【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み 作:きりぼー
8月12日(金)夏休み20日目
さてさて、この週末。いよいよオタクの祭典『夏コミュ』が東京ビックラサイトで開催される。残念ながら俺は不参加だが、英梨々の同人誌即売会は行われる。
夏コミュといえば来場者数が9万に迫り、当日は駅から改札の外に出ることさえ大変で、会場への入場には長い間炎天下で待たされることでも有名だ。ちゃんと整列し、係員の支持に従って動く日本人を映した動画は、規律の正しい軍隊の様であり、海外の人に驚かれていた。
俺ももちろん、そうした前哨戦を戦いぬき会場入りしてきたわけだが、英梨々は違う。そう、庶民と上流階級では違うのだ。
というわけで俺たちは前日から前のりして、近くのホテルに泊まることになった。ちなみにこの夏コミュ開催時に近隣のホテルを予約するのは大変だが、もちろんそれは庶民の話だ。庶民がネットの予約開始時にサイトを開き、クリックの早さ勝負をしている時には、すでに部屋の多くは予約で埋まっている。世の中とはそういうものだ。
電車での移動中、英梨々が何やらずっとスマホで検索している。いつもなら何か飴ちゃんをくれるはずだが、それを忘れるぐらい集中している。
「さっきから、何を調べているんだ?」
「理由よ」
「理由?なんの?」
「いいわけっていったらいいのかしらね。理由は理由よ。あんたに話してもしかたないでしょ」
「俺も検索しようか?」
「いいわよ。ほっときなさいよ」
「そうかよ・・・」
英梨々がナイーブになっている。明日から夏コミュだし、いろいろあるのだろう。
ホテルに到着し、英梨々がチェックインの手続きを済ませた。ホテルマンが英梨々のキャリーバックを持って、部屋まで案内してくれた。それからバスルームの使用方法や、ルームサービスなどの説明を受けた。
英梨々はホテルマンの会話をまったく聞いてないでソファーに腰をかけていた。ホテルマンが部屋を出た後も物思いに沈んでいた。ちょっと心配になる。
部屋は広く、二部屋ある。ベッドルームとリビングルームだ。どちらも東京湾を見下ろせる。遠くには工業地帯も見える。船があちこちに浮かんでいた。
階層も高くオーシャンビューの上等な良い部屋だった。
とりあえず、お湯を沸かしコーヒーを淹れる。
「ほら、コーヒー淹れたぞ」 窓辺のテーブルの上に置く。
「ありがと」
「大丈夫かよ、具合悪いなら無理して参加しない方がいいぞ」
「平気よ。あんまり考えても仕方ないのよね」
「だから、何が」
英梨々がぼんやりと外を見ている。このオーシャンビューでテンション上がらないとか、どんだけ贅沢なんだ。
「ねぇ、倫也。寝室見た?」
「見たよ」
「どう?」
「どうって言われてもな・・・高そうなベッドだったよ」
「はぁ・・・あんたねぇ・・・」
英梨々が立ち上がって寝室に向かった。俺もついていく。寝室も広いがそこには大きなダブルベッドがある。もちろん窓も大きい。壁の半分ぐらいが窓だ。絨毯もふかふかしている。
「ねぇ、倫也。どう?」
「俺・・・ソファーで寝ようか。ソファーでも俺のベッドより寝心地良さそうだし」
「はぁ・・・あんたバカなの・・・死ぬの・・・」と言ったいつものセリフも切れがない
ふぅ・・・しょうがないなぁ。
「ってゆうかさぁ!お前の親、何考えてんだよ!!」
「まったくよねぇ・・・」
やっと英梨々が笑った。
いや、まぁね?ツインルームでも問題だと思うよ。建前を無視するなら、彼氏の家に入り浸りの娘の貞操なんて、いまさら心配してもしょうがないこともわかる。
でも、ダブルベットルームに娘と彼氏を泊めるってどうなのよ。しかも、かなり上等な部屋で、値段は知りたくもない。
「とりあえず問題は先送りにして、倫也。ケーキバイキング行きましょ」
「お・・・おぅ」
ホテルのケーキバイキングがあるらしい。そのため昼食は軽めに済ませていた。今は午後3時だ。夜までは時間があった。
さてさて、今日の英梨々なんだけど、ゆったりとした白いTシャツに、こちらもゆったりとした緑と白のチェックのパンツ。それに薄いグレーのサマージャケットを着ている。カジュアルなスタイルだ。ツインテールには細いネイビーブルーのリボンをつけていて、これは以前、俺が贈ったものだ。
※ ※ ※
「うぅ・・・」
「あぁ・・・」
俺も英梨々もソファーにうなだれている。喰いすぎた。わかっていたけど、喰いすぎた。ケーキバイキングに行けば結果なんてわかっているのに、未だに学習ができない。ケーキは全部で16種類あった。そのすべてを制覇した。1人8個の計算である。
ケーキバイキングのケーキは軽めで小さくカットされた専用のものが多いが、ここは違った。一つ一つがテイクアウト販売されている商品で、大きく食べ応えもあった。カスタードクリームは濃厚で一つ食べれば十分な重さだ。
俺はまずは美味しく食べたいからと、モンブランとガトーショコラを食べた。それでもう満足した。それ以上は喰いたいと思わなかった。
英梨々はショートケーキとチーズスフレと軽めの物からスタートしていた。たぶん、それで満足していた。
別に元を取ろうみたいな貧乏性だったわけではない。とりあえず負けてはならないと妙な責任感をもって、続く四品を選んだ。イチゴのミルフィーユ、プリン、メロンケーキ、サヴァラン。プリンも普通のカスタードプリンでなくて、クリームブリュレだった。腹の空いた状態で最初の一口を食べれば、さぞかし美味かっただろうが、俺が抱いた印象は「これも重い」だった。英梨々がフォークで果物だけ先に食べていく。その後は2人でお茶を飲んで考えていた。8個食べれば十分だろう。
英梨々が立ち上がって、さらに4つを持ってきた。何のケーキだったかもう覚えていないが、その中に「レアチーズケーキ」があった。見ているだけで酔う。しかも、英梨々は一口喰って手を付けない。4つを食べ終わった頃には血糖値が気になる。健康とか絶対に損なわれている。若さで乗り切れるだろうか。
だが、その時点で残りの食べていないケーキは4つだった。潮時である。バイキングで残してはいけない。それは鉄則だ。
それにも関わらず英梨々は、その4つを持ってきた。タルトシリーズだ。タルトタタン、洋ナシのタルト、フルーツタルト、栗のタルト。重たくて無理なので敬遠していた。
飽食は大罪である。
かくして俺と英梨々は自らの限界を超えこのありさまである。バカなのはわかっている。バカなのはわかっていても、バカをやりたい。それがきっと青春なんだ・・・
一時間ほど身動きがとれなかった。午後の18時を過ぎた頃、英梨々が、
「さぁ、晩御飯に中華バイキングいくわよ」と言った。
「いってらっしゃい」
「せっかくボケたんだから、ちゃんとつっこみないよ」
「夜にな!」
「・・・ほんと、バカ」
やれやれ、下ネタが多い気がする。
俺たちは休憩したら動けるようになったので、外に出て散歩をした。遊歩道が整備されていて、潮風にあたると気持ちがよかった。やっと体調が戻ってくる。
「倫也、夕食の件なんだけどね」
「いや、俺はいいよ・・・ソバぐらいなら食えるかもしれないけど」
「フレンチが予約済なのよ」
「それ、先に言うべきだよねぇ!?」
「ほんとよね」
「で、何時から?」
「19時」
「もうすぐじゃねーか。戻るか」
「いくの?」
「エスカルゴだけつまむとかできるかな」
「フルコース予約済よ」
「おうぅ・・・」
人生には計画性が大事である。例えばケーキバイキングのために昼飯を軽くすることがそれである。なんだって、こんなにイベントをぎっしりいれているのかわからない。
「えっ、誰の誕生日でもないよな」
「そうね。まぁ年に1度の夏コミュだし。ほら、うちの両親は夏コミュで出会ったわけだし、ある意味で結婚記念日みたいなものなんでしょ」
「へぇ・・・」
そう。英梨々のお父さん。レナード・スペンサーが元々夏コミュでサークル活動をしていた、そこで売り子を担当していた澤村百合子が英梨々の母親である。(原作設定)
生粋のオタクファミリーであり、両親とも同人活動をしている英梨々はオタクのエリートサラブレットなのだ。
※ ※ ※
「ううぅ・・・」
「あ゛ぁ・・・」
俺と英梨々はソファーに倒れ込む。英梨々に至っては座らずに、絨毯にへたりこみ、ソファーにもたれかかっていた。時刻は10時手前だ。
フレンチのコースは重い。が、パンを食べなければなんとかなる。炭酸水のペリエがこれほど美味いとは思わなかった。ソースまで食べる必要もない。一皿の量としては大したことはないのだ。子羊のローストはさすがの美味しさだった。空腹で挑みたかった。デザートはバイキングのように選べるので俺は断った。英梨々は悩んだ末にカスタードプリンを食べていた。さすが女子。
フラフラしながら、なんとか部屋に戻ってきて、今にいたる。
窓から見える夜景は綺麗だった。都心の方の明かりも見える。ライトの着いた船が綺麗だ。本当ならロマンティックな夜のはずだ。ムードもある。
「明日の予定は?」
「早めにいくわよ。現地入りが8時ね」
「早いなっ」
「しょうがないのよ。準備もあるし、運営側なんてそんなもんよ、徹夜で働いている人もいるわ」
「そっかぁ・・・」
東京ビックラサイトに入る方法は大きくわけて3つある。1つは客として、もう1つはサークルの出店者側として。こちらの方がもちろん早く入場できる。これも世間で少し問題になった。出店者側が開幕よりも先に商品を購入できてしまうからだ。仲間内でレア商品や限定品を買ってしまい、徹夜で並んだ一般客が買えないことがあった。なかなか闇が深い。
その出店者よりも早く入場というか出勤できるのが運営側だ。東京ビックラサイトの人と夏コミュの運営者がこれにあたる。英梨々のお父さんは運営者側でもあり出店者でもある。俺たちはそれに便乗しているわけだ。
「倫也、先に風呂はいってらっしゃいよ」
「英梨々先でいいぞ」
「あたしはまだ無理」
「じゃ、先にいってくる」
「うん。ゆっくりでいいわよ」
「おぅ」
俺はバスルームに移動し風呂を済ませた。上等なパジャマがいくつか用意してあった。下着を履き、ガウンを着て出た。なんかデジャブーがする。あの時はラブホの取材名目だった。今日は・・・泊まりだ。
当然、俺は期待する。英梨々だってそのつもりだろう。泊まりのダブルルームで恋人同士、親公認。これでコトが成就しなかったら、『倫理君』とか揶揄されている場合ではない。男の沽券に関わる。
リビングの方に英梨々がいなくなっていた。ソファーには誰も座っていない。俺が寝室を開けると英梨々がベッドに座っていた。部屋の明かりは暗い。窓からの光が英梨々を照らしていた。ツインテールが解かれていて、長い髪はベッドまで届いて広がっていた。少し妖しい雰囲気すらある。
「出たぞ」
「うん」
「バスタブはお湯を張ったままだけど、気になったら流してくれ」
英梨々は何も返事をせずに、部屋を出ていった。
さて、俺はどこで待つべきか?ベッドで?それとも、リビングで?なんだかすでに胸はドキドキする。お腹は膨れている・・・食べ過ぎだろう。
リビングのソファーに座りテレビをつける。ニュース番組に変え音量を小さくした。別に見たいわけじゃない。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ペットボトルのまま口をつけた。
バスルームはもちろんガラス張りなんかでないし、それどころか中の水の音もほとんど聞こえない。更衣室も広々としていてイスまで置いてあった。鏡台も大きく、人によってはあそこで長々と化粧でもするのだろうか。
時刻は11時を過ぎたところだ。一日が早い。今日は喰ってグッタリしていただけだ。もちろん英梨々と食事をするのは楽しい。今日のケーキバイキングだってバカなことをしているなとお互いに思いながら笑っていたし、フレンチの時だって英梨々は笑顔を絶やさなかった。英梨々がニコニコしているとそれだけ俺は幸せになれる。だから、逆に英梨々がさっきみたいに悩んでいる風だと、俺は心配になるし不安にもなる。
英梨々とエッチがしたいかと言われたら、俺はよくわからない。何しろエッチをしたことがないのだから。エッチがしてみたいか?と問われたら、それは当然で、俺は健全な高校三年生で煩悩の塊みたいな存在だった。二次元にしか興味がないオタクであることをいばっていても、内心は違った。もちろん純粋に二次元キャラは好きだし、三次元化されたフィギュアも好きだ。でも、それはそれだ。
現実に存在する英梨々の魅力はまったく別なものだった。
じゃあ、英梨々がエッチなのかというと、そうでもない。ここがちょっと問題を複雑にしている気がする。子供っぽいというか・・・幼馴染でずっとそばにいるから、いつから英梨々が大人の女性になっていたのか、俺はわからない。今でも遊んでいると子供の時と変わらない気がする。
俺と英梨々は男女だけど、同時にずっとただの仲のいい親友でもある。
きっと・・・いや、今思い出すべき相手ではないが、あの去年に一緒にゲームを作った『あの子』には・・・俺は性的な幻想をずっと抱いていたような気がする。ドキドキしていた。それが恋愛感情なのかどうかよくわらないけど。
それは今の俺が英梨々に対して思う感情にも言えるかもしれない。恋愛感情なんだろうか。
ガチャ。
扉が開いた。なぜだか俺はとっさにTVを消した。
英梨々は薄いピンクの・・・ほとんど肌色やオレンジに近いような淡いピンク色のパジャマを着ていた。ロングシャツタイプのもので、前にボタンが並んでいる。だぶだぶのワンピースみたいなものだ。
髪は完全に乾かしてきたようだ。タオルで拭いたままでてこない。長い髪は自然に揺れていた。前髪だけがきっちりと整っていた。床屋に行きたての幼稚園児じゃないんだから、そこまできっちりそろえなくてもいいのに、と思うほどそろっている。パッツンだ。
「いい湯だったろ」
「うん」
「水でも飲むか?」
「うん」
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、キャップを緩めてから英梨々に渡した。英梨々は何も言わずにそれを受け取り、キャップを開けて一口飲んだ。それを手にもったまま寝室の方へ進み、そして扉を閉めた。
俺だけがあっという間にリビングに残された。
寝室の扉が重くのしかかる。俺は扉の前で呆然とする。英梨々の気持ちがわからない。いつもみたいにニコニコト笑っていたり、怒っていたりするような感じで話しかけてくれれば、俺もいつものように反応ができるのに。
しおらしく、「うん」と頷くだけである。そんなリアクションだとただの可愛いお人形みたいになる。見た目の完璧さにおいて、英梨々にケチのつけようはない。英梨々は性格が腐女子で内向的だからこそ、俺と合うのだ。
俺はオタクのあいつをいじれるし、バカなことがお互いに言える。
こうやって可愛さ全振りの英梨々だと、俺はあがってしまい何もできない。
扉がある。
中で英梨々は俺を待っているのだろうか?俺はどうしたらいい?それともソファーで寝ろと暗に行っているのだろうか。俺はトイレにいってヌき、賢者タイムになればいいのか。
扉がある。壁一枚の先に英梨々がいる。風呂上りの英梨々。これから抱かれる女の子。
『理由』だ。俺は頭の中でぐるぐると理由を探す。何の理由だ?扉を開ける理由?英梨々を抱く理由?それとも逃げる理由?一人ソファーで寝る理由?
検索しても見つからない回答を俺は探す。電車の中で英梨々も探していた『理由』であり、あるいは『いいわけ』だ。あいつは結局みつけられなかった。考えたても仕方がないと結論を夜に先送りにした。その夜が今だ。
扉がある・・・
ガチャと開いた。
「もう!倫也!遅いわよ!この意気地なし!とっと入りなさいよ!」
「あっ。はい」
「ほんと、チキンとうか、ヘタレとうか、倫也というか」
「最後の悪口じゃないよぇ!?」
「明日、早いんだからねっ!」
「そだよな」
「とっと寝るわよ」
「ですよねぇ・・・」
ほら、救いの女神。俺の方が受動的なんだな。ヘタレか・・・
英梨々がベッドの右側でブランケットの中に潜った。
俺もベッドにのぼり、ブランケットの中に入った。
英梨々はこちらに背中を向けているようだ。頭までブランケットをかぶっているから、表情はわからない。
この状況で眠れるかな?
「おやすみ、英梨々」
俺は声をかけて、枕の位置を直す。ちょっと大きめでフカフカしすぎている気がする。ベッドも柔らかいし、シーツも含めて、すべてのリネンが上質なものを使っているのはわかる。綿のいい香りがする。
「あんたねぇ・・・」
「ん?」
「バカなの?死ぬの?」
「どした?」
「どした?じゃないでしょーが」
英梨々が顔を出した。
「電気ぐらい消しなさいよ」
「おおぉ・・・カーテンも閉めてくる」
「そ・・・そうね」
俺は立ちあがって、窓辺のカーテンを閉めた。
「なぁ英梨々。夜景が綺麗だ」
「そう。ただの東京湾よ」
「普通、この夜景を見て、うっとりするんじゃねーの?」
「なによそれ、それで女が『きれい・・・』ってつぶやくわけね?」
「そう、それだよ!そしたら、後ろから少し抱きかかえて、『君のほうぎゃ、きれ・・・』・・・かみまみた」
「はいはい、バカはいいから、寝なさいよ」
「・・・」
電気を消したらけっこうな暗さだった。ベッドサイドランプを弱くつける。
英梨々が顔をだして、ブランケットの縁を両手でもっていて、捨て猫みたいになっている。
俺は隣で横になった。英梨々は隣で天井を見つめている。
「べ・・・べべべべ・・・べつに」
「もちつけ英梨々」
「ふぅ・・・。べつに、倫也がしたいんだったら、してあげてもいいんだからねっ」
「ツンデレ乙」
「あんたねぇ」
「無理することもねぇよ」
「したくないのかしら?」
「よくわからん。めちゃめちゃしたいと思う。でもさ・・・」
「でも、何よ」
「こうして、英梨々がそばにいてくれるだけで、十分で、けっこういっぱいいっぱいなんだよ」
「うん」
「ヘタレだよな」
「うん。もう男やめたら?倫也は顔もいいし、可愛いと思うわよ」
「そりゃどうも」
「あたしね、今日、ずっと考えていたのよ」
「何を?」
「断る『理由』よ。わかるでしょ?」
「よくわかんねぇなぁ」
「ちょっと、右腕貸しなさいよ」
英梨々がもぞもぞと動いて、俺の右腕を腕枕にした。英梨々が動くだけでいい香りが散っていく。サイドランプの微かな光に髪が輝く。妖精みたいな子だ。
「重い?」
「そうだな」
「そこは嘘をつきなさいよ」
「別にいいよ。それで『理由』はみつかったのか?」
「同じよ。よくわかんない。でもね、こうしているのは幸せだし。それに、倫也がしたいならやっぱり受け入れてあげたいし、あとね。一番嫌なのが、『ヤらせない女』みたいになることなのよ」
「そんなの気にすることねーよ」
英梨々が俺の方を向いて、俺の顔を見ている。俺は顔を上に向けて、時々横目で英梨々を見るのが精一杯だった。蒼い瞳に吸い込まれそうになる。
「明日早いし」
「そだな」
「あとね、やっぱりなんだか怖い」
「そういうもんらしいよな」
「それがあたしの『理由』なの。でもね、断りたいわけじゃないのよ」
「わかってる。だからさ英梨々。考え方を変えたらどうだろうか?」
「何を?」
「断る理由なんていらない」
「うん」
「おまえがさ、したい理由がいっぱい溜まったら、すればいいんじゃね?」
「いっぱい溜まってるの倫也よね」
「別に理由はたまってねぇよ」
英梨々がため息をついた。やっぱり俺のせいの気がする。男がリードすべきだよな。でも、この間のラブホテルの時には英梨々に泣かれてしまった。無理やりはできない。加減がわからない。
「苦しい?」
「ああ、腹がいっぱいだな」
「バカ」
「そして腹が膨れたから、けっこう眠かったりする」
「そうね」
どちらともなくアクビをした。英梨々がこちらに体を向けて寄せてきた。近い。近いってば。
英梨々の声はだんだんと弱々しくなっていた。眠いのだろう。
「こっち向きなさいよ」
英梨々の方を向いた。英梨々が俺を見つめる。さっきまでそろっていた前髪は乱れている。英梨々が目を瞑ったので、俺は彼女にキスをした。甘いキスだ。唇が柔らかい。
どうする、俺。
「おやすみ。倫也」
どうする、俺。一歩さきに踏み出せ。
『沽券』がなんだかわかならいなからって、wikiで調べてネットサーフィンの渦に巻き込まれている場合じゃない。
俺も英梨々の方に身体を傾け、自由な方の腕・・・左手で英梨々の、英梨々のぉぉぉぉ。
・・・胸を触ってみた。
「っ!!」
英梨々のパジャマの生地は思ったよりもずっと柔らかかかった。しかも夏らしく薄い。俺が触った英梨々の右胸は・・・思ったよりもずっと大きかった。ペタンコでまな板だとよくからかっていたけれど、ちゃんと手に収まる・・・そして、大問題なことに・・・
「ノーブラかよっ!」
と、大きな声がでてしまった。左手の手のひらに、英梨々の柔らかい胸の突起を感じた。胸も乳首もとてもやわらかいのが布越しにはっきりと分かった。羨ましいな俺の左手!もういっそ何も考えずに左手になりたい。
英梨々は為すがまま、何も言わなかった。これはOKなのだろう。このまま、揉むか?揉むよな?先につまむの?どっち、ねぇどっち?
「すーすー」と、英梨々の呼吸の音が聴こえる。
あれ、寝た?興奮しているのは俺だけ?
英梨々が俺の右腕を枕にして、安心した表情で寝息を立てていた・・・
まじかよっ!と思いながらも、俺は英梨々が狸寝入りをしているのではないかと考えている。それでも左手を離した。本当なら前のボタンを少し外すか、服の隙間から指を淹れて、英梨々がノーブラなのを直接確認したかった。
でも、英梨々が狸寝入りをしている。それを尊重しよう。
「好きだよ。英梨々」
俺は彼女の耳元で囁いた。それだけは伝えておきたかった。
狸寝入りをしているはずの英梨々は、俺の胸におでこをくっつけて、そのまま動かなくなった。
空調の音もしないような静寂の中で、君の鼓動だけが聴こえてくるような気がした。
(了)
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