【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み   作:きりぼー

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去年の夏イチャでは恵が浴衣を買いに行ってましたが、英梨々なので自作してもらいます。

染色なんて縁のない人は関わることもないし、知らない人も多いと思います。
伝統工芸が失われつつあるのは寂しいことです。


11 染色工房体験レポ

8月2日(火)夏休み10日目

 

 今日は曇りで暑さが一段落。俺は英梨々と一緒に染色工房に来ている。

 

ここは、かつては30名以上の職人が在籍していた会社だったが、今では老夫婦の2人で細々と経営をしていた。その技術は高く評価され、数々の賞を受賞。製品というよりは作品に近く、その価格は数十万円。

 伝統工芸品に近いが、後継者不足が深刻な分野の一つだそうだ。

 

 英梨々が人脈を使って、この老夫婦のところに染色の体験教室をしてもらうことになった。俺はその付き添いといったところだ。

 

「よろしくお願いします」と英梨々が深々と頭を下げ、手土産の和菓子セットを渡した。普通の体験教室とは違って、俺たちはお客様というよりは、押し入り弟子といった感じらしい。老夫婦は師匠ということになるのかな

とはいえ、奥様の方は、「いいのよぉ~ゆっくりしてらして」と、とても優しい。旦那は小柄だがいかにも職人と言った感じで無口だった。俺は邪魔だけはしないようにおとなしく過ごそうと思っている。

 

 挨拶が終わったら、さっそく作業場の方へ案内された。部屋が縦に長いのは、一枚の帯を真っ直ぐに伸ばして染色するためだ。帯の長さは、だいたい4m半ぐらいあるそうだ。

 

 今日の英梨々は、白い長袖シャツにデニムのオーバオールだ。所々が油絵具で汚れていて、いわば英梨々の美術用作業着で、英梨々にしてみれば一番の正装といえるかもしれない。もっとも動きやすく作業がしやすい。

 

 作業場の照明は明るかった。扇風機が何台もある。木製の棚にはさまざまな道具屋や染料が並んでいた。古めかしい雰囲気なのは壁紙がなく、木の壁がむき出しだからだろうか。

 

 まずは正絹をまっすぐに伸ばす作業から始まった。専用の竹ひごの先端に針があり、それをセットしながら広げる。奥様が手本をみせ、英梨々が真似をしていく。英梨々の表情が真剣で遊びでないのが伝わった。俺は端でその作業を見ていた。立っているのも変なので、木製の丸椅子に座った。誰も気にも留めない。

 

 帯の正面に出る部分、結び目になるところなどの説明を受けた。

英梨々は持参したスケッチブックを見せながら相談を始める。下準備をして、どのような作品にするかを考えていたよ。染色の段取りや技法も、動画を何度か再生して予習していた。

 予定される作業は細かく、本格的な手染め工房なのだ。筆もろくに使えない俺の出る幕はない。

 

 糊とよばれるもので絵を描く。するとそこだけが白抜きになり染まらない。糊のない所を様々な色で染色していくことができる。塗り絵やステンドグラスを思い浮かべるとわかりやすいかもしれない。

 

「あら、この薔薇は素敵ねぇ」

「できますか?」

「細かいのは難しいけど、やっぱり若い子は斬新なデザインねぇ。ねぇあなたはどうかしら?」

「これは細かいな。最初なんだろ?」

 

 英梨々のことがどの程度伝わっているのかわからないけれど、染色に関してはド素人なので職人さんの意見は大事だ。

 

「次がこれで」

「これも素敵ねぇ。プリンアラモード?」

「はい」

 

 奥様は乗り気だが、旦那はそれを見て、「俺はもう頭が固いよ」と言って苦笑いしていた。和装という常識にとらわれていると捉えるか、伝統を守ると考えるか。英梨々はずいぶんと和装関係のデザインもみていたから、自分のデザインが奇抜なことは自覚しているだろう。どの辺で折り合いがつくか楽しみになってきた。

 

「で、最後がこれなんですけど・・・ふざけすぎていますか?」

「あらやだ・・・」

奥様が笑っている。旦那ものぞき込んで笑っていた。英梨々が最後に描いたのはぬいぐるみの熊の親子だ。テディーベアよりももっと丸くディフォルメされている。最初に描いたときは茶色の熊だったけれど、それでは染色で映えないからと、パッチワークのぬいぐるみにしていた。

クレヨンで画用紙に描いたら、最高にカワイイデザインだとは思うが、はたして浴衣の帯に合うかどうか・・・しかも素材は高級な絹である。

 

「倫也~、どれがいいと思う?」

 

 俺に話を振ってきた。好きにしろと言いたいが、「熊で」と即答した。

 

「あらそう?熊でお願いできますか?」と英梨々が言った。奥様はうなずき、次に糊の準備をはじめた。旦那さんはスケッチブックをみながら、染色の顔料をテーブルの上に並べ始めた。もう少しお堅い伝統があって、和装のデザインになるかと思ったが、どうやら新しいことを取り入れることに抵抗がないようだ。

 頭が柔軟で、作ることに生き生きとし、瞳を輝かせていて楽しそうに見える。仕事と趣味の堺がないのかもしれない。後継者がいないのが不思議だったが、商売としては難しいのだろう。

 

※ ※ ※

 

 英梨々が糊を使って絵を描き始めた。ろ紙を三角に丸めて、その中に糊が入っている。先端を切って、そこから搾りだしていく。チョコペンで描くケーキのネームプレートと似ている。

 作業が集中し始めたので、俺はアクビを1つして、作業場の外にでた。周囲を少し散歩して時間をつぶす。まだ古い民家もあって、開発があまり進んでいない地域のようだった。野良ネコも多い。駄菓子屋を発見したので、そこで小学生と一緒に長椅子に座った。しょうがないので駄菓子を買ってやった。街が長閑だと、子供たちもゆとりがあるように見える。

 

 ぼちぼちと工場に戻った。糊の作業が一段落したようで、英梨々は居間のほうで休憩していた。もってきた水ようかんを一緒に食べている。

 

「どこ行ってたのよ」

「散歩。駄菓子屋があってさ、ちょっと遊んできた」

「もう、勝手にいなくならないでよ。異世界に迷い込んだと思ったじゃない」

「確かにちょっと昭和に迷いこんだ気がしたけどな」

「イセカイってなんですか?」

 

 くだらない会話に奥様がのってきた。英梨々と俺の目が合う。2人とも笑ってしまった。真面目に説明するようなものでもない。

 

「えっと、昔風に言うと神隠しみたいなものです」と俺が説明すると、奥様は「そう」と納得したのか、しないのか、英梨々の顔をみていた。

残念ながら目の前にいる美少女はがっかり美人で、中身は腐女子なのだ。すぐにその認識をもてるはずもなく、きっと美術に真面目な少女に映っていることだろう。まぁそれも間違っていないが。

 

「糊が渇くまで時間がかかるらしいのよ。それで、次は浴衣生地の染色をしようってことになったのだけど」

「へぇー」としか言いようがない。

「折りたたまれた綿があってね、これを染色液につけると、幾何学模様になるのよね」

「動画で見ていたやつか?」これなら俺でもできそうと思ったやつだ。

「うん。それで、デザインの一覧をみていたのだけど、どれがいいかしら?」

 

 今度は流石に折り方があるので、幾何学模様のパターンはある程度決まっている。どこをどう染色すると広げたときにどうなるか、そんな専門のデザインブックを見ていた。

 

「熊がこったデザインだから、シンプルな方がいいと思うぞ」

「そうよねぇ」

「白地に、淡い色でいいんじゃないか?」

「あら、彼氏さんも芸術にお詳しいの?」

「いえ、俺はただの『知ったか』です」そう、それっぽいことを言うだけで、詳細なことはわからない。

「シッタカ?」

 

 言葉に多少のジェネレーションギャップがあるようだ。わからない言葉を流さずに、聞いてくるあたりが奥様の若い証拠で、勉強熱心な性格なのだろう。俺は、「知ったかぶりをしているだけで、本当はぜんぜんわからないです」と改めて素直に答えた。

 

 英梨々達の休憩が終わって、別の作業場に入っていった。帯の制作と浴衣用の生地の制作では違うようだ。俺は出された麦茶を飲みながら和室を満喫していた。古風な部屋で落ち着きがあった。ブラウン管のテレビがあった方が似合いそうだが、テレビだけは薄型の最新型でミスマッチだったのが残念だ。

 旦那が見当たらないが、きっと間がもたないので仕事でもしているのだろう。英梨々は別に社交力があるわけではないが、奥様にも旦那にも気に入られているのはわかる。英梨々が2人を尊敬した眼差しでみていて、いつもと違って素直でおとなしいからだろうか。

 

※ ※ ※

 

 浴衣の生地作りが終わった頃には、16時を過ぎていた。俺は作業場の横の方でぼんやりと見ていたが、暇そうな俺を見かねてか、それともただの労働力と思われたのか、洗い場の掃除を頼まれた。染色用の洗い場で道具なども汚れている。たわしなどの道具も各種あり、中性洗剤とクレンザーがある。俺は喜んでその作業にあたった。この洗い場をピカピカにしてやろうと思って、丁寧に磨いたら褒めてくれた。

 

 また休憩に入った。それからいよいよ、帯の染色を始める。英梨々の集中力が切れない。ところで何時頃までやるのか不思議だった。普通は仕事って17時までだろうが、英梨々の作業があと1時間で終わるとは思えない。時間を聞くのも失礼かと思い、俺は居間の方でスマホをいじって時間をつぶす。旦那はサポートに周っていて、特に何も口を出さないようだ。奥様も最初は教えていたが、そのあとは英梨々の作業を見守っている。実践でしか覚えられないこともあるだろう。

 

 英梨々が器用だからか、センスがあるからだか、わからないけれど、作業は順調に進んでいた。

 

 18時を回った頃に旦那から出前のメニューを渡された。近所のそば屋のものだ。どうやら夕食をはさんで作業が続くらしい。えっ、そんなに時間がかかるの?と思ったが、しょうがない。

 旦那が天セイロで、奥様が親子丼セットだった。英梨々は奥様に合わせて親子丼セットを選び、俺はカツ丼セットにする。奥様が電話をかけた、横から旦那が口をだして、俺と英梨々のセットは大盛りになった。そういう優しさなのだろう。

 

 出前を頼んでからは、奥様は台所にいき何やら作業をしている。その間も旦那は英梨々のそばにいるが、別に何を教えるでもない。英梨々は真剣に集中して筆で染色液を塗っていた。旦那はハンカチサイズの同じ布を手にもって、時々染色液を塗って、英梨々に色を確認してもらっている。英梨々はその旦那の数少ない言葉に耳を傾けうなずいていた。いい弟子じゃないか。

 

 30分もすると出前が届いた。奥様が自家製の糠漬け野菜を切ってくれた。ナスがつやつやと輝いている。

 

「先にいただきましょう。ああなると一段落するのに時間がかかるから」

「はい。いただきます」

 

 俺は手を合わせて食べ始めた。糠漬けがおいしい。奥様との会話に困るかと思ったが、よくしゃべる方なので、こっちは相槌をうっているだけで大丈夫だった。しきりに英梨々のことを褒めている。ずいぶんと気に入ってくれたようだ。曰く、旦那はすでに英梨々にメロメロらしい。俺が作業場をみている限りではよくわからないが、まぁ奥様がそういうならそうなのだろう。

 普段は頑固で口から出る言葉は文句が多いらしい。業者とも喧嘩するらしいから、ある意味で俺のもっている職人のイメージ通りだ。そんな話をしながら奥様は笑って楽しそうにしていた。2人とも仲がいいのだろう。ただ、俺達がきて嬉しいのは伝わってきた。

 

 俺は食べ終わったので作業場をのぞく、英梨々が真剣に作品と向き合っている。同じものを作っても、俺ならすぐに終わりそうだが、色作りからして大変らしい。今塗った色と、蒸して色を固定させた後では風合いが変わる。だから、旦那が出来上がった作品などを見せながら、一つ一つ丁寧に進めていた。熊は半分も塗られていない、もはや気が遠くなるレベルだ。

 

「英梨々、食事~」と声をかけた。これで2度目だ。名前を呼ばれた英梨々は顔をあげて俺の方を見た。そして、何も目には映ってないかのように作業に戻った。旦那なんて顔も上げない。

 

 英梨々達が戻ってきたのは20時を回ったあたりだった、奥さんがレンジでチンをしていた。そばを一度冷水にさらしてザルに盛り直すなど気を使っている。旦那にビールを飲むか聞いたら、いらないと答えていた。作業はまだ続くようだ。

 

 英梨々が食事している間、俺が作業場に入って作品を見る。親熊が完成していたが、子熊と小物がまだ塗られていなかった。背景もまだだ。一体どれだけかかるのか気になるが長期戦になるのは間違いない。

 奥様もやってきて、周りを片付けていた。片付けていいものと、悪いものがありそうなので、俺は手だしができない。説明用の作品が散乱していたので、そのあたりを整理している。

 英梨々と旦那は黙々と食事を摂っていたが雰囲気は悪くない。テレビもつけていない。英梨々が一生懸命ガツガツと食べている。大盛なのでちょっと大変そうだ。おまけに、旦那が海老天を英梨々の丼の上に置いている。どうして年配の方は若い人に食べさせたいのかわからないけれど、英梨々は黙って食べていたが、ソバの方は手をつけていない。奥様に声をかけてラップしてもらっていた。さすがに食べすぎのようだ。

 

 夕食休憩を30分ほどとったら、2人はまた作業場に戻っていった。外はすっかり暗い。英梨々の体力と集中力が心配だったが、それはいらぬ心配だったようだ。作品と向き合えば真摯に取り組む。旦那がなんでそんなに付きっ切りなのかわからないが、ときどき英梨々が質問しているところを見ると、やはり大事なのだろう。会話にでてくる単語がだんだん専門的になり、俺が聞いていてもわからなくなる。

 

 22時を過ぎた。奥さんはテレビを見ている。こんな遅くまでいいのか心配だったが、奥様は作業場の方へ声をいっさいかけず、時々お茶を交換するぐらいだった。英梨々はずっと立ったまま作業をしていて、気が付くと旦那の作品がまた周りに散乱していた。

 

 23時半を過ぎた。終電の心配をする時間だ。奥様もしゃべり疲れたようで、もう話をしない。そろそろ寝る時間なんじゃないかとか、いろいろ心配になった。

 

「終わったわよ」と英梨々が今に戻ってきた。

「お疲れ」としか言いようがない。旦那には「すみません」と謝ったが、笑っている。ずいぶんと楽しかったのだろう。奥様が黙って立ち上がって、ビールを用意していた。

 

「あとは蒸すだけね」

「まだあるのぉ!?」と俺は驚く。染色の工程は終わったが、この後は乾かしてから蒸す作業がある。さすがに今日は無理だろう。

 

「あとの工程は誰がやっても同じだから、今日はこの辺にしておきましょう」と奥様が言った。

「はい」と英梨々は素直に答える。時計を見て、首をかしげていた。それからスマホの時刻を確認している。

「倫也、今何時?」

「23時半すぎたところ」と俺は答えた。

「あらやだ・・・」

「集中しすぎだろ」

「・・・そうねぇ。そろそろ帰ろうかしら」

「その方がいいと思うぞ」

 

 英梨々が老夫婦に頭を下げて謝っている。一体何時頃までの契約だったのだろうか。そもそも染色がこんなに時間かかるものなのかどうか。俺にはよくわからない。

 旦那は満足そうにグラスを空にした。英梨々が瓶ビールを持って注ぎいれると、嬉しそうにしていた。なるほど、こりゃメロメロになっているなと俺もわかった。

 

 俺たちは改めてお礼をいって、工房を後にした。

 

 英梨々はアクビを1つして、大きな通りに出るとタクシーを止めた。終電はまだ走っているが、まぁ気持ちはわからないでもない。タクシーに乗ると英梨々は深々と座り、ぐったりと憔悴している。

 

「張り切りすぎだろ」

「こんなに時間が経つのが早いなんて思わなかったわよ」

 

 こっちまで疲れた。家ならゴロゴロしたり、テレビのチャンネルを変えたり、冷蔵庫を用事もないのに開けたりできるが、人の家だったから気を使っていた。

 

「そうだ、見て見て」

 

 英梨々が、左腕を前に出した。俺は何かと思ったが、左腕の白いシャツが染色されている。

 

「なんだそれ」

「筆の先を整えたり、色を確認したりするのに、ちょうどよかったのよ」

「はははっ」と俺は乾いた笑いをしてしまった。やっていることが職人なんだよなぁ。

 

 英梨々はその汚れた服を見て、満足そうに笑って八重歯が少し零れ落ちた。

 

 窓から入る街並みの光が英梨々を時々照らして髪が少し輝いていた。

 

(了)




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