【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み 作:きりぼー
マンガ喫茶という舞台が意外とはまる。
8月4日(木)夏休み12日目
英梨々が賢くなった。
先週はお金を払い8時間コースでマンガを読み続けた英梨々だったが、今日の英梨々はお金を払わない。なぜならば、俺と同じバイトをする側になったからだ。
世の中はおかしい。日中にはほとんど客は来ない。ゆえに高校生の俺一人がワンオペをして十分だった。それでも俺の人件費で店の収支はほぼ赤字だった。英梨々が一緒の時間帯にバイトを始めたら確実に赤字になる。普通は絶対に雇わない。
「いいのよ。税金対策なんだから」とか、
「実は表に出せない金をここでマネーロンダリングしているのよ」とか、
「貸しビルなんてテナントが入らないと傷んでいくから、家賃が格安のよ」とか、
適当なことを言っているが、本当のところはわからない。
俺の時給は1200円で、英梨々も同じらしい。1時間に2400円かかる。
この店は1時間で600円の料金なので、4人はこないと赤字になるが、客は0人の時もある。経営に関して俺に責任はないし、あんまり深く考えると頭が痛くなるのでこの辺でやめておく。
「まずは掃除からだ」
「じゃあ、あたしが布巾でテーブル拭いてくるから、倫也は掃除機かけなさいよ」
「俺が先輩なんだから、俺の話ぐらい聞けよぉ・・・」
「あたしがオーナーの親族で、あんたを雇うように言ったんだから、あたしの方が立場上だと思うけど」
なんだその論理は。まぁいいや、ここで英梨々と言い争ってもしょうがない。俺は掃除機のコンセントをさして、掃除を始めた。まだ客は0人だった。
掃除が終わった頃に常連さんが1人くるはずだ。
「倫也。終わったわよ。他は?」
「本棚の整理ぐらいだな。けっこうバラバラだから直してくれ。あと抜けている巻があったらチェックして」
「はーい」
俺が掃除機をかけている間、英梨々が本棚を端からチェックし始めた。けっこう真面目に働いているように見えるが、自分で読むものを物色しているだけかもしれない。
今日の英梨々は、ベージュのチノパンに蛍光色の黄緑のシャツを着ていた。その上に店のピンクエプロンをしている。髪型はツインテールでリボンの色は赤。いつも通り可愛いわけだが、コンタクトをやめてメガネをかけている。このメガネは新品で、この店で働くためだけに買ったのを俺は知っている。ピンクゴールドの細いフレームは円に近いような五角形をしていた。サイドのところにテントウムシがあしらわれている。
ちょっとしたオシャレな書店の店員さんといった感じだ。
ズボンのせいでエプロンの後ろ姿はエロくない。スカートだと視界にはいって落ち着かない。
掃除が終わるとやることがなくなる。
「そういえば、ドリンクコーナーが変わったんだな」
「ええ、ファミレスみたいにしたのよ」
「お前が?」
「あたしが」
「あと、この受付横のラックはなんだ?」
「そこに新刊を集めて、見やすいようにしようと思って」
「この受付にある駄菓子コーナーは」
「あたしの趣味のラインナップ」
「なぁ英梨々。お前がオーナーじゃないよな?」
「勘のいい子は嫌いだよ」
うーん。冗談だと思いたい。だとすると放漫経営もいいところで、将来が不安だ。
「とにかく倫也。この店をなんとかしないと、あたし達の将来が真っ暗よ」
「マジかっ!」
「冗談よ、冗談。ただの親族経営だから、適当でいいわよ」
「頼むよ・・・」
英梨々が新刊を集めてきてラックに並べ始めたころ、チャイムが鳴って客が来たことを知らせる。ガラスの扉が開いて、いつもの常連さんが来た。英梨々が舌打ちをする。やめてくれ。貴重なお客様だからね?
「英梨々、受付のやりかた教えるから」
「あんたねぇ、公私混同やめなさいよ。ここでは澤村様とお呼びなさい」
「では、澤村様、受付のやりかた教えろくださいするから、早く来い」
「いつもので」と常連客が俺らのやり取りをスルーして言った。なるほど、話のわかる人だ。
英梨々が時刻の書き入れた札を渡した。
「いつも、ご利用ありがとうございます。ドリンクコーナーを変更いたしましたので、もしわからない場合は御声掛けください」
「ああどうも」
「それと、駄菓子をお一つ無料サービス中ですので、おひとついかがですか?」
「では、この『きのこ棒』をもらおうかな」
「ありがとうございます。ごゆっくりお楽しみください」
英梨々が深々と頭を下げた。なんて立派な接客だろう。さっきまで真面目なおっさんの顔が少し赤くなっている。常連がさらにパワーアップすると何になるのだろう?昼間から個室とか利用してくれるようになるのだろうか。
「なんか、英梨々すごいな・・・」
「あんたねぇ、接客業なんだからこれくらい当然でしょ」
「おっ・・・おう」
「あと、『きなこ棒』の在庫は裏にあるから、一個ちゃんと補充しておきなさいよ」
「おっ・・・おう」
そっか、お客様が言い間違えたのも訂正しなかったんだな。素晴らしい接客で参考になった。マンガ喫茶でも頭をつかう余地があるんだなぁと感心する。まぁ俺は気楽に働くだけだが。
「あと、英梨々。巻抜けは発見できた?」
「ああ、それね。えっと・・・」
英梨々がメモ帳を取り出した。メモをしながらするほどのバイトでもないと思ったが、真面目なやつだと違うんだな。
「倫也。『戦国妖狐伝説』がところどころ抜けているわ。7巻と12巻」
「そっかぁ・・・まただな」
「また?」
「ああ、それ万引きしているやつがいるらしいんだけどな」
「あらやだ」
「問題は万引きされたことだけでなくってだな・・・」
「何かあったの?」
「発注できないんだ」
「どういうこと」
「その出版社がもう重版をかけていないし、在庫もない」
「それで?」
「だから、補充ができない」
「はぁ?あんたバカなの?どうするのよ」
「俺の頭の出来は関係ないよねぇ!?」
チャイムが鳴った。客が来る。英梨々がまた舌打ちをした。客に来て欲しいのか、来て欲しくないのかいまいちわからない。
「いらっしゃいませ♪」と、英梨々が満面の作り笑顔で迎えた。
入ってきた小太りのオタク男性は一歩下がった。周りをキョロキョロと見回して、店から一度出て看板を確認していた。「安心してください。別にぼったくりバーじゃないですよー」と声をかけてあげたい。もちろんメイド喫茶でもない。
それからもう一度入ってきた。英梨々がさきほどのお客様と同じように笑顔で接客する。駄菓子を選ぶところで、客はオーバーヒートしたらしく、選べずに固まってしまった。あ~あ、美少女に慣れていないオタクにそんなに笑顔を振りまくから、そういうことになるんだ。俺が適当にシガレットを選んで、お客様に手渡した。ぎこちない仕草で頭を下げ奥へと入っていった。かわいそうに。
「あのな、英梨々。みんながみんな、英梨々の可愛さを歓迎しているわけじゃないんだぞ?」
「えっ、なによ突然。もう一度言ってみてくれる?」
可愛さのところに反応するな。
「・・・いいか、平穏に過ごしたいお客様もいるんだよ」
「なによそれ」
「だからだなぁ・・・あんまりキラキラと接客するなよ。キャバクラじゃないんだから」
「失礼ね」
「いや、割と真面目にいっているんだが・・・」
英梨々は非モテ系のオタクメンタリディーを理解していないわけがないのに。どうしたんだろう。
「・・・もういい。倫也、何もわかってない!」
「えっ?」
お客様がいるのに大きな声を出したので、来ていた人がこちらをふり返った。俺はペコペコと頭を下げる。
「どうしたんだよ。落ち着けよ」
俺は英梨々をなだめた。何か気に障るようなことを言ったかな。平穏な俺のマンガ喫茶バイト生活に暗雲が立ち込めようとしていた。
英梨々は着ていたエプロンをとると、クルクルと丸めるようにたたんで、受付のイスに置いた。
「帰る」
「ちょっ・・・英梨々!?」
英梨々がつかつかと怒ったように歩いて、出入り口に向かった。俺は慌ててその後追いかける。店の外のエレベーター前の踊り場で、英梨々の腕を捕まえた。英梨々は振り返りもせずに、手を伸ばしてエレベーターの下り行きのボタンを押した。
「何、突然怒ってんだよ。今、仕事中だろ」
「あたしがいなくても全然問題ないわよね?倫也みたいに受付にぼぅーと座って、マンガ読むだけならいてもいなくても同じじゃない」
「それは、否定せんが・・・」
そもそも英梨々まで雇った理由がわからない。階段のある踊り場なので声がよく響く。
英梨々が強引に手を振りほどいた。俺の握ったところが赤くなっていた。
「倫也は少し、本気を出しなさいよ」
「なんのことだよ」
「なんでもよ。なんでもいいの。ゲーム作りでも、シナリオ作成でも、オタク活動でも、バイトでも、もちろん受験勉強だって、遊びでもいい。何かをもっと一生懸命やんなさいよ!」
「そんなこと、今言われてもだなぁ・・・」
「マンガが好きなのよね?だったら、もう少しこの店をよくしたいと思わないの?自分の好きなマンガをもっと知ってもらいたいと思わないのかしら」
「いや、英梨々・・・今時のマンガ喫茶はそういう場所じゃねーから」
「なにがよ」
「マンガファンが目を輝かせて、マンガを読みにくるような場所じゃねーんだって」
英梨々が振り向いて、俺の方をみた。瞳には涙がたまって潤んでいる。真新しいメガネのレンズが蛍光灯に照らされて光っている。
「とにかく、一度戻れよ。お前の言いたいことはわかったから。もう少しだけ真面目にやるにしても、お前の勘違いは正してやらないとな」
「勘違い?」
「そうだよ」
俺は腕を伸ばして、英梨々の涙をそっと指でぬぐってやった。まったく世話が焼ける。こんな激情興奮型の性格だったっけ?演技過剰じゃね?
英梨々の左手を握って店舗に連れて戻り、ピンクエプロンを広げて英梨々に着せてやった。
「とりあえず、落ち着くために何か飲むか」
「メロンソーダのアンバサ割りで」
「好きにしろよ・・・」
英梨々がドリンクコーナーでジュースをブレンドしている。やっていることは子供だ。俺はウーロン茶をいれた。
2人で受付に戻って並んで座る。英梨々にどこから説明すべきか、考えがまとまらない。英梨々の思っているマンガ喫茶の理想は、なんとなくわかる。
マンガ喫茶にマンガファンが集まって、わいわいとにぎやかにマンガを読んでいる。そんなお店だろう。確かにマンガ喫茶の黎明期には、マンガファンがマンガを読みに店舗に通っていた。もちろん、今でもそういう人はいるだろう。しかし、現在はそれでは成り立たない。
「いいか英梨々。マンガ喫茶の一番の収益は、泊り客だ。この間の英梨々の8時間コースがまさにそれだ。終電が終わってから、始発までの時間を利用する。これが第一ターゲットだ。カプセルホテルよりも安いというのが、一番の売りだ。次に、その個室だ」
「個室って、1人でゆっくりマンガを読みたいわけよね?」
「いや、単純にレンタルルームなんだよ。敷金も礼金もいらない。一週間単位で借り切ることもできる。この店舗にはいないけど、住んでいる人がいる場合がある」
「そうなの?」
「ホームレスよりマシだけど、賃貸暮らしよりはひどい生活だな。マンガ喫茶だと基本料金の電気、ガス、水道代もかからないだろ」
「そうね」
「ネットも使えるしな。日雇い労働者や非正規社員などの下層階級で、賃貸契約ができない人が利用しているんだ。言い換えれば貧困ビジネスの一端を担っているんだよ」
「・・・ちょっと待ちなさいよ。じゃあ、マンガファンはいないの?」
「マンガファンはいるさ。けれど、マンガファンじゃない人もいるということだ」
「なによそれ」
「これが現実なんだよ。それでな、英梨々の理想とするようなマンガをもっと好きになってもらいたいって、ファアをしているお店もあるにはある。様々な工夫をいろんな店舗で開催している。だから、英梨々もそういう風なことをしたいと思ったんだろ?」
「ええ、そうよ。どうせなら楽しい店にしたいし、その方がバイトだってやりがいがあるでしょ」
「そうかもしれないが、バイトがあまり店舗運営に口出すのもどうかと思うぞ」
「帰る」
「まてまてまて・・・わかったから、何か考えるから」
やれやれ、今時のマンガ喫茶の経営なんて非常に難しい。英梨々には言わなかったが、売春宿のようになっているところもあり、時々摘発されている。この店でそのようなことが行われているのかは、俺は把握していない。日中は個室の利用もほとんどないからだ。
チャイムが鳴った。まもなく、また新しい客がはいってくる。
「いらっしゃいませ」と少し拗ねている英梨々に代わって俺が受付をする。
利用経験のあるお客様だったので説明は省く。前金で1時間分の料金をもらう。札に時間を描き込み、お客様に渡した。
英梨々がそれをつまらなそうに見ていた。
「駄菓子渡しなさいよ」
「ああ、忘れてた。ちょっと渡してくる」
余計な仕事が増えた。俺は籠ごと駄菓子を持って、お客様に説明をして駄菓子のうまい棒(たこ焼き味)を受け取ってもらった。
スナック菓子はマンガ本が汚れるのでよくないと思う。このサービスを続けるなら駄菓子の選別が必要かもしれない。
※ ※ ※
俺と英梨々がいるので昼の休憩は別の時間でとった。他のフロアにいる店長はあがってこない。別の時間といってもバックヤードの狭い空間で冷凍食品をチンして食べるだけだ。外にでてハンバーガーセットでも買ってきた方がよかったかもしれない。
英梨々は受付にいる間はマンガ本を読んでいない。別に本を読んでいようが、スマホでゲームしてようが、愛嬌を振りまこうが、売り上げには関係ない。いや、英梨々が愛嬌を振りまいたら、英梨々の人気でお客が集まるかもしれない。でも、それは英梨々の理想的なマンガ喫茶とは違うはずだ。
そういうわけで、俺もマンガが読めなかった。ふたりで無口なまま店番をする。まったくの無意味だ。
「そうだ英梨々。とりあえずそのラックに、ラノベコーナーでも作るか?」
「別にいいけど」
「それとも、同人誌でも置くかな」
「同人誌ってみかけないけど、なんでかしら?18禁の本は本棚の隅の方においてあったから、それがいけないわけじゃないわよね?」
「著作権の問題だな。この業態って、レンタルビデオと同じで許可制なんだよ。使用承諾がなく勝手に商売したらダメなんだ。買ったDVDで上映会して儲けたらいけないのと同じだな」
「ふーん。著作権ねぇ・・・」
「あっ」
俺は閃いた。著作権を気にせずに扱える同人誌を俺は知っている。
「とりあえず、来週は英梨々の本を置いてみるか」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?」
「いや、割と真面目だよ。うんいいかもしれない、ただ問題があってだな」
「何よ」
「作者の許可が必要なんだよ」
「べ・・・別にいいわよ・・・あんたの好きにしなさいよ」
とかいいながら英梨々が喜んでいる。凌辱系の18禁エロマンガ。そんなものを堂々とあつかってくれるかどうか。ここは英梨々の親族経営らしいから、たぶん許可がでるだろう。
「あとさ、英梨々」
「なによ?」
俺はじぃーと英梨々を見つめた。メガネ姿がこれまたカワイイ。さっきまでツンケンしていたから、機嫌を直した英梨々が余計に可愛くみえるのかもしれない。
「キスしていいか」
「バカ。仕事中だからダメに決まってんでしょ!」
「あんまり、大きな声は出すなって」
俺はあたりを見回す。
「ほんと、何考えているのよ」
「まったくだ。仕事が終わったらいいんだな?」
「・・・ほんと、バカ」
こうやって、ご機嫌をとりつつ、まぁなんとか英梨々とうまくバイト時間をすごす。
※ ※ ※
仕事らしい仕事はほとんどない。英梨々と店について思いついたことを話しつつ時間をつぶした。自分達の店だと思って経営を真剣に考えると、確かにいろいろなアイデアは浮かぶ。
新しいメガネをかけた英梨々は真面目に見える。ときどきじぃーと見惚れてしまう。さっき冗談でキスがしたいといったせいか、本当にしたくなってくる。なんだか悶々とする。
18時になり店長が戻ってきて仕事が終わった。エプロンを元の位置に戻し挨拶をして店を出た。なんだか、2人してすごく我慢をしていた気がする。
エレベーターの下りボタンを押した。
エレベーターがゆっくり上がってくるのが待ち遠しかった。
エレベーターの扉が開くと、俺も英梨々も中にそそくさと入って、閉めるボタンを連打する。扉がしまりかけたら、俺も英梨々もすぐに向かいあって目を閉じた。
エレベーターが下っている間、ずっとキスをしていた。
チンッと音がなってエレベーターの扉が開いた。ムワッとした外の暖かい空気が入ってくる。外の喧噪が聴こえた。
外の現実が始まって、俺と英梨々は何事もなかったかのように、帰り道に手をつないで歩いた。
(了)
Q 彼女ができたらしたいことは?
A 裸エプロン
B 手つないで歩く
C ディズニーランド
D エレベーターの中でチュー
Aは笑わせる自信があればOK 引かれる可能性もあり諸刃
Bは本音が見えない 話に発展性がない×
Cは女に媚びすぎ
Dが相手の顔を色を見て、納得しているようなら落とせる
質問されている時点で脈が少しある。ここはギリギリを攻めたい。
↑ デートハウツー本に書いてありそうだが、今テキトーに考えた。