【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み   作:きりぼー

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今日は帰り道のお話。


16 別荘旅行・電車の中の美術展

8月7日(日)夏休み15日目

 

 昨日とはうって変わって快晴だった。緑美しい那須連峰と蒼い空。こんなに晴れていたら、きっと素晴らしい登山になったのに。

 俺は朝から細川さんと一緒に庭の手入れをしている。人の住んでいない家はすぐに荒れてしまう。細川さんが草刈り機を動かし、俺はその草を道路の反対側の山林に捨てに行く。それはやがて土に還る。

 伸び放題の木は、枝鋏やノコギリで切っていく。けっこう大胆に切るぐらいでちょうどいいらしい。英梨々が産まれた時に植えたクヌギは、今では庭の真ん中で立派になっている。

 その間、英梨々は婦人と家の掃除をしていた。布団やシーツがたくさん干してあり、風になびいている。

 

 お昼は有名なイタリアンレストランに行った。英梨々はペスカトーレを頼み、俺はボロネーズを頼んだ。マルゲリータのピザや、オリジナルサラダも頼む。細川さん夫妻は、和風パスタと、ボンゴレビアンコ。まぁあっさりめだ。

 お腹いっぱいなのに、英梨々がティラミスを食べ、俺は焼きプリンを食べる。

 

 帰りがてらホームセンターに行ってペンキを買い、デッキの塗装をした。

 梯子を使っての雨どいの掃除。レンガの隙間に生えたコケの除去。やることはたくさんあった。俺はその一つ一つを細川さんに教えてもらいながら作業を進めた。普段やらないことなので、肉体労働かもしれなかったけど楽しかった。

 午後は英梨々も外に出て細かい作業をしていた。散水栓の周りのサビを磨いたり、傷んだ郵便受けの補修をしたり、草刈り機では届かないところを、軍手をして雑草を抜いている。

 

 15時を周ったところでおやつの時間。デッキでアフタヌーンティータイム。綺麗な二段の皿にサンドイッチとお菓子が少量乗っている。淹れたての紅茶のいい香りがする。細川さん夫妻は、家の中で日本茶を飲んでいるようだ。

 

「あのさ英梨々。細川さん夫妻は休暇中だろ?」

「そうね」

「なんで働いているんだよ・・・」

「だって、昨日は旅館をキャンセルしてしまったし、今更、那須を観光したいとも思わなかったからじゃないかしら?」

「そういう問題なのか・・・奥さんは、普段は那須に来ていないんだろ?」

「うん。でも、こうやって過ごすのが楽しいのだから、それはそれでいいじゃない?倫也は楽しくない?」

「うーん。そりゃあ、乗馬するとか、カートするとか、遊びはいろいろあるだろうけどなぁ。これはこれでありだとは思うよ」

「ならいいのよ。うちの両親がもうすぐお盆休みで利用するから、その前にどの道仕事で掃除しないといけないし、そもそも倫也がただ働きしてくれて助かっているわけだし」

「・・・そういや、俺も働いているのおかしいよな」

「今更でしょ」

 

 別荘を無料で利用するかわりに別荘で仕事する。あんまり考えてもしょうがないが、いろいろ学べてよかったと前向きにとらえよう。なんでも屋みたいな仕事も世の中あるしな。

 

「そろそろ帰ろうかしら」

「そうだな」

 

 運動したせいか、おやつも全部食べてしまった。果物が新鮮でおいしい。他の車が通らない場所なので空気もおいしいし、避暑地でのんびりと過ごせた気がする。

 

 

※ ※ ※

 

 細川さんに駅まで送ってもらった。

 

「では、お嬢様をお任せしました」

 

 そう言いながら細川さんが俺に頭を下げた。いやいや。任せるって?それでも俺は、「はい」と返事をした。細川さんが少し笑っている。何を任されたのか自分ではわからないが、電車で東京まで帰るぐらいはさすがに大丈夫だろう。

細川さん夫妻はもう一泊するらしい。これは英梨々が旅行を台無しにしてしまったことからの提案だった。さらに振り回されている気がしなくもない。

 

 まずはローカル線で宇都宮まで出る。ローカル線には地域の学校とコラボして、小学生たちの絵が飾ってあった。コンクール作品でなく、全生徒参加型のものなので基本的には、あまり絵が上手くない。

 そんな絵でも英梨々は興味があるらしく、電車を端から端まで往復した。乗客が少ないので、別に迷惑にはならないが、こんなに熱心に見るような作品でもない気がする。

 

「中には上手い子もいるな」

「うん、まぁ、そうね・・・」

「なんだ、歯にものがつまったような言い方して」

「上手下手の視点でみたら、年齢と作品を技術的に比較して、飛びぬけた子はいないわよ」

「だよな」

「この年齢なら丁寧に描いた子は上手く見えるし、やる気のない子の作品も分かりやすいわよね。図工室で騒いでいる姿が目にうかぶような作品」

「あるな。白い紙の部分も多くのこって、乱雑な作品がちらほらある」

「だからね、そういう視点でみないで、子供の柔軟性をみたらいいのよ。発想の柔らかさ」

「なんか餃子が多いな」

「栃木県アピールがテーマだからじゃないかしら?宇都宮からの連想よね」

「ああ、なるほど」

「おいしそうな餃子でなくて、餃子を大きくしてその周りで遊んでいるような作品や、大きな餃子をかじっているような作品があるじゃない?子供っぽい発想よね」

「微笑ましい感じはするな」

「でも、どこか見た感じがするわよね」

「そうだなぁ」

「だから、発想が柔らかそうでも、すでに子供も子供の発想に毒されているのよ」

「そっか?」

「これだけ子供でも、自由に発想して描くって難しいんだわ。すでに『それらしい作品』になってしまっているの。見本があったのかもしれないけど」

「う~ん。なら尚のこと、そんなに熱心に見なくていいだろ」

「でも、これだけの作品数だから、アート・ブリュットに近いものあるかもしれないじゃない?」

「アート・・・なんだ?フランスのプリンか?」

「違うよ。ほら、障がい者アートって日本では訳されるわね。本来は違う意味なのだけど」

「えっとね・・・こっちね」

 

 英梨々が歩いて戻った。見えているものが違うのだろう。俺からすると下手くそな絵にすでに辟易していた。真面目に全作品を見るだけでも大変だろう。

 

「この作品なんだけど、何を描いているかわかるかしら?」

「なんだろ、ぐっちゃりしているけど、トマトの断面か?」

「そうね。ヘタもあるし、色もトマト。光も描いてある。あまり上手くないけれど、伝えたいものがわかるじゃない。倫也には何が伝わる?」

「鮮度かな。新しいトマトの瑞々しさみたいなものか」

「うん。それにね、背景は色鉛筆で薄いけれど、丁寧に描き込まれているの」

 

 何気なくカラフルに塗られていると思った背景は、枝にトマトがなっていて、葉も描かれていた。ただ、そのトマトも、葉っぱも、カラフルだった。英梨々に言われた通り、真剣に見てみると、すごく細かく描き込まれていた。

 

「なんだ、これ・・・」

「トマトの葉っぱってこんな形なのかしらね?よく観察して描いた感じがするじゃない。でも、ギッシリと描いてあるから、パッと見ただけではわからないのよ。色もトマトのではないし」

「すごいな」

「詳細はわからないわよ。でも、トマトが好きなのよね。トマト農家の子かしら?トマトのおいしさを伝えようとして断面図を描き、後ろには理想的なトマトの妄想でも描いたのだと思うわよ」

「なるほどなぁ」

「こう・・・内から湧き上がるような感情というか、衝動に近いものを感じるでしょ?」

「そこまでいわれたら、そうかなって気になる」

「あんたねぇ・・・」

 

 英梨々がスマホで作品を撮った。俺にはわからん。

 

「倫也だと、芸術してより二次元作品として見たら、わかるわよ」

「どういうこと?」

「ほら、女の子の絵もたくさんあるわよね。両手を下に伸ばして平面的に描いてある絵」

「ああ、いかにも小学生が描いた絵な」

「でも、中にはポーズをとっている作品もあるけど、どこか模写的でしょ」

「そうだな。丁寧だけどな。マンガ好きなんだろうなって思う」

「そして、飛びぬけた作品はなかったわよね?」

「あまり記憶に残ってないな」

「それだけ個性を出すのが難しいのよ。二次元の方が」

「マンガっぽいという先入観がすでにあるのか」

「美術館に通う子は少なくても、マンガは身近にあるでしょ?それだけマンガの概念に毒されてしまうのね」

「毒されるって・・・」

「だからね。マンガの方は描いて、描いて、描いて、個性を出して行くしかないの。出発点が自由じゃないのよ。きっと」

「そうかもなぁ」

 

 相槌をうつものの、英梨々が何を言っているのか正確にはわからなかった。ただ、別の視点をもってもう一度女の子の絵を見て回ったら、別な感想を持つかもしれない。けれど俺にその情熱はなかった。ネットではプロやセミプロが切磋琢磨しながら、次々と新しい二次元アートが生み出され、オタク向けの女の子の絵は年々可愛く進化している。

 

 英梨々が空いている席に座ったので俺も隣に座った。バッグからチェルシーを出し、一粒くれた。それを口に放り込む。バター味だ。ひどく懐かしい気持ちになる。包装のゴミを英梨々は回収しバッグにしまった。

 

 それから、英梨々はポケェーとして、あまりしゃべらなかった。何かがたくさん入ってきて、頭の中で整理しているのかもしれない。そんな時は俺も静かに隣で過ごす。

 

 今日の英梨々は、来た時と同じ黄色のワンピースを着ている。ノースリーブの夏らしいデザインで、ボタンが少し大きくて凝っている。遠目で見るとわかりにくいが、黄色の生地に黄色の刺繍が施されていた。猫が毛糸の玉を追いかけている。デザイン的にはよく見かけるが、目立たないのように同色にしているのは、なぜだろう。俺にファッションなどわかるはずもない。誰かがそれを作り、英梨々がそれを気にいって買ったのだ。

 

 電車の中は省エネで冷房がついていない。窓が開いたままで、扇風機が回っていた。窓からは夏らしい空と白い雲が見える。田園風景もときどき見える。

 

※ ※ ※

 

 地元の駅に着いた時は夜の9時を過ぎていた。なのに東京の夜は蒸し暑かった。晩御飯を食べるか相談したが、あまりお腹が空いていないのと、疲れてしまったのでどこにも寄らず家に帰る事にした。

 

 俺の家の玄関に荷物を置いてから、英梨々を送っていく。

 

「別にいいわよ」と英梨々が言ったが、夜も遅い。

 

 英梨々の家の門まで送った。「お疲れさま」と英梨々が言った。「おう、お疲れ」と俺が言う。それから名残り惜しくて、英梨々を見ていた。英梨々も俺を見る。

 

「もう、しょうがないわね!」と英梨々が近寄ってきた。

「何もいってないだろ・・・」

「ほら、目を瞑りなさいよ」

 

 英梨々が踵を上げて俺にキスをした。チャルシーの香りがする。

 

 

 電線の間に見えるあの星の名前がわからない。まるで迷子の星みたいだった。

 

 

(了)




読者から支持を得ることは大変ですのぉ・・・

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