことの方が驚きだ。

 冷ややかな笑みを浮かべたサヤコさんが、唇をつり上げる。

 

「まあ、あんた達が束になってかかってきたところで無駄でしょうけど。私の腎臓(キドニー)で、いくらでも無力化してあげるわ」

「ぐっ……!」

 

 密かに隊長を援護しようとしていた隊員も、悔しげな表情を浮かべる。そうだった。サヤコさんの植能である腎臓(キドニー)は、あらゆる植能の力を濾過して無力化してしまう力を持っているのだ。植能の力を込めた弾をいくら発砲したところで、効果はないだろう。増血型の肝臓(リバー)の剣や、培養型の骨髄(マーロウ)の槍を取り出した隊員達も、歯噛みしてこちらを取り囲むだけだ。

 一定の距離を置きつつ、銃を抜け目なく向ける隊長格の男と睨み合いをしていたその時、遥か後方から更なる新手が現れる。他の地区から来たと思われる、別部隊のみなさん。と、そこに並走しながら現れた見覚えのある背格好に、思わず目を見開いた。どんな格好をしていても見間違えようのない姿に、滲んだ涙が溢れそうになる。

 

「……ヨハネさん」

 

 思わず呟いた瞬間、はっとしてサヤコさんが私の視線の先を見た。ヨハネさんも、それと同時に私を拘束している人物の正体に気が付いたようだ。

 

「サヤコ……ッ!? てめぇ……っ」

 

 思わず言葉尻が荒れるほどに、憤怒の形相になるヨハネさん。一方のサヤコさんは動揺したように見えたが、その表情を打ち消すようにして走ってくるヨハネさん達を睨む。

 

「ここじゃ分が悪いわね。場所を変えましょ」

 

 次の瞬間、手榴弾のような丸い球を、地面に打ち付けるサヤコさん。もうもうとした橙色の土煙が上がり、一斉に咳き込む私と隊のみんな。

 

「ごほ、ごほっ……! これ……」

(土のエレメントの気配……!?)

 

 一度対峙した事があるからなのか、感覚でわかる。だとしたらこれは、ただの煙幕ではなく、あのヤマノケみたいな何らかの効果がある武器の可能性が高い。

 

「みんな! 吸っちゃ駄目っ……!」

 

 私の言葉は、サヤコさんに片手で口を塞がれたことで途切れた。私の居所を知らせないためか、それとも、私に煙を吸わせないようにしてくれたのか。

 そうこうするうちに、この煙幕弾がただの目眩しではなかったことを、私は知る事になる。ただし、武器ではなかった。私とサヤコさんの体が、地面にずぶずぶと沈み始めたのだ。

 

「……!?!?!?」

 

 コンクリートだったはずの地面がぐにゃりと波打ち、足元に暗く深い穴が空いている。その中に、私は私を抱いたサヤコさんごと、一瞬にして吸い込まれていったのだった。

 

*****

 

「ごほっ、げほ……ッ、おい、みんな……ッ!」

 

 ガスには煙幕と催涙作用があったようだが、毒素が含まれている感じではない。涙に滲む視界を拭ってボクが呼びかけると、同じように腰を折って咳き込んでいた隊員達が、一斉にあたりを見回す。

 

「あいつッ、この短時間で一体どこへ……!?」

 

 この地区を調査してくれていた隊員と、自分の植能のおかげで、あそこの道端に停めてある車から、ムラサキの痕跡がこの店まで線上に続いていることはわかっていた。おそらく、クリーニング業者のバンを逃走用にそのまま使ったのだ。だというのに、煙が晴れた後も車は変わらず鎮座していた。サヤコのムラサキの姿も、忽然と消えているというのに。

 

「コルニア! 頼む、コルニア! ムラサキの痕跡を……ぐっ……!」

 

 火花の散るような痛みに襲われて、視界がぐにゃりと揺らぎ、ボクは膝をつく。稼働時間の限界だったようだ。ついさっきまで目と鼻の先まで掴め掛かっていたサキの痕跡が、目の前からすぅっ……と消えていく。暗闇に景色が吸い込まれていくような視界に、平衡感覚を失ってボクは顔から地面に倒れ込んだ。

 

「くそ……くそ……ッ!」

 

 あと一歩だったのに。慌てて駆け寄ってくれた隊員の目も憚らず、ボクは思わず拳を地面に叩き付けた。まさか、サヤコが絡んでいたなんて。あいつは、先の捕縛の時にニレと共に警察に連行されたはずだ。当然ログインも出来ないはずで、さっき見たあいつがサヤコ本人なのか、それともあいつに成りすました別人なのかはわからないけれど、一度はセブンスコードを騒がせた元凶にもなったあの顔を、忘れられる訳がない。同時に、嫌な予感で胸の奥がざわざわする。

 

「ことりの、反応は……?」

「信号、消えました……半径1km以内の象限に、反応ありません」

 

 力なく、隊員の声が答える。

 また、遠ざかってしまった。固く握り締めた掌は、縋るように地面の砂を掴むだけで、手掛かりの一つすらその中には残らない。

 

「ムラサキ……」

 

 膝を立てて、体勢を立て直す。額の汗を拭いながら、ボクは徐々に野次馬の戻りつつある、何の変哲もないセブンスコード大通りを見渡した。

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